[星の灯る街]


 今日はいつにも増して寒かった。でも平気…彼に会えるから。
 天気予報では今夜は晴れだったけど、こんな日はやっぱり雪が降ってくれたらなぁって思う。
 待ち合わせはpm6:30に駅前。ちょっと早めに行こうっと。
 彼はいつも早めに来ていてどこかに隠れていたり、わたしが気づくまで声をかけてくれなかったり…
 もうホンっトにイジワルな事ばっかりするんだよね…その後やさしくしてくれるけど。
「あれ? どこに置いたっけ?」
 目に付くところに置いたと思ったんだけど…あ、あった。
「へへ…これ忘れていったら大変だよ」
 とかやってるうちにpm6:00になってしまったので慌てて部屋を出た。
「それじゃ、いってきまぁ〜す」
「あまり晩くならないうちに帰るのよ」
「晩くなるなら電話するんだぞ」
「は〜い」
 お母さんとお父さんのオキマリのセリフに手をブンブン振って答えるとまっすぐ玄関に向かった。
 買ったばっかりの白いブーツを履いて赤いコートを羽織って…と。
「いってきまぁ……あのぉ、わたしの分のケーキとっておいてね」
「はいはい。それより、早く行かないと彼氏を待たせちゃうわよ」
「あ、わ…い、いってきまぁす!」
 お母さんに言われて時計を見るとpm6:05だった。
 ドアをバタンと閉めて家を後にした。
 わぁ〜、ちょっと急がないと彼より早く着けないかもしれないよぉ。
 駅まで歩いて5分くらい…走れば3分だけど汗かいちゃうから走りたくない。
 いつもより歩幅を大きくして早歩き。たしかこんなダイエットってなかったっけ?
 なんて考えているうちに駅が見えてきた。パッと見たところ…彼はいない。
 もしかしたら既にわたしを発見してて脅かす準備をしてるのかも…
 大丈夫だもん。今日は心構え出来てるもん…たぶん。
 待ち合わせの場所に着いたので辺りを見渡す。
「まだ来てないのかなぁ」
「誰がだ?」
 ──!?
 ビックリして振り返ると彼がいた。
「う〜…いつからそこにいたのぉ」
 こんな日までイジワルすることないのに…ばか。
「最初からだ」
「え? さいしょ…?」
「あまりにも早く家を出てしまったから、どうせなら迎えに行こうと思ったんだ」
「…わたしを?」
「まぁな。で、家の近くまで行ったらお前がドアを蹴飛ばして出てくるのが見えた」
「け、蹴飛ばしてないもん! …ちょっと乱暴に閉めたけど」
 恥ずかしくて語尾がゴニョゴニョしてしまった。
 もしかして、少し待ってたら一緒に歩いてここまで来れたのかなぁ…ちぇ。
「まぁ、おかげでストーカーごっこが堪能できたけどな」
「…それって嬉しい?」
「貴重な体験だったぞ」
 彼が胸を張って言った。
「わたし嬉しくもなんともないもん」
 ちょっとスネてみせた。
「ほら、そんなカオしてないで行くぞ」
「あ…うん」
 彼がわたしのホッペを指で突ついた。これをされると大抵の事は許せてしまうから不思議。
 切符を買って電車を待つ為にホームへ向かった。
「どうして途中で声をかけてくれなかったの?」
「……」
 彼はアタマをポリポリ掻きながら目を反らした。これは照れてる時のポーズだった。
「ねぇ、ど〜して?」
 わたしは彼の顔を覗き込むようにして聞いた。
「ノーコメント」
「何よソレ」
「黙秘権」
 なんか…ホントに照れてるみたい。可哀相だから深く追求しないでおこうっと。
「…電車、込んでるかなぁ」
「まぁ、こんな日だからな」
「わたし背が低いから押しつぶされちゃうかも」
 背が低いのは関係無いかもしれないけど…でも満員電車ってキライ。
「吊革に掴まるのは無理だろうな」
「……いいもん。袖に掴まっちゃうから」
 そう言って彼のコートの袖を摘んでみた。
「特別に許可するぞ」
「えへへ」
 自分で言っておきながら照れてしまったので笑って誤魔化す事にした。
 彼が無言でわたしの頭をクシャクシャとやる。
「あ〜、駄目だよ。ちゃんと梳かしてきたのに」
 慌てて髪に手をやった…よかった、特に乱れた様子はないみたい。
 とかやってるうちに電車が来たので彼と一緒に定位置に並んだ。
 予想通り、電車は死ぬほど込んでいた。5人降りると10人乗るっていう感じだった。
「はぐれるなよ」
「うん」
 彼がわたしの後から乗ってガードするみたいにしてくれた。
「やっぱり吊革とどかない…」
 ナサケナイ声を出して彼を見上げる。
「掴まってろ」
「うん…あ」
 掴まるというか…その、これって抱き寄せられてる気がするんだけど……はぅ。
 目的の駅に着くまで彼がずっと守っていてくれた。
 駅の改札を出るまでお互い何も話さなかった。
「あ、あの…ありがと…ね」
「今日は遇わなかっただろ」
「え? …あ!」
「そういうことだ」
 そっか。いつか満員電車で痴漢にあった話を覚えててくれたんだ。
「…へへ」
 嬉しくて彼の腕にぶら下がってみた。
「こら、重いだろ」
「だったら、ちゃんと腕を組んで歩こうよ」
「何が”だったら”なんだよ」
 彼がぶっきらぼうに言う。これは完全に照れてるな…
「いやなの?」
 上目遣いで首を傾げながら聞いてみる。
「……嫌じゃない」
 そう言って彼が腕を組みやすいようにしてくれた。
「えへへ」
「……」
 彼が照れているのがわかる。ふふ〜ん、今日はわたしの勝ちだ。
 無言で歩き出す彼に慌ててついて行く…
 わたしが遅れないように、ちゃんと歩幅を合わせて歩いてくれてるのが嬉しかった。
「ねぇ、どうしてココに来る事にしたの?」
「見せたいモノがあるから」
「…なぁに?」
「ヒミツ」
「……もしかしてイジワルしてる?」
「見てからのお楽しみ」
「…やっぱりイジワルしてる?」
「してないよ! 予備知識の無い方が感動が大きい……と思う」
「わ、感動するんだ。う〜、なんだろ。楽しみだなぁ」
 彼は意外と(って言ったら怒られた)ロマンチストなので今度は何を見せてくれるのか楽しみだ。
 しばらく歩くと階段が目の前に現れた。
「見せたいモノ…これじゃないよね?」
「あたりまえだろ」
「だよね……ひょっとして」
「今から上まで登るぞ」
「…あう」
 少しだけゲンナリする。ちなみに『あう』というのは元々は彼の口癖だ…いつのまにかうつってしまった。
 階段を登りながら少しでも楽しい事を考えようと努力をしてみる。
「大丈夫か?」
「…うん、まだ平気」
 彼の言葉が嬉しかったので辛さが軽減した。
 それにしても、こんな時間にこんな場所に来て何が見えるんだろう。
「上って…真っ暗だったりしない?」
「今日は特別な日だからな、電飾でデコレーションしてあるんだ」
「え? ホント? すご〜い……って、もしかして、ソレだった? 見せたいモノ」
 もしかしてマズイ質問だったのかな?
「ナイショ」
「って事は違うんだよね? 良かった」
 彼の腕に掴まりながら階段を登る。
 たぶん、とっても歩きにくいだろうと思うんだけど彼はそのまま階段を登ってくれている。
 てっぺんの展望台まで辿りつくと彼の言った通り電飾でデコレーションされた木々がわたし達を迎えてくれた。
「すご〜い。キレイだね〜…人も結構いるよ……でもカップルばっかり」
「まぁな、今日のこの場所は隠れたデートスポットなんだ」
「そうなの?」
 初耳だよ…だって、去年は来なかったし。
 ちょっとだけ嫌な事を考えてしまった。
「ねぇ…」
「ん?」
 彼が横目でわたしを見る。
「誰かと来た事あるの?」
「…あのなぁ、とっておきの場所だからお前を連れて来たんだよ。なに泣きそうなカオしてるんだよ」
 彼が呆れたような表情で言った。
 でも嘘をついてないとわかったので安心できた。彼はポーカーフェイスが出来ない人なので嘘はすぐわかる。
「そういう寂しい事を言う奴は罰として”更にとっておきの場所”へは連れて行ってやらない」
「え〜? ひどいよぉ…せっかく頑張って登って来たのに」
「冗談だよ、泣きそうなカオするなよ」
「だって…」
「ほら、言ってるそばから泣きそうなカオするなっての」
 彼が頭をそっと撫でてくれた。今度は髪が乱れないように優しく。
「行くぞ」
「うん」
 彼が歩き出した方向は展望スペースのある方角だった…こんな真っ暗じゃ何も見えないと思うんだけど。
「ねぇ…」
 ちょっと不安になったので声をかけてみた。
「……」
 でも、彼は何も言ってくれない。
 恐いなぁ…街灯も少なくなってるんだよコッチの方って…何か喋ってよぅ。
 とうとう灯かりの乏しい展望スペースの最先端まで来てしまったけど、彼は相変わらず無言だった。
 う〜…どうする気なんだろう。
「着いたぞ」
「え?」
 着いたって…ここ?
「こ、こんな寂しいトコでどうするの?」
 わぁ…なんかドキドキしてきたよ…どうしよう。
「見てみな」
「え?」
 彼が指差した方を見てみた。
「わぁ…」
 展望スペースから見下ろした夜景はまるで星空みたいだった。
「これを見せたかったんだよ」
「……キレイ」
「だろ?」
「うん」
 街の灯りがこんなに奇麗だったなんて知らなかったなぁ…ホントに奇麗。
「なんかさ…星空みたいだろ」
「あ、わたしも同じ事考えてたよ」
 わたしがそう言うと彼がニッコリ笑ってくれた。
 彼の腕をギュッと抱きしめる。
「あんまり押し付けると二の腕が嬉しすぎるぞ」
「え? にのう……ばか」
 急に恥ずかしくなって彼から離れた。
「こら」
「な、なに」
「急に離れるなよ、寒いだろ」
「あ…」
 いきなり肩を抱き寄せられた。
「眺めはいいけどちょっと寒いよなココ」
「うん…あ、そうだ」
「ん?」
 わたしは彼に渡そうと持って来た物を思い出した。
「もう寒くないよ」
「なんでさ?」
「はい、コレ」
「…開けていいのか?」
「うん」
 彼はラッピングされた紙袋をガサガサと開けて中の物を取り出した。
「…マフラー?」
「そうだよ」
「……なんか手編みっぽい気がするぞ」
「だって手編みだもん」
 も〜、わかってるくせにイジワル言うんだから。
「貰っていいのかな」
「うん、あげる…一生懸命に編んだんだよ。今日に間に合うように」
「頑張ったな」
「うん、頑張ったよ」
「ありがとな」
「あ…」
 ホントは『あ…』じゃなくて言いたい事があったのに言えなかった…
 どうして言えなかったかなんて聞かないでほしいな。
「…いじわる」
「どういたしまして」
「誉めてないもん」
 心の準備が出来てなかったのに…ズルイよ。
「これで機嫌直してくれると嬉しいんだけど」
「……なぁに?」
「開けてみれ」
 彼がソッポを向きながらオドケて言った。
 小さな可愛い包みだ。奇麗なリボンがかけてある。
「開けていいの?」
「あげたんだからお前のモノだ…好きにしろ」
 照れている彼がとても幼く見えた。相変わらず母性本能をチクチクするのが得意なヒトだなぁと思った。
「じゃ、開けちゃお」
 リボンをほどいて包装を奇麗に剥がすとプラスチックの小さなケースが入っていた。
 彼を見上げる…何故かニッコリ笑っている。
 ケースを静かに開けると、中にはファッションリングが入っていた。
「これ…」
「一生懸命にアルバイトしたんだよ。今日に間に合う様に」
 彼がわたしの真似をして言った。
「貰っていいの?」
「お前が貰ってくれないと、行き場を失った可哀相な指輪はココから決死のダイビングする事になる」
「ダメ…そんなの」
 わたしはケースを胸に抱きしめた。
「はめていい?」
「だから、もうお前のだってば」
「うん」
 ケースからファッションリングを取り出して薬指にはめてみた。
「な…おまえ、なに左手にはめてるんだよ」
 彼が焦っているのが可笑しかった。
「えへへ…だめ?」
「だ、駄目ってことないけどさ」
 今はまだ早いけど、いつかは…そうなれたらいいな。
 彼はいつのまにかマフラーを首に巻いていた。
「あったかい?」
「まぁね」
 彼に寄り添うとさっきみたいに肩を抱いてくれた…嬉しかった。
「そういえば、肝心な言葉をまだ言ってなかったな」
「え? あ、そうだね」
 わたし達は今日の為の大切な言葉を言ってなかった。
「メリークリスマス」
「うん、メリー…ん」
 う〜〜…わたしもちゃんと言いたかったのに……言えなかった。
 どうして言えなかったかなんて聞かないで欲しいな。
 今日は寒いけど…なんだか暖かい日になった。
 だって…彼と2人のクリスマスイブだから。

[星の灯る街・完]