ガチャッ


「検温に……あら……」

 ドアの開いた音に続いて入ってきた声は、言葉の続きを飲み込んで目を泳がせた。

「ロミナ叔母様、ノックぐらいしてくださいっていつもお願いしてるじゃないですか」

「……お前はまだ面会謝絶なんだから、部屋にくる人物は限られているだろうが」

「カガリ、来てたの?」

「『来てたの?』じゃないっ! 私は愚弟の捕獲に来たんだよ。
 この場所は関係者以外入れない場所だから、誰か別の者に来させるわけにはいかないし。
 私だってオーブの再建に忙しいんだぞ。他の奴等だって休むまもなく飛び回ってるって言うのに。
 それなのにコイツときたら、お前のところへ通うばかりで、少しも手伝ってくれないしな」

 ロミナに手伝ってもらいながら、は背にクッションを当てて半身を起こす。

「仕方ないよ。今のカガリに、キラの存在は公にできないんだし」

「わかってるんだけどなぁ……。こんなに頻繁にコイツが来てたら、面会謝絶の意味がないだろ」

「でもカガリさん。キラくんと、まだ1回も話してないんですよ」

「え? うそだろ?」

 クスクス笑いながら言うロミナに、カガリの目は丸くなった。

「本当ですよ。助け出された時のは、自発呼吸すらしてなかったでしょ。
 プラントでエターナルから下ろされて、すぐさま集中治療室に入って。
 ようやく落ち着いてきたからって、オーブの地下にあるこの部屋に、極秘利に移ってきたのが1週間前」

「そうだよな。だからがここにいることは、ほとんど知らないはずなんだ。
 アスランやラクスでさえ、はまだプラントで入院していると思ってる。
 私も当分は静養させたいと思ったから、関係者以外立入禁止の上、面会謝絶にしておいたのに……。
 いつの間にかキラは、この場所にやってくるようになって……」

「でも私が寝てるときばかりなんです。で、私が目覚めるのを待ってる間に自分も寝ちゃうみたいで……」

 小さく肩をすくめたは、茶色の柔らかな髪を指で梳いた。

「じゃあ、今日もコイツはと話せないな。私もそろそろ帰らなければ、閣議に間に合わなくなる」

 いつもと同じようにキラの襟足を掴んで、カガリは引っ張る。








 が、今回はいつもと違った。








「……ロミナさんはともかく、カガリに先越されるなんて、僕としたことが……」

 目を擦りながらキラは体を起こした。

「あら、起きちゃいましたね」

「起きなきゃこのまま連れて帰れたのに……」

 手を口に当てて笑いを堪えているロミナに、小さくため息をつくカガリ。そして彼女たちはお邪魔虫はごめんだとばかりに、さっさと退室していく。










「……あの……」

 カガリたちが出ていてしまってからたっぷり5分は経って。とうとう沈黙に耐え切れなくなったは口を開いた。

「おはよう」

「え?」

「残念、1番に言い損ねちゃったね。
 ……本当はが目覚めたらアレも言いたい、コレも言いたいって思ってたんだけど。
 実際に起きてるを見たら、全部忘れちゃった」

 あははと笑うキラにつられて、もクスクス笑い出した。

「でも、が起きてくれて、本当によかった」

 小さくスプリングが軋んだのは、キラがベッドの脇に腰かけたせい。そのまま、彼は彼女の体を腕の中に閉じ込めた。

「ホントうれしすぎて、今は何の言葉も出ないっ……」

 ただきつく抱きしめてくるキラの背中に、も細い腕を回す。
 そうやって互いの温もりを伝え、存在を伝え合うこと。それが互いが夢ではないことを実感できる時間。
 キラの左手との右手とが自然に重なり、指が絡められて、しっかりと握り合う。

「あのときは、先に言われちゃったよね。あのまま、伝えられないままで終わりたくなかった」

 彼の口が彼女の耳元に寄せられて、たった1言をささやいた。その言葉はとても小さく、おそらくささやかれた本人にしか聞き取れていない。

「キラ……もう1回、言ってっ……」

「1回じゃなくて、何度だって言ってあげる。僕はを愛してる」

 ポロポロと泣き出した彼女の頬に唇を寄せ、キラはその涙を舐め取った。

「だめだよ、まだ興奮しちゃ。しゃくり上げたら、それだけで体に負担がかかるんだから」

「よく知ってますよね」

「アスランたちから見れば、僕も結構、泣き虫らしいから」

「……言えてます」

「なに賛同してんのさ……」

 少しふてくされたキラの視線が、泣き笑いのようなの瞳を射抜いた。

の体が弱ってなきゃ、僕は何してたかわからないよ?」

「何をするつもりだったんですか」

「ナニに決まってるでしょ?」

「……あっさり答えないでください!」

「聞かれたから答えただけ。今は、の体が治るまで我慢するね」

 キラの指がの髪を梳き、そのまま彼女の後頭部に手をかけた。

「体が治るまで我慢するんじゃなかったんですか?」

「これくらいは大丈夫だよ。……それとも、が嫌ならやめるけど?」

「だんだん顔を近付けてきているくせに、やめてくれるとは思わないんですけど」

「だって嫌がるとは思ってないもん」

「その自信はどこから来るんですかねぇ……」

「自信じゃないよ、が嫌がらないのは事実だから」

 最初は啄むだけの軽いものから、キスはだんだん深く長くなっていった。










「ようやく、元気になりましたのね」

 療養所の中庭に置かれたテーブル。ティーセットを囲んで親しい仲間だけでのお茶会。

「しかし、俺達にも黙ってオーブへ来ていたなんて……」

「お前達に言ったら、もれなくディアッカたちがついてくるだろう。には安静が一番だったからな。
 下手な騒ぎにしたくなかったんだ」

「付いてくるって、俺達はお菓子のおまけか?」

「あながち間違っていないだろう」

「……というより、僕はイザークがここにいること自体が不思議なんですけど」

「気にするな、突っ込んだら終わりだぞ」

 ごくりと紅茶を飲んで、言うラスティ。

「でも、安静という点ではそうでもなかったみたいだな」

「そうみたいですわね」

「予定ではもう少し早く皆が呼べると思ってたんだがな」

 カガリの視線の先には、に抱きついている彼の姿。

「……キラさん、1人占めはいけませんよ。は僕の大事な……」

「従妹だからって言いたいんでしょ? でも、好きな子を独り占めしたいのは男のサガだし」

……」

「もう諦めましたよ。言って聞くようなキラ先輩じゃないですし」

 ギューッとキラに抱きつかれたまま、は苦笑い。



 しばらくして、お茶会はお開きとなった。









、久しぶりにあんなに騒いで疲れた?」

「ううん、キラ先輩がいてくれたし。皆にあえて楽しかったよ」

「そう」

 にっこり笑ったキラはベッドに入ったの額に、軽く口付けを落とす。

「僕ね、この前からずっと思ってた。
 ……あの仮面の人が言ってたでしょ、『僕達2人は、業により生まれた存在だ』って。
 でもね、業って人間なら大なり小なり、誰でも持ってるものでしょ?
 それを乗り越えられたんだ。凄いと思わない?」

「ちょっと意味がわからないんですけど……」

「業により生まれた僕達は、誰よりも業に囚われ、人の持つ業は永遠に続くメビウスリングを作り出している。
 そして僕も、に会って色々なことを知ったけれど、同時にその業のメビウスから逃げ出す方法も知った」

「どういう、ことですか?」

「人はね、1人じゃできないことも2人なら出来るってこと。
 僕がメビウスリングに囚われかけたら、助け出すことが出来るのはだけだって自惚れてるんだけど」

「つまり、キラ先輩は私がいなきゃメビウスの輪を越えられない。そう言いたいんですか?」

「簡単に言えばそうだね。だから僕にはが必要なんだけど」

 ニコニコと笑うキラに、は視線をさまよわせて、壁際の方へと体を向けてしまう。

「……その答えはまだ保留ですッ!」

「そうだね、僕達にはまだこれから先があるんだから」

 の濃茶の髪の隙間から覗く真っ赤な耳に落ちたキス。

「おやすみ」

 出て行く彼の言葉と共に、部屋の明かりは落とされた。










                       ――――――――そして物語は、一端の終息を向かえる。








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