中央改札 悠久鉄道 交響曲

「学園SS 2nd Act5 Power Of Love」 式部瞬  (MAIL)
11月21日 晴れ

もしかしたら、ベッドの上に座って微笑んでいてくれるかもしれない。
もしかしたら、病室を抜け出して、どうやって私を驚かそうかと考えているかもしれない。
そんな期待を込めて開けた扉の向こうは、まるで時間が止まってしまっていたようだった。
昨日と変わらない。
何も変わっていない。
瞬君は眠ったまま。
話し掛けても、答えは返ってこない。
でも、私は話し掛ける。何度でも、何度でも…。
髪を撫でてあげる。優しく、優しく…。
手を握っていてあげる。ずっと、ずっと…。

11月22日 曇り

扉を開ける。
昨日と変わらない景色。
温もりも変わらない。
でも、微笑んではくれない。
可愛い寝顔。
安らかな寝顔。
お昼寝をしている子供を見ている母親のような気分。
瞬君は眠ったまま。

11月23日 曇りのち晴れ

サンドイッチを作って持っていってあげた。
初めて作ったから多分おいしくないと思う。
でもきっと「おいしい」と言ってくれると思う。
…優しいから…。
でも、今日は食べてくれなかった。
ラップをかけてテーブルの上に置き、おなかがへったら食べてね、と声をかける。
瞬君は眠ったまま。

11月24日 雨

手の付けられていないサンドイッチは表面が乾いてしまっていた。
少し淋しいけど、でもおなかがへっていなかったんならしかたがないよね。
今日は代わりにお花を持ってきた。
花瓶にさして窓際のテーブルの上に飾る。
綺麗でしょう、と私は微笑む。
瞬君は眠ったまま。

11月25日 雨

今日も微笑んでくれない。
今日も抱きしめてくれない。
今日も私は何もしてあげられない。
膝を抱えて震えているだけ。
瞬君は眠ったまま…。

11月26日 雨

想いはかなう。想いはかなう。想いはかなう。想いはかなう。想いは……。

11月27日

11月28日

11月29日……



ガチャ…
今日も扉を押し開いて、病室へと入る。
窓の外を、真っ白な雪の破片が遠慮がちに落ちていく。
季節は無情なくらい順調に流れ、人々も同じように流れていく。
変わらないのはここの景色。
変わらないのは私。
変わらないのは私の“想い”

「…もうすぐ、クリスマスだね。」
「………。」
「…今年はね、ホワイトクリスマスなんだって。真っ白に染まった街に、クリスマスソングが
流れて……。素敵だよね…。」
「………。」
「…プレゼント、期待しちゃおうかな…?私は、何をあげようかな…。ねえ、何が欲しい?」
「………。」
「…そうだよね、内緒にしておいたほうが楽しみだよね…。」
「………。」
「…あのね、看護婦さんや他の入院患者さんが話しているの、聞いちゃった…。」
「………。」
「“もう、多分ずっとこのままだろうね”だって…。」
「………。」
「“あの娘、不憫で可哀相だね、毎日毎日”だって…。」
「………。」
「………。そんなこと、ないよね…?」
「………。」
立ち上がって、ベッドで安らかな寝息を立てる最愛の人に近寄り、その胸にすがる。
毛布の端を、手が震えるくらい強く握る。
「…も、もう、意地悪しないでよ…。怒らないから、笑って、ゆ、許してあげるから…。」
「………。」
「“だ〜れだ”って、またやってよ…。苦笑いを浮かべてよ。肩を抱いてよ。」
「………。」
「お願いよ!!私、私こんなにあなたのこと想っているのよ!?お願いだから…“好きだ”
って言って…。キスして…。お願い…。」
「………。」
我慢していたはずなのに。
涙と一緒に、全部、我慢していたはずなのに…。
もう、弱音なんて言わないって決めたのに…。
「…淋しいよ。心が…寒いよ…。………ツライよ…私、やっぱりツライよぉ…。」
「………。」
「う、グス……。瞬君が、いなくちゃ、やっぱり、だ、駄目だよ、淋しいよぉ……。」
「………。」
「う、うう、うわああああああああああああああ!!!!」
もう、何も考えることができなかった。

ただひたすら、愛しい人の名を呼んだ。
ただひたすら、愛しい人の温もりを求めた。
ただひたすら、愛しい人を想って涙を流した。

…離れたくなかった。
…もし離れたら、もう二度と出逢えないような…。
そんな不安に押しつぶされそうだった。
胸が張り裂けそうだった。

だから、私は身を寄せた。
幼子に添い寝する母親のように、ベッドに潜り込んで、瞬君を抱きしめた。
温かい…。
でもそれは淋しい温もり…。
それでも、今の私には、それにすがることしかできない。

「…瞬君、帰って、来てよぉ……。」

絞り出すようにうめいて、私はすがるように唇を求めた。
薄暗い、宵闇に支配された静かな病室の中、想いの触れ合わない口付けは孤独の味がした…。


白い世界。
どこまで大地で、どこから空なのか。
朝なのか夜なのか、寒いのか暑いのか、それさえもわからない。
あるのは砂時計。銀色の、まるでプラチナを削ったような砂。
でも、砂は零れ落ちない。時が流れる事を頑なに拒むかのように、砂は零れ落ちない。

それは不思議な夢だった。
誰もいない世界には二人だけ。
座っている私と私の膝枕で心地よくまどろんでいる瞬君の二人だけ。

夢だって解っていた。
瞬君は今も意識不明でベッドの中で眠っている。
私はそれに寄り添っている。
はっきりと覚えている。だから、これが夢だとわかる。

砂時計の砂は零れ落ちない。
多分、これからずっと。
だってこれは夢だから。
都合の悪いものを全て消し去って、理想に浸ることができる夢だから。
だったら、
「…このまま、ずっと夢をみていれば、ずっと二人一緒だね。」
呟く私。返事はない。構わず、私は続ける。
「でもね、結局夢は夢なんだよね。この世界も、零れ落ちない砂時計も、瞬君も、みんな
私が都合よく勝手に作り上げただけなんだよね。」
「………。」
「だから、私、帰るね。淋しくて、つらいけど…私やっぱり、本当の瞬君と一緒にいたいから。」
「………。」
「………。」
「…そうだね、俺もそうする。」
不意に瞬君はそう呟くと、ゆっくりと起き上がった。
でも驚かない。だってこれは夢だから。
「俺も?」
「ああ。…隣、座っていいだろ?」
「うん。」
肩を並べ、二人で零れ落ちない砂時計を見やる。
立ち込める沈黙。
時間の流れがないから、それはほんの一瞬なのか途方もなく長い時だったのか、それさえも分
からない。瞬君が、沈黙を破る。
「真っ白な世界で、俺はシーラとずっと一緒だった。望めば大きな樹が生えて、そこで遊んだ
りした。望めば大きな湖が表れて、そこで泳いだりもした。」
「………。」
「苦しみも悲しみも何もない。あるのは“生きるつらさ”を剥離して、都合よく捏造された
偽りの“幸せ”。…でもね、そう解っていても俺は溺れそうになった。このまま二人で、この
世界が壊れるまでずっと一緒に幸せを噛み締めていられるのなら、それでもいいってね…。」
「………。」
「でもね、シーラに膝枕をしてもらっている時にも、夢を見ていたんだ。」
「…どんな、夢?」
「真っ白な天井、窓からは弱々しい太陽の微光…。俺はベッドの上で静かに眠っている。
そんな俺にシーラは必死に話し掛け、微笑みかけ、そして抱きしめてくれる。」
「………。」
「でも、泣いていた。幸せなんてこれっぽちもないみたいに。パンドラの箱の中に唯一残って
いた希望までもが消え去ってしまったみたいに、泣いていたんだ。」
「そう。私はずっと泣いていたの…。いくら我慢して押し込めても、心の中の涙は止められな
かった…。そして、とうとう我慢しきれずに、わんわん泣いちゃった…。」
「……身が、切られるような思いだった。胸が、張り裂けそうだった。自分勝手なエゴだった
んだ。二人で幸せを噛み締めてるつもりになっていたけど、俺はただシーラのことを傷つけて
いただけだったんだ…。」
「…そんなこと、ないよ。」
うな垂れた瞬君の頭を、精一杯の想いと優しさで、胸に抱きしめる。
「守ってくれたもん。私のこと、守ってくれたもん…。でも…。」
「………。」
「私、心から笑いたいよ。嬉し涙以外に、涙なんて流したくないよ…。」
「………。」
「………。」
静寂。
決して不快ではない静寂。
ずっとよりかかっていたくなるような静寂。でも…。
「私、行くね…。」
私は立ち上がった。それと同時に、砂時計の中の銀色の砂が静かに零れ落ちる。
「一緒に、行こう?」
「ああ、行こう。」
立ち上がり、肩を寄せ合って歩く二人。
不意に、瞬君が相変わらずの苦笑いで聞いてくる。
「怒ってない?」
「なんで?」
「だって、いくらシーラを守ったからって、シーラに淋しい思いをさせたのは事実だし…。」
「うん、すごく、怒ってるよ…。」
「う…。」
「だから、その淋しさが埋まるくらいに、甘えちゃうからね。」
そう言って微笑む私。
「参ったなぁ」と頬をかく瞬君。
寄り添い歩く二人。
目の前には境界線。
夢と現実を隔てる境界線。
「行こう。」
「ああ、行こう。」
手を繋ぎ、それを二人で越えてしまう。
そこで、意識が遠くなった。
でも、不安はなかった。あるのは安らぎだった…。


背中に手が回されている。
痛いくらいに、抱きしめられている。
まだ頭がはっきりしなかったけど、でも、これだけは解っていた。
「…やっと、やっと、帰ってきて、くれた…。」
「…うん。…ごめん、シーラ…。」
「瞬君!!瞬君!!!」
嬉しかった。
涙が止まらなかった。
温もりが伝わる。
鼓動が伝わる。
想いが伝わる…。
「離さないで!!もう、絶対に離さないで!!!最初で最後のわがままでもいいから…。」
「離さないさ…。いつまでも、このまま抱きしめていたい…。」
震える肩を、優しい温もりが包み込んでくれる。
触れ合う唇。
心の中の氷塊を全て溶かしきってしまう愛。
止めど無く流れ落ちる幸せ色の涙。
「…ありがとう、瞬君。」
呟いて、私は心から微笑んだ…。


「ディアーナ。」
冬らしくない、少し強い日差しが立ち込める小さな部屋の中にポツンと置かれた机から、後ろ
を振り向きもせずトーヤは呟く。カルテに何やら書き足しているらしく、手を休めようとはし
ない。
「はい!なんですか?」
「お前、この世に初めて医者という職業が生まれてからどのくらい経つか知っているか?」
「ええ!?」
不意の質問に素っ頓狂な声をあげるディアーナ。だがそんな様子を全く気に留めるでもなく、
トーヤは続ける。
「では、この世にカルテというものが生まれてどれくらい経つか知っているか?」
「あうあう…。し、知りません。」
「だろうな、俺も知らん。別に知りたいとも思わんがな。」
「は、はあ…。」
「ただ、今まで星の数ほどの医者が、恐らくそれに倍するくらいの数カルテを書き続けただろ
う。だが…。」
そこまで言ってトーヤは軽く微笑んだ。
「こんなことをカルテに書き込む医者なんて、俺が最初で最後だろうな…。」
言葉と共にペンが「処方」の欄に流れるように文字を刻んだ。

“Power Of Love”
と…。

Fin...



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