「皆さん、私が今どこにいるかわかりますか」
テレビ東京の美人リポーターヴィンセントはウエットスーツに身を包み、湖の前に立っていた。
「東に日本一の富士山が見えます、ここは静岡県の浜名湖です」
カメラがヴィンセントをとらえている。
「オッケーです、ヴィンセントさん、今度は地元の漁師達へのインタビューいきます。」
スタッフがオッケーを出すと、ヴィンセントは防波堤へ歩き出す。
「1回食べれば20回再戦OKな究極の夜のお菓子巨大うなぎパイ」の材料となる幻の巨大うなぎを求めるというのが、今回のヴィンセントの仕事だった。
「ヴィンセント・ヴァレンタインの珍味紀行」
日曜日の早朝5時30分からやっているこの番組は、リポーターのヴィンセントが国内、国外の珍しい料理を求めて旅をするどこのテレビ局でもやっていそうな、とりたてて目新しいものがないグルメ番組であるが、彼が視聴者好みの美形の為、視聴率が期待されないこんな時間にもかかわらず、視聴率は高く、好評である。
何回かのオンエアーの中で最高視聴率をとったのは、長野県で蜂の子を食べさせられた回で、虫を食べることに抵抗があり、嫌だ、嫌だと涙を流しているヴィンセントの口に強引に蜂の子を押し入れた回だ。
美味しそうにものを食べている回よりも、涙を流して飲みこんだり、嫌がっているところをスタッフに押さえられて食べさせられている回の方が視聴率が高いのが他のグルメ番組とやや趣が異なるところである。
「巨大うなぎねえ……知っているよ、わしも何年か前に捕らえたことがある」
浜名湖の人のよさそうな漁師のおやじは煙草のピースをくわえながら言った。
「いいねえ、あのおやじ、外見といい、雰囲気といい、いい味だしてるよ」
スタッフ達はマイクに拾われない程度の小さな声で話す。
「普通のうなぎとはまた異なった性質をした巨大なうなぎでな、何年かに一度、突然変異で生まれてくるんだ。今年もまた生まれたらしくて、見たという奴がいるんだ」
「で、普通のうなぎと異なる点とは?」
「どういうわけか、その突然変異は雄のうなぎしか起こらなくて、そいつがなあ、なんっていうか、うなぎのくせに絶倫野郎なのだよ」
「絶倫…野郎……」
おやじの口から思わず漏れたえげつない言葉にヴィンセントは顔を赤らめる。
「確かにうなぎは精力剤として昔から…」
ヴィンセントの言葉をさえぎっておやじは言う。
「絶倫野郎は、すげえ悪食で、養殖されているすっぽんを頭から食べちまうんだ、捕まえるのも大変だ。でかいからな、人間も下手に手が出せねえんだ……だがね…苦労して捕まえた獲物ほど美味しいものはないんだ。食いきれないからな、たいがい食いきれない分はうなぎパウダーに加工されて、巨大うなぎパイの原料にされるけれどな」
そのうなぎを捕ろうというのが、今回の企画でもあった。
ヴィンセントの顔が青白くなってきた。
「あ、そういえば、先日、その巨大うなぎが、わしの弟のすっぽん養殖場を荒らしていった時の写真があるから見るか?」
ただのインタビューにしてはやや都合よすぎる展開でおやじは懐から写真を取り出す。
「そこの中央にいるのが、伝説の巨大うなぎだ」
カメラがその写真をクローズアップする。
ヴィンセントは覗きこんだ。
端正な顔に疑いの色が浮かんだ。
「あのう……これ」
そこには、すっぽんを口にくわえた若い銀髪の男が、カメラに向かってピースをしている姿が写っていた。
「恐ろしい姿をしているだろう、巨大うなぎ………」
「あのう……これ」
どこをどう見ても、それは銀髪の人間の男の姿だった。
「人間ではないですか?」
ヴィンセントは返すと、おやじは怒りだした。
「とんでもない、こんな人間がどこにいるものか、どう見ても巨大うなぎじゃないか」
ヴィンセントは少し困った顔をして、スタッフを見た。
「ヴィンセントさん」
撮影は一端中断され、スタッフがヴィンセントとおやじの回りにやってきた。
「これなのだが……」
ヴィンセントはスタッフ達に写真を見せた。
「どう見ても、人間…」
その瞬間、彼等はげらげらと笑いだした。
「ヴィンセントさん、何、ねぼけたようなことを言っているんですか、これ、うなぎですよ、うなぎ」
(私はだまされているのだろうか)
ヴィンセントはうたぐり深そうな顔を彼等に見せると、小さく言った。
「私には、銀髪の黒いコートの人間がすっぽんをくわえてピースをしている写真に見えるのだが…」
スタッフは笑い続けている。
「ヴィンセントさん。別におどけなくていいのですよ」
「でもでも」
「はははははははは」
「どう見たって、巨大うなぎではないですか、ねえ、おやじさん。おお、これは活きのいい、雄うなぎだな」
「だろ」
納得のいかなさそうなヴィンセントを無視して撮影は再び始まる。
「で、どのようにして、うなぎを捕るんですか?」
「そりゃ、普通のうなぎを捕るようにはいかんのですわ」
漁師のおやじは再び話しだす。
「鮎の共釣りというのを知っているか」
「ああ、おとりの鮎を使って他の鮎を釣る釣り方ですね」
「あれをやるんだよ」
そのうなぎと同じくらいの大きさのダミーのうなぎを作って泳がせ、寄ってきたところを釣りあげるらしい。
「………」
ヴィンセントは困った顔をすると、スタッフは目の前に何かを置いた。
「これは…」
ビニールコーティングされた着ぐるみに見えた。しかも、それはうなぎに似せてある。
「君が着て、潜って、その…共釣りのうなぎのおとりの役をするんだよ」
「え?」
スタッフの一人が言った。
「君が捕まえるんだよ、その巨大うなぎを……」
「いやああああ、いやだああああああ」
ヴィンセントは叫んだ。
スタッフはにやにや笑っている。
「どう見ても、あれは人間ではないか…」
AD達がかけ寄り、ヴィンセントのウェットスーツの上にうなぎの形をした着ぐるみを着せていく。
「やあああああ」
着ぐるみにはフックがあり、ロープがついていた。
「着せたらクレーンで吊り上げるぞ」
「ああ」
うなぎの格好をさせられたヴィンセントはクレーンで吊り上げられる。
「巨大共釣りというよりは、UFOキャッチャーだな、こりゃ」
スタッフ達は埠頭のコンクリートから2メートルほど上空をぶらぶらと蓑虫のようにつりさがっているヴィンセントを見ていった。
「がんばって捕ってくるんだぞ」
「………」
上空からべそをかく声が聞こえてきた。
「大丈夫かな……」
スタッフの一人が心配そうに言った。
「大丈夫だ、あれは弱そうに見えて意外と丈夫だ」
たぱん
クレーンがゆっくりヴィンセントを湖面に降ろした。
まぬけな着ぐるみは水中に消えていく。
(あんな変なうなぎいるはずないのに…)
ヴィンセントは水中眼鏡越しに湖底を見た。
4・5分、ヴィンセントは湖面をさまよっていた。
「はあ」
ふっと、背後から何者かに近づかれ、抱きしめられた感触がした。
「ああああ」
ヴィンセントが振り向くと自分の身の丈がそう違わない黒い何かがいた。
クレーンについたロープが大きくしなった。
「かかった、引き上げ!!」
クレーンにエンジンがかかり、ゆっくりと引き上げられる。
「きゃああああああ」
ヴィンセントは叫んだ。
「か…かかった……」
ヴィンセントの背後に、あの写真と同じ銀髪の男がしがみついていた。
埠頭のコンクリの上に降ろされたヴィンセントは子なきじじいのように彼の背にへばりついて離れない男を指差した。
「これだ、これが伝説の巨大うなぎだ」
漁師はあっけなくつかまった希少なうなぎを見て言った。
「私が見るかぎりでは普通の人間なのだが…」
ヴィンセントが言うと、漁師達が叫んだ。
「うなぎだうなぎだ、おとりから引き離せ」
わらわらとスタッフが集まってきて、ヴィンセントから男ひきはがそうとしている。
「やだ」
その時、初めて、うなぎと呼ばれた男が声を出した。
「俺はこの雌うなぎを気に入った」
ヴィンセントの背を抱きしめて離さない。
「やだ…と言われてもなあ…」
スタッフと漁師が顔を合わせる。
「あうあうあうあうあう、うなぎが話している…誰も変だとは思わないのか……」
ヴィンセントが情けなさそうに言っているのにもかかわらず、彼等はそれをまったく聞かない。
30分ほど漁師とスタッフがうなぎと格闘してヴィンセントから巨大うなぎと呼ばれた男をひきはがした。
陸からあげられて、皆によってたかっていじられていたうなぎがぐったりと埠頭に横たわっていた。
「やっと大人しくなったな」
ヴィンセントは着ぐるみを脱いだ後、疲れた顔で立ち尽くしていた。
「話すうなぎなんて………」
「さあ、ヴィンセントさん、次はいよいよ、うなぎを料理するのを撮影しますよ」
「ええええ!!!」
ヴィンセントは驚いた顔をして、スタッフを見た。
「この男を……」
「だから、それはうなぎですよ」
「でも…」
再び視線を落し、男を見た。
うなぎと呼ばれた男はヴィンセントを見つめている。
「………俺を…どうするのか……」
「これを…料理するのか…」
銀髪の男は悲しそうな顔をした。
スタッフはお互い見つめあう一匹と一人を見ていた。
「………できない……」
ヴィンセントは首を振った。
「このうなぎを殺すことはできない……」
「そうだろう」
うなぎは再びヴィンセントを抱きしめた。
「私の名はセフィロス…お前を嫁にしてあげよう…」
ずるずるとヴィンセントを湖の方までひきずっていく。
「ああああああああああああ」
たぱん
セフィロスという名のうなぎと共に、また湖の中にヴィンセントの体は消えていく。
「…………」
「どうするよ…今回のオンエアー」
「………」
(おそまつ…おしまい)