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ワラフヲトコ「四日目 其の弐」 雨水 時雨
 ーそして、少女は再び蘇ったー

「ローラ、ローラ、ローラ!」
 体を揺すりながら何度も呼びかける。
「ローラ、起きろ、ローラ!」
 フェイが絶望しかけた時だった、ローラがうっすらと瞳を開けた、ほっと息をつく。
「お…に…い…ちゃ…ん…?」
「ローラ…。」
 思わずぎゅっと抱き締めるフェイ、ローラもその抱擁に現実感を取り戻す、
「お兄ちゃん、お兄ちゃぁん。」
 泣き出してしまったローラを抱き締めながら、やさしく撫でてやるフェイ。
「全く…、いっつも心配かけやがって…。」
「ごめんね、ごめんね、お兄ちゃん。」
 フェイは軽く「ふっ」と息をつくと言う、
「もういいよ、もう怒っちゃいないよ。」
「本当?本当に怒ってなぁい?」
 ローラが酷く心配そうな顔で聞く、フェイはやさしい顔で頷く。
「本当に怒ってないよ。でも何でいっつもそんな無茶するんだ…。」
「だって…、だってお兄ちゃんの役に立ちたいんだもん。
お兄ちゃんに頼りにされるような子になりたいんだもん。わたし、もういやだよ、置いてきぼりになるの。お兄ちゃんに置いてかれて、一人ぼっちになるの、もういやだよ。」
 ローラの目に再び涙が溢れてくる。
「ローラ…。」
 フェイは、自分が何気無く一人で過去を探しに出た旅がローラをそんなに傷つけてしまったのか知ると、心が痛んだ…。
「大丈夫、もう絶対一人ぼっちにしない、俺がずっと一緒だ。」
 フェイは言いながら、再び抱く腕に力を込めた。
「約束だよ…。」
 ローラがそう言うと、フェイは無言で首を縦に振った。ローラは安心して、笑って心地の良い眠りに体をゆだねた。

「茶番は終わりましたか…。」
 ピエトロの声がする、フェイはローラを抱きかかえるとピエトロを睨みつけた。
「茶番だと…、お前、何のつもりだ。」
「フェイさん、早くその子をその中に戻して下さい。」
「てめぇ!自分が何をしようとしてるのか知ってるのか!」
「知っていますとも、僕はその子を救ってあげるんです、この悲しみに満ちた世界から。」
「何様のつもりだ…。」
 フェイの問いに、ピエトロが鼻を鳴らす。
「ふっ、何様とは…。僕は別に神を名乗るつもりはありません。しかし、僕には神の如き救いの法を知っているのです、その箱を使えば、人は未来に行く事ができる、希望溢れる未来の世界へ!」
 フェイの頭の中で、失われている筈の何かがフェイに何かを語らせる。
「希望溢れる世界だと…。」
「そうです、未来です。」
 フェイが鼻で笑う。
「未来はそんなに良いもんじゃ無い。そして、そんなつまらない遥か未来の為に友人や家族を失うなんて…、馬鹿な事だ…。悪いが、お前のやろうとしている事は無駄だよ。」
「無駄だと…。」
 ピエトロが呆然とする、
「ああ、全くの無駄だね。」
 フェイが力強く頷く。
「…………………………………」
 がっくりとうなだれるピエトロ、何かを呟いている様だが良く聞こえない。
「君に…………っていう…だ。」
 徐々に声が大きくなる。
「君に何が……っていうんだ。」
 ピエトロが顔を上げる。
「君に何が解るっていうんだ!!」
 ピエトロが叫んだ。
「君に何が解るっていうんだ!この世は愁いに満ちている、いわばこの世は心の病に満ち溢れている。この箱はどんな病も癒す、そうさその少女がそれを証明したじゃないか?だから、この箱を使えば、心の病も癒せれるんだよ。」
 ピエトロが言って、ワラフ。否、フェイにはその顔は本当は泣いている様に見えた、しかし顔のメイクがピエトロが笑っている様に見せる、その泣いている様な笑い顔は、酷く、酷く…悲しかった。
「僕は…、僕はその子を救わなきゃならないんだ、だからその子を早く箱に戻せ!!」
 突然ピエトロが飛びかかってきた、しかしフェイは落ち着いて蹴り返した。
 ピエトロが再び吹っ飛ぶ、しかし今度はすぐに立ち上がる、そして両手で印を結び、何事かを呟き始めた。
「黒き刻(とき)の訪れ。死神の鎌は汝を裂き、深き闇にその魂を捧げよ…」
 何故かフェイはそれが禁忌とされている即死魔法である事を知っていた。その魔法は強力で確実に相手に死を与えるものであるが、反面、詠唱に時間がかかる事も知っていた。
 フェイが手近のテーブルを蹴り飛ばした。ピエトロはテーブルが近づいてきてもそれを無視していた、テーブルがぶつかる瞬間だった、テーブルが不思議な力に阻まれ砕け散った。
「結界か!?」
 フェイが舌打ちをして、慌ててローラを床に寝かせ、剣を抜こうとした。しかし、その時、不思議な事が起きた。
 ピエトロが急に詠唱を止めてジャンプした、そして滑り込みながら砕けたテーブルから落ちる何かをキャッチした、それは一冊の本だった。
 ピエトロは華麗に本を取ると、そのままうまく着地し、そして今度は力づくでフェイに襲いかかろうとした。
「くそっ…、」
 フェイは剣を抜くわけにもいかず、箱を持ち上げ倒した。
「な…なに…、」
 頭に血の上っていたピエトロは、それをかわせずに上から覆いかぶさって来る箱にはまってしまった。
 ズゥン…
 重い音と共に箱が床に倒れる、同時に床に描かれた文様が突然光り出した。
「何だ…?」
 慌てるフェイ、その時、箱の下から声がした。
「魔法が発動したんですよ、フェイさん。」
 ピエトロは箱を持ち上げようとせずに静かにそこに入っていた、落ち着いたいつものピエトロがそこに居た。
「くっくっく、何でこんな簡単な事に気がつかなかったのでしょう…。僕が、僕自身が使えば良かったんだ…。」
 それはいつものピエトロの様で、それでいて何処か渇いていた…。フェイが直感的に何かを察知する。
「何をする気だ…。」
「この世界には悲しみが満ち溢れ過ぎている…。さよならです、フェイさん。」
「くっ…」
 フェイが箱を持ち上げようと、手をかけようとする。しかし、その時、床に描かれた魔法陣が強烈な光を放った。
「くそっ!」
 あまりの眩しさに動きが止まるフェイ。光の奔流が辺りを飲み込む、光が…五感を奪っていく…。
 その時、微かにピエトロの声が聞こえた様な気がした…。
「父さん…、母さん…、エリス…、今そっちへ……」

 光が薄れ、目が慣れる、フェイは静かに其の場に立ち尽くす。
 箱から一本の手が出ていた、その手には一冊の本が、先ほど魔法を中断してまで取った本が握られていた。
 フェイは何故かそれが自分に差し出されている様に思えた、フェイがその本を受け取る。
 それは何かの本では無く、手記だった。
 その本を取った瞬間、手がだらりと力無く床に落ちた。
「良い夢を見なよ…。」
 フェイはそう言って十字をきると、ローラを抱きかかえ小屋をあとにした。

 残された箱、その中で、一人の道化師がワラッテいた…。
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