中央改札 悠久鉄道 交響曲 感想 交響曲

「sensitive gate」 輝風 龍矢  (MAIL)

The last song

第3部:Type Around
第2章:sensitive gate

 イーストロット学園通りは、その名が示すようにエンフィールドの最東端に敷かれている。また、唯一の教育機関であるエンフィールド学園がある事から、近郊には学生寮や賃貸アパート・マンションなどが多く建設されている。早朝と夕方には、お揃いの制服を着た学生たちの姿が多く見受けられる。そんな小さな学生の街の一角にある、3階建てのマンション。古くもなく新しくもない横長の構造が特徴的なマンション。そこにアレフと凍司は住んでいた。
「ファア〜〜〜‥‥‥」
 マンションの一室から、アレフがあくびをしながら姿を現した。いつものようにラフな服装に、比較的派手めのバンダナを白髪で覆われた頭部に巻いている。ファッションには人一倍こだわりを持っているアレフならではのセレクトだった。3階への階段を上り、一番奥の部屋のドアをノックする。
「お〜い、凍司。起きてるか〜?」
 しばらくして、カチャリと施錠が解除された音が聞こえてくる。ゆっくりと扉が開くと、そこから凍司が姿を現した。アレフはパッと片手を上げる。
「うぃ〜っす、凍司」
「おはようございます、アレフ。今日はいつもに比べて早いですね。まだ仕事までは、時間がありますよ?」
「俺だって、たまに早起きすることだってあるさ…。入ってもいいか?」
 大抵は凍司が早めに起きていて、なかなか起きないアレフを起こしに行っているのだが、今日はいつもとは立場が逆になっていた。…とはいうものの、既に凍司は私服に着替えていたので、そんな事はあまり関係ないだろう。凍司は快く応じると、アレフを自室へと招き入れた。
「相変わらず、片づいてて綺麗な部屋だよなぁ」
「ハハ…。まだここに住み始めて日は経っていませんからね。単に物が無いだけですよ」
 凍司とアレフが住んでいるマンションは全てワンルーム。だが、最上階の部屋はロフトが付いている。アレフの部屋は2階なので、ベッドがない分広く見えているだけなのかもしれない。中央にテーブルが1つと、後はソファーと本棚と食器棚が1つずつ。必要最低限の生活用品。全て凍司が、所持金で買い揃えた物だった。そして、後1つ…。
「? 凍司、新しいギターでも買ったのか?」
 ソファーの側に立て掛けられているマテリアルギターの数が多いことに気付き、アレフはそう尋ねてくる。
「ああ、それですか。数週間前に‥‥‥」
 凍司はコーヒーの準備をしながら、先日禅鎧と天窓の洞窟まで行った時の事を淡々と話し始めた。不思議な夢の事から始まり、隠し通路の奥での出来事まで。アレフは、興味ありげにのどを鳴らした。
「なに〜、そんな事があったのか? 何で俺には声を掛けてくれなかったんだよ?」
「誘っても良かったのですが…。その時アレフ、結構忙しそうでしたからね」
「あ…。いや、それは‥‥‥ハハハ」
 誤魔化し混じりの笑いを零すアレフ。ちょうどその日、アレフは得意の日常茶飯事となっているナンパをしに、街へと繰り出していたところだったのだ。それを見抜いていたかのように、小さく苦笑いを零す凍司。
「…ですが。この事は僕らの周りの方たち以外には、話さないようにお願いしますよ」
 温かな湯気が陽炎のように揺らめいているコーヒーを差し出しながら、凍司。アレフは分かってるって…と言いながらそれを受け取ると、軽く息を吹きかけてからコーヒーを喉へ流し込んだ。
「ん? という事は、禅鎧も楽器を手に入れているということになるな‥‥‥」
「ええ、もちろんです。ただ禅鎧の場合は、マテリアルギターではなくエーテルシンセサイザーの方ですけどね‥‥‥」
 そう付け加えてから、凍司もコーヒーを一啜りする。ふとコーヒーカップをテーブルに置くと、新しく入手したギターを手に取ると、弦を軽く掻き鳴らした。ポロローン…と、まるで人工的だがナチュラルさもミックスされたような音が、心地よい余韻を残しながらフェードアウトしていった。
「それにしても、不思議な音だよなぁ」
「ええ…。何でも、『魔力加工』されているみたいです」
 それは先日の隠し通路の奥にでの出来事だった。禅鎧の時と同じように、魔法陣の中央に佇んでいた精霊と思しき幻影が、マテリアルギターについて説明してくれたのだ。
『我々は『魔力加工』を施す事により、共鳴孔無しで音量を調節すること、且つ普通のギターでは出せないような音を創り出す事に成功した‥‥‥』
「俺には何の事だか良く分からないが、大層な代物なんだなあ…」
 凍司の説明には、もはやアレフは溜め息を零すしかなかった。凍司は再びそれを壁に立て掛けると、カップを手に取りコーヒーをもう一啜りする。
「…そうだ! だったら、今からジョートショップ行って、そのエーテル何とかとやらを見に行かないか!?」
 アレフはコーヒーを一気に飲み干すと、そう提案してくる。すると凍司は静かな笑みを浮かべながら、こちらもコーヒーを飲み干していた。
「アレフなら、そう言うと思ってましたよ。それじゃあ申し訳ないですが、片方のギターを持ってくれませんか?」
 底に微かなブラウン色を残した2つのコーヒーカップを流し台に置くと、素速くそれを洗い流す。アレフはお安い御用だと言わんばかりに親指を立てると、もう1つのケースに収まったままのギターを肩に掛けた。
「さて…と。それじゃあ、行きましょうか」
 食器を洗い終えた凍司が残りの1つを肩に掛けると、2人はマンションを出た。

「あ〜っ! 凍司さん、アレフさん。おはようございま〜す!」
 マンションから出た直後、向こうから聞き覚えのある声がこちらに呼び掛けてきた。見ると、制服姿のトリーシャがこちらに元気いっぱいに手を振っていた。
「ああ、トリーシャさん。おはようございます」
「よお、トリーシャ。今日もまた、その愛らしい笑顔を見られるとは思わなかったよ」
 相変わらず凍司とは対照的に、甘い軟派な口調でアレフ。トリーシャは困ったように苦笑いを零す。トリーシャと話していた他の女生徒が、凍司たちの姿に気が付く。そしてみな、うわあ…と感嘆の声を挙げながら頬を赤らめた。
「今から、学校ですか?」
 気が付けば、同じ制服を着た男生徒や女生徒たちの行列が、エンフィールド学園まで続いていた。そして時折、数人の女生徒が凍司たちの方を振り向き、目が合うと恥ずかしそうにそっぽを向く。
「うん、そうだよ! 凍司さんたちも、これからお仕事なんでしょう?」
「ああ。何たって、親友を助けるための大事な仕事だからなっ! 気を抜くわけにはいかないだろう?」
 アレフの言葉に、凍司は感謝の笑みを浮かべていた。アレフは毎週と言っていいほど、ジョートショップの仕事を手伝いに来てくれている。無論休むことはあったのだが、前者の日数に比べれば後者は雀の涙程度のものでしかない。
「あははっ、アレフさんらしいね。…それじゃあボクたち、もう行かなきゃ! じゃあね!」
「ええ…。トリーシャさんも、お気をつけて」
 トリーシャは元気良く手を振りながら、友達と一緒に再び歩いていった。凍司とアレフも、ひらひらと軽く手を振りながら見送った。
「トリーシャちゃん、あのカッコイイ人たち誰なの?」
「ねえ、今度紹介してよ〜!」
 そんな声が時折、他の生徒たちの声に混じって聞こえてきた。アレフは勿論だが、凍司もまた端から見れば端正な顔立ちをしている。あまり同姓の容貌には無関心なアレフも、それを認めているほどだ。
「フフ…。確かにトリーシャは、友達が多くても不思議はないですね」
「まあ、トリーシャは流行などに敏感だからなぁ…。話題は幾らでもあるんだろうさ」
 ふと、トリーシャを取り巻く少女たちがこちらに手を振ってきた。アレフはそれに甘い笑顔で応える。凍司もまた、アレフに急かされた為に仕方なく軽く手を振る。案の定、「キャーッ!」と黄色い声が聞こえてきた。
「凍司。お前も隅に置けな‥‥‥い?」
 ニヤニヤと意地悪い笑みを零しながら凍司をからかおうとするが、ふと凍司の表情が暗く見えたことに気付き、口をそのままつぐんでしまう。まるでそれが幻影であったかのように、凍司は人の良い笑みを浮かべると、先を急ぎましょう…と歩く速度を速めた。

「おはようございます、アリサさん」
 扉に掛けられたカウベルを鳴らしながら、凍司とアレフはジョートショップへと足を踏み入れた。流し台で朝食の準備をしていたアリサが、凍司たち2人に気が付いた。その香ばしい匂いが、アリサの料理の腕を物語っていた。未だ寝ているのだろうか、テディの姿が見当たらない。
「おっ、いい匂いだなあ…」
「そう言えば…。僕ら、まだ朝食を済ませていませんでしたね」
 いつもならば、今頃はアレフと共にさくら亭で朝食を取り終えていた頃だった。今からさくら亭に行ったとしても、仕事が始まるまでには間に合わないだろう。
「あら…。だったら、凍司くんたちも一緒にどうかしら? 大人数で食卓を囲んだ方が、食事も楽しいと思うんだけど…」
「他ならぬアリサさんのご厚意を、誰が無駄にしましょうか。なあ、凍司?」
 反語も交えて歯の浮くような台詞を言うアレフ。苦笑いを1つ零してから、凍司は申し訳なさそうに、軽くアリサに向かって頭を下げた。
「‥‥‥すみません。ご一緒させて頂きますよ」
「そんなに改まらなくていいのよ、凍司くん。それに、大勢の方が私も作り甲斐があるから‥‥‥」
 傍らのアレフも、ウンウンとアリサの言葉に同意しながら、バンバンと凍司の背中を叩いてきた。2人は、空いている椅子に腰を下ろした。
「禅鎧は、起きていますか?」
「ええ。私が起きる前から既に起きてたみたいで、部屋で何かやってるみたいだけど‥‥‥」
 やはり…と、心の中で呟く凍司。今日で、エーテルシンセサイザーを手に入れてちょうど1週間が経っている。且つ、昨日は休日だった。…となると、考えられることはただ1つだけ。凍司は静かに苦笑しながら、椅子から立ち上がった。そして、アリサの料理の進み具合を確認する。
「フフ、思った通りでしたか…。それじゃあアリサさん、禅鎧を呼んできますよ」
「ええ、お願いするわ。多分、テディも一緒にいると思うから…」
「待てよ、凍司。俺も行くよ。元々、そのつもりで早く来たんだからな」
 2人は、禅鎧の自室がある2階へと昇っていった。ジョートショップ自体、それ程敷地面積がなく、階段を上りきればすぐに廊下の突き当たりが見えた。向かって右側の壁に扉が確認できる。そこが、禅鎧の自室だ。ちなみに、アリサとテディの自室は1階で、西北の位置に面している。当然禅鎧は一度も足を踏み入れた事はない。
 コンコンコン‥‥‥。
「禅鎧…、凍司です。入っても宜しいですか?」
「凍司さんッスか? どうぞ、入って下さいッス〜」
 だが扉の向こうから聞こえてきたのは禅鎧の声ではなく、テディの鈴を転がしたような声だった。訝しげに思いながらも、凍司はゆっくりと扉を開けた。するとそこには、計4つのエーテルシンセサイザーに囲まれた禅鎧がいた。
「おい、禅鎧‥‥‥?」
「? ああ、アレフに凍司か。今日は早いな」
 いつもの禅鎧のように思えるが、何処か元気がないように思えた。切れ長の蒼い瞳からはその鋭い輝きは失われていないのだが‥‥‥。声の方は、あまり気力のようなものが感じられなかった。
「禅鎧…。やはり、昨日から一睡もせずにエーテルシンセサイザーをいじっていたんですね」
「なにぃ〜!?」
「‥‥‥正確には半日だが、似たようなものだな」
 案の定、アレフとテディは絶句してしまった。禅鎧の部屋は、それ程広くはない。デスクに座った禅鎧を中心に設置されたエーテル・シンセサイザーはかなり幅を取ってしまっている。そしてテーブルの上にはテディと、何やらビッシリと数値が書かれたルーズリーフが置かれてあった。それを手に取り、しばらく眺めていた凍司は、その瞳を大きく見開いた。
「禅鎧。これはまさか、エーテルシンセサイザーの解析データですか!?」
「そう。…ちょうど今、トリニティとトライトンのシステムを理解したところだ。後はどのようにもう2つのエーテルシンセと組み合わせて使っていくか…だ」
 これには流石の凍司も、頬に汗を一粒流してしまうしかなかった。凍司もまた、新しいマテリアルギターを手に入れているが、使い方はほぼ変わらなかったのでそれほど時間を費やす必要はなかった。だが禅鎧の方は、見ての通り様々なボタンやスライダーが目の前に沢山並んでいる。素人のアレフから見ても、かなり複雑である事は火を見るより明らかだった。しかし禅鎧は、それをほんの半日でやってのけてしまっていたのだ。
「…フフ、これは流石としか言い様が無いですよ」
 期待と恐怖が混じり合ったような、複雑な表情の凍司。再び禅鎧は机に向かうと、更にルーズリーフに数値や何らかの構図を書き足す。そしてペンを置くと、それらを青色のファイルにしまい込んだ。
「それじゃあ、下に行こうか。朝食の準備はもう終わっているころだ」
 当初禅鎧もまた、食事の準備も引き受けます…とアリサに申し出たことがあったが、ジョートショップの仕事は禅鎧たちだけでやっているのだから、これだけは自分だけにやらせて欲しい…と断られてしまった事があった。
「凍司さんたちはご飯を食べてきたッスか?」
「いえ…。先程、アリサさんにも同じ事を聞かれたのですが、今日は朝食にご一緒させて貰うことになりました」
「ホントッスか? わーい、嬉しいッス!!」
 心底嬉しそうにテディ。そんなテディを禅鎧は肩に乗せると、エーテルシンセの脇のボタンを押した。するとそれら光に包まれたかと思うと、ビー玉大の宝珠になり禅鎧の手の平に集結された。
「ホントに、色々と便利な楽器ですね」
「ギターと違ってかなり場所をとるからな。古代人たちも、その辺を考慮してたんだろう」
 特殊な透明ケースにそれを入れると、机の引き出しの中に入れる。それをただ呆然とした表情で見るアレフ。
「おい、凍司。これ、いつまで持たせる気だ?」
「ああ、そうでした。禅鎧、すいませんがこれを置かせて貰えませんか?」
 マテリアルギターを肩から降ろす凍司とアレフ。躊躇することなく禅鎧は了承すると、凍司とアレフは2個のギターを、禅鎧のショルダーキーボードに並べて立て掛ける。
「おっ! これはなかなか絵になるんじゃないか?」
 アレフの言う通り、ショルダーキーボードを中心に並べられたそれらからは、まるで神秘的なオーラのようなものが感じとれた。凍司はそうですね…と意味深な笑みを零す。その言葉を最後に、3人は一階のリビングへと降りていった。

 朝食後、凍司たちがアリサたちと軽い雑談をしていると、いつものようにジョートショップの扉が開けられた。そして禅鎧が仕事依頼のファイルをテーブルに並べ、みな自分たちの技量に見合った仕事を見付けていく。因みに今日のメンバーは、クリス・リサ・マリア。今日はたまたま肉体的な仕事が無かったので、クリスやマリアでも充分に仕事をこなせる。そして仕事を決めると、みな散り散りになって仕事場へと向かう。
 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥。
「今日は貴方のお陰で助かったわ。どうもありがとう」
「ありがとうございます。今後も宜しくお願いします」
 仕事の依頼主であった若い女性から、報酬を受け取る凍司。そして紳士的に一例をすると、帰路へとついていった。凍司は今日、2つの仕事を掛け持ちで引き受けていたため、報酬金を入れた袋が重いのは当然のことなのだが、それにしては片手で持つのがやっとといったところだ。恐らくは依頼伝票に書かれていた報酬金額よりも、余計に多めに支払ってくれたらしい。そういえば仕事中、依頼主の女性が凍司の事を興味深い眼差しで見つめていた。それから察するに仕事の出来云々ではなく、仕事を引き受けた凍司自身を気に入っての事らしい。
(‥‥‥ですが、僕には…。僕には?)
 難しい表情の凍司は、心の中でそう呟いていた。何かを思い出そうとしたが、すぐにそれは散り散りになって闇の奥へと翻っていった。誰かは分からなかったが、ある人物のシルエットが一瞬だけ意識をよぎったような‥‥‥。しばらく立ち止まっていたが、すぐにその記憶の残骸を払拭すると再び歩き出した。気が付くと、既にジョートショップの玄関前まで歩いてきてしまっていた。
「ただいま戻りました」
「あら凍司くん、今日もお疲れさま。今コーヒーを入れるから、少しだけ待っててくれるかしら?」
「ええ、構いません。お願いします」
 どうやら凍司以外は、まだ戻ってきていないらしい。テディだけがチョコンと座っているテーブルに、凍司は静かに腰を下ろした。
「お疲れさまッス、凍司さん」
「ありがとうございます」
 …と、テディの頭を撫でてやる凍司。テディは目を細めていて、とても気持ちよさそうだった。毛並みも肌触りも申し分なく、撫でている凍司も心地よくなってくる。
「はいどうぞ、凍司くん」
 アリサが凍司の目の前に空のコーヒーカップを置くと、コーヒー独特の香りを帯びたサイフォンでそれにコーヒーを注いだ。凍司はありがとうございます…と軽く頭を下げると、早速コーヒーを一啜りした。人心地着いたように、1つ大きく溜息を付く。
「ねえねえ凍司さん。凍司さんは禅鎧さんの親友ッスよね?」
「? ええ、そうですが…」
「禅鎧さんとの、思い出話とかってないッスか?」
 唐突にそんな事を尋ねてくるテディ。そこへアリサも向かいの椅子に腰掛けると、テディの言葉を補うようにして話し始める。
「禅鎧くんがここに住み始めてもう3ヶ月ぐらいが経つけど…私たち、あまり禅鎧くんのことを良く知らないの。だから、私たちよりも付き合いの長い凍司くんなら何か知ってるんじゃないかと思って‥‥‥」
 そのアリサの言葉に、凍司は安堵にも似た笑みを零した。禅鎧は人一倍自己防衛が強く、端から見れば友人などが少ないように思える。だがエンフィールドでは、ここにいるアリサさんを始め、アレフやシーラたちなど…。禅鎧の事を心から信頼している、禅鎧自身が心を許している人物がいる。禅鎧の内に隠された人望の厚さを再確認した凍司は、フッと確信じみた笑みを零した。
「凍司さん、どうしたッスか?」
「いえ…何でもありませんよ。わけ合って詳しい事までは教えることは出来ませんが、そうですね。僕と禅鎧の出会いで宜しいですか?」
「ええ、お願いするわ」

 禅鎧と凍司の出会いは、今からおよそ5年ほど前まで遡ることになる。凍司は祖父に連れられて、禅鎧の祖父が皆伝した「神月流」道場へと訪れてきた。この2人は昔からの友人であり、現在の禅鎧と凍司に通じるところがあった。道場大師範である祖父は門下生たちを集合させると、全員の前で凍司を紹介した。
「今日、この道場に入門した壬鷹凍司くんだ。彼は私のある友人の元で鍛錬を行っていたが、本人の希望によりここで新たな戦術を学ぶ事になった。みんな、仲良くやってくれ」
「壬鷹凍司といいます。どうぞ、宜しくお願いします」
 このとき禅鎧は14歳、凍司は15歳だった。年輩の門下生もいるが、そのほとんどが10代〜20代後半がほとんどだったため、凍司のみが浮き足立っているというような事はなかった。凍司の挨拶が終わると、他の門下生たちから小さなざわめきが起こる。訝しげな表情を浮かべる者、全くの無反応な者など…。
「静粛に! それじゃあ、新しい門下生も加わったという事で。今日もまた、各自鍛錬に励んでくれ」
 その言葉を最後に、各自散り散りになり、自分の持ち場に戻った。そして今日もまた、道場での長い1日が始まる。今日が初めての凍司は、まずどのような修練が行われているのか見学する事になった。
 『神月流』は赤手空拳は勿論のこと、剣術や槍術にも精通している。この辺は何処の道場ともさほど変わりないが、一番の特徴は細かな戦術・戦法や、団体行動による陣形の組み方、そして様々な学問も教えているところにある。肉体的のみならず、精神的にも鍛えられる流派は数えきれるほどしかない。それ故に年端の人間にはかなり応えるらしく、現在残っている年輩の門下生はかなり少ない。
「祖父からいろいろ聞いておりましたが、実際に会ってみると凄いですね」
「ほお、君にも分かるか。何と言っても、2人とも『神月流』後継者の筆頭にあげられる人物だからな」
 禅鎧の祖父の命により、凍司を案内させていた中年の男性が凍司の言葉に同意した。道場から外に出て、少し開けた場所に案内されたそこでは、剣を持った茶髪の少年と素手の銀髪の少年が互角に戦っていた。もちろん、剣の方は訓練用のものであろう。
 ヒュッ…!!
 剣が少年の頭部に襲いかかろうとするが、素手の少年は難なくそれをかわす。反撃に出るのかと思われたが、軽く間合いを取ってまるで相手の行動を伺おうとしているかに思えた。黒髪の少年はすぐに銀髪の少年との間合いを詰めると、今度は横一文字に剣を薙いでみせた。すると銀髪の少年の姿が急に歪んで見えたかと思うと、相手の背後に瞬間的に移動していた。
 コオオオ‥‥‥!
 銀髪の少年の手の平が急に蒼白く輝き出したため、見ていた凍司は思わず目を細めた。やがてその光は円盤型になると、銀髪の少年はそれを投げつけた。茶髪の少年は背後を向いたまま…、誰もが後者の負けだと確信した。
「えっ‥‥‥?」
 無意識に声を挙げてしまう凍司。光の円盤が命中したと思った瞬間、それは茶髪の少年の身体を透き通っていった。つまりそれは、茶髪の少年が創り出した残像だったのだ。光の円盤はその残像と共に、四方八方に弾け飛んだ。しかしそれでも、銀髪の少年からは焦りの表情などは一切見受けられず、ゆっくりと背後を振り向けば、笑みを浮かべた茶髪の少年が練っていた『氣』を剣へと集中させていた。
「斬ッ!!」
 声変わり仕掛けの半ば高い声がその少年から放たれる。剣が大きく空を薙ぎ払うと、『氣』は三日月型の刃に具現化して銀髪の少年へと襲いかかる。銀髪の少年は再び練っていた『氣』を、目前にかざした手の平に集中させる。端から見れば何をしているのか分からなかったが、刃が銀髪の少年へと急接近したとき、その意味が分かった。
 シュオオオ!!
 人間大はあるであろう三日月型の光の刃は、銀髪の少年の目の前で粉々に砕け散っていた。その瞬間、その少年の目の前に何らかのバリアーが張られているように見えた。
「あれが、龍矢くんの切り札だよ。全ての攻撃を無効化してしまう防御技」
「‥‥‥‥‥‥」
 案内役の男性の言葉が耳に入っているのか否か、凍司は無言のまま2人の戦闘を見届けている。今の防御技に、茶髪の少年は呆気に取られている様子だった。それを見逃さなかった龍矢と呼ばれた少年は、再び拳に全身の『氣』を送り込んだ。『氣』はバチバチと電撃を帯びているように弾け飛んでいる。その拳を地面に叩き付けた。
 バチィィィッ!!!
 導火線を走る火花のように、龍矢の拳から引火された電撃が茶髪の少年めがけて走り出した。その少年は焦りの表情を露わにしながらも、素速く横に避けようとするが…。
「なっ‥‥‥!!」
 だが地面を走る電撃は、少年の位置を素速く察知しているかのように方向転換してきた。更に焦りの色を滲ませながらも、茶髪の少年は電撃を避けようとするも、その勢いは衰える事なく少年を追尾し続ける。
「おお…、こんな技を見るのは初めてだ。流石龍矢くん、早くも新しい技を編み出したか…」
「ええ‥‥‥」
 感心したように声を挙げる男性はもとより、凍司自身もその技には驚いていたが、少しだけ判断の視点が違っていた。確かに龍矢のこの技は凄いが、それを負けじと素速いステップで避け続ける少年も凄かった。その動きは素人のそれではない、両者の少年がかなりの熟練者である事が凍司自身にも充分伝わっていた。
「レシオン、氣をぶつけるんだ」
「えっ? …わ、分かったよ」
 良く透き通った声が、茶髪の少年…レシオンの耳に伝わってくる。レシオンは大きくジャンプして、未だ衰えることを知らない電撃との間を大きく取る。両手で剣を持ち眼前で構えると、新たに氣を練り直す。やがて、刀身が微妙に輝き始めた。徐々に電撃が、レシオンとの距離を縮めてくる。
 3m、2m、1m、50cm。ここだ!!
「ハアアアアアーッ!!」
 レシオンは地面に垂直に剣を突き刺した。刹那、レシオンの周囲の大気が急激にうねり始めたかと思えば、巨大な光の柱が砂埃を巻き上げながら天空へとその腕を伸ばした。
 バチッ!!
 龍矢の放った電撃は、見事その光の柱に飲み込まれた。パチパチと小さく抵抗をするような余韻を残しながら、光の柱はその役目を終えたかのように消えていき、光の柱に護られていたレシオンが姿を現した。安心したように、1つ大きく溜息を付く。
「全く、龍矢は手加減してくれないからなぁ…」
「本気を出さなければ、レシオンには勝てないからな」
 謙遜するように苦笑いを零すレシオン。お互い元の立ち位置に戻ると、同時に礼をする。ふと凍司の隣にいた中年の門下生が、パチパチと拍手をする。それに気付いた龍矢とレシオンが、凍司たちの方に振り向く。
「流石、龍矢くんとレシオンくんだ。良いものを見させて貰ったよ」
「いえ、そんな事は。‥‥‥その人は?」
 レシオンは照れくさそうに苦笑いを零す。そして凍司の姿に気付く。そういえば、先程の挨拶ではこの2人の姿は見受けられなかった。
「ああ…。彼は今日、この『神月流』道場に入門してきた壬鷹凍司くんだ」
「初めまして、壬鷹です」
 静かな笑みを浮かべつつ、少し深めに頭を下げる凍司。その笑みは、誰から見ても好感が持てるものだった。
「ああ、君が。龍矢のお祖父さんから、話は聞いているよ。僕はレシオン。レシオン・スノウグラウス」
 剣を腰に携えていた鞘に納めると、凍司の側まで歩み寄ってくる。ダークブラウンの髪の毛は膝の辺りまで伸びていて、それを後ろで1つに束ねてある。また、額当てのようなもので前髪を持ち上げていた。澄んだエメラルドグリーンの瞳は、彼の優しい性格を物語っているかのようだ。雰囲気が凍司と良く似ているが、レシオンの方は少し幼げな雰囲気を醸し出している。
「それであっちは、隼霧龍矢。「神月流」皆伝者が1人の孫でもあり、『神月流』が誇る正統後継者でもあるんだ」
 すると龍矢は、無言のまま軽く手を挙げるだけだった。それを見たレシオンは、ハハ…と苦笑いを零す。
「…ゴメン。龍矢は、人1倍ガードが堅い人間だから。初対面の人間に、なかなか心を開いてくれなくてね」
「そうですか‥‥‥」
 少し残念そうに、凍司はそう言った。
「それじゃあ、レシオンくん。壬鷹君を案内しなければいけないから、これで失礼するよ」
「ええ、お疲れさまです」
 凍司は軽く会釈すると、中年男性と共に建物の方へと戻っていった。このとき凍司には、龍矢に対して若干の興味が湧いていた。同じ格闘技をやる者同志のそれもあるが、何処か人を惹き付けるようなオーラを帯びていたように思えた。

「‥‥‥というのが、ファーストコンタクトでしたね」
「ふえ〜。禅鎧さん、その時からそんなに強かったんスね‥‥‥」
 感心したように、テディはそう言った。ちなみに上記では隼霧龍矢と示しているが、凍司は現在の名前である朝倉禅鎧と置き換えてアリサとテディに話してある。
「ふ〜ん、そうだったの。人を惹き付けるオーラというのは、何だか分かる気がするわ。だって、現在もアレフくんやシーラさんたちという、素敵なお友達が沢山いるものね」
 アリサの言葉に、凍司は静かに頷いて同意の意を示した。
「それで、禅鎧さんとはどういう風に仲良くなっていったッスか? 凍司さんの話だと、禅鎧さんって自己防衛が強いみたいッスだけど‥‥‥」
「ご心配なく…。それをこれから、お話しいたしますよ‥‥‥」
 ガチャッ…。
 とそこで、ジョートショップの入口の扉が開かれた。仕事を終えたらしいアレフが、パティとシーラを引き連れて帰ってきた。恐らく、途中で出会ったのだろう。
「お邪魔します、アリサおばさま」
「仕事、今日も上手くいったわ」
「ふぃ〜、やっと終わったぜ…。おっ、もう戻ってきてたのか凍司」
 今日もご苦労様…と一言付け加えてから、アリサはもう3人分のコーヒーを用意することにした。凍司を囲むように席に付く3人。
「ところで、何かアリサさんと話し込んでたのか?」
 と、尋ねてくるアレフ。凍司の目の前に置かれたコーヒーカップの側には、空になったミルク入れが2個転がっていた事から、容易に予想が付く事だった。
「あのね、アレフさん。さっきまで、禅鎧さんとの昔話をしてたんスよ」
「禅鎧くんの?」
 凍司の代わりにそう答えるテディ。やがてアリサが、並々と注がれたコーヒーカップを2人分持ってきた。レディーファーストと言って、まずシーラとパティにコーヒーを譲った。
「ええ、僕と禅鎧の出会いのきっかけです」
「フ〜ン、ちょっとタイミングが悪かったわね。禅鎧の過去、少し興味あったんだけど」
 そう言ってから、差し出されたコーヒーを一啜りするパティ。アリサはアレフの分を持ってくると、凍司にお代わりを勧めてくる。当然ながら凍司は拒むはずもなく、空のコーヒーカップを渡した。
「大丈夫ですよ。まだ話は続きますから」
 凍司の目の前に、3杯目のコーヒーが差し出される。アリサが席に付いたのを確認すると、先程アリサとテディだけに話していた部分を簡潔にまとめてから、話を前に進めることにした。

 一通り道場内を見て回った凍司は、再び龍矢の祖父の元へ馳せ参じた。そして、まずは自分の鍛錬したい課目を明日までに決めてくるように言われた。ここでは本人の意志を尊重させるために、自由に鍛錬したい課目を選ぶことが出来る。
「失礼いたします」
 一言そう断った後、凍司は『大師範』という木札が掛けられた部屋を後にした。そして帰路に着くために、道場の廊下を歩いていると…。
「おい」
 背後から誰かに呼び止められる。敵意の感じられる鋭い声だった。静かにそちらに振り向くと、数人の少年たちがこちらを睨み付けていた。どうやら中央の腕組みをしている金髪の少年が、彼らの中心人物であるように思えた。
「てめェだな? 今日ここに入門してきたという新入りは?」
 取り巻きの1人が、睨みを利かせてくる。それと同時に、他の取り巻きたちはジリジリと凍司との間を詰めてくる。
「何か御用ですか‥‥‥?」
「ヘッヘッヘ…、大したことじゃないさ。ちょっとこの道場での『闇のしきたり』というものを教えてやろうと思ってな」
「なあに、悪いようにはしねェよ。ちょっと、ツラ貸してくれるだけでいいんだよ」
 フヘヘヘヘ…、ケケケケ…と、不気味な笑い声が誰もいない道場の廊下にこだまする。今にもこちらに襲いかかってきそうなどす黒いオーラが、凍司を飲み込もうとしていた。
 中央で仁王立ちしていた少年が顎を軽くしゃくると、取り巻きの2人が凍司の両腕を押さえてきた。だが、凍司は抵抗しようとはしない。
「…まあ、嫌だといっても無理矢理来て貰うまでだがな。よし、連れていけ!」
 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥。
 そう言って連れてこられたのは、道場の裏に作られた小さな庭。周りは大きな茂みに囲まれており、建物の蔭にもなっている。まさに『闇』が繁栄しやすい場所だった。凍司は取り巻きたちに囲まれた状態になっている。待ち伏せしていた人間もいたらしく、先程よりも人数が多い。金髪の少年は、傍らで高みの見物といったところらしい。
「準備OKです」
「よし…。これからてめェに、この道場のしきたりというものを教えてやる。素直に従うというのであれば、こいつらに攻撃を加えさせるよう指示はしない。だが逆らうというのであれば、この俺の指が鳴った瞬間、貴様は地獄を見ることになるぜ」
 敵意剥き出しの口調で、片手を夜空にそびえる月にかざす。
「まずその壱‥‥‥」
 だがリーダー格の少年は、全ての言葉を紡ぐことは出来なかった。
「申し訳ありませんが、その条件を飲むことは出来ません」
「な、何だと貴様!?」
 すると凍司は、勝ち誇った笑みを浮かべつつ、更に言葉を続けた。
「なぜなら、あなた方は僕たちに勝つ事が出来ないからです」
「‥‥‥‥!!!」
 金髪の少年は元より、取り巻きの少年たちは怒りのあまり言葉を失ってしまっている。やがてその少年は、ククククク…と怒りが混じった笑いをあげる。
「…てめえ、誰に向かってモノ言ってるんだ? もう少し自分の立場を弁えたらどうなんだ? ええ!?」
 地面に転がっていた石つぶてを、凍司に投げつける取り巻きの1人。だが凍司は、それを難なく手の甲で払い落とした。
「いいか、もう一度だけ聞くぞ。温厚なこのオレに感謝するんだなぁ。この俺に従‥‥‥」
「余計なご厚意は必要ないです。元より、先程の発言を撤回するつもりもないですから」
「!! キールさん、こんな奴早くやっちまいましょうぜ!!」
 怒りのボルテージがレッドゾーンを越えそうな取り巻きの1人がそう叫ぶ。…と突然キールと呼ばれた少年は、堰を切ったように笑い出した。
「フッフッフ…、ハハハハ!! これでハッキリと確認できたぜ! オレはてめェが心底嫌いだという事がなぁっ!!」
 そして、再び片手を高らかに空中に掲げる。
「それは奇遇ですね。僕も貴方がたが嫌いです」
「フヘヘ、その強がりがいつまで続くかなぁ!? ‥‥‥‥殺れっ!!」
 パチン!!
 それを合図に、取り巻きたちが罵声を浴びせながら凍司に四方八方から襲いかかってくる。凍司はそれをジャンプしてかわそうとするが‥‥‥。
(‥‥‥え、足が動かない?)
 凍司の両足が光の糸のようなもので、地面に縫いつけられていたのだ。
「神月流『闇』奥義・スパイダースレッドだ。変に力を入れると、足が千切れてしまうぜェ!」
 逃げる術を失ってしまった凍司は、焦りの表情を見せる。そして改めて『氣』を練ろうとするが、既に眼前まで取り巻きたちが迫って来ている。駄目か…と思ったその瞬間。
 ザッ!!
 自分の目の前に、何かが上空から落ちてきた…いや、誰かが着地してきたのだ。暗闇では蛍光色のような銀髪。それは昼間出会った例の少年の1人だった。名前は確か…。
 ゴオオオッ!!!
 間髪入れず銀髪の少年は、予め練っていた氣を地面に叩き付け、それを地面に反射させることで自分たちを中心に光の柱を召喚した。
「ぎゃあっ!!」
「ぐええっ!!」
「なにいっ!?」
 一気に取り巻きの4割を、空中に舞い上がらせた。誰もが予想しなかった出来事に、キールは驚きを隠せないでいた。
「全く…。師匠のいないところで、まだこんな事をやっていたとはな」
「! その吐き気を催すような声は!!」
 意気揚々としていた取り巻きたちは、声の正体に気付くと警戒の色を示しながら後ずさり始めた。
「は、隼霧龍矢…」
 そんな取り巻きをよそに、龍矢は凍司の足を縫いつけていた糸を確認すると、指先にわずかな氣を集結させた。指で空を一閃すると、その糸はスッパリと切断され、凍司の足に自由を取り戻した。
「怪我はないか?」
「はい…、ありがとうございます」
 龍矢は安心したように静かに頷くと、キールの方に視線を向けた。
「またてめェか、隼霧…。ククッ、だがたった2人で何が出来る。この程度の被害など、大した痛手にもならんな!」
「‥‥‥お前の目は節穴か? 良く見てみろ」
「何ィ? 何を言うかと思えばそんなこ‥‥‥と!?」
 キールの勝ち誇った顔は、周囲を見渡すと徐々に驚きの表情に変わっていった。突如彼の目の前で、取り巻き数人が同時にうずくまるように地面に倒れていた。そしてその先から、もう1人の少年の姿が確認できた。
「何だてめ…グオッ!!」
「フウ…。あまり人を傷つけるのは好きじゃないけど、こういう事なら話は別だ」
 ダークブラウンの長髪の少年、レシオンだった。襲いかかってきた取り巻きの1人を、峰打ちで仕留めたところだった。
「クッ…、なぜここが分かった!?」
「鈍いな…。お前たちの「氣」を読み取る事など、造作もない」
「そうだね。まさか見回りの当番の時に限って、またこの事件に遭遇するとは思わなかったよ」
 チン!…と、剣を鞘の中に戻しながら、龍矢と凍司の元へと歩み寄ってくるレシオン。その言葉には、若干の怒りのドスが込められてあるように聞こえた。
「フ…クククククッ! 何人集まろうが同じ事よ! 今日こそ、貴様との決着を付けてやるぜっ!!」
 そして再び、3人VSキール+取り巻きの乱戦の鏑矢が放たれた。
 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥。
 取り巻きを全滅させるのには、それ程時間は掛からなかった。大半が3人の強さを怖れて、バラバラに逃げてしまったからだ。その為、地面に倒れている数はそれほど増えることはなかった。
「…があっ!!」
 そして、中心人物であるキールの身体も中空へと投げ出され、やがて地面へと叩き付ける。凍司の綺麗な軌跡を描いた蹴りが、顎に直撃したからだ。
 むくりと身体を起こすキール。凍司の蹴りが相当聞いていたらしく、息づかいが荒い。
「一度までならず二度までも…。キール、この事は明日‥‥‥」
「ハッ、その必要はねェぜ!! 『機雷弾』!!」
 ドゴオオオッ!!!
 突如、キールは手の平に目映い光の球を召喚すると、それを激しく地面に叩き付けた。それは大きく地面の土砂を巻き上げた。龍矢が『氣』の障壁を召喚し、3人は事なきを得る。
「逃げたか‥‥‥」
 砂煙はまだ完全に消えていないものの、龍矢はキールの『氣』が感じられなくなった事を確認していた。案の定、砂煙が夜風で吹き消されたその先に彼の姿は無かった。機雷弾が打ち込まれた地面には、小さなクレーターが作られてあった。
「それよりも、壬鷹だったな。うちの人間が迷惑を掛けてしまったようで、すまなかった」
「いえ…、こちらこそ助かりました。ありがとうございます」
「いや、困ったときはお互い様だよ。それに、君自身も僕と龍矢の存在に気付いてたんじゃないかな?」
 レシオンの言葉に、凍司は驚愕の表情を示した。レシオンの言った通り、凍司は既にその事に気付いていたのだ。何故分かったのか、それは次の龍矢の言葉で明らかとなる。
「僕『たち』には勝てない…。さっき、そう言っていたはずだな」
「…そう言えば、そうでしたね。ひょっとして、見ていたんですか?」
 すると、レシオンが苦笑いを浮かべながら先を続けた。
「ゴメン…、そのつもりはなかったんだ。出るタイミングを見計らっていたら、君がそう言ってきて」
「‥‥‥どうして、そんな風に言ったんだ?」
 ふと、静かな口調で聞き出してくる龍矢。その言葉から、「迷惑」という二文字が込められてはいないようだ。少し考えてから、凍司は言葉を紡ぎだした。
「初めて貴方がたにお会いしたとき、僕はこう感じたんです。この人たちとなら、きっといい友人になれるだろう…と」
「な、何だか照れるね…龍矢」
 後ろ髪を片手で掻き上げながらレシオン。話を振られた龍矢は、若干の間を置いてからクールな笑みを零した。
「それは奇遇だな。ちょうど今、俺もそう思ったところだよ」
 3人の笑い声が、誰もいない道場の裏庭に程よく響き渡る。ふと凍司が、片手を2人の前に差し述べた。
「…今日はありがとうございました。そして、これからも宜しくお願いします」
「ああ、勿論だよ。改めて宜しく、凍司」
 レシオンは迷うことなく、凍司の手の甲に自分の手を重ねた。龍矢にもそうするように促すレシオン。そしてやっと、龍矢もレシオンの手の甲に重ねた。
「…今度、貴方と手合わせをしたいのですが、宜しいですか?」
「断る理由はない。むしろ、こっちがお願いしたいくらいだ」
 そんな2人の会話に、レシオンは満足げに笑って見せた。

「‥‥‥と、いうわけです」
 口の渇きを癒すため、再び温くなったコーヒーを喉に流し込む凍司。もちろん、この話でも龍矢のところは禅鎧と置き換えて話してある。そして、聞き手のアレフたちは各々の感想を簡潔に述べた。
「へえ〜、カッコイイじゃない」
「そのキールっていう人、ひどいヤツなんスね!」
「戦いの中で生まれた友情…か。っく〜、俺もそんな友情してみたいぜ!」
「あら、アレフ君は禅鎧君たちを友達とは思ってないの?」
 アレフのオーバーな反応に、そう聞き出してくるアリサ。
「そ…そんな事はないですよ、アリサさん。俺は禅鎧と凍司は、大事な親友だと思っています!」
 ドン! と自分の胸板を叩くアレフ。それに安心したように笑顔を見せるアリサ。
「それで、そのキールとかいうむかつくヤローはどうしたんだ?」
「その後、二度と道場に姿を現すことはありませんでした。彼の子分たちのうちの数人も、一緒に姿を消してしまってましたね。まあ事実上、次の日師匠たちから破門を言い渡されるはずだったんですけどね…」
 だが、まだ凍司には腑に落ちないことがあった。あの時に見せた憎しみで満たされた顔は、今思い出してみても恐怖に駆り立てられる程だった。あれから既に5年が経っているが、今後…何事も起こらなければいいのだが。
 カラン、カラン。
 ちょうどそこで、仕事を終えた禅鎧がジョートショップに戻ってきた。
「ただいま戻りました、アリサさん。ん…、みんな揃って何をしてたんだ?」
「おーっす、お仕事ご苦労さん。噂をすれば何とやらだな」
 というアレフの言葉に、訝しげな表情を浮かべる禅鎧。そこでテディが禅鎧にも教えようとするが、アレフが口を塞いできた。むごむごーっ! と抵抗するテディ。
「ハハハ、何でもねーよ。おっ、そうだ! 禅鎧、久々にみんな揃ってるんだから、凍司とセッションしてみたらどうだ?」
「そうですね。折角僕も、ギターを持ってきている事ですし‥‥‥」
「あら、凍司くんも音楽をやっているの?」
 唯一、凍司の演奏を聴いていなかったアリサが尋ねてくる。人並みに…と付け加えてから、凍司は頷いた。
「人並みだぁ〜? あれの演奏の何処が人並みなんだよ!」
 がしりと凍司の首に腕を絡ませてくるアレフ。シーラはそんな2人を見て、羨望と楽しさが混ざった表情を浮かべた。
「アハハ…。さてと、それじゃあ禅鎧、準備をしましょうか」
「…それもいいかもな」
 席から立ち上がり、禅鎧にそう促した。禅鎧は静かに頷き2階へ上がろうとしたとき、ふとシーラと目があった。こちらに小さく微笑みつつ、軽く手を振っている。禅鎧はほのかに苦笑いを零すと、2階へと上がっていった。
 そして今夜もまた、ジョートショップを古代人たちが生み出した旋律の波が優しく包み込んでくれていた。

To be continued...


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