中央改札 悠久鉄道 交響曲 感想 交響曲

「ワラフヲトコ」三日目 其の弐 雨水 時雨
「確かに、誰かが入ったな、しかも二人でだ。そしてその前に一人、しかも一人の方は何やら重い物を引きずっている…。」
 フェイは穴に入るなり地面に明かりを置き、足跡を調べた。
「でかさから言って、二人組の方がたぶんそうだろう。それにしても、誰を連れに選んだんだ?」
 考えようとすると何故か腹がたってきたので、ローラの連れについて考えるのを止め、立ち上がり二人組の跡をたどった。
 数分、何事も無く進んだ。しかし幾つ目かの角を曲がった時だった、道の奥で光がゆらゆらと揺れるのが見えた。
 緊張感が走る、フェイは回りを警戒し、そして五感をすました。
「……………」
 人の声がおぼろ気に聞こえてきた、すると遠くの光が火の光であるのが見えた、そして何者かが松明(たいまつ)を振り回しているのが解り、フェイは走った。
「何だ、ちくしょ〜。どっか行きやがれ!」
 少年が叫びながら火を振り回していた、見れば半透明の何かが少年の体にまとわりついていた。それは邪霊(スピリット)であった、フェイは持っていたランタンを放り投げ剣を抜いた。
「神よ、我に邪を打ち払う正義の刃を与え給え」
 フェイは剣を持ったままで十字をきりながら呟く、すると持っていた剣が淡く光り輝いた。
「止まれ!」
 フェイが叫んだ。少年が何かの魔法にかけられたかの様にびくりと体を震わせ動きを止めた、すると邪霊が獲物が抵抗を止めたのかと思い、にょっきりと口(の様な物)を出し、少年に食らいつこうとした。
 しかし、それより早くフェイの剣が暗闇の中に一筋の光の軌跡を残した。
「グ…グ…グガ…」
 何事もなかった様に邪霊が口を開いた。
「ひっ…」
 少年が悲鳴を上げそうになる、しかし邪霊の口が閉じられる事は無く、精一杯に開かれた口からは声無き悲鳴が上がり、蛇霊は風に吹かれた煙の様に消えてしまった。

「誰だか知らねぇけど、サンキュー、う?」
 少年が礼を述べながら、助けてくれた人物・フェイに光を当てる、しかしそこに居たのが意外な知り合いだったので少年は驚いた、それはフェイも同じだった。
「ピート…ピートか?」
「何だフェイ、フェイじゃんか、何でこんな所に居るんだ?」
 フェイはやれやれと呟く、
「それはこっちの台詞だ。まあお前が何故いるかは大体予想はついてるがな…。それよりもローラはどうした?」
 少年・ピートは更に驚く、
「何でローラが来た事も知ってんだ?」
 そう尋ねられるが、しかし説明するのが面倒臭かったのか、「超能力」とフェイはおざなりに答えた、それでも素直に関心してしまうピートだった。
「それより、本当にローラはどうした?」
 言われてピートが辺りをきょろきょろと見回した。そして不思議顔をしたから、フェイは嫌な予感がした。
「何処に行ったんだ?」
 無論、そう尋ねたのはピート本人である、予想通りだったとは言え、フェイは頭を抱えた。

「やっぱり駄目か…。」
 地面に手をつきフェイは首を振った。足跡を再びたどろうとしたが、丁度そこから道が舗装されて足跡が消えていた。
「おいおい、早く探しに行こ〜ぜ。」
 背後から、まるで楽しい旅に出るかの様な気軽さで声をかけるピート。
「うるさい、下手に歩き回って見つかるほどここは狭く無いんだ。しっかり考えて行動しないとミイラ取りがミイラになるぞ。」
 そうは言うもののフェイも内心の焦りは隠せなかった、ローラが心配だった。
「そうだ、ピートお前の鼻を使え、鼻を。それでローラの匂いを嗅ぎ取れ。」
「んなの無理だよ〜、俺犬じゃ無くて狼なんだから…。」
「犬も狼も一緒だ、ほれ、やれやれ!」
 言いながら頭を掴み地面につけるかの様に押すフェイ、ピートも力一杯抵抗する。その時、フェイが石畳の上に何かを発見する。途端に手を放してしまった為、ピートは反動で後方に派手に倒れこんだ。
「何すんだよ〜。」
 ピートは頭からだくだくと血を流しながら爽やかに抗議するが、それはあっさりと無視される。フェイはじっと石畳を見つめた。
ーやっぱりローラ達より前に誰かが進入してる。何やら大きな物を引っ張ってる、石畳に傷がついてる。それに…、それに固い土が足跡を作ってる、靴についた泥が乾いたもんだ、という事は、この前の大雨の日にそいつは進入してきたわけかー
 フェイはそこまで考えて、今はそんな事を考えている時では無いとようやく気づく。
「仕方無い、何も手がかりが無い以上、地道に歩いて探すしか無いか。捜査の基本は……ってこれはもういいか。」
 フェイにとって幸いだったのは、道が二本までにしか分かれていなかった事だ、後ろにもう一本あったがこれはフェイが来た道だったので問題外だった。
「俺はこっちから行く、ピートはそっちから行ってくれ。」
 無造作に一本選ぶとずかずかと歩き出した、フェイ。
「おい、勝手に決めるなよ〜。」
 ピートの抗議を再び無視して、フェイは暗闇の中に消えた。

 無造作に選んだつもりだったその道だが、一歩進む毎にフェイは妙な既視感(デジャヴュー)に襲われた。が、しばらく歩く内に、それが何によるものかと気づく。
 その道は、以前フェイとその仲間とローラが歩んだ道だった。
 フェイの前に二本の道が現れた、しかし迷う事無く見覚えのある道を行く。
 肌寒い空気が流れてくる。フェイの目に取っ手(レバー)の突き出た壁が入る、それも見覚えがあった。
 何本かの取っ手の内の一本に触るフェイ、
ーこれを引いてー
 フェイが更に奥へと進む、
ーこの奥にー
 少女がそこに居るという確証は無い、しかし何故かフェイはそこに居ると確信していた。
 果たして…、ローラはそこに居た。ひらかれたその部屋に膝を抱え丸まり、ただ泣いていた。
 フェイが静かに側に寄る、ローラは自らの傍らに置いたランタンの光とは別の光に気づき、顔を上げた。
「お…兄…ちゃぁん…」
 少女はかろうじて一言言うと、フェイに飛びついた。
 フェイは少女を抱き止めると、泣き止むまでただその頭を撫でてやった。

 いいかげんに泣き疲れたのか、それとも落ち着いたのか、ローラはうつむきながら手の甲で両目をこすると、元気な顔を上げた。
「ねえ、お兄ちゃん、大変、大変なんだよ!」
 ローラは突然いつもの様に元気に振る舞うと、無理矢利フェイの手を引いた。
「お兄ちゃん、見て。」
 ローラはそう言って部屋の中央を照らす。
「わたしが入ってた箱が無くなってるの、お兄ちゃん。大変でしょ。わたしが見つけたんだよ凄いでしょ。」
 ローラは満面の笑みをフェイに向け、自分の発見を誉められるのを、今か今かと待ちかまえている。
 しかし、フェイはあらぬ方を向いたまま、何故か歯を食いしばっている。
「お兄ちゃん?ねえ、わたしが見つけたんだよ、わたしお兄ちゃんに怪我させちゃったから、代わりにお仕事やってあげたんだよ、ねえ誉めてよ。」

 矢は弓につがえられ、きりきりと音をたてながら弦が張られる、きっかけを待っていたそれは、少女の一言によって放たれる…。
 パシン
 渇いた音が部屋に響いた。少女は一瞬何が起きたのか解らずに立ち尽くす、何が起きたのかを知っているのはフェイのみで、少し赤くなった手を元の位置に戻すと静かに言った。
「餓鬼じゃないんだ、自分勝手な行動で人に迷惑をかけるのも大概にしろ。」
「えっ?」
 その時になって初めてローラは自分が叩かれたんだと気づいた。が、不思議とほっぺたは痛くなかった。ただ、何処かが、そう胸の奥の何かが酷く痛み出した。
「帰るぞ。」
 フェイがぶっきらぼうに言い放つ、ローラは無言で従った。

「ご心配をおかけしました。」
 先ほどから神父が何度も頭を下げている、傍らのローラも数回に一度頭を下げる。
「いえ、大事が無くて良かった。」
 リカルドが答える。
「自警団の方々には、お忙しいというのに、真に申し訳ありませんでした。」
「いえ、よろしいのですよ。住民の安全を護るのが我々の仕事ですから、それに他の仕事にかまけて今回の調査を延ばし、穴を塞がなかった我々にも非はあります。」
「そう言ってもらえると、私としても助かります。ほらローラ。」
 神父が促すとローラは深々と頭を下げた。
「本当にごめんなさい。」
「もう勝手な事をしては駄目だぞ。」
「はい…」
 よほど懲りたのか、ローラはしょんぼりとしていた。
「それより、奥で見たことを詳しく話して貰いたいのだが良いかね?」
 ローラはこくりと頷く。
「フェイ君。」
 リカルドが少し離れた場所に座っているフェイを呼ぶ。
「できれば君にも来て欲しいのだが、良いかね?」
 フェイは面倒くさそうに顔を上げるとローラを一瞬見た、ローラがびくりと反応する。そしてフェイは言った。
「悪いけど、さっきから右手が痛む、今日は勘弁してくれ。」
「そうか…、だったら仕方無いな。」
 リカルドは納得すると、全員を促し詰所に向かった、ローラもその自警団の列について行く、その前に一瞬フェイの方を見たが、フェイは木陰にうずくまりうつ向いてローラの方を見ようとしない、ローラが悲し気な顔をした。

「……………」
 先ほどからフェイは無言である、帰路の途中テディは何度も声をかけようと思ったが、フェイの雰囲気がそれを拒んでいた。
「あの、フェイさん、クラウド医院に行くんじゃ無いっスか?」
 フェイが真っ直ぐにジョートショップの方へ向かうのでテディは慌ててそれを止めた。
「何で?」
「何でって、さっき腕が痛いって言ってたじゃないっスか?」
「ああ、それならもう治った。」
 フェイはそう言うと、さっさと歩き出した。
 テディは再び何も言えなくなる、そして心配気に前を行く青年の背中を見つめた。

 日暮れ間近、辺りが少しづつ闇に支配されて行く時、少女は一人湖のほとりにたたずんでいた。
「喜んでくれると思ったのに…」
 自警団の者は少女から話を聞いた後、一応の叱りはしたものの、それでも最後には少女の事を誉めてくれた。しかし、彼女が欲しかったのはそんなものでは無かった。
 ただ青年に誉めて欲しかった、ただ青年が笑う顔が見たかった。しかし…、少女が頬に手を当てた、思い出が痛みになって襲ってくる。
 そして、少女は一人泣いた…。

「どうしたんだい?」
 そう声をかけられ、背中を叩かれて少女はゆっくりと振り向いた。
「あっ…」
 そこに見知った顔があって、少女は少し驚きの声を上げた。
「どうしたんだい?ローラちゃん。」
 男は奇妙な顔、笑っているのか、泣いているのか解らない表情で尋ねた。
 ローラは何も言わず男を見ていたが、しばらくすると、今日あった事ぽつぽつと語り始めた。
 そして、最後に言った。
「わたし…、お兄ちゃんに嫌われちゃったよぅ。」
 自分で言うという事は自分でそれを認めてしまう事だ、ローラの目尻に再び涙が溜まる。
「世の中に悲しみが満ちている…。」
 誰にも聞こえない様な小声で呟く男。
「ローラちゃん、良い所へ行こう。そこは希望の溢れる良い所なんだ。ローラちゃん、そこへ…戻ろう。」
 ローラは一瞬不思議そうな顔をしたが、次の瞬間には大きく頷いた。
「うん…、ピエトロさん…。」
 ピエトロがワラフ、そのメイクの顔と相俟って、酷く奇妙な笑顔が暗闇の中に浮かんだ。
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