中央改札 悠久鉄道 交響曲 感想 交響曲

「続々・闇の逸品食べます」 たかやま  (MAIL)
それはある日の午後に起こった。

その日、あなたは例によって慣れた仕事を終えて、
これまた例によって遅いランチタイムにさくら亭へと足を向けた。

「いらっしゃいませ、さくら亭へようこそ」
これまた例によってパティが最上級の笑顔で出迎えてくれる。
「パティ、良いことでもあったの?」
「あなたが来てくれたじゃない」
(あなた!今まであんたと呼ばれていたのがあなた)
すでに何回も呼ばれていたが、いまだに慣れることは出来なかった。

「そう言ってくれると嬉しいなぁ」
「安心してシーラがいるのは分かっているから」
「あうあう」
前もって釘を刺しておくパティ。もっとも、二股かける気はないが。
どうも一ヶ月半ほど前にさくら亭の前で倒れ、アレフにジョートショップまで
連れて帰ってもらってから、さらに優しくなった。

「今日の日替わりは何かな?」
「さくら亭オリジナルジャーマニアオムレツよ」
ジャーマニア地方名産のベーコンとジャガイモの炒め物を
卵でくるんだケチャップと相性のいい品らしい。
「本当は麦酒と一緒に食べると美味しいらしいけど」
「昼間からお酒は飲めないからなぁ」
ひとしきり苦笑してパティに注文しようとしたとき、
店の入り口から新しい客が入ってきた。

「いらっしゃいま、アリサさん」
「こんにちは、パティちゃん」
「こんにちわッス」
アリサがテディとともに入ってきた。
それだけで店の空気が綺麗になった気がするのは、
あなたが事情を知っているからだろうか?

「どうされたんですか?アリサさん。何か急な仕事でも」
「いいえ、パティちゃんのお父さんに少しお料理を教えてもらうのよ」
アリサは軽く手を振ると、パティにお父さんは厨房かしら?と訊ねた。
「ええ、そうですよ。お父さ〜ん、アリサさんが来られたわよ」
厨房の奥にパティが呼びかける。
「やあ、ようこそ」
手をエプロンで拭きながら親父さんは出てきた。
「今日は無理をお願いしてしまいまして」
「いえいえ、こちらも娘がお世話になっていますから」
(それにあなたの店の従業員には良い実験台になってもらっていますから)
もちろん、あなたには親父さんの心の声は聞こえてこない。

「あ、そうだ。パティ」
「なに、お父さん」
「彼のオーダーはもう取ったかね?」
「ううん、まだだけど」
パティは水も出していないことに気付いて、
ゴメンと謝るとあなたの前に冷たい水の入ったコップを出した。

「それならちょうど良い。これから出来る料理を食べないかね?」
「え、それではお店の利益が」
「なに、料理は作るのに関与していない人間が食べた方が
 正確な評価を下せるんだよ」
確かに作っていると、ここは上手くいかなかったから仕方がない、
とかの言い訳が入って正確な評価は下せない。
「良かったら私からもお願いするわ」
「アリサさんまで頼まれるんなら、喜んで引き受けますよ」
「そう、ありがとう。それじゃあ、テディを預かって貰えるかしら」
そう言って、肩の上に乗っているテディに目を向けた。
「あ、はい。分かりました。テディ、こっちに来い」
「了解ッス」
テディは自分に伸ばされたあなたの手に飛び乗った。

「それじゃあ、楽しみにしていますね」
「あまり期待しないでね。初めて作る料理だから」
「大丈夫だ。俺がついているし、素材も厳選して用意してある」
親父さんは胸を叩いて豪語したが、横にいたパティは
少し真剣な表情で考え込んだ。
(それが心配なんじゃない。でも、作るのはアリサさんだから心配しなくてもいっか)
もちろんの事ながら、あなたにはパティの心の悩みは聞こえない。
こうしてあなたは昼間の営業を終えたさくら亭でパティやテディと
話ながらアリサの料理が出来るのを待つことにした。
30分ほどで完成なので、空腹も我慢できないほどではない。

「はい、出来たわよ」
「おい、パティ。こっちに取りに来てくれ」
アリサさんの声に引き続き親父さんの声が聞こえてきた。
「は〜い」
パティが厨房に入ったかと思うと、大皿を両手に持って、
慎重にテーブルの上へと運んだ。
「エウロペチキンの満腹焼きだ」

エウロペチキンとはエウロペ地方が原産の鶏である。
その身は張りとコクがあり、煮ても焼いても美味しいのが特徴だ。
また、その卵も栄養価ではトップクラス。
その上に飼育が比較的簡単で値段も安定している。
どこの家庭の食卓でも多く見られる。

「普段のお食事や教会への差し入れにも使えそうなメニューを
 教えてもらえるようにお願いしたの」
さすがはアリサさんで、普段は作れないような食事は習わない。
「満腹焼きというのはなんですか?」
「中に色々な詰め物がしてあるんだよ」
親父さんの台詞に少しパティの表情が歪んだのだが、
あなたは当然ながら気付かなかった。
「さ、どうぞ」
アリサは丁寧に切り分けるとあなたのお皿に、
これまた綺麗に盛りつけて、ホースラディッシュとクレソンを付け合わせた。
「それではいただきます」
あなたは軽くアリサに手を合わせて、ナイフとフォークを持った。

「うん、これは美味しい」
あなたは鳥の皮の焼け具合の絶妙さに感心した。
焦げさせず、それでいて香ばしさを引き出している。
鶏肉自体も味が良く、噛むと肉汁が口の中に広がった。
中に詰まっている具も多彩で素晴らしい。
玉ねぎ、人参、セロリにキノコ類と鶏肉の内臓を炒め合わせて一晩寝かせたものだそうだ。

「サンドウィッチにしても美味しいよ」
あなたの素直な感想に親父さんは自慢げに説明した。
あなたはパクパクッと、瞬く間に食べてしまった。
「美味しかったです。御馳走様」
軽く手を合わせて、アリサと親父さんに感謝する。
「美味しくできて良かったわ」
アリサもホッと一安心したようだ。
あなたやアリサに見えない場所でパティもホッと安心しているのは、
やはりあなたやテディにも見えなかった。

「さあ、後片付けしましょう」
「あ、それならあたしが」
パティがアリサの盲目を気遣って、言葉を挟む。
ただでさえ、調理器具が多くて危険な厨房。
おまけにここは慣れた自分の家の台所ではない。
それに今回は使った道具が多くて、洗い物も当然ながら多い。
「大丈夫よ、パティちゃん」
そう言って微笑むと、アリサは厨房へと戻っていった。

「はい、これでも飲んで待っていなさい」
あなたの前に親父さんは紅茶を出してくれた。
「ありがとうございます」
あなたは紅茶を啜りながら親父さんに訊ねた。
「あのパテを使ったサンドウィッチは美味しそうですね」
「ああ、最高だとも」
「僕も食べたかったッス」
来る前に食事をしたテディは鶏肉の部分を少しもらっただけだった。
「大丈夫よ、テディ。またアリサさんが作ってくれるって」
「そうッスね。僕、待つッス。いつまでも待つッス」
パティの台詞にテディは拳を振り上げて自分の決意をあらわした。

「あのパテに洋梨のソースを混ぜても良さそうですね」
あなたは少しブランデーが入った紅茶を飲みながら、ゆったりとした気分で訊ねた。
「駄目駄目」
親父さんは両手を勢いよく振った。
「あれには洋梨のある成分と反応するキノコが入っている」
親父さんは分かっていないなぁ、と言いたげだった。
「ちなみに体内に入ると、体が麻痺して意識が遠退いて、やがては死に至ってしまう」
「なるほど。ところでこの紅茶から洋梨の香りがするんですけど」
「ああ、洋梨の皮をポッドに入れて香りを付けている」
ポッドの蓋を開けると洋梨の皮が入っていた。
「皮なら大丈夫なんですか?」
あなたは少し意識が遠のいてきた気がした。心なしか体の各所が重たい。
「まさか、全然駄目じゃよ。あ、飲ませてしまったね、すまんすまん」
「すまんすまんじゃないでしょ!!」
あなたの悲鳴は残念ながら声にならなかった。

(ああ、二度あることは三度目もあったか。
 あれ、こんな経験を前にも二度したのか?
 い、いかん。何を考えているのか自分でも分からなくなってきた。
 ごめん、シーラ。ここまでみたいだ。出来れば君に)
そこであなたの意識はフェードアウトした。

「起きなさい。やっぱり、疲れているのかしら」
アリサの声があなたの耳に響いた。
「う、う〜ん」
あなたは重たい頭を持ち上げた。
「大丈夫?」
アリサが水の入ったコップを差し出してくれた。

「はい。あれ、何でさくら亭で寝てるんだ?」
あなたはコップに口を付けながら考えた。
「あなたは私が洗い物している間にブランデー入りの紅茶を飲んで、
 酔って寝てしまったのよ」
アリサは少し呆れたような口調で言った。

「でも、少ししか入ってないはず」
「少しでも酔うときは酔うのよ。ねえ、テディ」
アリサはテディの方を見た。
「そうッスよ。僕を拾ってくれたご主人様もお酒に強かったのに、
 疲れていると、少しの酒量で寝てしまったッス」
テディを拾ったご主人様と言うのは、アリサの亡き夫のことである。
「そうね、そうだったわね」
遠くを見るアリサ。とても言葉を挟める雰囲気ではない。

「あなた、やっぱ疲れてんのよ」
パティの台詞に親父さんも頷く。
「これからは気を付けないと駄目ッス」
テディにまで言われれば世話はない。
「そうだね」
あなたは自分の体にもっと気をつけようと心に誓った。
「分かってくれればいいのよ。さ、帰りましょ」
パティと親父さんにお礼を言って店を出るアリサにあなたも続いた。

「あ、僕、少し行きたい場所があるッス」
テディはご主人様のアリサにお伺いを立てた。
「ええ、いいわよ。暗くなる前には帰って来るんですよ」
「うぃッス」
そう言って、テディは去っていった。
「さ、帰りましょ」
「はい」
あなたはアリサに左腕を掴ませると、彼女に気を配りながら
ゆっくりと安全な道を選んで歩き始めた。

「神様、僕の事を親友と言ってくれる人物を裏切った僕を許して欲しいッス」
テディはその足で教会に訪れると両手を組んで懺悔した。
「ご主人様を守るためには他に手段がなかったッス」

そう、あなたが倒れた後、急いでアリサを呼びに行こうとしたテディだが、
「この事をアリサさんが知ると彼女が傷つくぞ」
と親父さんに言われ立ち止まった。
「それにこの様子だと命は安心だ。記憶も飛ぶから大丈夫」
テディは何が大丈夫なのか分からなかったが、
アリサとあなたを天秤に載せた結果、アリサの精神衛生を取った。
幸い、濃く煎れた紅茶のタンニンが毒を中和したらしく、
あなたは命に別状がなかった。

「僕は、僕は僕は」
涙ながらに必死に懺悔するテディ。
それを物陰から見ていたアレフは
「テディ、お前もか」
と密かに呟いたとか。

その後、この料理は中のパテ部分を親父さんが「企業秘密」と言って
教えてくれなかったため、アリサが自分のオリジナルパテを作って詰めた。
その中には、あのキノコは含まれていなかった。

当然ながら、あなたはこの事を知ることは永久になかった。
その後、妙にさくら亭に行くと妙にオドオドするテディに疑問を抱きはしても。

おしまい。


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