中央改札 悠久鉄道 交響曲 感想 交響曲

「a walk in the park」 輝風 龍矢  (MAIL)

The last song

第3部:Type Around
第3章:a walk in the park

 エンフィールドの空は黄昏の色に染まり始め、人々に今日一日の終わりを早いながらも真っ先に告げてくる。エンフィールド学園や、役所などの住民の勤務機関では、寄り道、帰宅後の行動、次の休日の約束などの話題に花を咲かせながら、夕刻に染まった人々がそれぞれの帰路へと着き始める。さくら亭やラ・ルナでは、予想される混雑に備えて材料の買い出しや料理の下調べを行う。
『お疲れさまでした〜!』
 そして、何でも屋ジョートショップでも今日一日の仕事を終えた禅鎧たちが、終礼の挨拶を行っていた。
 『人の噂も65日』という東洋の諺がある。ジョートショップが活気を取り戻したのは、ある強盗事件を禅鎧たちが解決したのが引き金となっていた。その事件から既に2ヶ月半以上が経っているにも関わらず、未だにジョートショップに依頼される仕事の量は跡を絶たない。それは強盗事件を解決したジョートショップの名声が今でも続いているからなのか、それとも徐々にジョートショップ…否、前科者とされている禅鎧を、エンフィールドの人々が徐々に受け入れてきた事への確かな顕れなのか。
「みんな、今日もお疲れさま。ゆっくり、身体を休めてね」
「なあに、これぐらい大した事ないですよアリサさん。禅鎧は勿論、アリサさんを助ける為と思えば、こんなもの苦とも思いませんよ」
「あんた、…アルベルトみたいな事言うんだね」
「え、そうか? ハハハハ…」
 苦笑いを浮かべながら、エルが突っ込みを入れてくる。そしてジョートショップはまた、笑いの渦に包み込まれる。ひょっとしたら、多額の負債を抱えている事を考慮に入れなければ、ジョートショップの名声みたいなものは彼らには必要ないのかもしれない。仕事が少なくてもそれを確実にやりこなし、そして仕事が終わったらこうして仲間内で他愛もない会話に花を咲かせる。彼らには、それだけで充分なのかもしれない。
「ところで禅鎧、前髪にあれから変化はありませんか?」
「見ての通り、少しも変わってない‥‥‥」
 そう言いながら禅鎧は、一部だけ銀色に染まった前髪に触れる。そこでピートが、ハッと何かを閃いたかのようにバンと木製のテーブルを叩きながら立ち上がった。
「あ、そうだ! そうだよ!」
 ピートの隣りに座っていたアレフが、思わず口元に運ぼうとしていたコーヒーを零してしまう。アリサから素速く濡れ布巾を受け取ると、衣服に染みついてしまったコーヒーを払拭する。
「な、何だよピート! いきなり、でっかい声出しやがって! ああ、これ買ったばかりの服だったのに…。シミになっちまうな」
 情けない声を出すアレフをよそに、全員の視線が集中しているピートは話を続ける。
「朝手伝いに来た時から、な〜んか違和感みたいなの感じてたんだけどさ。今のでやっとそれが分かったんだよっ!!」
「だから何なんだよ。早く用件を言いな…」
 グググッと拳を握りながら、力強く言葉を紡ぎ出すピートにうんざりしてか、溜息を付きながらエルがそう催促してくる。するとピートは、ビシッ!…と禅鎧を指差してから話を続けた。
「だから、前髪だよ前髪。最初出会った時、凍司と同じ青髪だったのに何で銀色に染まってるんだ!?」
 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥しばしの沈黙。そして口火を切るようにテディが突っ込みを入れる。
「‥‥‥ピ、ピートさん。それだけの事で、ずっとさっきから黙ってたんスか?」
 その事は禅鎧自身も気付いていた。先程から誰かの視線を感じると思っていたが、ピートが小首を傾げながらこちらを訝しげな表情で見ていたのだ。
「ま、そんなこったろうと思ったけどな‥‥‥」
 苦笑いを零しながらエル。禅鎧もまた小さく苦笑しながら問題の前髪を掻き上げた。
「…まあ、これの事を知ってるのは、俺の身近な人間でもほんの少しだけだからな」
 そして禅鎧は、前髪の一部がメッシュを入れたように銀色に変色した事を話した。そして定かではないが、凍司の口から禅鎧が記憶を取り戻してきた事の黎明期だという事もピートに教えてやった。
「へえ〜。良く分からないけど、禅鎧にとってはプラスな事なんだな? 良かったじゃねーか!」
 プラスな事‥‥‥か、そうだといいけどな。誰にも悟られないよう、そう心の中で呟く禅鎧。一番始めに思い出した記憶というのが、偶然にもさくら亭の客室で襲われたという、あまり思い出したくないような事だったというのもあるのかもしれないが。
「エルさんの前髪は、染めているんですか?」
「ん…ああ、これは染めてるのさ。禅鎧のそれとはわけが違うよ」
「え、そうなのか? 俺はまたてっきり、エルフ特有の遺伝みたいなもんかと思ってたぜ」
 …と、意外そうな表情でアレフ。エルはそんなわけないだろう…と、半ば呆れたように言った。エンフィールドには、エル以外のエルフがあまり見かけられないのだから、アレフがそう勘違いしてしまうのも無理はない。唯一禅鎧は以前、ローズレイクにて偶然にもエルフたちのイベントに参加したことがあった為、その事は既に分かっていた。
「エルは自分の事をあまり他人に話したがらないからな…」
「話したところで、どうにかなる物でもないだろう?」
 そう言いながら、視界を遮る前髪を掻き上げるエル。そしてその手で、エルフ最大の特徴である尖った耳にかかる髪を前後によける。
 チリンッ…。
 ふとその時、耳たぶに付けられたピアスが金属音を小さく響かせた。
「‥‥‥‥‥‥!」
 ドクンッ!
 禅鎧の心臓が、1つ大きく鼓動を響かせた。エルが付けているピアス、これを彼女が付けていた事は知っていた。初めてエルと出会った時にその事は知っていたのだが、意識の奥底ではそれ以前にも、これと同じ物を見た事があるような気がした。記憶がない…というよりは、何処かで見落としているような感覚が強いだろう。
「どうしました禅鎧? エルさんの顔をジッと見て‥‥‥」
 凍司のその言葉で、エル本人もやっと禅鎧が難しい表情でこちらを凝視している事に気が付いた。我に返った禅鎧は、視線を背けるとコーヒーを一啜りする。
「エルがあまりにも可愛いもんだから、見取れてたんじゃないの?」
 ギュウッ!!
 そこでアレフが入らぬ茶々を入れてきたために、エルは踵でアレフの足を踏みつける。ぐあ…と小さな悲鳴がこぼれ落ちた。
「可愛いだなんて、ガラにもないこと言うからだよっ!」
「…いててて。でも俺は、嘘は言ってないつもりだぜっ」
 それでもアレフはめげずに、半ば甘い口調で攻撃してくる。エルは頬を朱に染めながら、フン!…と腕組みしながらそっぽを向いてしまう。
「でも、禅鎧さんとエルさんって共通点あるッスよね? 前髪を掻き上げる癖とか、今は前髪が染まっていたりとか…」
「前髪は一時的な共通点だと思いますけどね。あと、クールなところもそうですね」
「なっ…テディ、凍司。お前たちまでそんな事言うのか?」
 頬はもう紅潮してはいないものの、呆れたようにエル。
「いや、そういうつもりで言ったわけじゃないですよ」
「そうそう。第一、禅鎧にはもう既に心に決めているヤツがいるみたいだしな」
「ええっ!? だ、誰だよそれ!?」
 ピートが身体ごと乗り出してアレフに尋ねてくる。ピートも見かけは子供とはいえ、色恋沙汰には興味があるように見える。
「‥‥‥盛り上がってるところ悪いけど」
 だがその話題に移ろうとしたとき、禅鎧の半ば冷淡な声が行く手を阻んできた。銀色の前髪に隠れて、立ち上がっているピートには彼の細い瞳がよく見えない。
「そういうのには興味ないし、考えたくもない‥‥‥」
「禅鎧‥‥‥」
 腕組みしている禅鎧のその声は何処か冷たく、暗器のような鋭さが隠されているように聞こえた。まるで、それをばい菌や細菌のように扱っているようにも思え、何か別の力が禅鎧にそう言わせているようにも思えた。
「さて…と。時間も時間だし、そろそろ解散するか…」
 1つ大きく伸びをしながら、アレフ。
「ああ、もう腹減ったよ〜。禅鎧、オレは明日も来るからな〜!」
「アタシは‥‥‥無理だね。店番があるんだ」
「俺たちは別に何にもないぜ。なあ、凍司?」
「…そうですね。それじゃあ禅鎧、また明日‥‥‥」
 各自明日の日程を簡単に説明してから、黄昏の色に染められたジョートショップを後にした。

 そして1つの静かな夜が通り過ぎ、更に1つの爽やかな朝が再び訪れる。昨日のエンフィールドから、遥か遠くまで確認できた淡い橙色の黄昏は、見事に今日の天気を予測してくれていたようだ。
「おはよーっす、ゼンっ!!」
 活気溢れるピートの声が外から聞こえてきたかと思うと、半ば成長した八重歯を剥き出しにしながらジョートショップに入ってきた。既に来ていた凍司とアレフとも、同じように適当に挨拶を交わす。
「おはよー、おばちゃん!」
「ええ、おはようピートクン。今日も元気ね。‥‥‥あら、その腕の傷は?」
 アリサの言葉に眉を潜めるピート。小さな肘の辺りに、わずかながら赤い斑点のようなものが確認できた。
「…あれっ、ホントだ。何時の間にこんな傷が出来てたんだ〜? 全然痛みなんか感じてなかった‥‥‥」
「何だそりゃ? まあ、ピートは打たれ強いところがあるからなぁ」
 そこでピートは何か思い当たる節があるらしく、今日サーカスの公演があるために、それの舞台準備を行っている時に足場から落下。その時に作った傷だろう…と、まるで他人事のように話した。
「えっ…? それで、応急処置みたいなものは何もしてないの?」
「ん…うん。全然痛みも感じないし、こんなの舐めとけばすぐ治るよ」
「ダメよ。そういう傷は、早めに処置しておかないと。ホラ、ここに座って」
 ピートは再び反論を試みようとするが、アリサの心底心配しているような表情に根負けしたため、素直に差し出された椅子に座った。アリサは古ぼけた救急箱を持ってくると、中からオキシドールに脱脂綿、そして絆創膏を取り出す。オキシドールに脱脂綿を浸すと、それを傷口に塗りつける。シュワワ…と、小さな泡が湧き出てきた。
「痛つっ‥‥‥!」
「ホラ、やっぱりバイキンが入ってきてる。でも、もう大丈夫よ」
「う、うん‥‥‥」
 フワッ‥‥‥。
 ピートの鼻を、アリサのものと思われる柔らかい香りがくすぐってくる。とても甘く心地よく、出来ることならばずっとそれに身を任せていたい…。また、ピートにとっては初めての感覚でもあった為、若干ながら戸惑っていた。端から見ている禅鎧やアレフたちには、まるで本当の親子のように見えていた。
 アリサは湧き出た泡を違う脱脂綿でふき取ると、絆創膏を貼り付けた。
「はい、これでいいわよ。汚れると駄目だから、毎日取り替えるようにね」
「あ…う、うん。ありがとう、おばちゃん」
 テヘヘ…と、頬を赤らめながらお礼を言うピート。アリサはクスリと優しい笑みを向けながら、救急箱を元の場所へと戻した。
「良かったじゃないか、ピート。アリサさん直々に手当して貰うなんて事は、滅多にないことだぞ?」
 心なしか、そのアレフの声には少し嫉妬もしくは、羨望の感情が込められているように思えた。
「そう言えば、ピート。貴方さっき、禅鎧の事を『ゼン』と呼んでいませんでしたか?」
「うん。『禅鎧』って、何か呼びにくいだろ? 『ぜんがい』だからゼン!」
 アリサに貼って貰った絆創膏を見ながらピート。
「…ちょっと待て。それじゃあ、今まで『禅鎧』と呼んでいる俺たちが馬鹿みたいじゃないか!」
 半ば呆れたかのように苦笑いを零すアレフ。
「ゼン…ですか。禅鎧は、どう思います?」
「いや…、俺は別にどちらでも構わないが」
 と、禅鎧本人がそう言った為、アレフはこれ以上何も言えなくなってしまっていた。だが凍司の質問の意味は、それとは別の方向にベクトルが向いているようだったらしく、誰にも分からないように、残念そうに苦笑していた。
 カラン、カラン…。
 ‥‥‥ふとそこで、ジョートショップのカウベルが来客の知らせを告げる。入ってきたのは、クリスとシーラだった。
「おはようございまーす」
「おはようございます、アリサおばさま。禅鎧くんたちも、おはようございます」
「おはよう、2人とも…ん? クリス、今日は学校大丈夫なのか?」
「うん。でも、午前中しか手伝えないから仕事は限られてくるけど‥‥‥」
 禅鎧はそれで充分だよ…と、静かな笑みを浮かべた。以前もクリスに加えて、同じ学園の生徒であるマリアも手伝いに来ていたが、授業が午後からだったため午前中は仕事、午後からは学校に行ったため、午後の終礼を欠席した事があった。
 山積みになった仕事依頼の伝票を、1つ1つテーブルに並べる禅鎧。
「それじゃあ、今日も宜しく頼むよ」

 今日、禅鎧が請け負った仕事はショート科学研究所の所長からのものだった。
 『研究レポートの清書』。それほど体力を使わない仕事のようだが、量によっては体力‥‥‥というよりは気力だろう‥‥‥が必要になってくる。案の定、禅鎧の目の前にはかなりのレポートの下書きが山積みにされていた。
「うわあ…。オレ、こういう仕事苦手なんだよなぁ…」
 様々な数式や構図が書き足されていたり、修正された部分が多く見られるレポート用紙を見ながらピート。いつもならば体力重視の仕事を担当するはずだったが、「今日はゼンと仕事がしたい」と言ってきた。禅鎧には断る理由がなかった為、現在に至っている。
「やっぱり、自分に合った仕事選んだ方が良かったんじゃないか?」
 パチパチパチパチ…と、手慣れた手つきで清書されたレポートをタイプライターに打ち込んでいく。
「ゼンって、手つきいいよなぁ。やっぱり、ピアノやってるからか?」
「いや…、それは関係ないだろう。タイプライターは指だけでも充分カバー出来るけど、ピアノは横に広いから腕の動きも必要になってくる」
「フ〜ン、そういうもんかなぁ…」
 そう言っているも、ピート自身はそれほど興味はない素振りを見せる。禅鎧が清書して打ち込み終わった用紙に、ピートが構図等を書き足してからファイルに収めていく。タイプライターが苦手なピートを配慮しての、仕事の分担方法だ。
「‥‥‥‥‥‥なあ、ゼン」
 ふと、思い詰めたような表情でピート。禅鎧がタイプライターの手を休めたのを確認すると、先程までの表情を引っ込めて照れ笑いを浮かべた。
「おばちゃんって、いい匂いだよな‥‥‥」
「アリサさんの事か?」
「うん。何だか、今までずっと感じた事がないようなものだったけど、すごく安心出来るものだった。まるで、母さんみたいないい匂いだった」
 禅鎧は何も言わずに、ピートの話を聞いている。そして、フッ…と静かな笑いを浮かべると言葉を紡ぎだした。
「そうだな…。アリサさんから、普通の女性が持っていないような不思議な力を感じる。人を惹き付けるような、それでいて包容力のある。母親みたいな印象を受けたって言ったけど、それは間違っていない」
 淡々とした口調でそう言うと、再びタイプライターのキーを弾き始めるが、すぐにその手を休める。
「まさか、その話をしたくて俺と仕事をしたいと思ったのか?」
「うん。だって、アレフとかにこういう話を持ち込んだら、どうせ笑われるのがオチに決まってるだろ?」
 禅鎧が予想していたとおりの答えを言うピート。
「でもゼンだったら、真面目に聞いてくれるような感じがしてさ‥‥‥」
 そう言うピートに、フッ…と苦笑いを零す禅鎧。それならば仕事が終わってからで良かったのでは…とも思ったのだが、変にアレフたちに察知される前に、その事を伝えたかったのかもしれない。それで納得した禅鎧は、そのように言う事を心の内で留めておくことにした。
 パチパチパチパチ、ガシャンッ!
 カリカリカリ‥‥‥。
 しばらくの間、タイプライターのリズミカルな音と、ボールペンが用紙の上を走る音だけが、研究所の一室に響き渡る。
 リンゴーン、リンゴーン、リンゴーン…。
 セント・ウィンザー教会の聖鍾がエンフィールドに正午の報せを告げる頃、それら2つの擬音はちょうど終了した。ピートはボールペンを最後の1枚のレポート用紙上に置くと、ウーン…と大きく伸びをした。
「…ハァ、やっと終わったぜ〜。オレ、肩凝っちゃったよ〜」
「でも、午後もまだ仕事があるからな。ここからは、別行動になるんだろう?」
 ピートが閉じたファイルを、次々と山積みにしながら禅鎧。
「ああ‥‥‥。それにしても、腹減ったぜ〜」
「…まあ、慣れない仕事ながらピートは良くやってくれたからな。今日の昼は、俺が奢ってやるよ」
「えっ、ホントか? サンキュー!!」
 途端に、今までの疲労の言葉を帳消しにするかのような声を挙げるピート。
「無論、所持金以内での話だ。…それじゃあ、これを所長のとこに持っていくから、ピートは勝手口前で待っててくれ」
 オッケー!…と言いながら、ピートは研究所の勝手口の方へと駆け出していった。禅鎧は苦笑いを零しつつそれを見送ると、所長室へと向かった。
 研究所自体はそれ程広くなく、どちらかといえばこぢんまりとした構造になっていた。学術研究が第一の施設なのだろうから、建物のデザイン云々などはどうでも良かったのだろう。迷路のように入り組んでもおらず、所長室はすぐに見付ける事ができた。禅鎧は、ドアをノックしようとするが‥‥‥。
「ところで、例の計画の方は進んでいるのかね?」
 そんな深刻そうな言葉が、ドアの向こう側から聞こえてきた。声からして、かなりの年輩のようだった。
「は…はぁ、まあ少しずつですが‥‥‥」
 続いて聞こえてきたのは、先程とは別の若い声。口調からして、恐らくは所長と研究員といったところだろう。
「それでは困るのだよ。他ならぬ、ショート財閥から持ち込まれた計画なのだからな。もっと、研究のピッチを上げたまえ」
「しかし、人工生命体を量産しろと口では簡単に言えますが、実際にやるとなると‥‥‥」
 人工生命体…? あまり聞き慣れない単語に、眉をひそめる禅鎧。立ち聞きするつもりは毛頭なかったのだが、いつの間にか気配を殺していた自分に苦笑いを零す。
「それが、君たち研究チームに課せられた研究課題であろう?」
「ですが‥‥‥。クッ‥‥‥せめて、あの時に逃げてしまったあの少女を見付ける事が出来れば」
「ならば、その問題の少女を見つけ出す手だてを見付ける事だ。さあ、分かったら研究室に戻ってくれ」
「‥‥‥分かりました。それでは、これで」
 禅鎧は素速くドアから離れると、元来た通路へと戻っていく。そして、あたかも今部屋を出たかのように、素知らぬ顔でその研究員とすれ違うことに成功した。
(‥‥‥ったく、何をやっているんだ俺は)
 心の中でそうごちりながらも、禅鎧は先程の会話が気になっていた。人工生命体…この研究所から逃げ出した少女。とても、共通点など見付ける事は出来ないに等しい。頭を左右に激しく振って、その思考を意識の奥へと格納すると、今度こそコンコンとドアをノックした。

 依頼料を受け取り研究所入口に戻ると、ピートが首を長くして待っていた。
「随分と遅かったけど、何かあったのか? まさか、レポートにまだミスがあったとか?」
「…いや、大したことじゃない。じゃあ、約束通り昼食を取りに行こうか。定番で申し訳ないけど、さくら亭でいいか?」
「もちろん! さくら亭の料理だったら、オレは何でも食えるからなっ!!」
 ここからしばらくの間、ピートの大好物の話が続いた。一方的にピートがまくし立てるように話し、禅鎧がそれを要点だけ切り取りながらまとめる。そんな事を話している間に、2人はさくら亭へと辿り着いてしまっていた。
 カラン、カラン‥‥‥。
 年期のこもったカウベルの音が、さくら亭に新たな客の報せを告げる。
「いらっしゃー‥‥‥って、ピートに…禅鎧? ふ〜ん、変わった組み合わせね〜」
「おーっす、パティ! ああ〜、いい匂いだぜ〜」
「…それはそうと、先客が来てるわよ」
 ゴクリ…と、口の中に広がる涎を飲み込むピートに半ば呆れながら、パティはカウンター側に座っている見慣れた顔ぶれを持っていたボールペンで差す。
「ああ、禅鎧。お先していますよ」
「よっ、お疲れさん2人とも」
「こんにちは、禅鎧さん」
「な〜んだ、みんなもう仕事終わってたのかよ」
 半ば残念そうにピート。だがすぐに明るい表情に戻ると、アレフの隣へと腰を掛けた。禅鎧は凍司に勧められるまま、中央の席に座った。
「それで、ご注文は?」
「ん〜…。じゃあここからここまで全部!」
 カウンター前に置かれたメニューを指差しながらピート。その範囲は、4行までに及んでいる。
「いいけど…、お金あるの?」
「大丈夫、大丈夫! 今日はゼンのおごりだからなっ!」
「禅鎧の奢り? おい禅鎧、お前そんなに金持ってるのかよ? 今の注文で、だいたい50Gは軽く飛んでるぜ?」
 それに加えてジョートショップは多額の負債を抱えている。とてもじゃないが、1日の食費に50Gもかけられるほど余裕はないはずだ。凍司が僕も半分出しましょうか? と言ってくるが‥‥‥。
「いや、必要ない。ここ4ヶ月は、大した買い物をしてなかったからな。手持ちで…およそ200あるから大丈夫だ」
 懐から財布を取り出し、中身を確認しながら禅鎧。ジョートショップの財政管理も引き受けている禅鎧は、毎月の収支を計算し、凍司たちの給料、借金返済の為の貯蓄、そしてアリサと自分が自由に使える金額を割り出している。当初は5〜10だったが、最近は50〜100と10倍に膨れ上がっている。
「…つーわけだからパティ、どんどん持ってきてくれ!」
「はいはい、分かったわよ」
 パティはピートの注文を再確認すると、早速料理に取り掛かる。
「禅鎧も災難だなぁ。よりによって、大食いのピートに奢らされるとは‥‥‥」
「いや、俺が奢るって言ったんだ」
 アレフはまたも驚いてしまう。ピートが大食いだという事を知ってたのか? と再度尋ねてみるが、禅鎧は半ば気付いていた…と答えた。
「‥‥‥まあ本人がそう言ったのであれば、俺は何も言わないけどな」
「そこが禅鎧の良い所でもありますけどね。…さてと、それじゃあ僕たちは残りの仕事を片付けてきますよ」
「ああ、そうしますか。クリスは、これから学校だろう?」
 と、アレフに尋ねられると、うん…と素直に頷いた。
「‥‥‥クリス、今日はお疲れさま」
「はいっ! 禅鎧さん、お疲れさまでした!」
 ペコリと禅鎧に向かって深々と頭を下げると、アレフと凍司と共にさくら亭を後にした。しばらくして、ピートの1つ目の注文の品を配膳してきた時、パティは禅鎧に話しかけてきた。
「ところで禅鎧、アンタの注文を未だ聞いてなかったけど?」
「ああ、そうだったな。それじゃあ‥‥‥」

 胃の中をパンパンに満たす事が出来て満足げな表情を浮かべるピートを先頭に、禅鎧は昼下がりの空いてきたさくら亭を後にした。
「ハア〜、喰った喰った〜!」
「余程空腹だったんだな。いつも、あの位食べるのか?」
「ああっ! あのぐらいの量だったら、楽勝だな!」
 ピートは相変わらずねえ…といった表情のパティをよそに、配膳された食事をペロリと平らげてしまっていたのだ。少なく見積もっても禅鎧の3倍の量を食べていたはずだ。…にもかかわらず、全て食べ終わったのは禅鎧とほぼ同時だったのには、流石の禅鎧も半ば驚いていた。
「午後も仕事はあるんだろう?」
「もちろん! 午後の仕事は、オレの得意分野だからな! ゼンのお陰で腹一杯になったし、思いっきりやれると思うぜ!」
 ドン! と自分の胸元を叩くピートに、禅鎧はクールに満ちた微笑を向ける。ここからは別行動な為、禅鎧とピートはここで別れることにした。
「あのさ、ゼン…。今日は…その、ありがとな。メシも奢って貰った上に、下らない話に付き合って貰っちゃってさ‥‥‥」
 良く精錬されたルビー・レッドのような髪を掻きながらピート。
「気にする事はない。こっちこそ、ピートの苦手な仕事に付き合って貰ったからな。これでおあいこだ」
「エヘヘ。‥‥‥じゃあな、禅鎧!!」
 純真無垢な笑みを禅鎧に向けながら、ピートは次の仕事場へと駆け出していった。ピートの姿が完全に見えなくなるのを確認すると、禅鎧もまた次の依頼主の場所へと歩き出す。さくら通りの角を曲がって、そのまま道なりに‥‥‥。依頼伝票に書かれていた地図を頭の中で再現しながら、歩いていると‥‥‥。
「ちょっと! 待ちなさい、メロディ!!」
 その通りの曲がり角の先から、2つのシルエットがこちらに近づいてくる。人間‥‥‥なのだろうか? 明らかに少しだけシルエットに違和感があった。
「あっ、ちょっと。そこの人、その娘を捕まえてっ!!」
 大人びてはいるが、半ば幼げな声がそう言ってくる。それが他ならぬ自分に向けられたものであることに気付くのに、それほど時間が掛からなかった。しかし‥‥‥。
「うみゃあっ!!」
「‥‥‥うわっ!」
 ドンッ!!
 時間云々よりも、その4つんばいで走ってくる少女のスピードがそれを上回っていたため、捕まえたというよりは激突してしまった…否、向こうから禅鎧にぶつかってきたと表現した方が正しかった。勢い余って、地面に尻餅を付いてしまう。
「痛っ‥‥‥、大丈夫…か?」
「うみゃあ〜…、いい匂いがするのぉ」
 ぶつかってきた‥‥‥と思われる‥‥‥その少女は、禅鎧の胸元に頬ずりをしてきていた。何処か甘え口調で、それでいて小さなベルを鳴らしたような声だった。肩を揺らしてみるものの、未だに禅鎧から離れようとしない。どうしようかと悩んでいると、先程の声の主と思われる女性がやっと追いついたようだ。
「ごめんなさい。大丈夫だったかしら?」
 茶髪…というよりは、限りなく黄土色に近いロングヘアー。禅鎧ほどではないが、気持ち程度に釣り上がった瞳。明らかにエンフィールドのものとは思えない、異国の衣服を着ているも、かなり窮屈なのだろうか。上半身は肌を露出させていて、申し訳程度の下着で豊満な胸を隠しているだけだ。一見、妖艶な雰囲気を醸し出した女性のような印象を受けるも、頭に生えた三角形の耳と、フサフサのキタキツネのような尻尾がそれを払拭してくれている。
「あ、ああ…。俺は大丈夫だが‥‥‥」
 かなり露出度の高い身なりをしている女性に、あまり目を合わせないようにする禅鎧。
「ほら、メロディ。帰るわよっ」
「ふみ? あ…、由羅お姉ちゃん? あたし、どうしちゃったのぉ?」
 ハッと憑き物が放れたように正気に戻った少女は、自分が抱き付いていた禅鎧の方を、そのクリリンとした大きな瞳で見やる。
「…ご、ごめんなさいなのぉ」
 すぐに禅鎧から離れると、申し訳なさそうに何度も頭を下げる少女。満開の春桜を彷彿とさせるような桜色のロングヘアー。クリリンとした愛らしい大きめの瞳。首に巻かれている大きな鈴。何処か子供っぽい衣服を着ているも、着ているのは上半身のみ。髪の毛と同じ色のレオタードをその服の下に着ているようだ。そんな、あどけなさを残した少女の頭からは、猫のような白い耳と手、そしてスレンダーな尻尾の先端には桃色のリボンが飾られていた。
「…いや、別にいい。それよりも、怪我はないか?」
「みゃあ、あたしは大丈夫だよっ!」
 そう言いながら、ピョンピョンとはね回る少女。
「ホント、ごめんなさいね。あたしは橘由羅。それでこっちは、ほら自分で自己紹介しなさい」
「ふみぃ! アタシは、メロディ・シンクレア。宜しくねっ!」
「由羅に、メロディか…。俺は朝倉禅鎧。今はジョートショップに居候している」
「朝倉…? ジョートショップ…。フ〜ン、あなたが‥‥‥」
 禅鎧の自己紹介を聞いた由羅は、意味ありげな反応を見せながらクスリと微笑んだ。眉をひそめる禅鎧だったが、恐らくは前科者という事で思い出したのだろうと思い、すぐに話を元に戻すことにした。
「…ところで、どうして俺にぶつかってきたんだ?」
 端から見れば2人が激突したように見えるだろうが、禅鎧にはメロディの方から意識的にぶつかってきたと考えられなくもなかった。
「みゃあ…。良く分からないけどぉ、な〜んかゼンちゃんからいい匂いがしてきてぇ〜…」
 口元に手を当てながら、若干間延びした口調でメロディ。その台詞の中から、気になる単語を2つ見つけだし、再び問い掛ける。
「ゼンちゃん…?」
「ふみゃあっ! 禅鎧だから、ゼンちゃん!」
 その妙に違和感を覚える呼称に、禅鎧は困惑の表情を浮かべる。気を取り直しつつ、禅鎧はもう1つの単語について尋ねる事にする。
「それで、いい匂いというのは?」
「‥‥‥禅鎧くん。あなたから魚の匂いがするんだけど‥‥‥」
「魚? ああ…、さくら亭でニシンの料理を食べてきたからな」
「ふみぃ! それですぅ!!」
 ポン…と肉球の両手を叩くメロディ。なるほど…と、禅鎧は前髪を掻き上げた。メロディから人間のシルエットを取り除けば、明らかに猫のそれが顕れる。当然ながら魚は猫の大好物。そう考えれば、禅鎧にぶつかってきたのも納得が行く。
「まあ、何とか捕まえることが出来て良かったわ。禅鎧くん、どうもありがとう」
「ゼンちゃ〜ん、今度一緒に遊ぼうね〜!」
「? あ、ああ‥‥‥」
 満面の笑みを浮かべながら、メロディは禅鎧に再会の言葉を告げた。まさかそんな事を言ってくるとは思わなかったらしく、禅鎧は曖昧な返事を返した。2人の姿が見えなくなったのを確認すると、禅鎧は1つ大きく溜息を付くと再び歩き始めた。

「ただいま戻りました」
 午後の仕事を無事終えてきた禅鎧は、真っ直ぐにジョートショップへと戻ってきていた。店内では、既に先に仕事を終えていた凍司・アレフ・ピートがくつろいでいた。そこで、まだ1人帰ってきていないことに気付く。ちなみに、クリスではない。
「? シーラはまだ戻ってきてないか‥‥‥」
 時刻はそろそろ夕刻へと差し掛かろうとしていた。シーラが請け負った仕事は確か、エンフィールド学園での音楽の非常勤講師。もう既に授業の方も終わっているはずだが。何か帰り道であったのか? 禅鎧は妙な胸騒ぎを覚えていた。
「確かに遅いですね、シーラ」
「どっかで寄り道でもしてんじゃないの?」
「お前じゃねーよっ!」
 椅子にもたれ掛かりながら適当な事を言うピートに、アレフは空かさず突っ込みを入れる。
「禅鎧くん…。ちょっと、学園まで行ってみたらどうかしら?」
「分かりました」
 禅鎧は頷くと、急ぎ足でジョートショップを再び後にした。
 ジョートショップから外に出ると、禅鎧は一呼吸置いてから、身体中の神経を研ぎ澄ますように精神統一に掛かった。シーラの居場所を察知するためだ。…やがて、シーラと思しき女性のものと思われる気をエレイン橋付近で感じ取った。しかし、それと同時に複数の男性のそれも読み取れた。
(まさか‥‥‥‥‥!)
 その意味が分かったとき、禅鎧は無意識のうちに走り出していた。
 そしてエレイン橋付近に差し掛かると、そこには2人の男に囲まれているシーラの姿が確認できた。感付かれないように、ゆっくりとシーラに近づく。
「なあシーラちゃん、ちょっとだけでいいからさぁ。オレたちに付き合ってくんねーか?」
 徐々に距離が縮まってくると、そんな野太い声が鼓膜を刺激してくる。
「…や、やめて下さい! 私、困ります」
「なあに、悪いようにはしねえよ。ヘッヘッヘ…」
 片方は筋骨隆々の目つきの悪い男、そしてもう片方はひょろっとした小柄の男。どちらも、お世辞でも人相が良いとはとても言えない風貌だった。酒が入っているのだろう、顔が半ば真っ赤だ。シーラも酒臭い息に、口元を手の平で覆い隠している。
「やはりか‥‥‥」
 チッ…と舌打ちしながら、禅鎧が男たちに接近しようとした刹那。
 キュウウン…、バシュウッ!!
『うわあっ!!』
 2人の男の声と、彼らが地面に尻餅を付く音が見事にハモッた。禅鎧もまた、その細い瞳を大きく見開いていた。突如シーラの手元が光ったかと思うと、2人の男の間を縫うように目映い白光が視界を塗りつぶしたのだ。
「‥‥‥こ、このアマぁ! 何て事しやがるっ!!」
「チィッ、初めからこうすれば良かったんだ! おい、捕まえろっ!!」
 完全に頭に血が昇ってしまったらしい。巨漢の男が、子分と思われる男にそう指図する。身長はほぼシーラと同じだが、力比べとなればシーラの方に軍配が上がるはずがない。
「…ご、ごめんなさい。そんなつもりじゃ‥‥‥」
 足が竦んでしまっているらしく、逃走経路を確保できているのに逃げようとはしない。
「もう、女だからって容赦はしないぜ! ほら、こっちへ来い!」
 ガシッ!!
 シーラの細い腕に手を伸ばそうとするが、それは別の力によって押さえ付けられてしまった。
「だ、誰だてめェはっ!?」
 無論、それは他でもない禅鎧だった。小柄な男がそう叫ぶも、禅鎧は答えようとはしない。
 グイッ!!
 本来ならば曲がるはずのない方向に、その小柄な男の腕が折れない程度に持ってくる。男はギャアッ…! と悲鳴を上げながら禅鎧とシーラの元から離れる。彼女を庇うように、禅鎧は2人の前に立ちはだかる。
「女の前だからって、カッコつけてんじゃねーぞ!!」
「‥‥‥遅いな」
 巨漢の豪快なパンチが禅鎧の頭部に強襲を試みる。しかし禅鎧はそれを難なく片手で受け止めるや否や、男に足払いをかける。見事にバランスを崩された男は、豪快に地面に身体を叩き付けてしまう。小柄な方の男が、巨漢の元へ駆け寄ってくる。
「…次は手加減はしない」
「ヒッ…! あ…兄貴、ここはずらかりましょうぜっ!」
「チィッ! てめえ、覚えてろよっ!!」
 叩き付けられた腰辺りをさすりながら、2人の男は捨て台詞を吐きつつ逃げていった。禅鎧は構えを解くと、未だに地面にペタリと座り込んでいるシーラに目を向ける。余程怖かったのだろう、自分の肩を抱くように大きく震えている。
「シーラ、怪我はないか?」
「あ‥‥‥。ぜ…禅鎧くんが、た…助けて…くれたの? わ…私、私‥‥‥」
 禅鎧の姿を見て少し安心したのか、半ば笑顔を向けながら途切れ途切れに言葉を告げる。それと同時に彼女の澄んだ瞳が徐々に潤み出し、やがて涙が1粒こぼれ落ちようとしていた。
 スッ‥‥‥。
 禅鎧はかがみ込むと、シーラの柔らかい頬に手を当てた。そして、親指でこぼれ落ちようとしていた涙を拭ってやる。
「大丈夫だから、もう泣かなくていい…」
 『目は口ほどにものを言う』という言葉がある。無表情のままの禅鎧だが、細められた眼差しはとても優しげな光を帯びていた。シーラは、そんな禅鎧の瞳を見るのは2回目だった。胸の奥が熱くなると同時に、自然とシーラの身体の震えは治まっていた。彼女はゆっくりと立ち上がり、衣服に付いた砂利を振り払う。
「あの…ありがとう、禅鎧くん。もう大丈夫…」
 頬を朱に染めながら、半ば嬉しそうに微笑むシーラ。禅鎧は少し戸惑った表情のまま、シーラを見据える。
「…でも、どうして分かったの?」
「シーラの帰りが、いつもより遅かったからな。もしやと思って捜しに来てみたら‥‥‥」
 禅鎧は不自然にならないようそこで言葉を留めた。何があったのかを聞くのは、今のシーラには酷なことだと考えたからだ。それに、途中から目撃した禅鎧でも一方的にシーラの方が被害者であることは目に見えていた。
「…さて、ジョートショップに戻ろうか。みんなが心配して待ってるからな」
「ごめんなさい…。心配かけちゃって‥‥‥」
「…シーラが無事なら、それでいい。それじゃあ、行こうか‥‥‥」
「うん」
 シーラは安心したように、禅鎧と並んで歩き始める。一瞬、禅鎧の手に自分のそれを重ねようとしたが、すぐに躊躇してその手を止めた。
(それにしても、さっきのあれは‥‥‥)
 シーラに歩幅を合わせながら、禅鎧はある事を考えていた。シーラの手から発射された白い光線。一瞬、魔力と思しきものを感じ取ることが出来たので、魔法であることは間違いない。しかし、ピアノのレッスンで忙しいのに、何時の間にシーラは魔法を…?
「…まあ、今はどうでもいい事だな」
「? 禅鎧くん…?」
 思わず考えていたことを口にしてしまったため、シーラはキョトンとした表情で禅鎧を見上げる。禅鎧はそれを、いつもの苦笑いでごまかした。

To be continued...


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