中央改札 悠久鉄道 交響曲

「悠久学園ストーリーAct3 Memories」 式部瞬  (MAIL)
音楽室を後にした俺達は二人肩を並べ階段を下った。こうして二人で歩いていれば他人
から見れば仲の良いカップルに……そこまで考えて俺は少し自嘲ぎみに口の端を歪めた。
(て、いうかお嬢様とその取り巻きに見えるかもな〜。)
思いながらふと自分より頭一つ以上小柄なシーラを軽く見やる。…う〜ん、何度見ても
俺の中にあるいわゆる“お嬢様像”にピッタリとあてはまる娘だなぁ。と、その時俺の
視線に気がついたのか、シーラはチラッとだけ俺の顔を見てまた胸元に目を落とした。
そしておずおずと口を開き、
「どうかしたの?」
「ん〜、たいしたコトじゃないんだケド。ねえシーラさん、一つ聞いていい?」
「え?う、うん、いいよ。そのかわり私も式部君のこと聞いていい?」
俺の顔を覗き込むようにして、そう呟くシーラ。そんな普通の仕草さえも愛らしく感ぜ
られるから不思議だ。
「ああ、いいよ。ちなみに瞬、でいいよ。」
「じ、じゃあ、私の事もシーラでいいです…。」
「ん、解ったよ、シーラ。あのね…。」
「う、うん……。」
随分身構えている気がする…。変なコト聞かれると思ってるのかなぁ…。
「シーラはピアノって弾けるの?」
「…え?」
「だから、ピアノ…。」
何となく間の抜けた沈黙が二人の間に鎮座した。と、その沈黙を先に破ったのはシーラ
だった。
「あ、ピ、ピアノね。うん、弾けるけど…でもどうして解ったの?」
「いや、何となく。そんな雰囲気がしたからだけど。ところで…。」
俺は慌てまくっているこの純粋で内気な女の子を少しだけいぢめてみたくなってしまっ
た。少しだけ意地の悪い笑みを浮かべると、
「随分慌ててたけど、どんなこと聞かれると思ったの?」
「え?ええ!?べ、別に……。」
慌ててる、慌ててる。
「彼氏いるの〜とか〜?」
これじゃまるでナンパ野郎だ。我ながらバカやってると自分でも思う。ま、いつもの軽
口だ。きっとパティや他の娘みたいに“内緒だよ、べ〜”で終わり、俺は「あ、やっぱ
り?」とか言って苦笑いを浮かべてこの話題は終わるんだ。いつもそうだったから今回
だってそうなるに決まってる。…でも今回は、違ったのだ。
「………。」
頬をさらに赤め、目を反らすシーラ。…な、何なんだこの沈黙は。
「………。」
「………。」
う…もしかして俺ってかなり酷いコトしたのかも…。
「………。」
「………。」
「……いないよ。」
「え?」
間抜けにも聞き返す俺。シーラは可哀相なくらい、顔を真っ赤に染めてもう一度その
可愛らしい唇を微かに動かした。
「だから、いないよ…。」
「そ、そうなんだ…。」
そう相づちを打ったが、シーラの言った言葉の意味を理解したのは5秒ほどたってから
だった。…そ、そんなコト答えなくてもいいのに…。素直というか、無垢というか…。
これから気をつけないと…可哀相なことしちゃったな…。
「今度は私の番だからね。」
「え?何が?」
その言葉に少しだけ頬を膨らませるシーラ。
「だから、今度は私が瞬君に質問する番でしょ?」
「あ、ああ。なんなりと…。」
「じゃあ、…ねえ、さっき聞いたんだけど瞬君とパティちゃんって幼なじみなの?」
「はあ??」
まさかシーラとの会話にパティの名前が出てくるとは思わなかった俺は思わず聞き返
してしまった。
「さっきパティちゃんに聞いたの。」
「そ、そう、アイツ俺のコト変な奴みたいに言ってなかった??」
慌てる俺にシーラは少しだけ意地悪な笑みを浮かべた。
「言ってたよ。朝から大きな声で愛の告白をする、制服マニアだって。」
「あ、あのヤロウ…。」
脳裏にパティの、まるでいたずらを思い付いた少年のような笑顔がちらつく。何てヤツ
だ!!俺の事を全く知らない転校生にそんなコト言ったら冗談ではなくなるぞ!!と、
「ふふ。」
一人思い悩む姿が面白かったのかシーラは口元に軽く手をあて、上品に微笑んだ。
うむ、100点満点だ(謎)。おっと、そんなことより…
「言っておくけど、ソレ冗談だから信じちゃだめだよ。」
「そうなの?じゃあ瞬君は朝から大声で愛の告白なんてしないんだ?」
「そ、そんなの当たり前だよ。ていうかそんなヤツいないって。」
「じゃあ、瞬君は制服って嫌いなんだ?」
「え!?」
「だから女の子の制服姿って嫌いなんだ?」
「………。」
正直嫌いじゃない、可愛いし。でもそんなコト女の子に面と向かっていうヤツなんて普
通いないぞ…。なんて答えりゃいいんだよ…。と、そんなことをうじうじと考えながら
シーラの顔を見やる。……この顔は…もしかして…。
「ねえ、もしかして俺のこといぢめてる?」
「うん。」
即答である。そしてそのまま小走りに俺から離れると、いたずらっぽく微笑んだ。
「さっきのお返しよ。これでアイコだね。」
「…ああ、シーラは今フリーで彼氏募集中だって聞いちゃったコトとオアイコだね。」
意地悪く、ことこまかに言う俺。と、シーラの顔がみるみるうちに羞恥の朱に染まる。
「そ、そんなこと大きな声で言わないで!それにそんなこと言ってません!。」
やばい、心なしか瞳が潤んでないか?…これ以上言ったら泣いちゃいそうだ。俺は慌て
て頭を下げた。
「ご、ごめん。」
「あ…ううん、私こそ大きな声だしちゃって…。」
「い、いや、今のは完璧に調子に乗りすぎた俺が悪いよ。」
「だ、だって、そんな…。軽い冗談なのにムキになった私が悪いから…。」
「い、いや、だからね…。」
いかん、堂々巡りだ。とにかく、もうこの話題やめよう…。と、俺が別の話題を振ろう
と口を開きかけた時、それよりも半瞬早くシーラが口を開いた。
「……と、ところで、どうなの?」
「はい?何が?」
「だ、だから…瞬君、まだ私の質問に答えてないよ。」
「え?あれ、そうだっけ?まあ、いいや。確かにパティとは幼なじみだよ。」
「…そう、なんだ?」
「ああ、正真正銘の幼なじみだ。」
「そう…。」
それきりシーラは口を閉ざしてしまった。何かを考え込むような、物静かで、どこか
切なげで、そして何故そう感じたのか分からないが、どこか後ろめたいような表情を
浮かべたまま。何となく、その沈黙は冗談や軽口で破ってはならないような雰囲気が
したので俺はシーラの横顔を見詰めたまま黙っていた。肩を並べ無言で歩く男と女、
これがゴミ捨てに行く途中の学校の階段ではなく、枯れ葉舞う並木道だったら絵にな
るかな…。なんてまた馬鹿な事を考えてしまう俺。と、その時不意にシーラが消えた。
消えた?そんな馬鹿な。ここは学校の階段、シーラは考え事をしている、つまり……
この間、約0.1秒。結論を導き出した俺はごみ箱を放り投げると、階段を踏み外し
今まさに階段を転げ落ちようとしているシーラの腕を掴み、グイっと引っ張った。
…自分も階段にいる事を完全に忘れたまま。
「くっ!!」
「きゃああ!!」
重力の法則に従いながらも俺は半ば無理矢理シーラを抱き寄せ、抱えこむようにして
自分の体を下にした。これなら俺が下敷きになる分、シーラが怪我をする確率も減る
だろう。手、捻挫してピアノ弾けなくなったら困るもんな。そこまで考えたちょうど
その時、
ドス!!
「キャ!!」
ガン!!
ふに。
沢山の音と様々な感触と衝撃を全身と後頭部に感じた。一瞬息がつまり、頭に鈍痛が
走る。次いで目の前で銀色の火花が激しくちらつく。
「イテテ…。」
苦痛に顔を歪めながらゆっくり目を開けてみる。
「………。」
「………。」
目の前に、本当にすぐ目の前にシーラの黒い瞳があった。吸い込まれそうな、黒曜石の
ように美しい瞳の中には俺の間の抜けた顔が写っている…。
「………。」
「………。」
全身に女性らしい、柔らかな感触を感じる。…あたりまえだ、俺は今シーラを力一杯抱
きしめているんだから…。ん…?
「わああ!!ご、ごめん!!」
状況を理解した俺は叫びながら慌ててシーラの背中から手を放した。それと同時にシー
ラは急いで立ち上がると真っ赤な顔を隠すように俺に背を向けてしまった。俺も急いで
立ち上がり、回りを見回してみる。…よかった、誰もいな…、
「あら〜ん、シュン君って以外と積極的なのねん〜?」
「げげ!由羅先生!!!」
ローラとトリーシャの次に見られたくない人に見られてしまった。狐のようなミミとシ
ッポのアクセサリー(だと思う)と白衣を身に着けた我が学校の女医にして問題教師の
橘由羅先生である。
「げげ!とは何よ〜。人をお化けみたいに。」
そう言ってシッポを揺らす由羅先生。だが怒っている感じは全くなく、むしろ俺達をか
らかおうという魂胆が見え見えである。案の定、妖しい笑みを投げかけてきた。
「イキナリ女の子を押し倒しちゃうなんて〜。困ったちゃんね〜。」
「ひ、人聞きの悪いことをでかい声で言わないで下さい!!」
「あら〜ん、どっからど〜見てもそう見えたわよ。ね?」
由羅先生はそう言うと背を向けたシーラにゆっくりと近づき、そして膝を曲げてシーラ
の脛の辺りに目をやった。そして、
「ふんふん、なるほど。」
と、独り頷き立ち上がると、
「一応湿布を張ったほうがいいわね〜。シュン君このコに肩を貸してあげなさ〜い。」
「え?なんで??」
「もう!保健室につれてくのよ!怪我してるコを歩かせる気なの〜?」
「あ……は、はい。」
そう言ってはみたもののあんなことの後だからいやがおうにもシーラを意識してしまう。
「こ、コホン。え〜と、あ〜なんだ〜。」
「………。」
「シーラ、肩掴りなよ。」
「…は、はい…。」
が、返事はしてもシーラは俺の肩に掴ろうとはせず、胸の辺りで両手を頑なに組み合わ
せ、真っ赤な顔でうつむいていた。…困ったな、専門家が言うんだから保健室に行って
治療して貰ったもうがいいだろうし…。このままじゃ埒があかないし…しかたない。
そう思い、俺は少し強引にシーラの左腕を掴んだ。
「!!……。」
一瞬、その小さな肩をビクッとふるわせ脅えるような表情で俺を見つめるシーラ。が、
その緊張もすぐに解け、抵抗もなくなる。俺はそのまま自分の肩にシーラの腕を回した。
「足、痛い?」
すぐ間近にあるシーラの横顔にそう問い掛ける。シーラは俺の顔をチラリと見ると再び
胸元に目を落とし微かに頷いた。そして、
「でも本当に少しだけ。…瞬君がかばってくれたから……。ありがとう。」
と消え入りそうな声で囁いた。その言葉に自分でも嫌になるくらいに顔が熱くなるのを
感じた俺は慌てて苦笑いを浮かべ、
「そ、そんな。たいしたコトじゃないよ。」
と、わざとぶっきらぼうに言った。と、その時、
「あ…。」
不意にシーラが驚いたような声をあげ、そして俺の顔をまじまじと見詰めた。
「??な、何?顔のデッサン歪んでる?」
「え!?あ、ううん、そんなことないよ。ただ…。」
そこで口ごもる。…何だ?何か気になるなぁ…。…っと、保健室に行くんだったっけ。
「じゃあ保健室行こうか?」
「は、はい…。」
「……アンタ達、ワタシのソンザイを忘れてるデショ?」
そう言った由羅先生は踊り場の隅でどんよりと体育座りをしていた…。


保健室へたどり着いた俺はまずシーラをベッドに座らせてやり、由羅先生に言われるま
ま、湿布を取り出すべく冷蔵庫を開けた。そして、
「……。」
絶句した。なぜなら冷蔵庫の中にはおよそ教育の場にそぐわないものが所狭しと押しこ
まれていたのだから。
「由羅先生!ここビールと日本酒しか入ってませんよ!!」
「人聞きの悪いコトいわないでよ〜。ホラ、ワインも入ってるじゃない。」
「いやだから…もういいです。」
「もう〜役に立たないわね〜。ま、いいわ〜。あとはワタシがやっておくから瞬君は
土曜の午後を満喫しに行きなさ〜い。パティちゃんとデートでもしてきたら〜。」
こともなげにとんでもない事をおっしゃる。その顔は明らかに俺をおちょくっていた。
「だ〜か〜ら〜!俺はパティと付合ってませんってば〜。」
「ま〜そういうコトにしておいてア・ゲ・ル。」
「…もう、いいです、どうでも。じゃあ、俺行きます。」
そう言って俺はシーラに目をやった。
「じゃあ、俺は帰るよ。無理しちゃダメだよ。」
「う、うん。あの…。」
「ん?」
「本当に、ありがとう。」
「あ、ああ、うん。どういたしまして。じ、じゃあね。」
慣れない女の子の笑顔と感謝の言葉、そして由羅先生の含み笑いから逃れるように、俺
は慌てて廊下へと飛び出したのであった。

「あはは、照れちゃって。かわいいコね〜。」
そう言うと由羅先生は私にゆっくりと近づいてきた。
「どうしたの?随分暗い顔してるのね〜?」
「え!?あ、そんなこと、ないです…。」
「そう?ま、いいわ。思い悩むのも思春期の学生の大切な仕事だしね。一杯悩みなさい。
だけど暗いほうへ悩んじゃダメよ?明るく、明るく、ね?」
「はい…。」
私はそう呟いて瞬君が今し方出ていった保健室のドアへ目をむけた。
(……式部瞬君、か…。……私の思い違いなのかな…?でもどこかで…。)

校門を出たところで私は聞き慣れた声に呼び止められた。
「お嬢様!お待ちしておりました。お怪我のほうは!?」
由羅先生の連絡を受けて慌てて飛んできたメイドのジュディだった。私は軽く微笑むと、
「うん、たいしたことないよ。心配かけてごめんね。」
「いえ、そのようなこと。不幸中の幸いで安心しました〜。」
そう言ってジュディは大袈裟に安堵の吐息を漏らした。
「ふふ、ありがとう。」
「ではシーラ様、お車のほうへどうぞ。」
「うん。」
促されるまま、私は路肩に停車してある車の後部座席へ乗り込んだ。本当はこの辺りを
少し歩きながら帰りたかったけど、心配かけたら困るから今日は諦めないと。そんなこ
とを考えているうちに車はゆっくりと滑るように走りだした。車窓の外を街路樹が流れ
ていく。その景色を私はボンヤリと眺めていた。
(綺麗な街…。……あれ…あ!)
「止めて!お願い、止めて!!」
私は大きな声を上げて半ば無理矢理に車を止めてもらった。そしてドアを押し開けると
道路へと飛び出した。
「お、お嬢様!?」
「ごめんなさい、すぐ戻るから!」
そう言い残し私はその場所へと駆出した。そこは小さな公園、でも子供の頃はとても大
きく感じた公園…。そう、昔、私はこの公園に来た事がある…。そして…。
「……あの時も階段から落ちそうになった私を助けてくれた男の子がいた…。」
薄れていた記憶が鮮明に脳裏をよぎる。セピア色の情景に鮮やかに彩色がなされてゆく。
そう、あの時、あの男の子は自分を下敷きにして私をかばってくれた。お礼を言ったら
「たいしたことじゃね〜よ。」って苦笑いを浮かべてた…。そして私はそんな男の子の
ことを一目で好きになってしまった…。でもその日、私は別の街へ行ってしまった…。
そして…私はまたこの街に帰ってきた…。そして…。
「…瞬君…。私の…初恋の人…。」
再会を果たした、初恋の人と…。


…一方その頃…

「特大チョコレートパフェとブルーベリー&生クリームのクレープ!」
「白玉ぜんざいと宇治金時とあとは〜。」
「チョコレートワッフルと〜ティラミスと〜。」
「日替わりケーキセット!」
「……水、下さい…。」
俺は約束通りパティと(そして何故か)トリーシャとマリアとローラに甘いものをしこ
たまおごらされていた…。


中央改札 悠久鉄道 交響曲