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「Harmit and Milk -2nd contact-」 輝風 龍矢  (MAIL)

The last song

第13章:Harmit and Milk -2nd contact-

「それじゃあ2人とも、僕たちの後に付いてきてよ」
 禅鎧とローラは、2人のフェアリーたちを先導に、ローズレイクの森の中を歩いていた。禅鎧の隣には、ワクワクした表情を浮かべながら、はずむ足取りで歩いているローラがいた。自分の信じていた物語が、今現在自分の目の前で現実として起ころうとしているのだから、無理もない事なのだが。

「えっ…? 俺が演奏会に‥‥‥?」
 偶然にも出会った、2人のフェアリーたちからの思いも寄らぬ依頼。それは、このローズレイクを取り囲む広大な森の中で、エンフィールド中の妖精たちが集う巨大イベント『大演奏会』があるという。それはまさしく、以前にローラが禅鎧に話した『架空』の物語と全く同じものだった。そこで2人のフェアリーは、禅鎧にも曲の演奏に加わって欲しいと申し出てきた。
 突然飛び込んできた依頼に、流石の禅鎧も驚きを隠せずにいた。
「今の演奏、きっと妖精王サマたちも気に入ってくれるよ」
「うんっ! お願いしますっ!」
 少女の姿をしたフェアリーは、ペコリと頭を下げた。
「お兄ちゃん。あたしからもお願いっ! 妖精さんたちから声が掛かるなんて、滅多にないことだよぉ」
 ローラもまた、そのクリリンとした瞳を輝かせながら禅鎧に迫ってくる。禅鎧は前髪を掻き上げて、困惑した表情を浮かべている。
「いや、しかし‥‥‥」
 自分の演奏を聴かせること自体は悪くはない、聴いて貰いたいという気持ちはあるのだが、禅鎧には1つだけ気に掛かることがあった。
 それは、種族間の問題についてだった。
 自分のような人間が、果たして妖精たちの演奏会に参加してもいいものなのだろうか。『妖精王』が参加するとなると、人間に置き換えれば国単位の大イベントであろう。そんな大事なイベントに、自分たち『人間』という他種族が立ち入る事を、妖精たちは快く受け入れてくれるのだろうか。
 そんな禅鎧の心情を見抜いてか否か、スカイブルーの髪の毛と瞳を持った、未だ汚れを知らぬ少年の姿をしたフェアリーは無邪気な笑顔を禅鎧に向けた。
「妖精王サマはとても寛大なお方だから、心配する必要はないよ」
 それに続いて、少女のフェアリーも禅鎧の目の前に飛んできた。それ自身が光を放っているかのような金髪。妖精にしても、かなりの容貌の持ち主だった。
「私たちも妖精王サマたちに話を付けてあげるから。‥‥‥ねっ、お願いします」
「お願いします」
「お兄ちゃんっ!」
 気持ちがもはや妖精の方へと移ってしまっているローラ。こちらの意地悪い笑顔を向けている。これが『四面楚歌』の状態というのだろうか。
「ハァ‥‥‥、もはや反論のしようもなくなってしまった。‥‥‥分かった。参加させて頂くことにするよ」
 禅鎧は苦笑いを浮かべつつ、とうとう折れてしまった。禅鎧の返答に、ローラと2人のフェアリーたちは表情を輝かせた。

「エヘヘ…楽しみだね、お兄ちゃん」
「あっ、ああ‥‥‥」
 何処かしら曖昧な返事をする禅鎧。
 ‥‥‥と、ローラは自分の目の前を気持ちよさそうに飛んでいる2人のフェアリーにふと目を向ける。
「ねぇ、フェアリーさん。名前は?」
「あっ、そっか。まだ名前を教えてなかったね。僕はラーディック。宜しく」
「私はミュウ。宜しくね」
 禅鎧たちの方に向き直ってから、2人は各々の名前を名乗った。
「ラーディック君に、ミュウさんだね。あたしはローラ、ローラ・ニューフィールド」
「俺は、朝倉禅鎧」
「ふうん、朝倉禅鎧か…。変わった名前だね。改めて宜しくね、お二人さん」
「うんっ! 宜しくね!」
 と、元気いっぱいにローラ。するとローラは、禅鎧よりも前に出てラーディックたちと並んで歩くようにした。そして、何やらフェアリーたちと話し始めた。そんな彼女のやりとりを、後ろでクールな笑みを浮かべつつ見守っている禅鎧。
 森の中を歩くこと数分後…。
「? 何か音が聞こえてきたような‥‥‥」
 禅鎧の耳に、何かの音が飛び込んできた。
「あっ、ホントだ。何か、踊りたくなるような、元気が出る曲だね」
 ローラにも聞こえているので、どうやら空耳ではないようだ。太鼓の軽快なリズムに合わせて、横笛‥‥‥オカリナだろうか‥‥‥が明るい主旋律を奏でている。
「あれは、他の妖精たちがリハーサルを行っているんだよ」
「ふうん。それじゃあ、後もう少しで着くんだね」
「そうよ。ああ、良かった。間に合って‥‥‥」
 その横では、禅鎧が無意識に鼻歌を鳴らしていた。流れてきたメロディに触発されてしまったのだろう。
「あっ…。お兄ちゃん、鼻歌鳴らしてる〜」
「えっ? ‥‥‥ああ、つい…ね」
 ローラに呼びかけられて我に返った禅鎧は、苦笑いを浮かべる。
「僕にも鼻歌聞こえてきたけど、メロディじゃあないよね」
「ああ…。ちょっとした味付けをね」
「へえ、もう旋律が分かっちゃうんだ。流石ね」
 禅鎧は前髪を掻き上げつつ、『ハハ…』と照れ笑いを浮かべた。と、ラーディックたちの前方から数人の影が確認できた。
「やあ、ラーディック」
「待ってたわよ、ミュウ」
 どうやらラーディックたちの友人らしい。いろいろと話をしていたが、やがて後ろの禅鎧とローラの姿に気付いた。
「? ラーディック、後ろの人間は?」
「ああ。今日の演奏会の特別ゲストだよ」
「ゲスト? 妖精王サマには許可を得たのかい?」
「いや…。これからもらいに行くんだよ」
「ふ〜ん。ところで、もうすぐ僕らもリハーサルやるから、早く準備して置いてくれよ」
「オッケー。すぐ行くから」
 ミュウがそう言うと、他の妖精たちは散り散りになって奥の方へと飛んでいった。
「へえ〜、ミュウたちも演奏するんだね。楽しみだなぁ…」
 興味津々な目つきで、ローラが問い掛けた。
「そうよ。でもその前に、あなた達を妖精王サマに合わせなくちゃね」

「何用だっ!?」
 何とかなるだろうと軽い気持ちで妖精王の元へ向かったものの、その前に側近たちの説得に手こずっていた。
「後ろの人間を、我々の演奏会の特別ゲストとして参加させて欲しくて、それで妖精王サマの許可を貰おうと思ってる。会わせてくれないか…?」
 ラーディックは事の次第を簡潔に説明するが、側近は首を縦に振ることはない。
「人間だと? お前たち、この演奏会が一体どういうものか知っての申し出か!?」
 外見は人間でいえば20代前半の側近が叱咤を浴びせる。
「心配は入らないわよ。演奏の腕はかなりのモノなんだから、ね?」
「腕の問題ではない! 人間などという汚れた種族の参加を、気高き妖精王が許すとでも思っているのか!?」
 今度は鼻の下に白い髭を蓄えた中年ぐらいの側近が罵声を浴びせてきた。
「だから、妖精王サマに直接会わせて‥‥‥」
「ダメだダメだ! 帰れ!!」
 そんな平行線の会話が続くだけで、結局は妖精王への許可は得ることが出来なかった。

「あ〜あ。全く側近はお堅くて話にならないよ」
 不満の声を挙げるラーディック。
「2人とも、ゴメンナサイね」
「いや、別に気にしてはいない‥‥‥。こうなる事は予想していたからな」
 こうは言っているものの、禅鎧も内心やるせないところがあった。
「う〜っ! あたしは納得行かない!! あたし、ああいう偉い人の笠を被って威張る人間って好きじゃない」
 冷静な判断をする禅鎧の傍ら、ローラは口を尖らせて不満をこぼしていた。
「仕方ないよ、ローラ。彼ら側近だって、あれでも任務に忠実に動いているだけなんだからな‥‥‥」
「仕方なくないよ! お兄ちゃんはあんな事言われて悔しくないの? 自分の音楽を聴かせるためにここに来たんじゃないの!?」
「ローラ‥‥‥」
 大きなエメラルドグリーンの瞳を潤ませながら、禅鎧に訴えかけるローラ。そんな彼女の姿を見て心を打たれたのか、ミュウは「何とかならないの?」とラーディックに問い掛ける。「う〜ん…」と喉を唸らせながら、脳内に網を張り巡らせるラーディック。
「‥‥‥いや、何とかなる!」
「えっ、ホント!?」
 ラーディックの何かを決心したような言葉を聞いて、ローラの表情はぱっと明るくなった。
「幸いにも僕らの演奏する順番は一番最後だ。それを利用すれば‥‥‥」
「ああ、そっか! ローラちゃん、何とかなるかもしれないわよ」
「ホントに!? ‥‥‥お兄ちゃんっ!!」
 そんなローラの気持ちに押されてか、禅鎧は苦笑いを浮かべつつ前髪を掻き上げる。
「分かった…。頼むよ」

「というわけで、今日だけ僕らの演奏に『飛び入り』で参加することになるスペシャルゲスト、朝倉禅鎧さんだ」
 禅鎧はラーディックたちのグループの控え室となっている、小さな広場に案内された。
「演奏の腕は私たちが保証するから、みんな宜しく頼むわね」
 演奏のメンバーは、ラーディックたち2人の他に3人。
「そうか…。俺はアネス、宜しくな。歓迎するぜ」
 リュートを奏でるエルフのアネス。
「ふ〜ん。ミュウがそう言うんなら期待していいわけだね。アタシはミーディア、宜しくね」
 ハープを担当するハープのミーディア。
「俺は、カースウェル‥‥‥。宜しくな」
 パーカッションを担当するエルフのカースウェル。
「そして、僕がオカリナのラーディック」
「同じくフルートのミュウよ。改めて、宜しくね」
「ああ‥‥‥。宜しく」
「すごい‥‥‥。みんなミュウたちの仲間なの?」
 演奏会の主役たちに直接会えたのが嬉しいのか、先程までの悲しい気持ちは全て吹き飛んでいた。エルフが3人、フェアリー2人の変わったメンバー構成だった。
「よし…と。それじゃあ、早速で悪いけど僕らの演奏する曲を憶えて貰うよ」
 そう言うなり、ラーディックとミュウは持ち場に着いた。
「あれっ? 楽譜とか使わないの?」
 と不思議そうな表情を浮かべてローラ。
「僕たちはそんなもの必要ないんだよ。全部頭の中に入ってるからね」
「えっ? でもそれじゃあお兄ちゃんが‥‥‥」
「ローラ、心配は入らないよ。別に主旋律奏でろって言ってるわけじゃないから。コード進行さえ分かれば、おおむね大丈夫だ」
 その言葉を聞いたローラもそうなのだが、他のメンバーも驚きの表情を浮かべた。
「ヒュウ〜♪ 頼もしいねぇ」
「成る程ね。ラーディックの目は節穴じゃないわけだ」
「‥‥‥‥‥‥‥」
「だから言っただろ? 何たってここに来る前に他のグループの曲を聴いたとき、あっという間にアレンジ入れてたんだから‥‥‥」
 『どんなもんだい』と言わんばかりの口調でラーディック。禅鎧はほのかな照れ笑いを浮かべた。
「よし…と。少しでも時間が惜しいから、早速始めようか」

「それじゃあ、禅鎧さんは何処かに隠れていてくれ。その後は、分かってるよね?」
 本番までのリハーサル時間を通じて、禅鎧はコード進行を全て記憶する事に成功した。もちろん、その事にアネスのみならずローラも舌を巻いたほどだった。そして、いよいよ演奏会の開催時間。自分の出番まで何処かに隠れているように禅鎧は言われた。
「ああ…、大丈夫だ」
「うんっ。それじゃあ、宜しく頼むわね」
 その言葉を最後に、ラーディックたちは演奏会が行われる大広場の方へと向かっていった。彼らが見えなくなるのを確認すると、禅鎧は適当な茂みを探してそこに腰を落ち着けた。
「良かったね、お兄ちゃん」
 そのすぐ隣に腰を下ろすローラ。禅鎧に満面の笑みを向ける。禅鎧は照れ隠しに前髪を掻き上げる。
「‥‥‥何だか今日は、ローラに助けられてばかりだな。本来ならば、こういう事は自分で決めなければならないはずなのに…」
「そ…そんな事ないよ。あたしは別に‥‥‥」
「いや…、俺は感謝してるよ。ありがとう」
 そう言いながら、禅鎧は天を仰いだ。木と木の間から見え隠れする太陽光線が眩しく感じる。そんな禅鎧の表情はとても生き生きとしていた。
「お兄ちゃん‥‥‥」
 ローラの頬が、みるみるうちに紅潮していく。ハッと我に返ったローラは、思わず禅鎧から顔を背けた。やがて、2人の耳に以前聴いたことのある笛の音が聞こえてきた。どうやら、演奏会が始まったらしい。
「あっ、始まったみたいだよ。これ、あの時に聴いた曲だよね?」
「ああ‥‥‥そうみたいだな」
 禅鎧は目を閉じて、その軽快な横笛の音に聞き入る。その曲のアレンジを鼻歌で歌いながら、ラーディックたちから伝えられた手はずを確認する。
(僕のアドリブソロを合図に、広場まで足を運んで欲しい。そしたら、僕のMCで禅鎧さんのことを紹介するから、そしたら僕らの前に出てきてくれ)
 ラーディックの言葉が禅鎧の頭の中でリフレインされる。「フッ…」と思わず苦笑いをこぼす。
「どうしたの?」
 ローラが怪訝な表情をして話しかけてくる。
「いや…。こういうのも悪くないな‥‥‥ってね」
 禅鎧が何を言いたいのかよく分からなかったが、ローラは「うんっ」と笑顔を浮かべた。そして‥‥‥。
「始まったようだな」
 ラーディックたちの演奏が始まったようだ。アネスのリュートが華麗なコードバッキングを奏で、ミーディアのハープが不思議な旋律を奏で、ラーディックのオカリナとミュウのフルートが何処か懐かしげな、包み込むようなメロディを‥‥‥。カースウェルのパーカッションが軽快なリズムを創り出している。
「なかなかいい腕をしているな」
「うん。聴いてて少しも飽きないもんね」
 禅鎧とローラも、ラーディックらの音楽に聴き入っている。そして数分後、ラーディックのアドリブソロが始まったようだ。禅鎧はソフトケースからシルバーメタリックのショルダーキーボードを取り出し、立ち上がる。
「ローラ、悪いけどこれ持っててくれないか?」
「うんっ。お安い御用よ」
 快くソフトケースを受け取るローラ。2人は演奏会が行われている奥の大広場へと向かっていった。

「うわあ、すごい数だね」
 ローラの言う通り、大広場では数々の妖精族たちが見物に着ていた。比較的背の低いローラには、ラーディックたちの演奏は見えなかった。他の妖精たちに見つからないように、禅鎧はすぐ側の木陰に身を隠しながら、大広場の中心を見る。
 アネス・ミーディア・カースウェルは切り株に座り、ラーディックとミュウの小妖精は3人の周りを飛び回りながら、各々の小型に改良した楽器を演奏している。
 そして更に向こうには、樹や草で作られた豪華な椅子が作られていて、そこに誰かが座っていた。あいにくと顔は、例の側近たちが魔法か何かで巨大化させた葉っぱで顔を覆い隠していて、見ることは出来なかった。一見、他の種族から見れば実に不自然である。
「お兄ちゃん、あたし全然見えないよぉ」
 ピョンピョンと飛び跳ねながらローラ。禅鎧はそんな彼女に苦笑いを浮かべていた。
「浮かぶことは‥‥‥。いや、そんな事したら余計怪しまれるな。それなら、俺が呼ばれた時に一緒に前に出ればいい」
「うん」
 それでも、何処かしらまだ未練があるようだった。やがて‥‥‥。
 パチパチパチパチパチパチ‥‥‥!
 ラーディックらの演奏が終わり、観客たちから盛大な拍手が巻き起こる。それと同時に、禅鎧の心に緊張が走った。いよいよ、自分の出番だ。
「ふう‥‥‥。こんな心地良い緊張を味わうのは久しぶりだ」
「頑張ってね、お兄ちゃんっ!」
 心を落ち着けようと、1つ大きく深呼吸をする禅鎧。その傍らでは、胸の前で両手を組んで激励の言葉を贈るローラ。
「さて、みなさん。今日ここに、僕らの為に一緒に演奏してくれるスペシャルゲストを呼んでいます」
 ラーディックのMCが始まった。その言葉に、他の妖精たちがどよめき立つ。そして、ラーディックは飛び回りながら、何かを探す仕草を始めた。恐らくは自分を捜しているのだろう。そう思った禅鎧は、木陰から姿を現す。
「その人は今日僕がここに来る途中に偶然出会い、そして僕らエンフィールドの妖精たちの演奏会に出てくれる事を承諾してくれました」
 禅鎧はローラと共に人混みの中をくぐり抜け始め、観客たちの前まで移動した。徐々に、他の観客たちも禅鎧の存在に気がついたようだ。
「紹介しましょう。朝倉禅鎧さんです!」
 そのラーディックのMCと同時に、禅鎧は彼らの方へ歩み出てきた。拍手はなく、ただどよめきだけが禅鎧の耳を刺激する。そしてラーディックらと握手を交わすと、1つ空いていた切り株に座り、ショルダーキーボードを身に付ける。珍しい楽器を身に付けた人間を見てか、妖精たちからどよめきが消えた。
「あっ! あの人間はあの時の‥‥‥!!」
 妖精王の側に控えている側近の1人が、禅鎧の姿を見て驚く。
「何ということを…。この神聖なる演奏会に人間を呼ぶなどっ、許されて溜まるか!」
「あれほど言っておいたのにっ! 妖精王、一刻も早く彼奴らを追い出しましょう!」
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
 だが、妖精王からの返事はない。
「それでは聴いて下さい」
 側近らをよそに、禅鎧たちの演奏は始まった。ミーディアのハープから始まり、アネスのリュート、カースウェルのパーカッション、ミュウのフルート、そしてラーディックのオカリナが順に旋律を重ねていく。
 ザワザワザワ‥‥‥。
 観客たちがどよめいた。禅鎧の楽器から放たれる、人工的なのに何処かしらナチュラルな感じのする音色。全ての観客が、禅鎧らの虜となってしまっていた。
 ラーディックとミュウが、禅鎧の周りをくるくる飛び回りながらオカリナとフルートを吹き続ける。そして、ストンと禅鎧の両肩に腰掛ける。そんな幻想的な世界がそこにはあった。
「お兄ちゃん、カッコイイよ…」
 ホウっと感慨深いため息をついて、ローラは演奏に聴き入ってしまっている。
「お‥‥‥おいっ! 誰かいないか!?」
「早くあの人間を追い出すのだ!!」
 側近らは後ろに控えていた妖精兵らに呼びかける。だが‥‥‥。
「なりません」
 透き通るような、かなり気品に満ちた女性の声がそれを遮った。
「妖精王!?」
「追い出す必要はないと言っているのです」
 妖精王のその言葉に、側近たちは驚きの表情を隠せずにいた。
「しかし‥‥‥。この演奏会は我々妖精族にとっては神聖なる行事。それに他種族を持ち込むなど‥‥‥、許されるはずがありません」
 かなり頭に血が上ってしまっているのか、側近は一歩も引き下がろうとはしない。妖精王は、スッと観客らの方向を指さした。
「彼らをご覧なさい。あの人間の演奏に聴き入っている観客たちのあの表情‥‥‥。あんな生き生きとした表情を見るのは久しぶりです。そんな素晴らしい演奏を止めさせる事など、到底出来ません」
「‥‥‥で、ですが」
 それでも側近はまだ頭の中に網を張り巡らし、反論を探そうとするが。
「それとも、妖精王の私の命令が聞けないとでも…?」
「う‥‥‥。わ、分かりました」
 妖精王が強く言い放つと、流石の側近も力無くそれを承諾した。
「それと‥‥‥そのフェイスガードですけれども、よけて頂けませんか? ちゃんと、彼らの演奏を見届けたいのです」
「は…はいっ」
 すっかり意気消沈してしまった側近は、言われた通り妖精王の顔を覆い隠していた葉をどかした。
「あっ…、妖精王サマが‥‥‥」
 観客の中の誰かがそう言った。初めて自分たちの前に素顔を現したのだ。汚れ無き清流を想像させるような青白いロングヘアー。優しく全てを見透かすかのようなスカイブルーの瞳。この世のものとは思えないほどの容貌からは、知性やカリスマ的なオーラが滲み出ている。そんな妖精王の気品に満ちた雰囲気を、禅鎧らの演奏が更に引き出しているかのように思えた。
「ああ…、やはりお美しいお方だ‥‥‥」
「しかし、妖精王サマが我々の前で素顔を露わになさるとは、一体どういった心境‥‥‥」
 そんな観客などお構いなしに、禅鎧たちは自分たちの世界を築き上げていた。
「すごい‥‥‥。こんな感覚、今まで味わったこと無いわ」
 自分のパートが休みの時、ミュウは禅鎧の右肩に座りながらそう言った。
「うん。やっぱり、禅鎧さんを選んで良かったよ」
 メロディパートがミュウへと移り変わると、ラーディックがそれに続いた。
「そうだな‥‥‥。こんな感覚は久々だぜ」
「うん…最高だよ」
「‥‥‥‥‥ああ」
 アネスたちもどうやら同じ気持ちのようだ。禅鎧は演奏を続けながら、両肩に座っている2人と互いに向き合いながら、笑顔を零した。
「‥‥‥‥‥、本当に素晴らしい演奏」
 妖精王がそう呟いた。そしてふと、禅鎧の持つショルダーキーボードに目がいった。
「あの楽器は‥‥‥ひょっとして」
「妖精王、どうなさいました?」
 側近が怪訝な表情で話しかけてきた。妖精王は首を横に振るだけだった。
 そしてクライマックス。禅鎧はちょこちょことツマミをいじり、音色を切り替えた。奥行きのある、繊細な味わいのある音だった。それを合図に、ミュウとラーディックは禅鎧の方から飛び立ち、不思議な軌跡を残しつつ舞い踊る。
 ポロロン‥‥‥。
 アネスのリュート、ミーディアのハープ、そして禅鎧は鍵盤の上で指を滑らせ、そして綺麗な余韻を残しつつ演奏が終わった。
 パチパチパチパチパチパチパチ!!
 観客たちは、これまでにない大きな拍手を浴びせた。禅鎧たち6人はそれぞれ満面の笑みを浮かべ、そして、観客→妖精王の方へと身体を向き直してお辞儀をした。
「いや〜、凄いぜあんた!!」
「アンタの腕前、とくと見せて貰ったよ」
「‥‥‥礼を言わせて貰おう」
 禅鎧はほのかに笑みを浮かべつつ、3人と握手を交わした。最後にラーディック、ミュウと握手を交わす。
「お兄ちゃんっ!!」
 演奏が終わったのを確認すると、ローラは禅鎧の元へと歩み寄ってきた。
「とっても格好良かったよぉ。あたし、まだドキドキしてるもん」
「ハハ‥‥‥ありがとう」
 そんなローラに、優しい笑みを浮かべる禅鎧。
「あらあら、ローラちゃんてば。すっかり禅鎧さんにラブラブね」
「えっ‥‥‥?」
「ちょっ‥‥‥待ってくれよ、ミュウ」
 ミュウの冷やかしに、ローラと禅鎧は頬を赤く染めてうつむいてしまう。
「おいおい、ミュウ。困ってるじゃないか」
「ウフフ。ローラちゃんがあまりにも一途なものだったから‥‥‥ごめんなさいね」
「う、ううん。そ、そんな事ない…」
 しどろもどろになりながらもローラ。苦笑いを浮かべつつ、前髪を掻き上げる禅鎧。と気がつけば、観客たちの拍手は止まっていて、代わりのどよめきが立っていた。
「‥‥‥‥?」
 不思議に思った禅鎧は、キョロキョロと辺りを見回す。そして、そのどよめきの正体が明らかになる。妖精王が席から立ち上がり、禅鎧たちの元へと歩み寄ってきたのだ。禅鎧よりやや低い身長で、柔らかい布で出来た見栄えのするドレスを着ている。やはり耳の先端は鋭く尖っていた。
「あっ、妖精王サマ!」
 禅鎧とローラを覗く5人は、その場に跪いた。『妖精王』という言葉を聞いた禅鎧も、跪こうとするが、それを妖精王自らが手を取って制した。
「構いません。後ろの方々も、どうか立ち上がって下さい」
 妖精王のその言葉に、5人はゆっくりと体勢を立て直した。そしてクスリと上品な笑みを浮かべる。
「あなた方の素晴らしい演奏、しかとこの耳で聞かせて頂きました。この場にいる全ての妖精たちを代表して、お礼を言いますわ」

To be continued...


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