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ワラフヲトコ「最終日」 雨水 時雨
       <Last Day>
「いて…、いててて…。」
 フェイが小さな悲鳴を上げる、しかし目の前の人物はお構い無しにフェイを締め上げる。
「先生、やさしく、やさしく。」
 フェイが苦痛に顔を歪めながら何とか頼み込むが、目の前の人物はその声も無視する。
 そして、声の主は包帯を巻き終えると「終了」の合図と言った意味で「ばんっ」と力強く叩いた。
「いっっって〜〜〜〜!!」
 あまりの痛みに尻が少し椅子から浮く。
「全く何すんだよ…。もうちょっと優しくしてくれよ、怪我人なんだから…。」
 その時、やっと目の前の人物が口を開いた。
「俺は安静にしていろと言ったつもりだが…。」
「先生が二、三日で治るって言ったから、二日は安静にしてたぜ。」
 フェイはさも自分が正しいと言うかのように自信満々な調子で言う。トーヤは軽く溜め息をつきながら「やれやれ」と呟く。
「常識で考えろ。二日安静にして、直後に大暴れしてどうする。治りかけが一番危険なのは病気も怪我も一緒だ。だが、今回はまあ…、仕方無かったがな…。」
 思い空気が場を支配する。フェイはその空気を吹き飛ばすかの様に話題を変えた。
「それにしても、箱に入ってた奴等はどうなったんだ?」
「ああ、あの者達なら心配無い、魔術士ギルドと共同で覚醒させてみたが、かけられた魔法も箱も完全だった為、人体には何も影響は無い。まあしばらくの間は睡眠障害に悩まされるかもしれんが、それも短期のリハビリですぐに治る。問題は…、心の方だな…。」
「何か問題でも…?」
「んっ?ああ、女の方は特に問題は無いのだが、少年の方は…な、色々現実で辛い事があったようだ、目覚めて親の顔を見るなり酷く暴れたよ。何か問題があるのだろう…。」
 トーヤが酷く心配そうな顔になる。
「大丈夫さ、一人じゃないなら…、なんとかなる…。」
 フェイはそう言ってトーヤの机にのっている一冊の本に目を向けた。
「そう…だな…。」
 トーヤが頷く。そこから二人が無言になる…。
 結局、重い空気が場を支配した。
「奴は…、奴は何だったんだ…。」
 フェイは今となってはその本当の名前も解らない一人の男に思いをはせた。
 トーヤはおもむろにその本を手に取った。
「天才だったんだよ、この者は。医学を修め、魔法治療も修めただけではなく、ついには魔導も修めた。しかし使い方を教わらなかった…、否、使うべき対象を失ってしまった、それがこの者の悲しみの始まりだったのだ。『最高の喜劇とは、最高の悲劇である』有名な喜劇役者の言葉だ、この者はまさに最高の悲劇を演じた道化師だったんだよ。」
 トーヤは男の手記をフェイに投げ渡した、フェイは無事な左手でそれを受け取る。
「そして、その劇の幕引きが俺ってわけか…、そりゃ光栄だね。」
 フェイはそう言って、薄くではあったが笑って見せた。
「ふっ、死の重みに潰されんとは…、強いなお前は。」
 フェイが軽く手を振る。
「そんなんじゃ無い、鈍感なだけだ。そうでもないとこの世界…、生きていけないよ。」
 お互いに黙り込んだ、しかし数秒もしないうちにフェイが話しだす。
「それより、先生だったらどうする。」
 唐突に質問する。
「どうする、とは何だ?」
 聞き返すトーヤ、
「もし、先生に妹が居て、そいつが不治の病にかかったら、先生ならどうする?」
「なっ…」
 思わず言葉を失うトーヤ、その様子を怪訝な顔で見るフェイ。
「どうした先生?」
ーなるほど、流石にこいつの耳までは届いていないというわけかー
 トーヤは一つ頷くと言った。
「俺だったら最後まであがいただろうな。最後のその一瞬まで、全ての手段を用いただろう、そう例えどんな方法だろうともだ…。まあ、今はそんな若さは無いがな…。」
 トーヤの言葉にフェイは満足気に頷いた。
「ふっ、強いね先生。」
「そうでは無い、不器用なだけだ、そういう生き方しかできない男なだけだ。」
 そして、二人はどちらからともなく笑い出した。

「そう言えば…、」
 ひとしきり笑い終え、トーヤが突然にきりだした。
「んっ、何だ?」
 何気無く聞き返すフェイ、しかし…
「お前、近々結婚するらしいな。」
 ガタン…
 思わず椅子から滑り落ちるフェイ。
「だ…誰がそんな事を…。」
 引きつった顔で聞くフェイ、トーヤは吹き出しそうな笑いを堪えながら言う。
「お前の嫁本人が言ってたぞ。」
「まさか…」
 フェイにある一人の人物が思い浮かぶ。
 その時だった、隣から医院の入り口が勢い良く開かれる音がした、それと同時に元気な少女の声が二人の居る部屋にまで響いてくる。
「ねえ、聞いて、聞いて〜。わたし、ついにお兄ちゃんにプロポーズされたんだよ〜。」
「ええ?まさか…本当ですか…。でも…でも…という事は、まさか…!」
「うん、結婚も近いかな…。っで式には来てくれるわよね。」
「は…はい、勿論です…。でもいつ頃なんですか…。」
「う〜ん、遅くても来月中かな?」
「そんなに…早く…。」
「うん、結婚しちゃうかな☆」
「あ…あいつ……。」
 我慢できずにフェイが椅子を飛ばしながら立ち上がった、トーヤは咎めもせず、逆に堪えていた笑いを吹き出してしまう。
「おい、ローラ、何を勝手な事言ってんだ!」
 叫びながら隣の部屋に行くフェイ、
「院内では静かにしろ。」そう注意しかけるトーヤだが、今日、今くらいは許してやる事にした。
「あっ、お兄ちゃ〜ん、こんな所で逢うなんて…、やっぱり二人は赤い糸で結ばれてるんだね。」
「何言ってんだ。それより誰と誰が結婚するって!?」
「えっ、お兄ちゃんとわたしに決まってるじゃない。」
「誰がいつ『結婚しよう』何て言ったんだ?」
「だってお兄ちゃん、あの時『俺がずっと一緒だ』って言ってくれたじゃない、それってつまりわたしへのプロポーズでしょ?」
「さてね…、そんな事言ったっけね?」
「え〜、お兄ちゃん言ったよ〜、言ったよ、絶対言ったよ。」

 いつ終わるとも解らない二人のやりとりを聞きながら、トーヤはフェイの置き忘れた本を手に取ると、それに火をつけ、鉄皿の上に乗せた。
 静かに燃えるそれは一瞬小さな火柱を上げたかと思うと、数分と経たないうちに白と黒の粉になってしまった。
 トーヤは少し熱くなった鉄皿を持つと、窓を開け、その粉を風に流した。

 そうして、終演のブザーも、カーテンコールも無いままに、この劇の幕は引かれた…。

          ー終演ー

作曲・雨水 時雨
SPサンクス・天流 久遠
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