[それぞれ]


[彼の場合]

 俺はジャケットの袖を捲って時計を見た。
 現在の時刻は18時57分…
 駅の時計にチラッと目をやると同じ時刻を示していた。
「待ち合わせって19時ジャストだったよな?」
 アイツが俺よりも待ち合わせ場所に遅く来るなんて珍しいこともあるもんだ。
 まぁな。こんな日だし…ひょっとしたら身支度に時間がかかってるのかもしれない。
 時間になっても来なかったら携帯に連絡入れてみるか。
「雪…降んのかな」
 ポケットに手を入れながら天を仰いだ。
 隣では同じように誰かと待ち合わせをしていると思われる会社員が煙草を吸い始めた。
 美味いか? 煙なんか吸って。
 この寒いのにワザワザ体温を下げる行為に及ぶとは喫煙者とは哀れなモノよのぅ…
「ふぅ」
 待ちぼうけ……別に野良稼ぎの帰りじゃないし近くにはウサギも居ない。
 それにしても、街は賑やかだったのに駅前は意外に閑散としているんだな。
 ちぇ。こんな場所で待たされる奴の身にもなってくれよ。
 ──ポ〜ン!
 どこかで時報らしき音が鳴ると同時に殆どの人間(俺を含む)が腕時計を見た。
 ……悲しい習性だ。
 余程の事が無い限り腕時計の時刻なんて2分と狂いはしない。
 今は紛れも無く19時ジャストなのだ。
 俺はデイバッグから携帯電話を取り出すとアイツの番号にかけてみた。
『…ルルル…プルルルル…』
 早く出てくれ。せめて声が聴ければ安心できる。
 俺は10コール待ってみた。
「プルルルル…プツ! ハイ…コチラハルスバンデンワサービスデス…」
 出られないのか?
 非常事態だろ。たとえバスの中だって小声で応対出来るじゃないか。
 まぁ…無理か。アイツの性格から言ってもバスや電車の中で携帯に出たりはしない。
 俺は留守電サービスに『よ〜く冷えてます』とだけメッセージを残した。
 まったく…
「遅いな」
「うん…パパおそい」
 え!? ぱぱ?
 気がつくと先程の凍死者予備軍の会社員は居なくなっていた。
 代わりに俺の股下30cm程の背丈しか無い御子様がソコには居た。
 こんな日のこんな時刻にコイツは父親と待ち合わせなのか?
 ダブダブのダッフルコートを着込んだソイツはミトンの手袋にハァ〜と息を吹きかけて
いる。
 どうせなら家でオフクロさんと待ってりゃ……
 俺はちょっとだけ不謹慎な事を想像してしまった。
 たとえそうだとしても俺には無関係だ。それぞれの家庭の事情ってヤツだ。
 ──つんつん…
「お?」
 何者かが俺のジーンズの膝の辺りを引っ張った。
 なんの事はない。犯人はダッフルコートの御子様だった。
「お兄ちゃんもパパまってるの?」
「え? いや…俺は…」
「パパ…きょうもおしごとなんだよ」
 コラ。人の話しは最後まで聞くもんだぞ少年。
「…パパとは何時に待ち合わせてるんだ?」
 ふと気になったので訊いてみた。
「……」
 おいおい。黙り込むような難解な質問したか?
 もしかして触れていけない話題だったのだろうか……もう黙っとこう。
「パパね…」
 うを!? 返事が返って来た。とりあえず聞いとくか。
「パパ…おしごとだけじゃなくてザンギョーっていうのもするんだよ…」
「そ、そうなのか?」
 う〜む。残業についての知識に誤りがあるようだが…その辺の教育はパパに任せよう。
「お兄ちゃんのパパは? やっぱしザンギョー?」
「いや…たぶん違うと思う」
 今ごろは仕事場の同僚と酒をかっくらっている最中だろう。
「パパ……おそいなぁ」
 神様。これは何かの試練ですか? この状況を俺にどうしろと?
 俺達は同時に溜息を吐いて空を見上げた。
 こんな日に雪でも降ればロマンチックかもしれないが…今は降らないで欲しかった。
 アイツめ。いくらなんでも遅すぎだぞ。
 もしかすっと…俺ってフラレ男か? こんな日なのに?
 デイバッグから携帯を取り出してもう一度電話をかけてみる…
 駄目だ。また留守電につながってしまった。
「…パパでないの?」
「あ、ああ…なんか忙しいみたいだな」
 説明が面倒なのでこの際パパという事にしておく。
 俺は携帯の着信音量を最大にしてからコートのポケットにしまった。
 アイツも遅いが…コイツのパパは何やってんだ? 本当に残業なんだろうか。
「なぁ。パパはいつもこの駅から帰って来るのか?」
「うん」
 まさか、すれ違いって事はないだろうな…いや、無い筈だ。
 自分を迎えに来た幼い息子に気づかず通り過ぎる奴に親の資格なんてねぇぞ。
 ……うちの親父なら平気でやりそうだけどな。
 待てよ? 改札は反対方向にも有るぞ。
「なぁ…パパが出てくるのはいつもこの改札か?」
「うん」
 もう一度さっきの質問をしてみるか。
「パパとは何時に待ち合わせてるんだ?」
「……」
 おいおい。また黙秘権か?
 嫌な予感がするな。
「もしかするとさ。お前がココで待ってるってパパは知らないんだろ?」
「……(こくん)」
 嫌な予感大的中…
 タクシー乗り場がある改札は反対側にある。
 独りで留守番してる息子に早く会いたかったらタクシーくらい使うよな?
 もしも俺がその立場だったらそうする。
 ……だから何だっていうんだ。俺には無関係な話だろ。
 だいたい俺は他人を心配してる余裕なんてこれっぽっちも無いんだ。
 本気でフラレたのかな…この間のケンカでちょっと言い過ぎたの…まだ怒ってて…
 いや。そんな事あるもんか。アイツは言いたい事はその場で言う筈だ。
 ワザワザこんな日に呼び出してスッポカすなんて陰険なことは絶対にしない。
 はは…こんな時は相手の事を心配するのがスジってもんだろ。
 ──!?
 まさか交通事故とかに巻き込まれてるんじゃ?
「あっ!」
「え?」
 なんだ? 何があった?
「ゆきだよ」
 声につられてその場の殆どの人間が空を見上げた。
 とうとう降って来たか。
 時刻は19時12分。待ち人の来る気配は無し。
 もしも今アイツが息を切らせながら俺の元に駆けつけてきたら…どうする?
 俺はコイツをこの場に置いて彼女と街へ繰り出すのか?
 ちくしょう…そんな嫌な思いをするくらいなら俺1人で待ちぼうけの方がマシだ。
 早く帰って来いよ。パパさんよ。
 ──つんつん…
「ん?」
 ダッフルコートから生えたミトン手袋が俺のジーパンを引っ張った。
「あげる」
 そう言って差し出された手袋の平(?)にはミルキーが1個あった。
「おいしいよ」
「そ、そうか?」
 今の俺は子供にミルキーを恵んで貰うほど落ちぶれているのか…とほほ。
「も、貰っとこうかな…ははは」
「うん」
 小さな手からミルキーを受け取ると包みを開けて口に放り込んだ。
「おいしい?」
「ああ。おいしいな」
 寒空にミルキーを分かち合い友情を深める男2人であった。
 それにしてもアイツ…本気で事故とかに巻き込まれてないだろうな。
 流石に心配になってきた。もう一度携帯にかけてみるか。
 俺はポケットから携帯を取り出してリダイヤルしてみた。
 三度目の正直って言葉は嘘だな。
「どっちかって〜と…二度ある事は三度有るって感じだな」
 ワザと様に大きな声で独り言を言ってみたがダッフルコートの御子様は無反応だった。
 寒いぞ。いろんな意味で。
「パパ…おそいな」
 これで何度目だろう。コイツのそのセリフを聞いたのは。
 こんな場所で人を待つなんて小さな子供には酷ってもんだろ…早く帰ってきてやれよ。
「ほら。下向いてたらパパが来ても判らないだろ」
 俺は御子様の頭に積もった雪をさり気なく掃いながら言った。
「…うん」
 ちぇ。元気ね〜な。
 ミルキーの礼に缶ジュースでもおごってやるか…と思ったが近くに自販機が無い。
 今はこの場所を離れたくないな。いつアイツが来るかもわからないし。
 御子様よ。甲斐性の無い俺を許してくれ。
「…パパこない」
「え?」
 おい、なんだよ。今まで我慢してたのにイキナリ挫けるのか?
「な、なぁ。家の電話番号わかるか? この携帯貸してやるからさ…」
「…(ふるふる)」
 駄目か。
 くっそ〜。なんだか腹立ってきたな。
 どうしてこんな小さいガキンチョが寒い思いしながら目に一杯涙を溜めてんだよ。
「ぅ…ふぇ…」
 そうか。限界だよな。よく我慢したと思うぞ。
 俺は隣で泣いているガキンチョがまるで自分の様な気がしてきた。
 こんな奇妙な感覚は生まれて初めてだった。
 気がつくと俺は方膝をついてソイツの頭を撫でてやっていた。
 ははは…知り合いが今の俺の姿を見たらミスキャストだって思うだろうな。
『タカヒロ!』
 ──!?
「パパだ…」
「え?」
 ガキンチョが俺の横をすり抜けて行った。
 パパって…パパか? 来たのか? アイツのパパが?
 立ち上がって改札の方を見るとパパに抱き上げられたダッフルコートの御子様がいた。
 ふ〜ん。今頃ご登場とはいい気なもんだな。
 ちぇ…さっきまで泣いてたカラスがもう笑ってやがる。
「お兄ちゃん、バイバイ」
「お、おお…ばいばい」
 今度はパパさんに挨拶されてしまったので軽く頭を下げておいた。
 そして、俺を1人残して父子は仲良さげに去っていった…
 うぬ〜…もしかしてフラレポンチなのは俺だけか?
『にゃ〜!』
「ん? ネコ?」
 なんでこんな場所にネコ……って、アイツ。あんなトコで何やってんだ?
 遅れに遅れてやって来た愛し彼女は何やらコートのポケットと会話をしている。
 やだなぁ。なんか話しかけ辛い雰囲気だなぁ。
 うを!? 話しかける前に気づかれてしまった。
 来てくれたって事は…俺、フラレてないんだよな? そうなんだろ?
 お願い。誰かそうだと言って。
「お…遅れてごめんなさい。ホントにごめんなさい」
 何を泣きそうな顔してんだよ。ば〜か。
「あと2分早く来てたら怒ってたかもな」
「え?」
 あのガキンチョの最後の笑顔に免じて…
「許してやるよ」
 こんな日に喧嘩なんて馬鹿らしいもんな。
「にゃ〜…にゃ〜あ」
「ところで、その泣き声は何かな?」
 つまらん答えが返って来たらデコピンの刑だ。
「え、えへへ……子猫」
「ストレートなのもつまらんぞ」
「え? な、なに? え?」
 まぁいいか。どうせその子猫も遅れた理由の1つなんだろう。
「で、どうすんだ? 猫様連れで入れるレストランなんて予約してないぞ」
 んな場所があるなら是非とも紹介して欲しい。
「うん…どうしよう」
 ったく。そんな顔すんなっての。わかってるよ。お前の考えてる事くらい。
「そうだな。とりあえずケンタかどっかで食料を調達してパーティでも始めるか」
「…うん…えと…そのパーティは4人でいいのかな?」
「は?」
 なんだ4人ってのは?
「猫……2匹なの」
 マジか?
「はは…んじゃ4人でパーティ決定な」
「うんっ♪」
 ちぇ。嬉しそうな顔しやがって。
 そうだな。これで俺達も街の浮かれたカップルに仲間入り出来たワケか…
 予定外のゲストが2人(2匹)も増えたけどな。
 心の中でアイツにも言っておくか。
 ミルキーありがとな。タカヒロ。

『メリークリスマス』
[彼女の場合]

 わたしは焦っていた。ムチャクチャ焦っていた。
 現在の時刻は18時57分…
 たしか(ていうか間違いなく)待ち合わせての時間が19時ジャスト。
 うわぁ〜〜〜ん!! どんなに頑張ってもゼッッタイ間に合わないよ〜ぅ。
 まったくも〜。どうしてこんな大事な日にコタツでうたた寝しちゃうかなぁ。
 しかも今さっき気づいたけど携帯を別の鞄に入れたまま家に忘れて来た〜…あぅ〜。
 もうバスに乗っちゃったし今更戻って携帯持って来る時間なんてないよぅ。
 これじゃ待ち合わせに遅れるってことを彼に連絡できないよ。
 それどころか彼から連絡あっても電話に出られない〜〜…わ〜〜ん…誰かたすけてぇ。
 なんかさっきからバス止まってるみたいな気がするよ。信号待ち長くない?
 ──ピ…ピピッ…ピピピピ…ピピピピ…
 わわ!? 時報だよ。なんかアラームまで鳴らしてる人いるし。
 どうしよう。待ち合わせの時刻になっちゃったよ。
 彼待ってるよ…あんな寒い場所で。
 きっと彼の事だから携帯に連絡入れてるよね。
 もしかしたら留守電に『よ〜く冷えてます』とかイヤミ入ってるかも…
 ──カヤカヤ…ガヤガヤ…
 あれ? なんだろう。車内が騒がしくなってきた。
「…んだよ…事故で渋滞だってよ」
 え!?
「さっきからゼンゼン動いてね〜じゃん」
 やっぱり気のせいじゃなかったんだ。バス動いてなかったんだ。
 どうしよう。ただでさえ遅刻決定なのに…彼…待ってるのに…
「お〜い! 運転手さん、ここで降ろしてくれよ!」
 あ、そうか。その手があった。
『危険ですので、次の停留所までもう少々お待ち下さい』
「待てねぇよ! まわりの車だって動いてね〜じゃん! 早く降ろしてくれよ!」
 確かにどの車も止まったまま動き出す気配なんてぜんぜん無い。
 降りるなら今しかないよね。
『そ…それではバイクの追い越しなど気をつけてお降り下さい』
 ──ビ〜〜…
 ブザーが鳴って降車用のドアが開いた。
 さっきの男の子が人を掻き分けてドアに向かっていった。
 あ…ボケっとしてる場合じゃ無かった!
「わ、わたしも降ります〜! 降ろしてくださ〜い!」
 彼へのプレゼントが潰れない様に庇いながら車内を移動した。
 ひゃ〜…外は涼しいよ。
 やっとの思いで外に出るとさっきの男の子がガードレールを飛び越えてるのが見えた。
「わ〜…すごい」
 あの子も彼女と待ち合わせなのかなぁ…
 とか見惚れてる場合じゃないや!
 わたしは止まっている乗用車とか乗用車とか乗用車を避けながら歩道に向かった。
 困った…ガードレールの切れ目が無いよ。
 そっか。さっきの男の子はカッコつけてたんじゃなくて仕方なく飛び越えてたのか。
「う〜…神様のいじわる」
 仕方なくオタオタとガードレールを乗り越えるわたし。
 ロングスカートじゃなくてよかった……のかな? 見えなかったかな?
 とりあえずダッシュでこの場から離れることにした。
 いいもん…顔さえ見られてなかったら誰だかワカンナイもん……たぶん。
 も〜。大事な待ち合わせには遅刻だし。今日はサイアクだ〜。
 あぅ…落ち込んでる暇無いよ。早く彼の所に行かないと!
 街は大賑わい。歩いてるのはシアワセそうなカップルばっかり(に見える)。
 苦しいよ〜。こんなに走ったの久しぶりだぁ…
 待ち合わせ場所に彼がいなかったらどうしよう。
 え〜〜〜ん! ヤダよ〜。こんな日にフラレちゃうなんてアンマリだよ〜。
 駅前に出るには…アッチの大通りに沿って行けばいいんだよね…苦しい…止まりたい…
 なんだか泣きたくなってきた…
 ライトアップされた街路樹の脇を駆け抜けていく半泣きの女の子なんてきっと世界中で
わたし1人だけだよね。
 これで待ち合わせ場所に誰もいなかったら…ホントに泣いちゃおうかな。
 あ…あの通りに入ると真ん中ら辺に一本だけ細い道があるんだっけ…どうしよう。
 寂しい通りだけど…ちょっとだけ近道になるよね?
 迷ってる余裕なんて無い。一秒でも早く彼のところに行きたい。
 叱られてもいいから…帰らないでいて……いっぱい謝るから…お願い。
 よかった…いつもは寂しい道だけど今日は人も多いし明るいや。
 お店もいっぱい開いてる。知らなかった…夜はこんなふうなんだ。
 あった! あの道を抜ければ駅の真ん前だ。
『おい。雪だぜ』
 え?
『ねぇねぇ。ツリーのとこまで戻ろうよ。きっと綺麗だよ』
 雪…あ。ホントだ。
 苦しいよ……もう走れない…走らなきゃ…彼が待ってるから……待ってるよね?
 あと少しなのに…この道を抜ければスグなのに…膝がガクガクして走れない…苦しい。
「ごめんなさい…ちょっとだけ歩かせて」
 この道って何百メートルあるんだろう。今は物凄く長く感じる。
 呼吸が調ったらもう一度走ろう…もうちょっとなら頑張ればれるよ。
 雪がだんだん大粒になってきた。目を凝らさなくても雪だって判るくらい。
 まだ苦しいけど…もう走れるかな。
「にゃ〜…」
 ──!?
 な、なに? なんか音した?
「…にゃ〜ぁ…」
 にゃあ?
「猫…だよね」
 違ったら恐いよぉ…
 あ、そうだ。今はノラ猫なんてかまってる場合じゃなかったんだ。
 よ〜し。苦しいのも治ってきたし…ラストスパートだよ。
「にゃ〜」
「さ、さよならっ」
 今は君と遊んでるヒマ無いんだよ〜……って……え!?
 駆け出そうとした瞬間、わたしの視界に飛込んできたモノ…
「なに…これ」
 猫なのは見れば判る。
「どうして? こんな…こんなの…」
 小さなダンボールの中に小さな猫…子猫が2匹。
「捨て猫…」
 なんで? どういうこと?
「ヒドイよ…」
 よりによってこんな日に捨てるなんて…
「酷すぎるよ…」
 頑張って堪えてた涙がとうとう零れてしまった。
「にゃ〜あ…にゃ〜」
 飼えない。だからこの子達に手を差し伸べてはイケナイ…イケナイんだ。
「ごめんね。うちじゃ飼えない…アパートだから」
 なんで猫に泣きながら言い訳なんてしてるんだろう。
「はは…ばかみたい」
 わたしは涙をコートの袖で拭いて。子猫達に背を向けた。
「…ばいばい」
 彼が待ってるから…行かないと駄目だから…これ以上待たせられないから…
 わたしはその場から逃げ出す様に駆け出した。
 こんな悲しい思いはしたくなかった…今日くらいシアワセな気持ちでいたかったのに…
 彼に怒られた後はいっぱい優しくしてもらおう。いっぱい甘えるんだ。
 そうすればイヤナコトは全部忘れられる。
「…ムリだよ」
 ヤダ…こんなのヤダ。
 わたしは立ち止まると今来た道を引き返した。
 人間って勝手だ。わたしも勝手だ…勝手過ぎると思う。
 でも。この子達を放っておけない。
 そんなことしたら…きっと彼にもっと怒られる。そんな気がする。
「ちょっと窮屈かもしれないけど」
 ココよりマシだよね?
 子猫達の頭には雪が少し積もっていた。
 わたしは子猫達の頭から雪を掃うとコートの左右のポケットに入れた。
「揺れるけど我慢してね」
「にゃ〜」
「にゃ〜」
 彼等の返事(?)を確認した瞬間、わたしは全力で駆け出していた。
 猫達が目を回さないか心配だったけど、これ以上のタイムロスは許されない。
 あとはゴール目指して一直線!
 彼はきっと待っててくれる……と思う。
 もうスグだ。ココを抜ければ駅の向かいに出る。
 きっと彼はバス停の方を向いている筈……だよね?
 わたしは細い裏道を通り抜けて大通りに出た。
 彼は? 彼はどこだろう…あれ?
 ……いない!?
「うそ…」
 目の前が真っ暗になるってこういう気持ちだろうか。
 ついてないなぁ。こんな日に彼にフラレちゃうなんて。
 彼は悪くないよ。わたしが遅刻なんてするからいけないんだよ。
 その場にへたり込んで泣いちゃおうかと思った瞬間…
「あ…」
 いた。彼はソコにいた。でもなんで? どうしてソッチ向いてるの?
 彼はバス停ではなく駅の改札の方を向いていた。
「バスで行くって言ったのに…」
 ていうか、うちには電車に乗っても帰れないよ。
 悩んでても仕方が無いので横断歩道を渡って駅前に向かうことにした。
 なんだろう…あの後ろ姿は彼に間違い無いのに。なんかちょっと違う雰囲気がする。
 信号を渡り終えて彼に向かって歩き始めた瞬間ある事に気づいた。
「あの子…誰?」
 まさか彼の隠し子!?
「…なワケ無いよね」
 お願い。誰か無いって言って。
 なんか…とっても仲良しさんな雰囲気なんだけど……
「あ」
 肩膝をついて頭を撫でてあげてる…
 優しい……わたしの前ではあんな姿見せたこと無いのに。
 あんなふうに子供に優しく接してる彼なんて初めて見た。なんか嬉しい。
「あ…」
 小さな子…たぶん男の子が彼の元から駆け出した。
 スーツ姿の男の人に駆け寄って…あ。抱き上げられた。
 う〜〜む。何がどうなってるのかワカンナクなっちゃったよ。
 男の子はスーツの人に抱っこされながら彼に手を振っている…彼も手を振り返した。
「行っちゃった」
 スーツの人は彼に軽く会釈をすると男の子を連れて行ってしまった。
 とりあえず…彼のトコ行かなくちゃ。
 遅れたこと許してくれるかな? 待っててくれたんだもん…許してくれるよね?
「にゃ〜!」
「わ…」
 右ポケットの子猫が頭と前足を出したので驚いてしまった。息苦しかったのかな?
「もうちょっと我慢しててよ。ね?」
 左の子猫は大人しいけど大丈夫なんだろうか?
「…あ゛」
 いつのまにか彼がわたしの方を見ていた。
 彼は怒っているような…そうでもないような複雑な表情をしている。
 わたしは叱られるのを覚悟して彼の元に駆けていった。
「お…遅れてごめんなさい。ホントにごめんなさい」
 う〜…何も言ってくれないよぅ。
「あと2分早く来てたら怒ってたかもな」
「え?」
 どういう意味だろう?
「許してやるよ」
 そう言った彼の表情はとても優しかった。
 遅刻はしちゃったけど…なんだか間に合ったって感じがした。
 きっと今夜はシアワセな時間を過ごせるよね。
 この子達も一緒に。

『メリークリスマス…』

[それぞれ・完]