中央改札 悠久鉄道 交響曲

「学園協奏曲〜調律〜」 春河ゆん  (MAIL)
悠久幻想曲アンソロジー
学園協奏曲(アンサンブル)

第1話:調律
著者 :春河ゆん

初秋のエンフィールド。少し肌寒さを感じるようになったが、街を行く人の服装は
半袖と長袖が混在しているようだ。
魔法少女が現れるといった事もあったが、今日も今日とて平和な一日だ。

あきと言えば、悠久ではおなじみの畑亜貴さんだけど、この場合は色々な行事がある
秋。美術館の芸術鑑賞会、劇場の演劇フェスティバル・・・そして、学園と孤児院、
幼稚園が共同で行う「エンフィールド(学園)祭」なのだ。

「はぅ〜、つかれたなぁ・・・・・」
私が寮の自室へ戻ってきたのは夕方近くだった。女子寮の寮長ということで、寮の企画を
強引に押しつけられる羽目になってしまい、運営会議にいまさっきまで参加していたのだ。
そんなこんなで多忙のため、冬のマリエーナコミケに出す本も書きかけのままになって
いる。話のネタには事欠かないけど、こうも忙しくてはどうにも出来ない。

おまけに、譲渡ランドという異世界から来たものの、帰るに帰れなくなってしまった
自分のそっくりさん、春河 結(ゆん)が居候中ときたから、はっきり言ってさぁ大変
というヤツだ。学園側に働きかけて、転入生と言うことにしておいたのだけど・・・
寮長権限で私の部屋の隣の空き部屋を結に与え、再び一人きりの時間が帰ってきたのだ。
そんなわけだから、精神的にかなり疲れ切っていた。

「ゆん、お帰り。かなり疲れているようだね。」
ノックと共に、結が私の部屋に入ってきた。へろへろの私を見て、心配そうに言う。
異世界の自分、結は姿形だけでなく、性格に趣味までもが私とそっくりだ。
だから、自分に心配されるのはちょっと不思議な気分だ。
「うん・・・ちょっと多忙な日が数日続いているから。結はエンフィールドに慣れた?」
ベッドの上に着の身着のままで寝そべったまま私が答える。愛用のスカートもしわしわだ。
結はしばらく考え込んでいたけど、私を見つめて、
「おかげさまでね。・・・・一刻も早くマリィから『羽衣の翼』を取り戻さないと。
アリサさん・・・・いえ、逢里沙様もこの状況を理解してくださいましたからね。」
と言う。羽衣の翼という名前の腕輪は、結の世界とエンフィールドを行き来するための
扉を開く鍵だ。つまり、それが無い今は締め出されたも同然だ。
「焦らずにかまえていればいいよ。セリィが必ず何とかしてくれるから。」
にっこりと笑う結の笑顔に、私はそういった。

エンフィールド学園祭を前に、みんなぴりぴりとしていた。
無い知恵を絞って、あれこれと出し物の画策に懸命だった。
シェリル、セリーシャ、マリア、レミット、エミル、魅緒、トリーシャ
クリス、ぽぷり、そして結と私・・・・。

「自主制作の映画など、どうでしょう?わたくしの愛用のハンディカムありますけれど。」
とセリーシャは映画作りにやっけになっているし、シェリルは・・・・・
「同人誌即売会なんかを開いたらどうですか?自主制作の脚本は私が書きますから」
などと言い出す。それを受けて、トリーシャが・・・
「だったらね、ボクが主人公で『愛トリ特別編2』をやらない?」
と言いだしたからさぁ大変。どんどん事態がこじれていく・・・・・

この面々でグループ組んだことを後悔させられそうになった。
エンフィールドの出来事をこうやって文章に書くのが、私こと春河ゆんのSSだ。
あんまし細かい描写は得意でないのにも関わらず、よりによってそういった表現を
要求する自主製作映画をやろうと言っているのだ。
細かい描写をしようとあれこれ推敲していると、いつの間にか、夢魔の虜となってしまう。
活字はそれこそ進まず、色鮮やかな液晶に白の領域の窓が空しく広がっているだけである。

「一番いいのは、記録係のお手伝いに志狼さんが手助けしてくれることだけど。
あと、お師匠様のくさなぎあきる先生がいれば楽・・・・だけど。」
愛トリのことは愛トリに聞くのがいい。自分を主人公とした作品なので、トリーシャが
愛読している小説『愛の戦士トリーシャ!』は、そのスラップスティックな展開がウけ
ていまや悠久書店のベストセラーになっている。私もその畳み込むような展開、大胆な
ツッコミに感銘を覚え、作者のくさなぎあきる先生を師匠と慕い、押しかけて弟子入り
してしまったという過去がある。そういうことがあって、今の私がいるわけだけど。

そんなとき、ぽんと肩を叩かれて振り向くと、もうひとりの自分がいた。結だ。
「大丈夫。私が協力してあげるから。こうみえても譲渡ランドでは文官長をしているの。
記録の作成は得意中の得意だから、ね。」
突然のことに、私が
「でも・・・・・」
と言いかけると、結は可愛らしいとびっきりの笑顔で、私が言いかけた言葉に対して、
「・・・やらなかったら後悔するでしょ。あなたは私。私はあなた。世界は違うけど
私たちは同じ『はるか・ゆん』だもん、ね。やってみようよ。やらずに後悔するよりも
ずいぶんいいと思うから・・・」
と続けた。確かに結の言うことにも一理ある。
出来ないなりにあがいてやろうと、そう私は決心した。
結を見つめる。ゆんを見つめる。互いが互いを見つめ合う。鏡がそこにあるかのように。
そして、二人の声が一つにユニゾンする。
もともと世界が違うだけで同一人物なんだから、声も全く同じワケで、
狂いもなく一つに重なった。
「やろうよ、みんな!!!」
わき上がる仲間達の拍手の中、私は結の手を取っていた。これからは二人でひとり。
よろしく、結。気がつくと、私はそう心でつぶやいていた。

その数時間前。ウインザー教会付属幼稚園にエミルの姿があった。
驚異的な魔力からエンフィールド学園初等部に超飛び級編入したとはいえ、5歳児。
ということで、エミルは放課後を幼稚園(のトイレ)で過ごしていたのだ。
今日はそんなことはない様子だ。・・・・

「でもねぇ・・・・・こまったなぁ・・・・こんどのはっぴょうかいどうしよう。
まだやることもきめていないのに・・・・」

今回のエミルちゃんは幼稚園児らしさを表現するために(と言っても初等部生徒だけど)
せりふをあえてひらがなにしてみました。読みにくいかとは思いますが、演出ですので、
我慢してくださいね。

お昼寝の時間。ひとりぽつんとウッドデッキで悩むエミル。
そこに、脳天気保母、セリーヌがやってきた。
「あらぁ〜、エミルちゃん〜ですねぇ。どうしたんですかぁ〜?」
エミルの顔をのぞき込んで、セリーヌが話しかける。いつものゆっくりずむだ。
セリーヌ愛用のひよこさんエプロンが吹き抜ける風にわずかになびく。
「あ、セリーヌせんせい。おじゃましてます。じつは、こんどのはっぴょうかいに
やることについて、ようちえんのみんなにそうだんしにきたの。ゆんおねえちゃんたち
もうじゅんびをはじめたから、いそがないといけないとおもって・・・・・」
いきなりセリーヌに話しかけられて、一瞬どきっとしたエミルだったが、今日、幼稚園
を訪れた用件を手短に話した。
「なるほどぉ〜、そうでしたかぁ〜」
ただなんとなく相づちを入れるセリーヌ。
「セリーヌせんせいたち、ようちえんのせんせいがたは、なにをやるかきめたの?」
エミルの問いに、セリーヌは
「さぁ〜、どうでしょう〜」
大粒の汗をたらし、エミルは大いに悩んだのだった。
「・・・・・ああああああ・・・まったくおはなしにならないよぉ〜」

悲痛なエミルの叫び声が幼稚園の園庭に響いた。



それから数日後。
シェリル、私、そして結の三者による脚本があがったので、早速できる範囲からの
撮影を開始することにした。
もちろん、街のみんなにも協力をしてもらうことになっている。
でも・・・・出来た脚本は完璧にドタバタコメディものだった。
モンティパイソンまでは不条理ではないけれど、でも、コメディだ。
『魔法少女ヴァルキリーマリィ対愛の戦士トリーシャ!』
企画倒れになってしまわないことを切に願うのみである。

まずは、結が書いた、魔法王国ショートランドのシーンの撮影から始める。
自主制作フィルムだから、あまり予算がかけられない。いや、予算はあるけど、
自主制作にならなくなってしまうから。私やセリーシャはいちお商家の令嬢なわけだし。
(こうみえても・・・・・)だから、両親に頼めばあれこれと段取ってくれるけどね。
それだと手作り感が無くなってしまうから、あえて自分たちで出来る範囲での作品に
挑戦しようと言うことになったのだ。
そのため、CG合成という手段を取ることにした。こういうときにこそマリエーナで
買った私の愛機のサブノートコンピュータが役に立つのだ。

エンフィールドにコンピュータだなんてミスマッチだなんていう読者の意見が
あるらしいけど、王都マリエーナではかなり科学技術がすすんでいるんだよ。
セリーシャの家はそういった電子部品や商品専門にあつかう王室御用達の商家だもん。
私の愛機の補修部品は全てセリーシャが面倒見てくれてるんだよ。

ゴンゲンさんや猫夜叉ウェンディちゃん、七瀬由那ちゃんに協力して描いてもらった背景
数十点を次々と取り込んでソフトネス補正などでCG画像に加工する作業を、
SS書きの合間を見て愛機で行う。スキャナはセリーシャが用意してくれた。
膨大な画像量にディスクドライブが悲鳴を上げる。それを見かねたセリーシャが
速攻でリムーバブルドライブを調達してくれたので一安心である。
「ほんと、危ないところだったよ。カット数十枚をシーンごとに編集し直すと100倍
近くに膨れ上がるんだよね。レンダリングやテクスチャーマッピングなどもやらなきゃ
だめだし・・・私ひとりでどこまでやれるか・・・・」
愚痴ながら作業をする私の元に、撮影の合間をぬってドライブとディスクカートリッジを
届けに来てくれたセリーシャ。セリーシャはカメラ担当なので、結構忙しいのだ。
そんなセリーシャが帰り間際に、ひとこと私に
「大丈夫。ゆんちゃんならきっと素晴らしい作品に仕上げてくださいますわ。」
と言ってくれたのがいちばん嬉しかった。
画像の加工にはまるまる1週間を要した。そのあいだに、マリア、トリーシャ、セリーシャ、リオによるエンフィールドパートの演技の撮影が快調に進んでいた。
セリーシャ自身がカメラの前に立つときは、悠久さんやテディ、デティが
カメラ撮影を代わりに担当した。
この日はエレイン橋でのシーンの撮影が行われていた。私も脇役としてカメラの前に立つ。
背景は前日までに加工を済ませ、リンショップ兄弟にクロマキー合成をお願いした。
「今日はわらわの出番ぞな。どういう役ぞな?」
レミットがやけにはりきっている。譲渡ランドの服をベースに魅緒が仕立てた
ショートランドの王族衣装。それを身にまといやる気満々と言ったところだ。
今回は悪役なのだが・・・。
「マリアね、今どきどきしてるんだ。」
興奮がさめずにいるのはマリアだ。それもそのはず。始めての映画出演だからね・・・・
「じゃぁ・・・・撮影始めますわ」
セリーシャの声で今日も撮影が始まった。

こうして秋のエンフィールド学園祭に向け、準備が着々と進んでいた。
当日まであと2週間・・・・・。

さて、エミルはと言うと・・・

「さぁ〜、どうでしょう〜」
「せりーぬせんせい、やるきあるの〜あたし、もぉげんかいだよぉ・・・・・・」
幼稚園サイドの出し物は依然未定。今日もセリーヌとの無理問答が始まった・・・・
果たして当日までに出し物は決まるのか・・・・天然ボケに対抗する手段を
エミルは見いだせるのか・・・・・

開演まで時間はなかった・・・・。
それぞれの楽器は調律を始めていた。
悠久なる幻を想う協奏曲(アンサンブル)を奏でるために・・・・

<続く>

***悠久の小箱(あとがき)***
今回はいつものように支離滅裂な文章ではなく、丁寧な描写に
心がけました。学園サイドの描写にはかなりの推敲を要し、文章にもあったとおり、
夢魔に襲われることもしばしば(そりゃテレホ帯に連日チャットに興じればね)でした。
今回は珍しい事に、本編中エミルちゃんがトイレに一度も駆け込みませんでした。
槍が降ってきそうですね(核爆)。

第2話:予行演奏(リハーサル)の刊行は現時点で未定です。
スケジュールの合間を見て、なるべく早めに執筆する予定でいます。

最後に、今回エキストラとしてお友達に友情参加していただきました。
エンフィールド学園美術課生徒のウェンディ(猫夜叉)ちゃん、同じく七瀬由那ちゃん。
志狼さんこと心伝さん、愛トリ作者くさなぎあきる師匠です。
どうもありがとうございました。

****** 発行履歴 ******
1998.10.05 初版第1刷発行


中央改札 悠久鉄道 交響曲