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ボロディンの「だったん人の踊り」考


Borodin

【名称の書き方】
A POLOVTSIAN MAIDEN.
Costume design for the opera
Prince Igor by Borodin. 1930  まず最初に、ここではひらがなを使う。どうしてダッタン人でも漢字の韃靼…でもないのか。まず漢字は簡単に書けないし打てないし、ひょっとすると読めもしないから候補からは除外。次に中国名の漢字表記を日本人が読む場合、北京を中国式にペキンと呼ぶならまだしも、日本語として読むときはひらがなだろう…。中国や蒙古はちゅうごく、もうこであって、チューゴク、モーコではないということ。そもそも中国でどう発音するかも知らないのだから「だったん」しかない。

【だったんとは?】
 さて、韃靼を広辞苑で引くと「蒙古族の一部族タタールの称。後蒙古民族全体の呼称となった。」とある。さらに後のほうに「また南ロシア一体に住するトルコ人も、もと蒙古の治下にあった関係から、その中に含められることもある。」とある。
 では韃靼とは中国語で何を意味するか。すでに8世紀頃からこの名称は中国北西部のモンゴル族の一般名称として使われていたらしい。このモンゴルではウイグルとか遼といった国家が誕生したが、10世紀の歴史地図では遼の一部に含まれている。12世紀にチンギス・ハーンの登場で巨大な帝国を作ることになり、韃靼はその一部に組みこまれた。その後帝国は次第に西へ進みロシア、ヨーロッパに恐怖を与えることとなる(1230年ごろ以降)。これがタタールである。つまり中国でもヨーロッパでもモンゴル、韃靼、タタールはほとんど同じものと考えられていた。英語辞典でTartarまたはTatarを引くとタタール(だったん)とされている。

【ポロヴェツとは?】
 次はロシア語のポロヴェツ(половцы)が何を意味するか。ボロディンのオペラは12世紀の「イーゴリ軍記」を題材にしており、実際11〜12世紀にはロシアにしばしばポロヴェツが進入したことが記録されている。イーゴリも実在で、ポロヴェツに敗退したのは1185年のこと。当時のロシア(キエフ公国)のすぐ南黒海沿岸に住んでいたのがポロヴェツ人である。地図参照(吉川弘文堂、世界史地図より)。
historcal map  この民族はもともとはヴォルガ川の東に住んでいたが11世紀に西の黒海沿岸に移ったものという。おそらくトルコ系かと思われるが(トルコ系のそもそもの発祥地は現在のカザフスタンあたり)蒙古系だった可能性もあり不明。
 前記のチンギス・ハーンによるモンゴル統一とロシアへの侵入はそれより後のことだから、タタールという名称(=韃靼)がロシアに知られるようになるのは、イーゴリ軍記の時代から50年ほど後になるのだ。いわゆる「タタールのくびき」という言葉もその後に生まれたわけだが、けっこう長く苦難を強いられただけに、そのあたりがボロディンの時代にはごっちゃになっていたらしい。実際ボロディンも作曲に当たっていろいろと東方の音楽を調べたらしいのだがあまり得るところはなかったという。
 それでは最後に、どうしてこの曲の日本語訳でポロヴェツが「韃靼」になったのか。調べてみると中国語でもどうやら韃靼人舞曲と書くようで…、いや逆で、おそらく中国語からそのまま移植されたのではなかろうか。
 結論。「イーゴリ公」に限ってはポロヴェツとするのが妥当だが、そこまでする必要はないだろう。一般名称としてすでに定着しているのだから、わざわざ誤訳だとして排除することもないのではないか。ポロヴェツ人にしてもだったん人にしても、われわれ日本人にとっては明確なイメージは無いのだから、『実態と異なる…』と苦情が来るわけでもなかろう。

【だったん人の娘の踊り+だったん人の踊り】
 しばしば、CDに単に「だったん人の踊り」と書いてあっても、実際には「だったん人の娘の踊り」に続けて演奏している例が多い。オペラでは同じ第2幕でも「だったん人の娘の踊り」(第8番)は初めのほうに置かれ、「だったん人の踊り」(第17番)は幕の最後に置かれるのでまったく別の曲だが、誰が始めたのか続けて演奏することが多い。(注:以上はリムスキー=コルサコフによる版での番号と場所で、改訂版により挿入場所が違う) 譜例1.第8番「だったん人の娘の踊り」
クラリネット・パート
 冒頭がタンバリンの急速なリズムで始まり、クラリネットの旋律(譜例1)に続く部分が「だったん人の娘の踊り」である。調性はヘ長調だがB管のクラリネットなので#がひとつ付いている。
 一方、ゆったりとした開始で、フルートに旋律(譜例2)がはじまる部分以降が「だったん人の踊り」である。
譜例2.第11番「だったん人の踊り」
フルート・パート  つまり冒頭がタンバリンのリズムで始まるなら「娘」付きということ。時間も目安で、「娘…」は短くて、大体2分30秒弱。だったん人の踊りはこの楽譜部分から始まって、合唱が入る時はすぐに女声合唱が始まる。以下踊りが幾つも続いて、テンポも比較的自由なので演奏の幅があるが、大体10分〜11分30秒には収まるだろう。つまりタイムが12分以上なら「娘付き」と見ていい。「だったん人の踊りと合唱」のタイトルもしばしば見られるが、単に合唱が加わったというだけであまり意味は無い。ついでながら、オペラではそこにさらにバスの独唱が加わる。
 なおボロディンがこの両曲をどこまで仕上げていたかに関しては不明点が多いが、少なくとも「だったん人の踊り」に関してはほとんど完成していたと見てよさそうだ。リムスキー=コルサコフ他がオーケストレーションを手伝ったことはほぼ確実だが、ボロディンの生前でもあり、そのプランはほぼ守られていると見ていいだろう。一方「娘…」の方には確たる資料がないらしい。
 ついでに楽譜に関して。国内国外ともに数種のスコアが出版されているがほとんど異同はない。ただし国内の全音版(印刷は見にくい!)はじめ「娘…」も収録しているものもある。

【ディスコグラフィ】
 以下は音楽之友社の「クラシックCD総目録」を元に作った一覧。「だったん人の娘の踊り」を付加しているものは版に○印で示している。2曲の区別を明確にしている1980年版〜2001年版のみを対象とする。一部「だったん人の踊り」だけ取り出した編集ものもあるが、ここでは当初両方を録音しているものを挙げている(TRが続くかどうかは関係なし)。

指揮者/オーケストラ合唱&独唱録音年label
アシュケナージ/フィルハーモニアo.合唱&Bs独唱付き1983Dec
アーロノヴィチ/ロンドンso.-1981FH
アンセルメ/スイス・ロマンドo.合唱付き1960Dec
アンドレ/ベルギー国立放送so.-
T
岩城宏之/NHKso.-1969C
ヴァイグレ/ドレスデンpo.-1993DS
ウィリアムズ/ボストン・ポップス-1988Ph
小澤征爾/シカゴso.-1969EMI
オーマンディ/フィラデルフィアo.-1959S
オーマンディ/フィラデルフィアo.合唱付き1972R
カラヤン/フィルハーモニアo.-1960EMI
カラヤン/ベルリンpo.-1971G
クーベリック/ウィーンpo.合唱付き1960EMI
クリュイタンス/パリ音楽院o.-1959EMI
ゲルギエフ/マリインスキー劇場o.合唱付き1993Ph
コミッシオーナ/バーミンガム市so.合唱付き1978(L)BBC
サロネン/バイエルン放送so.合唱付き1984Ph
シェルヘン/ウィーン国立歌劇場o.-1957W
シャーンドル/ハンガリー国立歌劇場o.合唱付き1978〜80Hun
ショウ/アトランタso.合唱付き1978Tel
ショルティ/ロンドンso.合唱付き1966Dec
スヴェトラーノフ/ソヴィエト国立so.-1974Me
スヴェトラーノフ/ロシア国立so.-1992 Cn
ストコフスキー/ロイヤルpo.合唱付き1969Dec
スメターチェク/チェコpo.合唱&Bs独唱付き1970
Sup
セル/クリーヴランドo.-1958S
チェクナヴォリアン/ナショナルpo.合唱付き1977R
A.デイヴィス/トロントso.合唱付き1977S
ドラティ/ロンドンso.合唱付き1956Mer
ナザレス/スロヴァキアpo.-1987Nax
バレンボイム/シカゴso.-1977G
バーンスタイン/ニューヨークpo.-1963S
ヒコックス/ロンドンso.合唱付き1987,88FH
フィードラー/ボストン・ポップスo.-1957R
フェドセーエフ/モスクワ放送so.-1989Me
フェドセーエフ/モスクワ放送so.-1991Nov
フリッチャイ/RIASso.-1950G
フレモー/モンテ・カルロ国立歌劇場o.-1963G
マルケヴィチ/アムステルダム・コンセルトヘボウo.-1964Ph
ヤルヴィ/イェテボリso.合唱&Bs独唱付き1989,90G
ライナー/シカゴso.-1959R
ラザレフ/ボリショイso.合唱付き1993E
レーデル/スロヴェンスカpo.-1990PV
ロジェストヴェンスキー/パリo.-1972EMI
ロジェストヴェンスキー/ロイヤル・ストックホルムpo.-1993,94Cds
ロジンスキ/ロイヤルpo.-1955W

【参考サイト】
韃靼人の図--珍しい絵が見られるというだけで、あんまり意味はない。
これがポロヴェツ人(Polovtsian statues in the Krasnodar Historical-Archaeological Museum.)だそうです。
韃靼人舞曲の解説(中国語)--このページを発見して、中国の命名から来たという確証を得た次第。
Janacek Theatre のバレエの舞台写真。拡大出来ます。
Bilibin, Ivan のコスチューム・デザイン(A POLOVTSIAN MAIDEN. Costume design for the opera "Prince Igor" by Borodin. 1930)。前掲の画像はここからちょっと拝借。著作権が明記されていなかったので使わせてもらいましたが、当然に前記のサイトにあるものと思われます。
タタール、韃靼(ダッタン) について--岩手大学建設環境工学科建設工学講座構造工学研究室のホームページになぜかある?。主題もリンクも不明だが、タルタル・ソースのレシピまである楽しいページ。
あとはダッタンそば(韃靼そば)とかなら、サイトもいろいろ発見。韃靼語というページも見つかったのだが、何回やってもアクセスできなかった。
英語ならMedieval Sourcebook: The Novgorod Chronicle: Selected Annalsという長大なページが見つかったが、長すぎて読んでいない。お暇な方訳していただければ…。
音楽を聞きたい人はだったん人の踊りで、Hirottaさん作成のMIDIが聞けます。


made by K.Umezawa 2002/12/30
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