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今日も一日の授業と練習が終わった。 廊下の窓から外を見やると所々芝が枯れて白っぽい斑が出来ている練習コースのグリーンと、その向こうに黒い林と灰色の重い空。 明日も寒いかもなと口の中でつぶやいた。 と、後ろに人の気配。 「リーベル。」 どきんと心臓が高鳴って、自分の顔が熱を持つのが判る。 それでも何とか呼吸を落ち着かせて振り向いた。 「アリア先生。何ですか?」 荷物を抱えたアリアが立っている。彼女はリーベルの憧れだ。 自分の声が上擦っていないか、少し心配になったがアリアは気にする様子もない。 胸に抱えた荷物から一つを手に取ってリーベルに渡す。 「え…。」 一瞬彼女からのプレゼントかとこころ踊らせたが、そうでないことは包みの上に張ってある荷札が物語っていた。 しかし見慣れた筆跡に顔がほころぶ。 「あ…。」 「おばあさまから荷物が届いていたわ。」 「ありがとうございます…!」 思わず受け取った荷物を抱きしめた。大切な大切な祖母。定期的に送られてくる荷物とそれに添えられた手紙を読むのが楽しみだった。 嬉しそうなリーベルを見てアリアも一瞬表情を緩める。 「ありがとうございました先生。」 ぺこりと頭を下げて部屋に向かおうとするリーベルを、彼女は想い出したように呼び止めた。 手に持っていた紙袋に手を入れて中から綺麗に包装された丸い箱を取りだす。 「はい。」 「え…いいんですか?」 「えぇ、これはあなたへだから。」 「あ…ありがとうございます! 嬉しいです…!」 今日が2月14日だという事は判っていたし、祐美子やプラタリッサからも昼間のうちに貰っていたから、今更これが何か考えることはないだろう。 …義理だって言うのは…判っているけどね…。 心の中で小さくつぶやいたりしてみる。 が、そんなことはどうでもいいのだ。 アリアからプレゼントされる、と言う行為そのものが嬉しかった。 手に取ったそれをじっと見て、もう一度お礼を言おうと顔を上げる。 が、彼女の視線はリーベルから外れている。空になったらしい紙袋を畳む手も止まっていた。 それを追うようにリーベルも視線を動かすと、窓の向こうが見えた。 そして、さっきまでは見えなかったものが視界を動いている。 「…雪だ…。」 「…そうね。」 感情のこもらない半ば事務的なアリアの小さな返事が聞こえる。 ちらりちらりと白いかけらが落ちてくる。初雪だった。 明日には積もるだろうか。そしたらガウェインや祐美子は喜ぶんだろうな。 そう思い、それを言おうとアリアを見た。 アリアはじっと窓の外を見ていた。微動だにしないで。 一度瞼を伏せ、ゆっくりと開く。そしてまた外を見据える。 …外を、と言うよりもその向こうにある何かを。 リーベルはハッと息を止めた。そして反射的に手を伸ばした。 さっきまで近くにいた先生が、一瞬で何だかとても遠くへ行ってしまったような…。 手が届くだろうかと頭の隅で思ったが、あっさりと手はアリアの腕を掴んだ。 「…リーベル?」 瞬間驚いた顔をして、それから戸惑った表情に変わったアリアを見て、リーベルも自分が起こした行動を自覚した。 彼女の細い二の腕を掴む、自分の手。 「……うわぁっ!」 ばっと手を離す。かっと顔と頭に血が上ったのが判った。どうしてこんな事をしたのか自分でも判らない。 「すっすみませんすみません! あのっ…!」 「…気にしなくていいわ。」 パニックに陥ったリーベルに苦笑する。 ふい、とまた視線を外に向け今度は雪を見ながら言った。 「…積もるかも知れないわね。風邪を引かないように暖かくしてお休みなさい。」 「あ…はい…。」 呆然とした頭のままのリーベルがぼんやりと返事をしたのを聞くと、じゃぁおやすみ、とアリアは職員室へ歩いていった。 それを見送る。 遠くなっていく後ろ姿が、見える―――。 どくん。 また、さっきと同じ様な感覚に襲われる。 遠い後ろ姿。 実際の距離よりももっとずっと。 まるで、拒絶されているような…。 考えてみれば、先生のことは何も知らない。 もう何年も同じ場所で生活しているのに。もっと先生のことを知りたいのに。 例えばさっき、何を考えていたのか、とか、 何を想い出していたのかとか―――。 ――訊いてもきっと答の返ってこないことばかりが本当はとても知りたい。 何の根拠もなく近くなったと思っていたけれど、きっと、先生との距離はとても遠いんだ。 今感じたみたいに……。 さっき感じたぬくもり。 てのひらに微かに残るそれがせめてこれ以上逃げないように、リーベルは強く手を握りしめた。 Fin
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