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「8番目の罪 -前編-」 輝風龍矢  (MAIL)
The last song

●第3章:8番目の罪 −前編−

 エンフィールドは、今日も快晴だった。北にそびえる『雷鳴山』よりも遠くの方まで、青空が確認できるほどだ。
 そんな澄み渡った空にポッカリと、綿飴のような白い雲が気持ちよさそうに青い空海を漂っている。
 暖かな光線を送っている太陽も、地上に黄金のハニカム構造の橋を下ろしている。時折吹き抜ける春風の心地よさは、街を歩いている住民たちの表情から楽に読みとることができる。
 熱すぎず、寒すぎず、それでいて気持ちいい。それは正に、エンフィールドへの春の訪れを意味していた。
 商店街もまた、必要以上に賑わっていた。露店の店先には、取れたての新鮮な野菜や果物が今日もまたたくさん陳列されている。そしてそれらは、時間の流れとともに徐々に減っていき、夕方頃には全ての品物が完売することだろう。
「ひまアルな〜」
 「マーシャル武器店」もまた、そんな人だかりの多い商店街に建っている武器屋である。今日もまた貧相な上半身をさらけ出した男がカウンターに頬杖をつきながら、どこからか入手したのか分からない、怪しげな武器を弄んでいた。
 店内にはマーシャル以外、人陰は1つも見当たらない。
 男の名はマーシャル。その名の通り、このマーシャル武器店の店長である。グラシオコロシアムで行われている試合に出場する事を趣味としているが、いまいち成果が出ていないらしい。
「なんか大きな戦争でも1つ始まらないアルかな〜?」
「バカいってんじゃないよ」
 とそこへ、1人の女性が姿を現した。
「おおっ、エルアルか」
「見りゃ分かるだろう?」
 エル‥‥‥と呼ばれた女性に気づいたマーシャルは手を止めて、彼女の方へ振り向いた。艶やかな緑色の髪の毛は肩の辺りでキレイに切り揃えられていて、前髪の一部が黄色く変色していた。エルフの証である、鋭く尖った両耳には、それぞれ違った形の金色の不思議なイヤリングが付けてある。
 彼女は、このマーシャル武器店に居候しているのだ。
「話を戻すけど、客が来ないっていうことはそれだけこのエンフィールドは平和だっていう証拠だろう?」
 ちょっと男勝りの口調で、マーシャルを諭そうと試みる。
「それは分かってるアルが…、このままではワタシたちの食い扶持が無くなってしまうアルよ…」
「だったら、グラシオコロシアムの試合で一発ドカンと優勝して、賞金かっさらって来て見なよ」
「うぐっ‥‥‥」
 痛いところをつかれたマーシャルは、大きなため息と共にその場に項垂れてしまう。
「ところで、現在までの戦況は?」
 何となくマーシャルに試合結果を聞いてみる。
「15試合中、5勝10敗。そのうち半分は不戦勝アル…」
「ハァ‥‥‥」
 力無く答えるマーシャルに、諦めとも取れるため息を、髪を掻き上げつつ突くエル。
「ところで、今日は寝坊したアルか?」
 唐突に、話を別の方向に切り出してくるマーシャル。
「あ、ああ…、ちょっとね。暖かくて気持ちよかったもんだからね。早いな〜、もう春か…」
 空想的に、『人間界』と比較してみると、俗にエルフ達が住むと云われている『妖精界』では、1日は『人間界』の半年に値するほど、ゆったりとした時間律で動いている。エルがそう思うのも無理はない。
「1年というモノは、早いアルな〜」
「バカ、何ジジくさいこと言ってるんだよ」
 エルは、あさっての方向を向いて黄昏れてしまっているマーシャルに、笑いながらきついツッコミを入れた。
「ところで、何処か行くアルか?」
「ああっ、ちょっと散歩に行ってくるよ。店番よろしくな」
「わかったアル」
 後ろからそう応えてきたマーシャルに背を向けたまま、エルは軽く手を振ってマーシャル武器店を後にした。
 そんなエルの後ろ姿を見ながら、マーシャルはこう呟いた。
「『春眠暁を覚えず』アルね…」

 4月1日。エンフィールドは2日連続で快晴だった。先日、台風に見回れた後ということもあってか、雲は1個たりとも浮かんではいなかった。
 エンフィールドの気候は、春・秋はとても暖かく、夏は暑いが湿気などは少ないと、実に快適な気候であり、秋・冬も大陸の西側の海洋から吹いてくる偏西風が暖かい空気を運んできてくれるため、それ程寒くはないが雪は降る。
 一般的に「西岸海洋性気候」と呼ばれる地帯にエンフィールドは存在している。
 そんな1年中を通して温暖な気候に恵まれた地域での春なのだから、エルがついつい寝坊してしまうのも無理はない。
 マーシャル武器店を出たエルは、いつもの散歩のルートにもなっている陽の当たる丘公園にさしかかった。
「うん、今日もいい風が吹いている」
 森の民エルフは、風や風で運ばれてくる草木の匂いから、色々な知らせを読み取ることが出来る。無論、良いことを読み取る日もあれば、悪いことを読み取ってしまう日も…。
 だが、エルは長い間人間界に住んでいるため、少しだけだがその力が弱まってしまい、はっきりとは読み取れない。
「わ〜い、はやくはやく〜!」
「あ〜ん、待ってよ〜!」
 今日もまた、子供たちが綺麗な芝生の生い茂った公園を走り回っていた。そんな風景をエルは微かな笑みを浮かべながら公園を歩いた。
 ガサッ…
「!!?」
 突如、奥の茂みの方で何かが動いたような気がした。エルは思わず身構えるが…。
 バサバサバサッ‥‥‥
 その茂みの丁度上の方から、鳥が飛び立つ姿が見受けられた。恐らくは、食べてかけていた餌か何かを落としたときの音なのだろう。
「ふう、ビックリさせなるなよ」
 音の正体を知ったエルは、安堵のため息をこぼした。そして、何事もなかったかのように公園を歩き出す。
 ヴ‥‥‥ン!
 エルが公園を出ていった後、丁度その茂みの側に瞬間移動してきた…それまで姿を消していた…陰が現れた。
「クックック、見つけたぜ、とうとう」
 ヒュウウウ‥‥‥
 突如、吹いてきた強い風によって地面の砂埃が吹き上げられ、一瞬だけ周辺の視界を阻んだ。風が止み、砂埃が消えた後、それは吹き上げられた砂埃のようにそこから無くなっていた。

 カラン、カラン‥‥‥
 さくら亭のドアに掛けてある呼び鈴が、涼しげな音を店内に響かせた。
「いらっしゃ〜い。あら、エルじゃない」
「こんにちは」
 奥のカウンターから、2人の女性が声を掛けてくる。1人はカウンターの中に立っていて、栗毛色のショートカットヘアーがよく似合う少女だ。焦げ茶色の瞳はクリリンとしており、活動的な服を着ている。
 もう1人は、カウンターを挟んで対称的な場所に座っている。ところどころ紫っぽい艶を出している漆黒のロングヘアーは腿の辺りまで伸びていて、先の方で桜色のリボンで結ってある。羽織っている赤いストールが、その少女の上品さを漂わせていた。
「よぉ、パティにシーラ。ちょっと近くに寄ったもんでな」
 2人に笑顔で答えかけると、シーラの右隣の席に座った。天井に取り付けてあるプロペラから漂ってくる風が、散歩をしていて火照ったエルの身体には心地よく感じる。
「注文は?」
「う〜ん、そうだなぁ。…じゃあ、アイスコーヒー頼む」
「OK」
 パティはエルの注文を聞くと、いそいそと準備を始めた。とそこへ…。
「あ〜、ところでさ…。パティ、ちょっと聞き難いんだけど…いいかな?」
「えっ、なに?」
 冷やしてあった氷を千枚通しで砕きながら、パティはエルに応えかける。
「あのさ、夕べ…」
 ‥‥‥とそこへ。
「あ〜っ、見つけた〜」
 カラカラカラ〜ン!
 さくら亭の扉が勢いよく開かれ、呼び鈴が勇ましい音を響かせてきた。
「うわっ、うるさいわね。静かに扉開けなさいよ…って、トリーシャ!?」
 思わず耳を塞いでしまうパティ。大声で注意しようとするが、その客の正体を知った瞬間、その声がフェードアウトしてしまう。
 トリーシャと呼ばれた少女は、シーラの側に駆け寄ってきた。青で統一したラフな服装をしていて、頭には大きな黄色いリボンをしている。
「トリーシャちゃん、どうしたの?」
 息を切らせて走ってきたので何か非常事態でもあったのかと思い、シーラは緊張感のある口調でトリーシャに話しかける。
「ハァ、ハァ‥‥‥ねぇねぇ、シーラさん。ハァ、ハァ‥‥‥大ニュースよ、大ニュース!」
「ち、ちょっとトリーシャちゃん。ゆっくりでいいから…落ち着いてから、話して」
「これが落ち着いて‥‥ハァ、ハァ‥‥いられない事なんだよ〜」
「だ、だから‥‥‥」
「私から話すよ」
「エル(さん)?」
 その横から、エルが静かな口調でそう言ってきた。パティとシーラの声がハモってしまう。
「あっ…、エルもいたんだ‥‥‥」
 「あちゃ〜」とした顔で、トリーシャがエルを見る。シーラにばかり気を取られて、エルの存在をすっかり忘れてしまっていたのだ。
「私も散歩の途中でトリーシャから聞いたことなんだけど、たぶんシーラに教えようとしている事と同じ事なんだろう、トリーシャ?」
「う、うん‥‥‥」
 少し落ち着いてきたのか、トリーシャの呼吸はゆっくりとなってきている。トリーシャの返事を確認したエルは、パティの方に向き直り更に静かな口調でこう言った。
「パティ、夕べ『さくら亭』が『神隠し』にあったって本当か?」
 その瞬間、店内は早朝のような、張りつめた空気一色に染まってしまう。
「えっ…」
 それってどういう事…と続けるつもりだったのだが、シーラの言葉はそこで途切れてしまった。
「…ええ、本当よ」
 わずかな間はあったものの、パティはそれを否定することなく応えた。
「本当なの?」
 トリーシャが、心配そうな表情でパティに話しかける。
「ね…ねぇ、パティちゃん。私にも分かるように、説明してくれる?」
 その横から『話が全然見えない』といった顔をしたシーラが話しかけてくる。
「え‥‥‥。それはちょっと、辞めといた方がいいと思うな〜」
 しばし考えて、パティは遠慮の姿勢をとる。
「え〜、どうして? 聞かせてくれたっていいじゃないか〜!」
 その横で、トリーシャがむくれた顔で怒っていた。
「聞いたら、絶対後悔するわよ…」
「う‥‥‥」
 ちょっと怖い口調でパティが話したために、トリーシャとシーラはたじっと引いてしまう。
「で、でも…。後悔するかどうかは聞いてみなければ分からないじゃないか〜! ね、シーラさん」
「えっ‥‥‥。私は、その‥‥‥」
 いきなり話を、自分に振られてきたために、シーラは戸惑ってしまう。
「いいんじゃないの、パティ。私にも、聞かせておくれよ。ちょっと興味が湧いてきたよ」
 エルもどうやら、聞く気になったようだ。パティはまたしばし考えてから、コクッと首を縦に振った。
「‥‥‥そんなに言うのなら、わかったわ、聞かせてあげる。でも、後悔しても私は責任は負えないからね」
 その言葉に、エルとトリーシャは「うん!」と大きく応え、シーラはちょっと戸惑いながらも無言で首を縦に振った。
「OK。え〜と、これはお父さんから聞いたことなんだけど…」

To be countinued...


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