中央改札 悠久鉄道 交響曲 感想 交響曲

「Dear My Friend 」 輝風 龍矢  (MAIL)

The last song

第7章:Dear My Friend -make your shine way-

「今日はご苦労だったね」
「いえ‥‥‥‥」
 リカルドと禅鎧が、自警団事務所の出入口から姿を現した。
「今後も必要に応じてはまた来て貰うことになるかもしれないが、よろしく頼むよ」
「‥‥‥‥‥分かりました」
 リカルドに向かって軽く一例をすると、禅鎧は自警団事務所を後にした。
「‥‥‥‥‥フゥ」
 自警団事務所が完全に見えなくなった後、禅鎧の口から無意識に深いため息が出る。無理もない。
 禅鎧が自警団事務所に姿を現すと、その場にいた団員全員が我が目を疑った。消滅したはずの人間が今目の前にいるのだから無理もないことなのだが…。同行された禅鎧は、取調室ではなく、リカルドの部屋でもある隊長室へと連れて行かれた。
 そこでリカルドの口から、例のさくら亭での事件についての現在までの調査結果を説明された。そして、禅鎧の口から部屋の中で何が起こったのかを説明することになったのだが、なぜかそこだけ記憶の断片が抜けていて禅鎧の口から真実が語られることはなかった。禅鎧の部屋から魔法反応が確認されたことから、その魔法による一時的な記憶喪失だろうと考えたリカルドはそれ以上追求することはなかった。続いて禅鎧の所持品検査。その中に何か重要な手がかりがあるのではないかと考えたのだ。
 だが、分かったのは道具の使用方法だけで、事件に関する糸口の収穫には至らなかった。これには、流石のリカルドも大きく肩を落とした。その後、少しでも思い出したかどうか聞いてみたが、禅鎧はただ首を横に振るだけだった。
 事情聴取から数時間後、禅鎧は解放され現在に至る。ジョートショップでの謹慎は解かれたものの、さくら亭事件が解決するまでの間はエンフィールドに滞在することを命じられた。
 禅鎧の肩には、先程持っていったショルダーキーボードだけが掛けられてあった。他の荷物は証拠品(?)として、自警団に預けることになったからだ。禅鎧がエンフィールドを出ていかないための布石でもあるのだろう。
 だが、禅鎧にとって今はそんな事はどうでもよかった。なぜ記憶が消されていたのか、その事だけが頭から離れない。さくら亭で宿を取ったことまでは覚えている。それから、ジョートショップで目覚めるまでの間の記憶が抜けていたのは何故だろう。
 考えにふけりながら、気が付けば両側がさくらの木で覆われた並木道を歩いていた。見上げれば辺り一面が薄紅色に包まれていた。禅鎧がこの世に生まれてからの道筋を華やかに彩ってくれるかのように無数に立ち並んでいる。
 と、向こうから2つの人陰が近づいてくるのに気づいた。2人組の少年のようだが、かなりの身長差があった。片方は少々派手気味のラフな服装と帽子を被っていて、もう片方は小柄な体格に合わないかなりブカブカな出で立ちをしている。一見、仲のいい兄弟のようにも見える。
「よおっ」
 と、いきなり向こうの方から声を掛けてきた。禅鎧はその場でピタリと立ち止まった。
「元気になったみたいだな。安心したよ」
「身体の方は大丈夫ですか?」
「??? ‥‥‥あ、ああ」
 突然2人組の少年たちに声を掛けられた禅鎧は、狐に摘まれたような表情を浮かべた。そして、反射的に曖昧な返事を2人に返した。
「あんたたちは、一体‥‥‥?」
「う〜ん‥‥‥。話せば長くなるから、まず俺に付き合えよ」
「そうだね。僕たち、これからさくら亭に行くんだけど一緒にどう?」
「さくら亭!? ‥‥‥いや、やめておく」
 『さくら亭』と聞いて禅鎧はしばらくの間考え込み、そしてNOの返事を出した。消滅したはずの人間が事件現場を訪れては、いろいろと面倒な事が起こるのではないかと考えたのだ。
「いいからいいから」
「えっ? あ、ちょっと待て!」
 禅鎧の心を全て見透かしたかのように、アレフは禅鎧の腕を掴んで無理矢理さくら亭へと連れていくことにした。

 カランカラン‥‥‥。
「いらっしゃ〜い。‥‥‥って、なぁ〜んだ、アレフとクリスか」
 さくら亭入口のカウベルが鳴ると同時に、カウンターの方から少女が反射的に呼びかけるが、客の正体が分かるなり彼女は普通の口調に戻した。
「よっ、パティ。今日も綺麗だな」
「それはどうも‥‥‥」
 軟派な口調でアレフがパティ‥‥‥と呼ばれた少女‥‥‥に声を掛けるが、彼女はそれを軽く押しのける。昼過ぎなので比較的客が多い。3人は、パティとカウンターを挟むようにして席を取った。先のさくら亭での事件のほとぼりが冷めてきたので、さくら亭は昨日から営業を再開したのだ。
「あれ? 今日はいつもより頭数が多いけど?」
 もちろん、それは禅鎧のことを指している。
「ん? ああ、途中で会ったんだよ。な?」
「別に‥‥‥。無理矢理連れてこられただけだ」
 アレフは禅鎧の肩をポンと叩いた。禅鎧はいつの間にかサングラスを掛けていた。そんな禅鎧をパティは物珍しそうにしげしげと見ている。何か奇妙な既視感があるようだ。
「ふ〜ん…。ところで注文は? ‥‥‥いつもの?」
「もちろん」
「僕はフレッシュジュースで」
「OK。あんたは何にする?」
「いや、俺はい‥‥‥」
「俺と同じの出してやってくれ。ただし、砂糖とミルクは出してくれよ」
「え? う、うん、分かったわ」
 3人の注文をきくなり、パティはいそいそと準備に取りかかった。
「お、おい。俺は別に…」
「いいからいいから。長話になるんだから、飲み物の1つでもないとつまらないぞ」
「…分かったよ」
 その横でも、クリスが『そうそう』といった風に首を縦に数回振っている。もう何を言っても無駄だと悟った禅鎧は、あきらめの言葉を漏らした。
「はい、お待たせ」
「おっ、流石に早いな」
 数分も経たずにして3つのグラスが目の前に並べられた。アレフはブラックコーヒーを軽く一すすりすると、一呼吸置いて事のいきさつを話し始めた。
「さて…と、それじゃあ話すとするか。パティも一緒に聞いてくれ」
「え? う〜ん‥‥‥分かったわ」
 パティは店内の状況を見回してから、OKの返事を出した。
「まず話をする前に、自己紹介といくか。もう分かっていると思うが、俺はアレフ。アレフ・コールソン。よろしくな」
「僕は、クリストファー・クロス。クリスでいいよ」
「あたしは、パティ・ソール。私もパティでいいわよ」
「俺は‥‥‥」
「いや、言う必要はないぜ。朝倉禅鎧だろ?」
 その言葉に、禅鎧はキリリとした眉毛をピクリと動かした。パティもまた言葉を失ってしまう。
「どうして俺の名前を‥‥‥」
「それをこれから話すのさ」
 人差し指を一本建てると同時にウインクをする。
「ねえ、この人がそうなの?」
「何だパティ、気が付かなかったのか? ドクターんとこで顔見たんだろう? ここ『さくら亭』で消滅したと騒がれている宿泊客だよ」
 周りの他の客に聞こえないようにと、囁くような口調でアレフは説明を始めた。禅鎧がエンフィールド入口の『祈りと灯火の門』近くで発見されたこと。そしてその後、アレフとリサという女性によって病院に運ばれたこと。無事治療を終えた後、ジョートショップに運ばれたことを聞かされた。
「そうか‥‥‥。迷惑を掛けてしまったな。すまなかった」
 禅鎧はやっと出されたコーヒーに口を付けた。
「いいって、気にすんなよ」
 アレフはイヤな顔1つ浮かべることなく、禅鎧の肩にポンと手を置いた。
「でもアレフ君。朝倉さんの名前のことが説明できてないよ」
「そうせかすなよ。これから説明すんだから」
 口内の渇きをいやすために、コーヒーをもう一啜りするとまた説明を続けた。
「で、名前の話。多分、聞いているかと思うけど、荷物に楽譜入ってただろう? それから確認できたんだ」
「ああ。だが‥‥‥」
「そう。暗号で分からないようにしてたんだろう? でも、そこにシーラがいてくれたお陰で名前が分かったんだ」
「シーラさんはプロの音楽家を両親に持っているんだよ。もちろん、音楽知識もピアノの腕も超プロ級」
 クリスはまるで自分のことのように、自慢げにそのシーラという人物のことを説明した。
「そうね。あの時のシーラ、かっこよかったわよね」
 だがその時の禅鎧は、パティたちの会話を上の空で聞いていた。自分の考えた暗号がいともたやすく見破られた事についてなのだが、それは『悔やみ』ではない。むしろ『驚き』の方が強いかもしれない。
「‥‥‥とまあ、そんなところだ。これでもう(俺たちに対して)コソコソしている必要はなくなったわけだから、サングラス取ったっていいだろ? それに、被害者の似顔絵は公開されていないんだし」
「‥‥‥そうだな」
 そう呟いて、四角いフレームのサングラスをはずす。微かに光を帯びたスカイブルーの瞳が姿を現す。それは、禅鎧が少しずつ心を開いてきての行動なのかどうかは分からない。
「そうだぜ。折角、俺の次にぐらいいい男なんだからよ」
「なに調子いい事言ってんのよ」
 そこへすかさずツッコミを入れるパティ。そしてしばらくの間、禅鎧を覗いた3人の笑い声が店内にこだました。
「それで、何処へ行ってたんだ?」
 ブラックコーヒーをもう一啜りしてから、アレフは唐突にそう切り出してきた。
「自警団での取り調べだ」
「へえ‥‥‥。じゃあ、事件解決も後は時間の問題だな」
「いや、違う…」
 一瞬ためらいの気持ちがあったが、禅鎧は思い切って重い口を開き、そのアレフの意見を否定した。3人の目が禅鎧に集中する。
「さくら亭を訪れたのは分かっているんだが、それ以降の記憶が全く無くなっていた」
「そうか‥‥‥」
 4人の周囲にだけ、重苦しい空気が漂い始める。それを押しのけようと、クリスが口を開いた。
「リカルドさん、部屋に魔法反応があったって言ってたよね? 魔法による後遺症で、一時的に精神的な副作用があるって学校で習ったことがあるけど‥‥‥。多分、それによる記憶喪失だと思うよ」
「なるほどね。だったら、すぐに記憶が戻るんじゃないか? さすがクリスだ」
「‥‥‥だといいけどね」
「そう思っておけよ」
 アレフは禅鎧の背中をバンバン叩いた。そして、残りのブラックコーヒーを一気に飲み干した。 
「で、禅鎧‥‥‥でいいよな? それからどうなったんだ? 確か聞いた話じゃ、しばらくの間は謹慎中っていうことになってるらしいが…」
「ああ‥‥‥。ジョートショップでの謹慎は解けたが、事件が解決するまではエンフィールドを出てはならないようだ」
 禅鎧もまた、コーヒーを軽く一啜りしてそう言った。
「そうか。じゃあ、しばらくの間よろしくな」
「僕もよろしくお願いします」
 そう言って2人は右手を差し出してきた。禅鎧はしばらく黙っていたが‥‥‥。
「‥‥‥それもいいかもな」
 禅鎧もまた右手を差し出し、2人と握手を交わした。ほとんど過去の記憶を失っている禅鎧だが、こういった感覚を体験するのは初めてじゃない気がしたのだ。昔にも、こんな体験があったような、なかったような。禅鎧は微かながら既視感に見回れたが、すぐに立ち直った。
「ところでさ禅鎧、その足下に置いてある荷物はなんだ?」
 と、アレフは禅鎧が足下に立て掛けて置いてある荷物が目に入った。直方体の黒いソフトケースだ。パティとクリスもそれに注目した。
「これか?」
 禅鎧はそれを手に取ると、チャックを開けて中身を取り出した。シルバーメタリックの何らかの機器が姿を現した。
「ピアノ‥‥‥じゃないよね。でも、ギターみたいな取っ手もあるし。楽器なのかな?」
 クリスが言った通り、それにはピアノのような白黒の鍵盤が計37鍵並んであった。
「ああ‥‥‥これはショルダーキーボード。クリスが言った通り、楽器の一種だよ」
 それを見たパティは何かを閃いたらしく、指をパチンと鳴らした。
「そっか。確か、荷物の中に楽譜が入ってたんだよね。だったら、当然音楽をやっているんでしょ?」
「ああ、そうだ。シーラが言ってたけど、かなりの音楽能力の持ち主だって言ってたな」
「そうそう。だったらさ、ここで一曲弾いてくれない?」
「‥‥‥ここでか? 別に俺は趣味でやってるだけだ」
 突然のパティたちからの提案に、禅鎧は思わずたじろいでしまう。
「おお、名案! なあ禅鎧、俺からも頼むよ」
「僕もそれには賛成だね。ねえ禅鎧さん、お願いします」
 クリスも目を輝かせている。無意識に前髪を持ち上げて、自分の額に手を当てる禅鎧。
「ハァ‥‥‥。どうやら、何を言っても無駄なようだな」
 アレフはそれをYESの返事と判断するや否や、おもむろに立ち上がって他の客に向かって手を叩く。
「お〜い、お客のみんなちょっとばかりこっちの方に耳を傾けてくれるか〜?」
 アレフの呼びかけに、他の客は『何だ何だ?』と言わんばかりの顔でアレフに注目する。
「ここにいる青年が、みんなのために一曲歌を披露してくれるそうだ。腕はあのシェフィールド家の折り紙付きだ。聞かなきゃソンだぜ!」
 しばらくの間、他の客は周りの客や仲のいい友人と話し合ったりとざわついていたが、全員から拍手の音がわき出てくる。客の視線がアレフから禅鎧へと移る。禅鎧はまたサングラスをしていた。
「お、おい‥‥‥!」
 話を大きくするなとツッコミを入れる禅鎧だが、もはや手遅れだ。
「いいからいいから。俺たちだけ聞くっていうのはずるいだろう」
「‥‥‥‥ったく」
 禅鎧は諦め混じりのため息を付きながら、ショルダーキーボードを肩に掛ける。今まで見た事もない楽器を手にした青年を、興味津々のまなざしで客は見守っている。続けて発音の確認をする。今まで聞いたこともない音が出たので、周囲の客からざわめきが漏れる。そして、一つ大きく深呼吸。
 キララララ…。
 禅鎧の演奏が始まった。ベル系のキラキラしたデジタル音がさくら亭に響き渡る。コードバッキングをメインにした演奏だ。それはどこかせつなくもあり、元気が出るような雰囲気を漂わせる。アレフたち3人を始め、他の客たちは黙って禅鎧の演奏に聴き入っている。禅鎧が時折キーボードに付いてるツマミをひねれば、わずかながら音が鋭くなったり、クセがついたりする。そのたびに、客からはまたもざわめき立つ。
 ポロロロン‥‥‥。
 そしてエンディング。スリーコードで余韻を十分に残したまま演奏が終わった。余韻が完全に消える頃、客から拍手喝采を浴びた。側にいたアレフたちも例外ではない。気が付けば、2倍の客がさくら亭入口に集まってきていた。
「ヒュウ〜! すごいじゃないか、禅鎧」
「すごい…! 僕、感動しちゃいました」
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
 パティは既に言葉を失っていた。ただただ拍手をしているだけだった。禅鎧は満足そうに笑みを浮かべた。そして立ち上がり、軽くお辞儀をした。そして、再び席に付いた。すっかり冷め切ったコーヒーを全て飲み干すと、口で大きく深呼吸をする。
「すごいぜ、禅鎧! さすが俺の見込んだだけのことはあるな」
「禅鎧さん。僕、尊敬しちゃいました!!」
 興奮の冷めきらない状態で、アレフとクリスが各々の感想を述べる。
「確かに、シーラの言った通りの腕の持ち主だな。なあ、パティ?」
「えっ? う、うん。そうね…」
 アレフに声を掛けられて、やっと我に返るパティ。パティの心臓はバクバク言っていた。彼女もまた、まだ興奮の真っ只中にいる。
 カランカラン…。
 と、まださくら亭店内の興奮が冷めない中、出入口のカウベルが客の知らせを告げる。
「いらっしゃー…。あ、シーラ」
「おお、噂をすれば何とやらだぜ。禅鎧、彼女が俺たちが言ってたシーラだ」
 アレフに促されて、禅鎧は出入口の方に首を向ける。そこに立っていたのは、腰程まである艶やかな黒いロングヘアーをなびかせた少女だった。先端を桜色のリボンで結んでいる。頭に飾ってある布製のヘアバンドとワインレッドのストールは、彼女の気品の良さを漂わせていた。
「シーラさん、こっちですよこっち」
 クリスの呼びかけに気付いたシーラは、禅鎧の演奏を聴いてごった返したさくら亭店内を何とかすり抜けて禅鎧たちの側まで歩いてくる。
「こんにちは、みんな」
「いらっしゃい、シーラ。さあ、そこに座って」
「うん」
 パティはシーラを禅鎧の隣に座らせた。アレフの隣に座らせると、またナンパされる危険性があると察したからだ。
「今日は、シーラさん」
「よぉ、シーラ。今日も綺麗な髪の毛をしているね」
 若干ナンパ口調の甘い声で、シーラに囁くアレフ。シーラはタジッと苦笑いを浮かべながら、2人に向かって軽く会釈をした。
「ピアノのレッスンはもう終わったの?」
「うん。今日はたまたま早く終わったから…。それにしても、今日はどうしたの? まだ午後3時を回ったばかりなのに、すごいお客さんだね…」
 シーラも驚きの表情を隠せずにいた。パティがそれにたいして、得意げに答えた。
「それはね、シーラの隣にいる彼のお陰よ」
 パティは禅鎧に向けて手を差し出した。シーラは、禅鎧の方向に身体を傾けた。
「紹介するよ、シーラ。彼が朝倉禅鎧だ」
「‥‥‥‥? ええっ?」
 シーラは始めのうち合点がいかなかったようだが、しばし考えて驚きの声を挙げた。思わず自分の口元を手で押さえた。
「ここから、外の方にも演奏が聞こえてたでしょ? それ、禅鎧さんが演奏してたんだよ。その結果がこの店内の状態だよ」
「うん…。へえ、そうだったんだ」
 シーラは、混み合ったさくら亭店内を再び見回すと感嘆の声を挙げた。
「シーラが言った通りの、腕の持ち主だったわよ」
「…いや、そんなんじゃないよ」
 パティの褒め言葉を、禅鎧は否定した。それは、『謙遜』というわけでもなかった。
「あ‥‥‥ごめんなさい。まだ自己紹介がまだでしたね。初めまして、朝倉さん。私、あの…シーラ・シェフィールドといいます」
「あ、ああ…。よろしく‥‥‥」
 少し恥ずかしそうに頬を赤く染めてシーラはぺこりと頭を下げた。禅鎧も軽くお辞儀をした。顔を上げたとき、一瞬だけ目があった。ソウルカラーの瞳は、全てを見透かしているかのような不思議な光を帯びていた。お互い、思わず目をそらしてしまう。
「で、シーラ。ご注文は?」
「え…うん。じゃあ、ホットミルク」
「分かったわ」
 パティは、すぐに準備に取りかかった。
「お〜い、こっちも注文頼むよ!」
「こっちもよろしく!!」
「あ、は〜い! ごめんね、シーラ。ちょっとしばらくの間席を外すわよ」
「ううん。頑張ってね」
 他の客からも注文を頼む声が飛ぶ。パティは、シーラにそう言いながらレシート片手に他の客のメニューを聞きに走った。シーラは、そんなパティに激励の言葉を投げかけてあげる。
「いや〜、すごいな」
 と唐突に、アレフがそんな事を切り出してきた。
「うん。パティさんに失礼だけど、今の時間さくら亭がこんなに混雑する事ってないからね。これもみんな、禅鎧さんのお陰だね」
 クリスは目を輝かせながらそう言っているが、アレフはチッチッチと舌を鳴らしながら、人差し指を左右に動かした。
「違う違う。それもあるけど、こうやって音楽の天才がさくら亭に2人もそろっているのがさ。2人が結婚したら、すごい子供が産まれそうだな」
 その言葉に、シーラと禅鎧は頬を赤く染める。特にシーラは、かわいそうなくらいに真っ赤になっている。
「なっ‥‥‥。おい、アレフ…!」
「ア‥‥‥、アレフ君!」
 シーラと禅鎧の間に、ちょっと甘酸っぱい雰囲気が流れる。禅鎧の方はサングラスをかけているが、それでも動揺しているのははっきりと分かる。
「ハハハ、いや…悪かった悪かった。‥‥‥ところで、これから暇か?」
 手をパタパタと振りながら謝るアレフ。一呼吸置いて、別の話題を切り出してくる。
「ああ‥‥‥」 
「だったらさ、これから俺たちがエンフィールドを案内してやるよ。しばらくは、ここに滞在することになるんだろう?」
「えっ? いや、そこまでは迷惑はかけられない」
 しばし考えてから、禅鎧はそう言った。
「あっ、それはいいんじゃない?」
「うん。それに、場所を知らないといろいろと困るでしょう?」
 クリスの言うとおり、確かにジョートショップにお世話になっている間はタダで宿泊させて貰うわけには行かないだろう。ジョートショップは幸いにも何でも屋。その仕事を少しでもする事になれば、その仕事場所も知らないと意味がない。
「‥‥‥分かった。お願いするよ」
「よし…! と、それじゃあ早速行こうか。パティ、お勘定頼むよ」
「分かったわ」
 パティは禅鎧たちのレシートを持ってきて、暗算を始める。禅鎧は財布を取り出そうとするが、アレフにそれを制される。
「いいって、おごりだよ。俺が無理矢理誘ったんだからな」
「…そうか。済まない」
「禅鎧さん、そんなにかしこまる必要はないよ。僕たちはもう、友達なんだからね」
「友達‥‥‥か」
 ふと、禅鎧の脳裏に何かの情景が浮かび上がろうとしていた。昔、同じような感覚を味わったような、そんな気がした。会計を済ませたアレフが、禅鎧とクリスの下に戻ってきた。
「さてと、それじゃあ行くとしますか。パティ、シーラ、またな」
 アレフとクリスが、2人に向かって手を振りながら、さくら亭を後にする。パティとシーラも笑顔でそれに応えた。続けて禅鎧もショルダーキーボードを肩に掛け、さくら亭を出ようとするが、ふとその足を止めた。
「パティ‥‥‥だったかな?」
「何?」
 作業の手を止めてパティが禅鎧の方に振り向く。
「‥‥‥俺がこうやって来て、迷惑だったか」
「へ? …そんな事無いわよ。来てくれて嬉しかったわ。いい曲も聴かせてもらったしね」
「そうか‥‥‥」
 それを聞いた禅鎧は少しだけ安心の笑みをこぼした。そして、再び歩き出そうとしたとき‥‥‥。
「あ、朝倉さん!」
 今度は、シーラから呼びかけられた。禅鎧は内心驚いている。
「あ、あの…。今度、貴方の曲を…直接聞かせて下さいね」
「えっ? あ、ああ‥‥‥約束するよ」
「あ、ありがとうございます」
 シーラは本当に嬉しそうな笑顔を禅鎧に向けた。禅鎧は照れ笑いを浮かべつつ、急いでさくら亭を後にした。

To be continued...


中央改札 悠久鉄道 交響曲 感想 交響曲