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KISS ME AGAIN
時計の針が11時をまわった。雑誌を読み耽っていた東堂院は慌てたように 雑誌を棚へしまう。 早く寝ないと。 そう、明日はキャメロット杯選抜試合なのだから。 その試合を考慮し、彼はまさに寝ようと電気のヒモに手を伸ばしたその時。 コンコン。 ノックの音。 誰だ、こんな時間に、とボヤきながら彼は少々苛立たしげにドアを開けた。 立っていたのは、幼馴染の黒峰だった。 「なんだ、お前か。どうしたんだよ」 予想外の来客に、拍子抜けしたように呟いた。 「・・・眠れなくて。明日・・・試合でしょう?少し・・・不安で・・・」 いつもより力の無い声。凛々しく、頼りになる彼女が、珍しく見せる不安。 東堂院は、「入れよ」と声をかけた。 彼の促しに少し躊躇したが、黒峰は彼に従った。 ベッドに座った東堂院の隣に腰をおろす。 「不安・・・か。珍しいじゃねぇか。お前がそんなこと言うなんてよ」 しばらくの沈黙のあと、彼は隣にいる黒峰には視線を向けずに、前方を見つめながら言った。 彼の目には不安などなかった。あるのは、自信だけ。果てしなく確信に近い自信。 そう、黒峰が彼の部屋に来たのは、この瞳が見たかったからだ。 迷いのない瞳。 対象的な彼女の瞳は、気まずそうに伏せられた。 「何故かしら・・・。何故か、イギリスに行けない気がするの。 勝てる自信はあるわ。私は、誰にも負けない努力はしてきたつもりだもの。 でも・・・・不安なの。怖いのよ・・・」 伏せた顔の、伏せた睫がかすかに震える。 「黒峰・・・・」 東堂院は、弱気な発言をした彼女に顔をむけた。 「・・・・・・」 こんなに、弱々しい雰囲気だったろうか? 近くに居すぎて気付かなかったのか? 彼女の睫がこんなにも長いことも、肩が、こんなにも華奢であることも、 こんなにも・・・綺麗だということにも・・・初めて気付いた。 初めて? いや、そんなことは初めから知っていた。 強くて、気高くて・・・、美しいということは。 「おまじない。知ってるか?不安を消すおまじない」 唐突に、東堂院の口からこんな言葉がでた。黒峰は驚いたように顔をあげた。 まさか、彼の口からおまじないなどという言葉が出ようとは。 「おまじない?」 「そ、おまじない。TVでやってた。目ぇ瞑って。やってやるから」 少々強引な彼の口調に戸惑ったが、すぐに言う通りに目を瞑った。 彼はベッドから立ち上がり、黒峰の真正面来て、両手をそっと彼女の 耳の上に添えた。 砂が落ちるような音を立てて流れる髪。 柔らかいが、芯のある漆黒の髪。夜の深淵を思わせるその髪の感触が 東堂院の手のひらを刺激した。 その感触を確かめ、彼はそっと顔を黒峰の顔に近づけた。 唇は黒峰の瞼に、そっと降り立った。 羽根が触れるほどの、柔らかい感触。 そしてもう片方の瞼にも。 彼の唇が離れたあとも、柔らかい感触だけは残っていた。 「・・・おしまい」 東堂院の声に我に返った彼女は、顔が熱くなっていくのが解かった。 おまじない。 瞼へのキスが? もしかしたら、本当におまじないとしてのキスかもしれない。 なんの意味もないのかもしれない。でも、単純に嬉しかった。 彼のキスが。彼の心が。 「東堂院・・・おやすみ・・・なさい・・・」 いくらおまじないとはいえ、気恥ずかしさは大きく、 彼女は真っ赤な顔を隠しながらベッドを立ち、扉に向かった。 「おい!」 東堂院は、ドアを開けようとした彼女を呼び止めた。 振り返る黒峰。 彼は、振り向いた彼女に大きな声でこう言った。 「アレは・・・あのおまじないは、お前だけのモンだからなっ! お前にしか効かねーんだよ!だから・・・必ず効いてもらわなきゃダメなんだぞ!? わかったか!?」 返事なんて出来なかった。嬉しくて、恥ずかしくて、顔も見れない。 何も言わずに彼女は東堂院の部屋を出た。 外はまだ寒かったけれど。 まだ暗かったけれど。 「・・・早く明日になってほしい・・・」 彼のおまじないは必ず効くだろう。イギリス行きのキップとなって。 そうしたら、彼にお礼をするのだ。 今度こそ、本当のキスで。 Fin.
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