中央改札 悠久鉄道 交響曲 感想 交響曲

「運命と哀しすぎる予感」 式部瞬  (MAIL)
朝靄に煙るさくら通り。
慣れない早起きに目をこすりながら歩いても、その姿は見つからない。
陽光が柔らかな公園
子供達の歓声を聞きながら振り向いても、その姿は見つからない。
茜色燃える砂浜
一筋の足跡しか残らない波打ち際で膝を抱えても、その姿は見つからない。

悠久幻想曲アンソロジー
「運命と哀しすぎる予感」

そしてまた夜が訪れる。
夜は恐い。
夜明けも恐い。
夜を待つたびに、夜明けを越えるごとに、自分の中の大切な人の面影が薄れて、霧のように拡散
し、少しづつ消えていってしまうのではないか、そんな観念に襲われる。

あれから、一番大切な人が消えてしまった時と同じ季節を、今度は独りで感じている。

いろいろなものが、変わってしまった。
人々はとどまることなく、自らが選んだ海に船を出し、吹き付ける嵐にも負けず、必死に舵を
とり南向きの帆を満帆に立てて風を待っている。
まるで、自分だけこの世界に取り残されたようだった。
体も心も少しづつ成長し、自分自身が変わってゆく…それが何より恐かった。
忘れて、捨てて、なかったことにして、新しい世界に生きる…考えたくもなかった。
自分だけは、あの頃のままでいたい。
だから子供っぽいこの髪型も、「いい加減直せ」と笑われる一人称も変えない。
大切な人が覚えていてくれそうな自分。
それを変えさえしなければ、きっとまた逢える。
きっと、見つけてくれる。
それこそが、大切な人との「絆」だと思ったから。
だから、あの時のままで、ずっと待っていた。

そして今日も、暗い部屋のベッドの片隅で、膝を抱えたまま、待ち続けている…。
深淵な夜空に真円を描く月の蒼い光が、少女の青白い頬をさらに蒼く染める。
重い瞼が、静かに閉じられる。
それは睡眠、というより憔悴しきった体に頭が危険を感じ無理矢理に休息をとらせている、
そんな痛々しい眠りだった。
微動だにせず、寝息すら立てず、少女は深い悲しみの海に沈むかのような惰眠に身を浸す。
そして程なくして、少女は夢の世界に佇んでいた。

果てしなく広がる白い世界。
空も大地も感じられない。
自分以外の誰もいない。
最愛の人の名を呼ぼうとしたが、口唇が動かない。
口唇どころか、自分の体が本当にここに存在しているのかどうかさえ、はっきりしない。
まるで力無く広大な海にふわふわ浮かんでいるような、沈んでいくような、そんな不思議な
感覚だけが、この世界での唯一の自己認識の手がかりだった。
と、その時自分以外の誰かがこの世界に存在している、そんな感覚が意識に流れ込んできた。
「誰?」
声になったかどうかは定かではないが、とりあえずそう呟く。
「ロクサーヌと言います。ご存じですか?」
蒼い髪で穏やかな笑みを湛えた青年…なのかは定かではなかった。
中世的なイメージを与えるロクサーヌに、マリアは興味ない、といったふうに答える。
「知らない。」
「はは、はっきり言いますね。」
「何?」
「瞬くんは…。」
「!!何!?あなた瞬を知ってるの?ねえ!?」
まくし立てるマリアに、ロクサーヌは穏やかに伝える。
「彼はあるべき空の下に戻りました。」
「あるべき、空の、下?」
一言一言確かめるように呟く。しかし、意味はさっぱり理解できない。
「そう、彼はもともとこちらの世界の人間ではないのですよ。」
「どういう、意味?」
その問いに答えることなく、ロクサーヌは手にしていたリュートで和音を奏でた。
「…?」
「昔話をしましょう。昔、200年以上前、一人の青年が奇跡と偶然の果てに異世界へと降り立ち
ました。青年は帰趨を望み、仲間を募り、その方法を求めて旅にでました。」
「そんなことどうでもいいわ!ねえ、瞬は…。」
「そして長く苦しい旅の末にその方法を見つけた。しかし、青年はこの世界に新たな「絆」を刻ん
でしまった。苦楽を共にした仲間と、誰よりも愛しい少女という絆を…。」
「……。」
「青年は、今までの苦労を無に返してでもこの世界にとどまろうと考えた。しかし、それは許され
ないことだったのです。」
「何で…?」
「彼は、本来あるべき世界から突然消えて、この世界に来てしまった。それはつまり、彼が生きる
「向こうの世界」と言う時の時計から「彼」という部品が不意に外れてしまったことを意味してい
るのです。」
「……。」
「些細な狂いは、いつしか大きな狂いを生じさせてしまう。彼がこちらの世界にとどまる代償とし
て、彼があるべき世界は確実に乱調と崩壊の序曲を聴くことになってしまう。だから、ですよ。」
「………。運命、だというの?…。…し、瞬、も…?」
「ええ、だから、彼も向こうの世界へと帰ったのです。時を司る神が作り出した神器の力を借りて。
まあ、それは些細な偶然ではありましたが。遅かれ早かれこうなることは避けられなかったのですよ。」
「そ、そんな…。そんなのって…。じゃあ、こっちの世界での絆はどうなるの!?」
「………。」
「何とかいいなさいよ…。」
再び和音を奏でロクサーヌが呟く。
「……。ただ…。」
「ただ…?」
「奇跡は起こらないから奇跡と呼ぶ…人はよくそんなことを口にします。しかしそれは違う。
奇跡とは決して起こらないものではないのです。起こそうとした者だけに、奇跡とはその姿を
見せるのですよ。」
「…よく、解らない…。」
「今はそれで結構ですよ。さて、マリアさん。…瞬君に逢いたいですか?」
「!?そ、そんなの当たり前でしょ!!」
「例え、出逢うことであなたの心にもっと大きな痕を残す結果になるとしても、ですか?」
「え…?」
「瞬君の住む世界に、いつ、どのようなかは解りませんが確実に不協和音が響き渡ることになる
でしょう。せれでもあなたは彼に逢いたいのですか?」
「……。」
「邂逅の先には深い悲しみの海が続いているだけかも知れません。それでも逢いたいですか?」
何をいいたいのか、この時点でマリアに理解しろというのは酷な話だった。
瞬に逢えるかもしれない…待ってるだけの消極的な日々と比べ、それはどれほどマリアの心を
揺さぶったか、想像に難くない。故に、次の一言は今までのマリアの心に負った傷の深さを如実
に表していた。
「逢いたいよ。それに、今以上の悲しみなんて、ないから……。だから、逢いたい。逢って連れ
戻したいの!」
「世界を破壊してしまう覚悟で、向こうの世界での瞬君の絆を否定して、そこまでしてでも瞬君
に逢いたいのですね?」
「…自分勝手、嫌な女…。だけどもう限界なの…。空がなければ鳥は飛べない。海がなければ魚
は死んでしまう。……瞬がいないと、もう、ダメなの…。」
「そうですか…。ではお行きなさい。あなたが奇跡を起こせる人でありますように…。」
「ありがとう。」
言葉を紡ぐと同時に、マリアは瞳を閉じた。
世界が急速に、遠のいてゆく…。

目を覚ました時、月はまだその姿を夜空に浮かべていた。
月明かりに混じり、部屋の中をアクアマリンのような淡い水色の光が照らしていた。
ふらふらとベッドから起きあがり、マリアはその光へと近づく。
そして、装飾の宝石が一つ欠けた、あの鏡を胸に抱く。
瞬をあるべき空の元へと帰趨させた、時の神が残せし神器。
溢れんばかりの光の奔流を胸に強く抱きしめ、最愛の人の名を静かに紡ぐ…。
「…瞬…。」
その瞬間、この世界から「マリア=ショート」という存在は消えてなくなっていた。



最近、何か違和感のようなものを感じることが多くなった。
それは日常に打ち込まれた「幻想」という楔(クサビ)なのか。

「おい冬弥、ライブって再来週の日曜だっけか?。」
例えば日曜日、親友の冬弥とバンドの練習に行く途中。
「おう、またド派手なツインギターで観客と対バンの連中を飲み込んでやろうぜ。」
自分自身すら知らない言葉がふと零れ落ちる。
「そう言えば、シーラもローレンシュタインで…??」
そして、違和感が生じる。
「はあ?何言ってんだ、お前?何の話だよ、一体。」

「ねえ、ご飯食べてから行こーよ。」
例えば土曜の午後、幼なじみの京華の買い物に付き合うため訪れた街。
「いいぜ、今日は…そうだな。」
自分自身すら知らない言葉がふと零れ落ちる。
「さくら亭で日替わりランチでも…??」
そして、違和感が生じる。
「え?そんな名前のお店知らないわよ?新しく見つけたの?」

「お〜い春霞、たまにゃ一緒に帰ろうぜ〜。」
例えば放課後、友人を誘っての帰宅途中。
「うん…。あ、あれ?瞬君、左腕にそんなに大きな切り傷なんてあったっけ?」
自分自身すら知らない言葉がふと零れ落ちる。
「ん?シャドウの野郎とやり合った時の傷かな…??」
そして、違和感が生じる。
「え…?しゃ…どう??と、とにかく喧嘩は危ないよ…。」

何故だろう。聞いたことのない言葉、知らない言葉、だけど、何故か懐かしい響きの言葉。
それらが不意にこぼれ落ちては、小さな痕を残して行く。
日常が取り戻されていくような、侵食されて行くような…。
嬉しいような、苛立つような…。
そしてその不思議な感じは、あの指輪を再び目にした時、洪水のように俺の心を飲み込んだ。
「何で、何でこんな見たこともない指輪が懐かしくかんじるんだ!?婚約指輪だと!?何々だ、
畜生!!」
訳が分からないことへの不安と苛立ちが爆発し、俺は乱暴にその指輪を投げつけた。
硬質な音を残して指輪は部屋の、見えない場所へと転がっていく。
それで少しは気が晴れるはずだった。
だけど、残ったのは、刺すような胸の痛みだけだった…。

「な、何?ここ…。」
目を開けたマリアは、唖然としてそう呟いた。
太陽まで届くのではないか、と錯覚するほどに高い無機質な建物。
黒煙をまき散らしながら猛スピードで疾走する原色の物体。
精霊の息吹を少しも感じられない、灰色の風景。
珍妙で無個性な服を纏い、没個性的な顔で自分を見やる人々。
何もかもが、マリアにとっては初めてのものであった。
しかし、それらは決して彼女の好奇心を煽るような代物ではなく、むしろ未知のものへの恐怖と
不安が募るばかりであった。
(何だろう…なんか、ここ凄く嫌…)
思いながら胸に強く抱いた神器を見やる。
朱に続き青い宝石がはまっていたであろう箇所には喪失感だけが残されているだけであった。
(来たんだ…ここが、瞬のいる世界なんだ…)
そう実感するにつれ、胸の中の不安や恐怖が少しづつ消えていく。
そして、不意にロクサーヌの言葉が脳裏によぎる。
(あなたが奇跡を起こせる人でありますように…)
(そうだ…探さなきゃ!奇跡を…起こさなきゃ…)
「あ、あの!」
自分を取り囲むように佇む人壁に声を投げかける。
「瞬…式部瞬って言う人を知りませんか!?」
だが、人壁は何も答えない。
ひそひそと陰口をたたき、ときおりクスクスと嫌らしい笑みを零す。
「ど、どなたか知りませんか!?」
必死になればなるほど、人々は嘲笑し、卑しい言葉を吐き出す。
だがそんなことにも気が付かず、いや、気が付く余裕もなくマリアは同じ言葉を繰り返す。
と、その時
「おい、キミ!」
妙に格式ばった服に身を包んだ中年の男が胡散臭そうな瞳でマリアに話しかけた。
「え?」
「迷子かい?」
「だ、誰?」
「誰って…みての通り警察だよ。」
「ケイサツ?」
その言葉に、不振な点を見いだしたのか警官の目の色が変わる。
「…キミ、お家はどこ?お父さんとお母さんの名前は?」
「え?え?」
「パスポートは持ってるんだろうね?」
「パスポート?な、何それ?」
「…ちょっと、署まで来てもらおうか…。」
そう呟くと警官は高圧的な瞳でマリアの腕を掴もうとした。
が、それより一瞬早くマリアは身を引く。
「大人しくしないか!!」
「な、何よアンタ!!偉そうに!!眠っちゃえ!!」
左手に鏡を抱えたまま、右手だけで印をきる。
…が。
「…何のおまじないだい、それは?」
付き合っていられない、と言った感じの嘲笑と共に再び警官の腕が伸びてくる。
「な、何で!?何で魔法が使えないの!?」
「魔法、ね…。こんな子供が、まさか運び人じゃないだろうな…。とにかく来なさい。」
「や、放してよ!放せぇ!!」
ガン!!
「ぐっ!!」
鈍い音に警官の嗚咽が混じる。
振り上げた足がたまたま警官の股間に直撃したのだった。
(に、逃げなきゃ!!)
マリアは警官の腕を思い切り振り切ると、その場から一心不乱に駆けだした。
「こ、こら!!待たないか!!」
背中に浴びせかけられる警官の怒号に耳を塞ぎながら、ただひたすら走る。
奇異の目でみる人壁を突き破って、道行く人にぶつかってフラつきながら、それでも足だけは
止めない。
(恐いよ、瞬…。どこに、どこにいるの…?)
が、その問いに答えが返ってくることがないということは、マリア自身が一番よくわかっていた。

どれだけ走ったか、気が付いた時には景色は一変していた。
無機質な高層の建物群が遮っていた茜色が驚くほどの奔流となって降り注ぎ、それを受けて閑静な
住宅街を一色に染め上げている。夢中で走っているうちに、大分郊外へと来てしまっていたようだ。
「はぁはぁ…。」
息も絶え絶えに、それでも足だけは休めない。
もう止まって、独りで待ち続けるのは嫌だった。
これだけ広い街で、あれだけ多くの人々の中で瞬を探す。
そんなの、本当に「奇跡」に近いと思う。だけど自分はその紛れもない「奇跡」を起こしにきたの
だ。だから、歩みを止めている暇なんて一時だってない。
「行かなきゃ…。」
呟き、ふらふらと茜さす並木道を下っていく。
時折道行く人が、自分を見つけては瞳に奇異の色を湛え、ひそひそと話す言葉が微かに聞こえる。
それらは、珍妙な服装と、そして何より夕日にキラキラとたなびくマリアの金髪に向けられたもの
であったが、それらはまるで「叶う筈のない願いにすがっている」様を嘲笑されているようで、マ
リアは両手で耳を塞いだ。そして駆け出す。それが、今のマリアにできる唯一の抵抗だった。
やがて、夕焼けも消え失せ宵闇の帳が降りる。
全てを飲み込んでしまうような闇から逃げるように、光を頼りに知らない道をトボトボと歩く。
体も心も憔悴しきっていたし、ひどい空腹で目が回りそうだった。
と、ふと一際明るい光を瞳の端に止まった。
それは小綺麗で洒落た感じの喫茶店だった。
ショーウィンドゥに華やかに並べられた見本の料理。それらはとても精巧に作られていて、マリア
の食欲をしたたかに刺激する。と、不意に胃が催促の声を上げた。
「あはは…。」
思わずマリアは力なく笑みを零した。
どんなに憔悴しきっていたとしても、食欲が有るうちはまだ大丈夫だ。そう思ったから。
関係あるかないか、今のマリアには知る由もなかったが、たったそれだけのことで自分はまだ絶望
に身を委ねてしまったわけではない、と感じられるのが何よりも嬉しかった。
「お腹、減ったなぁ…。」
呟き、スカートのポケットから小さな小銭入れを取り出し中を確認する。
さくら亭でさえ食事をするには満たない程度の小銭しか入っていない。
第一、 全く見知らぬ世界で、エンフィールドの通貨が使用できるかどうかは甚だ疑わしい。
こんな時、改めて自分は異世界の住人なんだ、という現実を突きつけられる。
「はぁ…。」
「ねえ、あなた?」
「ひゃ!?」
ショーウィンドゥに目を奪われていたマリアは、突然の背後からの呼びかけにヘナヘナと尻もちを
ついてしまった。
「ち、ちょっと大丈夫?」
そのまま声の主を見上げる。
買い物袋を抱えた、ショートボブの少女がその理知的な雰囲気にそぐわない慌てた顔でマリアを
見下ろしていた。
「え?あ…大丈夫…。」
「あなたお客さん?だったらそろそろお店に入らないと、もうラストオーダーの時間近いよ?」
「え?…う、うん…。」
「ほら、こんなとこに座ってないで。中入りなよ。」
そう呟いて少女は軽く微笑むと、戸惑うマリアを促し、入り口へと導いた。
ウィィィィン…
「わあ!?」
「な、何?どうかした?」
「ま、窓が勝手に開いた…。」
マリアのその言葉に少女は一瞬きょとん、とし、その言葉の理解するのにもう一瞬程時間を要した。
「あはは、窓じゃなくて自動ドアよ。あなたの国にはなかったのね。」
「え?う、うん…初めて見た。」
そんなマリアに少女は屈託のない微笑みを向け、
「そこ座って。メニュー決まったら言ってね。」
と軽くウィンクをして、マリアの脇を抜けて厨房へと入っていった。
言われるままに、指名されたテーブルについたマリアはメニューを開くわけでもなく、ただひたす
らオドオドと店内を見回していた。と、そんなマリアの仕草に気が付いたのか、
「どうしたの?こんなお店も初めて?」
「ううん、違う…。このお店の人だったんだ…。」
「ええ、そうよ。私、京華。あなたは?」
「マリア…。」
「ふ〜ん、日本語上手だね。」
「え?ニホンゴ?」
「そう、日本語。もしかして子供の頃からここにすんでたの?」
「え?…あ、うん…。」
何のことかさっぱり解らなかったが、とりあえず頷いておくことにした。
そんなマリアの思いに気が付いたのか、そうでないかは不明だが、京華はそれ以上何かをマリアに
追求することはなく、可愛らしい桃色のエプロンを羽織り、冷や水をマリアに前に置いた。
「で、ご注文は?」
「……。」
「どうしたの?」
「ご、ごめんなさい…マリア、お金持ってないから…。」
消え入りそうにそう呟き、イスから立ち上がる。しかし、その肩を京華は優しく押さえ、再びイス
に座らせてしまう。
「でもお腹空いてるんでしょ?」
「う、うん…。」
「カルボナーラでいい?私の得意料理よ。」
「でも、お金…。」
「いいの!」
ビシッ!と一差し指を立ててマリアの鼻の前に突き立てる京華。
「お友達に自分の料理の腕前を見せびらかしたいだけ。」
そして、ニッと微笑んでみせる。
「え、お友達?」
「そ、お友達。Friend。Do you understand?」
「え、え、あ、うん…。それなりに…。」
「あはは、やだ何よそれ!じゃ、待ってて、す〜ぐ作ってあげるから。」
「うん…。あ、あのぉ…。」
「何?」
「…できたら、大盛りで…。」
「……ぷっ。あはははは!!ケチ臭いこと言いなさんな。特盛りにしてあげるわよ。」
大笑いしながら京華は慣れた手つきでバンダナで髪をとめ、再び厨房へと消えていく。
程なくしてトントントントン、と小気味良い音が響き、次いでベーコンを炒める音が食欲をそそる
香ばしい匂いと共にマリアの鼻腔をくすぐる。
(不思議な人…)
それは京華に対する、マリアの素直な感想だった。
同じ「異世界の住人」のはずなのに、自分を奇異の目で見たりしない。
嫌らしい顔で嘲笑したり、酷いことを言うこともない。
昼間見た人々と全く違う。そしてそれはとても好意的にマリアの瞳には映ったのだった。

そしてしばらくして、テーブルの上には「これでもか!」と言う程にそれこそ山のように盛りつけ
られたカルボナーラが置かれることになるのであった。

「ご、ごちそう…様…。」
「だ、大丈夫?残しても良かったのに…。」
心配げに自分を見やる京華に、マリアはできる限りの最大限の笑みを返す。
「ううん、凄くおいしかったから。さくら亭のと良い勝負だった。」
何気ない、マリアのその一言に京華の形の良い眉が微かに反応した。
「ねえねえ、さくら亭ってどこにあるの?」
「え…?あ、あの…。」
答えられる訳がない。何より、説明したところで信じてもらえるはずもないのだ。
押し黙るマリア。と、その理由を勘違いしてか、京華が子供のように駄々をこねる。
「教えてよ〜。私、食べ歩きするのが趣味なのよ〜。」
「で、でも…遠いトコだから…。」
「も〜、あなたもそうやってはぐらかすのね。私の友達もそうやって誤魔化すしぃ。」
何気ない、本当に何気ない京華の言葉。
ともすれば世間話として簡単に聞き流してしまいそうな、言葉。
…さくら亭を知っている友達…。
その言葉を心の中で反芻する。その回数に比例して、胸が激しく鼓動する。
口唇が渇き、しゃべろうにも、声が上手く発せられない。
「どうしたの?」
異変に気が付き、京華が問う。
だがマリアの口から発せられたのは、それに対する返答ではなかった。
「し、瞬……?」
「え!?な、なんで名前解っちゃうの??」
「!!やっぱり…こんなのって……奇跡だよ。奇跡!!」
「な、何のこと??」
「お願い!!瞬に逢わせて!!」
「え、あなた瞬の知り合いなの?」
「知り合いだよ!!探してたの、ずっと探してたの!!だから、お願い!!」
「い、今から!?」
「すぐ、逢いたいの!!」
我を忘れていた。
瞬に逢える。
それはつまり、奇跡が起こったことに他ならない。
もう独りで泣かなくてもいい。
泣いたとしても、涙を拭ってくれる人がいてくれる。
また同じ時を生きて、同じ想いを共有して、沢山の思いでを「絆」というカタチで残せる。
そんな想いがマリアの心に、少しの隙間も内ほどに満ちあふれていた。

だから、少しも考えなかった。
奇跡って、簡単に起こるものじゃない、ということを。

「誰だ、お前?」

悲しみ、苦しみ、絶望の果てに邂逅した、最愛の青年の一言は、崩壊寸前でそれでもどうにか
小さな小さな希望を頼りに今日まで保ってこれていた少女の心を、あたかも浜辺の砂城に打ち付け
る波のように、いともたやすく飲み込み、粉々に破壊したのだった…。

続く

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