中央改札 悠久鉄道 交響曲 感想 交響曲

「RHAPSODY」 式部瞬  (MAIL)
「と、いうわけで…。」
そこで一息つくと、瞬は長い足を組み替えた。
「明後日の二月十四日は遥か東方の国の習慣である“バレンタイン”なんだ。」
「「うん、うん、それでそれで?」」
二人の少女の好奇心100%の声が見事に重なる。聞き手に回っている少女ら―トリー
シャとローラ―の顔を交互に見やり、瞬は続けた。
「その日は女の子男の子にチョコレートをあげる日なんだ。友達には“義理”って言っ
て小さいやつを、好きな相手には“本命”って言って主に手作りのやつを、な。」
「「へぇぇぇ〜。」」
またもや見事に声が重なり、今度は目までキラキラし始める。いつも二人の話を聞かさ
れることの多い瞬は、自分の話にいちいち反応を示し、喜んでくれる二人に気をよくし、
珍しく活発に口を動かした。
「んで、その翌月の十四日は“ホワイトデー”と言ってチョコを貰った男の子は女の子
にキャンデーと、そして本命には心を込めた何かを一緒にプレゼントするんだ。」
「へぇ〜、いいなぁ〜その国って。“クリスマス”とか“バレンタイン”とか、恋のイ
ベントが沢山あって。」
「そっかぁ?な〜んか、お菓子屋や宝石屋の陰謀にハマッてるような気もするぞ。」
「あっ、おにーちゃんってば貰えそうもないからってひがんでるんでしょ?」
「そうなの、瞬さ〜ん?可哀相…。ボクが慰めてあげるね、よしよし。」
そう言ってお互いの顔を見合い、そろって吹き出す二人。そんな二人の屈託のない笑顔
につられて軽く苦笑いを浮かべる瞬。そして今度はいつものように瞬が聞き手に回り、
三人は再び取り留めのないおしゃべりに花を咲かせたのであった。


…「カオスの理論」というものがこの世には存在する。これは「万物はリンクする」と
いう考えで、例えば今あなたがあくびをしたことにより、遠いエンフィールドの街に雨
が降るかもしれないのである。瞬はこの理論をたまたま知っていた。しかし、この理論
をまさか身をもって証明することになろうとはこの時、知る由もなかったのである…


「あれ?みんな何やってるんだろ?」
久しぶりの休暇を何をする訳でもなくブラブラすることに費やしていたパティは、見慣
れた友人達が集まっている公園の一角に足を運んだ。
「みんな何やってんの?」
パティのその言葉に6人の少女らは無言で伝言板を指差した。
「何か面白いことでもあるの?え〜と…“二月十四日は遥か異国のバレンタインと言う
お祭りです。この日は女の子が好きな男の子にチョコレートと共に自分の気持ちを伝え
る日なのです。しかもチョコレートを貰った男の子はなんと女の子の言う事を何でも一
つきかなければならないのです!さあ!貴女も我がキシールの特製チョコで彼のハート
を掴んでみませんか?”………。」
張り紙を読み終えたパティはしばしそれに釘付けになっていたが、不意にハッとなって
友人らにぎこちなく眉をしかめてみせた。
「ははは…何よコレ?お菓子屋さんもいろいろ考えるわね。こんなんで売り上げが上が
るとは思えないけどな。」
「まったくだ、興味ないね。」と、髪をかきあげるエル。
「右に同じ。」リサも腕を組んだまま頷く。
「このお店売れてないんじゃないの?あんまりセンスよくないじゃん」とマリア。
「でもでもこのおみせのけ〜き、とってもおいしいよ〜?」メロディのその言葉に、
「うん、私もそう思うわ。売れてない事はないと思うけど…。」つぶやくシーラ。
「でも、素敵なお話ですよね。物語みたいですよ。」と、目をキラキラさせるシェリル。
それぞれがそれぞれ、好き勝手に話始める。が、ふと会話が止まり気まずい沈黙が一同
を支配する。そしてその沈黙はパティの棒読みの言葉によって破られたのであった。
「あ!わ、わたしお父さんに買い物頼まれていたんだっけー。」
「おお!そう言えば私もマーシャルに頼まれごとが…。」
「わ、私はトレーニングの予定だったな。」
「マリア、宿題やんなきゃ!!」
「ふみぃ!?メロディーは…え〜と、え〜と。」
「そ、そろそろピアノの先生がいらっしゃるころかしら…。」
「本、返しに行かなきゃ…。」
六人の少女達はお互いにバレバレの作り笑いを浮かべたままジリジリと後ずさった。
そして正確に五歩いったところで同時に背を向け合うと、六人がそれぞれ六方向に弾け
るように駆出したのであった。


(あ〜あ、やっと一段落か。腹減ったなぁ…。)
一仕事終え、ボンヤリとそんなことを考えながら帰路を急ぐ瞬。そして彼が役所の角を
曲ったその瞬間、“女の戦い”の第一幕は切って下ろされたのであった。
「ボウヤ!!」
「へ?どわああああ!!!」
振り向いた瞬間、八つの閃光が瞬に襲いかかった。
カカカカ!!!
どこからともなく放たれたその光の刃は、ほんの半瞬ほどで瞬の体を壁に張り付けにし
たのであった。歩みよる人影、それは紛れもなく…
「リ、リサ!!何のつもりだ!?」
「ふふ、観念してもらうよ、ボウヤ…。」
口元に妖しげな笑みを浮かべ、リサは懐から小箱を取り出した。
「さあ、このチョコを食べてもらうよ。」
「はあ??」
「ふふふ…。」
さらに妖艶な笑みを浮かべ、ゆっくりと瞬に歩み寄るリサ。と、その時、
「ハァァァァァァ!!!」
「何!?く…。」
勇ましい掛け声と共に一陣の疾風が駆け抜け、リサの腕から小箱を叩き落とした。
その声の主は…
「エ、エル〜〜。」
瞬の情けない声にエルは軽く微笑むと、険しい視線をリサに向けた。
「まだチェックメイトには早いんじゃないか?瞬には私のチョコを食べてもらうんだか
らね。」
(はあ?何なんだ、一体…???)
「ほう…いい度胸だね。あんたとは一度本気で戦ってみたかったんだ。」
「ふふ、光栄だね…。相手になろうじゃないか。」
構えをとり対事する二人。瞬はその背中に竜と狼のオーラを見たような気がした。
「いくよ!!」
「かかってきな!!」
先にエルが動いた。一瞬の内に間合いを詰め渾身の一撃を放つ!だがそれを最小限
の動作でかわしたリサは、そのまま反動をつけ強烈な後ろ回し蹴りを放った。うねり
をあげて襲い掛かる狼の牙!しかし、それもエルの体を捕らえることはできず空を切る。
凄まじい攻防を目の当たりにして、瞬はイヤな想像をしていた。
(二人が戦う→どちらかが勝つ→チョコを食べさせられる→断る→こ、こ、こ、殺され
る!!!)
イヤな想像はさらに加速する。
(どちらかのチョコを食べる→もう一人が激怒→や、や、や、やっぱり殺される!!!)
あまり考えたくない結論に達した瞬は、本能の命令に忠実に従った。服が少々破れるこ
となど完全に無視してナイフを振り切ると、脱兎のごとく逃げ出したのであった。

「ハァハァ…。こ、ここまで逃げれば…。」
「しゅ、ん、ちゃ〜〜〜ん!」
「へ?グェ!!!」
突然背後から飛び蹴りを食らった瞬はニワトリを絞めたような声を発して4〜5mほど
吹っ飛んだ。さらに追い討ちとばかりに何かが身体の上に飛び乗ってきた。身体にやけ
に柔らかい感触を感じ、瞬は苦痛に顔を歪めながらゆっくりと目を開けた。
「メ、メロディ〜〜。まったく、ふざけるのも…!!!」
瞬の顔が一瞬のうちに凍り付く。自分の両足がメロディのそれにがっちりと押え込まれ
身動き一つ取れなかったのである。
「こ、これは!メロディ、こんなのどこで覚えたんだ!?」
「ふっふっふ、おねえちゃんに教えてもらいました。“マウントポジション”です〜。
これでしゅんちゃんは無力化しました〜。」
得意げにそう微笑むとメロディは懐からなにやら取り出した。それを見て引きつった笑
みを浮かべる瞬。
「メ、メロディ、それ何?」
「ふみぃ〜、ちょこれーとです〜。てづくりなの〜。」
確かにそれはチョコレートであった、ほんの三十分ほど前までは。今、メロディが手に
している半分消し炭と化したドス黒い物体をチョコとよぶことはこの上なく背徳的な行
為のように瞬には思えた。
「…で、その消し…もとい、チョコをどうするのかなぁ?」
その問いに大きな瞳を二、三度パチクリとしたメロディはさも当然のように、
「しゅんちゃんにたべてもらいますぅ〜。」
「ひぇぇぇぇぇぇ!やっぱり!」
「ふっふっふっ、さあ、ねんぐのおさめどき、ですぅ〜。」
「うわ〜!やめて!お願い!!誰か助けて〜!!!」
「む、だ、で、す。だれもこな、はにゃ!ムググ、ムグ〜〜〜!」
メロディの手作りチョコレート(?)が今まさに瞬の口に押し付けられようとした瞬間
メロディの口に一枚のハンカチが押し当てられた。両手をジタバタさせて必死に抵抗す
るメロディ。しかし五秒もするとトロンとした目になり、恍惚の表情でその場に悶絶し
てしまった。そして背後から現れた救世主、それは…。
「シェリル!!ああ…助かった〜。でもメロディに何を嗅がせたんだ?」
「またたびです。これでしばらくは大丈夫です。さあ、こちらです。」
「え?ああ、うん…。」
いつになく強引なシェリルに多少の不信感を抱きながらも、素直に従う瞬。そして二人
の向かった先は…、
「…なあ、なんでこんなに薄暗い裏道を逃げるんだい?」
「うふふ…。」
返事の代わりに返ってきた妖しげな笑い声。瞬は背筋が寒くなるのを感じ、またもや本
能の命令に従うことにした。
「じ、じゃあ俺行くから。さっきはありがとね。」
そう言って背をむけた瞬は全速力で駆出そうとした。しかしそれを遮るようにシェリル
は瞬を背中から抱きしめた。
「ひ!!な、なにするんだよ!?」
「うふふ…。この雰囲気、ぞくぞくしますね…。」
「へ?」
「こんな雰囲気の中、二人は出会ったのです。身分の違う、結ばれぬ運命を背負った二
人が。そして二人は許されぬ愛の逃避行へと身を投じていく…ああ、素敵…。」
「あの〜、もしもし?」
完全に別の世界の住人になってしまったシェリルは瞬の言葉を完全に黙殺し、瞬の首筋
に唇を近づけ、甘い吐息を吹きかけた。
「ひゃああああああああ!!」
「ふふふ…。ねえ瞬、二人の運命を決定づけた物って何かわかる?」
「へ?あ、え〜と………も、もしかしてチョコレート、じゃないよ、ね?」
「ふふ、あ・た・り。私たちも旅立ちましょう。チョコレート持ってるの。ふふ、ただ
のチョコじゃないわ、いわば禁断の果実よ。ふふ、素敵…。」
そう言ってまたも吐息を吹きかけるシェリル。
「うっひゃあああああああああ!!」
「さあ、旅立ちましょう、遠い遠い愛の国へ…。」
「うっわ〜!離せ、いや、お願い離して〜〜〜〜(泣)」
「ふふ、無駄ですよ。誰も邪魔はできない、愛する二人を…。」
とその時、一人の少女の声が高らかに響き渡った。
「ボクのこの手が光って唸る、友を救えと輝き叫ぶ!!」
声と共に人影が跳躍した。そしてご丁寧に空中で三秒ほど静止して、おまけに効果音
までなり響いた。
「いくよ!必ぃぃぃぃぃぃ殺!!!」
殺してどうする。
「トリィィィィィィシャ、チョッッッップ!!!!」
眩い光を放つ右手刀がシェリルの首筋に45°の角度で叩き込まれた。「あっ…。」
と声を漏らし瞬の体から離れ、地面に横たわるシェリル。この時、瞬にとっては無意味
にポーズを決めているトリーシャが女神様のように見えたであろう。
「おお!トリーシャ!心の友よ!!」
「瞬さん、ごめんね…。」
「…突っ込めよ…。」
「??とにかく逃げて!!」
「一体どうしたってんだ?今日はなんかみんなおかしいんだ。」
瞬のその言葉にトリーシャは目を伏せ、おずおずと口を開いた。
「ボクとローラがいけないんだ…。バレンタインの事みんなに話したから…。そしたら
いつのまにかチョコを食べた男の子は女の子の言う事きかなきゃならないっていうのに
すり変わってて…。」
「!?…そうか…。ま、噂ってのは尾ひれがつくもんだしな。」
「ボク、どうしよう…。本当にゴメンナサイ!!」
そう言って深く頭を下げるトリーシャ。瞬はその頭を軽く撫でてやると、
「気にするな、お前のせいじゃないって。それに今日一日逃げ切ればいいんだしな。」
その言葉にトリーシャの顔も普段のそれに戻る。瞬は軽く微笑むと、
「じゃあ、俺逃げるから…。」
「うん、気を付けてね。」
「ああ、じゃあな。生きていたらまた会おう。」
そう言い残し瞬はその場から駆出していった。


ドン!!!
「キャア!」
「うわ!す、すみません!!」
路地裏から突然飛び出した瞬は出会い頭に思い切り人を突き飛ばしてしまった。
か細い声、長く伸びた美しい髪、エンフィールドきっての箱入り娘、シーラであった。
「わあああ、ご、ごめんシーラ!」
シーラを起き上がらせるべく駆け寄った瞬であったが、思わず投げ出された白く細い足
に目を奪われてしまう。二秒ほど沈黙した後、ハッとなって顔を背ける瞬。
「ご、ご、ご、ごめん!あの、その…。」
「…瞬君。」
「は、はい(裏声)。」
「これ、受け取ってくれますか?」
そう言ってシーラは起き上がりもせず瞬に可愛くラッピングされた小箱を差し出した。
「……も、もしかしてチョコレート?」
「…うん。」
顔を赤らめて小さく頷くシーラ。だが瞬はバツが悪そうに頭をかくと、
「あ、あの悪いけどこれはちょっと…って、おい!」
瞬が声を張り上げたのも無理はない。なんとシーラはゆっくりとストールを肩から外す
と、上着の第一ボタンに手をかけたのである。
「お、おい!何やってんだよ!?」
「だって、瞬君受けとってくれないんだもん…。」
頬をほのかに、いやかなり赤く染めてつぶやくシーラ。おまけに心なしか酒臭い。
「シ、シーラ、これって中に何か入ってるのかなぁ?」
「ブランデーが入ってるの。大丈夫、味見しながら作ったけど酔いはしなかったから…。」
そう言いながら第一ボタンを外すシーラ。
「思いっきり酔ってるやんけ!しかも何故脱ぐ!?」
「だって、瞬君ったら“お前にはもう飽きた”なんていうんだもん。こうするしかない
じゃない…。」
「言ってな〜〜〜〜〜い!!!!」
だがそんな叫びを完全に無視して、シーラは第二ボタンに手をかけると流し目で瞬を見
つめた。
「瞬君……。」
「う、う、うわあああああああああ!!」
瞬はそう叫ぶと、泣きながら(何故?)シーラに背を向けると全速力で駆出した。が、
「…タイムズ=ヴィスパー。」
シーラの何気ない一言が瞬の行動の自由を完全に奪い去った。
「あ!か、体が…。」
「ダ・メ、逃がさないわ。貴方は私のものよ…。」
そう言って千鳥足に瞬に近寄ると、瞬の髪と頬に軽く手を添えた。
「ウフフフ、瞬君って可愛い…。」
「いやあああああああああ!!!」
こだまする瞬の絶叫。と、その時、不意に激しい光の粒子が二人を包み込んだ。
「うわ!?な、何だ今度は?」
「もう動けるわよ瞬。魔法はかき消したから。」
そう言って現れた声の主、それは…、
「マ、マリア!!来てくれたのか!私、信じてたわ〜…って、その紫色の煙を噴出し
ている怪しげな小箱は…。」
「チョコレートだよ。」
「やっぱりぃぃぃぃ!」
「そんな事より…。」
マリアはそうつぶやくと、絶叫して白くなっている瞬からシーラへと視線を移すと軽く
睨み付けた。
「マリアのおもちゃに手をだすなんて良い度胸してんじゃん。」
「お、おもちゃ〜!?」
「あら、どういたしまして。でもあなたの玩具でいるより私のペットでいるほうが瞬君
にとって幸せじゃなくって?」
「ペ、ペット〜!?」
瞬を完全に無視して対事する二人。この時瞬には二人の可愛らしい少女が独占欲と妖艶
を司る女神に見えたことだろう。
「やるっていうの!」
「ま、遊んであげるわ。」
刹那、二人の回りの空気がうねりをあげ、所々で放電がはじまる。
「「我命じる風の精霊シルフよ…我が呼びかけに応じて今ここにその力を解放せよ…、
“ル・デルフィリア・ラー…”」」
流れるような魔法の詠唱が重なり、うねりをあげていた空気は徐々にその規模を増し、
ついには巨大な竜巻を形作った。瞬の全身に冷や汗が滝のように流れる。
「いっくぞ〜!!」
「いくわよ…。」
その瞬間、瞬はその場で回れ右をすると、両手で耳を覆いながら全速力で逃げ出した。
「「ヴォーテクス!!!!!」」
グオオオオオオオオ!!!
少女達の声と同時に耳をつんざくような激しい音を発しながら、二匹の風の竜が激突し
た。
ドカーーーーーン!!!
ガシャアアーーーーン!!!
「うわーーーーーーー!!!!」
響く悲鳴に吹き飛ぶ残骸。あたり一面はまさに阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。
(聞こえない!俺には聞こえないぞ!!何も起こっていない!!俺は見てないぞ!!!
アレフの魂の叫びが聞こえたような気もするけど空耳だ!!!そうに違いない!!!)
目をきつく閉じ、そんなことを考えながら必死に逃げる瞬。しかし竜の牙をかわすこと
はできても、尾撃まではかわすことはできなかった。突然突風が吹きつけたかと思うと、
ほんの半瞬で重力の鎖は引き千切られ、瞬の体は上空へ思いきり跳ね飛ばされた。
「うわぁぁぁぁぁ!!!」
まるで人にフッ、と吹かれたタンポポの綿毛のように空の散歩を心から楽しんだ瞬は、
(このまま世界の果てまでいけるかなぁ…)
などと、夢見ごこちに少しやばげなことをボンヤリと考えていた。しかし夢は覚めるも
の、竜の尾撃から逃れた瞬に重力の束縛が容赦無く襲いかかり、猛スピードで落下を始
めた。
「うひょおおおおおおお!!!」
ドガシャアアアアアアン!!!ドカーーーーーン!!!!!
天窓をぶち破り、テーブルとイスをなぎ倒し、一瞬にして粗大ゴミメイカーと化した瞬
が降り立った場所、それは……
「キャア!!…し、瞬!?あんたどっから入って来るのよ!?」
宿屋兼大衆食堂であり、そして瞬の仲間であるパティの家、サクラ亭であった。
製作者が見たら卒倒しそうなテーブルとイスの残骸の中からなんとか起き上がった瞬は
ホコリまみれになり、頭から出血しながらも意味不明にポーズを決めてみせた。
「私は瞬じゃない!天使だ!さあ、お嬢さんの願いを何でも聞いてあげましょう!!」
「………………死んで。」
「………………ふう、冗談はこれくらいにしようか。…ところで何してんだ?」
そう言って、エプロン姿で何やら作っていたパティの手元を覗き込む瞬。その刹那鼓膜
が破れるのではないか、というほどの高音の悲鳴がサクラ亭内にこだました。
「キャアアアアア!!見ちゃダメ!!!」
「ーーーーーーーーっ!!ど、どっからそんな声がでるんだよ!?」
そんな瞬の言葉を無視して、パティはそれを胸に抱きかかえるようにして瞬に背を向け
た。しかし、その動作も結局は無駄であった。瞬は信じられない、といった目でパティ
の背を見つめながら、たった今自分が見た物を何度も頭の中で思い描いていた。
黒くて、甘くて少しほろ苦くて、そして今日の騒動の原因…チョコレートである。しか
もチョコの上にはホワイトチョコレートで…
「お、俺の…名前!?」
「!!!…………。」
その言葉にパティは可哀相になるほど耳まで真っ赤になった。
「………。」
「………。」
二人の間を沈黙が支配し、外の喧燥だけがイヤに大きく聞こえていた。…たっぷり一分
ほど沈黙してから、瞬は思いきってその沈黙を破った。
「パティ、そ、それ…俺、に?」
「……………。」
「な、なあ、パティってば…うわ!!」
パティは突然振り向くといつもと同じ、どこか怒ったような顔で瞬を睨み付けた。
その両の瞳に真珠のような涙を一杯にためながら。
「何よ!悪い!?…文句、ある、の…?」
「そ、そんな文句なんて…。な、泣くコトないだろ…。」
初めて見たパティの涙と、女の子を泣かせてしまったという罪悪感にしどろもどろと
しながらも、瞬はさっきと同じ事を問わずにはいられなかった。
「あー、その、何だ…、それ、俺に?」
(バカ!!そんな訳ないでしょう!何であんたなんかに…。)
反射的にそんな言葉が口から出そうになり、パティはあわてて瞳をきつく閉じた。そし
て、
(ダメ!今日は、今だけは素直になるってきめたじゃない…。しっかりしなさい…。)
瞳から流れ落ちる滴を拭うと、パティは瞬に軽く微笑んでみせた。
「…うん、これ、瞬に……。」
「ありがとう、俺、すごく嬉しいよ…。食べてもいいかい?」
「うん…。」
よほど恥ずかしいのか、視線が合った瞬間目をそらしてしまうパティ。そんな可愛らし
いしぐさに照れくさくなった瞬は頬をかきながら差し出されたチョコを口へと運んだ。
「…どう?上手くできてる?」
「うん、おいしいよ。ありがとう、パティ…。」
「うん…。」
目の前のチョコレートが溶けて蒸発するのではないか、というほどにラブラブで熱々
モードに突入した瞬とパティ。しかしその二人の甘〜い時間は無慈悲で激しいカウベル
の音と六人の少女らの声によって終焉を迎えたのであった。
「あーーーー!!二人でなにやってんのよ!!!」(な、何って別に…)
「ふー!!パティちゃん、ずるいよ〜!!」(ず、ずるいといわれても…)
「瞬君…。」(そ、そんな目でみないで〜)
「そんな…せっかく作ったのに…。」(そんなこといわれても…)
「ボウヤ〜〜〜!!」(ナ、ナイフはしまえよ〜)
「瞬、お前食べちまったのか?」(拳を握るな〜!)
店内になだれ込んでくるや否や非難と不満の雨あられを浴びせ掛ける六人の少女達。
その剣幕を見て、パティはハッとなって不安げな表情で瞬を見つめた。
「もしかして、みんなに追いかけられてるから、やけっぱちになって私のチョコを
食べたの…?」
その言葉に瞬は大きく首を左右に振ると、真剣な眼差しでパティの瞳を見詰め返した。
「違う。俺は…俺はパティが、俺の為に作ってくれたチョコだから食べたんだ。」
「瞬…。」
見詰め合って目と目で通じ合う二人。傍観者の六人にとっては甚だ面白くない。
「ぶーぶー!」
「(聞こえていない)ほら、約束通り何でも言う事をきくぜ?」
その言葉に店内は水を打ったように静まり返り、瞬と他六人の少女達の計十四の瞳が
パティに集中する。
「え、あの、その…。」
目を伏せて顔を赤らめるパティ。そして軽く頷くと意を決したように口を開いた。
「…じ、じゃあ、わた、わた、私の…こ、こ、こ、恋…。」
「あああああああああああ!!!」
不意に素っ頓狂な叫び声を上げたマリアはポン、と手を叩くと何気なく恐ろしい事を
口にした。
「よく考えればこれって別に“先着一名様限り”ってワケじゃないよね?」
「「「「「あ、なるほど。そう言えば。」」」」」
五人の少女達の声が見事に重なる。
「あ、なるほど、ぢゃなーーーーーい!!!」
だが瞬の悲痛な叫びも、、もはや六人の少女には届いていない。六人はそれぞれ口元に
軽く笑みを浮かべると、ジリジリと瞬に近づき始めた。
(ひ、ひょっとして人生最大のピンチってやつですか〜?)
その刹那、瞬の脳裏にある言葉が浮かんだ。それは…
「逃っげろーーーーーー!!!」
三十六計逃げるにしかず、というヤツである。叫ぶや否やパティの腕を掴んだ瞬は裏口
から外へと飛び出した。
「ち、ちょっと!何で私まで!?」
「いいじゃないか!天気も良いし、散歩がてら少し走ろう!旅は道連れ世は情け、袖振
りあうも多生の縁だ!!」
「ワケわかんないこと言わないでよ。」
そんな事を言いながらも口元をほころばせるパティに、瞬はいたずらっぽく微笑むと、
「そーいえばさっきのお願いの続きって何〜?」
「!!………バカ。」
再び頬を赤く染めてうつむくパティ。瞬はいきなり立ち止まるとその横顔に自分の顔を
近づけると頬に軽く口づけをした。
「!…………。」
「……………。」
そして再び見詰め合い、目と目で通じ合う二人。
「こら〜!待ちなさいよ〜〜!!」
背後から投げかけられたマリアの声に苦笑いを浮かべると瞬はパティの手を優しく握り
しめた。
「どこまで逃げようか?」
「そうね…。」
少し考える素振りをみせ、そしてパティ照れくさそうに口を開いた。
「二人の世界まで、なんてどうかな?」
「いいね、悪くない。」
瞬はそう言って微笑むと、もう一度パティの頬に口づけし、そしてつぶやいた。
「好きだよ。」と。
<おしまい>



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