デジタル携帯電話の昔話

〜知られざる各キャリアの過去〜


 このコーナーでは、私自身の体験や友人、知人等に取材したデジタル携帯電話にまつわる、マヌケな話や困ったことを公開する、昔話のページです。
 かなり各人の、独断と偏見が混じっていますが、温故知新笑えること請け合いです。それに、デジタル携帯の歴史も知っておいて、損はないでしょう!?(^_^;)。また、みなさんからのたれ込みも、随時募集していますのでふるってご応募くださいm(_ _)m。

  日本初のデジタル移動電話サービス
 やはり、最初はドコモでした(^_^;)。800MHz 帯で、93 年 3 月よりサービスインしています。当初より、私の友人の一人がデジタルムーバ P(無印)を使用していたので、そのころからの感想などを記述したいと思います。
 一番はじめ、デジタル携帯からの電話を受けたとき、ハッキリ言って「一体だれ??」というのが感想でした。とにかく、良く知っている友達からだったのですが、実に機械的な音質にとまどいました。
 私は、デジタル無線通信には憧れており、それがついに電話でも実現したとあって、かなり期待していました。もちろん、デジタルにおいては高度化暗号鍵方式の、スクランブルが標準でかけられるなど、大きなメリットもありました。
 しかし、それが大きく裏切られたのです。
 

  のっけから、好感度ゼロの音声コーデック(高能率音声符号化)
 当時は、コーデックの詳細を知らず、V-SELP という記述だけは知っていたので、こいつがガンだな!とそのころから、コーデック嫌いが始まっていました。確かに、音質は実にクリアなのですが、ビブラート(声の震える感じ)がかかった多少こもり気味の声が、どうしても気に入りませんでした。
 しかも、親しい友人にも関わらず、誰だか判別しづらかったのは、声の個人性(その人らしさ)が失われているからに他なりません。
 この手のコーデックは、予め用意された音声辞書(符号帳)というものを参照します。AD 変換後(デジタル化)の音声成分の特徴を解析し、もっとも近い音声辞書インデックスを伝送します。

 そして受信側では、先ほどのインデックスから得られたデータに従い、符号帳の出力を変形、元の音声に含まれる基本周波数(ピッチ)で、それを繰り返すことにより、いかにも元の音声らしく合成しているのです(複合)。

 だからこそ不自然極まりない、耳障りなビブラートが発生するのです。

 通常、8bit x 8KHz サンプリングの音声データは、64Kbps にもなります。これを約、1/8 に圧縮するのですから、いただけません(^_^;)。つくづく、PHS は優秀だと思います(ボカスカ)。

 やはり、アナログがいいとつい 99 年頃まで、アナログ・ムーバ F を愛用していた人もいます。



  実は本当の声ぢゃない音声コーデック(^_^;)

 先ほど音声コーデックについて、簡単に触れましたがそれをもう少し解りやすく、噛み砕いてみましょう。移動体電話での音声コーデックは、MD や MP3 に使われる圧縮技術とどう違うのでしょうか(解りやすくするため、多少正確さに欠くことをご了承下さい)。

 これは例えると CD に収録された音楽と、MIDI の関係によく似ています。従来のアナログは、純粋な波形伝送ですから CD に相当し、そっくりそのままどんな音でも再現できます(もちろんクオリティは違いますが)。
 しかし、同じ楽曲を MIDI(解らない方は、通信カラオケの楽曲を思い出してみてください)で演奏すると、曲の雰囲気が違ったり極端なときには、音色まで違ったりします。

 MIDI では、予め PCM(デジタル録音)によりあらゆる楽器の音色を装置に用意し、これを自由に音階(音声のピッチに相当)やエフェクト(エコーやコーラスですね)を付けて、各楽器の音色をミックスした後、音楽として出力します。

 似ているのだけど、なにか違がう・・・。ここの辺りが、音声コーデックと MIDI に共通するところです。近年では EVRC やハイパートークなど、かなり音質も向上しましたが、アナログや PHS にはとうていかないません。

 これも MIDI と同じで、最初は元の楽曲とのギャップが大きかった、通信カラオケも年々音質が向上、曲によってはオリジナルに迫るサウンドが得られるようになっています。これは、用意された音色数が増加し、エフェクトも多彩になってきたからです。

 さらに宇宙人声になってしまうことで有名な、聞こえないハーフレートはさながら、音色数と同時発音数の少ない MIDI、という ところでしょうか (^_^;)。


  まるで衛星経由なみの音声遅延!
 悪いことばかりが目立ちますが、コーデックは演算量が比較的多く、処理に伴う遅延がくせ者です(^_^;)。まるで、衛星経由じゃないかと思うほどで、実測ではありませんが 200ms 以上は遅れている感じです(実測値は 250ms 程度)。
 そのせいで、非常に会話のテンポが悪く、話が弾みません。しかも、あいづちをうとうものなら、「えっ?」・「なに、どうぞ?」となってしまい、会話になりませんでした。今では、このテンポの悪い会話にも慣れましたが、電話において遅延は非常にくせ者です(衛星中継のアナウンサーと、レポーターの会話みたいですね)。
 その点、ハイパートークや cdmaOne(現 au CDMA2000 の先行サービス)では非常に遅延が少なく、従来の半分以下という感じで話しやすくなっています。さすがは、後発のコーデックですね(^_^)。(多分 100ms 強)
 余談ですが、ドコモの衛星電話なんか遅延がすごすぎて、話になりませんでした(^_^;)。まぁ、PSI-CELP と衛星の遅延を足したら 450ms(オーバーか?) くらいになってしまう気がするので、お話になりません。これじゃあ、衛星の多段中継だぁ(ボカスカ)。
 それにしても、通話の秘匿性と周波数利用効率の追求から、アナログが過去の物として追いやられてしまいましたが、非常に悲しい出来事だと感じています。周波数の割り当て表を見ると、最後まで残っていた TACS※が、まるでかつてアナログここにありき、という墓標のようにすら見えます。

  ※最後のアナログサービス。2000年9月30日でサービス停止。
 電話の本質を考えたら、秘匿性にはひどく劣りますがアナログは、音質及び接続品質においては、最高だったと思います。もちろん、音声の遅延などみじんもありませんでした(^_^)。
 また 2001 年 秋に鳴り物入りで登場した、W-CDMA の AMR ですが、やはり期待しなくて良かったです。確かに携帯では現在最高の音質ではありますが、モロに「コーデックかけました」という感じのにおい?がぷんぷんする音質でした。

  天下のドコモにもかかわらず、着信率悪し・・・(^_^;)
 開業から 1、2 年ほどの間は非常に着信率が、悪かったのをおぼえています。通常、2〜3 回かけないとつながらないことが、多々ありました。
 おそらく、基地局数が少ないのと周波数選択性フェージングを、強く受ける分ページングChをうまく、受信できていないのではないか、と推測されました。アナログでは、ポケベル並の伝送速度(制御Ch)でしたので、発信・着信率とも抜群でしたが(古いシステムを引きずってたるため)。
(某離島で、50Km 近い海上伝搬を経て、伊豆半島の基地局に接続、発信できた実績あり)
 また、車で走行していると 23 区内にもかかわらず、時々通話が切断することがありました。アナログでは、ほとんど考えられなかったことで、結構マヌケでした。しかも、デジタルのため通話品質の、良好な領域から切断に至るスレッショルドが、 非常に急稜なため切断される前触れがほとんどありません。
 アナログでは、ヤバくなってくるとノイズが増え、終いにはスケルチ(雑音制御)が閉じてきて、音声が断続してきます。これによって、容易に切断の予測をすることができました。しかし、デジタルでは全くと言っていいほど、不可能です。
 しかしながら、長野や新潟、山梨に至る山間部においても、ほとんどアナログと遜色なく使用できたのは、感心です。NTT はアナログでもフェージングによる、パサパサというノイズもほとんどなく、超快適でした。もう一度、みかか大容量方式を使いたいものです(都内でもノイズだらけだった TACS とは大違い)。
 やはり、高速道路沿いなどからインフラ整備を始めるので、私の実験した中央本線沿線などでは、良好だったのだと感じています。

  94 年春、ついに端末の売り切り制スタート
 94 年春、ついに待望の端末売り切り制が、スタートしました。それまで、端末は事業者からユーザーがレンタルを受ける状態で、補償金も基本料も高かったものです(ドコモは補償金 \200K、基本料 \17.6K)。
 また、売り切り制とあわせて、デジタル方式(PDC)による NCC の参入が認められ、東京ではドコモと IDO に続いて、東京デジタルホン、ツーカーセルラー東京がサービスインしました。
 それでも、最初は端末代が \100K 近くしたものです。
 これら NCC は、ペーパー会社による飛ばし契約(不正契約)が相次ぎ、95 年過ぎまではいろいろと苦労したようです。
 さらに、東京デジタルホンは当初輻輳がひどく、都心とその近郊では平日にも関わらず、夕方や夜になる度につながらない、というひどい状況が続きました。その当時、携帯の普及率はかなり低く、電車の中でも呼び出し音が鳴ることは、まずありませんでした。
 それにも関わらず、このようなひどい輻輳があったのは、基地局で実装する通話 ch 数が少ないうえに、セクター間での通話Ch融通ができなかったからで、現在ではすでに改善されています。
 また、ツーカーセルラー東京では確か、所沢かどこかの方でユーザーに無断で、しばらくの間基地局が落ちるということがありました。これ以外でも、頻繁に落ちていたようです(開始当初はこんなものでした)。
 NCC の当初のサービスエリアは、おおよそ国道 16 号線の内側でしたが、いかんせん基地局の密度が低く、私の地元では駅前のマンション以外、NCC の基地局は見あたりませんでした。
 当時の我々仲間内での評価は、ドコモ PDC 800MHz よりもっとひどく、最初の 2 年間くらいは NCC≒使えない電話でした(^_^;)。これは、PHS が 95 年にサービスインした後も、しばらく変わりませんでした。
 それでも、1.5GHz 各社は現在においても都心では、しょっちゅう切れまくるので、お話になりませんが(^_^;)。
  添付資料:携帯電話の番号体系

  ドコモ 1.5GHz も全然ダメだった
 現在、シティフォンとして売り出し中の、ドコモ PDC 1.5GHz ですがとにかく、基地局数が少なくて切れまくりました。我が街でも、木造住宅街にもかかわらず、切れるというていたらくで呆れたことがあります。
 また、ちょっと東京近郊を離れると、まったく使用できませんでした。宇都宮等へ行くと、当然使えなかったわけです。当初、NCC と同レベルかそれ以下のエリアでした。
 そしてエリア拡大にあわせて、ある程度政令指定都市で使えるようになったのが、わずか 90 年代後半だったと記憶しています。今でも、まだまだ全国エリアは狭く、NCC とは張り合えませんね(そもそものエリアが完全に全国ではない)。
 現在においても、まあり評判は良くなくて使っている人を、ほとんど見かけません。ドコモは PDC 800MHz の輻輳があるため、必死に 1.5GHz を売りたがっていますが(503 以降の機種は 800/1.5 のデュアルバンドですし)、乗り換えを図るユーザーは J-PHONE(現 Vodafone)などに流れつつあるようです(^_^;)。

  IDO も使えなかった
 IDO(※) も、800MHz で PDC をスタートしていましたが、やたらとエリアが狭くあまりやる気が感じられませんでした(^_^;)。現在においても、新幹線で試すと小田原間までに、絶対にぶつ切れになります。
 残念なことに、当初は IDO ユーザーが周りにいなく、詳細な実験かできなかったのが辛かったです。2001 年まで、唯一一人だけ IDO PDC ユーザーがいましたが、都心はともかくとして 23 区を出てしまうと、良く切れます(さすがに現在は cdmaOne[現 au CDMA2000 の先行サービス] ユーザー)。
 本当に 800MHz ?と疑いたくなるほど、切れやすいですね。やはりこれは、基地局密度の差でしょう。困ったものです(^_^;)。
 とまぁ、あまり印象が良くないまま、96 年春に突然デジタル方式を IS-95 に将来転換する、と宣言。私はとまどいました。突然、北米方式のデジタルに切り替えるなんて、何を考えているのか、と・・・・。
 しかし、フタを開けてみれば今回の cdmaOne(現 au CDMA2000 の先行サービス) の併設導入のことだったのです。当時、本家アメリカでは、IS-95 の商用サービスが始まったばかりでしたが、すでに PDC で苦戦を強いられていた IDO 陣営は、こんな前に戦略の転換をしていたわけです。
 現在、IDO が PDC ユーザーをないがしろにしているのを見ると、そのことにうなづけます。そんな IDO も今は auとなり、PDC 自体も 2003 年 03 月いっぱいでサービス停止しました・・・(設備の償却はできたのでしょうか??)。


  ※IDO:現 au 東海・関東区域の会社名。セルラーグループと統合前。

  エリクソン社を強調したがっていた、デジタルホン
 最近まで、この会社を知らなかった人は多いでしょう(^_^;)。開業当初、パンフにもありましたが、「エリクソン社って何?」と良く思ったものです。
 現在では、例の特許紛争で日本での知名度もアップしましたが、みかか並に歴史のある電話屋だとは、思ってもみませんでした。昔は宣伝文句で、デジタルホンの営業マンも、よくエリクソン社の基地局設備云々を、強調していました。
 しかし、PDC ですから開発元の NTT の方がいい、と私は思っていました。そうしたら、あの輻輳騒ぎですから、案の定大したことないな、というレッテルが貼られてしまったのです。
 当時(95 年)の携帯普及率において、少なくともドコモで通話が輻輳することは、一度も経験しませんでした。それは、アナログ・デジタルともで、「隅田川花火大会」のような、一大イベントにおいても輻輳は皆無でした(^_^;)。
 単純に、当時の設計が甘かっただけなのですね(^_^;)。でも、今考えると昔は電車の中も、ずいぶんと静かでした。週末でも輻輳に悩まされることもなく、実に快適に携帯電話が使用できたものだ、とつくづく感心します。

  ドコモ輻輳始める(じゃなくて、始まる)〜そして現在へ〜
 ついに 96 年中頃、携帯電話の普及率がうなぎ登りになり始めた頃、ドコモの PDC 800MHz でも輻輳が起き始めます。最初は、都心のビジネス街や週末の夜に、新宿などの繁華街でひどい輻輳が起き始めたのです。
 ひとたび輻輳が起きると、ユーザーは一斉にリダイヤルし出すため、より状況に拍車をかけることになります。そして、この輻輳が頻繁に起き始めた頃と、ほぼ同時期に電車内でも「ピピピ・・・」という耳障りな音を、良く聞くようになったのです。
 それまで、電車内で携帯の着信音を聞くことは、ほぼ皆無でした。それが、急激に増え始めアッという間に、現在と変わらない状況になってしまいました。今では、電車に乗っていれば、ものの数駅も乗らないうちにそこらの、コギャルやチーマー、はたまた一般人の電話が鳴り始めます。
 従来、携帯電話はごく限られた、一部の人たちだけのものでした。それが、自由競争によりサービス料金が徐々に値下がりし、一般的な人々にも手が届くようになったとたん、爆発的な普及が始まりました。
 現在において、外で連絡を取り合うため、というプライオリティは下がり、ほとんどおしゃべりの道具に成り下がってしまいました(別に、おしゃべりが悪いとは言いませんよ(^_^;)。事業者はさぞかし、頭を抱えていることでしょう。PHS がサービスインした当時は、同じく長電話で輻輳が!?、と危惧する声もありました。
 しかし、出だしでコケてしまったため(というか、完全な戦略ミスでしょう)、現在においてもユーザーの微減に歯止めがかからないでいますから、輻輳の心配はまずありません(^_^;)。PDC がほとんどつながらない、週末の夜での新宿でも実に快適に発着信可能です。
 PDC では、平気で長電話するおねえちゃん等がやたらといるためか、局地的にかなりひどい状況のようです(根本的にユーザーが多すぎるのがマズイ)。ですから、PDC 事業者は、深刻な周波数不足に悩んでいるわけです。(ドコモ端末のデュアルバンド化は苦肉の策でしょうね)
 余談ですが、ドコモのアナログムーバが発売されて、いくらもたたないころはこんなおもしろい光景が見られました。
 電車の中で、まもなくトンネルに入るというのに、携帯で発信しようとしてつながったとたん、トンネルに突入して切れてしまっているのに、一生懸命リダイヤルしている人です(^_^;)。
 今では、こんなバカな人はいないと思いますし、見かけることもなくなりましたが、電波の性質を知らないということはつくづく、恐ろしいことだと感じた次第であります(ボカスカ)。

  おわりに
 いかがでしょうか?。携帯キャリアの昔話・・・。一応、全て事実に基づいて製作していますが、「そんなことはなかった」、「もっとマシだった」、という方はぜひお知らせください。今後の参考にさせていただきますm(_ _)m。
 結論は、やっぱりアナログの音質はサイコ〜ってところでしょうか!?。仕方ないから、フォーンパッチでもして、高層マンションに基地局を設置して、私設 CRP でも開設しましょうか?(^_^;<ボカスカ。
 


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