中央改札 悠久鉄道 交響曲

「悠久学園ストーリーAct4 Lies and Truth」 式部瞬  (MAIL)
男の子と女の子がいる。小学校の一年生くらいだろうか?二人は仲良く手をつないで
歩いている。同じ道を、肩を並べて歩いている。
「おなかへったね。」
生意気そうな男の子が呟く。
「おかしかいにいこうか?」
おかっぱ頭の女の子が呟く。
「おかねもってないもん…。」
「うん…。」
二人は途方に暮れている。
「おうちかえったら、おりょうりしてあげる。」
「え?おりょうりできるの?」
「うん。だっていつもままのおてつだいしてるもん。」
女の子は得意そうに呟く。男の子は少しうつむく。
「まま…。」
「あ…。」
「まま、あいたいな…。」
男の子は泣きそうな顔になる。そんな男の子の肩に女の子は抱き着いた。
「ままじゃないけど、おおきくなったらおよめさんになってあげる。」
「およめさん?」
「うん、まいにちおりょうりしてあげる。」
「ほんとう?やくそくだよ?」
「うん、やくそく。」
そして二人は小さな指を絡め、約束を交わした。
「ぱてぃ、しゅんのおよめさんになるからね。」
女の子は笑顔で、そう呟いた…。


「うわあ!?」
眠気など一瞬にして吹き飛んでしまった俺は文字どおりベッドから跳ね起きた。そして
部屋の中を見回す。……夢、か…。煩わしく額に落ちかかる前髪をかきあげ、もう一度
夢の内容を反芻してみる。…パティが、俺の、“およめさん”になるぅ〜??な、なん
て夢を見るんだ、俺は!?誰もいないのは解っているが、それでも赤面してしまう。
……ん?まてよ…。昔、こんなことがなかったか?あのシチュエーションとセリフ、遠
い昔に聞いたような気がする…。と、俺が物思いにふけっていたその時、
「おっはよ〜〜〜〜!!!」
「どぐはあああああ!!!!」
突然背後から投げかけられた言葉に、俺は奇声をあげそのままベッドから転げ落ちた。
「朝っぱらからにぎやかね〜。」
ベランダから部屋に入って来たパティは呆れ顔でそう呟いた。いつも通りすでに登校の
準備は済ませているようだ。
「お前なあ、部屋に勝手に入るなよ。」
「いいじゃない。あ、もしかして見られたら困るものでもあるの?」
意地の悪い笑みを浮かべ、そう呟くパティ。
「ねえよ、そんなの。」
「じゃあ、いいじゃない。」
そう言うとパティは俺のベッドに腰掛け、部屋の中を見回した。
「相変わらず汚い部屋ね。掃除くらい毎週しなさいな。」
「うるさい。」
「あんまり甲斐性なしだと彼女できないぞ〜。」
「うるさいっての。」
パティのヤツ、ケラケラ笑ってやがる。…なんか悔しいぞ。ようし、ここは一発…。
俺は立ち上がるとニヤっと微笑んでみせた。
「な、なによ、気味悪いわね。」
「いいんだ、彼女できなくても。だってパティが俺の“およめさん”になってくれるん
だからな。」
「え…?」
しばしの沈黙。そして、
「な、な、な、何朝から寝ぼけてるのよ!!」
真っ赤になって怒鳴るパティ。そんなパティに俺は涼しげな笑みを浮かべると、
「朝だからこそ寝ぼけてるんだ。」
「ば、馬鹿じゃないの!?」
「あれ?でも冗談抜きで昔そんなコト言わなかったっけ?」
俺の言葉にパティはますます顔を赤くして怒鳴り散らす。
「言う訳ないでしょう!大体アンタなんか家が隣同士なだけじゃない!アンタがいつも
寂しそうにしてたから同情で一緒にいてあげただけよ!」
「…。」
冗談だって解ってた。いつものことだ、パティが勢いで思ってもないことをよく口にす
ることは。だけど、何故かその時、俺はそれが理解できなかった。「同情」という言葉
がやけに胸に深く突き刺さっていた…。
「…身寄りもなくて、死んだ叔母さんに引き取られて来た俺が可哀相で同情したから、
迷惑だったけど一緒にいてあげました…てか?」
「え…?」
「そりゃあご親切に、おせっかいをどうもありがとう。でももうその必要もないぜ。
独りでも寂しくないほどに年もくったんでね。」
自分でも信じられないくらい、酷いことを言っていた。だが、そう分かっていても、俺
は言葉を続けた。止められなかった…。
「出てけよ、単なる隣同士なんだろ?勝手に部屋に入んなよ。」
「…そう、解ったわよ!!出てってあげるわ!!これで満足でしょう!!」
「ああ、そして二度と入ってこないでくれれば言う事はないね。」
「もちろん、そのつもりですよ!!じゃあね!!」
そう言い残すとパティはベッドから立ち上がり、ベランダの戸を荒っぽく閉めて出て
行った。独り部屋に残された俺は部屋に立ち込める沈黙に苛立ちを覚えながら、パティ
が出ていったベランダを見つめていた…。いつものケンカさ、またすぐにこんなこと忘
れて、いつも通りになるのさ…。きっと、そうさ…。


ガラ…。
教室のドアを開け、俺は友人達に挨拶をしながら自分の席に向かった。隣ではすでに授
業の準備を終えたパティが女友達らとおしゃべりに興じていた。と、ふと目が合う。が、
ものの1秒も経たないうちにパティは目を反らした。それはあたかも道ですれ違っただ
けの、他人を見るような仕草だった。胸の奥底に微かな痛みと冷たい何かを感じながら
も俺は無言のまま椅子に腰を下ろすとボンヤリと入り口のドアを眺めていた。と、しば
らくしてシーラが教室に入って来た。そして遠目に俺を見つけるとペコリ、と会釈をし
た。俺もそれに答え軽く微笑んだ。胸の痛みは続いていた…。

キ〜ンコ〜ンカ〜ンコ〜ン。
「では今日の授業はここまでじゃ。次回はイスラムの文化についてやるからの。」
そう言い残し、カッセル先生は教室から出ていった。昼休みを迎えた教室は友達と昼食
を食べようと机を動かす人や、人気のパンを買うために学食に急ごうとする人達でにわ
かに賑やかになる。そんな喧燥を聞きながら私は隣の席を横目で見やった。瞬は昼食を
食べる様子もなく、ただボンヤリと窓の向こうの青い空を眺めているようだった。
…朝のことを謝ろうか?授業中、そんなことばかり考えていた。だけど、休み時間が来
る度に、私は逃げるように友達の輪の中に入り、どうでもいいようなお話を楽しんでい
るように振る舞った。本当は…謝らなきゃいけないと思った。瞬の心の傷をえぐるよう
なことを言ってしまったのだから。でも、謝ってしまったら、自分の瞬に対する想いま
で伝わってしまいそうで、そして、今の関係が想い出と共に音をたてて崩れ落ちてしま
うような気がして…怖くて、ずっと不機嫌な顔でうつむいていた…。と、そんなことを
考えていたとき、私の席に珍しい来客があった。
「あの、パティちゃん。」
「あれ?シーラどうしたの?」
「う、うん。あのね…少し聞きたいことがあるの…いいかな?」
「え、うん、いいわよ別に。あ、ここじゃマズイこと?」
「うん、少し…。」
「ん〜、じゃあ屋上にでも行こうか?」
「うん…。」
私は立ち上がると、もう一度だけ瞬を横目で見やり、シーラの背中を追った。


「それで、聞きたいことって何?」
「う、うん…その…。」
屋上のフェンスにもたれた私は、もじもじと胸元に目をやっているシーラに軽く微笑え
んだ。
「どうしたの?聞きにくいこと?」
「うん、…あの、あのね…。」
「うん。」
「…パティちゃんは…あの……瞬君と付合ってるの…?」
「え!?」
シーラの口から出た言葉は寝耳に水だった。なんで瞬の名前が…?でも私はすぐに解っ
た。目を見ればすぐ解る、シーラは…瞬のことが好きなんだ。
「…シーラ、瞬のコト、好きなんだ?」
「!…う、うん。………。」
それきりシーラは黙ってしまった。この娘のことだからきっと瞬のことを一途に想って
いるんだろうな…。私は?私は瞬のことをどう思ってるんだろう…?不意に胸が痛くな
る。誰かに「瞬のこと好き?」と聞かれて「うん」て答えられる?「好き」っていうの
は幼なじみとして?友達として?…それとも、「異性」として…?瞬にとって私は…?
やっぱり幼なじみ…?わからない、わからないよ…。
「………。」
私は無言のまま、シーラを見つめた。この娘は心から瞬のことを想ってる。そんなシー
ラの素直で純粋な想いを…素直で純粋に想えない、答えが分からない私が邪魔していい
の…?もしここで頷いたら、私は自分のエゴのためにシーラも瞬も傷つけて、二人の幸
せを踏みにじるかもしれない…。…そうだよ、私なんかよりシーラに想われている方が
瞬にとっては幸せかもしれない…。だって私たちは…ただの「幼なじみ」なんだから…。
「ううん、付合っていないよ、私達は。」
「え…?」
「だって、私達、ただの幼なじみだもん。それ以上でも以下でもないわ。」
「そ、そう…。」
「シーラ、告白するの?」
「え!う、うん……。」
「そう、頑張ってね…。話ってそれだけ?」
「うん、ありがとう。」
「いいのよ、じゃ、私職員室に呼ばれてるから行くね。」
嘘だった。ただ、これ以上ここにいられなかった。胸が痛くて、涙が流れてしまいそう
で、ここから逃げ出したかっただけだった。一人校舎に入った私は弾かれるように駆出
した。そして誰もいない調理室に向かい、中に入って鍵を閉めた。そして…
「…これで、いいんだよね?これで…。」
そのままドアにもたれて、泣き続けた。何故か、涙が止まらなかった…。





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