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「8番目の罪 -後編-」 輝風龍矢  (MAIL)
The last song

●第4章:8番目の罪 -後編-

 そう…、あれは昨日のお昼頃のことだったわ。ある1人の客がさくら亭を訪れたのよ。歳は若干18歳ぐらいの青年だったらしいわ。
 その人は、いろいろお父さんと話をしながら食事をとって、そして宿を取りたいという話までなったのよ。お父さんはその人の事けっこう気に入ったらしくて、一番いい部屋を貸して挙げたのよ。
 そこまでは何ともなかったのよ。で、その夜…。
 ギシッ、ミシッ、ギシッ‥‥‥
 何だか2階の方から、何だか床が軋んでるような音で目が覚めたらしいの。最初は気のせいなのかな…と思ってまた目を閉じて眠ろうとしたんだけど…。
 ガタッ!!
 …っていう、何かが倒れたような音が聞こえてきたんだって。で、更にその後…。
「ヒャ〜ッハッハッハッハ!!」
 っていう不気味な笑い声も聞こえてきたんで、これはただごとじゃないと思って跳ね起きて、部屋の様子を恐る恐る見に行ったのよ。
 で、その音のした方向にあった部屋っていうのが、さっき話した旅の青年さんの泊まっている部屋だったのよ。
 鍵は掛かったままだったんで、合い鍵を使って中に入ったら‥‥‥。

「‥‥‥誰もいなかったっていう話よ」
 その話を聞いていたシーラとトリーシャは、青い顔をして怯えていた。
「う、うわ〜、こ、怖いよ〜」
「そうだったのか…」
「パティちゃん、脅かさないでよ‥‥‥」
 3人はそれぞれ、パティの話に各々の感想をこぼした。
「だから言ったでしょう? 聴けば絶対後悔するって‥‥‥」
 パティはやれやれといったため息を付いた。
「窓から出たっていう事は?」
 先程の話をしながら差し出されたアイスコーヒーを片手に、エルは1つの仮説を挙げた。
「ううん。鍵は全部閉まってたって話よ」
「そうか…」
 エルの挙げた仮説は、早くも否定されてしまった。
「夜逃げって可能性は考えられないのかなぁ?」
「それはないわよ。その人はちゃんと宿代も食事代も払ってたっていうのよ。それに、夜逃げする理由なんか見つからないし…」
 トリーシャはパティの答えを聞いて、「そっか〜…」と肩を落とした。
「ところでトリーシャ、注文は? 折角来たんだから、何か飲んでいきなさいよ」
「あっ、そうだよね…。じゃあ、フレッシュジュースお願いしまーす」
 トリーシャの注文を聞くや否や、パティはすぐに準備に取りかかった。
「で、話を戻すけど。お父さんは翌朝…今日の朝ね…自警団に連絡を取ったのよ。私も朝何だか騒がしいなあと思ってたんだけど、自警団が調査に来ていたからだったのね。その時に、お父さんから聞いた話なのこれは」
「ふ〜ん‥‥‥。で、トリーシャ。どっからその情報仕入れてきたんだ?」
 エルは興味ありげに鼻を軽く鳴らした後、今一番疑問に思っていることを当の本人に問いただしてみる。
「ああ、さっきお父さんから聞いてきたんだよ」
「なるほど…ね」
 自警団隊長を父親に持つトリーシャならではの情報網に、エルは納得の声を挙げた。
「ところで、トリーシャ。今度から扉は静かに開け閉めするようにね…」
 そうトリーシャに釘を差しつつ、フレッシュジュースを差し出した。
「は〜い」
 ぺろっと舌を出して、パティに謝るトリーシャ。そしてしばらくの間、さくら亭には4人の女性の笑い声が鳴り響いた。
 カランカラン…
 呼び鈴が、今度はいつもの客の知らせを告げる音を鳴らした。
「ちぃーっす」
「お邪魔します」
「いらっしゃ〜い。…って、な〜んだ、アレフとクリスか」
 入ってきたのはアレフとクリスだった。カウンターに並ぶ女性陣を見て、アレフは軽く口笛を鳴らした。
「ヒュウ〜♪ 今日のさくら亭は美少女がたくさんいるなあ」
「ア、アレフ君…」
 アレフの軟派な口調にクリスは少々タジっと引いてしまう。そんなクリスを無視して、アレフは辺りを見回した。
「あれっ? 今日はずいぶんと人が少ないな」
「えっ? ああ、そう言えば…。全然気が付かなかったよ」
 アレフの疑問に、トリーシャがはっとした。確かに、さくら亭にはアレフたち6人以外、客は人っ子一人見当たらない。
「…ひょっとして、『あの事件』と関係があるのかな?」
 パティはクリスの言葉を聞いて、軽く首を縦に振った。
「そう‥‥‥。『さくら亭神隠し事件』のお陰でね。しばらくの間、自主的に休業中にしてるのよ。第一、そんな怪事件が起こった店にお客が来ると思う?」
 なるほど、とクリスが首を数回縦に振った。その横で、アレフは狐につままれたような表情を浮かべている。
「??? 何だそりゃ?」
「あれっ、アレフ君知らないの? 実は、さくら亭がね…」
「はいは〜い。クリス君、私に説明させてよ。もうさっきから誰かに言いたくて、ウズウズしてた所なんだからさ」
「う…うん」
 トリーシャのその剣幕にクリスは思わず引いてしまう。
「でね、アレフさん。昨日のことなんだけどね‥‥‥」

 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥。

 ‥‥‥数分後。
「へえ〜〜、そんな事があったのか…」
「あれっ…。アレフさん、反応が薄いね‥‥‥」
「そうか?」
 驚くかと思っていたトリーシャだったが、アレフの反応にあまり納得が行かなかったらしい。
「まあ‥‥‥、確かにそんな怪事件が起こった後では、客が来なくなるのも無理はないな‥‥‥」
「全くよ。お陰でこちらの商売は上がったりよ」
 パティは腕を組んで、ちょっとむくれた顔をして言った。アレフとクリスは、シーラの横に座ることにした。
「で、お2人さん。注文は?」
「コーヒー。もちろん、『Black』で」
「僕もコーヒー。ミルクと砂糖も一緒にお願いします」
「オッケー」
 クリスは普通に頼んだが、アレフは『ブラック』の部分をちょっとばかり特徴のある発音で言った。それをいつもの事と無視して、パティは手慣れた手つきで準備を始めた。
「よっ、シーラ。今日も綺麗だね」
 アレフは、右隣のシーラに軽くウインクをするが、シーラはただ困った表情を浮かべただけだった。
「あっ…こ、こんにちは。アレフ君」
「ところでさ、シーラ。今度の日曜日、空いてる? 今度、隣町のトロンヘイムであの超有名な『EOS』のコンサートがあるらしいんだけど、一緒に行かない?」
「えっ? 私は、その‥‥‥」
 シーラはアレフの色目から逃れようと顔を逸らすが、耳だけはどうしてもアレフの美声を聞き取ってしまう。
「空いてるんだろ? 一緒に行こうよ」
 とろけるような甘い口調で、アレフはシーラを落とそうと試みるが…。
「はい、ブラックコーヒーとコーヒー。で、これがミルクと砂糖よ」
 そこへパティがアレフとクリスの注文の品を出して、割って入ってくる。
「おっ、さすがに早いなパティは」
「頂きます」
 アレフの心は、シーラからブラックコーヒーへと乗り移った。あくまで、クリスは丁寧な口調でパティにお礼を言った。
 パティは、アレフに分からないようにシーラに向かってウインクをした。シーラも、「ありがとう」と小さく首を縦に振った。何とか、パティの助け船によって難を逃れることに成功したようだ。
「ところでクリス、さっきから一言もしゃべんないけど、どうしたんだ?」
 アレフは、隣でクリスがコーヒーに口も付けずに何か物思いに耽っているのに気づき、どうしたのか尋ねてみる。
「えっ? うん‥‥‥」
「恋の悩みか? だったら、この『アレフ』様に何でも聞きな」
 自分の名前を特に強調して、胸を張りながらそう言った。
「バーカ。クリスはアレフみたいに軟派な輩じゃないんだよ。なっ、クリス?」
 そこへ、エルが横からツッコミを入れてくる。それを聞いていたトリーシャも、隣でプッと吹き出していた。
「チェッ…相変わらず厳しいな、エルは。でも俺は、そういうとこは嫌いじゃないぜ」
「なっ…! バ、バカ言ってんじゃないよ」
 アレフの思わぬクロスカウンターに、エルは頬を赤くしてしまい、そっぽを向いてしまう。さくら亭は、また笑いの渦に包まれる。
「で、クリス。何を考えていたの?」
 続いて、パティがクリスに話しかけてきた。
「う、うん。そんな、大したことじゃないんだけど…」
 クリスは、ちょっと遠慮がちだ。トリーシャやシーラも、視線をクリスに向けてきた。
「クリス君、何でも言ってみて」
「そうだよ。ボクたちトモダチじゃない」
「‥‥‥いや、悩みじゃなくて。さっき、トリーシャから聞いた神隠し事件のことなんだけどさ…」
「何か心当たりでもあるの?」
 パティが少し身を乗り出して来た。アレフも、コーヒーを飲みながら聞き耳をたてる。
「ううん…。ただ、ちょっとね…ヘンだなあって思う所があるんだけど」
「??? なんだよ」
 トリーシャも、クリスの側まで来て聞き耳を立ててくる。とそこへ…。
 カランカラン‥‥‥
「こんにちは」
 さくら亭入口の呼び鈴がまたもや、店内にこだました。
「いらっしゃ‥‥‥リカルドさん!」
「お父さん!?」
 パティとトリーシャの声がハモった。入ってきたのはリカルドと呼ばれた、40代半ばの中年男性だった。普段着でも、その体格の良さは十分に見て取れ、優しさと威厳を両立させたような逞しい顔立ちをしている。その後ろには、部下と思われる1人の衛兵を従えていた。
「おお、トリーシャ。みなさん、お揃いのようだね。お父上はご在宅かな?」
「あっ、ごめんなさい。今朝の自警団からの取り調べや、深夜のこともあってか今は眠っているんですよ」
「そうか…」
 そう。パティの父親は、夕べの怪事件を目撃した後、あまりの恐怖にそれ以降一睡も出来なかったのだ。そして、今朝の自警団の取り調べ。いろいろと根ほり葉ほり聞かされ、『寝ぼけたのではないか』『夢だったのではないか』などの疑いに掛けられたこともあってか、精神的に疲れてしまい、爆睡しているのだ。
「起こしてきましょうか?」
「いや、構わないよ。ゆっくり、眠らせておいてくれ。それならば、パティ君に聞かせることにしよう」
「すいません…」
 パティは申し訳なさそうに、リカルドに向かって頭を下げた。
「あの…、何か飲みますか?」
「いや、いい。この後、すぐに会議があるのでね」
 パティは「そうですか」と少し残念そうな表情を浮かべるが、すぐに気を取り直して別の質問を投げかける。
「今、ここに来たのは他でもない。例の事件のこれまでの検証結果を報告しに来たのだ」
 リカルドのその言葉と同時に、さくら亭内が一瞬にして緊迫した空気に変わる。
「単刀直入に言うと、残念ながらまだ解決までには至っていない。あまりにも奇妙なことが多すぎるのだ」
「奇妙なこと…ですか?」
 パティが、鸚鵡返しにその言葉を繰り返した。リカルドは「うむ」とうなずき、説明を続けた。
 リカルドが説明した内容は以下の通りだ。
 まず最初にぶち当たった謎というのが、『どうやって密室状態のまま部屋から抜け出したか』ということだった。
 そこでまず、自警団が考えついた仮説は「テレポート魔法使用説」で、その名の通りテレポート魔法を使って消えたので有れば、密室状態のまま姿を消したのも納得が行くと考えたのだ。そこで自警団は、魔術師組合に協力を要請、「センス・マジック」を使って魔力感知を行ったのだ。その結果、何らかの魔力を感知できたのだが、それはテレポート魔法ではなかった。更に、その使われた魔法というのも、ものすごく強大な魔力を帯びた魔法だということしか分からなかった。それに、ただテレポートするぐらいならばパティの父親が聞いた笑い声はどう説明するのかという意見もあった為に、この仮説は否定された。結局は、その部屋で何らかの揉み合いがあったらしいという方向に辿り着いたのだが、ここでまた1つ謎が浮かんだ。揉み合いがあった割には、破損した箇所が1個も見当たらないということだ。強大な魔力を帯びた魔法が使われていたのは間違いないのだから、部屋が無事でいられはずがない。だが、それも一行に糸筋が見つからず、結局この仮説は否定された代わりに、また1つの大きな謎を残した所で止まっている。
 そしてもう1つ。パティの父親が不気味な笑い声を聞いたということだが、パティの父親によれば、その笑い声は消えた青年のそれではなかったという。つまり、もう1人誰かがいたということだ。ドアノブから施錠解除魔法が感知された為、その笑い声の人物は入口から入ってきたことは既に確認されている。さくら亭には青年の他にも宿泊客が居たのは宿帳で確認されている。だが、そのほかの宿泊客からは笑い声が聞こえたという証言は得られなかったのだ。爆睡していたのならまだしも、その時間起きていた宿泊客もいたらしく、その人からも証言は得られなかったのだ。その為、パティの父親は「寝ぼけていた」「夢だった」等の疑いに掛けられていたらしい。何らかの結界を張ったのならまだしも、なぜパティの父親にだけ笑い声が聞こえたのか。この謎もまだ現在調査中とのこと。
「‥‥‥我々は現在全力でこの事件の解明を急いでいる。何か分かり次第、すぐに報告するので待っていて頂きたい。以上」
 リカルドの十数分にわたる説明が終わると同時に、その場に居合わせた6人全員が一斉に深呼吸をした。
「じゃあまだ、解決はしていないんですね?」
 クリスが再確認をするつもりで、もう一度リカルドに尋ねる。
「うむ…。申し訳ないが‥‥‥」
 しばらくの間、さくら亭を暗い沈黙が支配した。
「でも、一生懸命やってくれているのを聞いて少し安心しました」
「頑張って下さい」
「俺も出来る限り協力するぜ」
「お父さん、頑張って!」
 パティのその言葉に、アレフたちもリカルドを励ます。
「ありがとう‥‥‥」
 リカルドは、優しげな笑みを浮かべてそれに応える。
「ところで、先程聞き忘れていたのだが、その青年の名前は何というか分かるかね?」
「えっ、ええ。宿帳を見れば分かると思います」
 パティは壁に掛けてあった宿帳を手に取り、パラパラパラとめくり始めた。
「ああ、ありました。ええと、『朝倉禅鎧』です。変わった名前ね」
「朝倉‥‥‥?」
 リカルドが意味ありげな口調で、『朝倉』という言葉をリフレインする。
「知ってるんですか?」
「いや‥‥‥。だが、何処かで聞き覚えがある‥‥‥」
 リカルドが必死で何かを思い出そうとしている横で、衛兵が懐から懐中時計を取り出し時間を確認すると、リカルドに声を掛けた。
「隊長、そろそろお時間です」
「ん‥‥‥ああ、分かった。それじゃあパティ君、申し訳ないがこの辺で失礼させてもらうよ。これから、この事件に関する重要な会議が開かれることになってるんでね。トリーシャ、遅くならないようにな」
 事務的な説明の中に、自分の大事な1人娘を気遣う言葉を混ぜ合わせるリカルド。
「はい。頑張って下さい」
「お父さん、ボクは大丈夫だよ」
 リカルドはトリーシャの返事を確認するとイスから立ち上がった。パティは入口までリカルドたちを見送る事にした。リカルドの姿が見えなくなるまで、パティは入口で見送った。
「…う〜ん、思ったよりも随分と深刻な事件なんだなあ」
 パティがカウンターへ戻ったのを確認してから、アレフは知ったような口調で言った。
「ああは言ったけど、大丈夫かしら?」
 パティもやはり、少し不安な要所はあるようだった。
 と、そこへ‥‥‥。 
 カランカラン!
 さくら亭の呼び鈴が1分足らずで客の到来を告げてきた。
「ねぇ、みんな。大変よ、大変よ!」
 入ってきたのは15歳ぐらいの小柄な少女だった。2つの金髪のお下げとミニスカートが実にかわいらしい。指には、何らかの指輪を数種類身につけている。それと一緒に、その少女よりも少し大人びた少女も扉をすり抜けて入ってきた。桜色のセミロングの髪の毛とリボンがよく似合っている。フリルが目立つ、あまり行動的ではない服装を身に纏っている。
「マリア、ローラ! 今度はどうしたの?」
「大変なのよ!」
 全速力で走ってきたのだろう、息を切らせながらマリアが言う。
「だから何がなんだよ!」
 エルが厳しいツッコミを入れてくる。
「人が倒れてるのよ!」
 疲労困憊のマリアの横から、ローラが言葉を続けてきた。
「えっ!!」
 それを聞いて、エルとアレフがその場から無意識に立ち上がってしまう。
「さっき、祈りと灯火の門の先を散歩してたら、誰かが倒れているのを見付けたのよ!」
 何とか呼吸もゆっくりになってきたマリアが、更にその後に続いた。
「本当か!?」
 アレフのその言葉に、マリアが何回も首を縦に振る。
「リサが今行っているところだけど、1人じゃ無理みたいなの。だから、みんなにも力を貸して欲しくて…」
「そうか、分かった! それはほっとくわけにはいかないな。俺も一緒に行こう。マリア、ローラ、案内してくれ。トリーシャ・エル・クリスはそれぞれ自警団とクラウド病院に連絡を取ってくれ」
「はい!」
「任せときな」
「任せてよ!」
「わかったわ」
「オッケー!」
 シーラとパティを除いた5人は、それぞれアレフの指示通りにバラバラにすぐさま行動に移った。
「ち、ちょっと! 私たちはどうすんのよ?」
「その場で待機!」
「待機って‥‥‥んもう! 私たちは病院に先回りするわよ、シーラ!」
「う、うん…」
 アレフたちよりちょっと送れて、心配そうな表情を浮かべたシーラの手を弾いてパティはさくら亭を飛び出した。

「リサ〜〜〜〜!!」
 アレフがリサの姿を確認すると、大声で彼女の名を呼んだ。
「そんな大声出さなくても聞こえるよ」
 リサは、そんなアレフをよそに静かな口調で応えてくる。アレフがリサのところに辿り着いた。体力には自信があるらしく、あまり息は乱れていなかった。
「なるほど、確かに人が倒れてるな。だけど‥‥‥」
「そう、ヘンだよな」
 リサの側には、確かに仰向けに若い男が突っ伏していた。だが、その身体には傷らしきものは1個も見当たらない。アレフは思わず首を傾げた。
「空腹で倒れたのか?」
「いや、違う。腹の虫は鳴いていなかった」
「じゃあ、どうして‥‥‥息は?」
「まだある」
 リサが言うには、どうやら精神的なダメージによって昏倒してしまったらしい。
「ハア、ハア…。アレフ、早すぎるよ〜」
 本来ならば道案内役のマリアとローラが、少し遅れて現場に辿り着いた。アレフは「わりぃ」と簡単に謝罪した。
「‥‥‥くっ」
 突然、倒れている男からうめき声が漏れた。
「! おい、大丈夫か。しっかりしろ!!」
 リサが、男の身体を揺さぶってみるが、全く動こうとしない。いや、動けないのだ。
「…か、身体…が‥‥‥」
「身体がどうしたんだ、おい!」
 アレフも大声で呼びかけるが、それ以来男は喋らなくなった。
「ねえ、ちょっとあんた! しっかりしなさいよ!」
「お兄ちゃん! しっかりしてよ〜!」
 マリアとローラも必死で呼びかけるが、青年は苦痛の表情を浮かべるだけだった。
「まずいな、これは。早くクラウド病院に運ぼう。俺がおぶるから、リサ手伝ってくれ」
「分かった」
 リサはうなずくと、その青年を抱き上げ、アレフの首に腕を回させ、そのまま寄っかからせる。
「よし、せ〜の…」
 かけ声も入れてアレフは立ち上がるが、以外と軽かったのでちょっとだけ拍子抜けしてしまった。
「だいじょうぶか、アレフ‥‥‥!!」
 リサはアレフにおぶさった青年の首筋を見て唖然とした。首の付け根辺りに2つの斑点と、衣服越しに何らかの不気味な紋章が浮き出ていたのだ。
「どうした、リサ?」
「い、いや‥‥‥。何でもない…」
「走るから、きちんと後ろを押さえててくれよ」
 そう言うや否や、アレフとリサは青年を庇うようにハイペースで走り出した。
「ち、ちょっと〜。私たちを置いていかないでよ〜!」
 結局マリアとローラは、元来た道をまた走って戻る羽目になってしまった。
「クックック‥‥‥」
 その2人の後ろ姿を、祈りと灯火の門前の丘の茂みから見下ろしている謎の姿があった。
「『布石』は見事に『浅瀬』に乗りかかったか‥‥‥。後は時間が全てを解決してくれる‥‥‥。ク、ククク‥‥‥、楽しくなってきたぜ!!」



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