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「Harmit and Milk -3rd contact-」 輝風 龍矢  (MAIL)

The last song

第14章:Harmit and Milk -3rd contact-

 演奏会が無事終了した後、禅鎧とローラは帰り支度を始めていたが、そこでラーディックたちに誘われ、演奏会の会場となった広場より更に奥の方へと進んでいた。禅鎧たちの他にも、演奏会に参加した他のグループのエルフ・小妖精たちも一緒だった。
「ねぇお兄ちゃん、あたし達、これから何処に連れて行かれるんだろうね?」
 槍を装備した妖精兵が先導しているのを見てか、少し不安な表情を浮かべながらローラが尋ねてきた。それを聞いたミュウは、クスクスと意地悪い笑みを浮かべている。
「さあね。他の妖精たちを見ても誰1人暗い表情をしていないから、少なくとも変なところには連れて行かれないな。無論、ラーディック達は知ってるんだろう?」
「ああ、そうだよ。僕たちは前回も参加していたからね」
「だからローラさん、心配は入らないわよ」
 まだ笑いを止める事ができないでいるミュウ。それを聞いたローラは、半ば安心したようにホッと胸をなで下ろした。
「ヘヘッ、これが一番の楽しみでもあるんだよなっ」
 ペロリと上唇をなめずりながら、アネスが言った。
「おいおい…。俺たちのやるべき事は、演奏だけなんだぞ」
「そりゃあそうだが‥‥‥」
 呆れたように、カースウェルが少し長めの後ろ髪を掻き上げる。
「そうそう…。何たって、神聖な行事なんだからね。そんな無礼講は、許されないんだよ」
 ミーディアも、アネスの後ろでウンウンと頷いている。だが何処かしら、残念そうに言っているように思えた。
 ローラはそんなラーディック達のやりとりを『ふ〜ん』といった感じで聞いていたが、ふと禅鎧の肩に掛けてあるショルダーキーボードを見やると、何かを思いだしたかのようにハッと声を挙げる。
「あっ、そうだ。お兄ちゃん、はいこれ」
「?」
 ローラが差し出した物は、禅鎧のショルダーキーボードのソフトケースだった。そこで初めて禅鎧は、まだキーボードが裸のままだったことに気が付く。
「ああ、そうだったな…。ありがとう、ローラ」
「エヘヘ…。どういたしまして」
 エッヘンといったポーズをとりながらローラ。禅鎧は歩きながら、慣れた手つきでショルダーキーボードをしまい込んだ。
 そんな他愛のない話をラーディック達と交わしながら歩いていると、もう1つの若干広めの開けた場所にたどり着いた。そこには、木で作られたテーブルがグループ数分並べられてあった。
「なるほどね。打ち上げみたいなものか‥‥‥」
「そういう事」
 テーブルには、まだ木製のコップだけが置かれてあるだけ。恐らくは、後で食べ物が運ばれてくるのだろうか。コップの他には、何らかのプレートが中央に配置されてある。
「それでは、各々自分たちのグループの名前が書かれたテーブルに付いて下さい。食事は間もなく運んできますので、それまでどうぞおくつろぎ下さい」
 どうやらプレートには、演奏会に参加したグループの名前が書かれてあるようだ。
「それから、朝倉禅鎧様」
「?」
 ふと、禅鎧は妖精兵に呼び止められる。
「彼方は『Harmits』の方々と一緒のテーブルにお付き下さいとのことです」
「『Harmits』?」
「ああっ、それは僕たちのグループ名だよ」
 なるほどね、と禅鎧。妖精兵はそれだけ言い残すと、もと来た道を戻っていった。そして、グループ毎に妖精たちが散り散りになっていく。
「良かった。禅鎧さんを受け入れてくれて」
「さっきの演奏が、効いたんだろうね」
 ミュウが嬉しそうに言った。ラーディックもウンウンと頷いている。やがて、料理が運ばれてきた。その料理を見て、禅鎧以外のその場にいた誰もが驚いた。
「えっ? 前回ってこんなに豪華だったか?」
 テーブルには、新鮮な果物の盛り合わせカゴを始め、肉類、サラダ、飲み物が入っていると思われる小型の樽などが並べられた。
「ほらね。禅鎧さんの演奏が聴いた何よりの証拠だよ」
料理を全てのテーブルに並べ終わると、1人の兵士が中央に立ち止まり、パンパンと両手を叩いて注目を仰がせた。
「みなさま、今回もまた演奏会に参加して頂きありがとうございました。妖精王のご厚意により、今回は多少は賑やかに振る舞っていても宜しいとのことです。それでは、どうぞごゆっくり…」
 それだけを言い残して、兵士達は森の中へと消えていった。それからしばらくの間、ラーディック達は固まったままだった。
「いったいどういう風の吹き回しなんだ?」
 グループの中の誰かがそう言った。今までの打ち上げパーティではいろいろと規制があって、必要以上に賑わうのは御法度とされていたらしい。
「やっぱり禅鎧さんのお陰だよ! 今までにこんな事なかったんだもん」
 ミュウが禅鎧の衣服の袖をグイグイと引っ張りながらそう言っている。そんな彼女に対して、苦笑いを浮かべる禅鎧。
「そうなのか…?」
「まあいいじゃねぇか。早く乾杯しようぜ!」
「ああ、そうだね‥‥‥」
 黒縁のビンのコルク栓を抜くと、ほのかに甘い香りが鼻腔をくすぐる。香りからして、アルコール類ではないようだ。流石にラーディックでは注ぐことが出来ないので、代わりにアネスが人数分、なみなみと注ぎ回った。
「じゃあみんな、コップを手に持って。…お疲れさまでした〜!」
『お疲れさま〜〜〜!!』
 禅鎧を覗いた6人の男女の声が、澄み切ったローズレイクの青空に響き渡った。アネスは木で作られたコップに並々と注がれたグレープジュースを一気に飲み干した。
「ふう‥‥‥、うめぇ〜!」
「おいアネス、そのおやじ臭い飲み方は止めろと言っただろう?」
 その横でミーディアが、呆れ混じりのため息をこぼした。そんな2人のやりとりを見て、無意識に苦笑いを零すカースウェル。
「…まぁ、アネスの気持ちも分からないでもないがな」
「そうだよね。あんなに演奏してて気持ちよかったのは久々だよ」
「これもみんな、禅鎧さんの演奏があってのお陰よね」
 そう言って、禅鎧に向かってウインクをするミュウ。彼女とラーディックは、フェアリーやピクシー専用に作られた小型のグラスを両手に持っている。
「うんうん! お兄ちゃんのお陰だよねっ」
 ローラとミュウはお互い向き合って、ウンウンと頷き合っている。前髪を掻き上げつつ、苦笑いを零す禅鎧。
「いや…、別に俺だけの力じゃない。ラーディックたちの素晴らしい演奏もあったからこそだと、俺は思う」
「もう、そういう事にしておけばいいのに…(でもそこが、お兄ちゃんのいい所なんだろうけどっ)」
 あまり照れもせず、むしろクールな口調で話す禅鎧の隣では、ローラが思わず苦笑いを零していた。最後の方は小声だった為に、禅鎧たちには聞こえてはいない。
「フフ…。アンタにそう言って貰えると、アタシたちも自信がついてくるよ」
「何だか音楽の神様にでも会ってしまったみたいだもんな」
「お…おいおい、それは買い被りすぎだ」
 ミーディアとアネスのあまりにも突拍子過ぎる表現に、禅鎧は戸惑ってしまう。そんな他愛のない話をローラも交えてしていると、他のグループの妖精たちが近づいてきた。
「なあ、あんたの演奏聞いたぜ! すごかったじゃないか」
「是非、僕たちにも話を聞かせてくれませんか?」
 そんなこんなで、ラーディックたちのテーブルに、沢山の人だかりが出来てしまった。
「ん…ああ、それは別に構わないけど。…何から話せばいいんだ?」
「やっぱり最初は、『音楽を始めるきっかけ』が一番じゃないかな?」
 いつの間にか禅鎧の肩に座っていたラーディックが、助言を与える。
「『きっかけ』…か。とは言っても、現時点では『気が付いたらやっていた』としか言えない」
「ふ〜ん。じゃあ、禅鎧さんの能力は天賦そのものなのね」
 差し出された飲み物を美味しそうに飲んでいるローラの肩の上で、ミュウが納得したような言葉を述べる。
「いや‥‥‥、そういう訳でもない。俺の記憶がしっかりしていれば、ちゃんと答えられるはずなんだけど‥‥‥」
「えっ、ひょっとして記憶喪失ってヤツなのか?」
 とこれはアネス。禅鎧は無言のまま、首を縦に振ってそれに応えた。
「いつからそうなったのかしら?」
「それは分からない。ただ、2年以前の記憶がまったくないのは確かだ。その時にはもうこれを持っていたから、少なくとも2年以上は音楽をやっている事になるな」
 ショルダーキーボードを指し示しながら、自分の音楽歴について説明する禅鎧。ラーディックたちは勿論、禅鎧たちを取り囲んでいる他の妖精たちもその珍しい楽器をマジマジと見つめている。
「2年以上か…。それぐらいやっていれば、あの演奏も納得が行くな」
 5人の中では比較的冷静なカースウェルは、グレープの甘い香りが漂うジュースをひと啜りする。
「それにしても、この楽器は今まで見たことがないな」
 テーブルに置かれた果物カゴからマロンボを取り出し、それをお手玉のように弄びながらアネスが言った。少し傾いてきた太陽に照らされて、シルバーメタリックの身体は微妙な輝きを見せている。
「そうよね。リュートのような取っ手が付いていて、人間たちの楽器でいうピアノのような鍵盤も付いているし…」
 と、ミュウ。これらの他にもツマミやスライドが幾つか付いてある。
「禅鎧さんは…。あっ、記憶喪失だから分からないか」
 ラーディックのその言葉に、禅鎧は苦笑いを零す。
「ハハ…。でも、身体の方がこれの操作方法を憶えているみたいだ」
「へえ…。じゃあ記憶がなくなる前までは、結構使い込んでいたんだね」
 ラーディックのその言葉で、1つ目の話題に区切りをつけた。この他にも、専門的なものから技術的なものまで、根掘り葉掘り尋ねられた。それでも禅鎧は、1つ1つ丁寧に答えていった。ローラもまた、興味津々な表情で禅鎧を見守っていた。
「おいおい…。もうそのぐらいにしとけよ。禅鎧さんも困ってるじゃないか」
「おいアネス、ケチケチするんじゃねぇよ!」
「そうだよ。久々の来客なんだから、もう少しぐらい話し込んだっていいじゃないか」
 禅鎧のことを思いやってアネスが横から止めに入るが、なかなか歯止めが利かなくなっていた。
「ハァ‥‥‥。全く聞き分けのない連中ばかりで困るぜ」
「とか何とか言って。一番話し込みたいのはアンタじゃないのかい?」
「ハハッ…、まあな。男が男に惚れるっていうのかな‥‥‥」
 アネストミーディアの笑い声が、禅鎧に群れる妖精たちをよそに、少し赤みが差してきた天空に響き渡る。そんなにぎやかなひとときに身を浸している時…。
「私にも、お話を聞かせて頂けますか?」
 風が囁いた時のような、気品のある声が禅鎧たちを取り囲む人だかりの後ろから聞こえてきた。
「? こ、これは…!!」
 その声の正体に気付いた誰かが驚きの声を挙げる。そして、人だかりが綺麗に二分されて、小さな道が造られた。その先に立っていたのは…。
「妖精王‥‥‥?」
 禅鎧ばかりではない。妖精王の姿に気が付いた誰もが、言葉を失っていた。妖精王はそのスカイブルーの瞳を細めつつ、クスリと微笑んでみせた。

 妖精王に声を掛けられた禅鎧は、共に森の中を歩いていた。禅鎧の演奏を偉く気に入ったらしく、是非とも話を聞かせて頂きたいと妖精王自らが希望してきたのだ。例の側近たちが猛反対したのは言うまでもないが、それもまた妖精王に説き伏せられてしまったが為に、すっかり意気消沈してしまったらしい。無論、背中に他のエルフたちの羨望の眼差しを受けながら。
 ふと禅鎧は、青白い透き通るようなロングヘアーをなびかせながら歩いている妖精王を、ジッと見つめるローラに気付く。
「お兄ちゃん…。妖精王様って、本当に綺麗だよねぇ。おじいちゃんから聞くお話の中にも出てきてたけど、あたしの思った通りだった…」
 ローラは羨望の眼差しを妖精王に向けながら、ホウッと深いため息をつく。妖精王が動くたびに、汚れ無き清流のような髪の毛にできた光沢がなめらかな曲線を描く。セミロングのローラから見れば、まさに憧れの対象となろう。
「‥‥‥‥‥‥」
 無言のまま禅鎧はふと上空を仰ぎ見る。スカイブルーとオレンジ色の見事なグラデーションが描かれていた。
 時々吹くそよ風によって揺れる樹々と、それらの隙間からの木漏れ日が、地面に巨大な万華鏡を創り出す。そんな暖かな春風が吹く森の中を、3人は歩いていた。やがて、禅鎧たちは森の外へと出た。
「うわぁ、キレイ‥‥‥」
「へえ…。こんな場所があるんだ‥‥‥」
 胸の前で両手を組みながら、ローラが感嘆の声を挙げる。
「ウフフ、気に入って頂けましたか? ここは、私のお気に入りの場所です」
 そこはローズレイクに作られた、自然の湖畔とも言える場所だった。ローズレイクの向こう岸にそびえる丘は、禅鎧とローラがほんの数時間前にいた場所でもあり、ラーディックとミュウに声を掛けられた場所でもある。それから察するに、ちょうど反対側に禅鎧たちは立っているということになる。
「朝倉様‥‥‥‥」
 その綺麗な景色に魅入られて、心此処に有らずの状態だった禅鎧に、妖精王が声を掛けてきた。
「私はここ、エンフィールドの妖精たちを統率している長のエリシアと申します。先程は、私の側近が不躾けな態度を取ってしまい、申し訳有りませんでした。謹んでお詫び申し上げますわ」
 そう言うと妖精王‥‥‥エリシアは、禅鎧に向かって頭を下げた。禅鎧は一瞬戸惑ってしまったが、すぐに優しげな笑みを浮かべる。
「いえ‥‥‥、別に気にしてはいません。彼らとて、自分に与えられた任務に忠実に動いているだけなのですから」
「えっ…?」
「それに、本来ならばそれは他種族である俺が言うべき言葉です。妖精族たちの神聖なる行事に、勝手に足を踏み入れてしまったのですから」
「お兄ちゃん‥‥‥」
 禅鎧のことを心配そうな表情で見ているローラ。そんな彼女に気付いてか、禅鎧は『心配いらないよ』と目配せする。エリシアは、安心と驚きが入り交じったような笑みを浮かべた。
「優しいのですね‥‥‥。そう言って頂けると、私も少し安心できます」
 そして、視線をローズレイクの方に向けると、更に言葉を続ける。
「本来、この演奏会というのはエルフ同志で交流を深めるためだけに開催していたもので、私のような身分の高い者たちも、他の一般のエルフたちと分け隔てなく参加していた、とても賑やかなものだったんです。でもいつの日からでしょうか、私の知らない所で側近たちが『神と、妖精たちを統べる者に感謝の意を込めて捧げる神聖なる行事』と決めつけてしまったらしく、気が付いた時には私ではどうしようもなくなっていました。その為、いろいろと制約がついた事が原因で、演奏会に参加するグループの数は年々少なくなる一方‥‥‥」
 禅鎧とローラは無言のまま、じっくりとエリシアの話に聞き入っている。そんな彼女の表情は何処かしら悲しげだった。だが、すぐにそれは微塵もなく掻き消され、禅鎧に微笑みかけた。その笑顔には何処かしら、あどけなさが残っているように見えた。
「‥‥‥ですが、先程の朝倉様の演奏、そしてあなたの演奏に聞き入っている方たちの表情を見て、はっきりと分かったのです。やはり本当の演奏会というのは、こうでなくてはならないと」
 今日始めて出会ったばかりだというのに、先程までのエリシアとは全く別人のように禅鎧には見えた。妖精王としての自覚が覚醒したとでも言うべきか、何処かしら凛々しいように思えた。
「もし、今日ここで朝倉様の演奏を聴いていなかったら、私はずっと側近たちの言いなりになっていたでしょう。あなたには本当に感謝しております。改めて、お礼を申し上げますわ」
 そして禅鎧の手を取り、じっと禅鎧の細いロイヤルブルーの瞳を見やる。しっとりとした、温もりのある感触が、禅鎧の手に伝わってくる。
「妖精王‥‥‥」
「エリシアと呼んで下さい。あなたは私の心の恩人なのですから」
 突然手を握られてしまい、思わず頬を赤くしてしまう禅鎧。
「そんな‥‥‥。妖精王‥‥‥エリシア様も、よくやっておられると思いますよ」
「うんっ! だって、あんなに素晴らしい妖精たちが集っているんだもん。エリシア様が素晴らしいという何よりの証拠だよぉ」
 ローラもエリシアを励ますように、元気いっぱいな声で話しかける。
「ローラさん…。ありがとうございます」
 ローラの方に向き直り、優しく微笑みかけるエリシア。
「朝倉様‥‥‥。また機会がありましたら、この森へいらして下さいませんか? あなた方でしたら、いつでも大歓迎です」
「ありがとうございます…。それと、俺の事も、名前で呼んで頂いて結構です‥‥‥」
「ウフフ…、ありがとうございます。禅鎧様‥‥‥」
 赤みが差してきた太陽に照らされているせいか、エリシアの頬が少しばかり紅潮しているような気がした。
 ガラン、ガラン、ガラン、ガラン、ガラン‥‥‥。
 と、エンフィールド方面から、刻を知らせる鐘の音が聞こえてきた。気が付けば、かなり陽が低くなっていて、3つの影法師が芝生に大きく腕を下ろしていた。あんなに澄み切っていた青空も、完全に朱に染まってしまっている。
「そろそろ夕方か…」
「ホントだ…。お使いだけの用事だったんだから、戻らないとまずいよぉ」
 確かに、本来ならばアリサから頼まれたお使いのみだけのはずだった。お使いを終えてから、既に4時間も経ってしまっている。こんなに遅くなってしまっては、またアリサさんにいらぬ心配をかけてしまうだろう。
「そうですね…。あ…最後に1つだけ、あなたにお教えしたいことがあるのですけど、宜しいですか?」
「ええ、構いませんが‥‥‥何か?」
 エリシアは禅鎧の返事を聞くと、一呼吸おいて今度は真剣な眼差しで口を開いた。
「あなたの所持している楽器‥‥‥『エーテル・シンセサイザー』についてです」

「楽しかったね‥‥‥、お兄ちゃん」
「ああ…、そうだな‥‥‥」
 あの後、森の中に作られた打ち上げ会場に戻った禅鎧とローラは、ラーディックたちと再開し数十分ぐらい話し込んだ後、エリシアも交えて再会の約束を交わし、彼らに見送られながら、ローズレイクの森を後にした。
「ローラ…、今日は本当にありがとう。道案内ばかりじゃなく、俺の私的な事にも付き合って貰って。感謝してるよ」
「ううん、気にしないで。あたしも、おじいちゃんに教えて貰った物語の妖精たちに会えて、とても嬉しかった。勿論、お兄ちゃんの演奏も格好良かったよぉ」
 トテトテと禅鎧の顔を見上げながら、ローラは無邪気な笑顔を浮かべた。禅鎧も、それにクールな笑顔で応えた。
「今日の事、帰ったら早速神父様や子供たちにも話してあげよっと」
「子供たち?」
「うんっ! あたし『セント・ウィンザー教会』に住んでるんだよ。教会兼孤児院といったカンジかなぁ?」
「へえ‥‥‥孤児院ねぇ」
 何処かしら、感心したような口調の禅鎧。
「お兄ちゃんも今度遊びに来てよ。そして、子供達にも曲を聴かせてあげて」
「…ああ、約束しよう」
 しばし考えて、禅鎧はYESの返事をローラに向けた。『やったー!』とローラは歓喜の声を挙げる。そんなローラを、禅鎧は半ば羨望の目つきで見ていた。
「‥‥‥フフッ、やっぱりお兄ちゃんってスゴイ人なんだね」
 ふと何かを思いたったように、ローラはそんな事を切り出してきた。
「…エリシア様の話のことか?」
「うん。『ショルダーキーボード』…じゃなくて、『エーテルシンセ』のこと」
 別れ際にエリシアから告げられた内容とは、禅鎧の持っている楽器に関する情報だった。その事に、禅鎧ばかりではなくローラも驚いてしまう事だった。
「ねえお兄ちゃん、現在の状況じゃ無理かもしれないけど、全部集めてみたら?」
「ローラ‥‥‥?」
「あたしね、お兄ちゃんだったら全部集められそうな気がするの‥‥‥」
「‥‥‥そうだな。全部集めてみるのも悪くないかもな」
「うん、頑張ってね」

 やがて、2人はジョートショップに戻ってきた。予想通り、アリサとテディが首を長くして待っていた。
「禅鎧さん、遅いッスよ! ボクはともかく、ご主人様をこれ以上心配させないでほしいッス!!」
「まあまあ、テディ…」
 ブウッと両頬を膨らませているテディ。そんなテディに、禅鎧は苦笑いを零してしまう。
「ああ、済まなかった…。アリサさん、ご心配かけてすみません」
 アリサの方に向き直ると、禅鎧は深々と頭を下げた。アリサはしばらく禅鎧の事を見つめていたが、クスッと優しげな笑みを浮かべた。
「ウフフ、無事に帰ってきてくれただけでも良かったわ。それに、どうやら充分な気分転換にもなったみたいだし」
「はい‥‥‥‥」
 そして禅鎧は、ローラの方に向き直る。ニコニコと屈託のない笑みを浮かべてこちらを見ている。
「じゃあな、ローラ。今日は本当に助かったよ」
「ううん、凄く楽しかったよぉ。…お兄ちゃん、今日の事は2人だけの秘密だよっ! じゃあね!!」
 途中何回もこちらを振り向いては大きく手を振りながら、ローラは帰路へと付いていった。その後、テディから『何があったんスか〜!?』と尋問されたが、禅鎧はそれを口にすることはなかった。
 こうして、禅鎧とローラの長い1日は、無事幕を閉じたのだった。

『あなたの持っているその楽器についてですが、それは『エーテル・シンセサイザー』と呼ばれている物です。詳しいことは分かりませんが、超古代文明の残した遺産だと云われているものです。禅鎧様が現在持っておられるのは小型の特殊なものですが、他にも61鍵や76鍵の中型な物まであると言われています。書物などによれば、これらは全部で7つ眠っていると云われています。全て集めていては如何でしょうか?』

To be continued...


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