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「Strike Back of PSYCO -前編-」 輝風龍矢  (MAIL)
The last song

●第9章:Strike Back of PSYCO -前編-

 ジョートショップの入口から、手錠をはめられた禅鎧がリカルドたちと共に姿を現した。禅鎧は、すでに放心状態へと陥っていた。思考がはっきりしていない状態のまま、禅鎧は2人の団員に左右を挟まれながら操り人形のように自警団事務所へと連行されていく。
「‥‥‥‥‥‥‥」
 ジョートショップの入口では、心配そうな表情を浮かべてアリサとテディが見守っている。その側では、禅鎧に逮捕状を突きだした長身の団員が立っていた。
「信じられないわ‥‥‥。ねぇアルベルト君、本当に禅鎧君の仕業なの」
 アルベルト‥‥‥と呼ばれた団員‥‥‥は、困惑の表情を浮かべながらその思い口を開いた。
「あ、アリサさん。貴方のお気持ちはこのアルベルト、胸が張り裂けそうなほど分かります。ですが、さきほど隊長からもご説明があったとおり、彼がやったという証拠はもう既に上がっているのですよ」
 アルベルトがこのような内容の説明をするのは、これで三度目だ。それでもまだ、アリサは納得が行かないといった顔をしている。テディも例外ではない。
「誰か他の方が、禅鎧君に罪をなすりつけるためにやったとは考えられないのかしら?」
「いいえ、それはありえません。ですから‥‥‥」
 アルベルトの3度目の説明を半信半疑で聞いているアリサの胸の前で組まれた彼女の手の上には、彼女の目の役割をしているテディの姿はなかった。
「大変ッス。はやくアレフさんたちにも報せなきゃッス‥‥‥」

 ジョートショップにてリカルドが説明した内容、アルベルトがアリサに何度も説明している内容は次の通りだった。『さくら亭神隠し事件』発生の通報が合ってから間もなく、もう1つの事件の通報が自警団にあった。フェニックス美術館に展示されている絵画や彫刻品が、一夜のうちに盗まれたという事件だった。犯行時刻はその日の夜中。それは、禅鎧がさくら亭の客室から消えたという時刻とほぼ同じ時刻だという。
 かなりの巧妙な手口で盗みが行われたらしく、指紋などの手がかり等は全然見つからなかった。事件は迷宮入りかと思われたが、近所の住民から禅鎧によく似た体格の人陰がフェニックス美術館近くで目撃されたという証言が得られた。そこに自警団は、さくら亭事件とその事件の関連性があると推測した。
 そこでもう一度禅鎧が消えた客室を重点的に調べたところ、なんと窓から禅鎧の指紋が検出された。これは怪しいと思った自警団はすぐさま禅鎧が居候しているジョートショップへと急行、禅鎧が借りている部屋を調べたところ多数の絵画や彫刻品が発見されたのだ。照合の結果、それは美術館から盗まれた物だと分かったのだ。
 つまり、『さくら亭神隠し事件』はあくまでカモフラージュであり、『フェニックス美術館盗難事件』にあまり自警団を関与させないために起こした『狂言』だというのだ。
 禅鎧もまた反論を試みようとしたが、ここまで証拠が揃っているし、ひょっとしたら記憶喪失中にそのような事をしていたのかもしれないという錯覚に陥ったため、やむなく禅鎧は逮捕された。

 アルベルトがアリサに4度目の全く同じ内容の説明をしている頃、禅鎧を引き連れた自警団一行はリカルドを筆頭に『さくら通り』を歩いていた。ちょうど混雑していたときのため、それにたくさんの野次馬がつめ寄っている。
「おいおい、あれがフェニックス美術館で悪さした盗人らしいぜ」
「まだ若いじゃないか…」
「よほど生活に苦労していたんだなぁ…」
 その場に居合わせていた住民たちは、口々に手前勝手な事を話し合っていた。犯罪者を見つめる人々の視線は実に冷たく、痛々しく感じるものなのだが、今の禅鎧にはそんな事を感じる余裕などない。

 丁度その頃、テディがさくら亭に到着していた。息を切らしながらも、禅鎧のことをその場にいた全員に知らせた。
「マジかよ、それ?」 
「それ、本当なのテディ?」
 まだ残っていたアレフ、シーラ、クリス、そしてパティも各々その驚きを隠せなかった。さっきまで自分と一緒にいた人間が、いきなり犯罪者となっている事についてではなく、心底から信じられないといった顔をしている。その理由は、次のアレフの言葉が示している。
「だって、あいつはドクターんとこに運ばれていたときものすごい重傷を負っていたんだぜ? そんな身体で盗みを犯せるなんてとても思えない」
 確かに、あの時禅鎧は肉体的なものではなく明らかに精神的な重傷を負っていたのは間違いない。『禅鎧の背中には、不気味な紋様が書かれていたんだぜ』と説明しなかったのは、アレフのせめてもの気遣いだろう。
「そうですよ。僕たちが証人としてその事を自警団に持ちかければ‥‥‥」
「でも、クラウド医院にはあとでリカルドさんも来てたよね? ということは、自警団がその事を知ってて禅鎧さんを逮捕したことになるよ」
 クリスのその言葉にも動揺が読み取れる。みんな、気が気でないのだ。
 カランカラン‥‥‥
 とそこへ、また1人さくら亭へとお客が訪れる。
「ねぇねぇみんな、大ニュースだよ大ニュース!」
 比較的ラフな服装に身を包んだ、1人の少女が飛び込んできたのだ。トレードマークとも取れる大きな黄色いリボンをなびかせながら、アレフたちの所まで走ってくる。いつもの事ながらも、アレフたちはその少女に注目する。呼吸を整えてから、その少女は口を開こうとするが‥‥‥。
「『フェニックス美術館盗難事件』の犯人が捕まったことか?」
「えっ? なんで知ってるの?」
 自分が教えようとした内容を先にアレフに言われたことで、ちょっと間の抜けた声で聞き返す少女の名はトリーシャ・フォスター。エンフィールド内での情報発信基地の二つ名を持っている。自警団第一隊長リカルド・フォスターの1人娘である。
「あ、う〜んと‥‥‥まだあるんだよ。何とその犯人が‥‥‥」
「『さくら亭神隠し事件』での被害者だって言うんでしょう?」
「あちゃ〜、みんな知ってたんだ‥‥‥。がっかり」
 更に駄目押しを喰らってしまったトリーシャは、『ハァ〜ッ』と肩を落とす。そんなトリーシャに、シーラは自分の隣に座るように促す。深いため息を付きながら、トリーシャは席に付いた。
「更に‥‥‥。皮肉にも、さっきまでずっと俺たちと一緒にいたんだ」
「ええ〜、ホント!?」
 ‥‥‥とこれは、決して自慢げにではなく重々しい口調でアレフ。情報屋トリーシャとしてのプライドがあるのだろうか、2度も駄目押しをされた上に、自分が知らない情報をも握られていたことに、驚きの心情を隠すことが出来ない。
「けっこうカッコイイ奴だったぜ。ま、俺の次にだけどな」
「ま〜たアンタは、調子いいこと言って‥‥‥」
 呆れた口調でパティ。トリーシャは「ふ〜ん」と少々興味ありげな口調で鼻を鳴らした。
「あっ、そうッス。その禅鎧さんッスけど、そろそろここを通る頃かもしれないッスよ」
「ホントか?」
 テディがアレフたちにそう告げた頃、ちょうど外が騒がしくなってきた。それに反応しての行動か否か、アレフたちは席を立つとさくら亭の出入口に向かった。
「あ、ホントだ」
 と、自分の顔には不釣り合いな大きな眼鏡をかけ直しながらクリス。180度見渡せば、たくさんの野次馬たちが街路の両端を埋め尽くしていた。そして『日の当たる丘公園』方面から、複数の人陰が確認できた。それは紛れもなく自警団だった。徐々に、さくら亭に近づいて来るに連れ、周りを固めている自警団員の1人1人の顔を確認できるまでになった頃‥‥‥。
「禅鎧さん‥‥‥‥」
 被害者が見えないようにと壁を作っている自警団員の隙間から、禅鎧の姿を確認できた。うつむいていてその表情を確認することが出来ないが、最初に出会った時のあの不思議なオーラは無くなっていた。手には手錠がはめられており、その傍らにはその手錠に結んでいる紐の先を持っているリカルドの姿があった。そして、さくら亭の前にさしかかる頃、ふと禅鎧が少しばかり顔を上げた。 
「禅鎧‥‥‥」
 ふと、アレフたちは禅鎧と目があった。その細い瞳は、さくら通りの並木道で出会った時の光、さくら亭で自分たちの前で演奏していた時のあの光は失われていた。自分たちに助けを請うような目でもない。希望も生き甲斐さえも微塵も見当たらない、『死人の目』だった。
「あ、朝倉く‥‥‥」
 シーラが禅鎧に声をかけようとするが、すんでの所でパティがそれを制止させた。禅鎧もまた、しばらくして力無くうつむいてしまった。アレフはそれをただ見送るしかできなかった事に、少々苛立ちを覚えていた。

「さあ、ここに入るんだ。しばらく頭を冷やしていろ!」
 ガチャン! カチッ…
 ショルダーキーボードばかりか、ポケットの中のハンカチまで所持品を全て取り上げられた。鉄格子の扉の開閉音と施錠音が、禅鎧には自分の人生の終わりを表しているように思えた。
 禅鎧は、自警団事務所地下に備えられた拘置室に入れられた。拘置室の割りには、意外と清掃が行き渡っていた。いや、未だに使われていないのかもしれない。ひょっとしたら、禅鎧がここに一番最初に入れられた罪人なのかもしれない。
 禅鎧はしばらく呆然とその場に立ちつくす。窃盗罪のみでは死罪はあり得ないだろうという未練がましい期待はあるのだが、見知らぬ街の治安維持団体なのだから、それだけで死罪ということもあり得る。禅鎧は力無くその場にへたり込んだ。
 牢獄独特の異臭と、コンクリートで敷き詰められた地面の冷ややかな感触。地下牢なので、当然窓などあるはずもない。
 座っているのにも疲れた禅鎧は、その場にコロンと寝転がる。廊下の明かりだけを頼りに、意味もなく天井にこびり付いてあるシミの数を数えたりもする。それが終わったら、今度はコンクリートに出来たひび割れの数‥‥‥。自分で、「何でこんな意味もない事をやってんだろう」と呆れたりもする。
 禅鎧はもう1つ、やるせないため息を付いた。
「おい。夕飯だ」
 と、禅鎧は外から声をかけられた。おもむろに身体を起こし、そちらの方向に身体を向けた。するとそこには、肩幅ほどのお盆を抱えた自警団が立っていた。そして、鉄格子が開けられ禅鎧の側にそのお盆を置いた。ロールパンが二つに、あったかいスープが入った皿が1つ。囚人に出す食事の割りには意外に豪華だった。
「リカルド隊長のはからいだ。本来ならば乾パンのみなのだが‥‥‥、心のお広い隊長に感謝するんだな」
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
 禅鎧は何も答えない。食事を持ってきた団員は、しばらく黙っていたが1つ深いため息を付いて話を続けた。
「お前の処分は明日まで持ち越されることとなった。どんな処遇になるかは分からないが、それに備えてゆっくりと休んでおくんだな」
 ガシャン! カチリッ…
 自分の任務を済ますや否や、鉄格子の扉を閉め鍵をかける。その後は、自警団員の心地よい足音だけが、ただむなしく拘置室に響き渡るだけだった。
「‥‥‥心が広い…か」
 禅鎧はそう呟くと、ロールパンを手に取りそれにかじりついた。

「お疲れさまでした〜」
「お先に失礼します」
 自警団事務所の更衣室‥‥‥。それぞれ着替えを終えた団員から順に帰り支度を始めていた。
「隊長、お疲れさまでした!!」
「アルか‥‥‥。今日はご苦労だったな」
 帰り支度を始めているリカルドの所に、禅鎧に逮捕状を叩き付けた長身の団員…アルベルトが歩み寄ってきた。そして、敬礼をしながら威勢のいい声で挨拶をする。
「まさか、息詰まっていた事件が一気に2つも片づくとは思いませんでしたよ」
「うむ‥‥‥。ところで、私が言った通りの食事は出しておいたか?」
 リカルドのうなずきには、どこかしら曖昧だった。だが、その事にアルベルトは気付いていない。
「はい…。‥‥‥ですが、罪人にあそこまでしてよいものでしょうか? そんな事をしては、変につけ上がってくるのでは…」
 自警団の制服を脱いで、私服に着替えながらアルベルト。そう思うのはアルベルトだけではない‥‥‥。リカルドがその事を提案した時、大半の自警団員から反対の言葉が上がったのだ。また、両足に重い鉄球をくくりつけておこうと提案した団員もいた。だがリカルドの次の言葉で、他の自警団員はそれ以上反論することが出来なかったのだ。
「罪人とて人間だ。そんな家畜のような扱いをしては、幾ら何でも酷ではないかね?『罪を憎んで人を憎まず』…だよ。それに‥‥‥」
「それに‥‥‥、何ですか?」
「‥‥‥いや、何でもない。アル、今日はゆっくりと休んでおけよ」
「‥‥‥はいっ! お先に失礼いたします!!」
 一足先に着替えを終えたアルベルトは、威勢のいい透き通った声でもう一度敬礼すると、荷物を片手に更衣室を後にした。
「‥‥‥‥‥‥‥」
 更衣室にはリカルド1人だけが取り残された。ほとんどの団員はすでに帰路に着いている。もちろん、禅鎧が幽閉されている拘置所前の見張り部屋には当番の団員はいるのだが‥‥‥。
 何とか難事件を一挙に2つも片づけることに成功したものの、リカルドにはその他にも思い当たる節があったのだ。さくら亭で禅鎧の苗字を聞いたときから、何かしら既聴感を覚えているのだ。何とか思い出そうと試みるが、何かの異物につっかえているようで出てこないのだ。
(朝倉‥‥‥朝倉‥‥‥どこかで)
 『朝倉』という言葉を呪文のように、何回もリフレインしてみる。それでも思い出すことは出来ない。
「フゥ…、考え過ぎか‥‥‥」
 深いため息を付いて、思い出すのを諦めかけるリカルド。ロッカーに入ってある上着を取り出し、それを軽く肩に掛ける。
「‥‥‥‥‥?」
 その拍子に、その上着の内ポケットから何か薄っぺらい物が落ちた事に気が付いた。それは、一枚のハンカチだった。黒いチェックの入ったハンカチ‥‥‥。
「‥‥‥‥‥‥!!」
 次の瞬間、リカルドの脳の中で一本のシナプスがつながった。それは、さっきまで思い出そうと思っていた記憶そのものだった。それが脳裏に絶え間なく。次々と浮かび上がってきた。リカルドはその細い目を見開いた。
「‥‥‥そうか、そうだったのか! 『朝倉禅鎧』‥‥‥。だとしたら、彼が犯人のはずはない。ということは、禅鎧君は『彼女』の‥‥‥!!!」
 そこまで言いかけた時、リカルドは何らかの人の気配を感じた。それは、自警団の団員のそれではない。かなり強い、『殺気』さえ感じるどす黒い『邪気』だった。‥‥‥かなり近い。
「そこにいるのは、誰だ!」
 リカルドは思い切って振り向いた。
 ヒュン‥‥‥‥!
「むっ!!!!」
 その瞬間、半開きになった扉の向こうから何かが飛んできた。リカルドはすんでの所でそれを交わした。それはロッカーに当たると、金属音をたてつつその効力を失い地面に突き刺さった。短剣が投げつけられたのだ。
だが、そこには誰もいなかった。リカルドはまだ警戒の姿勢を解こうとはしない。
「クックック‥‥‥、さすがは自警団の隊長‥‥‥。反射神経がいいねェ」
 そんな不気味な声と共に、更衣室の扉がキィ〜〜〜っと耳障りな音を立ててゆっくりと開かれた。その不気味な気配の正体が明らかになった。姿を現したのは漆黒の拘束衣のような服装を身に纏った男だった。首には何かしらのベルトが巻かれてある。そしてその男の最大の特徴は、灯りがある更衣室といえども見栄えがする程の銀髪と、両目に不気味な紋様が刻まれた眼帯がされていたことだ。見たところ、武器は何も所持していないようだが、油断は出来ない。
「何者だ!」
「そうだな‥‥‥。『シャドウ』とでも呼んで貰おうか?」
 しゃあしゃあと挑発的な口調でその男‥‥‥シャドウ‥‥‥はそう名乗った。
「こんな夜中に、自警団に何の様だ?」
「ククク‥‥‥、別に自警団に用があるわけじゃないさ。あんたに用があるのさ‥‥‥リカルド・フォスター」
「!!? なぜ、私の名を?」
 見知らぬ男に自分の名前が知られていることに驚くリカルド。シャドウに近づこうと体を動かそうとするが‥‥‥。
「がっ…、な、何だ? 身体が‥‥‥」
 リカルドの身体はその場から全く動かなくなっていた。首、手首、指、足の指、口、目は動くのだが、他の行動はまったく出来なくなっていた。
「あんたの足下に落ちている物、よく見てみな」
「‥‥‥‥‥!!? これは」
 リカルドは何とか首を自分の足下に向けて、床に突き刺さった短剣に目をやる。そして、次の瞬間リカルドは我が目を疑った。短剣が刺さっている場所、それは室内の灯りによって出来た自分の影のちょうど真ん中だった。
「あんたも、聞いたことがあるだろう? 『影縫い』と呼ばれている技だ。その短剣がそこに刺さっている限り、あんたはその場から一歩も動けないんだ。無論、大声を上げることもできない‥‥‥」
 無駄な抵抗とは思いながらもリカルドは何とか体を動かそうと抗うが、無駄に疲労がたまるだけだった。
 不気味な笑みを浮かべながら、シャドウはゆっくりとした足取りでリカルドに近づいてくる。そして、右手を人差し指と中指だけ立てて、それをリカルドの首筋に押し当てる。
「なあに、心配するな。すぐに動けるようにしてやるよ‥‥‥。盗むべきものを盗んでからね‥‥‥」

To be countinued...


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