中央改札 悠久鉄道 交響曲 感想 交響曲

「Sweetjunk, sweetGap -解答編-」 輝風 龍矢  (MAIL)

The last song

第17章:Sweetjunk, sweetGap -解答編-

 足早に自警団事務所へと向かった禅鎧たちは、会議室に案内され、そこでアルベルトとクラウス、そしてリカルドを交えて自分の推理内容を説明することにした。
「自警団が任意出頭させた3人だけど、彼らの中には犯人はいません」
「‥‥‥どういうことかね?」
 大きめの椅子に腰を下ろしているリカルドが、腕を組みながら静かな口調で返してきた。その傍らでは、アルベルトがこちらを睨み付けていた。
「クラウスさん…。自警団が確認した不審人物とは、『本当に』3人だったのですか?」
「ええ、間違いないです。3人とも、犯人の特徴に酷似しているところがありましたし
 はきはきとした口調でクラウス。禅鎧の後ろには、緊迫した空間には不釣り合いな派手な衣服を着込んでいるアレフ、マリア、トリーシャ、クリスがいた。
「その犯人の特徴を、もう一度言ってみて貰えますか?」
「おい、朝倉! 貴様にはもう全ての重要書類を渡したはずだ。今更、こんな状況でもう一度確認する必要などないはずだぞっ!」
「‥‥‥いや、構わない。クラウス、お前が一体どんな基準で3人を割り出したのか、それをもう一度言ってみてくれ」
 目を三角にしながら怒鳴るアルベルトを一喝するリカルド。
「は…はいっ! まず犯人は男‥‥‥」 
「‥‥‥なぜ、『男』なのですか?」
 クールな棘のある口調で禅鎧。怪訝な表情を浮かべつつ、クラウスが先を続ける。
「そ…それは、犯人の似顔絵から察して‥‥‥」
「それが既に先入観だったんです。もう一度、思い出してみて下さい。なぜ犯人は、一言も喋らなかったのか? 答は簡単、犯人は『女』だからです」
「‥‥‥‥‥‥‥」
 驚愕の表情を露わにしているアルベルトとクラウスとは違い、リカルドは静かに禅鎧を見ている。
「一言も喋らずに、男装して、更に『本』という文字で言葉を伝える類の物に男口調で脅迫の言葉が書かれてあれば、瞬間的に『男』であると思ってしまうのも無理はない」
 その脅迫状を見せつけられた危機感も手伝っていますが…と、禅鎧は後に続ける。
「…禅鎧さんの言う通り、確かに他にも女性の容疑者がいました。ですが、ずっと男と思ってしまっていたので、その人には出頭致しませんでした」
 リカルドは「そうか‥‥‥」と静かに言った。クラウスはまだ入隊して1年も経っていない新参者であるから、仕方がないとリカルド。
「フン…! まさか、分かったのはそれだけじゃないだろうな?」
 禅鎧の事を意地でも認めたくないアルベルトは、突っ慳貪な口調で攻めてくる。苦笑いを浮かべながら、説明を続ける。
「…そうじゃなければ、こんな所にこんな大勢で押し入ったりはしない」
 そして視線をリカルドに戻す。
「ふむ…。では、犯人は女になるわけだな?」
「‥‥‥アレフ、お前が聞き出した不審人物の中に女性はいたか?」
「…ああ、いたけど。名前までは流石に‥‥‥」
 白い髪の毛を掻き上げながら、アレフ。
「では…。そちらもまだ、犯人は特定できていないわけだね?」
「‥‥‥ハッ、そんな事だろうと思ったぜっ!」
 勝ち誇った表情のアルベルト。リカルドは無言で彼に目をやると、アルベルトはハッとなって真顔に戻る。
「分かった…。それでは、3人の容疑者を釈放しよう」
「…いや、その3人には申し訳ありませんが、もう少し自警団にいて貰うことにしましょう」
「何っ?」
 そう言って、また陰険な表情でアルベルト。
「今回の事件だけど、はっきり言って情報が少なすぎます。恐らく、もう一度犯人が事件を起こさない限りは、これ以上情報をかき集める事は不可能です。そんな状況で犯人を捕まえる方法はただ1つしかありません」
「‥‥‥現行犯逮捕、かね?」
 リカルドの言葉に、静かに頷く禅鎧。
「‥‥‥この方法はあまりやりたくなかったのですが。そこで、俺が考えたシナリオを聞いて下さい」
 以下が禅鎧の作戦内容である。トリーシャ・マリア・クリスの3人には、犯人が捕まったという『嘘の情報』をエンフィールド中にバラ撒いて貰う。それで犯人がもう一度事件を起こすように誘導させる。
「なるほど…。だが、犯人は今度はどこで強盗をするか分からないが?」
「そこで、自警団に協力をお願いしたいのです」
 怪訝な表情を浮かべるアルベルトとリカルド。禅鎧は長テーブルの上に、被害店の印がついた縮尺地図を広げる。
「俺の推測が正しければ、犯人はまたこの範囲内の店を襲うでしょう。マリア、この範囲内にまだ襲われていない、そして角に位置する店は何ヶ所ある?」
「う、うん。確か、『さくら亭』に『夜鳴鳥雑貨店』に‥‥‥」
 他、合計6カ所の店舗名を並べるマリア。
「…ありがとう。自警団には、さくら亭を覗く残り5カ所の店には巡回と偽って1〜2人ずつ見張っていて貰う事にします。これまでほとんど痕跡を残さないほど慎重派の犯人なので、まさか自警団の真ん前で盗みを犯そうとはしないでしょう」
「え…ちょ、ちょっと待て! それじゃあ、犯人を誘き出す場所って『さくら亭』?」
 焦りを露わにしたアレフの言葉に、禅鎧は静かに頷いた。
「ああ…。さくら亭の建設位置と構造、これらは全て犯人を誘き寄せるにはうってつけの場所だ。そして、犯人の知らない『罠』もね」
「『罠』…なんだそりゃ?」
 禅鎧の放った謎の言葉に、アレフは疑問符を浮かべるだけ。
「それよりも禅鎧さん、パティさんには許可を貰ったんですか?」
「いや、アレフと一緒にこれから頼みに行く」
 それでも心配そうな表情を崩さないクリスとトリーシャ。
「お…おい、ちょっと待てお前ら! さっきから聞いてりゃ勝手に話を進めやがって! 第一、犯人が今日犯行に至るとは限らないだろう!」
 アルベルトはそう反論してくるも、禅鎧はクールな笑みを浮かべつつ説明を続ける。
「別に今日来るとは言ってない。もうこんな時間だし、今から情報を広めたとしても、明日ぐらいにならないとエンフィールド中には伝わらない。かなり慎重派の犯人だが、それと同時にこの犯行に麻薬的な快感も覚えている。明日にでも犯人は必ず行動を起こすはずだ」
 禅鎧のその確信に満ちた表情に、アルベルトはこれ以上何も言えなくなってしまった。
「だ…だがな。我々自警団がそんな何の確信も持てない作戦に加担するなど…」
「分かった。それには、私たち第一部隊が協力しよう」
 焦りの表情を浮かべながらそれでも反論するアルベルトの側で、リカルドが静かにかぶりを縦に振った。
「た…隊長っ!!」
「元々ジョートショップにも事件捜査の依頼をしている。協力し合うのは当然のことだろう? それともアル、お前には他にいい作戦があるのか?」
 アルベルトはその言葉に、力無く項垂れてしまった。
「…助かります。それじゃあ、俺たちはこれで‥‥‥」
 そう言って立ち去ろうとするが、ふと足を止めてもう一度リカルドの方に振り返る。
「ああ、それと…。例の3人の方々には訳を話して、少しでも気を楽にさせてあげて下さい」

 そして次の日…。自警団第1部隊はリカルドに召集され、1チーム1〜2人ずつで禅鎧の指摘した店舗に向かった。人数が少ないのは、あまり多すぎると逆に犯人に感づかれる可能性があるからだ。2人組のチームには比較的大きめの店舗‥‥‥2階建てなど‥‥‥を担当させている。
「禅鎧さん。5店舗への自警団配置完了したって、お父さんが言ってたよ」
 駆け足でトリーシャが開店前のさくら亭に戻って来る。禅鎧を中心に最後の打ち合わせをしていたところだ。禅鎧は静かにかぶりを縦に振った。
「よ〜し! いよいよだな。何だかワクワクしてきたぜ!」
 パァンと気合いを入れるかのように両手を鉢合わせるアレフ。
「それじゃあパティ。悪いけど、手はず通りこのお金を無抵抗のまま犯人に渡してくれないか?」
 そう言って、金貨が詰められた大きな頭蛇袋をパティの目の前に置く。
「それは別に構わないけど…。でもこのお金、ジョートショップのお金でしょう? よくアリサおばさまが許してくれたわね」
 禅鎧はさくら亭にあまり迷惑がかからないようにと、犯人に渡すお金はジョートショップの資本金から出してきたのだ。無論こんな事を受け入れてくれるとは禅鎧は思っていなかったが、アリサは返事2つで了承してくれたのだ。
「それほどアリサさんが心の広い女性だということさ」
 とこれはアレフ。その横で、マリアが「そうかなぁ?」と首を傾げている。
「万が一によ? もし犯人を捕り逃しても、うちは被害額の肩代わりは…、ちょっとねぇ」
「心配する必要はない。必ず犯人は此処を訪れて、そして俺の思惑通りに動くはずだ」
 そう言いながら禅鎧は、懐から指輪らしきものを取り出し、左手の薬指と中指にはめる。
「ねぇ禅鎧、それは何なのよ?」
 不思議なオーラを帯びた、青い石が付いた銀色の指輪を、そのクリリンとした大きな瞳で見るマリア。
「‥‥‥まあ、気が付いたら持っていた、としか言えないな」
 という事は記憶喪失になる以前から、禅鎧が持っていたことになる。マリアは怪訝な表情を浮かべながらも、それ以上深く追求することはなかった。
「それよりも禅鎧、約束は忘れないでよね」
 パティが念を押すように、禅鎧を指差しながらウインクをしてくる。
「ああ‥‥‥分かってる」
 ボーン、ボーン、ボーン‥‥‥。
 さくら亭店内の古ぼけた掛け時計が刻を知らせる。それと同時に、店内は緊張感に包まれた。それはつまり‥‥‥。
「それじゃあ、ミッション・スタート」

(ここも駄目?)
 太陽光がちょうど真南から照らし出す頃、ある店舗から帽子を深く被った人物が姿を現わす。フレームが若干太めの伊達眼鏡。どちらかといえば端正な顔立ちをしている。長い足が強調された黒いズボン。そして茶色の不釣り合いな若干大きめの男物のスーツから、黒い裏生地が見え隠れする。脇の下に古ぼけた、かなり使い込んだ厚めの本を抱えている。そして若干不釣り合いな大きめのバッグ。一見男性の様に見えるが、シルエットに違和感が見受けられる。
(折角、間抜けな自警団がまんまと罠にはまってくれたというのに‥‥‥)
 心の中ではそう呟いているものの、焦りの表情を露わにはしていない。
(今日に限って、何処の店にも自警団の姿が見受けられるなんて‥‥‥)
 無意識のうちに歩行速度が速く、大股開きで歩くようになる。
(まさか私の完璧な作戦が見破られたというの?)
 今日、彼女がターゲットとして訪れた5つの店舗には全て自警団員の姿が確認された。ひょっとしたら、自分がターゲットとしている店を割り出されてしまったのかもしれない。
「後は、この大衆食堂だけね」
 彼女は懐から一冊のメモ帳らしきものを取り出す。中にはエンフィールドの簡単な地図が描かれてあり、彼女が今までに狙った…狙おうとしている店だけが示されてある。また、これまでに狙った店には×印が書かれてある。そして次のページを開けば、店の情報からその周辺の様子や交通情報まで、事細かに書かれてあった。恐らくは全て自分で調べたのだろう。
「ここももし駄目だったら、今日は辞めておいた方がいいわね」
 そして、さくら亭の扉を開ける。

 カラン、カラン…。
「あっ、いらっしゃ〜い」
 カウンターの奥から、栗毛色のショートボブの少女…パティ…が、何食わぬ顔で声を掛けてくる。キッチンの方では、トリーシャが皿洗いをしていて、出口近くに配置されてあるテーブルには、アレフ・クリス・マリアもさり気なく座っていた。
「‥‥‥‥‥‥」
 空席を探していると見せつけるように、店内を見回す。若干混んでいた事が、それを上手く助長してくれたようだ。どうやらここには自警団の姿が見当たらない。
(考えすぎ‥‥‥か)
 若干ながらも表情を綻ばせる。そして、カウンター側の席に付いた。
「ご注文は?」
「‥‥‥‥‥‥‥」
 パティが注文を促してくるが、無言のままで口を開こうとはしない。怪訝な表情を浮かべるパティ。すると、その無口な客は懐から古ぼけた厚めの本を取り出した。そしてパティに見せるように、背表紙を自分の方に向けて本を開いた。
「‥‥‥!!?」
『金を出せ! さもなくば魔法で店を破壊する』
 それと同時に、自分の持っていたバッグをパティの目前に差し出す。
 トントン‥‥‥。
 そこでパティはわざとらしく、カウンターを人差し指で叩いた。それに奥に座っていたアレフたち3人、そしてトリーシャが視線をパティの方に向ける。行動に出た犯人に悟られないように、指で何らかの合図を送ると、クリスだけが店を静かに出た。
「‥‥‥‥‥‥」
 パティがなかなか動かない事に苛立ちを覚えてか、彼女は次のページを開き、似たような内容の脅迫文を見せつける。
 パティは禅鎧から言われた通り、彼から渡された袋からお金を入れられるだけ放り込み始める。幾ら犯人の手口が分かっているとはいえ、その時に直面するとなるとやはり手が震えてしまう。禅鎧から渡されたお金の8割方を入れたところでバッグは満杯になった。それを確認するや否や、そのバッグをわしづかみにする犯人。重さの余り、勢いで少しだけよろめいてしまう。
「‥‥‥強盗よっ! 誰かあいつを捕まえて!!」
 1つ大きく深呼吸をした後、店外にまで響くほどの声で叫ぶパティ。それをまるで待っていたかのように、彼女は脱兎の如く走り出す。
「よしっ! ここからは俺達の番だなっ!」
「犯人はあたし達が捕まえてやるわ!」
 その後に続いて、アレフとマリアが追跡を始める。
(予想通り、追ってきたわね)
 後ろを振り返りニヤリと不適に微笑みを浮かべる。さくら亭の角を左に曲がり、そこで帽子を取ろうと思った瞬間、彼女から余裕の表情が消えた。
(嘘? いつの間にさくら亭に窓が出来ていたの?)
 その窓とは、つい先日パティが取り付けたばかりの新しい窓だった。そこから、店内で食器を洗っているトリーシャの姿が見えた。
(…仕方ないわね。こうなったら、もう1つ向こうの角に‥‥‥)
 心の中で焦りながらも、引き返してそのままさくら亭の角を真っ直ぐに逃走を開始する。
「禅鎧の言った通りだな。さくら亭の角を曲がろうとしたけど、すぐに逃走の方向を変えた」
「それよりもあの犯人、すごく足が速いよ〜」
 流石にマリアは少しアレフに遅れ勝ちだ。アレフも全速力で走ってはいるものの、少しも犯人との差が縮まろうとはしない。マリアも負けじとアレフに何とかついてきている。
(十字路…。確か此処は、どちらも今の時間は人通りが少ないはず)
 念には念をということでもう1つ奥の通りも調べてあった彼女。再び後ろを振り向くと振り切るには十分な距離があることを確認する。再び勝ち誇った笑みを浮かべると、遠心力の法則に従ってその角を右に曲がる。ここには窓もなく、今の時間は人通りが全くないので目撃される可能性も低い。
 立ち止まると、休む間もなくすぐに帽子を取る。ロングヘアーを想像させるポニーテールの金髪が姿を現す。続いて黒縁眼鏡も取り、それをお金が入ったバッグに無理矢理押し込む。そして上着を脱ごうとした時。
「そこまでだ。連続強盗事件の真犯人」
 ビクリッ!
 突然背後から声を掛けられる。上着を脱ごうとする動作が、途中で止まってしまう。身体中から血の気が引いていくような感覚を覚える。冷や汗が1粒、彼女の頬を伝う。ゆっくりと、後ろを振り向いてみる。そこには不自然なロイヤルブルーの髪の毛の青年…禅鎧が立っていた。
「ど、どうして‥‥‥!?」
「‥‥‥やはり、女性だったか。あんたが必ず此処を通ると思って、ずっと見張っていたんだ」
 ゆっくりと犯人の女性に近づく禅鎧。彼女もそれに合わせて後ずさりを始める。
「フウ…。ぜ、禅鎧!?」
「ハァハァ‥‥‥あ、あたし。もうダメ‥‥‥」
 やっとの事でアレフとマリアも追いついたようだ。彼女は3人に囲まれ、袋の中の鼠となってしまう。
「ねぇ禅鎧。ひょっとしてその人が?」
「ああ…。俺たちが見た似顔絵は、髪の毛を帽子の中に隠した時のものだからな」
 確かに。よくよく見てみれば、瞳や輪郭の形が似ているような気がする。
「へえ、こんな美女がねぇ。ところで禅鎧、どうして彼女はさくら亭の角を曲がらなかったんだ?」
「前にも言ったけど、彼女は魔法なんかで消えたんじゃない。いや、『消えた』というよりは、『化けた』というべきかな?」
 彼女が着ているスーツは裏表両用の特殊な衣服で、色もかなり目立つ。帽子を脱ぎ、眼鏡を取って女性の姿に戻っただけでは、流石にばれてしまう。そこですぐに着替えられる、そして全く痕跡を残さない裏表両用の衣服を使用した。更に裏生地の色が黒のようにあまり目立たない色ならば、表生地の目立つ色をより引き立てるので着替えるにはうってつけだと禅鎧は言う。
「角を曲がる事で建物の死角に入り、そこで全く印象が正反対の服装に着替え、そして女性の姿に戻れば、男だと思い込んでいる第3者は消えたと錯覚するんだ」
「‥‥‥どうしてそこまで分かるの?」
 彼女の声は微かに震えていた。それは悔やみからか、それとも自分の不甲斐なさに対する怒りなのか。
「あんたが裏表両用の衣服を買っているのを見た人がいたからな」
 この目撃者というのは、もちろんシーラのことである。
「そして、なぜさくら亭のすぐ角を曲がらなかったか? 確かこのような『計算外』は以前に一度だけあったはずだな?」
「ローレライのこと‥‥‥?」
 とこれはマリア。禅鎧は迷うことなく静かに頷いた。
「ローレライとさくら亭には、ごく最近ある共通点が出来たんだ。それが以前、アレフに言っていた『罠』だ」
「‥‥‥‥‥窓か!!」
 ローレライの常連客でもあるアレフが、一番始めに気が付いたようだ。
「その通り。小さな窓や磨りガラスの窓ならまだしも、2店とも比較的大きめの窓だった。店内からそこで女性の姿に戻っているのを見られてしまう可能性があるからな。彼女もかなり驚いたと思うね」
「あ、そっか」
 マリアもパンと手を叩いて納得する。犯行実行時のあの自信満々の表情は何処へ行ったのか、その女性はすっかり意気消沈してしまっている。
「禅鎧、1つ聞いて良いか? 自警団が出頭させたあの3人は、この女性とは面識があった…つまり、意図的に3人を出頭させたのか?」
「いや‥‥‥、単なる偶然だろう。もし意図的ならば、必ず誰か1人に的を絞るはずだ」
 なるほど、とウンウン頷くアレフ。
「最後に、1つだけ聞かせて‥‥‥。どうして私が右側へ曲がると分かったの? 左側の通りも今の時間は人通りが少ないのよ?」
 蚊の泣くような声で、そう言ってくる女性。
「…人間は何かから逃げようとする時、そこの街路のように分岐点に差し掛かると、無意識に右側に曲がってしまう。‥‥‥それだけの事だ」
「‥‥‥そうだったの」
 そう言ったきり、その女強盗は俯いてしまう。ちょうどその頃‥‥‥。クリスが呼びに行った自警団が、アレフとマリアの後ろから現れた。
「待たせたな、禅鎧君。まさか、本当に犯人が女性だったとはな‥‥‥」
「あの女が犯人なんですね? よし、緊急逮捕しろ!!」
 アルベルトの掛け声と同時に、4人の自警団員が女強盗に近づく。だがしかし、禅鎧とリカルドは彼女の異変に反応した。
「‥‥‥駄目だ! 彼女に近づくな!!」
 ドォン!!
 禅鎧が呼び止めたが、既に遅かった。女強盗の身体が妖しく光り始めたと思うと、大きな爆発音と共に自警団4人全員が吹き飛ばされた。
「ウフフ、アハハハハ! 私がそう簡単に捕まると思って!?」
「うわっ、凄い魔力を感じるよ!」
 クリスが叫ぶ。マリアは、その吹き荒れる魔力を抑え付けるのに必死だ。
「禅鎧と言ったかしら? あなたは凄いわ。私の完璧な作戦を、こうも簡単に見破ってしまうなんて」
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
 だが禅鎧はそれに答えようとはしない。
「でも私が黒魔法の使い手だった所までは、流石に分からなかったようね。この本に『魔法で店を破壊する』と書いたのは、はったりじゃないのよ」
「なるほどね‥‥‥」
「ウフフフ…、まずはあなたから死んで貰うわ」
 呪文の詠唱を始めると、彼女の手の平に深紅色の球体が具現化される。
「あ、あの魔法は…! 禅鎧さん、危ないよけて!!」
 クリスが叫ぶ。だが、禅鎧は一歩も動こうとはしない。
『カーマイン・スプレッド!!』
 ゴオオオオオッ!!
 女強盗の手から、導火線を走る火花のようにダークグリーンの火線が放たれた。すると禅鎧は、左手を手前にかざす。
(ムッ!? あの技は‥‥‥)
 リカルドの鋭い眼差しが、驚愕の色を帯びた。
「GATE、オープン」
 キュウウウウン‥‥‥。
 波紋が空間内に出来たと思うと、禅鎧の目の前の空間がねじ曲げられた。そして禅鎧が左腕を90度ねじると、そこに小さな黒い空間が浮かび上がる。
「なっ、そんな‥‥‥!?」
 彼女が放った『カーマイン・スプレッド』は、見る見るうちにその黒い空間に吸い込まれていってしまった。完全に火線が吸収されると、間髪入れずに左手から何かを2,3発親指で弾き飛ばす。
「あうっ!!」
 それは女強盗の手に命中し、彼女はその場にへたり込んでしまう。彼女の身体を包み込んでいた光も消える。
「‥‥‥む。今だアル!」
「‥‥‥は、はいっ!!」
 リカルドの指示に、アルベルトは素速く女強盗に近づき手錠をはめる。それを確認すると、アレフたち3人は禅鎧の元へ歩み寄ってくる。
「禅鎧、大丈夫か!?」
「僕、もうダメなのかと思いましたよ」
「‥‥‥もう! 心配させるようなことしないでよねっ」
 とそこへ。アルベルトに連行するよう指示を出し終えたリカルドが、近づいてくる。
「禅鎧君、ご苦労だったね。改めて礼を言わせて貰うよ」
「‥‥‥いえ。俺はそちらの依頼通りに動いたに過ぎません」
「‥‥‥そうか。では、依頼料を渡すから、自警団事務所までご足労を願えないだろうか?」
「分かりました‥‥‥」

 こうして、エンフィールド中を騒がせた連続強盗事件は幕を閉じた。その後の取調べで、彼女はローレライ他6件の事件も容疑を認めた。金銭目的ではなく、只単に自分の力を試してみたかったらしく、そして回を重ねていくうちにだんだんと病み付きになってしまったらしい。事件解決の一報はトリーシャの手助けもあってか、一晩中で街中に知れ渡った。
 そして次の日‥‥‥。
「オ〜ッス、禅鎧!!」
「みんな引き連れて、遊びに来たよ」
『おじゃましま〜す』
「こんにちは、朝倉く‥‥‥?」
 アレフとクリスが、シーラ・パティ・トリーシャ・マリアを引き連れてジョートショップを訪ねてきた。だがいつもと違うジョートショップに、一同戸惑ってしまう。
「うわっ、何だその書類の山は!?」
 テーブルに座っている禅鎧の前には、たくさんのファイルが山積みにされていたのだ。
「ああ…、アレフたちか」
 禅鎧が言うには、昨日の事件は自警団ではなくジョートショップが解決したと報道されたためか、今日に限ってたくさんの依頼が舞い込んできたのだという。
「へえ…、良かったじゃないか」
「まあ…ね。でも流石に、こんなにたくさんの数を1人でこなすのは無理がある」
 とそこへ、奥からテディを抱いたアリサが歩いてくる。
「あ、お邪魔してます。アリサおばさま」
 丁寧な口調で、ペコリとお辞儀をするシーラ。
「あら、みんないいところに来てくれたわね。さっきまでね、アレフ君達にも手伝って貰ったらって話してた所なの。もちろん、お給料ならちゃんと払うわ」
「お願いしますッス」
 テディもアリサの手の上で、器用にお辞儀をする。
「‥‥‥もちろん、無理にとは言わない。そちらの都合を優先してくれて構わない。…お願いできるか?」
 その言葉を待ってましたと言わんばかりに、アレフがニヤリと笑った。
「今更何水クサイこと言ってるんだよ。俺とお前の仲じゃないか」
「僕も。身体は小さいけど、やれるだけの事はやります」
「まあ、アリサおばさんにはいつもお世話になってるからね。恩返しのつもりでやらせて貰うわよ。リサにも頼んでみるわ」
「もちろんボクも手伝うよ。強盗事件でも、一緒に捜査してたもんね」
「何でもマリアにお任せだよっ☆」
「私にも、手伝わせて下さい。私も、朝倉君やアリサおばさまの力になってあげたい」
 その言葉を聞いた禅鎧は、照れ隠しに前髪を掻き上げる。そして、しっかりとアレフたちに視線を向ける。
「‥‥‥ありがとう。そして、改めてよろしく」

To be continued...


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