中央改札 悠久鉄道 交響曲

「火の鳥」 式部 瞬  (MAIL)
まるで、お菓子でできた街に粉砂糖で化粧を施したかのように、降りしきる真っ白な雪
はエンフィールドの全てを同色に染め上げ、それでもなおその手を休めようとはしない。
子供たちはそれと共に訪れた冬の精霊達の白い吐息を気にするでもなく外を駆け回り、
普段なら愚痴の一つでも零すであろう、夢を失くしてしまった大人達も今日だけは精霊
と子供の輪舞−ロンド−に笑顔で見入っている。
今日は聖夜。
道行く家族連れや寄り添いあう恋人達の顔にもいつもい以上に暖かな笑顔が満ち溢れて
いる。思い思いに着飾り、食事をし、プレゼントの後ろに想いを隠して交わし合い、
満たされた時を分かち合う…。
そんな、清廉で幸福に満ち溢れた日に、恋人と寄り添うこともなく、雑踏に揉まれなが
ら働く…これほど空しく、淋しいことが他にあるだろうか?
(いや、ないだろうなぁ…。)
瞬は軽く溜息をつくと、もう一度道行く人々に声をかけた。
「ケーキいかがですか〜?“ア・モーレ”特製のクリスマスケーキいかがですか〜。」
…ほとんど、誰も聞いていない。
もう一度大きく溜息をついた瞬に、隣にいたアルバイトの青年−恐らくトナカイであろ
う、奇怪な着ぐるみに身を包んだ−は、苦笑とも、自嘲とも、諦めともつかない、複雑
な笑みを浮かべた。
「全然売れないですね〜。」
「そうだね。ま、考えてみればクリスマス当日に思い出したように路上でケーキ買う人
なんて、そんなにいないよなぁ。」
赤と白の、これまた奇妙な衣裳に身を包んだ瞬も、同じように笑いを噛み殺す。
「ですよねぇ。普通は予約しますよね。」
「ま、愚痴ってもしかたないか。パッパと売って俺達も人並みにクリスマスを楽しむと
しますか。」
「そうっスね。じゃ、気合いれて売りましょう!」
「ああ。」
妙に熱くなってしまったトナカイに軽く苦笑いを浮かべながら、瞬はふと懐から取り出
した懐中時計に目を落とした。
(9時か…。マリアの家のパーティが11時くらいまでだろうから…間に合うかな。)
「瞬さん、お客さんですよ。」
「ん?あ、悪い。いらっしゃいませ、どれに致しますか…。」

丁度同じ頃、マリアの家では豪華なクリスマスパーティの真っ最中であった。
人々には年代物の極上ワインが惜しみなく振る舞われ、真っ白なテーブルクロスの上に
はところ狭しと様々な料理が並べられている。ヴァイオリンにハープ、ピアノといった
楽器が織り成す調べに乗せて人々は踊り、聖なる夜と抜け落ちた天使の羽に酔いしれて
いる。そんな中に一人だけ、このパーティを楽しめず、むしろ疲れを覚え始めている少
女がいた。無論、マリアである。
「踊っていただけませんか?ミス・マリア。」
「え?あ、ごめんなさい。少し疲れちゃったの。」
「…そうですか、残念です。」
豪奢な服装に身を纏った青年は一応の社交麗辞の言葉を残して人の輪に消えていく。
そしてまた新たな女性に声をかけ、二人は手を取り合ってステップを踏む。
(ほらやっぱり。別にマリアじゃなくたっていいんじゃない。)
ふん、とその可愛らしい小さな唇をとがらせ、マリアは飲めもしないワインを口に運ん
だ。
「ウェェ、すっぱ〜い。こんなの、何がおいしいのよ?」
「はは、お嬢様にかかったら最上級のワインも形無しですな。」
「ヨーゼフ…。だぁって、おいしくないんだもん!」
ヨーゼフと呼ばれた初老の男性は暖かな笑みを軽く浮かべるとマリアの手からワイング
ラスを受け取り、かわりに山ぶどうのジュースに満たされたグラスを手渡した。
それを一息で飲み干したマリアはふと、溜息をついた。
「お疲れでございますか?」
「うん、そうね…。」
「そろそろお部屋のほうに戻られますか?」
「…うん、そうする。」
降りしきる雪を窓越しに見上げ、マリアは静かに呟いた。
「…ここにいたって、瞬に逢えないし、ね…。」


「よ〜し、アルバイト終わり!!瞬さん、やりましたね!」
「ああ!やればできるもんだなぁ!!」
山のようにつまれていたケーキも幸運にも全て売り切れ、労働時間終了をまたずして仕
事を終えた瞬と青年は高揚感とともに開放感を全身で味わっていた。
「じゃあ、お疲れ様でした。」
「ん?随分急ぐんだね。」
「は、はい。実は彼女と待ち合わせしてるんです。はは…。」
「そうか〜ま、頑張れよ。」
「はい!じゃ、お疲れ様でした。」
「お疲れさん。」
さわやかに駆けて行く青年の背中に軽く微笑みかけた瞬は、もう一度懐中時計に目を落
した。
「10時40分か…そろそろ待ち合わせのとこにいかないとな。」
呟き、瞬はいまだに休むことなく降り注ぐ雪を仰ぎ見るように空を見上げた。
(…飛べるよな、多分。でもちょっと寒いかな…。ま、なんにせよ早くローズレイクに
いかないと…。)
懐中時計を懐にしまった瞬は、今だ雑踏に溢れる通りの合間を縫って駆出したのであっ
た。


部屋を頼りなげに照らしていた燭台の灯火を消し、ベッドの中から窓の外に目をやる。
降りしきる真っ白な雪に、時折そそがれる銀月の光が跳ね神秘的な文様を壁に映しだし
ている。それをボンヤリと見つめながら、マリアは今日何回目か、数える気にもなれな
い溜息の塊を吐き出した。
「あ〜あ、淋しいなぁ…。せっかくのクリスマスに独りで膝を抱えてるなんて…。」
時刻はすでに11時30分を回っている。だが、それでもまだマリアは眠る気にはなれ
なかった。何度も「もう寝よう!」と思って毛布をかぶっても、その度に「もしかした
ら」という言葉とジョートショップの青年の笑顔が思い浮かび、胸の中を強く揺さ振る
のである。
「もう…こんな時間に来るわけないじゃない!…今度こそ、本当に寝ちゃうからね!」
誰もいない虚空に言葉を投げかけ、毛布を頭からかぶってベッドに横たわるマリア。
しかし、ものの5分もしない内にのろのろと起き上がり、再び溜息をついてしまう。
「あ〜もう!!今度が、ホントに最後だからね!」
と、そう叫んだ瞬間、
ガタ!
大きな音と共にテラスへと通ずる窓が開け放たれた。そして、
「何が最後なんだ?」
青年のシルエットと共に声が響いた。
「へ…?キャアアアア!!!」
「ば、馬鹿!でかい声出すな!!」
「え!?し、瞬!?」
それは紛れもない、ジョートショップの青年で、今日一日中マリアが待ち焦がれていた
式部 瞬に他ならなかった。
「な、な、な…。」
「お前は“何てところからはいってくんのよ、もう!”と言う。」
「何てところからはいってくんのよ、もう!あ…。」
「…はは、本当に分かりやすいな、お前は。」
「ふ、ふん。そ、それより何よ、こんな時間に。」
あんなに待ち焦がれていたのに、思わず心にもないことを言ってしまう。
(ああ、馬鹿馬鹿!マリアの馬鹿ぁ!せっかく来てくれたんじゃないの!!)
チラッと瞬の顔をうかがうマリア。しかしマリアの不安とは裏腹に瞬は“解ってるよ”
とばかりに優しく微笑んでいてくれて、しれがまたマリアの胸の鼓動を刺激する。
「…もう、来るんならもっと早く来てよ。…待ってたんだからね!来てくれないかと思
ったんだからね!!」
「すまない。でも、その分素敵なプレゼントを持って来たんだぜ。テラスに出ろよ。」
「え??テラスって…??」
「いいから、いいから。ほら、これ着ろよ。」
訳が分からないといった顔のマリアに瞬はもう一度微笑むと、マリアの答えを待たずに
上着をかけてやった。そしてその小さな手を軽く握り、テラスへと導いてゆく。
「ち、ちょっと!!何なの、一体!?」
「まあ、みてな。」
得意そうに微笑むと、瞬は左手を唇に軽く触れさせ、甲高い指笛を鳴らした。
「…???」
「よし、行くぞ。」
「い、行くぞって…キャアアアアア!!!」
マリアの言葉を待たず、瞬はマリアをヒョイと抱き上げると、テラスの手すりを乗り越
えて身を切るような寒空に飛び込んだ。二人の体は物理法則に忠実に従い落下し、大地
に激しく叩きつけられる…前に真っ白な何かが凄まじいスピードで下に回り込み二人を
受け止めた。そして飛翔する。
「な、な、何?何のよぉ〜!?」
「よっと。」
「キャ。」
抱きしめていたマリアを自分の前に座らせた瞬は、その華奢な背中を包み込むように抱
きしめながら手綱へと手を伸ばした。そして軽く弾く。と、それに呼応するかのように
真っ白な両翼が大きくはばたく。
「こ、これってホワイトドラゴン?」
その言葉に答えるかのように、ホワイトドラゴンは首を曲げ、マリアに「キュアウ」と
いなないて見せた。
「驚いた?本名はヴァイス・ドラグーンのイシュタールって言うんだ。」
「ど、どうしたのよ、この子?」
「借りた。」
「か、借りたって…。」
ホワイトドラゴンといえば希少なドラゴンの中でもさらに希少なドラゴンである。例え
借りたにしても、安い金額のはずがない。
「瞬…。」
「いいんだよ、俺はこうやってお前と一緒に空を飛んでみたかったんだ。だからこれは
俺のワガママ。」
「瞬…ありがとう…。」
「まだまだ、プレゼントはこれからだぜ。」
「どこへ連れていってくれるの?」
「それはナイショ。それ!!」
言葉と共に力強く手綱をひく。それと共にイシュタールは再び大きく双翼をはばたかせ、
雲をつきぬけんばかりに飛翔した。
「寒いか?」
「ううん、瞬が背中から抱いていてくれるから、平気だよ。瞬は?」
「お前があったかいから平気だよ。さ、飛ばすからしっかり掴っていろよ。
「うん!」
雲をつきぬけたイシュタールは、澄んだ夜空を優雅に、しかし力強く飛翔した。
降り注ぐ銀月の光のカーテンを抜けてどこまでも、限りなく…。


やがてイシュタールは小高い丘へと降り立った。
眼下にはエンフィールドの5〜6倍はゆうにあるであろう、巨大な都市が見渡せる。
深夜にも関わらず、まだその都市は光りを失わず、キラキラと輝く光があたかも宝石箱
の中の深遠な輝きを思わせる。
そんな丘に、二人は肩をならべて座った。
「これがプレゼント?」
「いや、あともう少し待ってくれ。…それにしても、すっかり体が冷えちまったな…。」
「うん…もっとくっつこうよ。」
「ああ、ん?」
「あ…。」
まるでマリアの言葉に応じるかのように、イシュタールはその真っ白な翼で二人を包み
込み、そして「クワァ」と可愛らしくいなないた。
「クス、可愛いね。」
「なかなか気が利くなぁ、コイツ。」
二人はイシュタールの温もりを感じながら、クスクスと笑いあった。
と、その時、不意に瞬が眼下に広がる都市へと視線を落とした。
「そろそろ始まるぞ。」
「え?何が?」
「いいから、街を見ていてごらん。」
「うん…。あれ!?いつのまにか真っ暗になってる…。」
マリアの言葉どうり、さっきまで宝石のように輝いていた街の灯火は全て消えていた。
かわりに神聖で、厳かな沈黙が街を支配している。
そして、ゆっくりと、街に灯火が戻り始める…。
まるで、真っ黒なキャンパスに絵が描かれていくかのように、その灯火は何かを形作っ
てゆく。
左右に大きく開かれた雄々しき翼。
燃えるように紅い体。
煌くルビーのような尾。
それは、太古より「輪廻・永久」を象徴するフェニックスであった。
「綺麗…。」
「これをさ、二人で見たかったんだ…。」
呟き、瞬はマリアの肩を引き寄せ、背中からマリアを抱きしめた。
そして、耳元で優しく言葉を噤む。
「言い伝えがあってさ…これを二人で見れた恋人は、例え死が二人を分かつとも、いつ
か必ず転生して再び出逢えるって、ね…。」
「…じゃあ、マリアと瞬も、また逢えるんだね?」
「もちろん。だから俺達の間には“さよなら”なんて言葉必要無くなるんだ。お別れの
言葉はいつだって“またね”なんだから…。」
「うん。…ねえ。」
「ん?」
「もし、次に出逢った時にマリアが今よりずっとずっ〜と可愛くなっていたとしても、
見つけてくれる?」
「ああ。嘘をついた時に髪に触る癖だけで、お前だって解ってみせるさ。」
「じゃあ、マリアは苦笑いと前髪をかきあげる癖で瞬のこと見つけてあげる。」
「マリア…。」
「ん…。」
唇が重なり、吐息が漏れる。
抱きしめる手に力がこもり、二人の距離がさらに縮まる。
感じるのは安らぎ。
交わし合うのは想い。
鼻腔をくすぐるのは懐かしい匂い。
「もしかしたら、マリアはずっと前から瞬に恋してたのかもしれない。」
「俺だって、多分そうさ。そして、これだけは自信をもっていえる…。」
瞬はもう一度、その温もりを確かめるようにマリアの可愛らしい唇に自分のそれを重ね
合わせ、そして耳元で静かに囁いた。
「これからも、ずっと、離さない…。大好きだから…。」

紅く燃える火の鳥に淡く照らし出される二人の重なり合うシルエット。
聖なる夜は、まだ、終わらない…。




中央改札 悠久鉄道 交響曲