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早く着いたって面会時間までは待たされるのは判っているのに、ついつい余裕を持って(ありすぎってくらい)着いてしまう。 いつもよりも何だか落ち着かない待ち時間。 胡桃はさっきから膝の上の大きな箱を大事そうに抱えて、いつものごとく妄想に浸ったりしている。 カジェリとお喋りなんかして気を紛らわそうとするけど、駄目だ。 時間が、流れるのが遅く感じる。 やっと時間。 胡桃はガウェインが現れると押し付けるように小さな箱を渡して、あっという間に立ち去った。 …いつものごとく、「ランスロットさま―――!」…なんて叫びながら。 『Girl,girl,boy,girl,boy』
「久しぶりね、元気だった?」 いつも通りの挨拶。 「おう! 霧亜姉ちゃんも元気でいがった!」 いつも通りの返事。笑顔。変わらない。 キャメロット学園のガウェインの部屋。 編入してすぐの面会日に訪れたときと比べると大分人が住んでいる気配がする。 それはそうか、と思い直した。もう10ヶ月近く生活している部屋なのだから。 …私と過ごした時間よりも長く、いる部屋なのだから。 物思いに沈んでしまっていたらしく、ガウェインに話しかけられてもとっさに反応出来なかった。 「え?」 「な〜んだべなっと」 真剣に質問したわけではなかったらしく、ガウェインは自分の疑問を解決させるべく既に行動を起こしている。 節を付けるように言うと胡桃から押し付けられるようにもらった箱の包装紙を解いていた。 『これなんだべ』と言われたのだろう。 程なく白い紙の箱が出てきて、更にそれをあけると甘い香り。 「チョコレートケーキだ!」 ぱっとガウェインの顔が明るくなる。食べていいかと聞かれたのでいいよと答えた。 本当に嬉しそうに食べるので、それをつくった胡桃のことを思うと何だか自分の事のように嬉しくなった。 「良かった。胡桃もきっと喜ぶよ」 「これ胡桃がつくったのが?」 「そ、週末ずっと台所占領してやってたわよ。本命のランスロットのはもっとすごいわよ」 「そっかーそれであんなに急いでランスロットのどごさ行ったのか」 もくもくと口を動かしながら言う。 「でも確かランスロット、ユミプーと一緒にいだ気ぃしたったけどな」 ランスロットと胡桃と祐美子が鉢合わせ。 面会日の度にもう何度か繰り返された光景を思って、二人で苦笑した。 「ランスロットのヤツも止めにはいりゃいいのにねぇ。さっさとカジェリのトコに行っちゃうんだもの」 「だな」 二人の笑いが収まるとふ、と沈黙が流れた。 …どうしよう。何だかイヤな沈黙だ。 そのうちガウェインはケーキを食べ終わり、ごっつぉさんと空になった箱を片付ける。 その様子をぼーっと見ていると、ベッドに腰掛けている隣にぽんとあがってきた。暖かい熱が服越しに伝わる。 「なぁなぁ、霧亜姉ちゃんのは?」 「…は?」 意図していることは判っている。でもあえて聞き返した。…早くなった鼓動を抑えながら。 「何が?」 「何って…チョコレートー! 今日バレンタインだべ?」 「誰にも貰ってないの?」 「もらったけど…ユミプーとプニャタリッサとアリア先生と何でか知らないけど黒峰の姉ちゃんから」 「そんだけ貰えば充分じゃない。鼻血出すわよ?」 不満そうに腕をぶんぶんと揺すられた。 「え―――! オレ霧亜姉ちゃんからチョコレート欲しいー! なぁなぁー!」 「痛い痛い。判った判ったから腕放して」 ぷーと顔を膨らませると、腕を放す代わりに横から抱きついてきた。 「霧亜姉ちゃんの意地悪」 拗ねた顔が何だか可愛くて、思わず笑ってしまった。 それに更に抗議しようとするガウェインにはいはいと返事をしておいて側に置いていた鞄に手を伸ばし中から平たい箱を取り出す。 「しょうがないわね。はい、ハッピーバレンタイン」 「わ――い!」 拗ねた顔を一転させて満面の笑顔。あけていい? と訊くのでどーぞと答える。 鼻歌混じりにパッケージを開けるガウェインを見て、あげて良かったとこっちも嬉しくなる。と同時に何だか少し複雑な気持になった。 あげたのは生チョコレート。昨日自分と同じ目的だろうと思われる女の人ばかりがにぎわうデパートの店頭で悩んで悩んで買ったもの。 でも。 帰り道を運転しながら思った。 こんなに悩んだって言うのに、きっと誰かとはダブってるのよね…。 量産されて流通しているものなのだ。仕方がないのは判っている。 うちに帰ると胡桃が嬉しそうに焼きに成功したスポンジを見せた。(今まで1度も成功したことがなかったのだ) 後は飾り付けだけ〜♪ と浮かれる後ろ姿。何だかうらやましいような、そんな想い。 バレンタインデーが『女性が男性へチョコレートと共に想いを伝える日』なら、胡桃は本当に自分だけの想いを伝えることが出来るだろう。 世界にただ1つしかない自分の想いを世界にただ1つしかないチョコレートと共に。 料理が苦手なのは判っていたし、だからつくらないと決めたのは自分だ。 だけど、直前になると何故か。 「…ごめんね」 聞かせるつもりはなかったが、聞こえてしまったらしく、ん? と顔を上げた。距離が近すぎる。 「…せっかくだから手作りチョコつくれば良かったね…」 いいながら頭をなでる。 あなたは私の大切な人です。 その私だけの想いを伝えるために。 ガウェインはきょとんとした顔をした。口に入っていたチョコレートを喉の奥に送ってやるとおもむろに腕を捕まれた。 「何で? 何気にしてんだ? オレ、霧亜姉ちゃんから貰うチョコだったら何でもいいのに」 「何でも? チロルチョコとかでも?」 「うん!」 意地悪で言ったことにはっきりと即答されて思わずこっちが黙ってしまう。それに気付いているのかいないのか、ガウェインは続けて言う。 「そりゃもっと美味しいチョコの方が嬉しいかもしんないげっちょ、霧亜姉ちゃんがオレの為に選んで買ってくれたチョコ貰うのが一番嬉しいもん」 首に腕を廻して抱きついてくる。 「ありがと霧亜姉ちゃん。大好きだ」 にっこりと笑う。 なんだかんだ言ってこの笑顔に弱いのだ…。 何だか10歳の男の子に振り回されているかと思うとシャクな気もして、わざと視線を逸らしてはいはいと返事をした。 ちゃんと伝わった、想い。 それが、胸の奥を暖かくした。 終 …?
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