静止衛星の打ち上げから寿命後まで


BS-2b '84 年に打ち上げられた BS-2a(ゆり二号 a)により、我が国の衛星による試験放送が開始されてから早二十数年。BS の世帯普及数も衛星による放送サービスの中ではトップになっています。

 日本での衛星放送計画は、諸外国のような商業目的だけではなく、山間部・離島などの難視聴対策とともに進めらた点が特徴的です。
 そんな衛星放送も、'00 年冬からはデジタル放送も始まり、民放各局の放送も加わる等、なにかとにぎやかです。

 ここでは、一番身近な BS(放送衛星)をとりあげ、静止衛星の打ち上げから寿命後の振る舞いまでを、ご紹介したいと思います。

 近年では、国産ロケット HII-A の打ち上げ失敗、気象衛星の寿命が尽きたことによる綱渡り的運用等々、悪い面ばかり注目されていた時期もあります。しかし、多くの予算投入や犠牲(過去死者も出た)を払いながらも、果敢にロケットを独自開発した功績は大きく、はかりしれません。
 ゼロからスタートして、数々のノウハウを蓄積しつつここまで来たのですから、ぜひ日本の宇宙産業にもひと花咲かせてもらいたいと願っています。

 喜ばしいことに '11 年秋には我が国の BS 研究開発及び世界初の実用化が、世界の衛星放送の礎となった功績が認められ、IEEE のマイルストーンに認定されました。過去に八木アンテナの開発などが認定されたことのある大変名誉あるものです。





  静止衛星とその軌道

 作家、アーサー・C・クラークが、論文の中で静止衛星のアイデアを提唱してから数十年。彼はその中で、静止軌道上に最低三つの衛星を、120゜の間隔で配置することにより、全地球規模の通信網を構築できる、という素晴らしい構想を示しています。

 現在では、身近な放送衛星はもとより、各種気象観測衛星、ドコモの衛星自動車・携帯電話サービス、インテルサット等々、静止衛星は我々の生活において必要不可欠な存在となってきています。

 静止衛星の放送分野での実用化は '65 年、米シンコム 3 号による東京オリンピック中継の、成功によって幕が開かれました。従来、周回衛星による中継では、中継可能時間が限られてしまい、とても不便な物でした。

 我が国での放送衛星の実験は、'78 年に打ち上げられた BSE(ゆり:決して狂牛病ではありません。BS-Experiment です(^_^;)によって開始され、各種の実証試験・データ収集を経て後の BS-2a 号機での試験放送へと続きます。

 静止衛星は、”見かけ上“止まっているように見える衛星の総称ですが、実際には地球の自転に合わせて移動しています。ちょうど、地球の自転による回転と衛星の周回周期が一致する軌道、それが静止軌道となります。

 そして静止軌道は、高度約 36000Km の赤道上空に唯一一本だけです(赤道面と、軌道面が一致)。スペースシャトルや ISS(国際宇宙ステーション)の高度が数百 Km、地球の直径が約 12000Km 程度なのを考えると、なかなか遠い?ことが解ると思います。

 これらのことから静止軌道は国際的な資源となっており、チャンネル割り当て同様 WARC により、各国の静止位置が取り決められています。

 我が国の放送衛星用静止軌道は、東経 110゜上空でこの静止位置には日本の他、韓国・北朝鮮、パプアニューギニア等も利用できることになっており、韓国では日本に先行しデジタル BS(SD)を開始しています。


  放送衛星の概要

 下図が、放送に使用される典型的な三軸安定方式(後述:衛星の制御方式)衛星の基本形状、及び大きさです。衛星本体を中心に大きな太陽電池パネルが、ちょうど鳥が翼を広げたような感じについています。


 また、衛星本体の一辺はおおよそ、人間の背丈ほどあり衛星の種類・世代によって、若干の違いがあります。旧型の BS-3a では約 1.3x1.6m 程度、最新の BSAT-2c でおおよそ、1.2m 角前後あります。

 この型式の衛星では、衛星本体姿勢はそのままに、太陽電池が常に太陽の方へ向くよう、そのパネルには回転機構が備わっています。

 太陽電池パネルは、中継器や衛星本体などを駆動する電力を発生する、とても重要な物です。
 BS-3a では打ち上げ当初から、衛星の不良により所要の発生電力が得られないため、この衛星だけでは 2ch 同時放送しかできず、残り 1ch を老兵 BS-2b が肩代わりするという状態が続きました(原因は設計・製造ミスとも言われているが定かではない)。

 また '94 年に、BS-3 で太陽電池パネルの回転が異常になってしまい、正しく太陽の方向を向かず放送が中断する、という事故がありました。
 さらに'01 年には、BSAT-2a に太陽風の影響によって姿勢変動が生じました。これは特に、過酷な宇宙環境の様子を物語っています(さすがは太陽活動の※極大期です)。

  ※太陽は約 11 年周期で最も活動の活発な極大期を繰り返していて、
    有害な太陽風による影響が顕著です。最悪、衛星の故障を引き起こす
    こともありその他、突発的に起こる太陽フレアによる影響もあります。

 このようなことはあってはならないのですが、いかんせん衛星は修理の効かない静止軌道上にあります。残念ながら過去から現在にかけて機器の不具合や、故障は間々発生しています(打ち上げ及び、軌道投入失敗とは別問題)。

 そのような諸問題もあり、衛星系のシステムでは現用衛星と、予備衛星という最低でも二機体制での運用が一般的です。
 次章で衛星の主要諸元を示しますが、衛星が地球の影に入ってしまう、”食“の時期には太陽電池に光が当たらず、放送に必要な電力を賄えないため以前は、放送中断を余儀なくされていました(昔は、BS のテレビ欄には食のお知らせもあった。又月による食は短時間なので影響は少ない)。

 しかし、年々衛星も改良され少なくとも BS-4 先行機以降、大容量バッテリ搭載で食による放送中断は解消されています。また衛星の管制業務などが、(株)放送衛星システムに移管されてから、BS-4 先行機が BSAT-1a という呼称に変更され、それ以降打ち上げられる衛星は、BSAT-nx と呼ばれています。


  衛星の主要諸元

 次に放送衛星の主要な諸元を、BS-3a・BSAT-2c と新旧合わせてご紹介します。旧型は既に寿命を過ぎていますが、比較のため掲載したいと思います。

BS-3a BSAT-2c
送出ch数 3ch(BS3・7・11) 4ch(BS1・3・13・15)
搭載中継器数
(予備含む)
6本 8本
送信電力 120W 120W
設計寿命 7年 10年
初期重量
(軌道上)
約550Kg 約750Kg
食期間の放送 不可
打上げロケット 国産 H-I型 アリアン5型
(アリアンスペース社)
打上げ年月日 '90-08/28 '03-06/12
※'07 年納入予定の BSAT-3a(BSAT-1a 後継)はデジタル・アナログ両用。
搭載中継器 14 本中 8 本を現用とする予定(130W)。設計寿命は 13 年。

 両衛星での大きな違いは、従来衛星はアナログ専用で食期間には、放送ができなかったことと設計寿命の長さでしょうか。新衛星では、デジタル BS 用で食期間中も放送可能、設計寿命も 10 年(近年の一般的な寿命)と性能アップが図られています。

 また、同時に放送可能な ch 数も増えていながら、衛星自体が小型化しているのは、高効率太陽電池パネルなど、高性能部品の採用が大きく寄与しています。
 そのほか特徴的なのは、一般的に衛星の寿命が搭載できる、軌道修正用の推進薬量で決まってしまうことです(理由は後述:劣化と寿命)。




  衛星の制御方式(スピン安定方式・三軸安定制御方式)

 ここでは、人工衛星の代表的な姿勢制御方式について、簡単にご紹介します。衛星は色々な力により軌道・姿勢に影響を受けており、放っておくとこれらに変化を生じてしまいます。

 軌道制御(修正)については後述しますが、衛星の姿勢制御はアンテナや太陽電池、観測機器などを正しい方向に向け、保持するために必要不可欠な制御です。
 またここで衛星に作用する力とは、地球・月・太陽などの引力、太陽光の輻射による力などさまざまな力が加わります。これらの他、地球が完全な球体でないために生じる力などもあり、なかなか複雑です。


  スピン安定方式

 前章で述べた通り、近年の通信・放送衛星等では三軸制御方式が主流です。しかし、これらは技術的には比較的高度で、古い通信衛星や気象観測衛星などでは、衛星自体をコマの様に回転させる、スピン安定方式が用いられていました。
 ちょうど、コマを回すと軸を中心に一定の方向を向こうとしますが、あれと同じ原理です。

 我が国で代表的なこの方式の衛星といえば、やはり「ひまわり」が思い当たります。すでに '95 年打ち上げの、ひまわり五号は '00 年に寿命を過ぎて '03 年に退役・軌道離脱しました。
 それでも生活に密接した衛星なので、この形状をご存知の方も多いのではないでしょうか。

  ※現在、気象衛星は壊れかけの使えない衛星(GOES-9 号)をやめ、
   ひまわり 6 号(こちらは三軸片翼型)が、ついに本格稼働中。又後に、
   予備機となるひまわり 7 号も予定軌道に入りました。

 この方式では、回転する円筒形・又は多角柱の衛星本体に、固定されたアンテナやミッション機器(観測衛星ではカメラや分光計等)がつく、という特徴的な形状をしています。
 比較的制御が簡単であるというメリットはありますが、電力を発生する太陽電池パネルが衛星本体表面にあり、常に回転しているためその一部にしか光が当たりません。そのため、発生する電力も低く高出力を必要とする、放送衛星にはあまり向いていません。


  三軸安定制御方式

 この方式の衛星は、右図のように X-Y-Z の三軸にそれぞれ、フライホイール(モーターで回転するはずみ車)をもっていて、この回転により姿勢を安定、制御するものです。

 スピン安定方式では、衛星そのものを回転体として、その慣性力により安定させていましたが、この方式では衛星内部に、フライホイールをもつことで姿勢の安定を図っています。

 三軸制御では、衛星本体とは別に回転機構をもつ、大型の太陽電池パネルを利用できるため、発生電力も大きくなり大電力を必要とする、放送衛星等に適しています。

 前章でも述べましたが、この太陽電池パネルは、常に太陽へ最適な角度になるよう、制御されていますが(Y 軸方向に回転)かなり大きいため、アンテナを含め(衛星によっては固定式)折り畳まれた状態で、ロケットに搭載されます。

 打ち上げ後、軌道上でパネルやアンテナを展開する事になりますが、それがうまく行かなくても正常に機能しませんから、より多くのノウハウが必要となります。
 それでも既述の様な、数々のメリットから通信・放送衛星では現在、この方式が主流となっています。

 また太陽電池パネルの回転軸と、地球の自転軸とは常に平行になっていますので、衛星はちょうど図の姿勢のまま、左奥方向へ飛行する形になります。そして、放送のために重要なアンテナの指向精度は、±0.1゜以内とかなり厳しくなっています。


  近年の放送事故と衛星の姿勢制御の関係

 既に記述したとおり、去る '01 年には BSAT-2a に姿勢変動が生じ、この結果 BS デジタル放送が全ての ch で、一時受信不能になるという事故がありました。
 多くの新聞記事などでは、”軌道ズレ“などと見当違いの報道をしていましたが、軌道制御と姿勢制御は別物で似て非なる物です。

 軌道制御の詳細については次章に譲りますが、この事故は衛星の姿勢が変動したことにより、アンテナの主ビーム軸が中心からずれてしまったため、発生したということです。
 約 36000Km 彼方から、日本全土を照射範囲としてカバーするアンテナのビーム(指向性)幅は、非常に狭く近年では国土の形状にあわせて、ビームは成形されています。

 また、受信アンテナのビーム幅も非常に狭く(大口径の物ほどビームは細い)、ちょっとした変動が受信障害、または受信不能という事故を招いてしまうのです。ましてや、ゆるやかに劣化するアナログと違い、デジタルではある電界強度から急激に、画面がブロックノイズだらけになって受信不能になりますから、なおさらです。

 例えば、懐中電灯の明かりはある程度の直径をもった、円形のスポット光です。そして、光のスポットの端は徐々に、その外側は急激に暗くなります。
 アンテナ主ビーム軸の変動は、ちょうどこの光のスポットが日本をうまく照らしていたのに、それがズレてしまって暗くなってしまったような状態です。

 姿勢の変動には、衛星そのものの不具合のほかこの BSAT-2a のような、外乱によるものなど様々な原因があります。




  打ち上げから軌道投入まで

 本章では、静止衛星の打ち上げそして、軌道投入までの流れを簡単に解説したいと思います。打ち上げに関しては、海外及び国内を含めニュース報道などで、目にしている方も多いかと思います。

 実は打ち上げ後から、軌道投入までの間には数多くのステップがあり、どれも欠くことのできない重要なものばかりです。打ち上げに関しては、実は物理的理由によって国内より、海外の赤道近くの射場(打上げ場)の方が有利です。

 既述の通り静止衛星の軌道面は、赤道の描く平面(赤道面)と一致しています。この赤道面に対する角度を、軌道傾斜角といいますが静止衛星の場合は、これが 0゜でなければいけません。
 高緯度ほど打ち上げ後の軌道には、赤道面に対する傾斜がでてしまいます。そして、もし射場が赤道上ならば、初期軌道も赤道面と一致することになります。

 すなわち、赤道付近で打ち上げた方がこの、軌道傾斜角の修正(後述)が少なくて済み、燃料を節約できるのです。そのため、数ヶ月分ではありますが後の軌道修正用燃料を、多く積んだのと同じ効果があると言えます。

 欧州アリアンスペース社の射場が、赤道付近の南米ギアナにあるのはこのためです。国内では、お馴染みの種子島にあります(^_^;)。


  打ち上げ手順

 それでは、HII-A 二段式ロケットを例に静止衛星の、打ち上げ手順を簡単にご紹介したいと思います。

 画が少々荒っぽいのはご勘弁いただくとして、まず日本の場合は種子島の射場から図中 1 番のように発射されます。

 更に、ある程度高度が上がったところで(図中 2 番)、個体ロケットブースター(補助ロケット:SRB-A)を分離、さらに高度が上がると大気が希薄になり、衛星を保護しているフェアリングが不要になるので、これも分離(図中 3 番)されます。

 次に第一段目のロケットが燃焼を停止、分離(図中 4 番)されますがここまでで、打ち上げからおおよそ 7 分弱かかり、このときの速度は秒速約 5Km です。その次には第二段目のロケットに点火、ロケットはさらに上昇をつづけます。
 この時点ではまだ、地球をまわる低高度軌道に乗れるスピードしかありません。更にタイミングを見計らい第二段エンジンをもう一度点火(図中 6 番)、更に加速を続けトランスファー軌道と呼ばれる、楕円軌道にはいります。

 余談ですが '03 年に起きた、HII-A 6 号機の固体補助ロケット(SRB-A)分離失敗は、ちょうど図中 2 番の手順でおきました。おそらくテレビニュースなどで、映像をご覧になった方もいると思います(失敗としては最悪の破壊指令という結果(^_^;)。

 多段式ロケットは、次々と燃焼が完了して不要になった部分を、切り離していき身軽になっていく必要があります。このような分離失敗があると、ロケットは余分なお荷物を背負ったまま飛行を続けることになり、衛星を予定軌道に投入できなくなってしまいます。

 さて、次はいよいよ正念場の静止軌道への投入です。

 まず用済みになった、第二段ロケットを分離(図中1)します。このとき、図中 P 点の近地点高度が約、200Km、A 点の遠地点高度が約、 36000Km のトランスファー軌道と呼ばれる楕円軌道に入ります。

  ※トランスファ軌道では、衛星を回転させて一時的にスピン安定制御を
   行います。

 その後衛星本体にある、アポジモーターと呼ばれる小型ロケットを、図中 A 点でタイミングよく点火し、このトランスファ軌道から点線で描かれた、ドリフト軌道(※)へと移ります。

  ※ドリフト軌道:この場合はわずかに静止軌道とはズレたという意味で、
   走り屋が地上で行うドリフト走行とは直接無関係です。

 ここでうまく点火が行われなかったり、何らかのトラブルがあっても静止軌道への投入は絶望的になりますから、なかなか重要な作業です。またこのとき、軌道傾斜面の修正も同時に行われます。
 かつて静止軌道投入に失敗した、我が国の技術試験衛星のなかには、このときアポジモーターが正常に作動しなかったため(燃料噴射が停止不能に陥った)、ずっと楕円軌道のまま暫定運用せざるをえなかったものがあります。

 さらにドリフト軌道上では、姿勢を適切に変えたり太陽電池パネルを展開(図中 4 番)したりしながら、図中 5 番で三軸姿勢を確立し、東経 110゜・赤道上空の所定位置にて静止化されます(図中 6 番)。

 またここまでで打ち上げから、おおよそ1ヶ月という日時がかかっています。




  運用の実際と静止軌道上の位置精度

 さて前章でめでたく、”静止化“された衛星ですが軌道上では、様々な要因により軌道を乱されてしまいます。一度、静止軌道に投入したからと言って、衛星の自律機能のみで運用できるわけではありません。

 静止衛星の軌道維持精度は、緯度・経度方向に対し±0.1゜となっています。実際にどれほどのものか解りづらいと思いますが、地球からみて静止軌道上の±0.1゜というと概算で約 150Km 四方くらいになります。
 現在では、BS デジタル機・アナログ機に加え、CS110゜と呼ばれる衛星も加わり、現用機だけでも三機体制となっています。この三機体制の実現には、先のエリアをさらに経度方向に三分割し、それぞれ約 0.06゜の以内に各々の軌道を維持することで実現しています。

 衝突の危険があるのではないか、と思われる方もいらっしゃると思いますが、おおまかにいえば関東平野くらいの面積に、衛星が数機という密度なので、簡単にぶつかることはありません。

 これらの高精度な軌道維持に不可欠なのが、小型スラスタ(ガスジェット)による軌道修正です。既述の通り衛星には、様々な力が作用しています。

 衛星は静止軌道上で、秒速約 3Km という速度で移動しています。この軌道を乱す要素としては大まかに、太陽、月など天体による重力、太陽光による輻射圧、地球の形状が完全な球体でなく、赤道上の重力分布が不均一なために生じる力等があります。

 このうち、天体からの重力は軌道をずらす様に作用します。太陽光の輻射圧は衛星を加速しますし、最後の力は衛星を加減速するように働き、軌道を維持するうえでやっかいなものばかりです。

 これらの力のため、放っておくと衛星は徐々に軌道からずれてしまいます。


  衛星を放っておくと・・・

 先ほど挙げた衛星が受ける力の順に、具体的にどのような影響を受けるかを簡単にまとめてみました。

 まず、天体からの重力による影響では、軌道面(軌道傾斜角)が徐々にずれていき地球からみると、ちょうど上下に揺れるような動きになります。これもわずかではありますが、放っておくと徐々に増加していきその量は、年間 0.8゜程度です(天体の運行によるので影響の度合いは年により変化)。

 次に太陽光による輻射圧の影響で、地球から見てちょうど一日周期で左右に揺れるるような力を受けます。従って衛星は、先の重力による影響とあわせると、約 24 時間周期で南北に縦長の楕円を描くようなふるまいをします。

 残りの重力分布不均一による影響では、衛星を周期的に加減速するような力が働きます。
 具体的には地球から見て、静止位置である東経 110゜上空から、西の方へ漂っていくように見えます。その量は、おおよそ 15 日で 0.1゜とわずかですがこれも、放っておくとどんどんずれていってしまいます。


  軌道修正

 さて放ってはおけない衛星の軌道ですが、これには地球から見て東西方向の修正と、南北方向の修正があります。

 一番頻度の高い東西方向で通常、2〜3 週間に一度小型スラスタをふかして、軌道修正を行います。この場合、地球から見て西の方にずれていくわけですから、逆に東の方に押し戻してやるわけです。

 次に南北方向ですがこちらは通常、2 ヶ月前後に一度修正を行います。軌道傾斜角の修正になるわけですが、東西方向の修正より多くの燃料を使います。
 また、比較的長時間スラスタの噴射を行いますので、姿勢変動を生じる恐れがあり、細心の注意が必要です。

 このように、軌道修正は衛星管制において、姿勢制御と並ぶ重要事項です。このほかにも、衛星の健康状態の監視を行ったり、支障発生時に該当機器の分離・予備系への切替制御をする等々、様々な管制業務のおかげで静止衛星が無事、運用されているわけです。




  劣化と寿命

 前章までで無事、静止軌道での運用に入れた衛星ですが、過酷な宇宙環境には様々な試練が待ち受けています。

 例えば既述の太陽風による影響、宇宙放射線等による劣化(主に太陽電池パネルが影響を受けやすい)などです。衛星の電力源である太陽電池には、食の期間以外一日中太陽光があたり、発電し続けています。

 ただし、地球の自転軸とパネル面は平行ですから、季節によって太陽光の入射角が変わるため、年間の発電量は変化します。
 春分および、秋分付近では太陽光の入射角が、直角になるためピークになり逆に、冬至・夏至付近では最大 23.5゜の入射角をもつために、最も発電量が低下します。
 更に厳密には、太陽と衛星の距離も季節によって変化するため、春分>秋分・冬至>夏至という具合にそれぞれ、発生電力に差が現れます。

 季節による、発電量変化は劣化ではありませんが、それに加え太陽電池パネルは終始、熱と宇宙放射線にさらされています。そのため、劣化によって徐々に発電量が低下していきます。少し古いデータで恐縮ですが、手元の資料によれば 5 年で、概ね二割弱程度の劣化が見られるようです。

 もちろん、衛星本体も例外ではなく、宇宙放射線等の影響を受けますし、太陽風が激しいと衛星に損傷をもたらすことや、最悪故障につながることすらあります。
 また衛星には、搭載機器等の温度が一定範囲になるよう、放熱する機構やヒーターも備わっています。宇宙環境自体は大気がないため、日の当たるところは灼熱地獄で、影の側は限りなく極寒、という非常に厳しいものです。
 ですから衛星の機構や、搭載機器にダメージを与えないため、これらの制御も重要で欠かすことができません。

 それから太陽電池パネルの次に、確実に劣化していくのが搭載されている、バッテリーです。衛星の場合は、太陽電池とバッテリーしか電力源がありませんから、不測の事態や食にそなえてバッテリーは、からっぽにするわけにはいきません(衛星のバッテリーは放電深度が決まっていたように思います)。

 放送衛星の場合、太陽電池が使えない食期間中にも、衛星自体の機構に加え放送用機器(大飯喰い)を駆動する関係上、大容量のバッテリーを用いています。それでも、普通の充電式バッテリー同様に、宇宙環境以外にも充放電による劣化がどうしても避けられません。
 地上のように、バッテリが死んだからハイ、交換。というわけにも行きませんので極めて重要です(^_^;)。その他にも、可動部分など含め徐々に劣化する部品は、いくつかあります。


  設計寿命が何で決まるか

 既に簡単に触れていますが、静止衛星の設計寿命は搭載されている、軌道修正用の燃料量に大きく左右されます。

 衛星には数多くの機器が搭載されていますが、それらが健在でも軌道修正ができなくては、静止衛星として運用を続けることが困難になります。かつて、5 年だった放送衛星の設計寿命も、7 年、10 年と伸びてきたのはロケットの大型化による、打上げ能力向上のおかげです。

 そのため衛星も大型化し、燃料をより多く積むことが可能となり、設計寿命の延長へとつながっています。非常にもったいないと思うかもしれませんが、徐々に劣化する部品などを含めて全てが元気であっても、軌道修正が効かないのでは”お役ご免“となってしまう、悲しい運命なのです。

 ちなみに、軌道修正用の燃料は使い切ってしまうのではなく、最後に軌道を離脱するための量を、必ず残すようになっています。もちろん、その分の燃料も設計寿命のなかに含まれています。

 そしていよいよ寿命を迎えると、代替衛星に交代した後に最後の力?を振り絞って小型スラスタをふかし、軌道を離脱します。いわば、衛星のバトンタッチです。長年、放送を支えてきた衛星も、大きな事故や故障などもなく寿命を迎えられれば、有終の美を飾ったと言えるのではないでしょうか(^_^;)。




 軌道離脱後の振る舞い

 それでは、”寿命後“の静止衛星の振る舞いを追ってみたいと思います。前章で寿命を迎え、軌道離脱した衛星はその後物理法則に従って、漂い続けることになります。

 まず軌道修正のところで述べた様に、地球から見て西の方向へ漂っていくように移動します。東経 110゜上空から、徐々にスピードを上げながら移動し、東経 75゜上空でピーク速度を迎えると今度は、減速しながら東経 40゜上空まで、漂っていきます。

 おもしろいことに、この東経 40゜上空で地球から見て東方向に向きを変え、再び漂い始めます。そしてまた、加減速しながら東経 110゜上空まで戻る、という振る舞いを 2 年半程度で繰り返します。

 同様に軌道傾斜角(赤道面に対する角度)も最大、15゜に傾いてしまいますがその後 54 年程度で、また 0゜まで戻ります。

 そして、”お役ご免“となった静止衛星はこれらの運動を、半永久的に繰り返すことになるのです。





  おわりに

 いつもながら、非常に長くなってしまいましたが最後まで、読破していただき大変ありがとうございます。

 最近では、H2A ロケットも打上成功に至りめでたいことに、ひまわり 6 号(MTSAT:運輸多目的衛星)も無事に運用中で、予備機も上がりました。
 初めてこの衛星からのテスト撮影画像が届いたとき、その鮮明さに驚くとともになにか感激すら覚えてしまいました。世間の報道では、”機能を詰め込みすぎ“だとか色々言われた衛星ですが、東経 140゜上空の運用軌道上で末永く活躍してくれることを祈っています。


                                  昔は東通工


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