中央改札 悠久鉄道 交響曲 感想 交響曲

「マリアの拾いもの」 T.M  (MAIL)
マリアの拾いもの

000516・加筆

 朝。
「あ〜、もう〜〜。遅刻よ、遅刻ぅ〜」
「マリアが遅かったからいけないんだよ。ボクはちゃんと、時間通りに待ってたのにっ」
 起き始めた早朝のエンフィールドの町を、二人の女の子が走っていた。
 片方は金髪を頭の左右に結んだ、活発そうな女の子−マリア・ショート。
 もう片方は、栗色の髪に黄色のリボンがよく似合う、コレまた活発そうな一人称が『ボク』な女の子−トリーシャ・フォスター。
「マリアのパパが、朝からしつこかったのよ〜。なんだか特注で作らせたとか言う、ださーいコートを着ていきなさいってっ。マリアだって何時までも子供じゃないのにパパったらしつこいんだもんっ☆」
「はぁ……相変わらずみたいだね、マリアの家のお父さん。そういえば、今日の一限って宗教学じゃなかった?」
「………あっ、そうだった。あのゴブリン婆さんの授業に遅刻なんかしたら、何言われるか解らないよぉ」
「シスター・リンって厳しいからね」
「このままじゃ絶対遅刻だわっ。こうなったらぁ……」
「どしたの?急がないと……」
 トリーシャは突然立ち止まったマリアに気がつくと、怪訝な顔をして少し先で立ち止まる。
「急いでも間に合わないもん。こうなったら瞬間移動の魔法よっ☆」
 マリアの魔法。
 それは大抵ろくな結果を招いたことがない。この間もエル・ルイスとの喧嘩で魔法を試みて、大衆食堂さくら亭は二日の営業停止に追い込まれたのは割と有名な話である。
「やっ、辞めたほうがいいよっ。ほらっ、急げばシスターだって許してくれるかもしれないし」
 周囲を見回したトリーシャは、この場所がまだ繁華街のはずれに位置していることに気がつく。まだ人気が少ない時間帯とは言え、こんな所で大爆発でも起こそうものなら、また父−リカルドのお仕事が増えてしまう。そんな事を思ったトリーシャは、丁度その時、視界の隅にとある青年の姿を見つけ、地獄に仏とばかり慌てて叫ぶっ。
「あるまさん、マリアの魔法を止めるの手伝ってっ!」
 あるまとはジョートショップで働く青年である。フェニックス美術館の盗難事件において、保釈金を払っての放免となった身だった。詳細については関係ないので、ここではばっさり省略する事にする。
 朝の散歩中だったあるまは、トリーシャの声に即座に反応すると、とっさにマリアの方へダッシュをかける。
 しかしすでに時遅く、マリアは不可思議な印を組み始めていた。
「空間を渡る精霊よ、我が身を望みの場所へと導けっ。し〜んくらびあ〜☆」
 そして、もの凄い爆発音を皮切りに、マリアを中心にして巻き起こる光の奔流。それは次第に収束すると、マリアの周りに光の魔法陣を描く。思いっきり巻き込まれたあるまは、吹き飛ばされないようにするのが精一杯のようだった。とっさに目をつぶって地面にしゃがみこんでいたトリーシャも、やがて顔を上げ視界に入った光景に目を見張る。
「な、なんなのよ〜、これ!」
「……アレは境界門?」
 驚きの混じった悲鳴を上げるマリアを余所にトリーシャは、上空へ浮かんだ地上の魔法陣と対になる光の魔法陣を見るとつぶやく。やがて地上の魔法陣が、あるまを巻き込んで上空の魔法陣に光柱を発すると、彼ごと二つの魔法陣は消えた。あまりの出来事に呆然とする二人。 
 そして。
「きゃっ……………」
「ぐえっ」
 突如マリアのちょうど頭上から振ってきた物体は、狙い澄ましたかのように彼女を押しつぶす。ようやく物体が、銀髪の人影の事に気がついたマリアは抗議の声を上げる。
「……ちょっとっ☆ あんた一体、なんなんなのよっ!」
「………ん、ここは?」
「いつまでマリアの上に乗ってるの? い〜から、さっさとどきなさいよっ!」
 魔法が失敗したことも手伝って、怒り心頭のマリアに恐れをなしたのか、その人影は慌ててどいた。
 銀髪で耳はエルフの様にとがっている。だが感じる気配はエルフの物とは若干違うようにマリアには思える。黒を基調とした服に、マントという出で立ちの若い男は、かなり面食らった様子でマリアを見つめている。
「………あんた一体何者?」
 ようやく、自体が飲み込め始めたトリーシャはマリアに駆け寄る。そして、服に付いた土を払いながらマリアは、自分を見つめる男に言った。
「…………俺は…………誰だ?」
「えーーーーーーーーーーーっ!?」
 直後、トリーシャとマリアのあげた大声は見事にハモった。

 少し後の大衆食堂さくら亭。
 まだ昼前の閑散とした店内の机の一つにマリア、トリーシャ、突如降ってきた男、それにさくら亭の看板娘、パティ・ソールが集まっていた。ついでにあるまは、あの場所から姿を消していた。うろたえまくるトリーシャを宥めつつ、どこか覇気の抜けた男に渇を入れながらマリアは、ようやくさくら亭にたどり着いたのである。
「……………というわけなのっ☆」
「ふ〜ん」
マリアの説明が一通り終わると、パティは目の前の多少生気に欠けた男を見ながら言った。
「だからボクは止めたのに……。あるまさんに何かあったらボクは……ボクは〜」
「だぁかぁらぁ〜、過ぎたコトをぐだぐだ言わないのっ☆」
「……マリア、それはさすがに冷た過ぎでしょ」
 そのまま力無く机の上に倒れ込んでしまうトリーシャに、呆れたようなパティの言葉もさくっと無視するとマリアは、謎の青年の方を見る。
「ところであんた、ほんとに何も覚えてないの?」
「………ああ」
 マリアの質問に男は、多少記憶を手繰るそぶりを見せてからそう答える。
「ところで、トリーシャ。さっきこの男が降ってきたとき、言ってた境界門って一体何なの?」
「たしか、先週授業で習ったばっかりだよ……」
「……えへっ、そだっけ☆」
「もう」
 あきれ果てた声を上げると、どうにか復活したトリーシャは、大まかに境界門の説明を始めた。ようやくすると以下のような感じである。

 境界門とは異界との扉が、次元を越えて生じるときに現れる、時空の狭間のことである。さっきのマリアの魔法で開いたのものは、まさしくそれそのものだった。
 もちろんそう簡単に生じる物ではなく、自在に操るには相当の魔力を必要とする。
 もっとも過去の大戦時のおりには、異世界より戦士として魔族などを呼び出して戦わせるなんてコトも行われていたため、現在ではその技術は封印されているという。

「………………ふ〜ん」
 すっかり話に聞き入っていていたマリアは、改めて謎の男に視線を戻した。男はなんとなく居心地が悪そうに身じろぎする。
「んじゃさ、つまりこの男の人は……異世界の人間ってワケ?」
 パティの質問に答えるようにトリーシャはうなずく。
「どおりで、不思議な感じがするわけね」
「ついでにあるまさんは、この人と入れ替わりに彼の世界へ飛ばされた可能性が、高いと思うよ。……とりあえず、父さん達に来てもらおうか?」
「そうね、やっぱりそれが良いかも。後は魔術師ギルドに連絡して………。」
「……きーめたっ☆ この人はマリアが呼び出しちゃったんだから、責任持って元の世界に返すのっ!」
 自分の魔法で現れた人物が、早速手の届かない所に行きそうになったのを察したマリアは、パティの言葉を遮るように大声を上げる。
「マリア、単にこの人が面白そうだからってそんな事言ってない?」
「うっ………そんな事ないわよっ☆」
 端から見てもバレバレな程に、内心をばっちりトリーシャに読まれたマリアだがそれでも食い下がる。
「ちょっとマリア、この人だって困るでしょ! いきなり異世界に放りだされて、記憶が無いんだから。ねっ、そうよね!?」
「…………おっ、俺は別にかまわんが?」
 凄い剣幕で同意を求めるパティに、青年は意外な反応を示した。拍子抜けする一同を前に話を続ける。
「よく解らない連中に、『異世界人』って取り巻かれるよりも前に少し時間が欲しい。ゆっくり考えれば、なんとなくなにかを思い出せそうなんだが……」
「……そっ、そうでしょ☆」
「…………まぁ、当人が言うんなら」
「ボク、どうなっても知らないよ……」
「ところでマリア、トリーシャ、学園はいいの?」
 思い出したように告げるパティに、二人は慌てて立ち上がる。
「ああっ! もう二時間目始まっちゃってるよ。どうしよう、マリアっ?」
「う〜ん。マリアは……今日はちょっと体調悪いから、後よろしくねっ☆」
「よろしくって、ちょっとっ……」
 小首を傾げたマリアは、そう言うと慌てるトリーシャとあきれるパティを残して、さっさと青年の手を引きさくら亭を出た。
「あんた…………う〜ん、名前が無いとなんか不便かもっ☆」
「別にあんたがつけてかまわない。一応召還主だからな」
 頭のどこかに残った記憶がそうさせるのか青年は、マリアの事を召還主と呼んだ。
「それじゃ………バレットって言うのはどう?」
「……悪くはないな」
「おっけー、決まりっ☆」
 こうして異世界から現れた謎の青年は、バレットと名付けられ、マリアの家にしばらく居候することになった。


 そして数日後。 
 ダッシュで学園から戻ったマリアは最初に会った屋敷の者に、バレットの行き先を聞くとそのままダッシュで『陽のあたる丘公園』へ向かう。
 そして春の柔らかい午後の日差しのなか、芝生に寝ころんでいるバレットを見つけるとそのまま駆け寄った。もとの衣装があまりにも『悪役臭い』というマリアの強い主張により、空色のTシャツとま新しいジーンズと言う出で立ちだ。
「バレットっ☆」
「ん、マリアか」
 マリアの声に気がつくと体を起こす。バレットが来てからと言うもの、マリアは暇な時間中バレッタにびったりだった。彼はマリアに魔法でぶっ飛ばされても文句は言わなかったし、なによりもマリアの魔法の話をマジメに聞いたからだ。
「ねぇねぇ、バレット。今日は『にーどる・すくりーむ』って魔法をやってみるね。見てて見ててっ☆」
 そう言うとマリアは、学園の先輩達が実習していたのを、横で見ていただけの魔法をいきなりやってみようとする。
「ああ、かまわんが、気を付けろよ。おとといの『るーん・ばれっと』とかいう魔法は、あっけなく暴走して公園の木を一本ぶっ飛ばしちまったからな」
「うんっ、ぜんぜんおっけーっ☆ 了解だよっ☆」
 記憶に新しい惨劇を思い出したバレットに、マリアは軽く頬を膨らませると抗議する。
「分かった分かった…………。」
 バレットが笑いながらそう言い少し離れると、マリアは表情を戻し魔法詠唱に入った。
「すべてを貫く猛き刃よ。我が手に集いて敵を打てっ。『にーどる…すくりーむ』☆」
 詠唱を終えると彼女は、振り上げていた手を振り下ろす。しかし、辺りは静寂に包まれたままだった。
「あれっ、おっかし〜なぁ。我が手じゃなくって我が前だったかなぁ……」
 そしてしきりに首を傾げていると、いきなりマリアの前に眩い青色の光が集まる。制御を離れていた光は、放たれることなくその場で一気に暴発した。
「危ないっ!」
「きゃっ!」
 気がつくとマリアは少し離れた芝生の上で、バレットの体の下にかばわれていた。ゆっくり立ち上がると彼はマリアを助け起こす。
「……あれっ?」
「ふう、大丈夫か?」
「………あっ、ありがとう」
マリアは顔を真っ赤にして、普段の彼女を知る者からは、想像できない様な声で俯き加減に答える。
「くっ!」
「…………どうしたの? あっ!」
 近づいたマリアは、そこでバレットが右腕から血を流しているのに気がついた。痛みに軽く顔をしかめたバレットは、痛みよりもマリアに気がつかれた方に困った表情を作る。
「………だっ、大丈夫?」
「ん、コレくらでいちいち騒ぐな。水で洗っておけばそのうち直る」
「どうしようどうしよう……。そうだっ」
 急いで懐からハンカチを取り出しマリアは、それをバレットの腕に当てる。白いハンカチはたちまち真っ赤に染まった。
「とりあえずコレで……」
「ありがとよ。ほら、よく見ろそんなに大した傷じゃない。……そんなにおろおろするな、らしくないぞ?」
「う……ん、本当にごめん」
「しかし、この光景どこかで……」
 そのまま放って置くと、泣き出してしまいそうなマリアをバレットは軽く抱き寄せた。その頭を軽く撫でつつ、なにか頭に引っかかる物を感じたバレットは、さっき彼女が魔法を発動させた場所に視線を移す。芝生は無惨にもかなりえぐられ、地肌がむき出しになっているのが見て取れる。あのままあの場所にいたら、二人とも無事ではすまなかっただろう。
 魔法の暴発と少女の泣き顔を、記憶のどこかに感じてバレットは、必死にそのイメージをたぐり寄せようとする。


 一方少し離れた草陰では………。
「なるほど、最近からんで来ないと思ったら、こういう事だったのか」
「なんだか恋人同士みたいだね。」
 一人はおなじみトリーシャ。もう一人は緑色に黄色のストライプの髪に、エルフ特有のとがった耳。マーシャル武器店に住み込みで働くエル・ルイスである。
 実際はどうであれ、魔法第一主義のマリアと魔法の使えない希有なエルフ、エルが犬猿の仲と言う事はエンフィールドではかなり有名だった。
 偶然近くを通りかかった二人は、もの凄い爆音に驚いて走って来たものの、想像を絶する光景に出るに出られなかったのだ。
「あの銀髪野郎は一体何者なんだ?」
「ん、えっとぉその……ボクも良く知らないけど、マリアの家に滞在してる人だよ」
 マリアからバレットについては堅く口止めされてる。トリーシャは、かなり口ごもりながらも当たり障りのない答えを返す。
「そうか……」
「そういえば、あの人、エルフじゃないの?」
「………ここからじゃよく解らないが。確かに耳はとがってるけど、アタシから見る限り雰囲気が違うね」
「ふーん……。」


 さらに数日後。
「バレット☆」
「よう、マリアか。」
 今日も学園からダッシュで帰ってきたマリアは、自分の屋敷の庭でバレットの姿を見つけ声をかける。それに答えた彼は、見事に手入れされた庭の月光草へやっていた視線を、マリアに向けた。
「今日は授業でね、あの魔術王タトナスについての新しい論文の話を聞いたんだっ☆」
 タトナスとはマリアがご執心の歴史上の人物である。千年前最強の魔術を持ってこの地上すべてを支配したという。彼女もよく話題にするので、バレットもいい加減名前を覚えてしまっていた。
「…………そんでね、そんでねっ☆」
「マリア」
「……ん?」
 なおも話を続けようとするマリアを、珍しく遮ってバレットは言葉を続けた。
「昨晩、夢を見た。そこで俺はライバルと仲間達と一緒に何かを集めていた。そして俺の名前を呼びながら、泣いていた一人の女がいた」
「……ふ〜ん、それがどうしたの? バレットはマリアと、ずーっとここで暮らすんだからっ☆」
 バレットが暗に『帰りたい』という事実を持ち出していることに気がついてマリアは、それをうち消すように叫んだ。
「…………それはできない」
「どうして……? ここが気に入らないの? あたしの事………嫌いなの?」
「………すまない」
 バレットは、いきなり泣き出したマリアにとまどいを見せる。二人の間には重い沈黙が落ちた。
 そして、しばしそのまま続いた沈黙を破ったのはマリアだった。
「………元の世界に帰りたいの?」
「元いた世界で俺には、何かやらなければならない事があったハズなんだ………」
 バレットはマリアを見ながらしばし口ごもったがはっきりと言う。
「ばかぁーーーーっ!」
 そして次の瞬間マリアは、そう叫ぶと屋敷の外へ走り出ていた。


 大地を赤く染めた夕日が落ち、そろそろ夜のとばりがあたりを包もうとする頃。
 シーラ・シェフィールドは、夕食の買い物をすませ屋敷に戻る途中で、見知った顔を見つけた。その人物は、脇目もふらず人の行き交う通りを走っていく。
「……マリアちゃん?」
 思わず口の中で、その人物の名前をつぶやいたシーラは、声をかけようとした。しかし、結局見送ってしまう。マリアの目に涙が光っていたのを認めたからだ。彼女はそのままエレイン橋の方へと走っていった。
 声をかけ損ねたことに後悔を覚えたシーラは、急いでマリアの後を追う。
 そしてエレイン橋のたもとで泣きながら、息を整えているマリアを見つけた。しばし躊躇したシーラだったが、今度は思い切って声をかける。
「………マリアちゃん、どうしたの?」
 マリアは、シーラの姿を認めるとそのまま彼女に泣きつく。そしてなにを聞いても泣くばかりのマリアに困り果てた彼女は、とりあえず自分の屋敷に連れていくことにした。そして、屋敷の中を自分の部屋に案内したシーラは、改めてゆっくりと聞く。
「…………ねぇ、マリアちゃん。一体どうしたの? 泣いてるばかりじゃわからないわ」
「…………えぐっ、えぐ………」
 答えはなかった。
 仕方がなくいったん部屋を出るとシーラは、自分の買ってきた物をメイドのマッキーおばさんに預け、夕食の用意を頼む。本来ならば今日は、マッキーおばさんに料理を習うつもりだった彼女だが、状況が状況なだけに諦めることにした。
 そして自分の部屋の戻ると、とりあえずシーラはマリアの側に座る。話したくなれば、自分から話してくれるだろう、という考えからだった。
 それから小一時間も経っただろうか。マリアは相変わらず泣き続けるだけだった。そしてシーラが軽い空腹を覚える頃、部屋に軽いノックの音が響く。
「夕食の用意が出来ました」
 ノックに続いて、ドアの外でマッキーおばさんの声がした。
「……ぐぅ〜」
 部屋に急に響いたお腹の音に源を辿ったシーラは、泣きやみ愛想笑いを浮かべたマリアにたどり着く。そして夕食後シーラは、ようやく少し元気を取り戻した彼女から大まかな説明を聞くことが出来た。
「そうだったの……」
「うん。なんか今までは、バレットの事を考えると胸がどきどきしてたの。でも今はマリア、なんだか凄く悲しくなっちゃって、どうして良いか分からなくなるんだよ」
 マリアはそう言うと顔を伏せる。
「バレットはマリアと一緒にいるのが一番良いのっ! だって元の世界に帰ったら……もう二度と会えなくなっちゃう! 一緒に話したり、魔法を試したり…………出来なくなっちゃうんだよっ? マリア、そんなのイ……ヤだよ…………」
 そう言うと再びしゃくり上げるマリア。少し考えるとシーラは、自分でも考えをまとめるようにゆっくりと口を開いた。
「恋愛とかあまり詳しくないけど……マリアちゃん。バレットさんのことを、大切に思っているのよね?」
「……うん」
「彼が帰った方が良いのか、ここ残った方が良いのか私にはよく解らないわ。でもバレットさんの事を、本当に大切に思っているマリアちゃんなら、きっと正しい答えを出せると思うの。だから、落ち着いてもう一度考えてみて。それで出した答えなら、きっと後悔しないはずだと私は思うから」
「マリアの出した答え……。うん、マリア一生懸命考えてみるよ」
「……私、マリアちゃんの力になれたかしら?」
「ありがと、シーラっ☆」
 その夜、マリアはシーラの家に泊まることになる。マリアの家に使いをやると、二人は夜遅くまでいろいろ話した。


 そして翌朝。
「……おい、マリア。一体どうしたんだ? 昨日は帰らなかったと思ったら、今日は急にこんな朝から出かけようなんて」
「文句言わないの。あんた帰りたいんでしょ? 元来た世界に」
 口調にはまだ少し迷いがあったが、いつもの彼女らしくマリアはハッキリと言う。
「ああ、それはそうだが……」
「んじゃ、着いてきてっ☆」
 そう言うとマリアは、朝のエンフィールドの町を、困惑顔のバレットを連れて町外れの建物へ向かった。
「ここは?」
「……魔術師ギルドだよ」
 バレットにそう答えると、マリアはそのまま中へ入っていく。取り残されかけたバレットも慌てて後を追う。ギルドはいつもろくな問題を起こさないマリアの来訪を快く思わなかったが、事情を説明して一緒にいるバレットに気がつくと、慌ててギルドマスターへ取り次ぐ。二人が案内された部屋でしばし待つと、やがてくすんだ紫色の魔導師服を着たかなり高齢の老人が現れた。
「……事情はだいたい聞いた」
 その老人−ギルドマスター−は、そう言うと二人の座っていた応接セットの向かい側に、ゆっくりと腰を下ろした。
「それで、バレットが元の世界に帰れる方法はあるの?」
「……お主、魔族じゃな?」
 マリアの言葉を無視するとマスターは、バレットに話しかける。
「……俺は魔族……なのか?」
「ぶーっ、おかしな事言わないでよ。バレットが魔族なんかの訳ないじゃないっ☆」
「儂は、昔会ったことがあるんじゃよ。本物の魔族にのぉ。魔族は忌むべき負の存在。よりによってとんでもない物を召還しおったなマリア」
 いつもはなんだかんだ言いながら、マリアに甘いマスターも今日は厳しい顔をしている。
「……そんなことないもんっ。バレットは……バレットは良い魔族なんだもんっ!」
 バレットは複雑な表情でマリアを見ている。
「おまえがどう思おうと、世間はそうは思わないのじゃよ。昔の戦争の時、魔族が優れた破壊の戦士として、異世界から召還されていたことはおまえも知っておるな?」
 マスターはマリアの返事を待つと続ける。
「ここエンフィールドは、今でこそ辺境のとるにたらない町じゃが、この町に魔族がいると言う話が、余所に漏れたら大変なことになるんじゃ。魔族がこの町におることで、周りの国に『エンフィールドに戦いの意志あり』と見られれば、こんな町なんぞあっという間に滅ぼされてしまうじゃろ。いや、それだけではおさまらんかもしれん。おそらく動き出した戦乱は再びこの時代を覆い尽くすことになるじゃろ」
「……そんな…………」
「とりあえず魔術師ギルドは全力でおまえさん……バレットが、元の世界に帰るのを助けるとしよう。………実の所、境界門によって呼びだれた物を送り返す方法には一つしかなくての」
 そして二人に分かりやすいようにマスターは、なるべくかみ砕いてその方法の説明を始めた。それはおおよそ以下のような内容だった。

 境界門自体を開いて、自在にソレを通る技術は前述の通り失われている。マスターが提示したのは、マリアが偶然開いた境界門を再び開く方法だった。
 一度この世界に接続した境界門は、いったん閉じた後もしばらくは、その影響を通じる世界に及ぼすことになる。その影響を辿って門をこじ開けようと言うのだ。
 そうすれば、門の通じる先を操作したりと言った高度な魔法技術は必要なくなる。
 ただこれには、門が開いてさほど時間が経っていないことが条件であり、マリアの話から考えるに残り時間はかなり限られる。しかもこの方法は、門を無理矢理開ける事になる。そのため失敗してしまうと、門自体が完全に消滅してしまう。つまり、チャンスは一度きりということになるのだ。

「……もう、ギルドの者が総出で準備を始めた。そこでマリア達には、儀式に必要な希少種の薬草を採ってきて貰いたい。うちの連中は最後のチャンス−次の満月である明日の夜に間に合わせるため、みんな手一杯でのぉ。一応ジョートショップに手伝いの依頼をしてはおいたが、薬草の生息地域はかなりの危険地帯じゃ。助けは得られるかどうか………。事が事だけに、理由の話せん以上、自警団の助けは借りられん。どうじゃ?」
「……行くさ。どのみちこの手段が失敗したら、俺はあんたたちに殺されるんだろう?」
「えっ、どうしてっ?!」
 バレットの静かな声に、意味の分からなかったマリアは、大声を上げるとマスターの顔を見る。
「この街を守るには、それが一番確実だからな。俺が一人で行こう」
「イヤ、あたしも行くっ!」
 いつもの調子で叫んだマリアを自分の方へ向かせるとバレットは、少し厳しい声で言う。
「いいか、マリア。どうやら目的地はかなり危険な所らしい。俺が一人で行って死ぬ分には丸く収まるが、わざわざおまえが危険にさらされる必要はない」
「絶対イヤっ! 一緒に行ってもあんたがマリアをしっかり守って、ちゃんと薬草を採ってこれれば問題は無いはずじゃないっ。バレット、あんたは絶対生きて元の世界に帰るの。これは召還主としての命令よっ!」
「分かった…………。ありがとよ、マリア」
 マリアの剣幕に押されるようにしてバレットはうなずく。そこにノックに続いて数人が入ってくる。
「トリーシャ………それに、エル!?」
 マリアは驚くのも無理はない。入ってきたのは、装備を固めたトリーシャとエルだったからだ。
「マリア、アリサおばさまからだいたいの話は聞いた。ボクも手伝うよ。多分バレットさんが元の世界に帰れば、自動的にあるまさんが返送されてくると思うし」
「トリーシャ………ありがと」
「エルぅ〜」
 トリーシャは、横で黙って突っ立てるエルを肘でつつく。
「なっ、なんだよ。トリーシャが、危険な所に行くって言うからアタシはついてきただけだ。マリア、おまえがどうなろうと関係ないからな」
「なによっ、この魔法が使えないさいてーエルフ!」
「なんだと? そっちこそ失敗の方が多いじゃないか」
「やめなよぉ〜、二人とも。そんなことしてる時間あるの?」
「ぶ〜☆」
「しかたないな……」
「マリア、これ……」
 トリーシャが間に入ると二人はようやく黙る。そして彼女は、懐から青い石のついたペンダントを取り出した。マリアはそれを受け取るとしげしげと見つめる。
「シーラからだよ。ほんとはシーラも来たがっていたんだけど、足手まといになるだけだからって」
「……シーラ……ありがと。行こうバレット、トリーシャ、エルっ☆」

 簡単な自己紹介が終わると4人は、早速目的地に向かって出発した。目的地は、エンフィールドの北に位置する誕生の森の奥深く。マスターより手渡された二枚の地図の、その位置を示す1枚目には掠れかけた文字で、「フィディアの洞窟」と記されていた。二枚目はその洞窟内部の地図。
 帰りの行程も考えると、少なくとも夜までには目指す洞窟に着いておく必要がある。一行は、かなりのペースで森の中を進んだ。道中多少の魔物には襲われたものの、大した障害もなく、夕方には目指す洞窟とおぼしき場所にたどり着くことが出来た。
「ここだと思うんだけど」
 地図を持っていたトリーシャが、ちょっと自信なさげに言う。
 一行は洞窟の前で一夜を明かすと翌朝、再び洞窟の前に集まった。
「んじゃ、早速入ってみよっ☆」
 なんにも考えずに主張するマリアに悪態をつきながら、エルはたいまつを用意す
る。バレットは、その一本を貰うと先頭に立って洞窟に入った。
 洞窟の広さは二人が並んで歩けるくらい。高さはエルが手を伸ばすと、ちょうど天井に届くくらいである。いくつかの分岐をたいまつに照らされた地図を見ながら慎重に進む。
「なんか、人に作られた洞窟みたいだな」
「うん、なんか壁とか石材が使ってあるしね」
「あっ、なんか紋章が刻んであるよっ☆」
 そう言うとマリアは、壁の一角に刻んであった紋章に手を触れる………と。直後、マリアの足下に落とし穴が開いた。とっさに彼女を突き飛ばしたバレットは、吸い込まれるようにその穴に落ちていく。
「バレットぉーーーっ!」
 そしてマリアの悲鳴が響きわたった。


「………………っつ……。ここは?」
収まりかかった激痛に、たたき起こされるようにして目を覚ましたバレットは、あたりがまっくらなことに気がついた。自分が落ちてきたはずの穴さえ、見つけることが出来ない。
「…………どれくらいの時間気絶してたんだ?」
 意識をはっきりさせるために頭を降ると、ふと目の前の空間に光が点ったのにバレットは気がつく。
「ほう、こんなところで眷属に会えるとはな………」
「誰だ、おまえは」
 目の前に現れた光は、人の顔の様な輪郭を取ると『声』を発する。しかしバレットは、その存在に慌てるでも驚くでもなく、冷静に答えられた自分の方に驚いていた。
「我はいにしえの昔……貴様と同様に、異世界より召還された魔族だ。ほう、記憶を失っているのか。どうだ、我と組んでこの世界を征服せんか?」
「……俺の記憶を読んだのか? だったら分かるハズだ。俺には、元の世界でやり残したことがある。そいつを放りだして、こんなところでキサマのような奴と組む気なんぞさらさらない」
「我は仮にもいにしえの時分、大魔王と呼ばれた存在。悪いようにはせんぞ?」
 光は誘うように揺れる。
「……もし俺が本当に魔族だとして、世界征服をするとしてもだ。それを他人の力に頼って成し遂げるなんぞ、まっぴらごめんだ。どうせやるなら自分の力で実行してみせるぜっ」
「ふん、でかい口を叩きおる。では我は、とりあえずおまえの目的を邪魔させて貰おう。キサマが自分で言った言葉、自分で示してみせるがいい」
 しばしその言葉の余韻を響かせると、謎の光は消える。
「………大魔王か」
 バレットは妙に頭にひっかかる単語を反芻しながら、手探りで歩き始めた。


「バレットぉ〜」
 マリアたちは、交代交代にバレットの名前を呼びながら洞窟を奧へ進んでいた。
 バレットが落ちていった落とし穴が、軽い傾斜をかけて奧に続いていたことと、トリーシャのロケーション(位置探知の魔法)が彼の位置を洞窟の奧に見つけたからだ。
 やがて周りの石材自体が淡い光りを発するものに代わり、さらにいくつかの分岐を経た後、彼女たちは分岐に立つバレットの姿を見つけた。
「バレットっ☆」
 まっすぐ彼に駆け寄るマリア。
「よう、遅かったな」
「……心配したんだからっ!」
「俺はあれくらいでくたばるようなタマじゃない」
 とぼけるバレットにマリアは真剣に怒る。バレットは純粋に自分を心配してくれるマリアを、多少戸惑ったように見て答えた。
「なんであんたが謝るのよ」
「………すまん」
「またっ。…………こっちこそ、助けてくれてありがと」
「………お熱いね」
 いい加減、場の雰囲気に耐えられなくなったのか、エルがちゃちゃを入れると、慌てて二人は離れたのだった。


 さらに洞窟を進むと洞窟は結構広い空間に出た。天井には一部穴が空いていて、そこからは、かなり高くなった日差しが射し込んでいる。
「やばいね………」
「大丈夫っ、急ぎましょ☆」
 今日の夜には、エンフィールドに戻っていなければ儀式には間に合わない。そう言うとマリアは、空洞の反対側に見える洞窟の入り口に向かって歩き出す。
「………待てっ!」
 無防備に歩き始めたマリアをバレットは制止する。見ると目の前の空間をわたって、次々とデーモンがわき出てくる所だった。デーモンの発生は止まらず、こうしている間もどんどん現れる。
 一行は慌てて空洞の入り口まで戻ったが、押し寄せるデーモンと戦う羽目になってしまった。武器をふるうバレットと無手を振るうエルに、魔法を使うトリーシャ、マリア。だがデーモンの数はまったく減る様子を見せない。
「これじゃ、きりがないよっ」
 トリーシャが攻撃魔法を放ちながら言う。エルはもちろんだが、バレットも意外に健闘していた。彼は意外に実戦慣れした太刀筋で確実に相手を屠っていく。
「ぜんぜん減らない〜☆」
「………ちっ………」
 バレットは近くいたデーモンを一刀で切り捨てると、そのままエルに襲い掛かろうとしていたデーモンを切り伏せる。
「……いつまでもこんな事をしている時間はないっ。このままさっきの空洞を突っ切るよ!」
 エルは覚悟を決めたように叫ぶ。
「……うん。それじゃ、ボクが少し大きいのを使うからその隙に……」
「解ったっ!」
 エルは返事をするとバレットを下がらせ、自分もトリーシャの側まで下がった。
「すべてを貫く猛き刃よ。我が手に集いて力となれっ……。ニードル…スクリームっ!!」
 トリーシャのかざした手の平からは無数の閃光がほとばしり、立ちふさがるデーモンたちをなぎ倒していく。
「行くぞっ!」
 自分に気合いを入れるとバレットは、魔法が作った道を先頭切って突き進む。
 エルが応じ残りも続く。そしてエルとバレットは少し傷を負ったが、なんとか空洞を突っ切って反対の洞窟に入る事が出来た。だが際限なくわき出るデーモンのため四人は、またそれらと戦うことになる。
「……マリア。おまえとバレットは先に行けっ!」
「えっ?」
「こんなところで時間を食ってる場合じゃないだろ?」
「……そんな……そんなこと出来ないよっ」
 マリアがとまどっていると、トリーシャは自分の持っていた地図をマリアに手渡す。
「もう時間がないよ。薬草を手に入れたら、ボク達にかまわず町に戻ってっ」
「……早く行けっ。こんなザコくらい、いくらいようと、アタシの敵じゃない!」
 バレットはマリアの決断に任せる気のようだ。
「トリーシャ、エル……分かった。二人とも絶対死んじゃやだからねっ?」
「……………すまん」
 二人に声をかけるとバレットは、先行したマリアの後を追った。

 さらに地図通り進むと、なだらかな傾斜が続いた後、洞窟はかなり高い山の斜面の中腹に出た。そこは中腹に張り出した、狭い天然のテラスの様になっている。真っ赤な夕焼けが、山の稜線に沈んでいくのが見えた。
「コレだな」
 魔術師ギルドの図鑑で見せられたのとそっくりの薬草を見つけバレットは、早速採取する。
「見付かって良かった」
「…………遅かったな」
  しかし突然、マリアの眼前の空間が陽炎のようにゆがみ、鬼火のようなものが現れる。そして、衝撃波のようなものでマリアを吹き飛ばした。
「……きゃぁぁぁぁぁっ!」
「マリアっ! 大丈夫か?」
 駆け寄ったバレットは、そのまま吹き飛んだマリアに駆け寄り助け起こす。
「………うっ………うん……」
 何とか返事をするがマリアは、そのまましゃがみ込んでしまう。
「大魔王たる我にでかい口を叩いたのだ。少しは楽しませて貰うぞ」
 その物体の宣言と共に再び空間がゆがみ、そこにどこか獣を思わせる、巨大な人型のデーモンが出現していた。その物体はそれの中に消えていく。
「くっそぉーーっ!」
 バレットはマリアをその場に残すと剣を構えて突進する。右手のカギ爪の攻撃をかわすと、右腕の付け根に強烈な一撃を放った。
 しかし、その一撃はデーモンの強固な装甲にはじき返されてしまう。そして、驚きの声を漏らすバレットへ左の腕の攻撃が入った。もろに喰らうとバレットは吹っ飛ぶ。
 そこにデーモンの口から火炎弾が打ち出された。かろうじて避けるバレット。
「バレット、がんばってっ!!」
 マリアは叫びながら魔法を解き放つ。
「……すべての力の源よ……我が手に集いて猛き破壊の槍となれっ! アイシクル・スピア☆」
 少し間を置いて、デーモンの左肩あたりで青い閃光が爆発する。バレットはデーモンとの間合いを一気に詰めた。
「喰らいやがれぇっ!」
 そして、気合いとともにデーモンの右目に剣を突き刺す。
「ぐぉーーっ!」
 よけ損なったバレットをはじきとばすとデーモンは、痛みのためか絶叫を続ける。そして、動きを止めると目に剣を突き立てたまま言葉を発した。
「………ふん、この程度か。魔族の青年よ、おまえには失望した。そろそろ消えてなくなってしまえ」
 抑揚のない声でそう言うと、あたりに低い聞き取りにくい詠唱が流れる。しばしあってそれは破壊の炎となって二人に襲い掛かった。すさまじい爆発を伴った火炎は、あたりを焼き尽くす。あたりに生えていた草花は無惨に焼き払われ、嫌なにおいが立ち上る。
 しかし、二人は不思議な光に守られて全くの無傷だった。見るとマリアが首から下げていた、あの首飾りが淡い光りを放っている。
「シーラの首飾りが……」
「ふん、生意気にも結構強力なマジックバリアーではないか。だが……無駄だ!」
 そういうとデーモンは再び詠唱に入る。今度はさらに強力と解る魔力が集い始める。
「まずいっ! あんな強大な魔力で発動した魔法なんか防ぎようが……」
 バレットはマリアの方へ視線をやる。マリアにもそれが解るのか、言葉もなく震えていた。
「………こいつを道ずれになんか出来るかっ! ……俺はこんなに弱かったか? 女の子一人守れないほどに?」
 怒りとともに自問自答するバレット。その脳裏に、こっちの世界に来てからのことが流れる。そしてあの謎の既視感の様な物。
「………待てよ。どうして、俺にも魔力を感じられるんだ? また記憶が戻ってやがるのか?」
 少なくともバレットは、この世界に来てから魔法を使ったことは亡かった。また、いままで自分が使えるとも思わなかったのである。
「……なら…………やるしかないっ!」
 脳裏での瞬間の議論を結論づけると、バレットはおびえて動けないマリアに叫んだ。
「おい、マリア?」
「……………」
「しっかりしやがれっ!!」
 返事のないマリアの頬を、バレットは軽くひっぱたいた。
「……バレットぉ。ごめん、マリアが呼び出しちゃったばっかりに……」
「……何言ってやがる。簡単に諦めてんじゃねえよ。どうやらまた記憶が戻ったらしい。今から俺様が、とっておきの魔法を試してやる」
 バレットはそこで言葉を切ると、マリアがうなずくのを待って再び続ける。
「ただ俺は、この世界の魔法の法則が分からねえから、魔力がうまく集められない。だからおまえは、俺と一緒に呪文を詠唱しながら、制御できなくてもいいから全力で魔力を集めるんだ。あとは俺が何とかする」
「……駄目、マリアにはそんなのできないよ」
「良いか、よく聞きやがれ。俺様が見た限り、おまえが魔法を使うときに欠けてるのは心だ。曖昧な気持ちで発動させた魔法は、絶対にうまくいかねえ。なんでもいい。なにか具体的な願いを強く持ってやってみろ!」
「……………うん」
 マリアはようやくうなずく。デーモンは不気味な光を放ち始めた。
「良いか、行くぞっ………………」
 二人は並んで立つと、バレットはマリアのつきだした右手に自分の右手を重ねる。マリアは自分を落ち着けると、バレットの唱え始めた呪文に続いた……。
「この世に流れし……始源の力の奔流よ……
 その流れのままに……すべての物をうち砕けっ……!」
 マリアは集めた魔力を必死に制御しながらバレットに集める。
「……お願い、バレットを……あたし達を守って!!」
 デーモンの放った巨大な闇の球が、マジックバリアを粉砕した瞬間、二人は最後
の言葉を唱えた。
「ヴァニシング・レイっ!!」
 瞬間、マリアの右手からまばゆい光の奔流が流れ出す。
 それは、デーモンの魔法をたやすく押し流した。そのままデーモン本体をもその光の中にかき消すと、眩い光があたりを覆い尽くし……消えた。


「…………やったぁ☆」
 マリアは思わずバレットに抱きつく。
「ふん、俺様の力を持ってすればこんなことはなんぞた易い」
「……どしたの、バレット?」
「ん、いやなんでもない」
 いつもと違うバレットの反応に少し引っかかるマリア。それに気がついたバレットは、慌てて平静を装う。
「…………よくやったの。我が眷属の若者よ」
 声の先には、先どとはうって変わって弱々しい光。
「キサマ、まだやる気か………?」
「………そうではない。我はいにしえにこの地に召還され、朽ち果てた亡霊。よ
りしろを失った今となっては、やがて消え去るだけだろう………。だがその前に
おまえに褒美を取らせてやろう」
「……褒美?」
「そうだ。おまえを元の世界に帰してやろうというのだ。我が、帰還の秘術を生み出ししは、肉体を我が肉体を失いし後のこと。我が存在の証としておまえは元の世界に帰るがいい。いにしえには大魔王とまで呼ばれた我の最後のわがまま、聞き届けてはくれんか?」
 もうあたりは見通せないほど闇が濃い。今から夜明けまでにエンフィールドの戻るのは絶望的だ。元の世界に帰るつもりならば、おそらくコレを逃せばチャンスはない。そう判断した二人は、その申し出をありがたく受けることにした。


「…………バレット?」
「ん?」
 バレットはさっきのごたごたで自分の名前を思い出していたが、敢えて訂正はしなかった。マリアにとっての自分はバレットで良い、そう思ったからだ。
「……また……………会えるよね?」
 たくさん言いたいことがあるハズなのにマリアは言葉が出なかった。
「……さあな。楽しかったぜ、こっちにいた時間」
「急げ。そろそろ月が隠れてしまうぞ」
「……そうだっ。マリア、おっきくなったら絶対凄い魔導師になって、もう一度あんたを召還してあげる。ちゃんと帰れれば、マリアに会いに来ても大丈夫でしょ☆」
 自分でもどうしてよいか分からないほど、涙があふれるマリアはそう言うとバレットに抱きつく。
「ああ」
「………………」
 そう言うとバレットはためらったあげく、マリアの額に軽くキスをする。バレットが唇を離すと、マリアはゆっくりとその場に倒れ込んだ。
「記憶を消したのか?」
「……俺の事は忘れた方がいい。こいつの心の中にいる、『バレット』はもういないんだからな。あのトリーシャとか言うガキなら、魔法でマリアの居場所もすぐ見つるだろう。問題は無い。行くぜ」
 魔族の青年はゆっくりマリアを横たえる。
「よし。それではおまえがさっき取った薬草を絞って一滴、体にかけろ」
 彼が言われて通りにすると、突然もの凄い爆発音を皮切りに、巻き起こる激しくまぶしい光の奔流。それは次第に収束すると、光の魔法陣を描き彼を境界門へと誘う。激しい光が止んだ時、そこに彼の姿は無かった。
 そして、代わりにその場にはあるまの姿が現れる。
「……魔宝か。アイツは良い仲間と旅をしてんだな」


 数日後の朝。
「あぁ〜もう〜。また遅刻だよ〜☆」
「また、マリアが遅かったからいけないんだ。ボクはちゃんと時間通りに待ってたのにっ……」
 起き始めたエンフィールドの町を、二人の女の子が走っていた。
「ぶー、あたしのせいじゃないよ〜? 今朝もパパが危険だからこれからは、ガードマンを付けるって聞かなかったんだからっ☆ 外に居るときまで、そんな物につきまとわれたら息が詰まっちゃうじゃない」
「はぁ……ほんとに相変わらずだね……」
 トリーシャは諦めたようにため息をつく。
「よーし、こーゆーときは……瞬間移動の魔法だよっ☆」
 そう口にしたマリアの脳裏に一人の青年の姿が浮かぶ。彼女にはもう誰だか分からないが、その姿は彼女をなんとも言い難い気分にさせた。
「…………やっぱ辞めとこ」
「……へっ?」
「さっ、急がないとほんとに遅刻だよっ☆」
 もはや止めるのを諦めていたトリーシャが間の抜けた声を出す。そしてマリアは、あっけにとられるトリーシャを置いて走り出したのだった。





中央改札 悠久鉄道 交響曲 感想 交響曲