中央改札 悠久鉄道 交響曲

「学園SS 2nd Act1でも淋しい夜は・・・」 式部瞬  (MAIL)
大地に降り注ぐ日差しも少しづつ緋色を帯び始め、荒々しい刺すような、言うならば男
性的だった夏の陽光も今では全てを包み込み、育み、慈しんでくれる女性的なそれにと
って変わられる。通いなれた通学路の街路樹達もその四肢を思い思いの色に染め上げ、
時折吹き抜けるどこか寂寥感を感じさせる風がそれらの残滓を空高く舞い上がらせる。
(夏の終わり、豊饒の秋の訪れ…か…。)
そんなことを考えながら、俺はふとため息をつき、そして隣の人影へと目をむけた。
「なあ……。」
「…何?」
「……。」
「……。」
「何が悲しくてロマンティックな秋にお前と並んで歩かなきゃイカンのだ〜!!!」
叫んで、俺は肩を並べて歩いているアレフの肩を掴んで揺さ振った。
「何故だ!?俺が悪いのか?俺が悪いのか〜!!」
「お、落ち着け、瞬。」
「…す、すまん。つい今俺達が置かれている殺人的で絶望的な境遇にちょっとな…。」
呟き前髪をかきあげる俺。だけど……ふと、回りに目をやってみる。
「…葵?少し寒い?。」
「う、うん。ちょっと…。」
「じゃあ……手、繋ごうか?なんてアハハ…。」
「……(ハ〜ト)」
………。反対側を見てみる。
「みんなを誘ってカラオケでも行く?」
「え…?。」
「あ、嫌ならいいんだ。」
「あ、ううん。…だけどみんなでじゃなくて…二人で…がいいな(ハ〜ト)。」
「あ、あはははは……。」
「(頬を染め視線をそらす。)」
……………。な、なんだ!?この差は!!なんでイヤガラセのようにカップルが多いん
だ〜!?くそ……ど〜せ俺達には彼女なんていないさ……ふふふ……。
「達ってのはやめろ、達ってのは。」
間髪入れずに嫌そうな顔でそうツッこんでくるアレフはこの際完全に黙殺し、俺はため
息まじりに空を見上げた。
「あ〜あ、青い空が憎らしいぜ…。はやく1999年にならね〜かな〜。」
「何言ってんだか。ま、それにしても…。」
そう言ってアレフは意地の悪い含み笑いを口の端に浮かべた。
「なんだよ?」
「いや、お前って損なヤツっていうか、罪作りなヤツっていうか…う〜ん、実にもった
いない。」
「はあ?」
「…つまりなぁ…。」
こんなこと言わせるなよぉ、といった顔でアレフは無造作に前髪をかきあげた。
「お前、結構女の子に人気あるんだぜ。」
「嫌味か?(怒)」
「はあ、やっぱり気がついてね〜でやんの。もったいね〜ヤツ。」
半ば呆れ顔で呟くアレフ。
「お、おい、ウソだろ?冗談だよな?」
嘘を言っているような顔ではなかったが俺は問わずにはいられなかった。だって、そん
な話聞いたこともないし、第一、俺、だぜぇ?…なぁ?(何が?)と、動揺する俺にア
レフはニヤリ、と口の端を歪めてみせ、大袈裟に指折り数え始めた。
「ローラだろ〜マリアだろ〜トリーシャだろ〜シェリルだろ〜…もう数え切れないぜ。
まったくよ〜、人気どこの心を軒並み盗みやがってよ〜。」
「べ、別に俺は…。」
「自覚がないのがさらに始末が悪いぜ〜。…お前ももう少し積極的になりゃ彼女くらい
できるだろうに。ああ、もったいない。」
「………。」
「せっかくだから誰かと付合ったらどうだ〜?」
「………。」
そんなこと言われてもな…今言った娘はみんな友達って感じの付き合いだし…。それに、
なにより俺は……そんな事を考えていた時、俺はハッとして口を開いた。
「な、何だよ?イヤラシイ笑み浮かべて。」
「……お前、本命がいるな?」
「!!な、な、なにをおっしゃる!」
「その慌てぶり、怪しすぎるぞ…。」
ぐはぁ!?思い切り動揺する俺。ま、まずい…アレフに知られたら何て言われることや
ら…。きっと女の子との会話に使われて、それがトリーシャなんかに伝わって、翌日に
は学校中に伝わって……ひいいいいいいい!!!考えるだけでうすら恐ろしくなる!
「そ、そ、そ、そ、そんなの、いる訳…。」
「いるんだな。」
「はい…。」
…だめだぁ〜!誤魔化し作戦失敗だ〜!一人苦悶する俺。そんな俺を楽しそうに見やる
アレフ。
「どんな娘だ〜?ね〜お・し・え・て☆」
「ダメ!それはダメ!!」
「なんでよ〜?」
「だって……。」
だって、な………。俺はともかく…。
「とにかく!ダメ!!教えない!!!」
「…なんだ、言えないような娘なのか?」
「な、なんだと!?」
「…万引きの常習犯だとか、スリのプロだとか、髪の毛が短いとか、ピアノが弾けない
とか、俺達のクラスじゃないとか…」
「違う!!万引きもスリもしない!!髪の毛も長くて艶やかでキレイだ!!ピアノだっ
てすごく上手いんだぞ!!!それにクラスメイトだ!!!!」
「………。」
「………。」
間の抜けた沈黙。おまけにカラスの鳴き声も聞えた気がした。
「……お前、バカだろ?」
「……ああ、痛感した。」
何やってんだ!俺は!!髪の毛が長くてキレイで、ピアノが上手いクラスメイトなんて
一人しかいないじゃね〜か〜!それは…
「ふ〜ん、やっぱりシーラちゃんか〜。」
代弁してくれて、どうもありがとう。…ぢゃなくて!!
「お、おい!?なんで“やっぱり”なんだ!?」
「だってよ〜。」
呟いて、笑いを噛み殺しすようにしてアレフは続けた。
「教室で俺らとダベッてる時だってチラチラ見てるじゃん、シーラのコ・ト。」
「!!」
「それにパティから聞いたぜ。」
「ナ、何ヲ!?」
「居眠りしてる時に“シ〜ラ〜”て寝言を呟いたコ・ト。」
「ソ、ソレハパティノツクリバナシダヨ!!」
「読みにくい文字でしゃべるな。大体焦りまくってんじゃん。」
「……。」
ひえええ〜!俺って恥ずかしすぎ…。い、いや、この際そんなコトはどうでもいい。問
題はパティが知ってるってコトは…マリアとローラに伝わり、トリーシャに伝わり……
うわ〜!!だ、だめだ〜!!ど、どうしよう……?
「はは、大丈夫だって。」
俺の心を見透かしたかのようにそう呟くアレフ。
「パティは人の恋路を話題にして楽しむような娘じゃないし、口だって堅いだろ?」
「ん…まあ、そうかな…。」
確かに、パティがそういう話題で誰かの噂話をしてるトコっていうのはあまり見た記憶
がないな。口だって堅いほうだ。特に人に知られたくないコトなんかを面白がって他人
に話すなんてコトは絶対にない。その点では感謝しないとな。
「じゃあ、知ってるのはパティとお前だけってコトか?」
「多分な。まあ、安心しろ。俺だって人に話したりなんかしね〜よ。」
「…ああ、頼むぜ…。」
シーラのコト、大好きだから……だからこそ迷惑かけたくないしな…。俺と噂になって
かわかわれたら可哀相だし…。とにかく、迷惑だけは、絶対にかけちゃダメなんだ…。
だから、想ってるだけ…。
「はぁぁぁぁぁ…。」
大きくため息をつき、額に落ちかかる前髪を煩わしくかきあげる。…そう言えば、俺、
ほとんどシーラと話をしたことないな…。よく考えればシーラのこと、全然知らないな
いよな…。
「…逃げてるよなぁ、俺…。」
独りごとのように呟き、俺は少しだけ自嘲的な笑みを浮かべた。
いつもそうだった。好きな人ができても話しかけない。気のある素振りもほとんど見せ
ない。迷惑かもしれない、なんていつも逃げ口上を使って自分が情けないことを正当化
してるだけだった。今回だってそうだ。何だかんだ言って怖いんだ。シーラに話しかけ
て“何、この人?馴れ馴れしいなぁ”なんて目で見られるかもしれないことが、“迷惑
です”って目で見られるかもしれないことが、そして何よりそれによって自分の想いが
完全に否定されてしまうことが…。でも、解ってるんだ、こんな事ばっか言っていて、
好きな人が振り向いてくれるはずなんてないって。黙っていても想いが通ずる、そんな
のはドラマや映画の中だけなんだって。解ってるのに…逃げてんだよなぁ、俺は…。
「ふう、やれやれ……。」
「おい、どうかしたか?腹でも痛いか?」
ネガティブモードに入ってしまった俺を不思議に思ったアレフはそう言っておどけてみ
せた。俺は少し無理矢理に苦笑いを作ってみせ、
「なんでもね〜よ。それよか今日ヒマか?」
「まあ、特に予定はね〜けど?」
「じゃあゲーセン行って“バンド・マニア”やろ〜ぜ。」
「いいぜ、俺ギターね。」
「じゃあ俺銅鑼(ドラ)。」
「銅鑼なんてね〜だろ!?」
「そうだっけか?」
そんなくだらないことを話ながら、俺達は並木道をぬけ、繁華街へとむかった。
「………。」
アレフとダベりながら、ふと、つい30分程前までいた学校でのことを思い出す。
廊下で、教室で、自転車置き場で…今日だって話し掛けるチャンスは何回だってあった
よな……。
…明日は、挨拶だけでもいいから、話し掛けてみようかな…。
ボンヤリとそんなことを考え、俺は再び前髪をかきあげたのだった。

―ちょうどその頃―

「ええ〜!!シーラ、あの馬鹿(瞬)が好きなの〜!?」
「ち、ちょっとパティちゃん、声が大きいよ……。」
「あ、ゴ、ゴメン…。」
シーラに謝ってから、慌てて店内を見回す。シーラに相談がある、と言われ二人でフラ
ッと立ち寄った○クドナルドは何故かわたし達の貸し切り状態になっていて、ホッと胸
をなで下ろした。それにしても、都合よくお客さんがいないものね〜。
「あ、パティちゃん、それから…。」
「ん?な〜に?」
「瞬君は馬鹿なんかじゃないです。」
キッパリ言い切って、すねたようにわたしを睨んでる。
…も、もうこのコは。そんな本気で怒らなくたっていいじゃない…あはは…。
「ゴメンゴメン、つい、ね。それより…ホントビックリしたわよ。」
「…うん。」
「あの馬……アイツのどこがいいわけ?」
「…あ、あのね…。」
消え入りそうな声で呟き、シーラはうつむいてしまう。その目線を追って、わたしは
思わず声を上げてしまった。
「ち、ちょっと、コーヒーに一体何杯砂糖いれてんのよ??」
「あ…。」
あ…じゃないわよ…スティックシュガーがひい、ふう、みい…もう数えたくないわ…。
「もう、しょうがないわね〜。で?どこがそんなに気に入ったの?」
「……その、や、優しいところ……。」
「…そんなに優しいヤツだっけ?」
「…うん、あのね、こんなことがあったの……。」
「何々?…だ、だから砂糖入れるのはもうやめなさいって!」
「あ…。」
シーラは顔を可哀相なくらい真っ赤に染めて、今度はミルクをドバドバと入れ始めた。
……もう、好きにして。どうせ飲むのはわたしじゃないし。
「で、何があったの?」
「うん、この前先生に頼まれてプリントを教室まで運んでいたの。」
「うんうん。」
「それでね、プリントの量が結構あって、両手がふさがってたの。」
「ふんふん、それで?」
「でね、教室まで行ったんだけどドアが閉まってて…。」
「うんうん。」
「なかなか開けられなくて立ち尽くしていたら、アレフ君とお話しながら廊下を歩いて
いた瞬君がさりげなく開けてくれたの。」
「うんうん。」
「……。」
「……。」
「……。」
「も、もしかして、それだけ?」
「う、うん。それだけ、だけど…。」
再び顔を赤く染めて視線を宙に泳がせるシーラ。ち、ちょっと、本当にそれだけなワケ?
「そ、それだけで好きになっちゃったの??」
「それだけって訳じゃないけど…でもそれがきっかけで気になり始めたの…。」
「そ、そう…。また随分さりげないわね…。」
「うん、…でもさりげない優しさって、強く心に残るものだよ。」
「そういうものかしら…。で、どうするの?」
「え?どうするって?」
「だ・か・ら、告白しちゃうのかってコト。なんなら今からアイツの家に行く?」
「や、ダメ!そんな、私…。」
「あはは、冗談よ、冗談。」
「…もう!」
そう言うとシーラはフンッと少しだけ怒ったような仕草を見せ、おもむろにコーヒーカ
ップに口を付けた。
「「あ!!」」
二人の声が綺麗に重なった…。
……それからどうなったかは、シーラの名誉の為にナイショにしておくわ……。

…やがて日は暮れ、夜の訪れ…

「何か食うモンないのかよ……。」 | 「ふう……。」
冷蔵庫は…置物と化していやがる。 | 「お嬢様、いかがなされたのですか?」
戸棚は…クモの巣がはってやがる。 | 「え?別に…何でもないわ。」
お中元のそうめんは…って、俺にお | 「ならいいのですが…お茶をもう一杯お注ぎ致
中元なんて届くワケないじゃん…。 | しましょうか?」
…もういいや。一食くらい食わなく | 「…ううん、もういいわ。ありがとう。」
たって死にゃしね〜だろ〜し……。 | 「はい、では御用がありましたらお呼び下さい。」
もういいや、寝ちまおう……。俺は | 「うん…。」
無意味な食料探しに見切りをつけ、 | 「では、おやすみなさいませ。」
フラフラ自分の部屋へと向かった。 | 頭を下げ、部屋を出てゆくジュディを見送った
……相変わらず汚い部屋だ…。ため | 私は、ゆっくりと椅子から立ちあがってテラス
息をつきベランダへと足を向ける。 | へと向かった。

月が綺麗な夜だった。漆黒の大海に寂しげに浮かぶ月、誰もが憧れる月、手を伸ばしても
届かない月、朝になれば消えてしまう、また会えると解っていても、寂しくなってしまう
月…。
「………。」
夜風が心地いい。ふと、あの人の笑顔が夜空に月に重なった気がした。
…もう寝ちゃったかな…?明日は…話かけて…みようかな…?
そんなことをボンヤリと考えながら、そっと呟いてみる…。

「…おやすみ、また、明日…。」

……そして、今宵も更けていく……

続く


中央改札 悠久鉄道 交響曲