中央改札 悠久鉄道 交響曲 感想 交響曲

「ハピネス」 式部瞬  (MAIL)
「ヒマだ〜。」
午後の日差しと怠惰な空気が立ち込める虚空に向かってそんな台詞を投げかけてみる。
今日だけで何回この台詞を口にしたかな…。
ふとそんなことを考えてみるが、数える気になんてなるはずもない。
…誰もいないジョートショップ。
物音の一つもしなければやらねばならない仕事の一つもない。
天気はすこぶるよく、普段ならその白日の下への誘いにも簡単に乗ってしまうのだが、
夜勤の仕事明けで出かける気にもなれない。昼寝しようにも俺は昼間は眠れない質だ。
まったく、こんな日に限ってだ〜れもこないし。
ふと壁がけ時計に目をやる。
午後1時か…ハラ減ったなぁ…。
そうは思っても昼飯を作る気なんてさらさらないし、食べに出る気力もない。
「ヒマだ〜。」
また口走る。…なんかダメ人間直行中って感じだな…。
ボンヤリと考えながら欠伸を噛み殺す。と、その時、
カララン……
遠慮がちで優しいカウベルの音色が、見慣れた人影の来店を告げた。
「よ、パティ。」
机の上に足を放りだしたまま、欠伸まじりに突然の来訪者を迎える。
「相変わらずヒマそうねぇ。そんなんで再審大丈夫なの?」
「さあな、なるようにしかならん。」
「まったく…座っていい?」
「どうぞ。」
律義にも俺の言葉を待ってから、俺と向かい合うようにイスに腰を下ろすパティ。
「今日は店は休みか?」
「うん。お父さん達、知り合いの結婚式で隣町へ行ってるから。」
「そうか。」
「そうなの。」
「「………。」」
……5秒で会話が終了してしまった。
でも、ま、いいか。
俺は両手を頭の後ろで組み、パティは軽く頬杖をつきながら、何となしに見詰め合って
みたりする。
気恥ずかしそうに、パティは微笑みかけてくれている。
幸せそうな笑顔をしている、心からそう思う。
ま、きっとパティに言わせれば俺も似たような笑顔を浮かべてるんだろうけどね…。
そしてそのままたっぷり5分くらい見詰め合ってみる。
その間、会話は全くない。
思えば、不思議なもんだよな。
出会ったばかりの頃だったらきっとすぐに場が持たなくなってお互い視線をそらしたり、
下らないことや意味不明な話題を必死に探したりしただろうに。
でも今はこうしていることが自然でいられる。
優しい瞳に、素直な想いを返すことができる。
「“想い”が“恋”になって、“恋”が“愛”になって、そして“愛”は“愛”のまま
でいられずに他の何かに変わろうとしているってことか…。」
「何のこと?」
俺の独り言に首をかしげるパティ。俺は軽く微笑で、言葉を続けた。
「純粋に、俺はパティ=ソールっていう女の子が大好きなんだなぁ、ってコト。」
「……もう、真顔で何言ってるのよ。」
少し呆れた呟いて、それでもはにかんだ笑みを浮かべるパティ。
そして、照れ笑いを浮かべ、同じように囁いてくれる。
「私だって、純粋に式部瞬っていう男の子が大好きだよ。」
好き…何気ない、その一言で何故こんなにも心が暖かくなり、そして安らぐのだろう。
それは、好きな人が自分のことを同じように好きでいてくれるという、ささやかな幸せ
を感じるからなのかも知れない…。言葉がなくても、ないからこそ重なる心と心が、
幸せを感じさせてくれるからかも知れない…。
…俺はゆっくりと立ち上がるとパティを背中から優しく抱きしめた。
少し甘い香りが鼻腔をくすぐる。そして、俺は耳元で静かに囁いた。
「パティ…。」
「何…?」
「…ずっと、側で笑っていてくれよ。ケンカだってするだろうけど、それでも、側にい
て笑っていてくれよ…。俺、単純だから、それだけで幸せでいられるからさ…。」
「…うん、いいよ。そのかわり、瞬もいつでも笑顔を見せていてよ?」
答えるかわりに俺はパティの唇に自分のそれを重ねた。
柔らかな感触と暖かな吐息。
想いの全てを感じあえる、愛する人、失いたくない大切な人との口づけ…。
それはとても小さな、でもかけがえのない、“幸せ”…。
俺はゆっくりと唇を放し、再び静かに囁いた。
「いつだって、幸せを探して生きてた。大きな、凄く大きな幸せを。」
「見つかった?」
俺は首を振る。
「解らないし、もう解りたいとも思わない。大きな幸せなんて、もう必要ないんだって
ことに気が付いたんだから。」
背中から回した腕に、軽く力を込め、愛しい少女を引き寄せる。
「二人きりの、小さな幸せのかけらを、たくさん集めよう…。」
「うん…。」



繰り返される
平凡で退屈で
代わり映えのしない

そんな日常というメビウスの輪の中で
二人で見つけた、それは小さな小さな“幸せ”

一杯
手のひらにも
ポケットにも
心にも
入りきらないくらい
溢れるくらい
一杯集めよう

そして、枯れてしまわないように、二人で大事に育もう

いつか立ち止まり振り返った時、あの日の二人が肩を並べて微笑んでくれるように…

おしまい


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