中央改札 悠久鉄道 交響曲

「学園SS 2nd Act3 littel cloud」 式部 瞬  (MAIL)
例えば、寄り添って世界中の誰よりも近くであなたの顔を見つめること。
澄んだあなたの二つの瞳には、私しか、写っていない。

例えば、寄り添って世界中の誰よりも近くであなたを知ること。
頬を撫でてくれるあなたの指の癖は、私しか、知らない。

例えば、寄り添って世界中の誰よりも近くであなたを感じること。
心を満たしてくれるあなたの温もりは、私しか、感じられない。

私にはあなたが必要で、そして、あなたにも私が必要であって欲しい。

小さな願いも、大きな願いも、みんなが集まって…。
それぞれが、まるでジグソーパズルのピースみたいに集まって…。

大切で、失せない、二人だけの「幸せ」を形作る…。

一人きりの幸せなんて、もう望まない。
二人だから、二人分の「幸せ」を、分かち合える「幸せ」を心から望みたい…。

…コンコン。
少しだけ遠慮がちにドアをノックする音が聞え、私は詩集を閉じました。
「お嬢様、お茶をお持ちしました。」
「あ、どうぞ。」
私の声に、ティーカップやポット、そして可愛らしいクッキーなどが乗せられたトレイを
押してメイドのジュディが部屋へと入ってきました。軽く私に微笑み、それらを手慣れた
手つきでテーブルに移してくれます。
「ありがとう、ジュディ。」
「ふふ、どういたしまして。」
私の言葉に優しく微笑んだジュディは、ふと私が胸元に抱きしめているものに目をやり、
少し興味深げに口を開きました。
「あら?お嬢様、綺麗な本でございますね。」
「あ、これ?うん、私もこの絵が気に入って、御爺様に頂いたの。」
「まあ、そうなんですか。あの、よければお嬢様のお話にお付き合いさせて頂けませんか?」
「うん、よろこんで。」
そう言って私はジュディに椅子を勧めながら、その本との出逢いを話すことにしました。

「昔、まだ私が5歳くらいの時なんだけど、その頃私はピアノを弾くことと御爺様の書斎に
内緒で入ってみたこともない本を見るのがなによりも楽しかったの。…あまり、お友達が多
くなかったから、時間を持て余した時はいつもそうしてたの。そんな時ね、御爺様の難しい
本の中にこれを見つけたの。」
「それは…詩集でございますか?」
「うん。でも、半分ね。半分は絵本みたいなものなの。だからまだ文字が上手く読めない私
が気に入ったのよ。それで御爺様におねだりして、頂いたの。」
「そうなのですか。どのような内容なのですか?」
「うん…。」

…登場人物は二人だけ。

美貌の王子様でもなく、歴戦の勇者でもない、村の青年。
眠れる森のお姫様でもなく、深窓のお嬢様でもない、村の娘。

何気なく出会って、お互いに少しづつ惹かれあって、恋をして…。
いつしかお互いがお互いを“運命の人”だと想い始めて…。

貴族や王族の恋愛と比べればずっと質素で慎ましいけど、とても輝いていて…。
“人を好きになるのに、王様も村人も関係ないんだ…”
それは幼い時の私にとって、とても心に響いたことでした。

…いつしか私はこの村の娘に自分の姿を重ね、自分には多分ありえない恋に酔っていました。
…自由に外にでることすら出来ない私に、出逢いなんてないと思っていたから。
…あの頃はずっとこのままこの御屋敷の外に自由にでることなんてできないと思っていたから。

二人は、いつまでも、変わらぬ愛と、お互いの温もりを感じたままいつまでも幸せに暮らし
ました。

…でも、この本には途中のお話が抜けてしまっています。
…私が…ページを破いてしまったから…。


「ページを…ですか?」
「うん…。あのね、もう覚えていないんだけど、破いたページには二人に不幸が訪れるお話が
書いてあったの。内容は覚えていないけど、私はそれを読んで、一人でずっと泣いていたんだ
って。ママが言ってたわ…。」
「……。」
「最後には、二人は幸せになれるのに、それを知っていたのに、それでも泣いていたの。それ
で、“こんなおはなしいらないッ”て、その部分のページだけ破いちゃったの…。」
私は少しだけ苦笑いを浮かべて、琥珀色の紅茶に口をつけました。
ホロ苦い紅茶の味と、砂糖の甘さがのどに潤いを与えてくれます。
「変な子でしょう?本の中のお話なのに。」
「そんなことありません!…お嬢様は御優しいのですね。」
「…違うわ。私はまるで自分に不幸が訪れているようで、怖かっただけなの…。」
「え?」
「あ、何でもないわ。」
「……?あ、でも、誰だって不幸は嫌なものですよ。特にそれが大切な人との間に起こったも
のならなおさら…。」
「うん。そうだよね…。誰だって、大切な人とは一緒に幸せになりたいよね…。」
呟いて私はふと、窓の外に視線を移しました。
優しい午後の陽光に照らされる大きな窓には、私の大切な人の、お得意の苦笑いが映っている
ような気がして、私は少しだけ頬を緩めました。
(…何考えてるんだろう?私は。今、すごく幸せだから、その分失う怖さに脅えてるのかな…?
ふふ、駄目ね、私って。いつも、あなたに寄りかかっていて…。)
そんな私の横顔をジュディは少し不思議そうに見詰めてくれていました。
振り向いて、私は微笑みました。

…でも、見えないものへの不安が、完全に消えることは、とうとうありませんでした…。

ちょうど、その頃…

カララン…。
カウベルの音と共に俺はさくら亭の店内へと足を踏み入れた。
するといつものように、可愛いと評判の看板娘が天使のような微笑みと共に俺を迎えて…。
「あ、いらっしゃ…なんだ、瞬か。」
「…お前、俺のトキだけ態度が豹変するのな。」
「別に〜。それより何か用?」
「き、客に向かって“何か用?”があるか!?フツウ?」
呟きながら俺はパティの正面のカウンター席に腰を下ろした。
…サッと水がでてこないあたりなんか、コイツらしい…。
「カルボナーラ。」
「あ、そう。」
「………。」
…なんか意地の悪い笑みを浮かべてやがる。
な、なんだぁ?何か弱みでも握られたっけか??と、突然パティは声のトーンを半音程あげて、
「ここに食べに来なくたって、シーラに何か作ってもらえばぁ〜?」
「………ちょっとまてぇ!!な、な、な、。」
動揺のあまり、「な」を連発する俺。
「“なんで俺とシーラの関係を知っているんだぁ!!”?。」
「……。」
クルミ割人形のように。こくこくと首を動かす俺。茶化すような、それでいて少し呆れたよう
な笑みを口の端に浮かべたパティは、両手を左右に開きオーバーアクションぎみに大きく溜息
をついた。
「アンタねぇ、今学校で一番の話題って知ってる?」
「いや、知らんが…。」
「あんたとシーラが付合ってるんじゃないか?てヤツよ。」
「な、な、なんだとぉ!?」
「まったく御気楽ねぇ。アンタは今や学校で一番敵が多いオトコなのに。よく無事でいられた
わね。」
「て、敵って…。」
「そんなの、シーラに片想いしてた男子に決まってんでしょ!」
ビシ!と、人差し指を俺に突きつけるパティ。ま、マジかよ!?
「マ・ジ・よ。」
流石幼なじみ。考えてることは御見通しのようで、一言一言を強調して下さった。…て、んな
こたぁどうでもいい!俺は思わず椅子から立ちあがり、パティに食い掛かるように声を上げた。
「なんでバレてるんだよ!?俺誰にも話してないぞ!?」
「あら、じゃあヤッパリ付合ってるんだ。まあ、十中八九そうだと思ってたけど。」
「………。」
こ、コイツはぁぁぁぁ!!誘導尋問にかけやがったなぁ!?
「違うわよ。第一そんなことしなくたってバレバレだったんだから。」
「!…あの、できれば理由なんぞを教えていただきたいのですが。」
俺の力ない呟きに、またもや「ハァ〜。」とわざとらしく溜息をつくパティ。そして、大袈裟
に指折り数え始めた。
「今までそんなに話をしなかったのに最近よく話してる〜、今までお迎えの車で送迎だったの
に最近は一緒に帰ってる〜、お昼まで一緒に食べてる〜、おまけに手作りの御弁当で〜、さら
に“はい、ア〜ン”じゃ、そう思わないほうが変でしょ?」
「……。」
「アンタ、シーラと一緒にいると他のことがぜ〜んぜん見えてないでしょう?」
「……。」
か、顔が勝手に熱くなってきやがる。うう、なんか、妙に恥ずかしい…。と、そんな俺の気持
ちを知ってか知らずか、不意にパティの声がもとの調子に戻った。
「ま、いいんじゃない?それでも。」
「そ、そうか?」
「うん。青春してるって感じじゃないの。」
「なんか、発言がオバサン臭いぞ。」
「ウルサイッ!」
ピシッ!!
パティのデコピンが俺の額を襲う。ま、こんなのただふざけてるだけだから全然痛くないけど。
と、不意にパティは真面目な顔になると、俺の顔にズイッと自分のそれを近づけた。
「な、なんだよ?」
「言っておくけど、シーラのこと、大事にしてあげなさいよ?。」
「あ?ああ、そりゃあ、もちろん。」
「あと、アンタは時々馬鹿みたいに無茶したり、何でもかんでも一人で背負い込む癖があるん
だからね。どうしても駄目な時は無理しないで、シーラに寄りかかって弱音の一つでも吐きな
さい。」
「?なんかそれって情けなくないか?」
「ハァ、解ってないわねぇ。アンタ、シーラが自分を頼りにしてくれて甘えてくれたら、嬉し
い?」
「まあ、嬉しいけど…。」
「でしょ?女の子も同じってことよ。好きな人が自分を頼りにしてくれてる、他の誰にもより
かからない人が自分にだけは甘えてくれる、だから私が包み込んであげなくちゃ、ってね。」
「それって母性ってヤツか?」
「さあ?難しいことはわかんない。と・に・か・く、シーラの事泣かせたりしたら吊るしちゃ
うからね☆」
ウインクと同時に「Pi!!」という擬音とピンク色の星が飛んだ気がした。この娘はまた恐
ろしいことを可愛いくおっしゃって下さる…。ま、俺は吊るされるつもりなんてないし、まし
てやシーラを泣かせるつもりなんて毛頭ない。
「そんなの言われるまでもないさ。」
「絶対?」
「ああ、絶対だ。」
俺は胸を張ってそう答えた。そんなの当たり前だ。愛する人を悲しませたいヤツなんて、いる
はずがないじゃないか。
「はい、よくできました。御褒美で〜す☆」
まるで初めて自分の名前を書くことができた幼稚園児を誉めるような言葉と仕草でそう呟いた
パティは、さっとカウンターに香ばしい香りを立てるヒレカツ定食を置いた。
「い、いつのまに作ったんだ?」
「ふふふ、この私をなめてもらっちゃあ困るわね。これくらい話をしながらでも楽勝よ。」
そういうもんか?…ていうか、注文と違うような気がするけど…気のせい、か…?
ふと、壁に張られたメニューに目をやる。どうやらこれがこの店で一番高いようだが…。
ふと、パティに視線を戻してみる。文句のつけようがない程の、素敵な笑みを浮かべてやがる。
「どうしたの?早く食べなさいな。」
「あ?ああ、頂きます…。これ、おごり?」
「まさかぁ。」
「だよなぁ。…ま、いいや。」
何となく釈然としない気もしたが、からっぽの胃袋をしたたかに刺激する香ばしい香りに負け
た俺は、とりあえず食欲を満たすことに集中することにした。
難しいことは、食ってから考えよう。うん。

(…噂を聞いて私に泣き付いてきた女の子がいたことは、黙っていてやるか…。)

「ん?なんか言ったか?」
「別に。いい天気だなぁって思って。」
と、パティは窓際のテーブルに優しく降り注いでいる陽光を目で指し示した。
その暖かで、柔らかな陽光の中に、俺は何となくシーラの優しい笑みをみたような気がした。

そして、それが消える瞬間少しだけ寂しそうに微笑んだのは、多分、俺の考えすぎだろう…。



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