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ワラフヲトコ「四日目 其の壱」 雨水 時雨
「いや、いや!」
 少女は暴れる、しかし少女の体は、力づくで狭いそれへ押し込まれる。
「どうしてそんなに暴れるんだい?安心するんだ、とても良い所へ行くだけなんだ。」
「嘘よ、そんなの嘘だもん、私知ってるもん。」
 そう少女は知っている、この箱は希望の世界への渡し船などでは無い。それは確かに自分の命を救ったものだ、しかし命以外の全てを奪ったものだ。
「いや!一人ぼっちになるのはいや!」
 しかし、箱は閉じられた、同時に意識が深く沈んでいく。
「お兄ちゃん…。」
 少女は泣いた、再び少女が目覚める事は無いだろう。もし目覚めたとしても、その時、少女は再び孤独になるのだ。
「お兄ちゃん…。」
 呼ぶがその者が来ないと少女自身があきらめていた。箱につけられた覗き窓が閉じられ、一切の光が遮られる。
 少女は思った、この箱に再び光が入る事も、開かれる事も無いのだと、唯一この箱を開けられる者は、昨日自分に愛想を尽かしてしまったと。少女は思い、そして泣いた。
「お…兄…ちゃ…ん…。」
 しかし、最後に一度だけ呼んでみた。
「…………………」
 遠くで誰かの声がした。

「どうして、どうして抵抗するんだ!」
 男は酷く乱れていた、男は無理矢利に少女を箱に押し込める。
「これで救われるっていうのに、どうしてそう暴れるんだ、大人しくするんだ!」
 少女の肩口を掴んでいた手が、少女の喉元へ動きかける、しかし男が激しく首を振る。
「止めろ…、止めてくれ、僕にこの手を使わせないでくれ。頼むから大人しくしてくれ、泣くのは…止めてくれ…。」
 男は乱暴に蓋を閉じた、少女も薬が効いてきたのか、箱の中でやっとおとなしくなった。
 男は箱の上に座り、己が手を己が手で抑えた。そして、やがて声を上げてワライ始めた。
「救われた…、やっと僕は救われた…。」

      <Fourth Day>
 カチャリ
 扉の開く音がし、間もなくフェイが顔を覗かせる。
「あら、フェイ君おはよう、今日も随分と早いのね。」
 フェイはいつも通り、寝ぼけ眼をこすりながら無言のまま洗面所へと行く。
 しばらくたって、洗顔を終えたフェイがテーブルにつく。
「おはようございます、アリサさん…。」
 やっと挨拶を返すフェイの様子にくすりと笑うアリサ。
 フェイはしばらくぼ〜〜っと座り、何故こんなにも眠いのか(今朝のはいつものより強烈だった)そして何故テディが居ないのか考えた。が、ふと窓の外を見た時、それが何故なのかを知った。
 外はまだ本当に明けたばかりで、薄い青が外を彩っている。
ー早すぎるー
 フェイはぐったりとテーブルの上にもたれる。
「何で…、こんなに早く起きちまったんだ…。」
 思い当たる事はあるが、敢えてその事を考えるのを止めた。
 ぐったりとするフェイの前にアリサが座る。
「フェイ君、昨日ローラちゃんと何かあったの?」
 唐突に聞かれ、はっと顔を上げるフェイ。二人はしばらく視線を交わしていたが、フェイはふと視線を逸らすと、「何もありません…」と言った。
「そうなの…。」
 アリサは少し悲し気な顔で納得した。

 ドンドンドンドン、ドンドンドンドン
 アリサが朝食の準備に立ってしばらくたっての事だった、ジョートショップの入り口が激しく叩かれた。外は未だ薄闇の中だ、何事かとフェイは扉を開けた。
「どな…た?って、神父。どうしたんですか?」
「あら…、お客様?入って頂きなさい、フェイ君。」
 アリサも奥から出てくる、しかし神父は息をきらせながらアリサの申し出を断る。
「…申し訳…ありませんが…、急いでおりますので…。」
「解りましたわ、でしたらお水を持ってきましょう。」
 神父は黙って一礼した、間も無くアリサが水の入ったコップを持ってきた、神父はそれを一気に飲み干すと、人心地つけた。
「何があったんだ、神父。」
「ローラが、ローラが居なくなってしまったのです…。」
「何っ?」
「それが…、今朝起こしに行った時、部屋はもぬけの殻で。昨日自警団に行ってから帰ってきた跡が無いのです。もしかしたら、ここに居るのかと思ったのですが…。」
「残念ですが、ここには…。」
「そうですか…、でしたら長居はできません、また探しに行かなくては…。それでは朝早くから失礼しました。」
 神父は一礼すると、再び駆け出した。
 フェイは神父を見送ると、扉を閉めテーブルについた。
「フェイ君…、貴方は探しに行かなくてもいいの?」
 アリサはフェイの前に立つなり言った、フェイはしばらくアリサを見つめていたが、また目を逸らしながら言った。
「どうせ、いつもの事ですよ。俺が探さなても…、すぐに見つかりますよ。」
「フェイ君、本当にそう思うの?」
 アリサが目を逸らしたままのフェイに問う。
「どういう意味ですか、アリサさん。」
「テディから大体の話は聞いたわ。とても心配したのは解るけど、ローラちゃんもまだ子供だし、それに女の子なのよ、手をあげてはいけないわ。」
 フェイの目が点になる。
ーどうしてテディがー
 そう一瞬考えるが、あの時ピートが見ていて、それを皆に教えたのかもしれない。そう考えると一応の合点がいった。
「さあ、フェイ君、行ってあげなさい。」
 フェイがアリサを見た。不安にかられ、脅えた子供の様な瞳だった。アリサがそんなフェイをそっと抱いた。
「大丈夫、ローラちゃんは貴方の気持ちを解ってくれるわ。でも、ちゃんと言わなきゃ駄目よ、貴方がどれだけローラちゃんの事を心配しているかちゃんと言葉にして言わないと、気持ちは伝わらないわよ。」
「でもー」
 俺には自信がありませんー、そう言おうとするフェイの口を指で抑えると耳の側に唇を持ってきて、「大丈夫」と囁きかけた。
「それとねフェイ君、好きって思いも言葉ではっきり口に出さないと解らないのよ。」
「アリサさんー」
 それは話が飛躍しすぎですー、フェイは言いかけるが、 たぶんアリサの言った通りなので…、止めた。
 アリサがフェイの背中を、とんと叩く。
「さあ、行ってきなさい、行って早くローラちゃんを見つけてあげなさい。」
 フェイは無言で頷く。そして、立ち上がると、右手に巻かれた包帯を投げ捨て、剣をとった。
「あっと、行く前に朝御飯、サラダだけでも食べて行きなさい。」
 アリサはそう言って周りを見た。しかしそこにはフェイの姿はもう無かった、アリサは一人くすりと笑った。

 日の当たる公園、雑貨店、フォスター家、由羅家、思い当たる場所全てあたったが、何処にもローラの姿を見つける事はできなかった。
「ふぅ〜。」
 フェイが溜め息をつきながら座り込んだのは、ここ最近ではおなじみのローズレイクのほとりだった。
「何処にいるんだ…。」
 フェイが呟く。先ほどからここ数日感じていた、否、それ以上の不快感がフェイを襲っていた。
「おう、こんな朝からどうしたのじゃ?」
 朝の散歩の途中らしいカッセルがフェイの姿を見つけ声をかけてくる。
「爺さんか…、悪いけど今は悠長に話しを楽しんでいる場合じゃないんだ…。」
 フェイは言って立ち上がり、再び探しに行こうとする。フェイの尋常では無い様子に目を鋭くするカッセル。
「何があったかは知らんが、焦ってはならぬ、心を落ち着けるのじゃ…。どうじゃ、気を静めるついでに、わしに何があったか話してみんか?」
ー爺さんに話してもー
 フェイは一瞬そう思ったが、ここ数日の事を思い出しローラが居なくなった事を話してみた。

ー偶然が三度重なれば、それは奇跡というのであろうかー
「見たぞ。」
 カッセルは一言言った。
「いつ?何処で?」
 フェイは掴みかかりそうな勢いでカッセルに迫る。
「まあまあ、そう急(せ)くでは無い。わしが昨晩夜の散歩をしていた時じゃ、湖のほとりでじゃがみ込んでいるローラを見つけた。遅い時間じゃったから、何があったか話しかけようとした、すると一人のピエロ、わしが惚けていなければその者は昨日も言った者じゃろう、その者がローラに話しかけ、しばらくしたら二人で何処かに行きおったぞ。」
ーまた、ピエトロかー
 フェイは何か直感めいたものを感じた、でもそれが何なのか、まだ考えても解らなかった。
ーとりあえず、会えば解るかー
「良い事聞いたよ、サンキュー爺さん。」
 フェイは言うなり駆け出した、カッセルは何も言わずその背中を見送った。
「若いのぅ。」
 そう言って、軽く笑った。

「こんな朝から何だよ〜。」
 ピートはそう抗議した後、大きな欠伸をする。
「寝惚けてる場合じゃねえ、おいピエトロは何処に住んでいる、何処だ何処だ!」
 フェイは言いながらがくがくとピートを振る。
「な〜ん〜だ〜よ〜、お〜ち〜つ〜け〜よ〜。」
 フェイが手を止めた、ピートはしばらく目を回していた。
「おい、ピエトロは何処に居る?」
 フェイがもう一度聞く。
「知らねえよ〜。」
「知らないってどういう事だ!」
「言った通りだよ、あいつ何処に住んでんのか解らないんだ。」
「くそっ。」
 フェイは吐き捨てながら、やっとピートを離す。
ーブラウニーの恋人の時も、今日もピエトロだ。しかし住んでいる所は解らない、完全に怪しいのに何も打つ手無しかよー
「おいピート、ピエトロについて何か思った事は無いか、気づいた事、何でもいい。」
「いきなりそんな事言われても…。まあそうだなぁ、あいつって育ちが良さそうなんだよな、ピエロなんかやってるけど飯食う時なんかマナーなんて守ってるし、それ以外でも礼儀正しいし、物知りだし。」
「それだけか?」
「それだけかって言われても…。そうだなぁ、あっ、そう言えばピエトロって礼儀正しくて、身だしなみ、っても服はピエロの衣装だけだけど、その代わりにいつも香水か何か吹いてるみたいなんだけど、でも何か、少しだけ獣の匂いがすんだよな…。」
 香水に隠された僅かな匂いを嗅ぎとる、流石に狼の血を持つ者と言った所であろうか。
「獣の匂い………!!」
 フェイの頭の中で何かが繋がった。
「ピート、朝から悪かったな。」
 フェイは一言言って去ろうとする、
「おい、いきなりどうしたんだよ、何処に行くんだよ?」
「ちょっと思い付いた…。」
「何があったかは良く知らねえけど、面白そうだ。俺も行くよ。」
 フェイは少し渋い顔をしたが、これから行く所の事を考え、ピートの同行を許すことにした。
「っで、何処に行くんだ?」
 ピートの問いにフェイは答えた。
「雷鳴山だ…。」

 道無き道を二人は歩いた。
「お〜い、何処まで行くんだよ〜?」
 疲れは全く感じないピートだが、先ほどからただひたすらに山道を歩いているだけで退屈らしく、フェイに聞いた、しかし返答は無い。
「おい、ピエトロ探すんだろ?何でこんな所に来るんだよ?」
 またしばらく歩いてピートが尋ねるが、やはり返答は無い。
「ちぇ、」
 ピートが舌打ちする、するとフェイが急に立ち止まった。
「ああ、いや、その文句なんてねえよ。」
 慌てて先ほどの舌打ちを取り繕うとするピート、しかし当のフェイはそんな事気にせず、前方を、正確に言えば前方の空間を凝視していた。
「自分達の棲み家にこんなもん作られちゃ、そりゃあ化け物じゃなくても苛々するか…。」
 フェイはわけの解らない事を呟き、そっと右手を突き出した。
 すると、フェイの手首から先が、消えた…
「どわ〜、フェ…フェ…フェ…フェイ、大丈夫か〜!」
 大いに慌てるピート、しかし本人はいたって冷静だった。
「大丈夫だよ。」
 そう言いながら右手を引くと、手は元通りになっていた…。
「どうなってんだ〜?」
 不思議顔でフェイの右手と前方の空間を見比べるピート、フェイが答える。
「結界だよ、結界。」
「結界?」
「ああ、魔法で他者の進入を防ぐ奴だ、どうやらこれは魔物に対してのみ有効な奴のようだが、強力な奴ではある。自分の家にいきなりこんな結界を作られたんじゃ、魔物だって騒ぐ様になるだろうよ。」
「おいフェイ、これって誰がやったんだ…!ってまさかピエトロか、でも何で?」
「理由は解んねえよ、でも隠れ家としては超一級だ…。」
 その時、フェイが突然にピートの方を向き直る。
「悪いけど、これからリカルドのおっさんの所に行ってきてくれねえか。」
「何だよ〜、俺も行きてえよ〜。」
 ピートが抗議する、
「頼む…。」
 フェイが真剣な眼差しで頭を下げる、ピートが渋い顔をする。
「解ったよ、その代わり面白い事があったら、後で俺にも教えてくれよ。」
「ああ、もちろん。」
 フェイが顔を上げ、笑顔で答える。
「よし…、じゃあ一っ走り行ってくっか。あっ、そうだ。あまり無茶すんじゃねえぞ。」
 ピートは笑顔でそう言うと、くるりと背中を向け、走り出した。

「あそこか…。」
 フェイの目の前に一軒の小屋があった、フェイははやる気持ちを抑え、一歩ずつ慎重に近づいて行った。
 そして、小屋の目の前に来たフェイ、静かにその扉に手をかけた…、その時。
「お兄ちゃん…」
 確かにローラの声がした、フェイが勢い良く扉を開けた。
「………!!」
 中に居た男、箱の上に座っていたピエトロが何事かと見た。
 フェイが小屋の中を見回す、するとピエトロが座っている箱、そこにフェイの視線が集中する。
「てめえ…!」
 フェイは突然走ると、無防備なピエトロに体当りをくらわせた。いきなりの事に防御する事もできず吹っ飛ぶピエトロ、奥にあった本棚にぶつかり本棚がピエトロへ向け倒れた…。
 フェイは慌ててその箱、以前ローラが入っていたそれを、中も確かめずに開けた。
 そして…、
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