中央改札 悠久鉄道 交響曲

「悠久学園ストーリーAct7 Pure Soul」 式部瞬  (MAIL)
街を緋色に染め上げた夕日も漆黒のカーテンに遮られ、カーテンコールを待つまでもな
く消えてゆく。そしてその漆黒も外灯や色とりどりの灯に切り裂かれ、侵食されていく。
そんな夜の顔を垣間見せている街を、俺は一人で歩いていた。家路を急ぐ灰色のサラリ
―マン、楽しそうに立ち話をしている学生達、赤く連なる車のテールランプ…それらを
あたかも違う世界での出来事のように遠く感じながら、ただ独り、足早に…。
通学路を抜け、行き着いた交差点を右へと折れる。
何故そうしたのか、自分でもうまく説明できない。
ここが俺達二人の唯一の接点だったからかもしれない。
ここに来れば、会えると思った。ただそれだけだった。
公園に行き着いた俺は二つ並んだブランコの片方に座っている人影にゆっくりと近づい
た。長く、黒い髪と白い肌、そして華奢な体…その全ては宵闇にひどく儚げに見え、こ
のまま消え去ってしまうのではないかという錯覚さえ覚えた。
無言で近づいた俺に、少女は視線を落としたまま、まるで独り言のように口を開いた。
「…ここにいれば…来てくれる気がしたの…。」
「……うん。」
「………。」
「………。」
街の喧騒が二人だけの公園に空しく響き渡る。
言葉が見つからない…。だけど、もう逃げることは許されない…。
俺はゆっくりと口を開いた。だけど、先に声を発したのはシーラだった。
「……別れましょう…。」
「……。」
悲しい声だった。
感情を必死に押し殺した、悲しい声だった…。
「……本当は…解ってたの…。パティちゃんが瞬君のこと話す時、どんなひどいこと言
ってても、すごく嬉しそうに話していたこと…。二人きりでいた時、隣にいるのがパテ
ィちゃんじゃなくて私だってことに、瞬君が戸惑っていることも……。…ごめんね…。」
「…やめてよ。」
「ごめ…んなさい、ごめんなさい!!私のせいで…解ってたのに…ズルイよ、私…。」
「やめろ!!!!何でそんなこと言うんだ!?悪いのは…俺だろ!?やめてくれよ…。」
「………。」
「…謝るのは…俺のほうだ。シーラじゃ…ないよ…。」
「………。」
シーラは無言で立ちあがった。ゆっくりと俺に近づき、そして…
「!……。」
「………。」
俺の肩を小さな両手で必死に抱きしめ、胸に顔を埋めた。
「瞬君…。」
「…何?」
「…本当の気持ちを…瞬君の口から聞かせて…。そして、私を諦めさせて…。」
「……。」
「お願い…もうこれ以上、優しくしないで…。優しくされたら……もう……。」
体も、声も、震えていた。そしてそれはシーラが苦悩の果てに導き出した、苦渋の選択
であることに他ならなかった…。だから、だからこそ、俺は答えなければならなかった。
今、シーラにしてあげられるのは、これしか考えられなかったから、だから、
俺はそうした。
「……ごめん…シーラ…。俺が本当に好きなのは……。」
「ッ………。」
体が一瞬強張った。その仕草が、胸に痛かった…。
「…パティ…なんだ…。だから…だから…。」
「………。」
「だから、その手を……放して…。」
「………そう、なんだ…。」
そう呟くとシーラはゆっくりと俺から離れ、じっと俺の顔を見詰めた。
赤く脹れた瞳が、頬に残る涙の跡が、言いようも無いくらいに痛々しかった…。
「ありがとう、瞬君。」
「!?……なんでだよ…。」
「え…?」
「なんでお礼なんて言うんだよ!?なんでなじらないんだよ!?なんで殴らないんだ
よ!?…こんなの…変だよ…。何でだよ……。」
叫んで、俺はシーラの瞳を見詰めた。
非難の目でみてくれよ…。
軽蔑の眼差しを向けてくれよ…。
最低だって、なじってくれよ…。
だが俺のそんな想いに反し、シーラは精一杯の、そしてそれがゆえに痛々しい微笑み
を浮かべた。
「いいの…。だってホラ、初恋は実らないって言うじゃない…。それに…。」
「……。」
「それに、私、パティちゃんも瞬君も大好きだから…だから二人には幸せになってほし
いし……。」
微笑みながら、シーラは泣いていた。あふれ出る熱い滴が、頬を濡らしていた。
「エヘヘ…知って、る?…女の子って、失恋すると、も、もっと綺麗になれるんだって。
私、す、すごく素敵な恋をしたから…だから、きっとビックリするくらいに、綺麗に、なれる、よね…。」
最後はもうほとんど言葉になっていなかった。
だけど、もはや俺には言葉をかけることはできなかった。
これ以上、シーラを傷つけたくなかったから。
散々傷つけておいて、こんなこと言えるはずなどないが、それでも、これ以上傷つけた
くなかった。だから…
「………。」
だから俺は無言で背を向けた。
「…ありがとう、瞬君。…今度、みんなでどこか遊びに行こうね…。」
「…ああ。…じゃあ、また…。」
「うん、また…ね。」
呟き、俺は歩き出した。
振り返らず、俺は公園を後にした。
道行く人波に体をさらし、呑まれながら、ふらふらと並木道を歩いた。
ふと、一本の電柱が目に入り、俺は思いきりそれに拳を叩き付けようとした。
血が出たって、骨が砕けたって、二度と使い物にならなくなったって、それでもよかっ
た。その痛みが少しでも心の痛みを紛らわしてくれれば…そう思った。
だけど、俺はそうしなかった。
結局、それじゃあ同じだ。逃げてるだけだ。
シーラを、アレフを、そしてパティを傷つけてしまったのは紛れも無い事実なんだ。
だから…この胸の痛みはごまかさない。
背負って、そしていつか償えるように、生きていこう…。
それこそが、俺にできることのはずだ。
人波の奔流に呑まれ、俺は再び歩き出した…。


部屋に戻った俺は、灯かりもつけず手探りにベランダへと向かった。
戸を開け、ベランダへと出た俺は昔のように何の躊躇もなく、手すりを乗り越え、パテ
ィの部屋のベランダへと降り立った。
いつからだっただろうか?何故なのだろうか?
この手すりを乗り越えることができなくなったのは…。
手をつないで、同じ歩幅で歩くことができなくなったのは…。
本当の気持ちを押し込めて、何かを演じなければならなくなったのは…。
…俺は、ゆっくりとパティの部屋へと続く窓を開けた。
月明かりがそそがれるだけの薄暗い部屋…そんな中、パティは枕を胸に抱いたままベッ
ドにもたれていた。
「……よう。」
「……何?」
その問いに俺は答えず、パティに近づくと隣に肩を並べるように腰を下ろした。
「……シーラに、会ってきた。」
「………そう。」
その一言で、パティは俺の言わんとすることを理解したようだった。
「………十年くらいか?馬鹿みたいな遠回りだよな…。」
「…そうだね…。」
「…お菓子の家…まだあるかな?」
「…どうだろ?」
「…魔女のすむお城はどうかな?」
「…わからない。」
「…今度、一緒に探しに行こうか?手、つないでさ…。」
「…うん。だけど…。」
「うん?」
「少し遅いよ。あと少しで、お姫様は他の国にお嫁さんに行っちゃうトコだったんだか
らね…。」
「ゴメン、カボチャがなかったんだよ。馬車がなきゃカッコつかないだろ?」
「じゃあ、しかたないね。来てくれたし、許してあげる…。」
「光栄です、お姫様…。」
宵闇を頼りなく照らす月明かりの下、俺はパティの唇にそっと自分のそれを触れさせた。
懐かしい、温もりを感じた。
懐かしい、香りがした。
懐かしい、だけど色褪せてなど決してない、想いを感じあった…。

いつのまにか、失していたもの…

昔と変わらない、見た目以上に華奢な肩に手を回し、抱き寄せる。

いつのまにか、覗き込むことができなくなっていた瞳…

壊れないように、だけど、きつく、強く、抱きしめる。

薄れてゆく、寂寥の日々に感じた孤独…
癒されてゆく、傷ついた心の傷…
鮮やかに彩色がなされてゆく、セピア色の二人の時間…
そして、
満たされてゆく、心の空白……
「…好きだよ…パティ…側に…いさせてくれよ…。」
「…いいよ、ずっとわたしのこと、好きでいてくれるなら…。」
「…ああ。」


…二人の影が重なった部屋も、やがて思い出となり、暖かな陽光が新たな日々の到来を
静かに告げる…


「え〜と、お弁当も持ったし、体操着ももったわね…、よし、忘れ物はないわね。」
独り呟きながらわたしは鏡の前に立った。寝癖や制服のリボンなど、一通りチェックし
てみる。
「OK。」
そう言って向こうの自分に笑ってみせた。え〜と…そろそろ出ないと。瞬ってば寝坊ス
ケだから少し早めに行かないとね…。鞄を掴むとわたしは玄関へと向かった。
「行ってきま〜す!」
元気よく言い残し、わたしは玄関のドアを押し開いた。
「よう、おはよう。」
「え??あ、あれ?瞬??何やってるの??」
驚いた。わたしよりはやく起きてることもそうだけど、それ以上に…
「ち、ちょっと!なんで私服なの!?おまけに自転車なんてどうするのよ??」
そんなわたしの質問に瞬はいたずらを思い付いた子供みたいに笑ってみせた。
「サボっちゃおうぜ、学校。」
「あ、あのね…。」
「もしかして、呆れてる?」
「思いっきりね。」
「その割には顔が笑ってるぞ。」
「ええ??」
…本当だ。無意識のうちにわたしってば笑ってたみたい…。
顔がすごく熱い気がする…。
「ほら、後ろに乗れよ。お前の行きたいところに行ってやるぞ。」
そう言って強引にわたしの手を引っ張る。いつもそう。ほんと、変わらないんだから…。
わたしは微笑むと、自転車の後ろに足を揃えて腰を下ろした。
「よし、しっかり掴ってろ。」
「うん。」
大きな背中に抱き着くようにしがみついた。
やがて、自転車は少しづつ前に進む。
景色が流れ、風で少し髪がなびく。
「どこに行きたい?」
「そうね…あ!海!海に行きたい。」
「海??泳ぐのか?」
「違うわよ!」
「でも…海までって…20Kmくらいないか??」
「いいじゃない、お姫様が行きたいって行ってるんだから。」
そう言ってわたしは微笑んだ。
「はいはい、承知しました。」
瞬も苦笑いを浮かべる。
並木道を、二人を乗せた自転車が走っていく。道行く通学中の生徒達は何事か、という
視線をわたし達になげかけてくる。
「みんな見てるね。」
「別にかまわね〜よ。」
「うん、そうだね。あ、セリーヌ先生だよ。」
「先生、おはよ〜!!」
「先生手振ってるよ。」
「相変わらずだなぁ。」
「あはは。」
胸がこんなにドキドキするのは、初めて学校をサボるからだけじゃない。
瞬が…側にいてくれるから…。

「お〜い、シーラ。」
そう言って私に駆け寄って来たのはアレフ君だった。
「おはよう、どうしたの?」
「いや、今瞬とパティが自転車で走ってたの見た?」
「うん。安心しちゃった。」
「ああ、だけど…なんだ…。」
言いにくそうに口ごもる。何が言いたいのか、私にはすぐわかった。だから、
「私は、大丈夫だよ。」
「ん、ああ。」
「逆に私に変に気をつかってギクシャクしてるほうがツライから。」
「そっか…。アイツら、幸せになれるといいな。」
「うん。」
精一杯、微笑んでみせた。

不意に自転車の速度が低下した。
どうしたの?そう問いいかけようとしたが、すぐにわかった。
坂道を…上っていたんだ。
ずっと昔、わたしが怖くて泣いちゃった、でも、もう一度来ようって…。
二人でもう一度来ようって、約束した坂道を…。
「約束、覚えていてくれたんだ?」
「…まあな…それにしても…。」
「何?」
「お前重いぞ。一人の時よりずっとツライ。」
「そ、そんなの当たり前でしょ!」
「あはは…って、本当の話、結構キツイなぁ…。」
「王子様が弱音を言わないの!…約束、守ってくれたらわたしも守るから…。」
「ああ、俺のお嫁さんになってくるってヤツね。」
「ちょ、大きな声でそんなこと言わないでよ!!」
「あれ〜??違ったっけ〜?」
「もう!!解ったわよ!!瞬のお嫁さんになってあげるってこと!!間違ってないわ
よ!そのかわり上りきれなかったらなってあげないから!」
「そりゃあ頑張らないとな。」
「もう…。」
呟いたわたしにきっと瞬は相変わらずの苦笑いを浮かべてるんだろうな…。
と、わたしはそんなことを考えながらふと坂の下を見やった。
「あ……。」
「?どうした?」
「あ、ううん、何でもないよ。」
「?」
そう言って、わたしは片方だけ手を放すと、瞬に見つからないように注意して、力一杯
手を振ってみせた。
仲良く手をつないでわたし達に微笑んでいる、男の子と女の子に。そして…

「その男の子は鈍感だから気を付けなさい。あと、あなたも少しは素直になりなさいな。
じゃないと嫌われちゃうゾ…。」

いたずらっぽく微笑んで、そう呟いたのだった…。

The End.
But,This Is Only The Beginning...


中央改札 悠久鉄道 交響曲