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「闇の逸品食べます!番外編」 たかやま  (MAIL)
それはある日の午後のことであった。

「何してるの?」
5月の休日、さくら亭の隅の席に座っている
あなたの横に来たトリーシャが興味深そうに声をかけてきた。

「なに、暇だから書き物をね」
「へえ、何書いてるの?」
「エンフィールドに関する考察と言うところかな」
あなたはペンの尻で頬を掻きながら言った。

「なんでまた急にそんなことするかなぁ?」
「いや、普段さ、決まった形式の書類しか書いていないだろ」
「そうだね」
「だから、たまにはこういった物を書いて頭を使ってやらないとね」
「ふ〜ん」
トリーシャは少し考えてから、
「ねえ、ボク、横で見ていて良い?」
「構わないけど、面白くないぞ」
「全然、構わないよ」
そう言うと、トリーシャはパティに飲み物を頼んだ。

本来なら、このような長居の客は店にとっては歓迎できないはずだが、
なぜかパティも彼女の父親も見逃している。
その理由は、これを読んでいる皆様には説明する必要はないはずだ。

「それじゃあ、読み直した後に続きを書くか」
あなたは再び頭を書き物モードに切り換えた。

エンフィールドに関する考察。

エンフィールドは不思議な街だ。
と言っても、街の雰囲気ではない。

この街は周辺に村や街が無く、近くの街からでも馬車で数日かかる。
さらに街のすぐ側を流れるムーンリバーは、
季節を問わずに豊かな水量を擁しているが、
この街が河港として栄えた様子もない。
一部の商人が輸送に使用している程度だ。

近くに山岳部も広がり、多少の鉱物は採掘されているが、
鉱石採掘や鉱工業の街というわけでもない。
現に採掘された鉱石を加工する大規模な施設は存在しない。
エンフィールドに黒い煙を出す高い煙突がないのは、
この街に住む誰もが知っている。
つまり、鉱業や工業、商業的な価値で発展した街ではない。

では、農業主体なのか?
それも違う。実際に土質は悪くないが、
それだけで発展できるほど、特筆するものでもない。

では、林業だろうか?
なるほど、川が近くに流れ、森は豊かだ。
川下には商業都市もある。
しかし、森には人の手が入った形跡はあまりない。
実際に商業目的に間伐を行った形跡は見られなかった。

「ねえ、間伐って何?」
「樹木が密集していると、木の下の方に十分に日光が当たらないでしょ?」
「うん」
「それを防ぐために、育ちの悪い木を定期的に切り倒すんだ」
あなたはトリーシャが理解したのを確認して、視線を紙に落とした。

つまり、農業、工業、林業などで発展した街とは考えられない。
それでは、この街はどうしてここまで発展したのか?

ここでキーワードになるのが、街の各所に存在する王政時代の名残だ。
まずは先王朝時代の優美な姿を今も伝える旧王立図書館。
ここの蔵書は質と量、双方で下手な王国の王城にある書庫を上回る。
実際、自分の知る限り、ここ以上の蔵書を誇るのはエルビノスクの帝立図書館だろう。
もっとも、今では見る影もないと人伝に聞いているが。

「ねえ、他に何処の図書館を知っているの?」
「エルバニアの図書館なら大抵は行ったかな?」
「あ、エルバニアの出身だったんだ。初めて知ったよ」
「ま、まあね。あとはエンフィールドの北西のバスタ地方かな」
あなたは言葉を濁した。
(まあ、知られて困ることではないし)
そう思い、再び書き物に戻る。

その蔵書の中には王家の秘蔵本が見られる。
この事から、王家がこの図書館の建設に深く関わっていたことが推測される。
また、図書館の建築様式も王都にあるものと同じ事も注目に値する。
同時期に立てられた、地方の王立図書館は、
ここまでの建物や蔵書を有していない。
この事から、エンフィールドは王家にとって重要な街であったことが推測できる。
通常は、このような街は直轄領になっている。

リヴェティス劇場の規模も地方領主に建築出来るものではないので、
街の区画具合から考えても、王家の直轄領であったのだろう。
グラシオコロシアムの建築様式から推定できる年代も、
王家の最盛期と一意する。

「ねえ、建築様式とか詳しいね」
「ちょっとね。専門家ほどではないけど」
昔、近衛騎士の採用試験に必須科目で覚えたとは言えなかった。

もっとも、薬草学や紋章学、礼儀、剣術、体術、美術史、音楽史、
舞踊、魔術理論の構築と応用、初期医学は合格したが、
神学、応用医学、宮廷作法、上級語学で欠点を叩き出してしまった。
(教育に予算を付けない割りに厳しい内容だったな)
その後、ファイティングベアに配属されるのだが、それはまた別のお話。

では、王家は何を考えて、この街を直轄領にしたのか?
かっての王家がここを軍事上の要衝にしていないことは、
歴史が証明している。

先王朝が王都周辺の諸都市を要塞と化し、
王都防衛環状要塞都市群と宣言した都市に比べると、
天を突くかのような魔力集積塔の形跡もないし、
水の流れさえ遮る巨大な水門も設置されていない。

では、何故か?
ガス灯の存在や、自分が見た地下道水道の様子から考えると、
軍事上の便宜が他の同規模の街よりも優先されているのは、
誰の目にも明らかだが、目に見える場所に軍事色は感じられない。

そこで思い出すのが雷鳴山である。
この山は休眠中であるとは言え、歴とした火山である。
となると、温泉が出るのではないだろうか?

現在では温泉は出ていないようだが、
これは湯量がそれほど無かったためと思われる。
もしくは王家が末期に、地下水道を自由自在に移動する共和党右派に
対抗するために行ったと言われている
各種の地下工事や魔術儀式のために、
源泉から別方向に湯が流出した可能性もある。

すると、ここまでの謎が全て解ける。
各種産業の基盤が弱いのに、王家の設備が充実しており、
軍事上の要衝でもないのに、防衛拠点が整っている理由。
それは王家の避暑地であったからではないだろうか?
王家が戦場での傷や雑務の疲れを癒す場所として、ここを選んだのだ。

だから、娯楽の設備であるコロシアム、劇場、図書館、美術館などが、
この街に建設されたのだ。
さらに王家の子息が通うための学校が用意されていることから、
初期から計画的に避暑地として整備していたことが予想できる。

王家が来るなら、軍備も整える必要がある。
しかし、目に見える形で整えると、気が休まらない。

そこで妥協点として、実用と芸術性を兼ね備えた祈りと灯火の門、
そして、今は一部が街壁として利用されている外壁。
街の周りには、堀の代わりにムーンリバーを配しており、
さらに街の南には、天然の外壁と言えるローズレイクがある。
これなら少ない兵力での守備も可能だ。

最悪の場合は地下水道を使い、脱出も可能であったことも推測できる。
もっとも、皮肉にも王家の脱出口である複雑に入り組んだ地下水道は、
王家打倒を目指す共和制右派の重要な活動拠点になったが。

しかし、その王家も今はない。
確かにエンフィールドは王家の避暑地として始まったかもしれない。
しかし、王政が敷かれなくなってからの数十年でここまで発展したのは、
決して王家に依存しなかった街の人々の心意気と
王政時代の建物を闇雲に破壊するマネをしなかった英断、
そして、来る者を寛大な心で迎える街の人々の深く広い心の
結晶だと自分は思う。 そして、この街に住んでいる自分を心から誇りにしたいと思う。

「よし、と」
最後に自分のサインを入れて締めくくる。
「ふ〜ん、色々考えるものね」
気が付くとパティも覗き込んでいた。

「ボク、全然そんなこと考えなかったよ」
「そりゃあ、二人とも生まれたときからここに住んでいるからね」
あなたは冷め切った珈琲を口に含んだ。

「住んでいると意外と気付かないものさ」
「でもさぁ」
パティが言い辛そうな顔をした。
「なんだい?」
「カッセル爺さんに訊けば一発で答えが分かったんじゃない?」
あなたが何も答えられなかったのは言うまでもない。

その後、この論文をトリーシャが学校の課題に、
あなたとの共同研究成果として提出するのだが、
それはまた別のお話。
その事がばれて、彼女が先生から特別に倍量の課題をもらうのも
全然全く完全に別のお話である。

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