中央改札 悠久鉄道 交響曲

「悠久学園ストーリーAct5 綺麗な愛じゃなくても・・・」 式部瞬  (MAIL)
西日が、全てをオレンジ一色に染め上げてゆく。校舎も、グラウンドも、通いなれた通
学路も…。いつもとかわらない、放課後だった。ただ一つ、俺の隣にいるのが親友のア
レフでもなく、幼なじみのパティでもなく、シーラであることを除けば…。ちらり、と
頭一つ以上小柄なシーラを横目で見やる。風になびく艶やか髪も、鞄を持つ小さな手も、
深淵な黒をたたえるその瞳も、オレンジ一色に彩られている。
「………。」
「………。」
ゆっくりと、俺達二人は並木道を肩を並べて歩いている。
「あの…。」
ふいにシーラが口を開く。
「何?」
「無理に誘っちゃってごめんなさい。」
「別にいいって。それよりも行きたいところってどこ?」
「あの、もうすぐだから…。」
それきりシーラは口を閉ざしてしまう。何となくこれ以上声をかけるのは止めたほうが
いいと思った俺も同じように口を閉ざし、左手をポケットに突っ込んだ。と、その手に
紙切れが触れる。俺はシーラに聞えないように軽くため息をつき前髪をかきあげた。
(パティのヤツ、一体何のつもりなんだ?こんなものよこして…。)

…六限目が終わり、学校の全て放課後の喧燥に包み込まれる。そんな中、パティは無言
で俺にこの紙切れを渡した。そして目を合わせようともせず、自分の鞄をひったくるよ
うに掴むと教室から駆出していった。呆気にとられながらも、俺はその紙切れに目を落
とした。
“わたしは瞬の幼なじみだから。それ以上でも以下でもないから。”
ただそれだけ、殴り書きにされていた。パティにしては少し歪なその文字に目をやりな
がら、俺はわけもわからずその言葉を心の中で反芻していた…。

自分でも説明できない感情が胸の中を巡っている。焦燥感?喪失感?苛立ち?何に対し
て?別に俺は何も失ってなんかいない、いないはずだ。じゃあこの訳の分からない感情
は一体何なんだ?自問がまた新たな自問を呼び、それが俺を苛立たせる。そしてその苛
立ちは変質と歪曲を巡り巡って、こんな感情を投げかけた言葉を書き記した人物、パテ
ィに無意識のうちに向けられていた…。
「瞬君。」
「…え?あ、何?」
慌てて笑顔を浮かべ俺はシーラに向き直った。
「次の角を右に曲がるの。そこが私の行きたかった場所よ。」
「そう…あれ?そういえば随分この辺に詳しいね。」
「…ふふ、やっぱり覚えてないんだ。」
いたずらっぽく、そして少しだけ寂しそうにシーラは微笑む。
「何を??」
俺のその問いにシーラは答えず、かわりに突然駆出し、目の前にある十字路を右へと曲
がった。
「な、何なんだ?一体?」
呟き、俺も駆出す。そして通路を曲がった俺の瞳に飛び込んで来たもの、それは小さな
公園だった。二つあるブランコはもはや錆びつき、砂場で遊ぶ子供もいない。寂れた、
小さな公園だった。ビルの合間を縫って差し込む夕日に照らされ、セピア色に染め上げ
られた公園に、俺はゆっくりと足を踏み入れた。
「瞬君。」
シーラの声が聞えた。見やると、シーラは公園の奥のほうにある階段の上に立っていた。
下から上まで1mくらいで4〜5段くらいしかない、小さな小さな階段の上に。と、そ
の時、俺は不意に錯覚のようなものを感じた。…こんな場面、前に見たことがある…?
既視感…か?
「違うよ。」
まるで俺の心を見透かしたかのように、シーラはそう呟き、そして軽く微笑んだ。
「こうすれば……思い出してくれるかな…?」
そう呟くとシーラは後ろ髪を束ね、ポニーテールのような髪型にしてみせた。そして…
「危ない!!」
俺は叫んで駆出した。そして階段から今まさに落ちようとしていたシーラを抱きしめた。
「何やってんだよ!危ないだろ!?」
「…三回目、だよね。こうやって助けてもらうの…。」
「え?あ…!」
…アルバムが、色褪せた、セピア色のアルバムがゆっくりと開かれる。そして…一枚の
写真に鮮やかな彩色がなされてゆく…。……そうだ、ずっと、ずっと昔この公園で、一
人の女の子をこうやって助けたことがあった。長い髪をポニーテールにした、まるで絵
本の中のお姫様みたいな可愛らしい洋服を着た、小さな女の子を…。
「シーラ…なのか…?」
「うん、私です…。…あ、あの…。」
「え?あ、ゴメン…。」
俺は慌ててシーラのその華奢な体から離れようとした。が、
「え!?」
「……。」
不意にシーラの両手が俺の背中に回った。“離れないで”まるでそう言っているかのよ
うに、健気に、頑なに、シーラは俺の体を抱きしめ、放さなかった。
「ど、どうしたの、シーラ?」
滑稽なくらい声が震え、胸が痛いくらいに締め付けられる。
「…ずっと、す、好きでした…。私、あの時からずっと……。だ、だから…。」
肩が微かに震えている。制服越しに、痛いくらいに胸の鼓動が伝わってくる。
「わ、私と…あの……その……。」
消えてしまいそうな小さな声が、やけにはっきりと聞える。…俺は…シーラに告白され
ているのか…?こんな俺を…この娘は…好きだと言ってくれるのか…?
「つ、付合って…くれませんか…?」
そこまで言ったシーラは、羞恥の染まる顔を隠すかのように俺の胸に押し付けるように
して顔を埋めた。
「………。」
シーラの温もりを、柔らかい感触を、鼻腔をくすぐる甘い香りを、全身に感じながら、
何故か俺の頭の中にはパティの顔がちらついていた。
(…なんだよ、どうかしたのか?パティ。)
(…別に、何でもないよ。だって…。)
(だって…?)
(わたしと瞬はただの幼なじみだから。それ以上でも以下でもないから。)
「………。」
無言で、俺はシーラの背中に手を回し、優しく抱きしめた。一瞬ビクッと体を震わせた
シーラも、すぐに俺の背に回した手に力を込めた。


…温もりを…求めたかった…。…馬鹿みたいに…意地を張った…。…とまどいだらけの
今から…一時でもいいから逃げたかった…。ただのエゴだった。最低だった。でも、気
が着いていないふりをした。ただ、抱きしめる両手に力を入れた。シーラを、きつく、
強く抱きしめた…。


朝から続く胸の痛みは、消えなかった……。


そして、一週間ほど時は流れた…。

「アレフ兄ちゃん、電話だぞ〜!!」
元気な声と共に、コードレスホンを手にした弟のピートが俺の部屋に飛び込んできた。
「誰から?」
「シーラって言ってたぞ。」
「シーラ?まあいいや、代わってくれ。」
「ほい。」
電話をなげてよこすとピートは部屋から飛び出していった。大方見たいテレビの真っ最
中だったんだろう。それにしても…俺ってシーラから電話貰うほど親しかったっけ??
ま、いいや。俺はおもむろに保留を解除した。
「もしもし、代わりました。アレフですけど。」
“あ…あの、私シーラです。急にごめんなさい”
「ああ、気にしないで、そんなの。それよりどうしたの?」
“うん、あの、あのね……アレフ君は瞬君と親しいんだよね?”
「え?瞬と?まあ、親友…なんてお上品なもんじゃないけどまあ親しいよ。それがどう
かしたの?」
“その、少し変なこと聞くけど…。瞬君は…アレフ君に私のことを…話しますか…?”
「え?」
俺は思わず聞き返してしまった。確かに変な質問だ。…ん?まてよ…確か今日…。
「質問されてるのにゴメンね。先に一つ聞いていいかい?」
“え?…う、うん、何…?”
「今日聞いたんだけどさ、シーラさんが瞬と付合ってるって本当?」
“………うん、多分、ね…。”
「え…?」
“あ、あの、それで………。”
「え?ああ、うん…。……正直、あまり話さない…かな…?」
“……そ、そう、なんだ……。……あの、もう一つだけ、いいかな…?”
「うん、何?」
“瞬君とパティちゃんは……今、どうなのかな…?”
「………。」
俺は沈黙した。…全て理解してしまったから…。そうか、そういうことか…。
“あ、あの、アレフ君…?”
…話すべきなのだろうか、本当のことを……。話して、いいのだろうか…?
“…お願い、本当のことを教えてほしいの……。お願い…。”
「……………あくまで、友達として見てだけど…。」
“…うん…。”
「少し、ギクシャクしてると思う…。最初はいつもみたいなケンカだと思ったけど…。」
“……………”
沈黙が痛かった。でも、俺はかけるべき言葉を見つけることはできず、ただひたすら黙
っていることしかできなかった…。それからどれくらい時間が経っただろうか、不意に
電話の向こうからしゃくりあげるような声が聞えた。
“…どう、しよう…?私、どうすればいいんだろう……”
「シ、シーラさん??」
“何て、謝れば、いいんだろ?私の自分勝手で……グス、どう、しよう……。”
「…………ごめん!!」
俺はそう言って電話を切った。辛すぎて、これ以上聞いていられなかった。俺はゆっく
りと部屋を後にし、コードレスホンを戻すと、夜の帳が下り始めた街へと向かった…。

長く連なる赤いブレーキランプに照らされながら、俺はあてもなく並木道を歩いた。行
き交う人々の楽しそうな談笑がやけに癪に障る。…シーラから、あんなことを聞いたか
らだろうか?…シーラの気持ちは…痛いくらい解る…。俺だって、それが怖くて………。
だからいつも馬鹿なことやって、アイツに嫌われてしまえばいっそ楽になるかなって…。
だから…シーラの気持ちは良く解る…。でも、何もしてやれない。言えることはただ一
つ、自分がそうしているように「諦めろ。」だけだ…。
知らぬ間に見知らぬ交差点に行き着いていた。何故そこを選んだか、自分でも分からな
いが、俺はふらふらと右の路地へと足を向けた。…行き着いたのは小さな公園だった。
ビルの合間の縫って作られたかのようなその公園は、外灯の弱々しい灯火も手伝って、
限りなく寂れて見えた。今、こんなところに入りたくない…もっと、この気持ちを消し
てくれるくらい賑やかなところに行きたい…。そう思った俺は公園に背を向けようとし
た。と、その時、
「……あれは…パティ…。」
二つ並んだ小さなブランコの一つに、パティが座っていた。伏し目がちで、まるで泣い
ているみたいに…。……俺は無意識のうちに公園の中に足を踏み入れていた。そんな俺
に気がついたパティはハッとして俺を見上げ、そして再び足元に視線を落とした。
「……隣、いいか?」
「…うん。」
隣のブランコに腰を下ろし、俺は嫌になるくらいに星が輝く夜空を見上げた。言葉は、
交わされなかった。何て言えばいいか、何を言うべきか、何も解らなかったから…。
「……わたし…。」
不意に、沈黙は破られた。
「……わたし…振られちゃったのかな…。」
「…………。」
再び、沈黙が訪れる。そしてその沈黙はパティの少しだけ自嘲的な笑みで破られた。
「……違うよね、だって…。」
ブランコの鎖を掴む手が震えていた。
「……わたし、告白してないもん。ううん、告白すら、できないもん…。」
「……。」
「…何で…何で私と瞬って幼なじみなんだろう?何でただの友達じゃなかったんだろ
う?何で………。」
「……。」
「好きになる人を…自分で選べればいいのにね…。そうすれば、誰も傷つかないのに…。」
そう言い残すとパティは立ち上がり、駆出した。その背中を追うことも出来ないまま、
俺はただ一人夜空を見上げていた。そしてポケットからタバコを一本取り出し、口にく
わえ火を付けた。タバコ特有の香りが鼻腔を抜け、肺に染みた…。
「……くそ、少しも美味くねえ…。」
俺はまだ火を付けたばかりのそれを、近くのベンチに備え付けられている灰皿に乱暴に
押し付けた。そしてふらふらと公園を後にした。途中、公衆電話を見つけた俺は半ば無
意識にそれに飛び込み、無我夢中でダイヤルを押した……。

Trrrrrrrr!Trrrrrrrr!
月明かりが差し込むだけの、薄暗い家の中に電話の耳触りな音が滑稽なくらい大きく響
き渡る。が、俺はそれを無視してベッドの上から天井を見上げていた。不意にシーラと
パティの悲しげな表情がちらつき、慌てて瞳を閉じる。しかし、そんなことをしても何
の解決にもならなかった。ただ卑怯に逃げてるだけだった。解っている自分の気持ちに
気がつかないふりをしているだけだった。愛だの恋だの、難しいことを考えず、ただ素
直でいられる子共のふりをしてるだけだった。自分勝手に人を傷付け、自分は傷つかな
いように……ただひたすら逃げていた。
電話は、いつのまにか鳴り止んでいた……。


中央改札 悠久鉄道 交響曲