中央改札 悠久鉄道 交響曲 感想 交響曲

「Harmit and Milk -1.5th contact-」 輝風 龍矢  (MAIL)

The last song

第12章:Harmit and Milk -1.5th contact-

「ハァ‥‥‥ハァ‥‥‥、ちょっと疲れちゃった」
 ローズレイクにさしかかる頃、段々と疲れてきたローラはその歩みをゆるめた。その後ろからは、テディから渡されたショルダーキーボードを肩に掛けた禅鎧が、小走りで追いかけてくる。
「大丈夫か、ローラ?」
 こちらの方は、流石に息は少しも乱れてはいない。両膝に手を付いて呼吸を整えているローラを見て、心配そうに彼女に声を掛けてくる禅鎧。ローラはその体勢のまま、顔を禅鎧の方に向ける。
「ハァ…ハァ…。エヘヘ、ちょっと張り切り過ぎちゃった…」
 と言って、舌をペロッと出すローラ。それを見て禅鎧は苦笑いを浮かべる。
「ハハ‥‥‥疲れてからこんな事言うのも何だけど、そんなに急ぐ必要はないよ。まだ、あんなに陽が高いんだからね」
 だんだんと呼吸が整ってきたローラは、ゆっくりと体勢を立て直すと、こちらに六角形の橋を下ろしている太陽の方に顔を向けた。さっきまで激しく身体を動かしていた為に、身体が幾分か火照っているローラには、春の日光といえど暑く感じる。
「エヘヘ‥‥‥、そうだよね。ごめんなさい、お兄ちゃん」
 ペコリと禅鎧に向かってお辞儀をするローラ。
「いや…、俺は大丈夫だから‥‥‥。謝る必要はないよ」
 禅鎧は優しい笑みを浮かべてそれを制した。ローラも、禅鎧の表情を見てニッコリと妖精のような笑みを浮かべた。
「うん、あたしも大丈夫だよ。さ、後もう少しで着くよ」
 そんなローラの後ろを、彼女の歩く速度に合わせて歩いている禅鎧。そんな禅鎧の表情は、いつものような無表情ながらも、これまでのそれとは違っていた。人1倍自己防衛が強い禅鎧は、自分以外の全てのものに対して、常に警戒心を露わにしていたのだが、現在は何処かしら生き生きとしていた。
「お兄ちゃん。ホラ、あれが『ローズレイク』だよ」
 ローラが指さす方向を目で追う禅鎧。そこには、くもり無き鏡を想像させるような美しい湖が、禅鎧の視界いっぱいに広がっていた。
「へぇ‥‥‥、綺麗だな」
 禅鎧は感慨深い、大きなため息をついた。ローズレイクの周囲の約6割を覆っている森と澄み切った青空は、くもり無き鏡に映し出されていて、あたかもそこにもう1つの世界があるかのような錯覚を覚えさせる。
「でしょ? 正に恋人たちの憩いの広場よねぇ‥‥‥」
 胸の前で両手を組み、『夢見るお姫サマ』モードに切り替わったローラ。禅鎧もまた、ローズレイクの水面を黙って見つめている。
(本当に‥‥‥、綺麗な湖だ。現在の自分の置かれている状況なんか、忘れてしまいそうだな‥‥‥)
 禅鎧の頬を、ローズレイクの水気を充分に帯びたそよ風がくすぐる。無意識に前髪を掻き上げると、未だに我に返っていないローラの方を見やる。禅鎧の視線に気付いたのか否か、ローラは禅鎧の方に振り向きニッコリと微笑むと、再び歩き始めた。
「ねぇ、お兄ちゃん。このローズレイクにはね、いろいろな言い伝えが残されているんだよ」
 両手を後ろの方で組んで歩きながら、ローラはそんな事を話し始めた。
「ローズレイクの畔では、ちょうど今頃の季節になると、エンフィールド中に住まうフェアリーやピクシーなどの小妖精たちが集まって、彼‥‥‥彼女たちだけの秘密の演奏会を開くんだって‥‥‥」
「‥‥‥‥‥‥」
「あ〜っ! 信じてないでしょう、あたしの話?」
 とてとてと禅鎧の元へ戻ってきて、ちょっとふくれっ面な感じで文句を言ってくるローラ。そんな彼女に対して、禅鎧はフッと苦笑いを浮かべる。
「ハハハ…、俺は信じるよ。…ここ、エンフィールドはいい街だ。それなりの大きな建物が幾つもありながら、自然に恵まれていて…。訪れる者に安らぎを与えてくれる。そんな街なのだから、妖精の1人や2人いてもおかしくはない」
「‥‥‥エヘヘ、ありがとう。お兄ちゃん」
 そう言う禅鎧の顔をジッと見つめていたローラだが、ハッと我に返り、照れ笑いを浮かべる。嬉しそうな足取りで再び歩き始める。
「で、ローラはどうしたいんだ?」
「へっ?」
 突然禅鎧に声を掛けられて、若干驚きの声を挙げるローラ。
「その妖精たちに会ってみたいか? って、聞いてるんだよ」
「えっ? これは言い伝えなんだよ。でも‥‥‥この物語が本当なら、会ってみたいなぁ‥‥‥」
 エンフィールド晴れの青空を仰ぎながら、ローラはそう言った。そんな2人のやりとりは、端から見れば仲のいい兄妹のように見えるのだろうか。それとも‥‥‥。
 他愛のない話を続けながら湖畔沿いに歩いていると、ちょっと開けた場所にログハウスが1戸建ってあった。傍らには、そのログハウスの門番を思わせるような、大きな一本杉が生えてあった。
「ローラ、あれか?」
「うん、そうだよ」
 そう言うとローラは、そのログハウスの方へと小走りになって向かっていった。ほぼそれと同時に、ログハウスの扉が開き中から1人の老人が出てきた。見かけだけでも半世紀以上は生きているのは明確であろう。雪のように白い顎髭。前頭部以外は正常に機能されている長い白髪。顔や手の平に出来た多数の皺からは、沢山の言い知れぬ苦労が伝わってくるように思えた。
「カッセルおじいちゃん、こんにちわ〜!」
「おおっ、ローラか。‥‥‥ん? あちらの者は?」
 カッセル…と呼ばれた老人は、ふと禅鎧の方に目をやる。
「うん。お兄ちゃんだよっ」
 と、元気いっぱいに答えるローラ。カッセルの視線に気がついた禅鎧は、彼に向かって軽く頭を下げた。

「そうか、アリサから‥‥‥。いつも申し訳ないと伝えておいてくれんか?」
「分かりました」
 客間に案内された禅鎧とローラは、アリサから頼まれた袋を渡した。中身は、取れたてと思われるマロンボを代表とした果物や、細かな日常用品などが入ってあった。カッセルはそれを快く受け取り、それを自室の方へと持っていった。そして戻ってくると、流し台の方へ行き何らかの準備を始めた。
「つまらんものだが、これでも飲んでいってくれ」
 そう言って差し出されたのは、ほんのりとした香りを漂わせた紅茶だった。
「これは‥‥‥、不思議な香りがするけど」
「これはね、おじいちゃんオリジナルの木の実などを擦り潰して作った紅茶なんだよ。あたしは『カッセル・ティー』って呼んでるけど。とってもオイシイよ」
「ああ‥‥‥。頂きます」
 そう言って、禅鎧は差し出された紅茶‥‥‥『カッセル・ティー』を軽く一啜りした。これまで経験したことのないような不思議な甘味が、禅鎧の舌を刺激してきた。
「美味しい…」
「でしょ?」
 禅鎧は大きくため息をついて、正直な感想を述べた。ローラも、禅鎧の顔を見てニッコリと微笑んだ。
 客間は掃除が隅々まで行き届いていて、窮屈な感じが一切見当たらない客間だ。テーブルに並べられた3つのティーカップから出ている湯気が、空気中を気持ちよさそうに漂っている。
「ところで、名前を聞いてなかったな。良かったら、教えてくれないか?」
「‥‥‥そうでしたね。申し遅れましたが、『朝倉禅鎧』と言います。現在は‥‥‥」
 とそこで、禅鎧の言葉が詰まった。それを見たカッセルは「みなまで言うな」と手で制した。
「いや…、言いたくないのならよい。わしも風の便りで聞いておる。お主がそうなのか?」
「‥‥‥そうです」
 それを否定することなく、カッセルの全てを見透かしているかのような目を見る禅鎧。それにはこれまでのような、絶望に侵された暗い視線ではなかった。何処か吹っ切れたような、鋭く研ぎ澄まされた瞳だった。
「‥‥‥本当にお前さんがやったのか?」
「お、おじいちゃん! そんな事‥‥‥」
 単刀直入にそう尋ねてきたカッセルに対してローラは非難の声を挙げるが、禅鎧はそれを手で制した。そして、ゆっくりとその重い口を開いた。
「正直、分かりません…。何故かは分かりませんが、肝心な部分‥‥‥さくら亭を訪れたところまでは分かっているのですが、そこからジョートショップで目覚めるまでの間の記憶が無いんです」
「記憶が‥‥‥?」
「ええ…。盗みを犯したという自覚がないんです」
 そんな2人のやりとりを、ローラはお気に入りの紅茶に口を付けずに黙って見守っている。
「そうか…、いや分かった。つまらん事を聞いてしまってすまなかった」
「いえ‥‥‥」
 禅鎧は差し出された紅茶を一啜りすると席を立ち、ショルダーキーボードを肩にしょい直した。
「ローラ、そろそろ行こうか。紅茶、御馳走様でした」
「うん! おじいちゃん、またね」
「ああ…。お前さんたちじゃったら、いつでも大歓迎じゃよ」
 カッセルに対してペコリとお辞儀をすると、ローラは一足先に扉をすり抜けて外に出た。
「禅鎧とやら」
 禅鎧が軽く一礼して外へ出ようとすると、突然カッセルに呼び止められた。取っ手に手を伸ばした体勢のまま、禅鎧はそちらの方へ顔を向けた。
「はいっ?」
「今度来る時は、そんなかしこまらんでもよいぞ。普通の言葉使いで充分じゃ。それと‥‥‥いや、何でもない」
 カッセルはそこで話を付け足そうとしたが、咳払いを1つしただけで、その後を続けようとしなかった。話が終わったのを確認すると、禅鎧はもう一度だけ一礼すると外へと出ていった。
「あの面影、何処かで見たような気がするが‥‥‥。気のせいかのぉ」

「お兄ちゃん、おじいちゃんの事、どう思った?」
「ああ…。けっこう好感の持てる人だったな…」
「でしょ? あたし、おじいちゃんの事大好きなんだ。さっき話した小妖精の話も、おじいちゃんが教えてくれたものなんだよ」
 そんな他愛のない会話をしながら、ローズレイクの湖畔を散歩している2人。陽は少し低くなっていたが、まだ暗くなるような兆候は見られない。
「何だか、心の中のモヤモヤが取れたような感じがした」
 あの時、あんな風に取り乱すことなく答えることが出来たのか、禅鎧は内心驚いていた。カッセルの温厚な性格のお陰なのだろうか。それとも何か、別の力が働いたのか。
「ローラ、今日は助かったよ。ありがとう」
「エヘヘ…。いいえ、どういたしまして」
「約束通り、例の曲を聴かせてあげるよ」
「うんっ! それじゃついてきて。とっておきのいい場所があるから」
 そう言うとローラは、少しだけ歩くスピードを速めた。
 ローラに連れてこられた場所は、カッセルの家から約2分ぐらい掛かるところにあった。ローズレイク全域が見渡せるほどの高さの丘の上だった。陽当たりもよく、芝生が綺麗に敷き詰められていて、正に気分転換にはうってつけの場所だ。
「へぇ…。こんな場所があるんだ」
「あたしだけの秘密の場所だよ」
 自慢げな口調でそう言うローラ。そして、座るのに丁度いい場所を適当に見付け、2人は腰を下ろした。ソフトケースからショルダーキーボードを取り出し、それを身に付ける禅鎧。
「わぁ…、カッコイイ」
 興味津々な目つきで、ローラは今まで見た事もない楽器を見つめている。鍵盤を押すと、人工的なベルの音がなった。
「すごい…。ねぇ、これどうやってそんな音が出てるの?」
 そんなローラの問い掛けに、禅鎧はキーボードの裏側の蓋をはずすとそこから何らかの物体を取り出した。円柱型の金属が2つテープか何かで頑丈に固定されている。
「俺も100%理解しているわけじゃないけど、この『エーテルドライセル』に魔力が込められていて、これを取り付ける事で音が出るようになってる」
 聞き慣れない単語が出てきたためか、ローラはただ「ふ〜ん」と相づちを打つだけだった。
 エーテルドライセルを中に取り付ける禅鎧。そして、ちょこちょことツマミを回したりボタンを押したり何らかの準備を始めた。1分後‥‥‥。
「さて…と、これで準備OK。それじゃ、聴いてくれるかい?」
「うん。お願いしますっ」
 禅鎧は一呼吸置くと、取っ手の部分についてあるボタンを押した。すると、軽快なリズムとシーケンスフレーズが流れ始めた。続いて、禅鎧の演奏が始まった。手慣れた手つきでメロディラインを奏でる。何処かしら自然な部分が垣間見えるベル音。
「カッコイイ曲だね。何だか、元気が出てくる」
「‥‥‥ああ、そうだな」
 その隣では、ローラがうっとりとした表情で演奏に聴き入っている。禅鎧もまた、自分の尊敬する人が作った曲に感情移入して弾き続ける。
 禅鎧が演奏を始めること数分後‥‥‥。ベルのキラキラした余韻を残しつつ、禅鎧の演奏が終わった。シーケンス音も自動的に止まった。
「ハァ…、すごい。あたしの思った通りの曲だった‥‥‥」
 ホウ…と感慨深いため息をつくと、歓喜に満ちた笑顔を禅鎧に向けるローラ。そして、遠慮のない拍手を送った。
「フゥ‥‥‥。喜んで貰えて良かったよ」
 1つ大きくため息をついて、禅鎧は気持ちのいい笑顔をローラに向けた。やがて、ローラの拍手が終わる。だが、それでも拍手の音は鳴り止んでいなかった。
「? 誰の拍手だ?」
「え? あたしじゃないよ」
 不審に思った2人は、周囲を見回した。だが、そこには人っ子一人見当たらない。ローズレイクに流れ出ているムーンリバーのせせらぎかと思ったが、近くに川は見当たらない。空耳かと思ったが、次の瞬間禅鎧の頭よりも上の方から声が聞こえてきた。
「うわぁ、すごいなぁ」
「うんうん。こんな演奏久しぶりに聴いたよ」
 禅鎧は上空を見上げた。そして、我が目を疑った。そこには、男女2人のそれぞれ違う羽根を生やした小妖精がこちらを向いていた。拍手の正体は、この2人の小妖精のものだとすぐに分かった。
「お兄ちゃん…。フェアリーだよね、あれ?」
「ああ‥‥‥。君たちは…?」
 そのフェアリー2人は、禅鎧たちが話しかけてきた事に驚いている様子だ。
「あれ? 君たち、僕たちの姿が見えるの?」
「え? あ、ああ‥‥‥。見えるから、話しかけたんだ」
「へえ〜」
 その2人のフェアリーたちは、しげしげとローラと禅鎧を見つめている。そして、何かひそひそ話を始めた。そして、少女の姿をしたフェアリーが2人の側まで飛んでくる。
「ねぇ、初対面で悪いんだけど‥‥‥。貴方の演奏を妖精王サマたちにも聴かせてくれないかしら?」
「妖精王?」
 そのフェアリーの言葉を聞いて、思わずローラと禅鎧は顔を見合わせた。

To be continued... 



中央改札 悠久鉄道 交響曲 感想 交響曲