中央改札 悠久鉄道 交響曲

「なによっ、この怪力エルフっ!」
「なんだと、魔法バカ娘」
 金髪の両お下げにまだ幼さを色濃く残す少女と、緑色の髪に前髪の一房だけ黄色のメッシュの入った、鋭い目つきが印象的なエルフの女性は怒鳴りあっていた。
「ふんだっ。エルフのくせに魔法が使えないなんて、サイテー☆」
「暴発させまくってる奴に言われたくないねっ!」
「むかーっ☆ 許さないんだからっ!」
「……許さなければ、どうするんだ?」
「決まってるでしょっ、必ず殺すと書いてひっさぁぁつ☆」
 いつもの事なのか、やれやれと肩をすくめたエルフの前で少女は魔法の構えをとる。
『かーまいん・すぷれっどっ☆』
 しかし、かけ声と共に少女の前に現れた黄色い魔力の塊に、余裕を見せていたエルフも顔色を変える。
「おいっ、町中でそんな魔法使ったら……」
 しかし魔法に集中しているのか少女に気がついた様子はない。そのまま完成した魔法はエルフへ放たれた。黄色い輝きを主とした膨大な魔力の奔流は一気に突き進む。
「くっ……」
 押し寄せる魔力の生み出す衝撃波とそのプレッシャーで、悲鳴を上げかけたエルフにその魔法が肉薄する。……しかし、次の瞬間、強大な破壊の魔力は宙に消えた。
「あれっ☆」
 それを見ると人差し指を頬に当て、かわいく小首を傾げる少女。
「……おまえ、自分でも発動するとは思ってなかっただろ?」
「ぶー☆ せっかく珍しく発動したのに〜。何処へ消えちゃったのよ〜?」
「……頭痛くなって来た」
 頭に手を当てるエルフの後ろで、ほうきを片手に突っ立った青年が、おもむろに口を開く。
「……そいつは、俺のセリフだ」
「掃除、やり直しね。地面もならさないと不味いかしら……?」
 青年の言葉を受けるように黒い長髪で落ち着いた雰囲気の少女は、近くの木に立てかけてあったほうきを手に取る。
 少女の魔法は、彼らが早朝から掃き集めていた公園の落ち葉をすっかりまき散らしただけでなく、所々地面に穴を穿っていた。

 
「訪問者」 T.M(MAIL)

 大陸の辺境にエンフィールドと呼ばれる街がある。かつて戦乱より復興したというその街は、今やそれが幻であったかのような平和を享受していた。
 街の側にはローズレイクと言う湖がある。豊かな陽光が注ぐその湖面は眩しく輝いていた。ゆっくり吹き抜ける風は程良く暖かく心地よい。そんな午後の事。

「えっ、ほんとっ?」
「ああ、魔術師ギルドが直々に魔法を教えてくれるそうだぜ。そこで、俺が遣いに出されたという訳さ」
 おなじみ大衆食堂さくら亭には、金髪の両お下げの少女マリア・ショートと、自警団の熱血野郎アルベルト・コーレインが居た。二人を知る者ならば、珍しい組み合わせと気が着いただろうが、あいにくとその場には誰もいなかった。今の時間さくら亭を預かっている少女−パティは、夕方食堂に出すメニューの下ごしらえに忙しい。
 使い込まれて年期が入った店内は、陽光の注ぐ外と比べると少し薄暗かった。ここはエンフィールドでも指折りの知名度を誇る大衆食堂で、二階は冒険者向けの宿屋も兼ねている。たくさんのテーブルや机の並んだ一階の食堂の奥の一角で、アルベルトとマリアはなにやら話込んでいた。
「ふっふっふ……ようやくマリアの実力に気がついたのねっ☆」
 マリアが魔術師ギルドに入れて貰おうとして門前払いを喰い続けているのは、エンフィールドの一部の地域では割と有名な事実である。
「とにかく、さっさと来てくれ。こっちは急いでるんだ」
 話の内容の割には何故か真剣なアルベルトは、さっさと立ち上がるとマリアを促す。
「うんっ☆」
 返事一つで飛び上がるように立ち上がったマリアは、そのままアルベルトについてさくら亭を出る。急に差し込む陽光に、少し視力を失いながらも彼女はどんどん進むアルベルトの後を追いかけた。
「マリア、待てっ!」
 不意にかかった声にマリアは背後を振り向く。そこにはジョートショップで働く青年−あるまの姿があった。
「……あるま?」
 マリアの言葉に、あるまはぎこちなく微笑むと彼女に走り寄る。
「……なんだ、あるま。こっちは急いでるんだ。邪魔しないで貰おうかっ!」
 そのままマリアとアルベルトの間に入ったあるまに、怒鳴るアルベルト。
「こっちも急用でね。マリアは貰っていくぞ」
 そう言いマリアの手を引きかけたあるまに、アルベルトはいきなり槍を突きつける。
「怪我をしなくなければ、邪魔をするなっ!」
「……おまえの反応。どうやら、トリーシャちゃんが言っていたのは本当の話のようだな」
 あるまの言葉に、アルベルトはそのまま無言で槍の尻での突きを見舞う。アルベルトの性格を示すように、わかりやすく急所だけを狙った連続攻撃。その鋭い突きをあるまはなんとか素手でしのぐ。
「邪魔をするな、あるまっ。貴様、せっかく保釈になったのにまた捕まりたいかっ?」
「余計なお世話だ。一番捕まえたがっている奴に言われたくないねっ」
 アルベルトの連撃のうちの一発をかわしたあるまは、その槍を少し強めに外側にはじく。そしてそのまま一気に間合いを詰めた。その一歩にあわせた掌底の一撃に、アルベルトは地面にしゃがみ込む。地面に落ちた槍がやけに大きな音を立てる。それを確認したあるまはそのままマリアの手を引いて走り出した。
「……まっ、待てこのままじゃ、エンフィールドは……」
「ちょ、ちょっと、あるま。マリアはこれからギルドに魔法を習いに……」
「説明は後だ。いいから走れっ」
「うっ、うん……」
 状況はともかく、しっかり握られたあるまの手の温もりにちょっとどきどきするマリア。とりあえず二人は一緒にその場を後にする。


 しばらくしてエンフィールドの街は、ちょっとした戒厳令状態になっていた。町中にマリアを探す自警団の姿があり、人々はそのただならぬ様子に不安を感じていたが、その事で自警団からはなんの発表もなかった。マリアがトラブルの元になるのはいつもの事だったが、ここまで大事になったのはさすがに初めての事だった。いろいろな憶測が飛び交い、あちこちでまことしやかな噂がささやかれた。
 一方当事者のマリアは。
「ふぅ……なんとかたどり着けたな」
「ここって……シーラの家……? ねえ、あるま。一体何があったのよっ?」
 あれから何度も自分を捜す自警団の姿を目にしたマリアは、さすがに焦っているようだ。注意深く辺りを見回しながらあるまは、裏道からシーラの家の敷地に入り込む。
「とりあえず、シーラに中に入れて貰おう」
 シーラの家の裏口を軽くノックするあるま。
「……来たかい」
 あるまにとっても意外な事にドアを開けたのは、魔法の使えないエルフことエル・ルイスだった。エルは素早く二人を中に招き入れる。使用人を遠ざけた一室に案内されると、そこには落ち着いた黒髪の少女−シーラ・シェフィールドが待っていた。

「……どういう事なんだ? アタシの店にも自警団の聞き込みが来た。『マリアは何処だ?』ってな」
「ええ、うちにも来たわ。マリアちゃんを見かけたら、すぐ連絡してくれって」
 あるまは現在、とある事情でシーラ、エルとマリアを含めた三人にジョートショップを手伝って貰っている。その関係で真っ先に自警団が行ったのだろう。
「マリアに解る訳ないでしょっ☆ いきなり、こんな状況になっちゃって……」
「また、魔法でなにかぶっ壊したんじゃないのか?」
「そうかも……って、余計なお世話よっ!」
「なんだと、人がせっかく考えてやってるのに!」
 いきなり口喧嘩を始める二人に割って入るあるま。
「口喧嘩してる場合じゃないだろ。とりあえず、俺が解ってる範囲内の事を説明する」
 無言で6つの瞳を確認したあるまは続ける。
「これは、さっきトリーシャに聞いたんだが……。どうやら、魔術師ギルドに高位の魔族が来ているらしい」
「魔族ですってっ……!?」
 声を上げたシーラを軽く目で制するあるま。
「その魔族は、なんでも魔術師ギルドにマリアを名指しで怒鳴り込んで来たらしい。それで連中は必死にマリアを探しているんだそうだ」
「マリアちゃんに文句って……」
「……本気で怒ってるとしたら、不味いな」
「そう。実力行使……つまり命に関わる可能性もありうる」
 あるまは落ち着いた声で自分が考えていた結論を口にする。
「そ、そんな……」
 たちまち泣きべそになるマリア。暫し部屋は重い沈黙に包まれる。
 窓の外はもう暗くなり始めていた。二階に位置するこの部屋からも、街に点り出す外灯の明かりが見える。窓から見える範囲には誰も居ないようだ。それを確認すると、あるまはなんとなく安心する。
「でも、なんでマリアちゃんに用があるのに、自警団が総出でマリアちゃんを探したりするのかしら……?」
「シーラ、これは別に脅してる訳じゃないんだけど……」
 そう言うとあるまは言葉を続ける。
「一般に言われる高位魔族の力って言うのは、簡単に街一つを丸ごと消せるくらいの物はあるんだ」
「……つまり、マリアが魔族の前に現れなかった場合、エンフィールドごとこの世からなくなる可能性もある……って事か?」
 蒼白な顔で呟くエルにゆっくりうなずくあるま。
 再び沈黙に包まれる部屋で、不意にマリアは立ち上がる。
「どうしてっ? マリアが一体なにをしたって言うのよっ!」
 そう叫ぶと、彼女はドアの外に姿を消した。
「マリアちゃんっ」
「なあ、あるま。どうにかならないのか? このままじゃ……」
「解ってるっ!」
 あるまの強い声に体を強ばらせるシーラ。
「……ごめん。でも、俺にもどうしようも……」


 しんと静まり返った薄暗い部屋の隅でマリアは一人じっとしていた。その部屋は窓の多い広い部屋だった。もう外はすっかり暗くなったようだ。目を凝らすと薄暗闇の向こうの部屋の真ん中辺りに、立派なグランドピアノが見えた。
 ……マリアがなにをしたって言うのよ。
 ピアノは何も答えなかった。暗闇の中の黒く巨大なソレは、なんだか自分を狙う動物のようにも見える。
 ……マリアが魔法でみんなに迷惑をかけているのは、事実なのかもしれない。だけど魔族なんて……。
 魔族。
 それは異界に住みし強大な力を持つ物。遠い戦乱の時代には召還術に長けた魔術師達に呼び出され、戦いの場にも赴いたと言われる。
 その魔族が自分を狙っている。なまじ魔族の恐ろしさを知識として知っているだけ、それを考えることはマリアにとって耐え難い恐怖だった。
 ……でも、マリアが行かなきゃエンフィールドが…………。
 なくなるかもしれない。
 不意にマリアの脳裏にあるまの顔が浮かぶ。
 ……エンフィールドがなくなったら、あるまも死んじゃうかもしれないんだ。ううん、あるまだけじゃない。おじいさまも、アリサおばさんも、シーラもエルも……マリアのせいで…………。
 そんな事は絶えられなかった。
 ……行こう。それでみんなが助かるなら。魔法はみんなを幸せににするものなんだもん。もし、マリアの責任だったら、それはマリアがとらなきゃ。
 暗闇の中、マリアはゆっくり立ち上がると玄関に向かった。

「……どこに行くんだ?」
 裏口の扉にマリアが手をかけたところで、後ろから声がかかる。
「……魔術師ギルドよ。マリアが行かなきゃ、エンフィールドはどうなるか解らないしっ☆」
 そういうとマリアは無理に笑って見せる。
 歩み寄って来た人物−あるまは、そのままマリアを抱きしめる。
「自分の魔法でこのエンフィールドがなくなっちゃうかもしれないなんて、絶対に嫌だもんっ! だから……だからっ……」
 涙声のマリアは、自分を抱きしめてくれる優しい温もりがひたすら嬉しかった。目からはこらえていた涙がこぼれ落ちる。
「なあ、マリア。この世で一番辛いことはなんだと思う?」
 そのままあるまは優しい声で呟いた。
「……死んじゃう事……かな」
「俺は、耐えることだと思う。どんな状況でも絶対、自分を諦めないこと。どんな時でも自分で自分を裏切るな」
「諦めないこと……」
 涙に潤むマリアの瞳を見るとあるまは続ける。
「おまえはこの世にたった一人しか居ないマリア・ショートなんだぞ。そのおまえが、自分を諦めてどうする」
「でも、マリアが行かないとエンフィールドは……」
「マリアがいなくなったら、死ぬほど悲しむ奴が最低一人はこの世にいるんだ。そいつの事も考えてくれよ」
「あるま……」
「そんな顔するなよ。おまえは俺が守ってやるって」
 そこでマリアはゆっくりあるまを離す。
「……まさかっ」
「マリアが自分を諦めなければ、俺もマリアを諦めない。……道理だろ?」
「高位魔族の力は知ってるでしょ? 勝ち目はないし、あるままで……」
 あるまは魔族と戦うつもりだった。
「どうせ、おまえに何かあったら今回は生き延びても、無理矢理にでもそのうち挑む事になるんだ。早いか遅いかの違いだけ、気にすることはないさ」
「あるま……」
 マリアはそのまま再びあるまに抱きついていた。その優しい温もりを一瞬でも長く感じていたくて。
 不意に、真っ暗なはずの窓の外に明かりが点る。
「あるま、後ろっ!」
 二人が注意深く窓からのぞき見ると、シーラの屋敷を自警団が取り囲んだようだった。
「……ようやく、おいでなさったようだな」
 やはり唐突に少し離れた廊下に現れるエル。
「ちょ、ちょっとエル。何時から居たのよっ!」
「ま、適当に想像して貰ってかまわない。ちなみにアタシは、他人の不幸の上に生きるのは趣味じゃないんでね。一緒につき合わせて貰うよ」
 慌てまくるマリアにいつも通り返すエル。脇のシーラも外を気にしながら口を開く。
「とりあえず、抜け穴の準備はできたわ……」
「行くか……エル、マリア」
 無言でうなずく二人。
「あ、あの、あるまさん……。私は……」
「シーラはここに残ってくれ。自警団が入ってきたとき、さすがにシーラがいないとごまかしようがないだろ?」
 今日もシーラの両親は留守である。もっともそのおかげで、マリアが逃げ込むことができたのだが。
「……解ったわ。気を付けてね…………」
 内心ついて行きたかったのだが、シーラはそう答えるとうつむいた。


 少し空気が冷たい。なんでシェフィールド家から直通で魔術師ギルドへの抜け穴があったのかは謎だが、とりあえず三人は魔術師ギルドの裏庭の一角にたどり着いていた。視界が遮られていて、ここからは表の様子は全く解らないが、おそらく相当の警戒が敷かれているのだろう。あるまには相当の数の人間の気配を感じ取ることが出来た。
 辺りは真っ暗だった。マリアは注意深く明かりの魔法で白く輝く球体を中に浮かべる。
 実は、おとなしく自警団に捕まって、魔族に会うという手もないではなかった。しかし、彼らに魔族に戦いを挑むと悟られた時、おそらく自警団や魔術師ギルドはそれを許さないだろう。わざわざ抜け穴を通ってきたのはそう言う事情もあったのだ。
「凄い警戒だな。……どうする?」
 低くエルが呟いたところで、不意に少し離れた森の入り口あたりに何かの気配が生じる。あるまの視線に残りの二人もそれに気がつく。マリアは即座に明かりの球体をそっちへ飛ばす。それに照らし出された人影は、漆黒の闇を思わせるローブを着た細身の老人だった。
「……魔法を使ったので解ったわい。お主がマリアじゃな?」
 その声はごく普通の老人のようだった。意外に柔らかいその言葉を合図にするように、軽く構えたエルは一気に距離を詰める。
 あるまも、自分に『イフリータ・キッス』(攻撃力増強)をかけると剣を抜く。見た目はただの老人だ。しかしエルの鋭い蹴りをなんなくかわした動きは、やはり並の物ではない。そのまま老人は体勢を崩したエルの足を軽く払う。そのエルへの追撃を阻むようにあるまの剣が老人の肩口を狙った。
 あるまとエルの二人が全力で注意を引きつけている間に、マリアの全力の魔法を叩き込む。これが三人で考えた末の作戦だった。普段ならば問題外の作戦だ。しかし残りのメンバーが、魔族に対しての決め手となる強力な攻撃魔法を持たないエルとあるまの以上、仕方のない事でもあった。
 二人が老人に攻撃を始めてすぐマリアは魔法の詠唱にかかる。しかし、いつになく緊張してうまくいかない。
 ……うまくやらなきゃ! マリアのせいなんだもん、負けられないっ☆
 あるまの剣をかわした老人は、がら空きのあるまの背中を軽く突き飛ばす。地面から起きあがったエルは老人に足払いをかける。しかしやはりかわされてしまう。
 一方マリアはまた詠唱の途中で失敗してしまう。一方、再び攻撃をかわされたあるまは、その剣をエルに当てそうになってしまった。どうにか逸らしたもののあるまは、老人の前で無防備に立ちつくすことになってしまう。老人が手をあるまの方へ向ける。
 ……あるまが、やられちゃうっ。
 そう思った瞬間、マリアは自分の周囲に強力な魔力のフィールドが現れたのを感じた。
 ……絶対あるまは助けるのっ! 
『我に宿りしすべての力よっ……
 いっけぇぇぇ☆』
 型どおりの手順をすべて無視したマリアは、破壊のイメージを浮かべ持てる魔力のすべてを集めると、それを老人に向けて叩きつける。かざした右手に収束した青い光は、徐々に強くなると、マリアの願った通りに老人で迸った。破壊のイメージをそのままに具現化したその強力な衝撃波は、とっさにあるまを突き飛ばした老人に命中すると、もの凄い爆発を起こした。
 その影響で、直後マリアの視界は土埃でなにも見えなくなる。
「あるま〜っ、エルっ!?」
 叫ぶがマリアにはそれ以上近づけなかった。やがて視界が晴れる。
「随分とご挨拶だの……」
「……!?」
 魔法が炸裂した辺りの地面は、老人の立っていた辺りを頂点に、マリアと老人を結ぶ直線の延長上の方向へ放射線状に穿たれていた。視界のほとんどの木々は、すべて倒れたり消滅したりしている。しかし……老人は、さっきのままの体勢でそのまま同じ場所に立っていたのだった。

「しかもいきなりあんな魔法を使ってくるとは……。儂はともかく、おまえさんの知人の方は危なかったぞぃ」
「どうして……どうして効かないのよっ!」
「そうは言われても……のぉ。確かに、人間にしてはなかなかの威力ではあったが、儂に怪我をさせるには少し力が足りんかったかのぉ……」
 叫ぶマリアに老人は困ったように顎髭に手をやる。
 不意にマリアの脳裏を、高位魔族について記述されていた教科書の一説が流れる。
『その力は強大にして、その体は強力な魔法にすら耐える』
 あるま、御免っ……。
 力無くその場にしゃがみ込むマリア。
「ま、こんな所じゃろ。まだやるかのぉ?」
「……マリアはここに居るよ。だからお願いっ。他のみんなは助けて!」
 老人の言葉にマリアはうつむいたまま叫ぶ。
「……ん? どういう意味じゃ? 確かに、儂が用事があるのはマリアという少女じゃが……」
「一体……マリアになんの用なの?」
 覚悟を決めたのか、マリアは顔をあげると老人の方を向く。
「いや……ただ、お礼を言わせて貰おうと思って来たんじゃが」
「……へっ?」
 ……礼?
「少し間の事じゃがの、喉に餅を詰まらせた事があっての。死にかけた所を空間を越えてきた攻撃魔法が、背中に当たったんじゃ。魔力の波動というのは術者ごとに固有の唯一の物。消えかかる魔法の波動を辿り、それの術者を探して、それがこの街に住むマリアという少女という物と所までは解ったのじゃが、何処の誰かまでは解らなかったのでの。ここの魔術師ギルドに頼んだ訳なんじゃ。ところがどう曲解されたのか、やたら大事になってしまっての。困りかかっていた所におまえさんが現れたという訳じゃよ」
 ……この間の『カーマイン・スプレッド』っ?
「それじゃマリアを襲ったり、エンフィールドを吹き飛ばしたりもしないっ!?」
「当たり前じゃ。おまえさんがこの街を吹き飛ばすことを望むなら話は別じゃがの。……なんぞ、信じられておらぬようじゃのぉ」
 そう言うと老人は楽しそうに笑う。
「信じられる訳ないでしょっ☆ それじゃ、どうしてマリア達を攻撃したのよ」
「それは、お主達が、先に問答無用で攻撃してきたからじゃろうが。ちゃんと、大怪我には至らんように、心がけたつもりじゃが? 『魔族とは常に恐れられる物でなければならない』と信じる若い魔族もおるでの。ほんの挨拶みたいなものじゃわい」
「嘘よ、騙されないんだからっ☆」
「……困ったのぉ」
 不意に老人の側に倒れていたあるまが体を起こす。
「マリア、どうやらこの人……いや、魔族だけど……面倒だからいいか。とにかく、言うことは本当のようだぜ」
「あるま、無事っ?」
 魔法の余波に巻き込まれかかったのか、ゆっくり起きあがろうとするあるまに駆け寄るマリア。
「考えたら、俺もエルもこの人からは大した攻撃は受けてない。最後のマリアの魔法の時に至っては、俺を魔法の直撃から避けさせてくれたし」
 そう言われてみれば、マリアの目から見てもそうだった。攻撃を入れる隙はいくらでもあったのに、どちらもダメージらしい物は受けていた様には見えない。再び物音がすると、少し離れたところでエルが体を起こす。
「……信じて貰えたかの?」
「う……ん……」
「改めて礼を言わせて貰うぞい。わざわざそのために来たんじゃからの。さて、なにか望みがあれば、儂の出来る範囲で聞くぞぃ?」
 ふと耳を澄ますと、マリアには自警団や魔術師ギルドの人間が騒ぐ声が聞こえた。そして、脇のあるまの顔を見る。とりあえず安堵した表情で、マリアの視線に首を傾げるあるま。
「マリアとあるま以外の人から、今日の一日の記憶を消してっ☆」
「……そんな事で良いのかの?」
「うんっ。マリアは多分、今幸せだよっ☆ それにほんとに欲しい物は自分で手に入れた方が面白いし」
 ……それに、今日の事があるまと二人だけの秘密になるんだもん。
「解った……」
 老人がうなずくと、外から聞こえていた喧噪がいきなり止む。そしてマリアの魔法の余波で派手に破壊されていた森が、いきなり復元した。
「エル、とか言ったかの。もう一人の娘には家で眠って貰った。こんな所かの?」
「うん、ありがと」
「それじゃ、儂は帰らせて貰うとしよう」
「待った、名前くらい聞かせてくれないのか?」
 思い出したようなあるまの言葉に、顎に手をやる老人。
「そう言えば名乗っておらなんだかの? 儂は、オーディと言う。それじゃ、元気での……」
 そう言うと、オーディはその姿を消した。

 数日後。
 その日もエンフィールドは穏やかに晴れていた。
「……でねっ、びっくりしちゃったんだけど」
 大衆食堂さくら亭の食堂の一角で、マリアとあるまは小声でなにかを話し合っていた。もっとも、時間がら他の客の姿はなく小声にする必要も大してなかったが。
 無言で合図を頷くマリアは話を続ける。
「オーディっていう名前の魔族って、実は割と大物なのよっ☆ 魔族について扱った本を調べてみたら、どのほんにもちょこちょこって載ってて」
「……なるほどな。にしても未だに俺は、あんなに友好的な魔族なんて信じられないぜ。他の人間も綺麗さっぱりあの日の事は忘れているし」
 そんな会話をしていると、あたりにいきなり黄色い声が響く。
「あーっ、あるまおにいちゃんだ」
 そこにはピンクの長い髪にリボンの似合った少女−ローラが浮いていた。彼女は何故か精神体で、壁抜け、浮遊なんでもござれの便利な娘である。
「……よぉ、ローラ」
 軽く挨拶をするあるまに、そのまま二人の側にやってきたローラは、いきなり目を輝かせるとあるまを見る。
「ねぇねぇ、シーラおねえちゃんとデートしてたって……ほんと?」
「……はっ?」
 きょとんとするあるまを余所にローラは続ける。
「ラ・ルナの側で雑貨屋さんをやってる家のおばさんに聞いたもん。二人が一緒にラ・ルナに入っていく所を見たってっ」
 ラ・ルナというのは、ちょっと高級なレストランの事である。結構高いらしい。そこで奇妙な気配に、ローラから視線をマリアに戻したあるまは、思わず後さえずる。
「……ちょぉぉぉっと、あるまっ☆ その話……本当っ?」
「デートって……買い物につき合っただけだろーがっ」
「買い物につきあってどうして、レストランに行くのよっ☆」
「シーラが、買い物につき合った礼って言うんだから仕方がないだろ〜」
「ぶー☆ マリアをもてあそんだわねっ。必ず殺すと書いて必殺ぅぅぅ」
「だぁぁ、そんな訳解らない理由で魔法を使うなぁぁっ」

おしまい


☆後書き

と言うわけで、あるまさん、90000ひっとおめでとうございます。
なんだか8000ひっとを書いてから、正味一週間経ってない気もしますが、
9000ひっとなお話をお送りさせていただきます。(笑)

今度こそは、ヒロインはマリアで楽しくかつ、短いお話を書くつもり
だったんですが…。
裏話的には制作時間の関係上、ぷろっとなしの思い付きで
書き始めた結果、お話はアッという間に作者のまったく予想外の方向へ
果てしなく転がっていってしまいました。(^^;
もっとも、あまり好きでないキャラをメインにすれば、ここまで派手に
転がる事もないので、ヒロインがマリアだった辺りにも
原因はありそうですが。(笑)

それでは、HP、これからもがんばってくださいね〜。

/T.M


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