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「黎明 -REIMEI-」 輝風龍矢  (MAIL)
The last song

●第2章:黎明 -REIMEI-

「取り立てて巨大な街でもなさそうだ」
「近隣に国王の居城があるわけでもなかった」
「有名な戦いが行われたわけでもなさそうだ」
 それが青年‥‥‥朝倉禅鎧(あさくら ぜんがい)の脳裏をよぎったエンフィールドの風貌であった。だが、その3つの印象のうちの一番最後のものは、すぐに否定されることとなった。
 その原因の要となったモノが、エンフィールドの正門を通過してすぐ目の前にそびえる煉瓦状の建物だ。今にも崩れそうなほどではないが、ところどころにヒビが見受けられる。
目立つほどではないが、ヒビが入っているのは楽に確認できるほどだ。
 このヒビは自然災害で出来たヒビなのか?
 いや、違う…。
 禅鎧には、この建物が地震や台風などでガタが来るほどヤワな作りではないことを見抜いていた。こんなヒビが出来るほどの事と言えば、戦争があったとしか考えられない。恐らくはかなり大きな戦争だったのだろう。
 あの戦争を耐え抜いて現在までに至るとは、いったいどういう…。
「‥‥‥‥‥‥?」
 あの戦争?
 一瞬、自分の脳裏に何かの情景が蘇る。だがそれは、すぐにチリヂリになって消えてしまった。後には奇妙な既視感だけが残った。
 禅鎧は、頭を左右に激しく振ってそれを吹き飛ばす。
 『祈りと灯火の門』にて衛兵から譲り受けた地図によれば、この建物はグラシオコロシアムと書かれていたな…と、禅鎧は心の中で呟いた。
 どうやら試合をやっているらしく、建物の外にいる禅鎧にも客の甲高い歓声や、鋼と鋼の相打つ音が否応なしに聞こえてくる。
「腕試しに、後で寄ってみるか…」
 そんなことを呟きながら、禅鎧はその場を後にした。

 グラシオコロシアムのすぐ右隣にある煉瓦状の建物の出入口で、1人の衛兵が暇そうな顔をして立っていた。
「ファア〜〜‥‥‥ハッ!? ご、ゴホン!」
 思わず大きく背伸びをした後、その様子をじっと見ていた禅鎧に気づき、わざとらしく咳払いをした後、まじめな衛兵の顔に戻る。
 それを見ていた禅鎧は軽い苦笑いをこぼすと、朝日に照らされて、ジャリを敷き詰めて固めた街路に横たわっているその建物の陰の中を歩き始めた。日陰を歩いていても、暖かみを感じられるようになったことが、この街への春の訪れを意味していた。

「はい、いらっしゃいいらっしゃい!」
「今日のマロンボは新鮮だよ〜」
 一通りエンフィールドの街並みを見物した禅鎧は商店街を訪れた。食料を調達するためだ。丁度、太陽光線も大分強くなってきた頃だったので大分活気づいていた。露天商の声が澄み切った朝の空気を容赦なく震わせている。
 露店には、今まで旅をしていた禅鎧でも見たこともない果物や野菜がたくさん並べられていた。もちろん、こんな事は街を訪れるたびに何回も経験することなのだが…。
 と、しばらく色々と見物していると、どこからか分からないがいい匂いが鼻の奥をくすぐってきた。
 グウウウ…。
 それと同時に、禅鎧の腹の虫も鳴いた。
「いい匂いだな…。あそこで、食事でもとるか」
 匂いをたどって着いたところは、何処にでもある普通の宿屋の中からだった。空腹感が更に増してきた禅鎧は、誘い込まれるようにその店へ入った。
 カラン、カラン…。
 ドアに掛かってあった小さなベルが、客の到来を知らせる。その客とはもちろん禅鎧のことだ。他の客の約半分の視線が禅鎧に集中するが、すぐにその視線を逸らし各々の座っているテーブルに視線を戻す。
「いらっしゃい!」
 カウンターにいる男の店員が、フライパン片手に呼びかける。
 店の中は宿屋に泊まっている客や常連(らしい)客でごった返していた。ひたすら食べることに集中している客もいれば、コーヒーカップ(ジョッキ)片手に友人と話し込んでいる客もいる、そんな「平和な」日常がそこにはあった。
 禅鎧は、カウンターの真ん中あたりに座った。
「ふぅ‥‥‥」
 旅の疲れもあってか、無意識にため息がでてしまう。そこへ、注文用紙を片手に先程の店員が歩いてきた。体格の良い、顎に無精ひげを生やした人の良さそうな中年男性だった。「お疲れのようだね」
 禅鎧の疲労度を見抜いてか、その店員は優しげな笑みを浮かべながら話しかける。
「ああ…。ここしばらく水だけだったからな…」
「へえ〜、それでよく生きてられたもんだね」
 ちょっと皮肉じみた言葉を禅鎧に投げかけるが、こんな事を言えば誰でもそう答えることは予想が付いていたので、禅鎧は何も言わない。
「お前さん、旅の人かい?」
「見れば分かる」
 素っ気ない返事をされて、その店員はちょっと拍子抜けしてしまう。
「…ところで、注文はいいかな?」
「ん、ああ…。それじゃあ、日替わり定食A」
「飲み物は?」
「ホットコーヒー」
「酒もあるが…。分かった、もう少しだけ待ってくれよ。すぐに出来るから…」
 酒は飲めないのか? と聞こうとしたが、すぐにその後を別方向につなげた。
「ああ、お願いします…」
 いきなり丁寧な口調で話されたために、一瞬戸惑うがすぐにフライパンを持ってきて禅鎧の目の前で調理を始める。
 料理を始めること数分後…。
「はいよ、日替わり定食A。今日はバーグ定だぞ」
 禅鎧の目の前に、注文通りの品が並んだ。
「思ったより早く出来たな…」
「早いからと言って、別に味付けは手を抜いていないから、安心しな」
 意地の悪い笑みを浮かべながら、禅鎧に早く食べるよう催促する。
「それは、分かってますよ」
 苦笑いを浮かべながら、出来立てのハンバーグを口に運ぶ。続いて、ライスも一緒に口の中へ入れた。
「うん、美味い…」
「ふふふ、そうだろう?」
 ガツガツとまでは行かないものの、いつもよりも若干速いペースで食事を続ける禅鎧。それを見て、店員は満足げな笑みを浮かべる。
 ‥‥‥十数分後。
 禅鎧の目の前には空になった皿だけが残されていた。空腹感も手伝ってか、いつもなら遅くても30分程度で食べ終わるところを、約半分の時間で平らげることが出来た。
「ほお、結構早かったな。本当に腹が減ってたんだな」
「ああ…。おかげで力が戻りましたよ」
 ナプキンで口の周りを拭きながら、禅鎧は答えた。
「そうか…。それより、敬語は辞めてくれないか? 本来ならば店員の俺が敬語を言う方なんだが…。何しろこういう性格なものでね…。さっきまでの話し方で構わないよ」
 後ろ髪を掻きながら苦笑いを浮かべる店員。禅鎧のことが気に入ったらしく、さっきからずっとカウンター越しに禅鎧の目の前に座っている。
「あ、ああ…。わかったよ」
 そう答えて、食後に出されたホットコーヒーに口を付ける。その後、その店員に宿屋があるかどうか尋ねてみた。
「宿屋? ここがそうだよ。大衆食堂兼宿屋の『さくら亭』。あんた旅の人だろう。祈りと灯火の門にいる番兵から地図をもらっただろう? それに書いてあるはずだが…」
「…ああ、そうだったな。申し訳ない」
 早く食事にあり付けたいという思考だけが脳を走り回っていたためか禅鎧は、肝心なことを忘れてしまっていた自分にわずかながら苛立ちを覚える。
「じゃあいきなりで悪いけど、宿泊したいんだけど…」
「おう、いいぜ。それじゃあ、この宿帳に記入してもらえるか」
 店員はそういうと、壁に掛かってあった宿帳を禅鎧に差し出した。
「分かった…」
 宿帳にあらかじめ挟んであったペンで、宿帳にサラサラと必要事項を記入していく。
「関係ないことだけど、この店はあんた1人で切り盛りしてるのか?」
 宿帳に目を向けたまま、そんなことを口にする。
「ああ、そんな事か。もう1人…」
 カラン、カラン…。
 とそこへ、扉の呼び鈴が今日何度めかの新たな客の知らせを告げた。
「ちぃーっす。親父さん、パティいる?」
「こんにちは」
 禅鎧は宿帳を書いている手を止め、そちらに顔を向ける。
 それは、2人組の少年達だった。1人は禅鎧とほぼ同じぐらいの身長で、かなり派手ないでたちをしている。先程の声の主はおそらく彼だろう。かなりの美声の持ち主だ。
 そしてもう1人は、もう1人の少年とはかなり身長差があった。澄み切った青空を想像させるようなスカイブルーの髪の毛。ちょっと大きめの眼鏡と衣服を身にまとっている。まだ声変わりはしていないらしく、盲目の人ならば思わず女性と勘違いしてしまうところだろう。その表情にはまだ子供ようなあどけなさが残っている。
「おおっ、アレフにクリスか。悪いな、今ちょっと出掛けているところなんだ。たぶん、シェフィールド家のお嬢さんのところじゃないか?」
 お互い顔見知りらしく、2人の少年と親しげに会話を進める。
「おっ、そいつは好都合だな。親父さん、教えてくれてサンキュな。よし、クリス。早速行こうぜ?」
「えっ? そ、それはまずいんじゃないの?」
 クリス…と呼ばれた少年…の方はあまり乗り気じゃないらしい。
「いいから、いいから。それじゃあ親父さん、またな」
 そう言って、いやがるクリスを引きずるようにさくら亭を出ていく。
「さ、さようなら〜」
 遅れてクリスも、手を振りながら去っていった。
「…子供がいたのか。じゃあ、あんたがここのオーナーって訳か」 
 宿帳に視線を戻して、続きを書き始める禅鎧。
「オーナーだなんて、そんな偉いほどのもんじゃないよ。ところで、書き終わったか」
「…ああ、今丁度終わったところだ」
 書き終わった宿帳を店員…「オーナー」に手渡す。
「『朝倉禅鎧』…? 変わった名前だな。偽名か何かか?」
 結構鋭いところをつっこんでくる店員に、禅鎧はただ「わからない」とだけ答える。訝しげに思いながらも、店員は宿帳に書かれた内容を確認する。
「OK。料金は前払いでお願いするよ」
 禅鎧は懐から財布をとりだして、食事代+宿代を支払った。
「確かに…。で、これが部屋の鍵だ。毎度ありがとう」
 鍵を受け取ると、荷物をしょって一時さくら亭を後にした。

「‥‥‥ふぅ」
 「陽の当たる丘公園」…。エンフィールドに住む人々の「安息の地」…と言ってもおかしくはない所だ。食後の休息ということで、禅鎧はベンチに腰掛けていた。
 太陽も完全に南下した公園では、元気いっぱいに走り回っている子供たちや、犬や猫と散歩している人たちが見受けられた。
 空を見上げれば、何の障害物にも遮られていない、視界いっぱいに広がる青空がこちらを見下ろしている。
 そして、人通りの多かった町中を歩いていたときには分からなかったエンフィールドの匂いが、芝生に短い陰を刻み始めた緩やかな日差しとともに漂ってきていた。
「ここは、いい街だな…」
 澄み切った青空を見上げながら、ぽつりとそんなことを呟く。
 と、そのとき。
 ガサッ
「!!」
 禅鎧の座っているベンチの後ろにある茂みで、何らかの気配を感じた。「殺気」ではないのははっきり分かっていた。だが、その「気」にはどこかであった覚えがあった。
(誰だ?)
 身構えたまま、そちらに振り向く。
「ミャ〜」
 だが、そこから出てきたのは禅鎧が感じた気配とは全くの別物であった。
「猫…?」
 気配の正体を知って、思いっきり拍子抜けしてしまう禅鎧。力無く身構えていた体制を崩す。
「ミャア〜〜」
 猫は禅鎧の足下へ近寄ると、何かをねだるかのように頬ずりする。
「全く…、脅かすなよ」
 その猫を抱き上げて、そう話しかける。
「ミャア〜〜」
「ミャア〜って…。俺は食べ物は持ってないぞ」
 まるで会話が通じているような素振りで、猫に再び話しかける。気が付くと、さっきまでの「負の気配」は消えていた。
(どうやら、この猫の他にも誰かいたようだな…)
 禅鎧は猫を抱いたまま、ベンチに腰掛ける。猫は禅鎧の腕の中で毛繕いをしていた。それを見ていると、思わず笑みがこぼれ出る。
「あ〜、いたいた」
 そこへ、1人の子供が近寄ってくる。禅鎧にはこの子が飼い主であることがすぐに分かった。
「お兄ちゃんが見つけてくれたの?」
 純真無垢な笑みを浮かべて子供が話しかけてくる。
「いや、そこの茂みの中から出てきたのを偶然見つけただけだよ」
 優しい声でそう答えると、抱いていた猫を子供に手渡す。
「こら、もう何処にも行っちゃ駄目だぞ!」
 そう言いながら、猫の頭を撫でる。
「ミャ」
 反省したのかしてないのか、どちらとも取れる鳴き声を出す。
「でも、珍しいね」
 猫に顔をやりながら、その子供は禅鎧に話しかける。
「?」
「だってこいつ、大人にはあまりなつかないはずなのに…。きっとお兄ちゃんは、優しい心の持ち主なんだね」
「ハハ…、だったら君は将来いい大人になれるな」
 ちょっと大人びた事を話す「少年」に対して、禅鎧はそう話しかける。
「ホント? へへ、照れちゃうなあ」
 禅鎧に褒められたことで、少年は照れ笑いを浮かべた。
「それじゃあ僕、もう行くから。ホントにどうもありがとう」
「ミャア」
 深々とお辞儀をして、その場を去っていった。猫も、まるでお礼を言っているかのような鳴き声をあげた。
「ああ…」
 途中何度も振り返りながら手を振る少年に、禅鎧も手を挙げて応える。少年の姿が見えなくなるまで、禅鎧は見送った。

 その夜…。食料や応急処置用の薬草の調達で街を再び歩き回った禅鎧は、疲れもあってか、目をつぶれば自然に眠りの世界へと入ることが出来た。
 オーナーが渡した鍵に当たる部屋は、けっこう広かった。禅鎧のことを気に入ったらしく、おそらくこの部屋が『さくら亭』で一番いい部屋だろう。
 遠くでは、野良犬の遠吠えが月明かりの夜の街にむなしく響き渡る。さくら亭は、日中のあの喧噪が嘘のように不気味なほど静まり返っている。
 ギシッ…
 突如、さくら亭2階の廊下で床の軋む音が鳴った。
 ギシッ…、ギシッ…
 また鳴った。明らかに誰かが廊下を歩いている音だ。床を軋ませながらその足音が、徐々に徐々に禅鎧の部屋のドアに近づいてくる。
 ギシッ…。
 その人影は、禅鎧の泊まっている部屋で足を止めた。そして、ドアノブに右手をかける。
「‥‥‥に宿りし‥‥‥力‥‥‥扉‥‥‥え」
 小さな声で何らかの呪文を唱える。すると、ドアノブを握っている手がかすかに輝きだしたかと思うと、その光はすぐに消えた。
 ガチャッ…
 その体制のままドアノブを回し、中に入る。
「クックック…」
 ベッドの上に出来た膨らみを見て、ニヤリと笑う。謎の人影の気配など感じずに、まだぐっすりと寝ているのだろう。
 ドアを静かに閉めると、足音1つたてずにベッドの側へと歩み寄る。若干大きめの窓から差し込む月光によって、部屋の中に入ってきた人影の正体が明らかとなる。ちょっと大きめの漆黒の拘束衣を身にまとった男だ。そして、その男の最大の特徴は何らかの紋章が刻まれた眼帯をしているところだった。
 男は禅鎧の眠っているベッドに向けて、右手をかざした。
「ヴァル‥‥‥ヴァナ‥‥‥フィル」
 またも怪しげな呪文を唱え始める。詠唱が終わると同時に、かざされた右手が赤く輝来だした。
「クククク、死ね!!」
 バシュウウ!
 右手から勢いよく赤い光線が放たれる。だが、次の瞬間。
 キュウウウン…
 放たれた光線は、突如出来た次元の狭間に吸い込まれてしまう。
「な、なにっ!? これは‥‥‥」
 ガバアッ!!
 ベッドの上に掛かっていた布団を勢いよくはぎ取る。そこには、丸めて人の形になった毛布だけが寝そべっていた。
 ヴンッ!
「がっ‥‥‥」
 次の瞬間、男の胸に一本の青白い光が突き立てられた。
「…ったく、見え見えなんだよ」
 その男のうしろから、禅鎧が姿を現した。彼が左手に持っている物体から、その光は発せられていた。
「殺気丸出しで近づいてこられちゃ、寝るに寝られなくてね…」
 そう言って、男の胸元を貫いている光の剣を引き戻そうとする。だが…。
「‥‥‥?」
 いくら引っ張っても剣が抜けないのだ。
「‥‥‥クックック。さすがは心月流の正当なる継承者。だが、まだツメが甘いな」
「‥‥‥!! これは、まさか…!?」
「気づくのが遅かったようだな…」
 男の姿が一瞬眩しいくらいに輝きだしたと思うと、数本の光の糸となって四方八方に延び、蜘蛛の巣状に張り巡らされた。光の糸は、禅鎧の腕にきつく絡みついていた。
「くっ‥‥‥」
 扉の陰から本物がゆらりと姿を現した。
「やはりお前だったか、『シャドウ』。公園でも俺のことを茂みから監視してたのもお前だな」
「その通り」
 動きを封じられた禅鎧に歩み寄ると、首の後ろの付け根部分に人差し指と中指を押し当てる。
「さっき、寝るに寝られなかったと言ってたな。それじゃあ、お望み通り眠らせてやるぜ」 トン…。
 首の付け根部分を軽く二本指で叩く。その直後、禅鎧は強烈な眠気に襲われた。
「なっ…? こ、この技は…。な‥‥‥ぜ‥‥‥あ‥‥‥んた‥‥‥が」
 光の糸に腕が絡まったまま、禅鎧は深い眠りに墜ちていった。
 シャドウが光の糸を切断し、禅鎧を地面に横たえる。
「これでコマは揃った…。さあ、楽しいショーの始まりだ。ヒャハハハハハ!!」 

To be countinued......

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