中央改札 悠久鉄道 交響曲

「悠久学園ストーリーAct1「Sweet Angel」」 式部 瞬  (MAIL)
ピ、ピ、ピ、ポーン。
壁にかけてあるデジタル時計が朝の七時をお知らせした。そしてその瞬間、俺の部屋に
凄まじい程の大音量が爆音のように響き渡った。
「ああ、夢から覚めた。今以上あなたを愛してる!!!」
「ぐわあああ!!」
まどろみを一瞬にして吹き飛ばされた俺−式部 瞬−はベッドから跳ね起きると、慌てて
コンポにかけよった。…ぐわ、ボリュームが最大になってやがる!慌ててCDを止める
と、俺は額に落ちかかる髪をかきあげ、この騒動を冷静に分析してみた。…考えるまで
もない、パティの仕業だ。
−パティ・ソール−小、中、おまけに高校まで同じになってしまった俺の幼なじみだ。
家がすぐ隣ということもあって小さい頃俺とパティはいつも一緒にいた。それぞれが
男と女としてのテリトリーを作るまでは。それはさておき、こんなことをするのはアイ
ツ以外に考えられない。なぜなら、
理由その1、訳あって独り暮らしをしている俺のうちにアイツは頻繁に訪れ、おせっか
いの限りを尽くしている。そして昨日もアイツは家に来て、俺の部屋に来た。
理由その2、俺が目覚まし時計のかわりにコンポで音楽を流すということを知っている
のはアイツしかいないハズだ。
以上、どう考えても犯人はパティとしか考えられない。しかも7時にセットしやがって!
いつもより1時間も早いじゃね〜か!!と、俺が独り顔をしかめていると、不意に窓の
外から声が聞えた。
「おっはよ〜、瞬。起きた?」
パティの声だ。さわやかに挨拶なんかしてる…。
「…ふうう〜。」
俺はため息を一つくと開けっ放しの窓からベランダへと出た。向かいのベランダではす
でに制服に着替えたパティが、何がそんなに嬉しいのか、朝からニコニコと笑っていた。
「お前なぁ…。何のイヤガラセだよ?」
「もう〜、朝っぱらから大きな声で愛の告白なんかしないでよ〜。恥ずかしいヤツね。」
聞いちゃいねえ。俺はわざとらしく前髪をかきあげ、
「暑さにヤられちまったのかよ?な・ん・のイヤガラセかって聞いてるの。」
「イヤガラセですって?遅刻常習犯予備軍のアンタの事を思ってやってあげたのよ?お
礼の一言ぐらいあってもバチは当たらないわよ?」
「…よくそんな事が言えるな、まったく。」
そう言って俺はベランダの手すりに近寄った。ここからだとパティの部屋のベランダま
で1mちょいしかない。いっておくが作為はないぞ、偶然だ、多分。
「今度こんな真似したら、夜お前の部屋にしのび込んで制服かっぱらうぞ?」
「うわ!?瞬って制服マニアでしかもヘンタイなの?」
あからさまに嫌な顔するパティ。ま、嬉しそうにされたら怖いけどさ。
「違う。生活のためだ。」
「生活?」
「ああ、アレフに売りつけて生活費にしてやる。」
ちなみにアレフとは俺の悪友だ。女癖が悪くて、何故か純愛を好むパティには酷く嫌わ
れているのだ。
「うええ〜!や、やめてよ。鳥肌が立っちゃった…。」
「だったらもうすんな。心臓が止まるかと思ったぜ。」
苦笑いを浮かべる俺。それにつられてパティも軽く微笑む。
「解ったわ。そのかわりしっかり起きなさい。」
「へいへい。」
「解ったらはやく準備して。下で待ってるからね。」
そう言い残すとパティは部屋の中に入り、窓を閉め、鍵をかけ、おまけにカーテンまで
しめた。…だれも忍び込まね〜よ、何真に受けてんだ、まったく…。さて、たまには普
通に登校するとしますか…。俺は欠伸を噛み殺しながらのろのろと身支度を始めたので
あった。


「ねえ、知ってる?」
「あ?あいを?(あ?何を?)」
「今日、転校生がくるんだって。瞬、昨日のホームルームさぼったからしらないでしょ
う?」
「ああ、まっはくひらん。(ああ、まったく知らん)」
「でしょうね。…それより食べながら歩くのいいかげん止めた方がいいよ。」
「うるへ。(うるせ)」
「私のお昼ご飯を少しわけてあげてるんだからもう少し感謝してもバチは当たらないわ
よ。…で、どう?」
「ああ、もうすぐ夏休みなのになぁ〜、この時期には珍しいよな〜。」
「転校生の話ぢゃないわよ!」
「冗談だ、冗談。そうだな〜70点だな。」
「…ふ〜ん。減点の理由は?」
「食卓でゆっくりと食いたかった。」
「それはアンタのせいでしょうが!!」
スカーーーーーン!!教科書がギッシリと詰まったパティの手提げ鞄が見事に俺の後頭
部に炸裂した…。


「よっこらせっと。」
やけにジジクサイ掛け声と共に俺は自分の席へと腰を下ろした。そして同じようにすぐ
隣の席にパティも腰を下ろす。…そう、恐ろしいこと(?)になんと家だけでなく席ま
で隣同士なのだ。なんか、作為というか、大宇宙の心理を感じるというか…。そんな馬
鹿げたことを考えていると、
「みなさ〜〜〜ん。おはよ〜〜〜ございま〜〜〜〜〜す〜〜〜。」
何とも脱力する挨拶が聞えてくる。担任のセリーヌ先生(英語担当)が教壇に立ってい
た。相変わらずノンビリした人だなぁ。それにしても、よくあんな間延びした発音で外
人とコミニュケーションがとれるよな…。本当に英語通じてんのかよ?ま、セリーヌ先
生だったら相手が猫だろうと異星人だろうとお話しちゃいそうだけどね。
「え〜と、今日〜は〜、皆さんに、新しいお友達を紹介しま〜す〜。どうぞ〜。」
間延びしたその声に、一人の女の子がおずおずと教室の中に姿を現した。瞬間、教室内
は異常に涌いた。クラスメイトの半分くらいが、だけど。
「うおおおおおおおおおおお!!!」
「び、美少女だ〜〜〜〜!!!」
「なんてお約束〜〜〜〜〜〜!!!」
「極寒の地に春の妖精が現われた〜〜〜〜!!!」
バキ!最後のヤツは後ろの女生徒に花瓶で殴られて悶絶した。ま、そんなのどうでもい
い。問題は転校生だ。腰まで伸びた黒く艶やかな髪の毛と、陶磁器のように白い肌が印
象的な、ハッキリ言ってとびきりの美人だった。が、決してお高くとまった印象はなく、
そう、言うならばおしとやかで上品な深窓のお嬢様って感じだ。内気そうに胸元に視線
を落としたその仕草と、前で握られている細い手がポイント高いぞ。
「みなさ〜〜ん、お静かに〜〜〜。では、自己紹介をしてもらいましょう〜〜〜。」
わああああああ!!パチパチパチ!!ヒューヒュー!!…だからうるさいって。
「え、え〜と…。」
教室内の喧燥がピタリと止んだ。そして視線が転校生に集中する。
「あ、あの、みなさん初めまして。シーラ・シェフィールドと言います。お父さんの仕
事の都合で今日から皆さんと一緒にお勉強することになりました。…え〜と、あ、あれ?」
と、シーラはそこでせわしなく視線を動かし、一人焦りまくっていた。どうやら暗記し
ていた挨拶を度忘れしたみたいだ。俺は少しだけ苦笑いを浮かべてしまった。
(はは、あんなの適当にやればいいのに。なんか微笑ましいな。)
と、その時俺の頬に激痛が走った。
「イデデデデデ!」
「な〜にイヤラシイ笑み浮かべてんのよ、おバカ。」
パティに頬を抓られてしまった。別にそんなつもりはないのに…。
「と、とにかくよろしくお願いします。」
そう言って深々と頭を下げるシーラ。う〜む、非の打ち所がないな。正に小説やゲーム
なんかにでてくるお嬢様そのまんまだ。つまり、
「お前とは対極をなすな。」
ギロ!!
…すごい形相で睨まれた俺は、自己の生命の危機を感じ「ゴメン」と素直に頭を下げた。
「で〜〜は〜〜、シーラさんの席はどこにしましょ〜〜〜?」
よし、きっとああいうタイプの娘は人見知りするだろうから、ここいっちょウケでも狙
って和やかな雰囲気にしよう。そうすれば少しは溶け込みやすくなるかも知れないしな。
そう思い、俺はおもむろに手を挙げた。
「セリーヌ先生〜。俺の隣空いてますよ〜〜〜。」
「ち、ちょっと!!私がいるってば!!」
「そ〜ですよ〜〜〜。瞬君には〜〜パティさんがいるじゃありませんか〜〜。」
瞬間、再び教室が涌いた。今度は冷やかすような、茶化すような声と視線で。
「ヒュ〜ヒュ〜。」
「よ、お二人さん、熱いよ〜〜〜。」
「パティってば、何だかんだで瞬君、なのよね〜。」
「こ〜〜〜の良妻賢母〜。(意味不明)」
無責任なヤジが雨あられのように降り注ぐ。パティは慌てて立ち上がると、
「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待ってよ!先生も先生です!!」
慌てまくってんなぁ…。こんなのいちいち気にすんなよ、はは。
「そ〜〜〜でした、言葉が抜けてましたね〜〜〜。瞬君の隣にはパティさんがいるじゃ
ありませんか〜が正しかったんですね〜〜〜。」
「大切なトコロを抜かさないで下さい!」
「そ〜でした、そ〜でした、うんうん。」
一人納得するセリーヌ先生。天然だからまた怖いぜ。と、セリーヌ先生は続けた。
「で〜も〜、瞬君にパティさんがいるっていうのも、間違いじゃないですよね〜〜。」
ドッとクラス中が吹き出した。本人にその気はないのに生徒を煽ってるし。
「もう!知らない!!」
パティは椅子に荒っぽく腰掛けると、顔を真っ赤にしてプン、とうつむいてしまった。
それでもクラス中で湧き起こった笑いはおさまらない。まったく、そんな顔真っ赤にし
てまで怒ることもないのに。と、俺はふとシーラを見やった。
(クラスの女の子と一緒に笑ってる。ま、成功か。)
俺は軽く微笑むと、視線を再びパティの横顔に映し、静かに呟いた。
「ゴメンな、今度パフェおごってやる。」
「………。」
「…パティさ〜ん、もしも〜し??」
「………クレープも一緒。」
視線をそらしたまま呟くパティ。そんなパティに俺は口元を綻ばせ、
「はいはい、お好きなものをどうぞ。」
と呟いたのであった。




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