目が覚めたのは自分の部屋じゃない。





紅のタイムトラベラー





閉じてあったカーテンの隙間から、俺はこっそり外をうかがう。アレの肩にある徽章は……地球軍じゃん。
するとドアが開いた音。会話から察すると、この部屋の住人の洗濯物を届けにきたらしい。

「ねぇキラ兄、あのベッド、誰か使ってるの?」

俺と同年代か少し下ぐらいの少女の声。

「ううん、誰も使っていないはずだけど……。サイは下のベッドだし」

これまた幼い声。カーテンの隙間から見えたのは、薄茶髪のピンクの制服少女と、茶髪の水色の制服の少年。

「どうしたの、。いきなりそんなこと聞いてきて?」

「んー、さっきから不自然にカーテンが揺れてるのよ。
 っていうかねー、使ってないベッドはカーテンが開いてるはずじゃない?」

「気になるの?」

「少し。ということで、確かめます!」

一気に開かれたカーテン。隠れる場所すらなかった俺と、彼女の瞳が絡んで。

「何でこんなところにチカンがいるのぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」

次の瞬間、叫ばれた。




「……あなた、名前は?」

「人に名前を聞くときは、そっちが名乗るのが礼儀じゃないんデスカ?」

「チカンが偉そうな口を聞かないでっ!」

は黙ってろ! キラも妹の口を押さえておけ!」

「あ、はいっ……」

発見者の少年少女は、兄妹だということらしい。
白い服の士官に叱られて、彼は彼女の体を羽交い締めにしたまま、両手で口をふさいだ。
……っていうより、お兄さん、鼻まで押さえてるぞ。

「遅れたけど、私はマリュー・ラミアス。そして隣にいるのはムウ・ラ・フラガ。
 あっちの兄妹は、お兄さんがキラ・ヤマト。妹が・ヤマト」

ムウ・ラ・フラガにキラ・ヤマト……あれ、何か違わないか? すっげー違和感を感じてんだけど。

「さて、これでこっちの自己紹介は済んだぜ。今度は君の番だ」

「……シン・アスカ」

「じゃ、シンくんでいいわね? あなたはどうしてあんなところにいたの? しかも、アンダーウェアのままで」

「知りませんよ。普通に寝て、目が覚めたらあのベッドにいたんですから」

そんなの、こっちが知りたいさ。じゃなきゃ武器も何も持たずに、地球軍のところになんか行くもんか。

「さて、シン・アスカくんとやら。君はザフト?」

「え?」

「君の瞳の色はナチュラルには出ないから。それに着ていた服、地球軍支給のものとは違ってたしな」

「……それなら殺しますか?」

「どーするよ、艦長?」

「今、あの子たちを呼びに行かせたわ。ザフトなら彼らと面識があるでしょうし」

「そうかも知れません……、人の指噛まないで!」

「人を窒息死させかけたキラ兄が悪い!」

ようやく兄の手を振り解いた彼女は、スーハースーハーと息を繰り返した。
そんな彼女の様子が、俺には微笑ましくて。

「……あんた、何、人のこと見て笑ってんのよ。チカンの上に変質者?」

「勝手に決めるなよっ!」

「きゃー、チカンが怒ったぁぁぁ」

「チカンじゃないって言ってるだろうが!」

「あんな姿でやってきたくせに、偉そうに言わないでよ!」

俺がそれに反論しようとしたとき、ブザーが鳴る。そして、ドアが開いて入ってきた人物を見て。

「……ザ、ザラ隊長……」

「な?」

「おーおー、我らが隊長の名前は有名だねぇ」

「ディアッカさんまで……」

「え、俺まで知ってんの?」

最初からきれいだと思っていた藍色の髪と緑の目は見間違えるわけない。金髪で褐色肌の人は、歴史の教科書で何度も見た。……でも、やっぱり違和感がある。

「やっぱりザフトの人だったんだ。……アスラン、彼のことを知ってるの?」

「……いいや。さっぱり記憶にない」

「右に同じ」

「俺です、シン・アスカ。一緒にミネルバに乗ってる、インパルスのパイロットです!」

「……すまない」

「ってゆーかさ、俺たち、ミネルバなんてのは知らないぜ?」

「……しら……ない……?」

「チカン、あんたの世界はコズミック・イラ何年?」

「チカンじゃない! って、今はC.E.73だろ」

「……おやまぁ、君は未来から来たのか……」

「今はC.E.71。ついでにここはアークエンジェルの中で、今はL4コロニーにて待機中」

「……マジかよ……」

何がどうなってかわからないが、俺は2年前にやってきてしまったらしい。
……しかも、なんでアークエンジェルなんだ?
まあ、これで違和感の謎が解けた。……知っている顔より幼い。ミネルバで聞いたとき隊長は18だって言ってたから、それから2を引いたら……俺と同じ年。キラ・ヤマトも同じ16。なら、その妹のは……?

「レディに年を聞くのはマナー違反です」

「何言ってやがる。まだちんちくりんのくせして」

「……ディアッカ、をばかにするのは僕を馬鹿にしてるのと一緒だよ?」

「混戦状態は気をつけたほうがいいぞ。俺はキラほど優秀じゃないから、うっかりロックするかもしれないからな?」

「……ごめんなさい、俺が悪かったです」

……何なんだ、この人たちは? 歴史書で読んだ彼らの戦いっぷりはすごかった。でも、実際はこうだったのか?
俺は自分の中で築き上げていた彼らに対する尊敬の固まりに、少しヒビが入ったことを知る。




「……ここがあんたの部屋」

あてがわれたのは牢屋じゃなくて、普通の個室。

「あんたじゃなくて、俺はシンっていうんだけど」

「チカンって呼ばなくなっただけ有難く思え。わかってるだろうけど、ここから動き回らないでよね」

「たいちょ……じゃなくて、アスランさんたちは?」

「未来から来たんなら知ってるでしょ。ここには3隻の船がいて、キラ兄とアスランはエターナルへ戻ったわよ。
 ディアッカはアークエンジェルにいるけど」

「じゃあは……君はどうしてここにいるんだ? お兄さんと一緒に行かないのか?」

まさか自分のことを聞かれると思っても見なかったのか。ベッドにシーツを掛けていた手を止め振り返った少女は、大きな青色の瞳をこちらに向けてきた。が、くすりと笑って。

「それは秘密です」

ウインクをしながら彼女は腰に片手を添え、もう片方の手の人差し指を己の口元に当てる。

どくん!

何だ、いきなり? 大きく脈打った自分の心臓に驚いて、俺は思わず胸を押さえた。

「……あんた、心臓の持病持ち?」

「そ、そんなわけないだろっ!」

心配そうな顔で覗き込んできた顔。柔らかい息が頬に触れる近さ。
俺の心臓は本当にかつてないぐらいに動きを早め、今にも飛び出すんじゃないかと思えた。

「なーに? もしかして、私が可愛くてドキドキしてるとか?」

クスクス笑いながら言う

「でも、私に手を出さないほうがいいよ。さっきの艦長室でのこと以上が起こるから」

「……どういうことだ……?」

そうか、さっきいたのは艦長室だったのか、と俺は少し納得。

「試してみる?」

聞き返す間もなく。向こう脛を蹴りあげられて思わずよろけた俺は、ベッドに倒れ込んでしまった。

「何する……うわぁ!」

「頭打ったぁ……」

腕をついて顔を上げたら、俺の下にはが居て。しかも、目を潤ませている。
うわ、さっき以上に心臓が早くなったんですがっ!
そのままの格好で、俺たちは少し見つめあった。

ドドドドドドド………

足音が大きくなって近付いてくる。

「「「!!!!!」」」

ドアを蹴破り現れたのは現れたのは、キラさん、ザラ隊長、そして初めて見る金髪の少女。
……ここのドアって蹴破れるほど脆いのか?
頬を引きつらせた俺は走ってきたザラ隊長に首根っこを捕まれて、彼女から引き剥がされた。

「シンくぅん? 君は僕の可愛いに何やってるのかなぁ?」

顔を上げると、笑顔のままのキラさんが俺を見下ろしている。……但し、彼の目は笑っていない。

「な、何もしてません! ただ転んだ先に彼女が居て、その先にベッドがあっただけで……。
 っていうか、俺の向こう脛を蹴ってきたのはの方で……」

「ほぉ……お前は転んだのは自分のせいじゃなくて、のせいにすると……」

怖い、マジ怖い! 見下ろしてくるアメジストとエメラルドが冗談抜きで怖いっ!
あっちの世界で見るザラ隊長より、今のが何十倍もこえーよっ!

「キラ、アスラン。私が許す。この不埒者を殴ってよし」

「ということで」

「カガリからの許しも出たことだし、覚悟してね?」

指を鳴らして笑っている彼らに、俺は16年の生涯が幕を下ろすのを予感した。

「はいはいはい、キラ兄もカガリ姉もアスランも、彼をいぢめるのは終わって?」

「「「えー……」」」

「やめてくれたら、頬にキスしたげるから」

「「「やめる!」」」

……あんたら……年下の女の子の言いなりですか……?
半分呆気に取られた俺の見ている前で、はキラさん、未来の首長様、ザラ隊長の頬に軽く口付けた。口付けられたほうは、しっかり目尻さげてるしっ! 

「さっきのはね、私に手を出したらどうなるか身をもって知ってもらったんだよ。
 だから、彼が悪いわけじゃないの」

「そうなのか。じゃあ、は何もされてないんだな? 大丈夫なんだな?」

「うん、心配してくれてありがとね、カガリ姉」

よくよく見れば見覚えのある顔。思い出した途端、忘れることのできない怒りが沸き上がってくる。

「……不公平だよな……」

「え?」

立ち上がった俺の一番近くにいたキラさんから声が上がったけれど、俺はそれを無視した。

「あんたらは俺から父さんと母さんとマユを、家族を奪っておいて、住むところも奪っておいて……。
 オーブの理念を信じて暮してた俺たちの家族からすべて奪っておいて……。
 自分たちは仲良くて幸せです、互いを心配しあっています? ふざけるな、見せつけるな!!!!
 マユに似てると思った俺がバカだった! あんたらに俺と同じ、目の前で妹を失った悲しみを教えてやる!」

俺はオーブの首長様を突き飛ばし、彼女の細い首を締め上げた。

「……カ……ハッ……」

桜色の頬は瞬く間に色を失い、艶やかな桃色の唇は青白くなる。
そんな様子を見ていても、俺の心は何も思わない。だた、目の前の敵を絞め殺そうとしているというふうにしか思えない。

「シン、やめろっ!!!!」

声と共に背中にぶつかってきたのは、ザラ隊長。キラさんは俺の手から離れた妹を支え、首長様はその前に両手広げて立ってる。は……泣きながら何度も咳き込んでいる。
そこで改めて、俺は自分が激情に任せてしてしまったことを悟った。

「お前、私の妹になんてことするんだ!」

「お姉ちゃん、やめて!」

キラさんに支えられながら立ち上がった。俺は受けるつもりだったのに、未来の首長様の拳は妹の叫びによって止められた。そのままよろめきながら歩く彼女は、俺の方に向かってくる。慌てたのは回りで、の体を捕まえようとするもその手を振り払う。俺は、その場から動けずにいた。

「……お兄ちゃんっ……恨みだけで人を殺めないでっ……マユはっ……マユはそんなこと望んでないよっ……」

抱きついてきた彼女は、泣きながら訴える。

「やめろよ! お前はマユじゃないっ!」

「伝わってくるの……あの日……マユが携帯を落として拾いに行くなんて駄々をこねなかったら……。
 そうしたらみんな死ななかった。お兄ちゃんを1人残してしまわなかったの!
 だからお兄ちゃん、助けられられなかったって自分を責めないで、私たちの暮したオーブを責めないで!」

「止めろ止めろやめろ、お前はマユじゃない! 俺の妹の名を語るなぁっ!」

力任せに引き離そうとするも、抱きついてしがみついたは離れない。本当にこれが年下の女の子の力か?

「……それがの力だ」

ザラ隊長の言葉に、俺は視線を上げた。

は……妹は生まれつき人の心を読める力を持っている。
 普段はその力をコントロールしているが、激しすぎる感情は受け止め切れなくてね。
 だから、その感情を静めてもらうために行動してるだけ」

「今回はお前のせいでそういう行動に出てるんだ。早く離れてほしいと思うなら、心を落ち着けてやれ」

キラさんと未来のオーブ首長の言葉を聞きながら、俺は腕の中でしがみついてしゃくり上げている少女を見た。
……なるほど……今の彼女は俺の妹を演じてるのか……。なら……。

「「「何やってんだお前はーっ!!!!!!!」」」

「何って、額にキスしたんですよ?」

真っ赤になって一斉に叫んだ彼らに、俺はあっさりと答えた。

「マユが泣きついてきたとき、よくこうやって落ち着かせてやったんですよね。
 今のはマユになりきってるわけでしょ? だから俺もマユにしてやったのと同じようにしただけですから」

「彼、どうやら、元の世界に帰りたくないらしいね」

「どうやらそのようだ」

「さっきオーブから逃げてきたって言ってたな。だったら、今地球に向けて戻してやるか?」

クスクスと笑う3対の瞳。紫水晶に、斐翠に、琥珀。
しまった、この人たちを敵に回すんじゃなかった。さっき身をもって教えられたのにっ……。

「……マユちゃんが迎えにきたね」

「え?」

離れたが、にっこり笑って俺の体を軽く押した。と、そこへ襲いかかった急速な落下感。

「じゃねvvv








グルン、と視界が1回転し。俺の体はシーツごと冷たい床の上。

「……今の……夢オチ?」

ベッドから落ちたときに打ちつけた腰をさすりながら、俺は立ち上がる。

「にしても、えっらく生々しい夢だったよな……」

体全体に、小さな体に抱き付かれた感覚が残っている。
ふと隣を見ると、同室のレイの姿はない。そのまま視線を移すと。

「やっべぇ! 完全に寝過ごした!!」

俺は慌てて身支度を整え、バタバタとブリッジへ向かった。



「シン、遅いぞ!」

ザラ隊長に睨らまれて、俺は首をすくめた。

「……まったくお前ときたら……。今日は新しい整備員がやってくると伝えておいたはずだろう?」

「す、すみません……。で、もうその新しい人は来たんですか?」

「もうとっくに来てお前の機体のところにいる」

「インパルスのところ……にですか?」

「ああ、どうしてもと希望されてね。……昔から言い出したら聞かないから……」

「え?」

「あいつがこれからインパルスの専任になるんだ。早く挨拶に行ってこい」

押されてたたらを踏みながら、俺は駆け出す。



「シン、おっせーぞ!」

「悪い、つい寝過ごしちゃってさ。……で、新しく来た奴ってどこ?」

「あそこにいるだろ。あの帽子を被った子」

「……女……の……子……?」

「聞いてないのか?」

ぶんぶんと勢いよく首を振ってそちらを見ていると。用事を終えたらしい彼女がまっすぐこちらにやってくる。

「2年ぶりだね、シンvvv

「…………か……?」

「正解、よく覚えてました。って、こっちじゃ1日もたってないんだっけ」

「何だよ何だよ、お前も知り合いか?」

「え?」

「彼女、ザラ隊長の知り合いだって……」

……そりゃそーだろうなぁ。って!

、あの人たちは……」

「知らない、大喧嘩して家出してきちゃったから」

「は?」

「詳しくは次の休憩時間に話すね。
 それよりもシン、ちょっとコアスプレンダーに乗って。いくつか調整し直したから見て欲しいんだ」

そう言った彼女はコンピュータに向かい、俺は言われるままに愛機に向かった。



休憩時間、俺とはドリンク片手に展望デッキへと出る。

、本当に家出してきたのか?」

「嘘ついてもしょうがないでしょ」

「また……なんでそんなことになったワケ? あの人たち、を溺愛してたじゃないか」

「キラ兄もカガリ姉も溺愛すぎて過保護すぎるの。何でもかんでも私の行動を制限するんだもん。
 今回だって、ちょっとミネルバの様子を見に行きたいっていっただけで頭ごなしに怒られちゃってさ」

「それで……頭にきたってわけ?」

『妹が敵になるかもしれない軍艦を見に行きたいって言ったら、俺でも反対すると思うがなぁ』とは敢えて言わない。

「もう私だって16で、コーディネイターでは成人してるんだし『出てってやる!』って叫んでやったの。
 そしたら、キラ兄も『できるものならやってみれば』っていうから、こうなったら売り言葉に買い言葉ですよ」

「……無事に出てこれたの?」

「部屋のドアを3枚ばかり破って、シャッターシステムを麻痺状態にさせるプログラムを送り込んで……。
 あ、キラ兄が寝てる間に部屋の電子ロックを10個ばかりかけておいたんだ。
 間違った答えを打ち込んだら、その場で解除プログラムは破壊されるようにしておいて。
 あと、時限式でコンピュータウィルスを仕掛けておいたっけ」

「だ、大丈夫なのかそれ……」

さすがに俺も、気の毒になってくる。

「大丈夫だよ。もともとコンピュータプログラム全般を教えてくれたのはキラ兄だし? 妹のクセは熟知してるよ。
 整備士の資格も、シンと別れた後にちゃんと取っておいたんだ。だから心配しなくていいし。
 それより、私はここではだからね。・ヤマトで呼んじゃダメだからね?」

これ以上の詳しい話も反論する気力もうせて、俺は頷いた。

「じゃ、これからはヨロシクvvv

差し出された右手を俺も握り返して、そのまま引っ張って、彼女の額に口付けた。

「こちらこそヨロシクな」

にやりと笑った俺に、は真っ赤な顔のまま、ドリンクボトルを投げつけてきた。

には俺の考えが読めるんだろ?
だったら、この気持ちは隠せないから。だから問いかける。






「……一目ぼれって信じる?」




*あとがき?*
シン夢。でもキラたちは出てるし、ちょっとわかりにくいかもデス。
最後、スゥちゃんは兄達よりシンを取ったってコトで。 こんな駄文を読んでくださってありがとうございました。