中央改札 悠久鉄道 交響曲 感想 交響曲

「Shining collection」 輝風 龍矢  (MAIL)

The last song

第3部:Type around
第1章:Shining Collection

 天窓の洞窟まで、目薬茸を探索にいったその夜、禅鎧はいつもより早く眠りに着くことにした。比較的フカフカなベットに入り込めば、すぐに瞼がその重みを増したかのように、容易に眠りの世界へと辿り着くことが出来た。余程疲れていたらしいな…と、禅鎧は心の中で呟いた。
 肉体的にはそうでもないが、精神的な疲労の方がそれを遥かに上回っていたのは禅鎧自身にも分かっていた。オーガとの遭遇時に感じた奇妙な邪気への既視感。シーラの肩に刻まれた刻印の解法のフィードバック。そして、シャドウとの一戦。1日に3回以上も意識の中を掻き回されてしまっては、精神的に参ってしまうのも無理はない。
 ─────目覚めよ。
 ふと禅鎧の耳に、聞き慣れない低い声が不自然なリバーブを帯びて聞こえてきた。禅鎧は瞼を上げようとするが、何故かなかなか上げることが出来ない。何か別の力が、瞼に働いているかのようだった。
 ─────目覚めよ。
 まただ。今度ははっきりと聞こえた。そして再び眼を開けようとすると、少しだけ開くことが出来た。だが目の前に広がっていたのは、自分が目を開けているのかいないのか分からないほどの、冷たく無機質な闇が居座っているだけだ。それでは、声は一体何処から…? 再び、例の声が聞こえてきた。
 ─────心で我に語りかけよ。
 心‥‥‥。つまりは、精神的…間接的に話しかけろという事なのだろう。決して口には出さず、心の中で何かを考えている時のように。そう理解した禅鎧は、言われた通りに心で言葉を表現してみようと試みた。
『俺に語りかけてくる、貴方は‥‥‥?』
 そう話しかけると、禅鎧はやっとの事で目を開けることが出来ていた。そして自分の不自然な体勢に、表情にこそ表さないものの半ば驚く。禅鎧の身体は、その暗闇の中で浮いていたのだ。ゆっくりと、身体を起こしてみる。
 パァァァァァァン…!!
 そして次の瞬間、禅鎧の目の前で何かが弾け飛んだように、目映いほどの閃光が瞬いた。それを遮断するように片腕を眼前に突き出す。やがてフラッシュが止んだかと思うと、未だ禅鎧は闇の中に取り残されていた‥‥‥かに見えた。
 ボウ‥‥‥‥。
 突然、禅鎧の目の前に灯火のような光の珠が具現化された。天空に指す太陽のようではあったが温かみは感じられず、むしろ凍てつくような感覚を覚える。
「よくぞ、我に声を掛けてくれた。礼を言わせて貰う」
 その声は、どうやらその光の珠から聞こえてくるようだった。それとも別の所から聞こえてくるのか、禅鎧は辺りを見回してみるが、それらしいものは見当たらない。
「貴方は‥‥‥?」
 無意識のうちに半ば丁寧な口調になる禅鎧。何故かは分からなかったが、それが一番妥当だと禅鎧は心の中で納得していた。無論、警戒の色は拭い落とそうとはしない。
『我は…、実際に貴君の目の前にいるわけではない。今は精神体として、無礼を承知の上で貴君の夢の中に侵入させて貰った‥‥‥』
 だがその禅鎧の質問には答えようとはしない。光の珠から聞こえてくる声は、更に真剣な色を濃くしつつ話を続ける。
『貴君は、大いなる古代文明の遺産を既に3つ持っているな?』
「古代文明の、遺産? 何を指して言っているんだ…」
 ポウッ…。
 すると、更に光が3つ、その声のする光の珠を中心に現れた。そしてそれは、やがて各々禅鎧の所有しているあるものに姿を変えた。1つは、禅鎧の愛用するショルダー・キーボード。2つ目は、同じくショルダーキーボード。だが、それの取っ手が自動的に分離したかと思うと、先端から光の刃が召喚された。これは、先の天窓の洞窟での探索で使用した光の武器。そして3つ目は、無数のツマミ・ボタン・スライダー、そして計61個の鍵盤が付いたピアノのような楽器。その漆黒の筐体は、巨大軍艦のような印象を受ける。
 そこで禅鎧は、ハッとした。ローズレイクを縁取るように創られた森で出会ったエルフの長…エリシアの言葉が、禅鎧の脳裏に甦ってくる。
(あなたの持っているその楽器についてですが、それは『エーテル・シンセサイザー』と呼ばれている物です。詳しいことは分かりませんが、超古代文明の残した遺産だとも云われています‥‥‥‥‥‥‥)
 そんな禅鎧の思考を読み取ったかのように、光の珠は再び話しかけてきた。
『大いなる遺産を所有する者よ。我はその遺産の1つに宿りし精霊なり。天窓の洞窟にて、貴君を待つ‥‥‥』
「『天窓の洞窟』? ‥‥‥‥うっ!」
 だがそこで、光の珠が目映いほどに光り出したかと思うと、その光は瞬く間に禅鎧の身体を飲み込んでしまった。そして、光の発生源であろう宝珠から、最後の言葉が送られてきた。
『貴君の所持する遺産が、道しるべとなってくれよう』

 チュン、チュチュン‥‥‥。
 眩しい光が目の奥を刺激してくる。目がその明かりに慣れるまでは、それほど時間は掛からなかった。瞳を開けるが、しばらくは身体を起こさずにいた。
「古代文明の遺産、か‥‥‥」
 机の側に立て掛けられた、ショルダーキーボードに目をやる。だがすぐに視線を天井に戻すと、ゆっくりと上半身を起こした。どうやらうなされてはいなかったらしく、脂汗で寝間着が肌に吸い付いてはいなかった。確かに、よくよく考えてみればうなされるような夢ではなかったのだが‥‥‥。
 手早く普段着に着替えると、禅鎧は1階へと降りていった。
 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥。
「おはようございます」
 既に起きていたアリサとテディは、いつものように朝食の支度に取り掛かっていた。
「あら、禅鎧君。おはよ‥‥‥う?」
「おはようございま‥‥‥、あれ? 禅鎧さん?」
 いつものように朝の挨拶を交わそうとする2人だが、それは途中で途切れてしまっていた。まるで珍しいものを見るかのような目で、こちらを見ている。
「? どうか…しましたか?」
「禅鎧君、その前髪‥‥‥」
 怪訝な表情で禅鎧が尋ねてみると、自分の前髪を指差しながらアリサがそう言ってきた。そこで禅鎧は、視界を遮る前髪の不自然さに気付いた。アリサとテディは全てを言わなかったが、それの意味がやっと理解できた。小走りで洗面所に向かい、鏡を見てみる。
「‥‥‥これは!?」
 禅鎧の前髪の先端が‥‥‥または前髪全てが‥‥‥、所々ではあるものの銀色に染まっていたのだ。

 その後、ジョートショップに手伝いに来てくれた凍司・アレフ・エル・パティも、一部の前髪が銀髪になった禅鎧を見て同じような反応を見せた。アレフは、とうとう禅鎧も女性の視線が気になってきたか…と下らない冗談を言ってみせたが、やはり凍司だけは違った。
「どうやら、記憶が戻ってきているみたいですね。どんな小さな事でも構いませんから、思い出したことはありませんか?」
 半ば嬉しそうな表情で凍司はそう尋ねてきた。凍司の言うとおり、禅鎧はある1つの光景を思い出すことが出来ていた。天窓の洞窟の奥でシャドウと遭遇したとき、彼の謎の呪法で激しい頭痛を催したと同時に、それは禅鎧の脳裏に甦ってきたのだ。その光景とは、禅鎧が初めてエンフィールドを訪れたときのものだった。
 これまで禅鎧は、エンフィールドを訪れてさくら亭を訪れた事までは憶えていたのだが、そこからジョートショップで目覚めるまでの記憶が綺麗に抜き取られていたのだ。そして今回の一件では、幸運にもちょうどその部分を思い出すことが出来た。だが、さくら亭で深夜襲われたところまでは憶えていたが、誰に襲われたのかまでは分からなかった。恐らくはこれで禅鎧の無実が証明できるだろうと凍司は期待していたが、この程度では無実どころかそれを証明するものは何もない。こんな事を自警団に訴えたとしても、門前払いさせられるのが目に見えている。
「あ〜あ。結局は、オッサンたちを言いくるめる手がかりは何にもナシかよ」
「でも、そこまで分かっているのなら、禅鎧が真犯人じゃないのは確かなんだろ? だったら、アタシたちだけで再調査してみるか?」
「おっ、グッドアイディア! そういう事なら、俺も協力するぜ」
 エルとアレフはそう提案してくるが、禅鎧は静かにかぶりを振った。先にも説明したような事もあるのだが、まだ確信的な事を思い出してはいない。襲われた後…いや、襲われたという記憶も真実とは限らない。あの時のシャドウが何らかの術で埋め込んだ、偽りの記憶という考えも否定できないからだ。
 アレフたちは思わず肩を落としてしまうが、思い出す事が出来ただけでもかなりの進歩だと凍司はフォローした。きっと今後も思い出す事もあるだろうから、気長に待ちましょう…とも付け加えて。
「そうだ、な…。それじゃあ、今日もまた宜しく頼むよ」
 山積みになった仕事依頼の伝票をテーブルの上に並べながら、禅鎧は淡々とした口調でそう言った。そこでふと何かを思いだしたらしい凍司が、禅鎧に語りかけてきた。
「ああ、そうだ。禅鎧、仕事が終わってから、ちょっと宜しいですか?」
「? 別に構わないが…。どうかしたのか」
 自分に見合った仕事のファイルを手に取りながら、禅鎧。凍司は人の良さそうな笑みを浮かべながら、静かにかぶりを横に振った。
「いえ、大した用事ではないのですが…。そうですね、また『陽の当たる丘公園』にて落ち合うことにしましょうか」

 太陽が西に傾きかける頃、今日も仕事をそつなくこなし終えた禅鎧は、言われた通り陽の当たる丘公園へと足を運んだ。しかし、凍司の方は未だ仕事を終えてはいないらしく、凍司の姿は何処にも確認できない。とりあえず禅鎧は、公園に設置されたベンチに腰掛ける。リヴェティス劇場にて音楽関係の仕事をやっていたため、持ってきていたショルダーキーボードを傍らに立て掛ける。
 ふと禅鎧は、初めてエンフィールドを訪れたときの事を思い出していた。それは、先日のシャドウとの一件で思い出したばかりの記憶。さくら亭で食事を終えた後、旅の疲れを少しでも癒そうと偶然にも見付けたこの公園で身体を休めていた。そして‥‥‥。だが、そこでまたも記憶は途切れていて、次に脳裏に浮かんだ情景はさくら亭の客室で誰かに襲われた時の記憶だった。
(俺はそこで、誰に襲われたんだ‥‥‥?)
 何とか思い出そうと記憶の扉を開けようとするも、それに合う鍵が見つからない。無理にこじ開けようとすると、一時的な頭痛に見回れてしまう。凍司が言っていた通り、気長に待っていれば自然と思い出すものなのか。いや…、違う。シャドウとの一件以来、禅鎧の考えが少しずつ変わってきていた。
『お前の記憶の糸を一本だけ紡いでやろう』
 禅鎧が激しい頭痛に見回れる直前にシャドウが言い放った言葉。シャドウの言葉通りだとすれば、シャドウがその扉の鍵を握っていることになる。だとすると、それとは入れ替わりに、なぜシャドウがそうする必要があるのか…という疑問が湧いてくる。こればかりは、流石の禅鎧でも分からなかった。銀色に染まった前髪を掻き上げつつ、1つ大きく深呼吸をする。ふと、目の前に誰かがいる事に気付いた。
「あっ、やっと気が付いた。こんにちは、お兄ちゃん!」
 桜色のセミロングに付けられた、可愛らしい黄色いリボン。クリリンとした無垢な輝きを帯びたエメラルドグリーンの瞳。あまり行動的ではない、フリルが所々に見受けられるドレス。その少女は、無邪気な笑みを浮かべながらこちらに軽く手を振っていた。
「‥‥‥ローラ?」
「わあ、憶えててくれてたんだ。ホント久しぶりだから、忘れてるかと思っちゃった」
「ハハ…、大丈夫。ちゃんと、憶えている」
 と、苦笑いを浮かべながら禅鎧。ローラはエヘヘ…と照れ笑いを浮かべると、禅鎧の隣りにチョコンと腰を下ろした。そしていつもの好奇心旺盛な表情で、禅鎧に問い掛けてくる。
「ここで、何してるの?」
「待ち合わせ」
 するとローラは瞳を輝かせながら、デートなの?…と尋ねてきた。そんな彼女に禅鎧は、苦笑いを浮かべながらかぶりを横に振る。
「そうなんだ…。お兄ちゃんぐらい格好いい人だったら、そんな女性1人ぐらいいてもおかしくないと思ったんだけど‥‥‥」
「‥‥‥そう言うローラは、何しにここに来たんだ?」
 少し間を置いてから、禅鎧はローラに問い返した。
「ただの散歩。たまたま公園を通りかかったら、見たことある人がいるなあと思って、近づいてみたらお兄ちゃんだったんだよ。何か深刻そうな顔をしてたけど、何を考えていたの?」
「ん…いや、そんな大した事じゃない。ちょっと、初めてここを訪れた時のことをね…」
 禅鎧がそこまで言ったところで、ローラはハッとした。確か禅鎧は無実の罪を着せられて、住民の信用を手に入れようと必死になっている。その事で悩んでいると思ったローラは、禅鎧の方へと少しだけ身を乗り出してきた。
「お兄ちゃん。どんな時でも、あたしはお兄ちゃんの味方だからねっ! あたしはお兄ちゃんの事信じてるから…」
「ローラ…。すまない、ありがとう」
 その言葉に満足したように、可愛らしい笑みを浮かべながらコクンと頷いた。禅鎧は不思議に思えた。こうしてローラと話していると、さっきまで深刻に考えていた自分が馬鹿らしく思えてくる。そういえば、あの時もそうだった。いつの間にか自分が美術館盗難事件の犯人となっていて、アリサさんに多額の借金を背負わせてしまったあの時も、今と同じようにかなり深刻に悩んでいて、そこにひょっこりと現れたローラ。ローズレイクの森でのフェアリーテールな出来事もあってか、そんな迷いなど吹き飛んでしまっていた。そんなローラはまるで‥‥‥。
「妖精‥‥‥みたいだな」
「えっ、何が…?」
 思わず、考えていた事をポツリと零してしまう禅鎧。すぐに何でもない…と、話を横に逸らす事に成功する。
「禅鎧、お待たせしました」
 ちょうどそこへ、仕事を終えた凍司がソフトケースを片手にこちらにやってきた。案の定、凍司は見慣れない少女の方へと視線を向けながら、禅鎧の元へと歩み寄ってくる。
「禅鎧、こちらのお嬢さんは?」
「お嬢さんだなんて、そんなぁ‥‥‥」
 頬をほのかに紅潮させたローラは、その紅くなった頬を隠すように両手を当てる。そして、スカートの両裾を持ち上げながら淑女的なお辞儀をした。
「あたしは、ローラ。ローラ・ニューフィールド。宜しくねっ!」
「ローラさん…ですね。僕は壬鷹凍司といいます。禅鎧とは、昔からの親友ですよ」
 凍司もまた、ローラに合わせるように紳士的に軽く頭を下げた。そして握手をする為に手を差し伸べようとするが、それを禅鎧が静かに手で制した。理由を求めようと視線を禅鎧に向けるが、彼は静かにかぶりを振るだけだ。話題を逸らそうと、禅鎧は早速本題に入ることにした。
「…ところで凍司、話というのは?」
「ええ…。禅鎧、昨晩変な夢を見ませんでしたか?」
 その言葉に、禅鎧は目を細めた。凍司によれば、暗闇の中に佇んでいると、突然目映いばかりの光の珠が目の前に現れ、自分に語りかけてきたという。
「…そして、天窓の洞窟で待っていると言ってきたのです」
「凍司もその夢を見たんだな。確かに俺も、それと全く同じ夢を見た」
 凍司はやはりそうですか…と、真剣な面もちで呟いた。
「ねえねえ。一体何の話なのか、あたしにも説明してよぉ」
 1人話に付いていくことが出来ないローラ。すると禅鎧は、ベンチに立て掛けておいたショルダーキーボードをケースから取り出すと、説明を続けた。
「ローラ。以前、エーテル・シンセサイザーの話をした事があっただろう? どうやらそれが、天窓の洞窟に隠されているらしいんだ」
「ええっ? それ、本当なのぉ!?」
 ローラは驚きの色を露わにする。以前というのは、ローズレイクの湖畔に住んでいるカッセルにアリサからお使いを頼まれた時、偶然出会った小妖精たちとの一件を指している。
「? ローラさんも、禅鎧の楽器の事を知っていたのですか?」
「うんっ。でも、教えてあげない。あたしとお兄ちゃんだけの秘密だもんねっ!」
 そう言うと、禅鎧に向かってウインクするローラ。かたや禅鎧は、フッ…と静かな笑みを浮かべた。意外そうな目で、そんな2人を見る凍司。
「…で、どうします? もう一度、天窓の洞窟まで行ってみましょうか?」
「‥‥‥そうだな。捜してみるのも、悪くないかもな」
「ねえ、お兄ちゃん。あたしも、一緒に連れて行ってくれるよね?」
 自ら進んでそう言ってくるローラ。また断ろうとするのかと凍司は思ったが、禅鎧は迷うことなく静かに頷いた。するとローラは嬉しそうに大きく頷いた。今にもこちらに抱き付いてきそうな状態の彼女に、一瞬禅鎧は戸惑いのような感覚を覚えた。
「でも、今日はもう遅いから駄目だな。次の休日に、行くことにしよう」
 オレンジ色の絵の具を零したように、滲んできた青空を見上げながら禅鎧はそう言った。

「おっ待たせ〜、お兄ちゃんっ!」
 日差しがやや南西よりから向けられてくる頃、元気良く手を振りながら、ローラは教会正面口から姿を現した。禅鎧と凍司はあらかじめ話していたように、ローラの住んでいるセント・ウィンザー教会でローラを出迎える形で待ち合わせする事にしていた。
「おはようございます、ローラさん」
「おはようございます、凍司さん。お兄ちゃん、早く行こうよぉ!」
 相手を選ばず礼儀正しい凍司につられてか否か、ローラもペコリと朝の挨拶を交わした。そしていつもの天真爛漫な少女に戻ると、禅鎧を急かすようにそう言ってきた。
「分かってる。それじゃあ早速、出発しようか。少しでも時間が惜しいからな」
 苦笑いを浮かべながら、歩き出す禅鎧。ローラは踊っているような足取りで、禅鎧と凍司の先頭を歩き出した。禅鎧は表向きにはやれやれ…と苦笑いを浮かべているが、内心ではローラとほぼ同じ気持ちだった。まさか自分が滞在している街の郊外の洞窟に、古代遺産が眠っているとは思ってもみなかった。…いや、少しだけだが感付いていたと言った方が的確か。
「ところで禅鎧、大体の目星は付いているのですか」
「ああ…。恐らくは、あの地底湖付近に何かありそうだ」
 その禅鎧の憶測には、確信的な根拠があった。刻は先日、『天窓の洞窟』の探索時まで遡る。地底湖を発見し、その水を禅鎧が汲みに岸辺まで降りていったとき、禅鎧の所持する光の刃を具現化させる武器が、わずかに蒼白く輝き出した。これと、先日の夢の中で語りかけてきた古代遺産に宿っているという精霊の言葉とを照合してみると、確かにつじつまが合う。
「なるほど…。確かにあそこならば、再び宝を探り当てるいい目印にもなりますね」
「そう…。後は、俺たちが所有する『古代遺産』が道しるべとなってくれるだろうな…」
 ふと気が付くと、先頭を歩いていたローラは禅鎧の隣りまで戻ってきていた。禅鎧は彼女の歩幅に合わせるように、若干歩く速度を落とす。
「ねえ、お兄ちゃん。あの時の約束、忘れてないよね?」
「孤児院の子供たちに、ピアノを聴かせてあげるという約束か? 大丈夫、ちゃんと憶えている。今までずっと行ってなくて、申し訳なかったな」
 改まって禅鎧に謝られたローラは、優しく微笑みながらかぶりを横に振った。心なしか、そんなローラの仕草が大人っぽく思えた。
「ううん、全然気にしてないよ。お兄ちゃん、ずっと忙しいの知ってるから…。それに、お兄ちゃんは絶対約束を守ってくれる事も‥‥‥エヘヘ」
「ローラ…、ありがとう」
 禅鎧もまた優しく微笑み返すと、ローラは恥ずかしそうに照れ笑いを浮かべた。傍らでその会話を聞いていた凍司が、言葉を紡いだ。
「ローラさんは、本当に禅鎧の事を良く思ってくれているようですね」
「うんっ! だってあたし、お兄ちゃんの事大好きだもん! もちろん、凍司さんの事もねっ!」
 それに対して、爽やかに微笑みながら、ありがとうございます…と丁寧な口調で凍司。だが禅鎧は、2人とは全く別の事を考えていた。
 『大好き』か‥‥‥。禅鎧はその言葉を心の中でリフレインする。遠くに置いてきた宝物のような、それでいて現在の自分には必要ない言葉のような感覚を、禅鎧はローラの言葉から感じ取ったような気がした。
「‥‥‥んがい、禅鎧」
 と、そこで凍司の声が禅鎧の耳にフェードインしてきた為、それはそこでシャットアウトされてしまった。変に感付かれぬように、すぐに思考を現実の方へと切り換える禅鎧。
「少しだけ急ぎましょうか。天窓の洞窟まで行ったとしても、その探索にどのくらい時間が掛かるかは分かりませんからね」
「…それもそうだな。ローラ、少しだけ急ぎ足になるけど、構わないか?」
「ううん、大丈夫だよ。…そうだ! じゃあまた、天窓の洞窟まで競争しようよ!」
「競争? でもローラ‥‥‥」
 だが禅鎧が全てを言う前に、ローラは我先にと駆け出していった。そしてもう一度だけ振り返りこちらに手を振ると、また再び走り出した。
「待ってください、ローラさん。天窓の洞窟までの道を知っているんですか?」
 ローラ自身、かなり気が高ぶっているらしく、目先の肝心なところを見逃してしまっているようだ。やれやれ…と苦笑しながら、凍司はその後を追いかけていった。続けて禅鎧も、2人の後を追いかけようとするが‥‥‥。
「あ…、禅鎧くん」
「? シーラ‥‥‥」
 ルクス通りの角で、シーラが呼び掛けてきた。そして少し遅れて、パティもシーラの背後から姿を現した。
「こんにちは、禅鎧くん」
 精一杯の笑みをこちらに向けながら、シーラは禅鎧と挨拶を交わした。そろそろ蒸し暑くなってくる時期だが、シーラは相変わらずパープル・ホワイトのブラウスに、ワインレッドのストール。パティは対照的に、いつものスポーティな私服に身を包んでいる。
「あら、禅鎧じゃない。こんな所で会うなんて奇遇ねぇ。どうしたの?」
「いや、大した用事じゃないけどな…」
「お兄ちゃ〜ん! 早く来ないと、置いてっちゃうよ〜!」
 ちょうどその時、遥か向こうの突き当たりから、ローラがこちらに大きく手を振っていた。流石に凍司は手を振らず、黙したままこちらの方を向いている。パティとシーラも、そちらの方に振り向く。     
「すまない、2人とも。ゆっくり話をしたいけれど、急いでるから」
「う…うん。あれ‥‥‥? 禅鎧くん、その前髪‥‥‥」
 やはりこの不規則に変色した前髪は目立つらしい。ジョートショップの仕事中でも、依頼主などから尋ねられた事がしばしばあった。
「そうか、シーラには教えてなかったな。先週の天窓の洞窟の‥‥‥」
 パティは昨日までジョートショップの仕事を一緒にやっていた為、禅鎧の前髪の件については既に知っていた。
「お兄ちゃ〜ん!」
 だがそこで、またもローラが呼び掛けてくる。禅鎧は苦笑しつつ前髪を掻き上げると、シーラの方に向き直った。
「…すまない、シーラ。詳しい事は、また後でゆっくり話すから‥‥‥」
「ううん…。私の方こそ、急いでるのに呼び掛けたりしてごめんなさい」
「いや…。それじゃあ、また後で」
 禅鎧は軽く手で別れを告げてから、向こうの通りに控えているローラと凍司の方へと走っていった。それを、名残惜しそうな目で追いかけるシーラ。
「さ、シーラ。早く行きましょ」
「うん、パティちゃん」
 パティに急かされて、シーラは禅鎧の消えた通りに目をやりながらも、再び歩き始めた。そんな彼女の行動を見逃さなかったパティは、心の中で呟いた。
(あたしが禅鎧の前髪の話をしてもいいんだけど…。こういうのは、本人から直接聞いた方がいいかもね)
 また、先程までに比べると、シーラの表情が少しだけ明るくなったように思えた。

 途中、モンスターに遭遇する事も予想していたが、幸運にも一度も会わずに天窓の洞窟まで到着することに成功した。また、ローラがモンスターたちもきっとお休みしてるんだよ…と、子供じみた事を言ってきた事を付け加えておく。
「まさか、2日続けてこの洞窟に来る事になるとはな‥‥‥」
「いいんじゃないですか。食後の運動には、持ってこいですよ」
 普段は禅鎧と同じように沈着冷静な印象を受ける凍司だが、最近になってごくたまにこのような言葉を口にすることがある。だが禅鎧は、そんな彼に違和感を抱く事はなく、むしろこちらの方が凍司らしいとさえ感じていた。エンフィールドに慣れてきた事への表れかどうかまでは分からないが。
「さて、それじゃあ中に入ろうか」
「ここにエーテルシンセがあるんだね? あたし、ドキドキしてきちゃった…」
「いえ、それだけじゃないでしょう。僕の持つ『マテリアルギター』も、恐らくはあると思いますよ」
 禅鎧はそうだな…と疑うことなく頷いた。そうじゃなければ、凍司も自分と同じ夢を見るとは思えなかったからだ。
「マテリアルギター?」
「凍司の持っている楽器の事だよ。多分、マテリアルギターも『古代遺産』の1つなんだろうな…」
 禅鎧の簡潔な説明に、ローラはふうん…と半ば興味ありげに頷いた。禅鎧が照明代わりに『円月光輪』を具現化すると、3人は暗闇が支配する洞窟の中へと入っていった。そして、ここでも魔物と一度も遭遇することなく、問題の幻想的な世界へと誘う地底湖へと辿り着いた。恐らくは、先日の探索で自分たちより遅れて侵入してきたアルベルトたちが、洞窟に潜んでいたモンスターたちを全て葬り去ってしまったのかも知れない。
「うわあ〜。すごい綺麗‥‥‥」
 頬をほのかに桜色に染めながら、ほうっと感慨深い溜め息を付くローラ。
「何度見ても、綺麗な風景には変わりないですね」
 そう言うと、凍司は器用に突起した岩肌を飛び移りながら、地底湖の岸辺へと降りていった。続いて禅鎧もまた、岸壁を中継代わりにすることなく一気に飛び降りた。
「? 禅鎧、ローラさんを置いてくるつもりですか?」
「大丈夫。ローラなら、1人で降りてこれる」
 ですが…と凍司は続けようとするが、次の瞬間我が目を疑ってしまう。ローラの身体は引力に抵抗するように、ゆっくりと宙に浮いていた。そして、自分たちの目の前にストッと靴音をたてて着陸した。
「ローラさん…。貴女は一体‥‥‥」
「あ、そっか。凍司さんには教えてなかったっけ。あたしね、『幽霊』なんだよぉ」
 そこで凍司は合点がいったようだ。自分がローラと握手しようとした時、なぜ禅鎧がそれを制してきたのか。それがずっと気になっていたのだが、納得の行く答えが見つかり、意味ありげに頷いてみせた。
「なるほど、そうでしたか。それじゃあ、早速隠し通路を探しましょうか」
「うんっ!」
 ローラは元気いっぱいに頷くと、湖の岸辺まで早足で歩いていった。余程、ここからの景色が気に入ったようだ。凍司は禅鎧の肩に手を置くと、静かな笑みを浮かべながら言葉を淡々と紡ぎ出した。
「相変わらず優しいですね…。あの時の貴方の行動は、ローラさんに気を遣っていたんですね」
「俺は自分が優しいのかどうかは分からない。ただ、ローラの悲しむ顔を見たくなかったからな‥‥‥」
 ローラは表向きでは明るく振る舞っているが、1人の時はその事で悲しんでいるかもしれない。考えすぎかもしれないが、禅鎧はそう思えてならなかった。
「…さて、無駄話はこのぐらいにしておこう。隠し通路だけど‥‥‥」
 そこで禅鎧は、地底湖の水を汲んでいた時に光の刃を具現化する武器…『空牙』が一時的に輝いたことを話した。恐らくは、眠っているもう1つのエーテルシンセと共鳴しているのだろう。そう説明しながら、禅鎧は懐から空牙を取り出した。
 ポウ‥‥‥‥‥‥。
 すると突然、あの時と同じように蒼白く瞬き始めた。だがそれはあまりにも弱々しく、すぐに消えてしまいそうだった。異変に気付いたローラが、禅鎧の側にトテトテと戻ってくる。
「どうやら、共鳴しているようですね。ですが‥‥‥」
「うん…。お兄ちゃん、もう少し光を強くできないの?」
「‥‥‥‥! もしかしたら」
 銀色の前髪を掻き上げつつ、考えられる様々な事象をジグソーパズルのように照合していく。そして当てはまるピースが見つかったらしく、禅鎧の瞳は確信の色を帯びた。
(───心で我に語りかけよ)
(貴君の所持する遺産が、道しるべとなってくれよう)
 夢の中で語りかけてきた精霊の言葉が脳裏でリプレイされる。ここに眠っているのがエーテルシンセ…すなわち古代遺産だとするならば、自分の所持するエーテルシンセもまた然り。それならば逆に、今度はこっちから…!
「‥‥‥‥‥‥‥」
 黙したまま禅鎧は、凍司たちから離れると岸辺ギリギリで立ち止まる。続いて『空牙』を左手に持ち直すと、それを目の前にかざした。すると‥‥‥。
 コオオオオオッ!
 突然、空牙が息を吹き返したように大きく輝き始めた。同時に空牙を持つ手が上空に引っ張られるような感覚を憶えたかと思うと、自然と禅鎧の手から離れて宙に浮いた。そのままゆっくりと空中を浮遊しながら、地底湖中央に創られた陸地までたどり着くと、重力魔法を喰らったように地面に突き刺さった。やがて『カチリ』と施錠が解除されたような音が聞こえると、ゴゴゴゴ…と地面が震え始めた。
「あ、見て見て! あれが、隠し通路の入口じゃないの?」
 ローラが言った通り、空牙が地面に突き刺さった場所の近くに綺麗な長方形の穴が開いていた。
「なるほど。正に隠し通路には打ってつけの場所ですね‥‥‥」
「フフ、そうだな…。さてと、ちょっと距離があるが問題はないな…」
 ザシュッ!
 砂利を踏みつける音と共に、禅鎧は大きく跳躍した。そして、器用に問題の陸地へと着地する。湖を渡っても良かったがかなり深く、徒歩で歩くのは手間が掛かると判断したからだ。続けて凍司も、大きくジャンプしてこちらに来る。ローラは少し遅れて、フヨフヨと浮遊してこちらに辿り着いた。
「‥‥‥抜けない、か」
 地面に突き刺さったと思っていたが、陸地に作られた小さな鍵穴のような装置に突き刺さっていた。抜こうとするが、固定されたように取り外すことが不可能だ。恐らく、中で用事を済ませた後、外す事が出来るようになるのかもしれない。
「それじゃあ、早速隠し通路へと入ってみましょうか」
「うん! お兄ちゃん、早く行こっ!」

 隠し通路の内部は自然の岩肌ではなく、明らかに人の手が加えられたような構造になっていた。隙間風さえも阻むほどに頑丈な壁は、まるで特殊な鉱石を合成されているように思えてならなかった。
「これは…、超古代文明の栄えた時代に生きていた方々の手によるものでしょうか」
「恐らくはな。ん…、扉だ」
 そして歩いて数分も経たない場所に、2つの金属製の扉がこちらを見据えるように佇んでいた。また扉には、片方には「E.S.」、そしてもう片方には「M.G.」とエンボス風に文字が刻まれてあった。ローラは疑問符を頭上で点滅させているが、禅鎧と凍司にはその意味が分かっていた。
「『Ether Synthesizer』に『Material Guitar』…か」
「どうやら、ここからは別行動のようですね。ローラさんは、禅鎧に着いて行って下さい」
「ハーイ。凍司さんも、気を付けてね…」
 凍司は小さく手を挙げて彼女に応えると、「M.G.」と書かれた扉の方に近づいた。扉が自動的に開いた事にローラは驚くが、これも古代人たちのなす技術なのでしょう…と、凍司はそれほど気にも止めずに中へと入っていった。
「古代人って、スゴイんだね‥‥‥」
 ローラは感心したようにそう言うも、何処か懐かしげな悲しげな表情を浮かべる。禅鎧本人がその意味を知るのは、ずっと後のことになるのだが。
「ああ…。さて、俺たちも先を進む事にするか」
 凍司に続けて、自動扉を通過する2人。するとまた、同じ材質の扉がある似たような部屋があるだけだった。扉に隣接している壁には、何やら文字が刻まれてあった。
「??? 何て書いてあるのか分からないよ〜」
 どうやらかなり古い文字で書かれているらしく、ローラは読むことは出来ないらしい。だとすれば、禅鎧も読むことは出来ないはずなのだが…。
「『D』のダイアトニックコードを全て我に伝えよ。さすれば、自ずと道は開かれん」
「! お兄ちゃん、この文字が読めるのぉ!?」
「全ての文字には、必ず何らかの特徴があるからな。それを理解してしまえば、大した事じゃない。凍司も、そのぐらいは分かっているはずだ」
 驚きの色を掻き消すことが出来ないローラに、淡々とした口調で禅鎧は説明する。
「『D』の和音か。なるほど‥‥‥ね」
 禅鎧は静かに目を閉じた。そして、心の中で次々とその問題の答えを扉の奥で待っていると思われる、例の精霊に伝えていく。D、Em、F#m、G、A、Bm、C#m-5‥‥‥。
 シュウウン!
 禅鎧が全て答え終わってからしばらくすると、目の前の扉が機械的な音をたてながら開け放たれた。
「正解したんだね? さっすがお兄ちゃん!」
「基本的な事だからな。さて、いよいよご対面…かな?」
 禅鎧はいつもの静かな口調でそう応えるが、内心では半ば貪欲的になっている事に気付いていた。ローラもまたドキドキしているらしく、彼女の頬は紅く染まっていた。そして、ゆっくりと次の部屋へと足を踏み入れる。
 その部屋は神々を祀る祭壇のような構造になっていて、目の前には祭壇へと通じる階段が居座っていた。どうやらこの上で、例の夢の中に出てきた精霊が待っているのかもしれない。心の中でそう呟きながら、ゆっくりとした足取りで階段を上ったその先には…。
『よくぞ来た。超古代文明の遺産を持ちし者よ』
 その口調には割と不釣り合いな、若い…禅鎧とほぼ同い年のような変わった衣服を身に付けた青年が、地面に描かれた魔法陣の中心に佇んでいた。その声から、先日の夢の中に出てきた人物と同一である事がすぐに分かった。
『我が名はコルグ。古代遺産が1つ、『エーテル・シンセサイザー』に宿りし者』
「俺は、朝倉禅鎧。貴方が、先日俺の夢の中で語りかけてきた…」
 するとコルグは、静かにかぶりを縦に振った。しばらく禅鎧をしげしげと凝視すると、満足げな笑みを浮かべながら口を開いた。
「フム‥‥‥。貴君はなかなか、いい感性を持っておいでのようだ。これなら、私の所持するエーテルシンセを預けても大丈夫だな」
 そしてコルグは、スッと自分の背後を指差す。その先には、不思議な材質で作られた透明なケースが2つ並べられてあった。ローラはその中を除いてみると、うわあ…と感慨深い声をあげる。そして禅鎧も、その細い瞳を大きく見開いていた。
「これが…3つ目のエーテル・シンセサイザー‥‥‥」
「『トリニティ』と『トライトン』だ。この2つを、受け取ってくれ」
 両方とも、シルバーメタリックの筐体に、合計76の鍵盤。そして数個のボタンと中央にディスプレイが1つ。共通点が多いが、デザイン的に若干の違いが見られた。
「もちろん…、喜んで受け取らせて貰うよ」
 その禅鎧の返事を聞くや否や、コルグは指をパチンと鳴らした。するとケースの中にあった2つのエーテルシンセが光に包まれたかと思うと、それは微妙な光を帯びた小さな宝珠に変化し、禅鎧の手の平に移動してきた。
「あれれ、小さくなっちゃったよぉ?」
「大丈夫。エーテルシンセはあのようにかなり大きな楽器だから、持ち運びしやすいように光の珠に姿を変えることが出来る。使いたい時に、自由に元に戻せるんだ」
 心配そうな表情のローラに、禅鎧はそう説明する。そして懐から同じような光珠が2個入ったケースを取り出すと、空いていたくぼみに1つずつはめ込んだ。
「ありがとう、コルグ」
「操作方法は、既に貴君が持っているものと大差ないから問題ないだろう。…さて、それじゃあ隠し通路の外までテレポートしてやろう。貴君の健闘を祈っているよ」

 テレポートした先…地底湖の岸辺では、既に新しいギターを携えていた凍司が待っていた。やがてカチリと音が聞こえると、小さな地響きと共に隠し通路が再び閉じられていった。そして刺さっていた空牙が、まるでリバースしているかのように禅鎧の手の中へと戻ってきた。
「どうやら、そちらの方も手に入れたようですね」
「うん! しかも、一気に2台もなんだよ。凍司さんは‥‥‥?」
 すると凍司は、静かな笑みを浮かべたまま、新しく手に入れたマテリアルギターを差し出す。フレット以外は目映いばかりのシルバーメタリックで彩られていて、やはり様々なツマミが付いている代わりに、アコースティックギターにあるような共鳴孔は付いていない。
「うわあ…。こっちも、すごくカッコイイよ」
「ああ。しかし、揃いも揃って銀色の楽器を譲渡して貰ってくるとは思わなかったな」
「…きっと、古代では銀色はとても重要な意味を持っていたのかもしれませんね」
 凍司の言葉に、禅鎧はなるほどな…と納得する。
「じゃあ、帰ろうか。ローラ、今日は付き合ってくれてありがとう」
「ううん、あたしの方こそ面白いものが見られて楽しかった…。ねえお兄ちゃん、この事を孤児院の子供たちに話してあげてもいいでしょ?」
 ローラからの突然の提案に、禅鎧はしばらくの間考え込むと、ゆっくりと頷いた。
「別に構わないが…。天窓の洞窟や俺たちの名前は出さないと約束してくれるか?」
「うんうん! 約束するっ!!」
 ローラはやったー!…と、心底嬉しそうにピョンピョン跳ねた。そしてそれを見守るかのように見つめる禅鎧。…とそこで、凍司の脳裏に新しい疑問が思い浮かんだ。
(そう言えば…、禅鎧がここまで異性に心を開いているのを見るのは久しぶりだ。なぜ‥‥‥、ハッ!?)
 一瞬ローラと、彼女とは全くの別の幼い少女がタブって見えたような気がした。額に手を押さえつつ、何度か瞬きをする凍司。そして再びローラに視線を戻すと、少女の幻影は蜃気楼のようにいつの間にか消えていた。しかし、それとは入れ替わりに凍司は先程の疑問に対する答えを見付ける事に成功した。だがそんな凍司の瞳は、何処か悲しげだった。
(そうか…。確かにローラさんは、似ていますね。あの時のあの少女に‥‥‥)

To be countinued...


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