中央改札 悠久鉄道 交響曲

「学園SS 2nd Act4 さよならなんて言わせない」 式部瞬  (MAIL)
その日は、朝からずっと雨が降っていました。
お昼休みの間も、放課後になっても、蒼いはずの空はどんよりとした重く灰色の雨雲に被われ
てしまっていて、日の光もその合間を縫ってやっと地上に降り注いでいます。
雨は、嫌いでした。
空一面が憂鬱さに溜息をつき、悲しみと寂寥に涙を流しているようで…。
大地に恵みを与えてくれる暖かな陽光も、今はとても弱々しく、たまらなく冷たい気がして…。
でも、今は好きです。
雨は…あの日のことを思い出させてくれるから、だから今は好きです。

「あ、シーラちゃん、また明日ね。」
「バイバイ、シーラちゃん。」
「あ、さようなら。また、明日ね。」
言葉と共に、昇降口から雨の中へと消えていく友人達の背中を見送りながら、私はふと腕時計
に目を落としました。4時50分…どうしたんだろう?何かあったのかしら…。
と、その時突然私の目の前を暖かい何かが遮りました。
「キャ!!」
「だ〜れだ?シーラない、なんて、ははは…。」
「……し、瞬君…?」
「……つ、つまらなかった?」
「……う、うん、正直に言うと…あんまり面白くなかった…かな?。」
「そ、そうか…。」
振り向いた私に瞬君は少し赤い顔で前髪をかきあげ、口元にバツの悪そうな苦笑いを浮かべま
した。その仕草が、何故かとても可愛らしく見え、私も少しだけ口元を緩めました。
「な、なんだよ、その“しょうがないなあ”って笑みは〜。」
「だって、ふふ。」
「だって?」
「瞬君ったら、大きな子供みたいなんだもん。」
私のその言葉に瞬君は耳まで赤くなりました。そして照れ隠しに私の頭に軽く触れると、
「言ったな、こいつ〜。」
と髪の毛をクシャクシャと少し乱暴に撫で付けました。
「あはは、やめて、痛いよ〜。」
「ふんだ。俺の心の痛みに比べればたいしたことな〜い。」
そう言いながらも瞬君はすぐに止めてくれて、今度は優しく頭を撫でてくれました。
「……。」
「……。」
「少し、恥ずかしいね…。」
「…ん、そだね。んじゃ、そろそろ帰りますかぁ。」
「うん。」
「あ、あのさ…。」
「え?」
「また、傘忘れちまったから、入れててって欲しいんだけど。」
「あ、う、うん。もちろん、いいよ。でも、私の傘小さいよ?」
「大丈夫、その分くっつけばいいんだから。」
そう言うと瞬君は少し遠慮がちに−きっと、私の性格を考えてくれ−私の肩に手を回してきま
した。見上げた顔は少しぶっきらぼうで、その瞳は雨の向こうの景色に向けられていました。
「クス。」
瞬君に聞えないように、私は軽く微笑みました。瞬君がこういう態度をとる時はきまって恥ず
かしい時だって知っていたから。
「ん?なんか顔についてる?」
「ん〜ん、何でもないよ。じゃ、帰りましょう、ふふ。」
「??」
「クスクス。」
訳が分からないといった顔で私を見つめる瞬君に、もう一度だけ微笑んで私は傘を広げました。
あの時、あの雨の日に、瞬君を待っていた時と同じ傘を。
そして、私達は寄り添いながら、雨に煙る校庭へと足を踏み出しました。


「…シーラ。」
「え?何?」
「傘、もっとそっちにやっていいよ。」
「え、駄目だよ。瞬君の肩濡れてるもん。」
「そういう自分だって濡れてるって。」
「でも…。」
水溜まりに落ちた雨がウォータークラウンを形作り、そしてその残滓がまたあらたなそれを作
り、やがては波紋になって消えていく。そんな、雨の精霊達が無邪気に遊ぶ並木道を並んで歩
きながら、俺とシーラはつい5分ほど前に交わしたものとまったく同じ内容の話をしていた。
会話が止まり、俺が少しムリヤリに傘をシーラの方に寄せる。
だけどすぐに、シーラは傘を俺のほうに寄せてしまう。傘は、彼女が握っているので俺はそれ
以上何もできなくなってしまう。そんなこんなで、結局お互いが肩を雨に濡らしてしまってい
たのだ。
(まいったなぁ…くっついていられるのはいいんだけど、これじゃシーラが風邪ひいちまうか
もしれないし…。あ〜あ、傘忘れたなんて言うんじゃなかったかな…。)
俺は空いているほうの手で前髪をかきあげ、折り畳み傘が放り込んである鞄とシーラの濡れた
肩を、罪悪感を感じつつ見やった。と、不意に濡れて透けた制服の肩のアタリに薄い水色の紐
のようなものを見つけてしまい、俺は慌てて顔を背けた。
「どうしたの?」
「え!?い、いや、別に何でも…。」
すぐ間近で澄んだ瞳で俺を見つめているシーラ。その瞳の鏡に映っている俺の顔はとてもじゃ
ないが、何でもないようには見えなかった。シーラも無論そう思ったらしく、
「嘘。顔に“隠し事をしています”って書いてあるよ。」
と笑いながら、少しだけ追求するような色を瞳にたたえていた。
「ホントだって、本当になんでもないよ。本当に本当。」
言いながら、俺達二人は並木道を折れてちょっとした路地へと足を進める。このまま並木道を
行っても距離的にはたいして変わらないのだが、こっちは車が通らない分安全なのだ。水を飛
ばされる心配もないしな。と、路地裏に入ってすぐにシーラは少しだけ意地悪な笑みを浮かべ
て、俺の耳元に囁いた。
「“瞬が「本当」を連発したらまず間違いなく「本当」じゃないわ”。」
「な、なにそれ??」
「ふふ、今日パティちゃんに聞いちゃったもん。」
…な、なんてことを言いやがる、あの野郎…もとい、あの娘ぇ!!
俺すら無意識にやっちまう癖をいちいち覚えていやがって。一瞬目の前にケラケラという笑い
声と共にパティのイタズラっぽい笑顔が見えた気がした。
「そ・れ・で、何があったの?」
「……。」
「ねえってば〜。」
「……怒らない?」
「うん。怒らないから。」
そう言って嬉しそうに微笑むシーラ。…なんか、すごく悪いことをしてしまったような気がす
るんですけど、俺。でも、怒らないって言ってるし。それに故意じゃないしな、うん。
なるべく、ソフトに教えてあげよう、うん。
「あのね。」
「うん。」
「濡れた制服が透けて、下着が見えてたんだ。」
…て、全然ソフトぢゃないぞ、俺!!「そのまんま」やんけ!!
「!!」
ハッとシーラの体が強張るのが肩に回した俺の手のひら越しに感じられる。そして俺の顔から
逃げるように視線を足元に落とす。滑らかで、白磁器のように綺麗な頬がホンノリと朱を帯び
ていた。い、いかん!これじゃ、ただのエロエロ君じゃないか!!な、何かフォローを…。
「あ、あ、でも、ほら、オシャレだよね、水色って。」
…て、これっぽっちもフォローになってないぞ、俺!!「墓穴掘ってる」やんけ!!
「!!……ッ〜!!」
「あ、その、つまり…いやね、俺が言いたいのは…そう!似合っていて可愛いってコトで……
あ〜う〜…。」
…駄目だ、しゃべればしゃべる程泥沼に足を踏み入れている気がする。
かと言って黙っていてはこの沈黙に押しつぶされてしうまう気がする。
なにか、なにか…。………。
と、独りあたふたしていた俺はふと、あることに気がついた。
背中が冷たい。
頭も冷たい。
傘が雨水を弾く音も心なしか遠い気がする。これって…
「うわあ!冷てぇ!!」
気がつけば俺はどしゃ降りの雨の下に佇んでいた。
「もう!!Hなこといった罰ですよ、ふふ。」
不意に俺の隣から駆出したシーラは俺から5〜6m程離れたところでそう呟くと、チョロッと
舌を出してみせていた。そんな、少し小猫のような仕草を可愛いなぁなどと思いながらも俺は
慌ててシーラの元へ駆け寄った。が、それよりも早く再びシーラは駆出してしまう。
「待ってくれよ!解った、悪かったって。」
「ダメです、心がこもってま・せ・ん。」
まるでイタズラを思い付いた子供のように微笑むと、シーラは大通りへと通じる路地裏へと入
ってしまった。う〜ん、シーラにあんなオチャメな一面があるとは。これは新発見だ。
普段は、そして多分俺以外には見せないであろうシーラの新たな一面を垣間みた俺は何となく
誇らしいような、得したような、何とも不思議な満足感を感じていた。
「お〜い、待ってくれって!」
叫びながら、俺もシーラが曲がった路地裏へと飛び込む。
人一人がようやく通れる程度の狭い路地裏の、丁度真ん中の辺りをシーラは大通りへ向けて走
っていた。雨を弾く音と共に大通りを行き交う車の喧燥が聞えてくる。瞬間、俺はあることを
思い出し、まるで心臓を冷たい手で鷲づかみにされたような戦慄に近いものを覚えた。
…この先、大通りはいわゆる「欠陥道路」だ。大通りとは名ばかりで、実際はそれ程広い道で
はない。しかし、主要な交通路であることには変わりなく、当然車の交通量だって多い。が、
普通に歩くには何ら問題はない。だけど、あの道には歩行者用の歩道がないのだ。毎年、こういった路地裏からいきなり飛び出した子供やお年寄りの多くが出会い頭に交通事故を起こして
いる。地元の人間なら、周知だろうけど…でもシーラは転校してきてはだ間も無いし、そもそ
もそう出歩くようなこともないはずだ。当然、シーラがこのことを知っているとは…考えにく
い。
考えすぎだと思った。だけど、嫌な予感がした。
何かが、二人を分かつ何かが目の前に突然現われ、冷笑と共に二人を繋ぐ“絆”をいともた易
く断ち切ってしまう。
そんな、嫌な予感がした。だから、俺は全速力で駆出した。
今が幸せだから、ありもしない失う怖さに必要以上に脅えていたのかもしれない。
冷静な他人から見れば嘲笑の的に最適だったかもしれない。
それでも、かまわなかった。
考えすぎなら、それでいい。笑われたってかまいやしない。
シーラとの絆を失ってしまうより、ずっといい。だから、俺は必死に離れていくシーラの背中
を追った。
「待って!シーラ、待つんだ!!」
だが、シーラは止まらない。まだ、さっきのじゃれあいの続きだと思っているのかもしれない。
冷たく、凍り付いてしまっていた心臓に一気に血液が流れ込み、今度は壊れてしまうくらいの
勢いで脈打ち始める。嫌な予感がどんどん膨らんできて、冷たい雨とともにそれよりも冷たい
冷や汗が体中から吹き出す。
「待て!!危ないんだ!!」
全速力で走りながら声の限りに俺は叫んだ。その尋常ならざる雰囲気に気圧されたのか、シー
ラはビクッと肩を小刻みに震えさせ、そして立ち止まりゆっくりと俺を振り返った。
…裏路地を抜け出た、大通りで。
瞬間、薄暗い大通りに強い光が注ぎ込まれ、ふりそそぐ雨粒の一つ一つまでもが灰色のキャン
パスにいやにくっきりと映しだされた。無論、シーラも同じように。
突然の出来事に茫然自失となり、本能的な恐怖に押しつぶされてしまったような、そんな顔を
シーラはしていた。そして次の瞬間、その表情は俺に向けられた。
“助けて!!瞬君助けて!!”
唇の動きだけで、俺はシーラの声にならない声を聞いた。
…助けないと。シーラを、助けないと。
駆出す俺の脳裏にそんな言葉が浮かびあがった。しかし、それは絶望という絵の具にあっとい
うまに真っ黒に塗りつぶされてしまった。
失う。
悲しみ。
死。
別れ。
悲痛。
孤独。
負のイメージが、際限なく俺の心を焦がし、そこかしこに痕を残そうとしてゆく。
…嫌だ。嫌だ!嫌だ!!嫌だ!!!そんなの、冗談じゃない!!
「シーラ!!!」
路地裏から飛び出した俺は目一杯腕を伸ばし、シーラの細い体を引き寄せた。
そして、力の限りに胸に抱きしめる。
震える肩、脅えた瞳、だけどシーラが今、俺の胸の中に確かに存在するという温もり。
しかしその温もりは、長く続くことはなかった。
キィィィィィィィ!!!
耳をつんざくようなブレーキの悲鳴。
交差する刹那の光。
目の前に迫り来る恐怖。それは決して“死”に対する恐怖ではなく、ただ単純に“シーラ”を
失ってしまうことへの恐怖に他ならなかった。
「………。」
俺の胸に抱かれたまま、きつく瞳を閉じ、細い肩を震わせているシーラ。
俺はその温もりを慈しむようにもう一度だけ強く抱きしめ、そして…。

「……。」
「え!?」
私はハッとなって瞳を開き、瞬君を見上げました。
相変わらずの苦笑い。
たった今呟いた言葉が頭の中を巡る。
「ごめんね。」
ごめんね?なんで?どうしてあやまるの?
そんなことを考えた瞬間、私の体はものすごい力で道路に投げ出されました。
さっき通った、裏路地のほうへ。

キィィィィィィィィ!!!
ドカ…!!

「…え?」
何が起こったのか、瞬君がどうなったのか、何も解らなかった。
本当は分かっていたのかもしれないけど、理解するのを拒否していた。
「おい!救急車を呼べ!!頭を打ってるぞ!!」
「何!?交通事故!?」
「おいおい、マジかよ?血がすげえぞ…。」
無責任な野次馬の声が聞える…。
無情に降り続ける雨が冷たい…。

…そうだ。あの時もそうだったんだ。
…私が本のページを破り捨ててでも忘れたかった、悲劇。
…雨の中、二人は寄り添っていた。
…でも、そんな些細な幸せを踏みにじるように…二人の絆はその意味を無くしてしまう。

「…瞬…君…。」
ほとんど無意識に、私は立ち上がっていた。
視界が揺れる。
冷たい雨に混じって、頬に生暖かい雫が伝わる。
それは、瞬君が身をもって守ってくれた温もり。
だけど、守って欲しくなんてなかった。
だって…。
「だって、涙が止まらない…。生きてるのに、怪我一つないのに…少しも…嬉しく…ない。」
フラフラと、まるで夢遊病者のように私は雨に打たれ横たわる瞬君に近づいた。
雨水と混じり、黒く染まった血がアスファルトを伝わり私の足元まで流れ着く。
一瞬の空白。
そして私はそのまま気を失った。
どうせなら、このまま死んでしまえばいいのに。
そうすれば、こんな悲しみを背負わなくてもいいのに。
…頬を打つ、冷たい雨の感触も徐々に薄れ、私の意識は暗く深い海の底へと沈んでいった…。


真っ白な世界。
何もない世界。
私しかいない世界。
瞬君の…いない…世界。

優しい声を聞くことができない。
少年のような輝く笑顔が見れない。
逞しい胸に抱きしめられることもない。

微笑みかけることができない。
唇を重ね合わせることができない。
心を、体を、温もりを、想いを、触れ合わせることは…できない。

「そんなことないよ。」
不意に聞える声。
聞き覚えのある、私の声。
「そんなことないよ。」
「……。」
「泣いているの?」
「そう。だって、もう、瞬君に会えないもの…。」
「そうね。あなたがここでこうしている以上、もう会えないわね。」
「同じよ。どこで何をしていたって、もう、会えない…も、の…。」
枯れ果てるほどに流したはずなのに、涙があふれ出てくる。
「そんなことないよ。」
「……。」
「想っていれば、必ず出会って、願いはかなうのよ。」
「嘘よ!そんなの、絵本の中にだけ存在する奇麗事よ!」
「…じゃあ、ずっと泣いていれば?」
「!!…ッ…。」
「…逢いたいんでしょう?」
優しい、諭すような声。
「…うん。」
「…抱き合って、温もりを感じたいのでしょう?」
「…うん。」
「唇を重ね合って、想いを交わし合いたいのでしょう?」
「…うん。」
「なら、こんなとこで泣いていちゃダメだよ。彼の側に行ってあげないと。」
「…うん。」
「頑張って!」
「うん!」
声が遠くなると同時に、私の意識も遠くなっていった…。

「…ん…。」
「あ、シーラ!気がついたの?」
「パティちゃん…。」
「大丈夫?痛いところとかない?」
「うん、瞬君が助けてくれたから…。」
「そう…。」
寝かされていたベッドから起き上がり、回りを見渡す。
白い壁、見慣れない機械、消毒薬の匂い。
「ここ、どこ?」
「トーヤ先生の病院の救急室よ。とりあえず、少し休ませておけって言われて。」
「そう…。ねえ、パティちゃん。」
「何?」
「瞬君、生きているんでしょう?」
確信を持って、私は呟いたつもりだった。
でも、やはりまだ少し不安が残っていたのか、声が震えているのが自分でも分かる。
想えばかなう。想えばかなう。想えばかなう…。
呪文のように、胸の中で繰り返す。
大丈夫。絶対に、大丈夫。想っていれば…絶対。
「…うん。大丈夫だよ。アイツが死ぬ訳ないじゃない…。」
無理に笑っているのが、悲痛なくらいに伝わってくる。
「パティちゃん、隠さないで。」
「え、ええと…。」
と、その時口篭もるパティちゃんの言葉をつぐように男性の声が聞えて来た。
「間違いなく、あいつは生きている。」
「トーヤ先生…。」
「シーラ、俺は誤魔化すのが苦手な性分だ。だからはっきりと言うが…心の準備はいいか?」
「はい。大丈夫です。」
「…命に別状のあるような外傷は幸運にもない。だが、頭を強く打ったようだな。CTには特
になにもみられなかったが…ただ…。」
「ただ…?」
「意識がない。言わば…眠っている状態だ。」
「………。会せて…くれませんか?」
「………。」
「………。」
「いいだろう。おい、ディアーナ!」
トーヤ先生の声に、白衣に身を包んだ少女がパタパタと駆け寄ってきた。
「はい!なんですか?」
「こいつを瞬のところへ連れていってやれ。」
「え!?で、でも式部さんは面会謝絶ですよ?」
「主治医の俺がいいといってるんだ。グダグダ言わずにさっさと連れてけ。」
「は、はい…。あの、ではこちらにどうぞ…。」
「…はい。」
ベッドから降りた私はディアーナさんの後について救急室を後にしました。

「…ねえ、ドクター。シーラ大丈夫かな…?」
「大丈夫だ。あの目をみれば解るさ。それに…。」
「それに?」
「瞬を助けるのはあいつだ。」
「?」
「俺はやれるだけのことを全てやった。これ以上は何もできない。あとは…こんな言葉俺には
似合わんが…あいつら二人の絆と想いに任せる…。」


ガチャ…。
薄暗くて、飾り気のない部屋。
そこにポツンと一つだけ置かれた真っ白なベット。
私はゆっくりとそれに近づき、そしてそこに横たわる最愛の人に軽く微笑みました。
「…ねえ、起きてよ。」
「………。」
「…あんまり寝坊スケだと、嫌いになっちゃうよ?」
「………。」
「…普通、眠れるお姫様を王子様がキスで目覚めさせるのに…これじゃあ、逆だよ…?」
「………。」
「…私は大丈夫だよ。信じているから…。瞬君が私を独りぼっちになんてしないって、信じて
いるから…。」
「………。」
「…さよならなんて、言わせないよ…。これが最後のお願いになってもいいから、だから…。」
ゆっくりと顔を近づけ、私は自分の唇を瞬君のそれに重ねました。
あの時と、すこしも変わらない、温もり…。
「…さよならなんて、言わせないよ…。」
静かに呟き、私はもう一度、唇を重ね合わせました。
想いを、精一杯の想いを込めて…。


中央改札 悠久鉄道 交響曲