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「CYCLONE MUTANT」 輝風 龍矢  (MAIL)

The last song

第1章:CYCLONE MUTANT

 青年‥‥‥禅鎧がエンフィールドにたどり着くほんの1週間前、エンフィールドは突然の大嵐に遭遇していた。
 空は一面、どす黒い雨雲に覆われていて、昼でも明かりが必要なほどに薄暗く、一番見晴らしのいい場所から遠くの空を眺めてたとしても、地平線いっぱいに分厚い毛布が青空を覆い隠している事だろう。
 容赦なく降り注ぐ雨の粒は、屋根や窓や地面に叩き付けられ、そして砕け散る。たとえ家の中にいたとしても、そのように叩き付けられる雨の音によって、近距離での話し声さえもかき消されてしまうほどの豪雨だ。
 雨雲から落ちてくるのはもちろんそればかりではない。大きな岩を転がしたときのように、けたたましい霹靂がダイナミックなサウンドを響かせる。それとともに、空には淡い紫、時には青白い亀裂が入り、目の前を一瞬真っ白にさせる。
 小さな水の精霊たちがいくつもの灰色のスクリーンを造り出している中、自警団の団員たちが総出で、避難しそびれている住民の救出や、強風によってなぎ倒された木々の撤収作業、土砂崩れを防ぐためのネットの設置などにあたっていた。
「いやな天気だな…」
 白い雨ガッパで身を包んだ団員の一人がそう呟いた。
「ああ…。今日中に通り過ぎてくれればいいんだが…」
 同じ任務に就いている団員がその意見を肯定する。それが、素直に早く晴れてほしいという気持ちからなのか、こんな大嵐の中駆り出された事に対する不満から出た言葉なのかは、自分自身にも分からない。
 強風によってなぎ倒された木が街路を塞いでしまっている。それを団員たちが十数人がかりでノコギリで切断している。今はそれに専念することで精一杯だった。そんな哲学的なことを考えていられる余裕などない。
 と、その2人のところへ1つの人影が近づいてきた。
「ん…? 誰だ!?」
 その気配を察知した団員が、そちらの方向へ振り向く。もう一人の団員もそれにつられて振り向く。
「いや、私だよ」
 野太い低い声がその団員の耳に入った。もう少し近づいたところでやっと人影の正体が分かった。
「リ…リカルド隊長! し、失礼いたしました!!」
 リカルドと呼ばれた男の方に振り向いて、深く低頭する。
「いや、気にしなくていい。こんな雨の中なのだからな。無理もない…」
「は…はい」
 手の平を団員の方に向けて、その後の言葉を遮る。
「ご苦労だね。現在の状況はどうだ?」
「…まずまずですね。ここの木自体はそれほど大きいものではないので、あと数十分で終わりそうですが…」
「ええ…。現在までの報告によりますと、このように街路が塞がれている場所は、まだ後3〜4カ所はあるようですね」
 もちろん、まだこの大嵐が続くようであればこの程度ではすまなくなるのは目に見えている。
「そうか‥‥‥」
 無意識に顎に手を当てて、考え込む姿勢をとるリカルド。
「分かった。もう少し人数を補充するよう言ってみよう。それまで頑張ってくれ」
「はい、分かりました。それまでには出来るだけ片づけておきます」
「うむ…」
 自分が受けた報告と重ね合わせてみて、どうもこちらの方が被害が大きいと考えたリカルドは団員にそう告げて、自分の持ち場に戻ることにした。
 途中、ふと足を止めて空を見上げる。
「本当に、いやな嵐だ…。何事も起こらなければよいが‥‥‥」
 相変わらずの分厚い雨雲を見上げながらそう呟いた。

 ここエンフィールドを丁度半分に分けるように流れている「ムーンリバー」も、溢れることはまず無いものの、雨によって流れ落ちる地面の砂埃も混じり、徐々に泥流になりつつあった。
 コンクリートの街路は雨の被害は無いものの、ただ砂利を敷いただけの路は雨によって所々に小さな水路が出来てしまい、かなりでこぼこになってしまっていた。
 街の入口にそびえる小高い丘からの雨の風景は、絵にはなるかもしれないがお世辞でもいい景色とはいえない。エンフィールドで一番目立つだろうコロシアムも、雨の粒で建物の輪郭がかき消されてしまっているほどだ。
「クックック‥‥‥」
 そんな荒れ放題のエンフィールドの様子を、小高い丘の上から不気味な低い笑い声を浮かべながら眺める人影があった。

 そろそろ夕方に近づいているものの、空の「色」は全く変わることはなかった。このような日が続けばまず体内時計が狂うのは間違いないだろう。
 街の復旧作業に当たっている団員以外、外出している住民は人っ子一人見あたらない。大半の店の扉にも、こんな誰一人として外出していないときには無意味とも取れる、「準備中」に裏返された札が、グラシオコロシアム、クラウンズサーカスにも、同じように「休演」「休場」と書かれた立て看板がむなしく雨にさらされている。だが、頑丈に固定されているため風によって倒れることはない。
 役所などの住民たちの勤務施設や学校なども、社員・学生たちを早退させて臨時休業としている。
 ただ一部を除いては‥‥‥。
「おい‥‥‥」
「何だ‥‥‥」
「他の研究員たちは帰れて、どうして俺たちだけは帰れないんだろうな…」
「俺に聞くな…」
 ショート科学研究所。エンフィールドが誇る「ショート財閥」が経営する研究所だ。ここでは、選び抜かれた研究員たちがエンフィールドとショート財閥の発展のために、日夜研究を続けている場所である。そして、研究内容によっていくつかのチームに分かれている。
 そんなある1研究チームの2人の研究員が、研究室にてそんなシュールな会話を並べていた。
 もちろん、この2人の他にも研究員はいて、お互い愚痴をこぼしたり、不服の表情を浮かべながら作業を続けている。
「『人間と猫の生態調査』ねぇ…。何でまたこんな事やる気になったんだか…」
 テーブルの上に乱雑につまされたファイルの中の1つを手に取り、それを開く。それにはこれまでの調査結果が、小さい文字でぎっしりと書かれてあった。ハニカム構造の細胞の図解には、たくさんの注釈のラインが引っ張られてある。
「これってさ…、普通『科学』じゃなくて『生物』って言わないか?」
 新たなデータを書き記しながら、そんな愚痴をこぼす。
「それを言うな。余計やる気が失せてくる」
「そうでもないよ」
 とそこへ、もう一人の研究員が試験管片手に話しかけてくる。
「こういう大嵐の中での研究ってのも悪くないと思うよ。逆にワクワクしてくるね」
 親指と人差し指で試験管を左右に動し、中の液体をかき混ぜる。
「……? おいっ、待て! その液体は…」
「……あ゛」
 ボン!!
 その刹那、中の液体が小爆発を起こし、試験管を持っていた研究員の顔を真っ黒焦げにさせた。
「‥‥‥少しでも何らかの力を与えると爆発するって…。もう遅いけどな…」
「すまない、ついうっかり…」
 ケホケホと黒い煙を吐き出しながらせき込んでしまうが、やけどなどはいっさい負っておらず、処置は懐からハンカチを取り出して黒くなった顔を拭く程度ですんだ。
「…まぁ、やる気は十分あると言ったら嘘にはなるけどね」
 真っ黒になった顔を拭いながら、そう言った。
「別にこんな大嵐の中でまでしなきゃならない事なのか?」
 確かにと、また更なる疑問に直面する3人。だが、次の言葉でその疑問は納得に変わる。
「まさか…。俺たちの研究チームのリーダーの事が分かっていれば、自ずと納得できるはずさ」
「…なるほどね」
 笑いながらそう納得しているところで、研究室の扉が開いた。
(おっと、ウワサをすれば何とやらだぜ。早く持ち場に戻ろう)
 扉から出てきた人物の正体が分かった途端、研究員たちは一斉に「まじめな研究員」に早変わりした。
「は〜いみなさん、仕事の方ははかどってますか?」
 その男が発した甲高く、皮肉っぽい声が研究室にこだまする。ビシッときめたスーツと白い手袋には、かなり不釣り合いな奇妙な仮面を付けている。
 その男の名はハメット。ショート財閥会長の秘書をやっている。
「そこのあなた、無駄口叩いている暇があったら手を動かしなさい!」
 ハメットの陰口を叩いている(と思われる)研究員に罵声を浴びせる。その後も、作業をしている研究員の脇を巡回しながら、
「まだ終わってないんですか? さっさと済ませて下さい!」
「さぼってると給料を払いませんからね!」
 などと、研究員たちを更に罵倒し続ける始末。
 研究員たちは、耳障りなハメットの罵声を聞くまいと、とりあえず手を動かして作業を行っているふりをする。
「いいですか〜?」
 一通り研究員たちの周囲を巡回し終わると、少し開けたところで身振り手振りを加えて話し始める。
「あなた方が今行っている研究は、いずれはショート財閥の発展の要となり、これから訪れる明るい未来を迎える為にあるものなのです」
(…いつも人のいいショート会長の顔色伺っては、媚びへつらって出世してきた人間が言うセリフかよ…)
 ほとんどの研究員がそう心の中で呟いていることなどつゆ知らず、ハメットは演説を続ける。
「それを思えば、こんな嵐などちっぽけなものだと…」
 バリバリ、ドカーン!!
「ひっ!?」
 ハメットがそう言いかけた瞬間、突然大きな稲光がエンフィールド中に鳴り響いた。思わず悲鳴を上げてしまうハメット。他の研究員たちも悲鳴さえ上げないものの、そのまま体を硬直させる。
 ポチャッ…。
 全員の心が先程の稲光に奪われていたそのとき、ある研究員が持っていた試験管の中に何かが入れられた。それに気づくものは誰一人としていない。
「ふぅ…、びっくりしましたね。今のはおそらくどこかに…」
「あっ…!!」
「ひぃぃ…!?」
 コホンと先程までの会話とのギャップをごまかすためにせき込み、そう言った瞬間、研究員の一人があげた大きな声に、また悲鳴を上げてしまう。
「今度は何ですか…?」
 さっきまでの威厳は何処に行ってしまったのか、鼓膜への度重なる刺激が大きすぎて精神的披露に陥ってしまったハメットは、大声を上げた研究員の方へと歩み寄る。
 すると、ある研究員が顕微鏡を覗いて「これはいったい…」といった表情をしていた。
「どうしたんでございますか?」
 ちょっと変な言葉遣いでハメットがその研究員に話しかける。
「これ、ちょっと見て下さいよ…」
「?」
 真剣な顔でそう言う研究員に、顕微鏡を覗くよう促される。ハメットは言われるがままに顕微鏡を覗いた。
「‥‥‥‥‥‥!!?」
 ハメットは一瞬我が目を疑った。顕微鏡のレンズの先では、細胞がものすごい早さで細胞分裂を繰り返し、身体がだんだんと大きくなっているのだ。
 シュウウウウ…。
「うわっ!?」
「なっ!?」
 と、突然顕微鏡に乗せているそれから、煙らしき気体が出てきた。危険を感じたハメットたちはその場から素早く引き下がる。他の研究員たちも、野次馬のようにその周りに集まってくる。
「‥‥‥‥‥‥」
 研究室には、外の雨風の音と謎の物体からわき出ている気体の音以外、何も響いていない。息を飲んでその状況を見守るハメットと研究員たち。
「‥‥‥‥‥‥!?」
 次の瞬間、その場にいた者たちの表情は緊迫から驚きに変わる。その気体越しに、何らかの陰が浮き出てきたのだ。
「人間‥‥‥?」
 その場にいた誰もがそう思ったことだろう。だが、どこか大きな違和感があった。それには大きな耳があった。長いしっぽがあった。
 シュウウ‥‥‥。
 しばらくして、その周囲に立ちこめていた気体が徐々になくなってきて、視界がはれてきた。
「これは‥‥‥」
 そこに立っていたのは、猫の耳としっぽを持った裸体の少女だった。その情景にただただ呆然としている者もいれば、我に返った者は目の前にいる少女の「姿」に気づき、思わず目をそらす。
 スウッ…。
 少女が伏せていた顔を上げ、目を覚ました。大きめのクリリンとしたかわいい瞳だった。顔立ちもどこかしら幼げなところがあった。満開の桜を思わせるようなピンク色の髪の毛は艶やかで見るものを彷彿とさせる。
「ち、ちょっと、アナタ‥‥‥?」
 我に返ったハメットが、未だ戸惑っているものの、彼女に向かって話しかける。
「‥‥‥‥‥‥」
 すると、彼女はゆっくりとハメットの方に振り向いた。
「あ、アナタは‥‥‥一体‥‥‥?」
 おぼつかない言葉で話しながら、一歩彼女に向かって足を踏み出した瞬間。
「…ふみゃあ!!」
 彼女は堰を切ったように猫のような大きな鳴き声をあげて、研究室内を暴れ始めた。
「うみゃみゃみゃみゃ!!」
「うわあっ!」
 テーブルからテーブルに、棚の上から棚の上に、実験道具や書類を床にまき散らしながら飛び回る。試験管、フラスコ、ビーカーは粉々に砕け散り、中の溶液を板張りの床にまき散らす。
「だ、だ、誰か止めなさい!」
「ムチャ言わないで下さいぃ〜」
 頭部を守るように身を低くしつつ、ハメットはそう命令するが、説得力がないのかすぐに否定される。
「う…!? みゃあ〜!!」
 ガシャアアアン!!
 突然動きを止め、何かを嗅ぎつけたのか鼻をしばらくヒクヒクさせた後、研究室の窓を破り外に逃げてしまった。幸い、風はそれほど強くなかったので、窓が割れた影響で更に書類などが散乱するのは免れたようだ。
「ふぅ…、びっくりしましたねぇ。‥‥‥とりあえず、片づけますか…」
「そうしますか…」
 すっかり意気消沈してしまったハメットは、そう力無く言うと他の研究員たちと一緒に、地面に散らばった実験用具などの破片を片づけはじめる。
「ところで、さっきの『アレ』は何なんでございましょうね?」
 ちりとりでガラスの破片を集めながら、ハメットは傍にいる研究員に尋ねる。
「これはあくまで推論の域ですが、恐らくは人工生命体かと…」
「人工生命体…?」
 ハメットは掃除の手を止めて、研究員の話に耳を傾ける。
「ええ…。何らかの偶然が重なって出来たものかと…」
「‥‥‥‥‥‥」
 ハメットはしばらく考え込む。そして、ある1つの結論にたどり着く。
「これは、いけますよ…」
「はっ?」
 研究員がちょっと間の抜けた声を上げる。
「みなさん、手を休めてちょっと聞いて下さいますか?」
 パンパンと手を叩いて、研究員たちの注目を自分に集めた。
「私はここである1つの考えを思いつきました。それこそ正に、ショート財閥の発展につながるものだと確信しております」
 ビシッと天井を指さしていつもの演説を始める。
「みなさんも先程ご覧になったことでしょう。あの偶然と偶然が重なって出来てしまった人工生命体」
 そして、身体が縦に引きちぎれるほどに、両手をめいっぱい横に広げてこう続ける。
「私はあれを意図的に量産することを提案します!」
「‥‥‥‥‥‥」
 ハメットのその演説する迫力も手伝ってか、あまりの荒唐無稽な計画に研究員たちは開いた口がふさがらなかった。
「ちょ、ちょっと待って下さいよ…」
 ハッと我に返った1人の研究員が、口を開く。
「な、何ですか?」
「あれは偶然に出来たものなんですよ。それをもう一度造れだなんて…」
「不可能はないはずです! あの人工生命体は見るからに猫と人間のハーフ。つまり、人間と猫の細胞片は必要不可欠!!」
「で、その二つの細胞は何の薬品を入れればああなるんですか?」
「そ、それは‥‥‥」
 研究員の冷静なつっこみに、一瞬言葉を詰まらせるハメット。
「床にこぼれた、細胞片が入っていた薬品を調べればいいんじゃないか? 幸い、ここの研究室の床は板だから、染み込んだらしばらくは取れないはずだ」
「‥‥‥そ、そう。その通りです!!」
 研究員の意外な助け船に、迷うことなく乗り込んでしまうハメット。研究員たちは一斉にやれやれといったため息をついた。
「…ですが、まだ足りないものがあります」
「‥‥‥へっ?」
 眼鏡をかけた研究員がそこでもう1つ付け加える。例によって意気込んでいたハメットは、またも間抜けな声を上げる。
「あっ、分かりましたよ! 予算ですね!! それが言いたいのですね!? それなら任せて下さい。ショート会長には秘書である私から言っておきます!!」
 躍起になって弁解するハメットだが、その研究員は冷静にそれを否定する。
「…予算もそうですが、肝心なのは全く別のものです。組立式のロボットならまだしも、あのような生身の生命体を長時間保存するにはそれなりの大きさの培養ケースが必要になります。そして、それらを24時間管理するための装置も必要。更にはその装置に何らかの異常があった時に対処する為の研究員。つまり、そういった事を行う為の別の研究施設を建てる『土地』が必要なのです」
「そ、そんな事ですか。それなら森の1つでも潰してそこに…」
「そう簡単には行かないのです」
 自然を愛するエルフを一斉に敵に回してしまうような恐ろしいことを話すハメット。だが、その意見もまた否定される。
「土地は土地でも『清らかな土地』ではないとダメなのです。そこら辺に転がっているような普通の土地では、いくら培養液に浸していようともすぐに生命体は腐乱してしまうでしょう」
「そ、それはすぐには調べられないのでございますか?」
「可能です」
 それをあっさりと肯定する研究員。
「で、でしたら…!?」
 さらに必死に弁明するも、次の研究員の言葉であっさりと否定されてしまう。
「それが他人の土地だったりしたら、どうしますか?」
「それぐらい…。ショート財閥の力を持ってすれば…」
「その土地が例え、ショート邸やシェフィールド家の屋敷だったとしても…ですか?」
「うぐっ…」
 痛いところをつかれてしまったため、急に身体中の力が抜けて床に手を付いてしまう。確かに、ショート財閥の総本部ともいえるショート邸や、ショート会長と友好関係のあるシェフィールド家が相手ではまず勝ち目はないだろう。
「まあ、ここで御託ばかり並べていても仕方ありませんから、この天気が晴れてから調べてみることにしますよ。今日のところはもう、帰っても宜しいですね?」
「勝手にして下さい…」
 床に突っ伏したままハメットは力無くそう答えた。一通り掃除を終えた研究員たちは早々に帰り支度を始め、また1人、また1人と帰っていって、荒れ放題の研究室にはハメット1人だけが取り残されていた。
「くそぉぉっ…!」
 そう嘆いて、床に拳を強くたたきつける。その音はむなしく研究室に響き渡る。
「何か…。何かいい手はないのでしょうか?」
「そうでもないぜ…」
「!?」
 突然、ハメット以外誰1人としていない研究室に、謎の声が響いた。
「だ、誰ですか!?」
 ハメットは、驚きの表情を隠せないままそう叫ぶ。
 ヴァッ!!
 耳の傍を何かが通り過ぎたような音がした途端、ハメットの姿は完全なる闇に包まれていた。
「ま、ま、真っ暗…!? だ、誰ですか。出てきなさい!!」
 誰もいない暗闇に向かって叫ぶハメット。
 ヴンッ!!
 ノイズ音とも取れる耳障りな音とともに、ハメットの目の前に1人の男が現れる。
「!!?」
「初めまして…だな。ハメットさんとやら…」
「あ、アナタはっ!?」
 その男は胸元が大きく開いた黒い拘束衣のようなものを着用していた。銀髪は艶やかで、この暗闇の中ではなおさら見栄えがするほどだ。そして、その男の最大の特徴ともいえるのが、目に付けている不気味な模様が付いた大きな眼帯だった。
「誰ですか、アナタは!? 名を名乗りなさい!!」
 全然説得力のない怯えた口調で、その男に答えを求める。
「別に名乗るほどのものじゃあない。ただあんたの手助けをしたい…というだけだ」
「手助け…?」
「あんた方の先程の話の一部始終、聞かせてもらったよ…」
「‥‥‥? 何か心当たりでもあるんですか!?」
 その男の言葉で、ハメットの心に希望の光が射したらしい。
「‥‥‥もちろん。どうだ、手を組まないか?」
「こちらこそ、願ってもないことでございます! 成功した暁にはそれなりのお礼を‥‥‥」
 天にも昇る心地でOKの返事をその男に向けるハメット。『差し上げます』と言おうとするが、ハメットの言葉に遮られる事になる。
「お礼なんて必要ないさ。ただ、俺の言うとおりにしてくれればいい…。そうすれば、全て事がうまくいくぜ」
「わ、分かりました! 貴方の言う通りにいたしましょう!! で、どうすれば!?」
 興奮状態のハメットを、またもその男は手で制する。
「そう慌てるな。時間はたっぷりとあるんだからな。そう…、『たっぷり』とね‥‥‥。」

To be continued...



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