[ACT12.リンダ]
泉の水面は今日も奇麗に澄んでいた。ココは僕がシェリーと初めて会った場所だ… リンダは地面に座り込んで編み靴を脱いでいた。ブーツみたいに長めのソレはとっても脱ぎにくそうだった。 なんとかこの場を切り抜けなければ。 「なぁ、リンダ。キースとはいつも何をして遊んでるんだ?」 「えーとね、ここに来る事が多いよ」 「ココで何してるんだ?」 「お兄ちゃんが釣りするの見てたり、一緒に水浴びしたり…いろいろ」 その”いろいろ”が知りたい気がするぞ。 「キースと一緒に水浴びするのか?」 「うん。お兄ちゃんも泳ぎトクイだよ」 そうか、キースも泳ぎが得意なのか…まてよ。 「あ、あのさ。泳ぎはキースに教わる事にするよ」 「…どうして?」 リンダが不機嫌そうに聞いてくる。 「いや、ほら、リンダも僕に教えるんじゃ大変だろうしさ」 「わたし平気だよ。シェリーにも教えてあげた事あるから」 あ、そうなんだ…じゃなくて! 「きょ、今日のところは水に馴れるって事でさ、水際でパチャパチャやるってのはどう?」 「ぱちゃぱちゃ?」 「そうだよ、この間の”探検隊”のときにココに寄っただろ? あのときリンダとシェリーが足だけ水に入って遊 んでたのが楽しそうだったからさ…駄目かな?」 「…うん。いいよ」 あぁ、助かったぁ… 「それじゃ、僕も靴を脱ごうかな」 「あ、わたしも…」 そう言ってリンダは、まだ脱いでない片方の編み靴を脱ぎ始めた。 ちぇ、シェリーもこのくらい聞き分けが良ければなぁ… 「こーたろー、はやく! 冷たくて気持ちいいよ」 「今行くよ」 本当だったらココにシェリーもいたんだよな。どうしてあの時『勝手にしろ』なんて言っちゃったんだろう… そうだよ、ほんの2メートル歩けばシェリーの手を掴んで『一緒に行こう』って言えた筈なのに。 「どうして…」 あんな事言ってしまったんだろう…傷ついたかな? 泣いてるかな? 「こーたろー?」 「…え?」 「今なにか言ってたでしょ? なぁに?」 やば…また独り言を言ってたのか。 「何でもないよ、水が冷たそうだなって言ったんだ」 「冷たいけど気持ちいいよ」 リンダが手招きする。僕はそぉ〜っと水の中に足を入れた。 「うわ…つめたい」 リンダやシェリーはこんな冷たい水で水浴びしてたのか? 根性あるなぁ。 「はやく〜、まだ片足しか入ってないよ」 「わかってるよ」 僕は勇気を出して水の中に2歩目を踏み出した。 「…冷たいぞ」 「やっぱりお風呂のほうがいい?」 「そうだな、こんだけ広ければ露天風呂も悪く無いな」 「ろてんぶろって何?」 僕のどうでもいいボケにリンダが反応する。 「家の中じゃなくて外で入れる様に造ったお風呂の事だよ」 「ふ〜ん……泳げるの?」 「…さすがに泳ぐのは禁止だろうな」 それでも泳ぐヤツはいるけどな…高橋とか。 「ツマラナイよ…広いのに泳げないなんて」 「お風呂で泳いじゃイケマセン」 「…こーたろーって、お父さんみたいな事言うんだね」 「そ、そうかな?」 ちょっとお説教っぽかったからか? 「うん。でも、こーたろーは”赤ちゃん役”だったんだよね」 ──!? 「り、リンダ…それって、まさか」 考えてみたら、あの時の事がリンダに伝わってない筈が無いな。 「ダリオ様が”お父さん役”だったんでしょ? いいな、わたしもダリオ様の”お父さん”見たかった」 「あはは…今度聞いておくよ」 「ホント?」 「う、うん」 たぶん、ていうか絶対断わられる自信があるけどな。 「そういえば、いつもはキースが”お父さん役”なんだって?」 「そうだけど…最近はお兄ちゃん、あの遊び嫌がるから」 そりゃそうだろ、普通。 「…なぁ、”お母さん役”は、いつもシェリーなのか?」 「うん。わたし、お母さんのシェリーって、面白いから好きだよ」 「……子守唄とか?」 僕はあの時の事を思い出していた。 「そう! ふふ…こーたろーも唄ってもらったの?」 「ま、まぁね」 僕の表情を見てリンダがクスクス笑い出した。そうか、リンダってこんなふうに笑うんだ…初めて見たな。 リンダって笑うと可愛いんだな。今まで笑ったカオって見た事無かったから余計にそう感じる。 …ていうか、いつまで笑ってんだよ。僕は右手で水を少しすくってリンダにかけた。 「きゃっ」 水はリンダのカオに見事命中した。 「魚が派手に跳ねたみたいだな」 とか白々しい事を言ってみる。 「…こーたろーが意地悪したってお兄ちゃんに言っちゃうからね」 そう言ってリンダはしゃがみ込んだ…うわ、もしかして泣くのか? 「なぁ、リン…」 ──バシャ! 僕のカオ、というより上半身に水がかかる。 「おかえし…だよ」 カオから水を滴らせている僕を見てリンダがクスクスと笑い出す……イジワルモード発動。 「ふっふっふ…リンダ」 「な、なぁに?」 「今のは僕に対する挑戦だね?」 「え? なにが?」 急に不安そうな声になるリンダ。 「よ〜し、”水かけの晃ちゃん”と呼ばれた僕の技を見せてやるぞ」 大嘘だ、そんなふうに呼ばれた事は一回も無い。 「え? あ、あの…こーた…」 ──バシャ!! リンダは最後まで喋れなかった。もちろん僕がリンダのカオに向かって水をかけたからだ。 「今度の魚はさっきよりもデカイな」 「えぅ〜…ひどいよぉ」 リンダの情けない声を聞いて僕は不思議な達成感を覚えた…よしよし、イジワルモードは解除しとこう。 「そうだなぁ、ヒドイ魚だな」 「お魚じゃないよ、こーたろーだよ」 ソッポ向いて、しらんぷりの僕。 リンダはジャバジャバと陸に引き返した。 「あれ? もう水遊びはおしまいか?」 「濡れちゃったから服を乾かすの!」 あ、そうですか…って! ちょっと待った! 「何してんだよ、リンダ」 「だから、岩の上に服を置いて干しておくの」 そう言ってリンダは服を脱いで岩の上に置いた。そしてパチャパチャと水の中に入ってくる。 「これで大丈夫だよ」 「な、なにが?」 「もう濡れる心配ないよ」 そりゃ、服は濡れないだろうけどさ… 「そ、それじゃ、僕は体温と日光で乾かす事にするよ」 そう言って水からあがる。 「あ…どこいくの?」 「その辺で日光浴してるよ」 リンダ…お願いだから、もう少し恥ずかしがってくれ。僕ばっかり照れててバカみたいじゃないかぁ。 僕は日が当って乾燥している地面に座り込んだ。 「ねぇ、せっかくだから、こーたろーも水浴びしようよ」 リンダも水からあがってコッチに来る。 「僕に遠慮しないで思う存分水浴びしてきなよ」 僕はリンダから目を反らしながら言った。 「今日は一緒に遊んでくれるって言ってたのに…」 「そ、そうだけど。僕はちょっと疲れたから休憩」 「疲れるほど遊んでないでしょ…こーたろーってば」 リンダが僕の腕を引っ張る。目を反らしてもチラチラと視界にリンダが入ってくるので困る。 「今日はいい天気だなぁ、日向ぼっこにはもってこいだぞ」 「もう、そんな長老みたいな事言ってないで遊ぼうよ!」 ふ〜ん、長老はそんな事言ってるのか? ──ガサガサガサ… 「ん?」 何だ? 森の方で何かが動いたような音がしたぞ。 「なぁ、リンダ?」 リンダは音のした方を見ながら固まっている。 「何か見えるのか?」 僕は姿勢を変えてリンダの向いている方を見た。 ──ガサガサ! 「誰かいるのか?」 まさか、シェリー? 僕は立ち上がって音のした方へ行こうとした…けど、リンダが僕の腕を掴んでそれを邪魔した。 「ごめん、ちょっと離して。森の中に誰かいたんだ。シェリーかもしれない」 「誰もいないよ…いかないで」 「絶対に誰かいたよ。ちょっと見てくるだけだから離してくれよ」 「…シェリーじゃないよ」 「そんなの判らないじゃ……見たのか? 誰だったんだ?」 リンダは音のした方向を見ていた。ていう事は、音の主が何者か知ってるのか? 「こわい…よ」 「リンダ。知ってるヤツだったのか?」 「…わからない」 「判らないって、じゃあ、シェリーかもしれないじゃないか。やっぱり見てくる」 もう遅いかもしれないけど…シェリーだったら追いかけなきゃ。 「やだ! 置いて行かないで」 「リンダ…」 「一人にしないで…たすけてぇ」 リンダは泣いてしまった。でも…どうして『たすけて』なんだ? 何かに脅えてるのか? 「わかったよ、ココにいるから泣かないでくれよ」 「……(こくん)」 誰かいたのは間違い無い。本当にシェリーじゃないのか? …違うな、もしシェリーだとしたらリンダが脅える理由が解らない 「リンダ、そこにいたのは僕の知ってるヤツか?」 「知らない…」 もしかして、ダリオの言ってたコボルドの変異体? ココも安全じゃないって事か? それともヒューマン? 「まさか、コボルドを見たのか?」 僕はわざとヒューマンの話題を避けた。 「ちがう…」 「ホントか? もしコボルドとかだったら、ココがキケンだって村の人達に教えてあげなきゃいけないんだ」 「!? あ…の」 リンダは僕の言葉に一瞬驚いた様なカオをした。 「ダリオにも知らせないと」 「だめ!」 「な…リンダ?」 リンダが大声を出したのでビックリする。 「ダリオ様に…知らせたりしないで…村の人にも…言わないで」 「な、何言ってるんだよ…そんな訳にはいかないだろ」 リンダの様子が変だ。何をそんなに脅えてるんだ? 「たぶん…マークだから」 「……え?」 まーく? まーくって…マーク? 「マークが…覗いてただけだから」 「確かなのか?」 「うん…前にもあったから」 前にもって。マークのヤツはリンダの水浴びを覗いてるのか? 「そ、それって…シェリーが一緒の時もか?」 「…たぶん」 マークのヤツめ、僕の事なんだかんだ言っておきながら自分は隠れて覗きかよ。 「僕が後で言っといてやるよ。覗きなんてヤメロってさ」 「や…言わないで…自分で言うから…誰にも言わないで…お兄ちゃんにも言わないで」 リンダが泣きそうなカオで僕を見上げる。 「わ、わかったよ。僕からは何も言わないでおくよ…ホントに自分で言えるか?」 「…(こくん)」 ホントかな。ちょっと心配だけど、リンダにこんなカオされたら黙って引き下がるしかない。 それにしても、ココで一つ疑問が出て来た…僕には見られても平気でマークだと恐がるのか? でも、そんな事を聞ける雰囲気じゃないな。黙っておこう。 音の主がマークだと思うと急に緊張が解けた。そして思い出す…リンダが裸だった事を。 「り、リンダ。そろそろ乾いたんじゃないか? 服」 ──ギュ! リンダが抱きついて来た。でも、シェリーと違ってチカラの加減はしてくれてるな。 「風邪ひいちゃうぞ」 「…こーたろー」 「なに?」 「こーたろー。今だけ、お兄ちゃんになってくれる?」 「え? ……いいけどさ」 リンダの目を見ていたら断わる事なんて出来なかった。 「で、僕はお兄ちゃんとして何をすればいいんだ?」 「何もしなくていいよ…このままでいて」 「…わかったよ」 僕はシェリーの時のクセでリンダの髪を撫でてしまった。 「あ…」 「ごめん、嫌だったか?」 「ううん…お兄ちゃんみたいだったから」 「そっか、お兄ちゃんみたいか」 「うん。嬉しかった」 こんなシーンはシェリーに見せられないな…絶対。 「なぁ、僕って、ちゃんと”シェリーのお兄ちゃん”してるかな?」 「うん…してると思うよ」 「ありがと、ちょっとだけ自信が無かったんだ」 リンダの言葉で僕は救われた気がした。 変だな、シェリーよりもリンダの方がよっぽど”妹な感じ”だぞ…なんでだろう。 リンダが僕から離れた。 「もういいのか? お兄ちゃんは」 「うん。やっぱり、お兄ちゃんじゃヤダ」 あう…僕はお兄ちゃん失格らしい。悲しいなぁ…オーディションに落ちるって、こういう気分なのかなぁ… 「お兄ちゃんじゃヤダよ。こーたろーは、こーたろーがいいよ」 「……はい?」 それと同じ様なセリフをドコカで言われた様な気がするぞ。 「こーたろーは、シェリーのお兄ちゃんだよね?」 「そ、そのつもり…だけど」 リンダは何を言い出したんだ? 「わたしも。お兄ちゃんは一人でいいよ」 「そ、そうなのか?」 「うん」 イマイチ話が見えないんですけど。 「なぁ、リン…」 「こーたろー」 「…なに?」 「ちょっとだけ、しゃがんで」 「え? 何でさ?」 「いいから、おねがい」 別にお願いされる様な事じゃ無いと思うんだけど…仕方ないので言う通りにしておこう。 僕は右膝を着いてリンダの前にしゃがんだ。 「こーたろー」 「え? うわっ」 僕は、突然リンダに腕を引っ張られたので両膝を着いてしまった。しかも勢いがついていたので、そのままリン ダの方に倒れ込んでしまう。 「あ、危ないじゃないか…リン…ダ」 ここまで言ってから気づく…僕のカオはリンダのお腹の所にあった。 「ごめんね…こーたろー背が高いから…こうしないとダメだったから…ごめんなさい」 「い、いいけど。どうしたのさ、急に」 それにしても…リンダがこういう性格だったとは知らなかった。 もっともっと大人しい子だと思ってたぞ…このパワーはシェリーに匹敵するんじゃないのか? う〜む…困った、この体勢は…視線を上下にズラすと……あ〜う、どうすればいいんだぁ〜!! 「こーたろー、どうして足をバタバタさせてるの?」 正確にはジタバタしてるんだが…そんな事を説明しても仕方ないので黙っている事にする。 「あのさ…僕はどうすればいい訳?」 そうだ。その辺をハッキリさせたい。 「あとちょっとだけ、このままがいい」 「…わかったよ」 とは言ったものの、中途半端なこの姿勢だと腰が少し痛いので、僕は背筋をピンと伸ばした。 僕のカオはリンダの胸の位置まで移動する事になったけど、リンダは何も言わなかった。 こんなとこ…キースに見つかったらぶっ飛ばされるかな? 目を閉じてジッとしていると、なんとなくシェリルさんとの事を思い出してしまった。 何やってんだよ僕は…これじゃ、まるでリンダに甘えてるみたいじゃないか… 目を開ける…シェリーよりも少し膨らんでいるリンダの胸が間近にあった。 ──!? なん…だ? これ…細い…あと…爪のあとみたいな……2つもある…コレッて… リンダの左の胸のトコロに有るコレは、傷なのか? 僕は傷と思える”その部分”を指で撫でていた。 「それ…目立つかなぁ」 「あ、ごめん!」 リンダの言葉で我に返った…僕は何をしていたんだよ。 「ううん、もう痛くないから」 「…前は痛かったのか?」 「うん…でも、もう平気だよ」 痛かったって事は、やっぱり傷なのか…どうしてこんな… 何故だろう…どうして、こんなに泣きたい気持ちになるんだろう。 「こーたろー」 「…なに?」 「もうちょっとだけ…このままでいて欲しいよ」 声が出せなかった。涙を堪えるのに喉が痛い… 僕は返事をする代わりにリンダの事を抱きしめた。 [傷痕・完]