駅前通りの商店街
1999/7/18
参加者:    計13名+1

8月閉店予定のユニー

下本町の防火街区

本町通り入り口の旧家
  
大本町入り口にある長屋。狭い通路を入っていくと、
その先にはさらに向かい合わせで数軒の家が並ぶ。

専念寺前の旧遊郭風な建物
近くには笛作り職人の店も

奥村邸(邸内を開放)

本町通りの町並み
余坂のべろだし市は夏と冬の2回10年以上続いています。前立ちの人形がべろをだしていたのに気がつきました?あの市は、町内会のまあ、親睦会っていう感じになっていますが・・・。
町の人が、豆腐関係の品を売ったり、西瓜が山になっていたり、トウモロコシに授産施設の品、まあ、ごったにですが、しょぼいですかね?
このところ、続けて、商店街のお祭りが続きました。でも、全然、儲かってません。日常と無縁のイベントで、町の流れの中のお祭りにならないので、町そのものの元気さにつながらないような気がしています。

ウグイス色に改修した和菓子屋
  
余坂のべろだしからくり
帰り道で考えたのですが、今からつぶれた店舗をもう一度開いて活性化することはとてもむずかしい。犬山のように住宅地として十分なりたつところは、住み易さや、文化、お祭り、景観なども含めて住んでいることの楽しさや生き甲斐などが確保できれば「居住」という機能を核にしたまちづくりもあり得るのではないかと思います

魚屋町の民家 □ 修景改修

余坂木戸跡に店を構えるギャラリー木屋
余坂の祭で町の顔役らしき人と話す機会がありました。人のよさそうな顔役さんは、とっても嬉しそうに山車の組み立てや人形のあやつり、お囃子のことまで詳しく教えてくれました。なんでも人形は三年前に700万円かけて直したばかりだとのことでした。町内の戸数も余坂町は犬山では最大の町のようでした。最小の町では20戸を切っている町もあるとのことでしたが、その戸数で山車を維持するのは将来しんどいとになりそうです。
しかし、もともと50戸〜60戸で山車を維持してきたコミュニティだけに世帯減少や高齢化による所得水準の低下などが進んで、山車の維持が出来なくなったらどうなるのだろうか・・・。
そのときは、新築マンションに住む人がまつりの担い手となるのだろうかなどと考えさせられました。

町屋を意識した新築住宅

ポケットパーク
 山車蔵

本町通り城前の旧医者民家
まちづくりについては、行政との関わりが田原町とすごく違うと思います。犬山は全く行政が何もしないという感じ。私見ですが、田原町は渡辺華山のころから「報恩倉」のように藩が積極的に住民の生活に関われたのに、犬山は、尾張藩の一部であまり積極的な施策は出来なくて、何事にも控えめで殿様と住民の接点はお祭りだけたったのかもしれません。明治、大正期になっても、住民が行政の介入を好まず、行政もあまり発展的な発想を持たないまま今日まで来てしまったように思えます。
新町の民家