第二回「銀座高級クラブ接待」と「お水の花道」編


東京丸の内にある総合商社(株)宝条 昼下がり、セフィロス専務付の男性秘書ザックスは13階フロアの社長室の部屋をノック した。
ほどなく、社長付の秘書エアリスが現れ、ザックスがアポをとっての来室であると 確かめると、室内に案内した。
専務セフィロスと同様のワンフロアーぶちぬきの社長室、大企業を統べる社長、宝条はデスクに座り、暇そうに「週間文春」の「読むクスリ」を読んでいた。
「なんだね、君かね」
宝条は本を置くと、ザックスを見た。
「何の用かね」
ザックスはあたりを見回した、誰もいないのを確かめると、宝条に耳うちした。
「なに、息子に外人の恋人?」
「ええ……、最近、セフィロス専務、英文の書いてある便箋を見て、にやにやしているのです。外人にラブレターをもらったのでは……と」
宝条はむむと言うとにやりと笑った。
「ラブレター?携帯が普及して、E−MAILで手紙が交わされる世の中に、今時古風に便箋に……へんだなあ。私は違うと思うぞ」
「では……」
怪訝そうにのぞきこむザックスに宝条は言った。
「今週の夜……取り引き先の接待が入っているか?」
「は…入っております。木曜日…(株)神羅観葉植物のリース会社とです、うちの会社の経費削減運動の一環で廃止が検討されているフロア内に置いてある………あれの」
「先方も必死だろうな、こんな不景気のさなかに得意先が消えるわけだからな、セフィロスにいい思いをさせておいて取り引きの継続を乞うんだろうな」
「それがどうして関係あるんです?」
ザックスが言うと、宝条は返した。
「君はセフィロスと友人としての付き合いは長かったようだが……まだ、仕事として…専務付の秘書になって日が浅かったね、」
「…………」
宝条は葉巻を口にくわえた。 机の上のジェノバの彫像の形をしたガスライターで火をつけると、紫煙を吐き出し笑った。
「まあ、楽しみにしているといいさ、すぐ、わかる」

その頃、下の役員フロアでは、ヴィンセントが専務のセフィロスに茶を給仕していた。 セフィロスはデスクでなにやら鼻歌を歌いながら英文の書かれた便箋を眺めていた。
「機嫌がよろしいようですね、セフィロス専務」
「ふっ」
セフィロスは嬉しそうに笑った。遠足前日の子供のような、何か楽しみを後日にひかえて 気分が浮き足だっている者独特の表情だった。 しかし、それは不快なものでなく、むしろ、他の人間の表情をほころばせる。ヴィンセントもつられて笑った。 こんなに嬉しそうな顔をしているセフィロスを見るのは久しぶりだった。 しかし、机上に置かれた有田焼の湯飲みに手をつけ飲むと、その顔はふっと真顔に戻った。
「ヴィンセント……今日の茶は違うな………」
「え………」
セフィロスの顔が一瞬にして恐い形相になった。
「今日の茶は、『京都の玉露』100グラム1500円を『六甲のおいしい水』でいれたものではないな……」
ヴィンセントは驚いた顔をした。
「いいえ……、今日の御茶は『静岡のやぶきた茶』100グラム1200円を『南アルプスの天然水』でいれたものです……」
「なんだと……」
セフィロスは立ち上がると、ヴィンセントの腕をつかんだ。
「ああああああ、やめてください、セフィロス専務」
給仕用の盆を持ったままヴィンセントは叫んだ。
「だって、昨日は私にむかって、『私は静岡産のやぶきた茶が好き』とおっしゃっていらしたではないですかあ!!!!」
「それは昨日の話だ。今日の私は『玉露』を飲みたい気分なのだ、顔を見てわからなかったのかな、OLとして失格だ……仕方がない、御仕置きだ……」
セフィロスはヴィンセントの体を自分のところへひきよせると、ミニスカートの中へ手を伸ばしてレースのついたシルクのパンティを引き降ろした。
「や…やめて…せ…ん…む…」
スカートをまくりあげ、奥にあるヴィンセントのまだ、張り詰めていないそれを掴もうとした。
「ストップ!!!やーめんかい!!!」
ザックスが叫んで二人を止めた。
「ちっ………」
セフィロスが舌打ちをすると、ヴィンセントを開放した。 ザックスは床に落ちた下着を拾うとヴィンセントに手渡した。
「まったく、ひどい上司だよなあ、なあ、ヴィンセント」
ヴィンセントは羞恥でほほを染め、俯いた。 「もう………行っていいよ」 下着を制服のポケットにしまうと、彼は軽く礼をして去っていった。
「なんだつまらない、もっといじめてやろうとしたのにお前が止めるからだ、ザックス」
「あんたの悪趣味にはあきれるよ、あんな子をいじめて楽しいのか?」
呆れた表情をしたザックスを少し憐れんだような顔をしたセフィロスは言う。
「かわいそうだね、ザックス、こんな楽しい遊びを知らないなんて……これは権力者のみ許される遊び……ああして弱い人間を弄ぶ……」
「やなやつだな………ひねくれている」
仕立てのいい英国製のスーツをまとったセフィロスが肩を揺らして笑うと、ザックスは顔を背けた。
「そういえば……ザックス……」
「?」
ザックスは再び顔を向けた。
「(株)神羅の接待は木曜日の夜でよかったな……」
念を押すように聞いてきた。
「ああ……そうだよ」
セフィロスはあの便箋を机の引き出しにしまい、口元をややほころばせた。
「………楽しみだ………」
「?」
ザックスは鼻歌を歌うセフィロスを怪訝そうな顔をしてみた。

木曜日の夜……銀座………
高級クラブ「スカーレット」 夜の営業開店前、支配人ツォンがキャッシャーの札束を勘定していると、雇われママのスカーレットがため息をついた。
「かつては銀座の歌姫と呼ばれた、ジャズシンガーの私が用なしになるなんて、世も末よね」
カウンターに座り、メンソールをふかせた彼女は気だるそうに、店内の小ステージの真ん中に鎮座している、カラオケ用のディスプレーとマイクを見つめていた。
「仕方ないな、不景気だ…この店が生き残っていくためにはそうわがままは言ってられないのだよ。客の要求に答えなければ……」
ツォンはキャッシャーの引き出しを閉めた。
「あれ、が来たおかげで、客の入りもよくなったし、売り上げも増えた、それに、新しいホステスも雇えることになったし」
スカーレットは力なくうなずく。
「おはよーございまーす」
一番人気の若手のホステス、イリーナが出勤してきた。
「ママー、今日新人が入るって本当」
イリーナのかわりにツォンが答える。
「ああ、入るよ、もう、そろそろ、来る頃だな……ああ……、それと……イリーナ」
更衣室に行こうとするイリーナを呼び止めた。
「今日は(株)神羅の社運がかかった接待が入っている、お前がつけ…失礼がないようにな………」
「はーい」
間の抜けた学生のような返事をしてイリーナは更衣室のドアノブに手をかけた。
ボーイ達があわただしく店内を整え、店は開店時間を迎えた。
それから、二時間後、セフィロスは(株)神羅の部長、ハイデッガーに接待され、店内のソファにうずもれていた。隣には秘書のザックスが何故か一緒に接待されていた。
「やあ、いい夜ですな」
ハイデッガーはホステスの差し出したおしぼりで手をふきながら言った。
「………」
ピンクのドレスを着たナンバー1ホステスイリーナが、セフィロスのために水割りを作り始めた。
「ここ、最近、カラオケを始めたのですよ。セフィロス専務、歌、歌われたでしょう? よく噂では聞きますよ。谷村の『すばる』なんて、本人が歌っているようだったと」
たしかにレパートリーの一つではあるが谷村の『すばる』なんて、たいした曲ではない。 セフィロスはスーツのポケットの中に隠してあるあの紙きれを握って心の中で思った。
この日の……今夜のために大切にとっておいたこの「曲……」
隣席では別口の客が、演歌を歌って盛り上がりをみせていた。どうやら北島三郎の曲のようだった。
セフィロスは不敵な笑いをうかべた。
勝った………
秘かに通販でフランク.シナトラのリサイタル.ヴィデオを取り寄せ、練習した。
うまく歌えるように自分がフランク.シナトラになったようなイメージトレーニングもした。 さらに歌詞を間違えぬよう、歌詞を書き移した便箋を常に携帯して、忘れそうになると眺めていた。
『マイ.ウェイ』……(株)宝条の次期トップとなるべき自分にはふさわしい……曲。
まさに、自分のためにあるような曲。
人前で歌うのは今日が初めてだった。
(聞くがいい…下々のもの……)
北島三郎は終了し、はげおやぢが自分の席へ戻ってゆく。 セフィロスはイリーナに曲名をリクエストした……。
その、瞬間、リクエストしたにしては早すぎる『マイ.ウェイ』の前奏が流れ出した。
「………」
店内にある小ステージに、白髪のおやぢが赤ら顔をして上り、マイクを持った。 先ほど、北島三郎を歌っていた集団のうちのひとりだ。 そして、音を外しながら歌い始めた。
「私には愛する♪歌があるからあ♪」
「……」
セフィロスの指がプルプルとふるえだしたのをザックスが気がついた。
「!!」
全員に飲み物が行き渡ったことを確かめたハイデッガーが乾杯をしようとした時、セフィロスは立ち上がった。
「?」
ずかずかと席をたち、店内のトイレに消えた。
「あの……すみません、すぐ戻りますので、主賓不在ですが先に乾杯していてくださいませんか」
ザックスはグラスを高くあげたまま硬直しているハイデッガーに向かっていうとセフィロスの後を追って行った。

「よりによって日本語バージョンを私の前に歌うとは…歌うとは…歌うとは…」
「……」
洗面所で俯いて、専務取締役はぶつぶつとつぶやいていた。
「あのさ……接待される側でもさ、乾杯前に中座は失礼だと思うんだけどさ」
「あんなに練習したのに……ヴィデオテープを見てイメージトレーニングまでしたのに…したのに…」
「……まさか……」
ザックスはうつむいたままのセフィロスのスーツの上着のポケットに手を入れると、紙きれを取り出した。
「……これって『マイ.ウェイ』の英語歌詞………」
くすくすくすとザックスは笑った。
「あんた……『マイ.ウェイ』を歌いたかったんだね………」
こくこくと銀色の頭が縦に揺れた。
(これで、今日の主役になろうとしてたんだな…歌詞を書いた紙まで用意して…… ガキみたいでなんて…愛らしいヤツ…!!!)
「とりあえず、戻ろう……」
ザックスはセフィロスの背を叩いて誘導した。

気を取り直し、再び席についたセフィロスを迎え、宴は再開した。
「イリーナちゃん、3番テーブルお願い」
それまで、セフィロスやハイデッガーと会話していたイリーナに声がかかった。
「ちょっと行ってきまーす。すぐ戻ってきますからあ」
イリーナは二人に軽く挨拶をすると、席をたった。 ボーイに連れられて、別のホステスがやってきた。
「へルプのヴィヴィアンちゃんです、今日入りたてのほやほやの娘です、なかなかかわいい娘でしょ、よろしくお願いします、ハイデッガー様。ほら、ヴィヴィアンちゃん、挨拶」
紅色のあざやかなシルクのチャイナドレスに身を包み、長い黒髪を中国娘のように二つに結った新人ホステスヴィヴィアンちゃんはセフィロスを見て挨拶しようとした。
「ヘルプのヴィヴィアンで…あああああああ!」
「お………お前は」
化粧をしていてもそれが誰かわかった。 (株)宝条始まって以来初の男性一般職社員にして、セフィロス専務つきのお茶くみOL ヴィンセントだった。
「何故……ここにいる……」
営業スマイルがこわばり、ヴィンセントは小さくあああと言った。
「人事部には内緒にしてください!!!」
「何故、ここにいると言っているんだ……うちはアルバイト禁止のはずだぞ」
セフィロスの問いかけにヴィンセントは答えにつまり、ううと泣き出した。 困惑顔のハイデッガーを差し置き、ヴィンセントを自分のとなりに座らせ、セフィロスは 問い詰めた。
「………」
「どうしてここにいる……」
「借……借金を作ってしまったんです、それで払えなくて……お金借りた会社には『フロで働いてもらわないといかんなあ』とか言われて…そこだけはかんべんしてもらいたいと言ったら、ここで働くように言われて………」
「で………借金して何を買ったんだ」
薄暗い店内で、スタイルが良く、スリットが太股まで大胆に入ったチャイナドレスを着たヴィンセントははた目から見たらかなり上物のホステスに見える。
これが男であることはいわれるまで誰も気がつかないだろう。
ヴィンセントはにこりと笑うと直径5センチほどの大きさのガラス玉を取り出して言った。
「罪が消えるマテリアです。私は前世、前前世でたくさん罪を犯しているらしくて、これを使って今世でつぐなうことができるらしいです。300万円で買いました」
「ぷぷぷ……」
「…………」
横で聞いていたザックスが必死で笑いをこらえていた。
「お前、馬鹿か?だまされたんだよ」
「え……」
ヴィンセントは目を丸くして言った。 どうやらだまされたという自覚はないようだった。
「ここで働いて、ローンを返していくのか?」
「え………ええ、そうですれども」
セフィロスはため息をついた。 頭が悪いのか、世間を知らないのか……、ここで働いて300万返すのに何年かかるか知っているのだろうか。
不意に、視線を感じ、セフィロスは振り向いた。 支配人と思われる黒髪の男がヴィンセントに視線を注いでいた。
「あの男は……?」
小声で尋ねる。
「ツォン支配人です。お金返すためにここで働くよう言った人です」
(黒幕……の一人か……)
「ヴィンセント……」
「イリーナ、帰りました、ヴィヴィアンちゃん、指名だって、5番の方へ急いで……」
イリーナが別の客にあいさつをすませて戻ってきた。 ヴィンセントはボーイに連れられて、惜しげに去ってゆく。
やはり、気になって、セフィロスは酒を飲みながら、新人ホステスの動向を幾度か覗いた。
「何だか……かわいそうだね」
ザックスがセフィロスに耳打ちをする。 北島三郎を歌っていた団体の中に案内されたヴィンセントは必死に接客をしていたが、その美しさから、何人かの男達に臀部を触れられていた。 慣れないらしく、腰に手をかけれられる度に、ヴィンセントは顔を真っ赤にして小さな悲鳴をあげ、うつむいた。
「許さん……あの尻は私のものなのに」
「セフィ……!おっさん!…そっちの方にひねくれるかい」
セフィロスはヴィンセントを指名した。
ヴィンセントが戻ってくると、セフィロスは言った。
「デュエットをしよう……、何か歌えるか?」
見慣れた彼のもとに戻ってきて安堵したような顔をしたヴィンセントは頷くと、言った。
「クリスタルキングの『大都会』の声の低い方…」
「…これはすごい曲を知っているものだ……ふふふ私は難易度の高い高音部か……」
するりとセフィロスはシルクのネクタイをほどき、頭に縛った。
「見せてやる……私は(株)宝条の宴会マスター、あるいはラスボスと呼ばれた男!」
リクエストをして5分後、聞きなれたイントロが店内に響いた時、二人は小ステージの上にいた。
セフィロスはマイクを握って、歌い出した。
ザックスはあきれながら、二人の様子を見ていた。
チャイナドレスの美人ホステスと、美形ビジネスマンの「大都会」の熱唱はやがて、店内の客全員の大喝采を得て終了した。

閉店間際。支配人室でツォンと向かいあうセフィロスがいた。
「300万に利子分の色をつけて支払おう、彼を私に売らないか」
二人の間にはあのチャイナ姿のヴィンセントがいた。
「……ずいぶん、彼女を気に入られたようですね……かまいませんよ」
セフィロスに言い渡されたザックスが現金の束の入った封筒をツォンに渡した。
ツォンは受け取る。
「ヴィンセント………」
彼は札束を勘定しながら言った。
「たった一日のおつとめだったがご苦労さま、今からはこの、銀髪の紳士が君の雇用主だ………」
首をかしげるヴィンセントにツォンは怪しげに笑って言った。
「君がこんなに早く売れるとは思わなかったよ」

それから数分後、田園調布のセフィロスの自宅に案内されたヴィンセントの姿があった。
「これから、ここに住み、朝、夜問わず、私に仕えることを命ずる」
「………はい…」
セフィロスはメイド達に命じ、メイドの制服を持ってこさせた。
「会社を退社した後、道草をせず戻ってきて、この制服を着て仕えること……いいな……」
「あの……」
「300万円プラスα分は働いてもらうからな」
セフィロスはヴィンセントの顎をつかむと引き寄せ、唇を重ねた。
「深夜のお勤めもするんだぞ……」
「専務……」
ヴィンセントが熱い息を漏らした。
  夜はさらにふけてゆく……。
ベッドの中でセフィロスに組み敷かれ、愛撫され、ヴィンセントは達した。

(END)

次回予告「営業クラウド君」と「外注業者シド」 セフィロスの前にたちはだかる二人の恋敵……