N-STAR 衛星携帯・自動車電話システム
〜静止衛星による移動体電話システム〜



 NTT ドコモでは、96 年 03 月から N-STAR(静止衛星)による、衛星携帯・自動車電話サービス(Wide Star)を開始しています。日本国土の 100% 及び日本近海をカバーするため、防災関係・建築・土木関係・船舶関係などの分野でおもに利用されています。
 静止衛星を使用しているため日本から見た衛星の仰角が高く、地平線から見上げて南側 45゜(東京)以上空が見通せれば、文字通りどこでも通話することができます。

 比較的身近なところではある程度の規模の客船に取り付けられた、船舶公衆電話にこのシステムが使用されています。
 衛星電話システムの花形だったイリジウムは諸般の事情により、廃業してしまいました(その後アフガン戦争をきっかけに、復活)。

 しかしこちらは先の沿岸船舶電話の置き換えとそのエリア拡大、PDC の補完などの目的もあるのできっと存続していくことでしょう(^_^;)。

N-STAR ポータブル端末機
※デュアル・シングルモード両用



  サービスに使用される衛星・通信規格の概要

 このサービスに使用される衛星は、N-STAR と呼ばれ NTT 自前の大型静止衛星です。サービス開始当初は、A 号機(東経 132度)及び B 号機(東経 136度)の二機体制で運用されていました。
 また、移動系のみならず固定系の DAYNET と呼ばれる、NTT 本体のための回線としても使用されます。これは地上の有線電話網の補完で、輻輳時などの迂回路やバックアップとして使用されるものです。

 後に '02 年 07 月に、ドコモ自前の衛星、N-STAR C 号機が打ち上げられました。この衛星に限って、衛星携帯・自動車電話サービス(Wide Star)サービスのみを継承する機能しかもっていません。主に、アンテナ系の性能強化が計られています。

 また '06 年 07/01 より現用であった N-STAR A号機(寿命)を退役させ、'06 年 04 月に打ち上げた D 号機を現用としました。今後は D/C 号機との 2 機体制となります。

 それでは以下に、簡単な通信規格概要を示します。
N-STAR 衛星携帯・自動車電話規格
使用衛星・概要 N-STAR D 号機(E132゜)及び C 号機(E136゜)・いずれも3軸制御静止衛星

※A 号機 95 年 08 月、B 号機 96 年 02 月打ち上げ・いずれも設計寿命 10 年
※C 号機 02 年 07 月打ち上げ・D 号機 06 年 04 月打上・いずれも設計寿命 12 年
使用周波数帯等 フィーダーリンク(衛星-基地局間):6/4GHz 帯(C Band)・上下各72MHz 幅
サービスリンク(衛星-移動局間):2.6/2.5GHz 帯(S Band)・上下各 30MHz 幅
チャンネルステップ等 上下回線とも FDD(周波数分割複信)
チャンネルステップ 12.5KHz・1 キャリアにつき 1 通話チャンネル(SCPC)
変調方式・伝送速度 π/4シフトQPSK・14Kbps(変調方式は PDC/PHS と同じ)
※データ通信時は、FEC+ARQ になるので 4.8Kbps
音声コーデック PSI-CELP(5.6Kbps+エラー訂正符号[FEC])
端末機出力 2W
サービスリンクエリア構成 マルチビーム 4 つで構成(別図参照)
サービスエリア 日本本土及び日本近海
※デュアルモード端末では、PDC エリア内で自動切り替え可




以下に N-STAR 衛星携帯・自動車電話システムの、概念図を示します。


※Ka/Ku/C バンドは NTT 固定網で使用
黒線:フィーダーリンク
青線:サービスリンク



  システムの二重化と降雨減衰


 N-STAR による、衛星携帯・自動車電話システムは衛星を含め地上系の基地局や、制御局、関門局に至るまで全て二重化がはかられています。

 衛星系システムでも特に静止衛星は修理・回収がきかないことから、2 機 以上で運用するのが通例です。
 また地上系設備の二重化は障害発生時や災害時などの対策になります。通常の携帯電話でも交換・制御系の設備は二重化されていますが、N-STAR の場合は完全に独立した系が 2 つあるという大きな冗長性をもちます。

 それからみなさんも NHK の衛星放送などでご存じだと思いますが、衛星系で使用する周波数によっては降雨減衰を考慮しなければなりません。

軌道に浮かぶ N-STAR(想像図)

※見た人は誰もいません(^_^;)
A/B 号機で、長手方向 27m強もある大型です


 これはマイクロ波の場合雨粒により電波エネルギーが吸収、再放出の際に散乱されてしまうためです。BS の場合は 12GHz 帯という非常に高い周波数を使用するため、年に数回程度の頻度で集中豪雨による受信中断現象が起きる ことがあります。

 しかし、N-STAR で使用される周波数は 2.5/2.6GHz 帯のため降雨減衰はほとんどなく、考慮する必要がありません。同じく降雪による減衰は雨よりも低くなるので、その影響は無視できます。
 すでに廃業してしまったイリジウムは 1.6GHz 帯を使用していましたが、こちらにも同じような理由があります。また今後サービスが予定されている、低軌道周回衛星による世界的規模の携帯電話、グローバルスター計画もイリジウムとほぼ同じ周波数帯を使う予定です。

 ちなみに 2.5/2.6GHz 帯による衛星移動体通信は、かつての技術試験衛星 ETS-VI にて実証される予定でしたが、こちらは静止軌道への投入失敗で見送られました。




  移動中の通話を可能にする自動車、船舶用自動追尾式アンテナ

 このシステムでは静止衛星を介して通信を行うため、端末側での指向性アンテナの適用が必須となります。端末側の出力は、通常 2W となっておりいかに低 C/N 比で運用できるデジタル通信と言っても、イリジウムのようなわけにはいきません。

 静止衛星では高度約 36000Km という距離と通信を行うため、どうしても所用電界強度を確保するにはある程度の出力と、指向性アンテナの適用が避けられません。

 ポータブル端末では一般的な平面アンテナでしたが、移動局に端末を搭載するときに使うのが、自動追尾式アンテナです。まず右の写真ににその外観を示します。

 大きさは直径 30cm×高さ 45mm となっており、自動車から小型の船舶にまで搭載可能です。

 また構造は左の写真のようになっており、平面パッチパターンアンテナを基本に構成されています。そして方位角方向が機械式追尾、仰角方向は電子追尾となっている模様です。

 これらの機構により車での走行中や船舶での航行中に、端末の使用が可能となります。また自動追尾式のため衛星の方向や角度を気にすることなく、乗り物等を運行することができます。

 機構的には移動体用の BS アンテナにも似たところがあります。BS アンテナではトランク埋め込みやバスの屋根、電車の屋根などに取り付けられています。

 しかしこのアンテナの場合は、埋め込み用のオプションはありませんので、必ずレドームが露出した形で搭載されます。

 また現在ではもっと小型で、薄くなった物が実用化されていますが写真でもわかりやすいよう、サービス開始当初の写真を掲載してあります。




  静止衛星ならではの難点・音声遅延

 みなさんもテレビの国際中継を、ご覧になったことがあるかと思います。よく見ていると、スタジオのからの呼びかけに対しかなり遅れて、現地レポーターがしゃべり始めます。

 これは衛星中継特有の遅延によるもので、通常一回静止衛星に打ち上げるだけで 250ms 程度の遅延が発生します。ドコモの衛星携帯自動車電話も、同じく静止衛星を使用しますのでその伝搬距離は、36000Km×2 となり先の様な遅延量になります。

 これは非常にやっかいでコーデック等の遅延を含めると、400ms 程度は遅れているかな?という感じさえするほどひどいものです。ただし、地上系の PDC と違い TDMA ではありませんから、その処理に起因する遅延は発生しません。

 またこの方式では、衛星自体に交換機能は持たないため(サービスリンク・フィーダーリンクの変換・中継のみの機能)、衛星携帯自動車電話同士の通話では、さらに倍の遅延が発生するはずです。

 通常、人間が違和感を感じてもまともに会話できる限界は、200ms 以下と言われていますから欠点であると言わざるを得ないでしょう。

 これらは電波を媒体として使う以上そしてこの時空間にいる限り、越えることのできない物理的制約なのです。もちろん、イリジウムの様に衛星自体に交換機能を持たせれば、衛星電話機同士の場合のみ遅延量を半減することは可能です。




  デュアルモードとシングルモード

 このサービスで利用できる端末には衛星のみを利用するシングルモード・サービスと、PDC エリア内で衛星と双方の自動切り替えが可能なデュアルモード・サービスとがあります。

 デュアルと言っても端末機自体は両用なので見た変わらず、外付けでデュアルサービス対応の PDC 端末を接続することで実現します。

 例えば車載としてデュアルサービスを受ければ、都市部など PDC エリア内では優先的にこちらが有効になります。

 そして山間部や僻地など PDC エリア外では自動的に衛星モードに切り替わり、南の空さえ開けていればどこでも使えることになり極めて広いサービスエリアを確保できます。

 このほか車載専用の端末もあり、こちらもデュアルモードサービス対応となっています。


  データ通信サービス

 衛星データ通信サービスも行われており、対応機では帯域保証サービス時で上り下りとも 64Kbps の通信が可能です。
 パケット通信サービスでは開始当初上り 4.8kbps・下り 64kbps でしたが、後に開始された高速パケット通信サービスにより最大で上り 114kbps・下り 384kbps と大幅に高速化されています。





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